黒猫 とのべい の冒険

身近な出来事や感じたことを登載してみました。

昨日の旅

2015年06月29日 14時38分26秒 | ファンタジー

 昨日、三十歳代のはじめから四十歳代半ばまで、途中で三年間の空白はあったが、通算十二年の間、何かと慌ただしい生活(今と変わらないか)を送った町に降り立ち、一時間ほどの空白をつぶすことになった。そこら辺で、私が三十五歳のとき、黒猫「との」と出会った。あれから三十年だ。
 昔の記憶を頼りにしながら、そのころ朝晩出入りしていた地下鉄の階段を上がりきったところで、自分がどっちの方角を向いているのかわからなくなった。今にも降り出しそうなどんよりした夕刻だった。あまり方向感覚のすぐれない私は、知らない土地にひょこっと顔を出したとき、ちょくちょくこんな場面に遭遇する。昨日のような、よく知っているはずの場所でも。
 懐かしい土地を離れてからも、その辺りの道を何度も車で走り、急激に変化する町並みの様子を目にしてきた。しかし、車から降りて、馴染みのある物々に近づいてみようという気持ちにはならなかった。今住んでいるどこまでも平坦な土地に比べると、ずっと変化のある魅力に富んだ土地。しかし再び住むことはあり得ないという気持ちが私を引き止めた。
 小高い丘の中腹を削って付けられた道、今では拡幅されて車の通行も多くなっている。とのが家に来たばかりのころ、とのの首輪にひもを結んで、その道の脇を歩いた。とのは、初めて見る自然に恐れおののいて、首輪を抜いて草むらに逃げ込んだりした。そんなことを数回繰り返してから、猫に散歩は無理と気がついて、連れ回るのは古いアパートの周囲だけにした。とのは、自分の家の周りなのに、ときどきアパートの余所の玄関に逃げ込みながら、抜き足差し足の外出を楽しんだ。その四階建てのアパートも今はない。
 丘の道から直角に、下界へ通じる木製の階段が昔のまま残っていた。急階段の周囲には、初夏とは思えないくらい背丈の高いぼうぼうの草と、濃い緑の大きな葉っぱをつけた木々がぎっしり生えていた。ヤブ蚊もぶんぶん飛んでいた。暗くなる前に地下鉄の駅まで戻らないことには、目の前に黒い猫が現れそうなのだ。(2015.6.29)

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