帯とけの古典文芸

和歌を中心とした日本の古典文芸の清よげな姿と心におかしきところを紐解く。深い心があれば自ずからとける。

帯とけの「古今和歌集」 巻第二 春歌下(80)たれこめてはるのゆくゑも知らぬ間に

2016-11-23 19:16:41 | 古典

             


                        帯とけの「古今和歌集」

                ――秘伝となって埋もれた和歌の妖艶なる奥義――                                                                                                  


 「古今和歌集」の歌を、原点に帰って、紀貫之、藤原公任、清少納言、藤原俊成に歌論と言語観を学んで聞き直せば、歌の「清げな姿」だけではなく、隠れていた「心におかしきところ」が顕れる。
それは、普通の言葉では述べ難いエロス(性愛・生の本能)である。今の人々にも、歌から直接心に伝わるように、貫之のいう「言の心」と俊成の言う「歌言葉の戯れ」の意味を紐解く。                                                                                                                                                                                                                                   

 

「古今和歌集」巻第二 春歌下80

 

心地そこなひてわづらひける時に風にあたらじとておろし

こめて侍りける間に、折れる桜の、散り方になれりけるを

見てよめる               藤原因香朝臣

たれこめてはるのゆくゑも知らぬ間に まちし桜もうつろひにけり

(気持が悪くなって、苦しんで居た時に、外気に当らないでおこうと、格子戸など・下ろし、籠っていた間に、枝折って活けてあった桜が、散りかけたのを見て詠んだと思われる・歌……気分を害して、男が・煩わしくなって居た時に、世間の風評に煩わされないでおこうと、男を・こき下ろし、籠もっていた間に、へし折ってやったおとこ花の枝が、散りはじめたのを見て詠んだらしい・歌)  藤原よるか(内侍所の女官で、典侍・次官にまでなった女性)

(すだれも格子戸も・垂らし、籠もって、季節の春の行方も知らぬ間に、咲くのを・待っていた桜の枝も、移ろい衰えてしまったことよ……垂れ、縮み込めて、張るものの行方も知らぬ間に、咲くのを・待っていた、あの男の身の枝・おとこ端も、衰えてしまったことよ)

 

 

歌言葉の「言の心」を心得て、戯れの意味も知る

詞書も聞く耳が異なれば、異なる意味に聞こえるように書かれてある。「心地…気持…気分」「そこなひて…損なって…悪くなって…害して」「わづらひて…患いて…病気になって…煩いて…苦しんで…煩わしくて」「風…屋外の空気…世の風…風評など」「おろし…(格子戸など)下ろし…(相手を)こきおろし…おとしめ」。

歌「たれこめて…(格子戸や簾を)垂らし籠もって…(もの)垂れ縮み込めて…おとこを貶める言葉」「はる…季節の春…ものの張る…春情」「さくら…桜…男花…おとこ花…男の端」「ら…状態を表す」「うつろひ…移ろい…悪い方への変化…衰え」「に…ぬ…完了したことを表す」「けり…気付き・詠嘆」。

 

気持ちが悪く、部屋に閉じ籠っていて、知らぬ間に季節の春は移ろい、咲くのを待っていた活けた桜も衰えたことよ――歌の清げな姿。

もの垂れ、縮み込めて、張るものの行方知れず、それでも待っていた、あの男、へし折った、身の枝も・おとこ端も、移ろい・衰えてしまったことよ・やはりあの女に移ったか。――心におかしきところ。

 

見捨てられた女になったのだろうか、その間の事情は知れないが、そんな時の、女の心に思うことが詠まれてある。

桜の「言の心」が男である事さえ心得れば、「折れる桜」「待ちし桜」が何を意味し、「散りがたになれりける」「移ろひにけり」と言う詠嘆に至る女の心情が誰でもわかる。歌の解釈など不用なのである。

 

近世以来、歌の表層の清げな意味しか聞こえない情況に有るとすれば、国文学者たちは、自らの憶見を加えて、鑑賞に堪える歌にしたくなる。しなければならないと思う、それが歌の解釈だと錯覚することになる。

正岡子規のいう「くだらぬ歌」にしてしまったのは、国文学的解釈方法である。平安時代の和歌を自らの文脈に取りこんで、俎上にのせ切り刻んで料理するのと同じことである。旨い料理が出来たとしても和歌が痛々しい。門外漢としては僭越ながら、警鐘を鳴らしつづける。

 

(古今和歌集の原文は、新 日本古典文学大系本による)