故事:競馬で王となる その1
リンの競馬大会が始まった。
リンの各が設けたテントが黄河のほとりの草原を不夜城に変えた。
ダロンの首領トトンと彼の息子トングとトンザン、そしての勇士たちがやって来た。
顔を高く挙げしっかりと前を見据えている。トトンの玉佳馬は、その中に天下無双の姿を現していた。
彼らにとってこれは競馬ではなく、ダロン部が雄を唱える盛大な式典だった。
長系の九兄弟を首とする勇士たちがやって来た。
黄色い錦の衣装を纏い、金の馬具が金色の陽光の下、並外れた気概を示している。
彼らから見れば、リンの王位は氏族の本家の子孫が座るべきものであり、それぞれが腕を見せようと自ら勇み立ち、自信に満ち溢れていた。
仲系の八大英雄を主とする者どもが現れた。
全員が白い鎧兜、白い衣装に白い鞍で馬を駆って会場になだれ込んで来る様子は、まるで天から降りしきる雪のようだった。
幼系の勇士たちもやって来た。
青い兜に青い衣装、方陣を組み、まるで瑠璃の高殿のようだった。
その中心には総督ロンツア・チャケンがいる。
彼はすでに今回の競馬大会はジョルをリンの王位に登らせるためだという事を知っていた。
傲慢なトトンのように馬頭明王の予言を妄信するようなこともなく、長系と仲系のように王位を獲ろうと奮い立ち手ぐすね引いているのでもなかった。
彼らは早くから出発地点に馬を牽き、有り余る力を無駄にたぎらせ、興奮して落ち着きがなかった。
総督は知っていた。王位は必ず幼系の出のジョルが獲ることを。
幼系のもう一人の英雄ギャツァもまた人々の信望を得ていた。総督はギャツァを呼んだ。
「お前は彼らのように急いてはいないようだな」
ギャツァは答えた。
「心は焦っています。弟ジョルがまだ姿を現さないからです」
「お前には王になろうという思いはないのか」
「私よりもリンの人々に多くの幸せをもたらす人物がいると信じています」
老総督は長いため息をついた。
「リンは間もなく一つの国になる。ジョルが王になった時、英雄たちがみなお前と同じように考えてくれたなら、リンは天の配慮を得て、幸いが遍く行き渡るだろう」
「それにしても、弟はなぜまだ現われないのでしょう」
老総督も心の中で焦っていた。だが淡々と答えた。
「時が来れば自ら現われるだろう」
この言葉が終わらないうちに誰かが叫んだ。
「ジョルが来たぞ!」
その場にいる人々の気持ちが一瞬の内に高まった。
トトンの真の戦い手が現われた!
玉佳馬の真の戦い手が現われた!
ジュクモも喜びのあまり12人の姉妹の輪から抜け出した。
彼女は興奮していた。
今日人々の前に現れるジョルは、もはや、悪戯で皆を振り回していたこれまでのジョルではなく、精悍な天馬に跨って現われるのだ。
その天馬は父が未来の国王に贈った揃いの馬具で飾られている。
このように素晴らしい馬具はジャンガペイフのような神の馬のみにふさわしい…。
ジョルの馬が現われた時、当然のこと、人々の喝さいが挙がった。
ジュクモは身も心も軽くなって雲まで飛んで行きそうになった。
だが、次の瞬間、人々の間に大きなため息が起こった。
駿馬を牽くジョルは、追放された時の悪臭を放つうす汚れた身なりに戻っていたのである。
彼は、天馬の主人のようではなく、人々に忌み嫌われる道化のようだった。
幼系の勇士と民たちは深い失望を味わい、みなジョルから顔を背けた。
阿玉底山の麓の出発点に向う勇士たちは彼と肩を並べて進もうとはしなかった。
ただトトンだけがこれ見よがしに彼と親しげに振る舞った。
競馬での勝利の鍵は我が手にあり、との確信を強めたからである。
ジュクモはジョルがわざとそうしたのだとは分かっていたが、やはり悲しかった。
姉妹たちはみな自分のジョルへの想いを知っている。
それなのに、彼はこのように見るに耐えない姿をして彼女の面目をひどく傷つけたのだ。
この時、ジョル本人はミツバチに化身して彼女の耳元でウォンウォンと歌っていた。
だが、腹を立てたジュクモが手を伸ばして来たので、危く地面に叩き落されそうになった。
ミツバチはこれはまずいとばかり、羽を振るわせ、打たれて弱ったふりをしながら、よろよろと飛び去った。
