塵埃落定の旅  四川省チベット族の街を訪ねて

小説『塵埃落定』の舞台、四川省アバを旅する

阿来『ケサル王』 66 物語 競馬で王となる

2014-09-25 02:33:30 | ケサル
物語:競馬で王となる その3




 鞭を当てるまでもなく、ただ首を軽くたたいただけで、天馬・ジアンガペイフはすぐさま全力で疾走し始め、気が付くと、雷鳴が轟いているかのような馬の群れの中にいた。
 の名高い占い師が馬を駆って王位を争う隊伍の中を走っているのが見えた。

 ジョルは速度を緩め、占い師と馬を並べて進んだ。
 「占い師殿、あなたは自分のことを占ったのですね。でなければ、こんなに懸命に馬を走らせたりしないでしょう。金の王座があなたを呼んでいるのですか」

 占い師は速度を落とさないばかりか、馬に二回鞭を当て、息を荒げながら答えた。
 「自分を占うものは両の眼が盲いるのだ。そうでなければ、とっくに占っている」

 「占い師も英雄と同じように、周りの国々を征服し、統治できるとお考えですか」

 占い師は笑った。
 「お前がこの馬の群れの中を走っているのも、あの魅力的な王座のためではないのか」

 ジョルは声を高め、天の母が競馬の策を授けた時に言い出せなかった疑問を口にした。

 「教えて下さい。
  インドの法王の宝座、漢の皇帝の龍の椅子、そして多くの国々の王位。そのどれもが競馬によって決められることなどないそうです。
  それなのに、ここでは馬が早いものが王になり、馬が遅いものが仕えるものになる。
  これはおかしなことではないでしょうか」

 「漢の地にはこんな言葉がある。
  馬上で天下は治められなくとも、馬上で天下を獲ることは出来る、と」

 「あなたも天下が獲りたいのですね。自分を占えないなら、私を占ってください」

 「こんな時に、のんきに尋ね事をされるとは」占い師は耐えきれなくなっていた。

 「私が競馬に勝利して王になれるのか聞きたいのです」

 占い師は大笑いした。
 「矢がまだ放たれない時であれば、的に当たるかどうか聞いても構わない。
  だが今、矢はすでに放たれた。わしより優れた占い師でも占いのしようがないだろう」

 言い終ると、彼は馬を鞭打って前へと駆けて行った。

 ジョルはニヤリとして、占い師が矢が届くほどの距離まで駆けた時、手綱を振り上げると、ジャンガペイフは飛ぶように占い師を追い越した。
 追い越す時、ジョルは一言言葉を投げかけた。

 「優れた占い師殿、あなたは肝心な所でいい加減なことを言わなかった。
  もし私が勝利したら、私の占い師に任じましょう」

 この時、高名な医者も馬に乗って前へと駆けているのが見えた。
 だが彼の馬は今にも力が抜けて倒れそうだった。

 そこで、ジョルは一声叫んだ。
 「優れた医師殿、薬袋が落ちましたよ」

 医者は即座に手綱を締めて馬を停め、薬袋がしっかりと鞍に縛りつけられているのを目にすると、さっと怒りの色を現わにした。
 それを見たジョルは笑いながら言った。

 「あなたの馬が疲れて果てて直ぐにも倒れそうに見えたのです。少し速度を緩めたほうがいいのでは」

 医者も笑い返し、速度を緩め、ジョルと轡を並べて進んだ。
 ジョルが言った。

 「先生、あなたはどこか悪いところがあるのでは」


 医者は言った。
 「病のない者に病だと言うのは、悪意を持った呪いをかけるようなものだ」

 「では私に病があるのかもしれません」

 「どんなに奇怪な身なりをしても、そなたの目はすっきりと澄んでいる。患ってなどいない」

 「いえ、病があるのです」

 医者はそれを真剣に受け、王位を争うことなど全く忘れたように話し始めた。
 「ジョルよ、人の病は風、胆、痰に分けられ、病の原因は貪ぼる、怒る、迷うことにある。この三つのものが互いに交わりあい、四百二十四の病を生んでいる。
  そなたは病の元もなければ、病の相もない。早く馬を駆ってそなたの得るべき宝座を獲りに行きなさい」

 「あなたは自分が王になれないと知りっているのですね。
  では、なんで馬に鞭当て走っているのですか」

 「わしだとてリンの人間の一人なのだ。
  自分の名を高めずして、どうしてこれからのリンに心置きなく身を寄せていられようか」

 ジョルは馬に先を急がせながら、言葉を残して行った。

 「もし私が王になったなら、あなたはリンの王家の医者になるでしょう」