黒猫 とのべい の冒険

身近な出来事や感じたことを登載してみました。

駅裏にて

2009年11月13日 09時24分24秒 | 日記
「駅裏にて」

 E市内のJR線路と並行する東光通を車で東へ走り、E駅裏の跨線橋の近くにさしかかると、ネコが飛び出すのではないかという恐怖感に今でも襲われる。平成17年か18年ころだったと思うが、朝の通勤時に、自転車に乗り駅に向かっていたところ、跨線橋手前の犬小屋がある家の斜め前方の路上に、ネコの横たわった姿があった。その家の人たちは動物好きらしく、大きな犬や首輪をした白黒模様のネコを飼い、他にも首輪がなく毛並みの色が違う幾匹かのネコに餌をやっているようだった。車にひき逃げされたのは、その中の明るい茶色の珍しい毛並みをしたネコに間違いなかった。私が徒歩で通勤する時、その家の前で歩みを遅くし、動物たちに視線を送るのが日課だった。すると、茶色のネコは、私の顔を識別し、必ず足許に寄ってきて挨拶した。
 歩道には3人の小学生高学年の女の子たちがいて、「かわいそう、また、ひかれるわ。」と叫んでいた。私は見かねて自転車を降り、「車が走ってきたら教えて。」と女の子たちに頼み、車道に出た。手前の斜線の真ん中に横たわったネコの体にひかれた跡はなかったが、持ち上げると口か耳からか血がしたたり落ちた。歩道に連れてきたネコはまだ息があった。「生きているよね。」と一人の女の子が私に念を押すように言った。生きてはいたが頭に受けた打撲はかなり重篤なものに思えた。ちょうど道路の真向かいに動物病院があった。女の子たちは医者を呼びに病院に向かった。
 帰宅の道すがら、ネコを横たえた歩道のところで自転車を止め地面を覗いてみたが、すでに辺りは薄暗く、痕跡は何もなかった。病院に入院したのか、あるいは息を引き取ったのか確認したかったが、動物病院にも犬小屋の家にも行く勇気はなかった。その後、毎日気にしていたが、とうとう茶色のネコの姿は現れなかった。
 その家の犬小屋には、レトリバー系の犬種だと思うが、耳が比較的長く動作がゆったりした大きな体の犬がいた。年取った犬だったと思う。こちらから挨拶しても目を合わせることがなく、誰に対しても同じ態度を取っているようだった。犬小屋は、昔、石炭か薪を保存したと思われる木造の物置で、大型犬が数匹入る大きさだった。表側と裏側の両方に出入り口があり、必ずどちらかが開いていた。
 ある徒歩通勤の朝のこと、小屋まで数10メートルくらいの地点に来たとき、小屋の向こう側からこちらに歩いてくる一人の女子高生が見えた。彼女が小屋の前を通り過ぎようとしたとき、小屋から体を半分外に出してうずくまっていたその大きな犬が、突如として体を起こし、ウーワオンと一声だけ低く大きな声で女子高生に吠えかかったではないか。それまでその犬が通行人に向かって吠えるどころか、人に興味を示す姿すら見たことがなかったので、何が起きたのか理解できなかった。
 吠えられてとび退いた女子高生が近づくにつれて、彼女のスカートがかなり短く、その雰囲気が派手気味なことに気がついた。犬に嫌われた原因は服装なのだろうか。いや犬にファッションがわかるはずがない、などと考えているうちに、距離が縮まり、彼女がすぐ横を通り過ぎた瞬間、原因が判明した。何という強烈な香水の匂いだったことか。犬の臭覚をもってしなくとも、耐えられない気持ちがよくわかった。
 その出来事があったからではないと思うが、犬小屋の扉が閉まっていることが多くなった。さぞ退屈だったろうが、犬はその後も私のことをちらりとも見ることはなかった。
 今年の早春、私が転勤先の町から2年ぶりに帰ってくると、その小屋は締められ、中に動物の気配はなかった。寿命だったのだろうと思ったが、もう一度、彼の茫洋とした風貌を見たかったと悔やまれた。その数日後、春の暖かい日射しが本格化した朝、冬の間に冷え切った地面がゆっくり融けはじめ、足許から湯気がゆらゆら立ちのぼっていた。犬小屋の前をいつものようにゆっくり歩いていると、そこに生まれて間もない子ネコがいるのを発見した。私は、毛並みをひと目見て、あのときの愛想が良かった茶色のネコとの血のつながりを確信し、思わず久しぶりだったね、と声をかけた。そのとき小さなネコがかすかにうなずいたように見えた。(H21.11了)


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