『ソウルボート航海記』 by 遊田玉彦(ゆうでん・たまひこ)

私たちは、どこから来てどこへゆくのか?    ゆうでん流ブログ・マガジン(エッセイ・旅行記・小説etc)

人生のバネ

2009年05月31日 16時13分36秒 | 航海日誌
もう、20年数年前、取材で大分県杵築にあるミュージシャンの南こうせつさんのお宅へお邪魔したときのこと。音楽の話ではなく、畑づくりをしながらのライフスタイルについてのリポートだった。夕方まで取材にお付き合いくださったうえ、夕食までご馳走になった。上海蟹以外は、自宅で取れた野菜で、本当に美味しかった。地酒まで出してもらって上機嫌になっていると、さらに意外なお誘いを受けた。後で近所に住む禅宗のお坊さんが訪ねて来るので、会ってみますかと。修行を積んだ高僧で、話を聞くだけでもいい機会だといわれ、即座にお願いした。

現れたのはお歳が80に近い、柔和な風貌のお坊さんだった。一緒にいたカメラマンのI君に、あなたはお酒が飲めないねと言い、胃腸が少し弱いようだからこうしたらいい、後は何も心配はいらないとアドバイスした。彼は目を丸くして、そうですかと。次いで、私の番。「う~ん、君は、仕事のことで悩んでいるな。上司に反発して押し返そうとしているね」

びっくり驚きの、ぴったしカンカン。ずばり悩みを言い当てられ、その通りなんですと答えた。当時、27歳の私は直属の上司に編集方針のことで反発していて、これ以上もう我慢ならんというピークに達していた。どうすればいいのか悩んでいた。すると、高僧はこうおっしゃった。
「あのな、クルマにバネというものがあるね。バネのようにグーンと押されなさい。君はまだ途中で押し返そうとしているよ。最後まで押されれば、それだけ力も出る」

その短い言葉が、すーっと腑に落ちた。そのときの私にとって実に的確なアドバイスだった。高僧というのは、相手に必要なことを伝わり易く語るものだと感じ入ったものだ。その言葉を肝に銘じ、さらに興味は尽きず、質問をした。どうして、それが、わかるのですか? すると、高僧は笑って、君の身体から出ているエネルギーを読んだのだと言われた。大きく出ているが、左に偏っているから、そのバランスが良くなれば大丈夫、しっかりやんなさいと。

東京へ戻り、本気で押され切ろうと思った。3年務めていた編集部に、さらに3年いた。その3年が残りのバネだった。編集チーフを任されるようになり、取り組みたかったエコロジーというテーマをとことんやらせてもらえた。よく、若造のヘコたれバネにお付き合いくださったものだと、そのときの上司に今でも感謝している。あのときのカメラマンI君は、今も同じ会社で働いている。彼のバネは強く太いのだろう。とにかく、人生のバネというものがあり、自分は精一杯と思っていても、まだまだ、びよ~んと伸びているものなのです(笑)