★ 物語の第一回は 阿来『ケサル王』① 縁起-1 です http://blog.goo.ne.jp/aba-tabi/m/201304
物語:雄獅子天に帰る その2
ケサルが指を折って数えてみると、人の世に降ってからすでに八十一年が経っていた。人の世での仕事はすべて成し遂げ、天へと帰るべき時が来た。
そこで、王宮にある宝を集め、全国各地で宴を催して民も官も共に楽しませた。王城の周りでも、多くの民を招き、美食を振る舞い歌い踊り、楽しみの限りを尽くした。
賑やかな宴は三日続き、そこで王子ザラを近くに呼んだ。
王子は長寿のハタを捧げ、請い願った。
「国王は天から降られました。我々人とは異なり、限りなき命お持ちです。今やっとリン国の大業は成就しました。どうぞいつまでも人の世に留まっていただけますように」
リン国の上も下も、長官も民も誰もが声をそろえ、国王はこのまま人の世に留まり、衆生を庇護されるようにと願った。
ケサルは詞を作り歌った。
年老いた鵬よ高く飛べ
若鳥の翼はすでに逞しい
雪山の老獅子よ彼方へ向かえ
若獅子の爪と牙はすでに鋭い
十五夜の月は間もなく西に沈み
東方の太陽が昇り始める
国王は居並ぶ者たちに告げた。
「私が天に帰った後は、ギャツァシエカの息子、ケサルの甥・ザラこそがリンの王である」
そして自らザラの手を取って宝座に座らせた。
「ザラよ、我が甥よ。リン国の過去は私が責を果たした。未来につてそなたは心焦ることはない。リン国を危うくする魔物たちはすでに降伏し、リンの護法神となったのだから」
言い終ると、トトンの息子トンザンを呼び、二人を前にして申し渡した。
「トトン叔父の魂は西方浄土へと済度された。叔父上の人の世での善と悪はもはや問われることはない。ダロンの家では更にトングォがリンの大業のために命を捧げた。ザラよ、トンザンをよく重用しなさい。トンザンよ、そなたは兄ザラを敬うように」
二人は手を取り抱き合い、互いに親しみ敬い、生死を共にすることを誓った。
その頃、神馬ギャンガペルポは馬の群れの中にあって三度長くいななき、涙をこぼした。主人と共に天へ帰る時が来たのを知ったのである。
共に四方を駆け巡り、幾度も戦いの場へ赴いた馬たちが集まって来た。
美麗白蹄馬、白毛宝樹馬、火炎赤煌馬、千里夜行馬、赤鬣鷹眼馬、青毛蛇腰馬…すべての宝馬がギャンガペルポを取り囲んだ。
ギャンガペルポは涙をこらえて言った。
「数え切れぬほどの道を共に駆け抜けた仲間たちよ、肩を並べて突撃した友たちよ、我が主人は間もなく天へ帰る。このギャンガペルポも主人と共にこの世を去る。身に着けた馬具は王子ザラ殿の馬のために残していこう。友よ、それぞれがリンの英雄と共に美名を伝えていくよう願っている」
言い終ると一声長くいななき空へと昇って行った。
ケサルの矢袋の中から火炎雷鳴箭が姿を現し、多くの矢に別れを告げた。
「私は大王に従って天へと帰ります。諸兄はリンに残り敵の軍を鎮圧されますよう。もしまた戦いのろしが上がれば、ここに集いましょう」
言い終ると弓の力を借りずに自ら天へ昇って行った。
ケサルと共に世に降った斬魔宝刀も鞘から離れ、多くの武器に別れを告げた。
「我が仲間、鋭い刃を持ったものたちよ、外に向けては切っ先を定め、内に向けては息をひそめ、一旦リン国が攻められれば、鋭い刃を光らせて迎え撃ってくれ」
言い終ると、赤い光が一筋煌めいて、宝刀はすべての武器の周りを巡りながら、天上へと飛んで行った。
すぐにケサルへ知らせが届いた。国王の宝馬、宝箭、宝刀はすでに立ち上がり飛んで行った、と。
ケサルとその場に並ぶ者たちが目を挙げると、宝箭、宝刀、宝馬は天を旋回し、主人を待っているかのようだった。
ケサルは最後にリン国への別れの言葉を述べた。
「私と共に世に降った神馬と武器はすでに空へと飛び立った。私も天へ戻らなくてはならない」
そして最後の法力を用いてリン国の大地と衆生に加持を施した。
リン国の上も下も、別れを惜しみながらも国王の天命を知り、次々と集まって敬虔な面持ちで獅子王が天へ帰っていくのを見送った。
この時春雷にも似た轟音が鳴り響き、天の扉が開いた。ケサルの天上の父と母、天上の十万を超えるあらゆる神々が姿を現し、大いなる功労を成し遂げた神の子ツイバガワを出迎えた。
神々が姿を現すと同時に、心地よい天上の楽の音が四方に響き渡り、妙なる香りが辺りを満たした。純白のハタが天から地へと垂らされ、ケサルはジュクモとメイサを左右に伴ってゆっくりと天の道へと向かって行った。
天の道を登る時、ケサルと二人の妃はもう一度振り返り、名残惜しそうにリンの山々と河を見渡し、リンの衆生に最後の眼差しを向けると、彩雲に包まれて上へ上へと昇って行った。
その姿が天の庭へと入ったその時、功徳を讃える花々が降り注ぎ、ひとしきり空を舞った。
