黒猫 とのべい の冒険

身近な出来事や感じたことを登載してみました。

三種の虹、廃屋のことなど

2013年10月08日 14時14分46秒 | ファンタジー

 猿払村へは、今年三度も行った。同じ土地を何度も訪れると、次第に印象が薄れるのはしかたがないが、その代わり、いまいち鈍感な私にも、新たな景色の発見がある。
 先週のこと、行きはところどころで雨がザッと音を立てて降り、その合間に陽が射すといった、変わり身の早い最近の政治家のような天気だった。しかし、そのお陰で、虹に三回も遭遇した。
 車は、どこまで行っても変わり映えしない長い道を北上していた。夕方になったころ、右手の道路脇に、最初の虹が忽然と現れた。半径十メートルくらいの手でつかめそうな小さな虹で、不可思議なほど鮮明な光彩をまとっていた。虹の両端は、濃い色の原生林の中に深く切れ落ちていて、まるで林に沿って流れる原始の河水に架かる橋のようだった。次の虹は、山奥へかかったところで現れた。さっきより一回り大きな虹だった。最後に現れたのは、うねうねと続く未開の台地を抱え込んで、天空高く広大な弧を描く虹だった。
 翌朝は、雨上がりの秋空が濃い青に晴れ渡っていた。帰路、山深い閑散とした集落にさしかかり、二戸の廃屋が連なった場所に車を止めた。ここに止まったのはこれで二度目だ。前回は、雨の中、封印された玄関前に立ち、思わず木戸に手を触れてしまった。この廃屋は、五十年もの昔、訪れたことがある家なのだろうか。どうしてもそのとき見たはずの家の記憶が浮かび上がってこない。私の記憶にわずかに残っているそのときの映像は、懐かしい叔母の顔と家の中にあった電話交換機だけなのだ。
 この日、頭上から舞い降りてくる強い風に吹かれ、気ままに生い茂る木々や雑草がごうごうと音を立てていた。それ以外の人工的な音は一切なかった。耳鳴りや雑音に慣れ親しんでいる私の耳は、そういう自然に違和感を覚え、別の音を探し始めた。すると、私の古い脳の底からよみがえるものがあった。それは、集落にたった一台の直通電話の呼び鈴と、取り次ぎの叔母の声、そして交換機を操作するときのパタンパタンと木札をひっくり返すような音なのだ。今はなきものたちの姿が、こんな風にぐるぐると巡り始めるのは、私にとって新鮮な感覚だ。(2013.10.8)
 
コメント
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