帯とけの古典文芸

和歌を中心とした日本の古典文芸の清よげな姿と心におかしきところを紐解く。深い心があれば自ずからとける。

帯とけの枕草子〔二百六十九〕崎は

2012-01-03 00:22:39 | 古典

  



                             帯とけの枕草子〔二百六十九〕崎は



 言の戯れを知らず「言の心」を心得ないで読んでいたのは、枕草子の文の「清げな姿」のみ。「心におかしきところ」を紐解きましょう。帯はおのずから解ける。



 清少納言枕草子〔二百六十九〕さきは


 文の清げな姿

 崎は、唐崎、三保が崎。


 原文

 さきは、からさき、みほがさき。


 心におかしきところ

 さ木は、空しい先、身穂が咲き。


 言の戯れと言の心

  「さき…崎…さ木…先…咲き」「さ…美称…小」「木…男…おとこ」「先…先端…先発…さきんだち…おとこ花が先に咲き」「から…唐…空…虚…むなしい」「ほ…帆…穂…抜きん出たもの…おとこ」。

 

 先発(さきんだち)するのは、おとこの恒常的性情。これは、神世より「みとのまぐあい」において正常だけれども、女性にとっては、虚しい「さき」である。

 枕草子は「言の心」を心得たおとなの女が読めば、心におかしきところがわかる。


 伝授 清原のおうな

 聞書 かき人知らず (2015・10月、改定しました)

 
原文は、岩波書店 新 日本古典文学大系 枕草子による。