ケサルは天へ帰った。再び人の世に戻ることはなかったが、残された英雄の物語は今も伝えられている。
物語:雄獅子天に帰る その2
ケサルが指を折って数えてみると、人の世に降ってからすでに八十一年が経っていた。人の世での仕事はすべて成し遂げ、天へと帰るべき時が来た。
そこで、王宮にある宝を集め、全国各地で宴を催して民も官も共に楽しませた。王城の周りでも、多くの民を招き、美食を振る舞い歌い踊り、楽しみの限りを尽くした。
賑やかな宴は三日続き、そこで王子ザラを近くに呼んだ。
王子は長寿のハタを捧げ、請い願った。
「国王は天から降られました。我々人とは異なり、限りなき命お持ちです。今やっとリン国の大業は成就しました。どうぞいつまでも人の世に留まっていただけますように」
リン国の上も下も、長官も民も誰もが声をそろえ、国王はこのまま人の世に留まり、衆生を庇護されるようにと願った。
ケサルは詞を作り歌った。
年老いた鵬よ高く飛べ
若鳥の翼はすでに逞しい
雪山の老獅子よ彼方へ向かえ
若獅子の爪と牙はすでに鋭い
十五夜の月は間もなく西に沈み
東方の太陽が昇り始める
国王は居並ぶ者たちに告げた。
「私が天に帰った後は、ギャツァシエカの息子、ケサルの甥・ザラこそがリンの王である」
そして自らザラの手を取って宝座に座らせた。
「ザラよ、我が甥よ。リン国の過去は私が責を果たした。未来につてそなたは心焦ることはない。リン国を危うくする魔物たちはすでに降伏し、リンの護法神となったのだから」
言い終ると、トトンの息子トンザンを呼び、二人を前にして申し渡した。
「トトン叔父の魂は西方浄土へと済度された。叔父上の人の世での善と悪はもはや問われることはない。ダロンの家では更にトングォがリンの大業のために命を捧げた。ザラよ、トンザンをよく重用しなさい。トンザンよ、そなたは兄ザラを敬うように」
二人は手を取り抱き合い、互いに親しみ敬い、生死を共にすることを誓った。
その頃、神馬ギャンガペルポは馬の群れの中にあって三度長くいななき、涙をこぼした。主人と共に天へ帰る時が来たのを知ったのである。
共に四方を駆け巡り、幾度も戦いの場へ赴いた馬たちが集まって来た。
美麗白蹄馬、白毛宝樹馬、火炎赤煌馬、千里夜行馬、赤鬣鷹眼馬、青毛蛇腰馬…すべての宝馬がギャンガペルポを取り囲んだ。
ギャンガペルポは涙をこらえて言った。
「数え切れぬほどの道を共に駆け抜けた仲間たちよ、肩を並べて突撃した友たちよ、我が主人は間もなく天へ帰る。このギャンガペルポも主人と共にこの世を去る。身に着けた馬具は王子ザラ殿の馬のために残していこう。友よ、それぞれがリンの英雄と共に美名を伝えていくよう願っている」
言い終ると一声長くいななき空へと昇って行った。
ケサルの矢袋の中から火炎雷鳴箭が姿を現し、多くの矢に別れを告げた。
「私は大王に従って天へと帰ります。諸兄はリンに残り敵の軍を鎮圧されますよう。もしまた戦いのろしが上がれば、ここに集いましょう」
言い終ると弓の力を借りずに自ら天へ昇って行った。
ケサルと共に世に降った斬魔宝刀も鞘から離れ、多くの武器に別れを告げた。
「我が仲間、鋭い刃を持ったものたちよ、外に向けては切っ先を定め、内に向けては息をひそめ、一旦リン国が攻められれば、鋭い刃を光らせて迎え撃ってくれ」
言い終ると、赤い光が一筋煌めいて、宝刀はすべての武器の周りを巡りながら、天上へと飛んで行った。
すぐにケサルへ知らせが届いた。国王の宝馬、宝箭、宝刀はすでに立ち上がり飛んで行った、と。
ケサルとその場に並ぶ者たちが目を挙げると、宝箭、宝刀、宝馬は天を旋回し、主人を待っているかのようだった。
ケサルは最後にリン国への別れの言葉を述べた。
「私と共に世に降った神馬と武器はすでに空へと飛び立った。私も天へ戻らなくてはならない」
そして最後の法力を用いてリン国の大地と衆生に加持を施した。
リン国の上も下も、別れを惜しみながらも国王の天命を知り、次々と集まって敬虔な面持ちで獅子王が天へ帰っていくのを見送った。
この時春雷にも似た轟音が鳴り響き、天の扉が開いた。ケサルの天上の父と母、天上の十万を超えるあらゆる神々が姿を現し、大いなる功労を成し遂げた神の子ツイバガワを出迎えた。
神々が姿を現すと同時に、心地よい天上の楽の音が四方に響き渡り、妙なる香りが辺りを満たした。純白のハタが天から地へと垂らされ、ケサルはジュクモとメイサを左右に伴ってゆっくりと天の道へと向かって行った。
天の道を登る時、ケサルと二人の妃はもう一度振り返り、名残惜しそうにリンの山々と河を見渡し、リンの衆生に最後の眼差しを向けると、彩雲に包まれて上へ上へと昇って行った。
その姿が天の庭へと入ったその時、功徳を讃える花々が降り注ぎ、ひとしきり空を舞った。
ケサルは天へ帰った。再び人の世に戻ることはなかったが、残された英雄の物語は今も伝えられている。