『ソウルボート航海記』 by 遊田玉彦(ゆうでん・たまひこ)

私たちは、どこから来てどこへゆくのか?    ゆうでん流ブログ・マガジン(エッセイ・旅行記・小説etc)

連絡不断

2013年06月20日 08時17分07秒 | 航海日誌
連絡不断 感情不淡(いつもコミュニケーションしつつ、やさしさをもって相手とつながる)と、中国軍部の幹部らが、日本へメッセージしたそうだ。

中国国内は排日感情を抑えることができない状況だとか。軍人は、わかる。戦いがいかに失うかを。阿鼻叫喚の様を。

武とは、戈を止めるという本来の意味があり、ゆえに武人は戦わないことを最上とする者のことを示す。

文官はそれにあらず。戦い血を流すさまを知らず。知るのは、書物のシミのみか。

天に舞う前に、地上の辛苦をなめるのは民だ。民とはすべての人間を指す。蚊帳の外にだれもおらぬ。

すでに歴史が示すように、肝に銘じておきたい。

煩悩

2013年06月19日 00時14分59秒 | 航海日誌
自分の煩悩というものを、嫌わず、忌みせず、なき物ととせず、見極めたら。

それがそのままの姿だろう。

あおれは、わたしは、ちがうとせずに。

それがあるがままの素っ裸のうまれたままの自分というもの。

まッ昼間には、恥ずかしいから隠していても、素性のまんまの夜も来る。

自分からは、逃げられぬ。

地球の裏側に逃げたって、苦しむだけなの。

ぐるっとまわって戻ってきて、自分の背中をながめて、

もんどり打つだけ。

後の正面、だーれ?

って、それ、自分だな。

自我は悟れない

2013年06月17日 23時07分16秒 | 航海日誌
自分として知覚しているものを「自我」と呼ぶが、
自我があってこそ、「自分」と思うわけで、
これ以外に自分というものの存在は有りえないと想像する。
思考のスタート地点は、そこからだ。

自我のポジションは、どこにあるのだろう。
自我が自我の中で、この自我について考えているのか。
自我を別の心理学用語「表層意識」に置き換えてみよう。
表層とは、頭で思考している、言葉を繰り出している部分だ。
今こうして考えて、キーを打って文章を表出させている意識である。

では、表層意識を観察する者は、何か。
自我とは一線を画した領域の意識。
これを精神世界では、自我に対して「真我」と呼んでいる。
心理学用語では、「深層意識」が対応するだろう。

「真我」または「深層意識」は、自我領域に通常浮上しないと考える。
黙って自我を見つめている観察者だ。
自我は、人生の個々に想い悩む。ときに壊滅的な状況まで陥る。
しかし、「真我」または「深層意識」は、介入しない。
介入しないが、バックから自我を支えている。

人間は成長を求めて生きている。
その道程で、悩みがうまれる。
どうしたら、この自分は、より良く生きることができるだろう。
より良くとは、道徳的な心情を含むものばかりではない。
極論すれば、どう、自分の思うように好きに生きられるか、だ。
そうなるためには、と、自我が葛藤する。
自我は、ねたみ、そねみ、嫉妬し、強欲で、
とどのつまり恐怖にさいなまれて、萎縮する性質を帯びている。
これを克服できれば、思うように、好きに生きられるはずだと、
思うが、自我は自我の性質を変更できない。

変えよう、変えられると思うから悩み、苦しむ。
悩みの根源はそこに在る。
そのことを認識すれば、自我は温和しくなる。
つまり、あまり悩まなくなる。

それはどういう常態かといえば、
真我に任せている状態だ。
主従逆転であるが、自我の敗北でもなく、消滅でもなく、
自我が静かになるということである。
言葉を換えれば、「お気楽」になるということだ。
あるいは、「のん気」になるということだ。

実はそれこそが、
自我がいちばん恐れていることである。
そんなことになったら、
メシが食えなくなる!
ライバルに負けてしまう!
築き上げたものが奪われてしまう!
何もかも無くしてしまう!
世界が終わってしまう!
死んでしまう!

自我は、その考えを決して捨てない。
捨てないが、まあ、いい加減もう面倒くさいから、
真我に任せておこうか、
という気分にはなれる。
お気楽な気分である。

それが、悟りの門の手前に立つということだ。
わたしはその門の前をうろうろする者である。
壁の向こうを覗けないかと、行ったり来たりしつつ、
悩みの度合いを減らす方策を練っている。
(門番などいないから、入れてくれと交渉もできぬ)

自我について、私流にまとめると、以上のようなものとなる。
自我と格闘しているかぎり、そういうことだ。
では、なにが自我と格闘するのか。
自我である。自作自演である。

その感触は、徹底的に自己をリアルに内部検証することで理解できる。
どんなにたくさんの本を読んだり、他者の言葉を聞いたりして、
外部情報から知識は得ても実感を得ることは出来ない。
自己内部を検証せねば、ここに文字化していることは、
わけのわからない戯言(たわごと)でしかない。

これは、自我の悩みから発せられている「自己メッセージ」である。

この道は、極めて孤独な道なのだ。

私の弟子はわたしである。

思考の旅はつづく

クスリ問題

2013年06月15日 23時28分31秒 | 航海日誌
いま読んでいる本「薬をやめれば病気は治る」岡本裕著 幻冬舎新書。

現役医師が書いた本です。岡本先生は、出来るだけ患者に薬を出さないそうで、薬をやめるよう指導していると。では、なぜ医師たちが薬を出すのか。

儲かるからというのは風評のようです。わかっていても出さざるを得ない。患者が薬を求めるからという事情もあるのです。多くの人が未だ薬が治すという「薬信仰」に陥っている。

お袋はもう何十年も不定愁訴的な病で、冷え性が痺れに至って治りません。医者をかわっても治らんと言い続けてきて、わたしが事あるたびに、医者が治すんじゃなくて、薬に頼っても治らんということを伝えようとするのですが・・・

これは非常に難しい問題なのです。母親に限らず、いったんそう信じた者を、脳に刻み込まれていることから解放することは、まったく簡単じゃない。この問題は人の様々な生活習慣の中に潜む問題です。常識を疑え!ですが、常識の中には、人がコントロールした事が多分に潜んでいるのです。よって、それは心理的な強固な元凶になっていることもあるということを、薬問題が象徴しているのです。


みそ買い

2013年06月09日 21時40分37秒 | ソウルフード
東京・亀戸駅近くにある「佐野みそ」へ行って、味噌の話を聞き、50種類の中から、「十穀味噌」と「江戸甘こし」を買いました。

この店は、いまでは珍しく、桶での量り売りをしてくれます。味見をして買えるので、好みの味噌を選べるのがうれしい。

我が家にはいま、8種類の味噌があります。これをブレンドして、味を愉しんでいます。毎日、20~30gは食べているでしょうか。

つい先日、定期検診で血圧を測ってもらったら、上が120~130あったのが、なんと99に下がっていました。下は、68です。こんな低い血圧は初めて。味噌は血圧も下げるのです。1ヵ月半、毎日食べ続けての検証結果のひとつです。体重も2kg下がりました。

味噌って、すごいぞ!