リンの競馬大会が始まった。
リンの各が設けたテントが黄河のほとりの草原を不夜城に変えた。
ダロンの首領トトンと彼の息子トングとトンザン、そしての勇士たちがやって来た。
顔を高く挙げしっかりと前を見据えている。トトンの玉佳馬は、その中に天下無双の姿を現していた。
彼らにとってこれは競馬ではなく、ダロン部が雄を唱える盛大な式典だった。
長系の九兄弟を首とする勇士たちがやって来た。
黄色い錦の衣装を纏い、金の馬具が金色の陽光の下、並外れた気概を示している。
彼らから見れば、リンの王位は氏族の本家の子孫が座るべきものであり、それぞれが腕を見せようと自ら勇み立ち、自信に満ち溢れていた。
仲系の八大英雄を主とする者どもが現れた。
全員が白い鎧兜、白い衣装に白い鞍で馬を駆って会場になだれ込んで来る様子は、まるで天から降りしきる雪のようだった。
幼系の勇士たちもやって来た。
青い兜に青い衣装、方陣を組み、まるで瑠璃の高殿のようだった。
その中心には総督ロンツア・チャケンがいる。
彼はすでに今回の競馬大会はジョルをリンの王位に登らせるためだという事を知っていた。
傲慢なトトンのように馬頭明王の予言を妄信するようなこともなく、長系と仲系のように王位を獲ろうと奮い立ち手ぐすね引いているのでもなかった。
彼らは早くから出発地点に馬を牽き、有り余る力を無駄にたぎらせ、興奮して落ち着きがなかった。
総督は知っていた。王位は必ず幼系の出のジョルが獲ることを。
幼系のもう一人の英雄ギャツァもまた人々の信望を得ていた。総督はギャツァを呼んだ。
「お前は彼らのように急いてはいないようだな」
ギャツァは答えた。
「心は焦っています。弟ジョルがまだ姿を現さないからです」
「お前には王になろうという思いはないのか」
「私よりもリンの人々に多くの幸せをもたらす人物がいると信じています」
老総督は長いため息をついた。
「リンは間もなく一つの国になる。ジョルが王になった時、英雄たちがみなお前と同じように考えてくれたなら、リンは天の配慮を得て、幸いが遍く行き渡るだろう」
「それにしても、弟はなぜまだ現われないのでしょう」
老総督も心の中で焦っていた。だが淡々と答えた。
「時が来れば自ら現われるだろう」
この言葉が終わらないうちに誰かが叫んだ。
「ジョルが来たぞ!」
その場にいる人々の気持ちが一瞬の内に高まった。
トトンの真の戦い手が現われた!
玉佳馬の真の戦い手が現われた!
ジュクモも喜びのあまり12人の姉妹の輪から抜け出した。
彼女は興奮していた。
今日人々の前に現れるジョルは、もはや、悪戯で皆を振り回していたこれまでのジョルではなく、精悍な天馬に跨って現われるのだ。
その天馬は父が未来の国王に贈った揃いの馬具で飾られている。
このように素晴らしい馬具はジャンガペイフのような神の馬のみにふさわしい…。
ジョルの馬が現われた時、当然のこと、人々の喝さいが挙がった。
ジュクモは身も心も軽くなって雲まで飛んで行きそうになった。
だが、次の瞬間、人々の間に大きなため息が起こった。
駿馬を牽くジョルは、追放された時の悪臭を放つうす汚れた身なりに戻っていたのである。
彼は、天馬の主人のようではなく、人々に忌み嫌われる道化のようだった。
幼系の勇士と民たちは深い失望を味わい、みなジョルから顔を背けた。
阿玉底山の麓の出発点に向う勇士たちは彼と肩を並べて進もうとはしなかった。
ただトトンだけがこれ見よがしに彼と親しげに振る舞った。
競馬での勝利の鍵は我が手にあり、との確信を強めたからである。
ジュクモはジョルがわざとそうしたのだとは分かっていたが、やはり悲しかった。
姉妹たちはみな自分のジョルへの想いを知っている。
それなのに、彼はこのように見るに耐えない姿をして彼女の面目をひどく傷つけたのだ。
この時、ジョル本人はミツバチに化身して彼女の耳元でウォンウォンと歌っていた。
だが、腹を立てたジュクモが手を伸ばして来たので、危く地面に叩き落されそうになった。
ミツバチはこれはまずいとばかり、羽を振るわせ、打たれて弱ったふりをしながら、よろよろと飛び去った。