『ソウルボート航海記』 by 遊田玉彦(ゆうでん・たまひこ)

私たちは、どこから来てどこへゆくのか?    ゆうでん流ブログ・マガジン(エッセイ・旅行記・小説etc)

嘘学のすすめ

2011年05月31日 19時06分01秒 | 航海日誌
2009年1月11日に僕が、下記の文章を載せたのには訳がありました。このブログで最もお伝えしたいのは、「世界に隠されたウソの柱」があるということでした。でも、それが解ってもらえない。伝わらない。どうしてでしょう? だから「嘘学」なんです。その始まりは、自分の嘘を見抜く力を養成することからなんです。気づきとは、そのことです。だったら、政治家さんに、官僚さんに、保安院さんに、マスコミさんに、聞いてみてください・・・え? わたしがウソつき? 

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「ネズミが残したチーズのカケラ」

年末年始で掲載した小説『地下鉄漂流』で、
ネズミが唯一、伝えたかったこと

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 ネズミがまたコップの水を一杯飲んだ。「さあて」と言ってタキシードの袖を払い、それから演台のうえに立って胸を張り、大きく息を吸った。堂々としたその雰囲気がまるでオペラ歌手がラスト曲を歌い始めるときのような感じにも見えた。トンネルの四方八方から拍手が湧き起った。ネズミたちの拍手喝采だ。それにつられてぼくも拍手をした。

「いいか、結論を言うぞ。耳をかっぽじって聞けよ」
 トンネルの天井に向かって大きな声でゆっくりと話し始めた。

「人間ってのはだな、呪縛から解放されたいって心で叫んでるくせに、そうはせず、反対に勝った負けたのゲームを繰り返してる。それが世界最大の嘘のコンコンチキなんだよ。嘘だと思うんなら聞いてみな。みんな隠し事なんてありませんって首を振るから。それが嘘だって自分で知ってるくせにな。なかには狂ってるのもいるが、多かれ少なかれ、みんな嘘の神経症なのさ。嘘がつけない世界を想像できるか? 何でもかんでもバレバレの世界だ。どうなる? 困るか? 不自由か? だったら自由とやらは嘘からもたらせられるんだな。嘘の隙間で好き勝手にやれる自由があるってわけだ。もちろん! つきたくてつく嘘ばかりじゃない。悪意の嘘だけじゃない。人を助けるための嘘もあるだろうさ。嘘も方便ってな。しかしだ。なぜ、嘘でなければ事態を回避できないんだ? 不思議だとは思わないか? 一度、人間は嘘の本質と構造を徹底解明してみたらいいんだ。嘘学だ。そのとっかかりはこうだ。嘘はな、たった一回も百万回も数には関係ない。嘘をできるだけつかないって問題じゃあない。嘘が世の中の隠し柱になってるかぎり、そう、堂々巡り。もう一度言うぞ。 嘘が世の中の隠し柱だ! その下でみんな巻き込み巻き込まれだ。嘘の連鎖反応だ。千年前の嘘が今だってまかり通ってるぜ。戦争を見てみろ。一人の殺人も百万人の殺人も、どんな理屈をつけても殺しに変わりないじゃないか。違うのは殺し方だけだ。それでもまだ正義の殺人か。平和のための殺人か。そんなゲームに付き合ってて幸せがやってくるか? 嘘に我慢する? 何かのために? その何かって何だ? 親のため? 尊敬する人のため? 愛する人のため? 国のため? 神のため? 開き直ったやつは金のためってか? ためって何だ? ためってのは自分のためじゃねえのか? 自分は違う? 自分だけは違うと思うか? 同じだね。嘘に麻痺してるだけさ。つまり、世界が嘘なんじゃなく、人間が嘘を演じているだけの話なんだぜ。その嘘とは自分に向けた嘘だ。嘘ってな、他人についても自分につくことになる。他人は騙されるだけだ。嘘は自分のものだからな。黙っていれば嘘はばれないか。ばれようがばれまいが嘘は生き続けるのさ。永遠に。嘘のうわ塗り。嘘のバームクーヘン。まあ、何と巧妙な嘘だこと。嘘の奴隷だ、呪縛だ。だれのせいでもない。全員が嘘劇の主人公なんだからな。子どもはひとつの小さな嘘がつけ、大人はひとつの大きな嘘がつける。子どもは宿題やったよって。大人は愛がわかったよって。子どもはママに叱られるだけ。大人は自分に叱られるだけ。笑止千万。以上、嘘学の講義はこれで終了。オシマイ!」

 ネズミの笑い声がトンネルの中に響き渡った。
 すぐにトンネルの中が静まりかえった。
 だれも拍手する者はいなかった。
 笑っていたはずのネズミが黒い瞳からポロポロと涙をこぼしていた。
 ネズミの姿が消え、深い沈黙の時が流れた。
 天井から水が一滴ずつ、
 ポトン、ポトン、 
 落ちていくのをぼくは眺め続けた。
 その水滴のひとつひとつにぼくの目玉が映っていた。
 水滴がぼくを見つめていた。

 ふたたびネズミが現れた。
「もう、わかったろう? 嘘なんか、どうだっていい」
「嘘こそ、嘘か・・・」
「嘘はな、消えやしない。嘘がなくなりゃ、本当もなくなる。だからな、嘘に囚われるより、自分にとっての真実を見つめて生きればいいんだ。嘘じゃなく、真実の主人公のほうが気分いいだろう?」
「そう、だな」
「さあ、おまえさんはどうする?」
「ああ」
「弟を巻き込んで母親についた嘘を、かたちを変えて今度は彼女につくのか? つまり自分に向けて」
「いや・・・」
「ここにとどまるのか? 嘘のトンネルに」
「もう嫌だ」腹からの声だった。
「よし。出口はわかってるな」
「大丈夫だと思う」
「入って来たんだからな」
「もう、ひとりで行けるよ」
「そうか、そうしな。今度こそ、きっとだぞ」

 ネズミが指さすトンネルのずっと先に、光の輪が見えていた。
 意識がスーッと遠のき、〈ヴィジョン〉が消えた。



吐露すればだ

2011年05月30日 22時26分39秒 | 航海日誌
あれはもう20数年前だ。山口県の山の中で暮らす家族の田舎暮らしを取材したときのこと。親子3人で月に5万円で暮らしているといい、自給自足生活でも、お金はいるんですよ。娘の学校費とか、税金とかと、お金のいらない生活を目指しても、結局はお金がついて回ると語っていたのを思い出す。

私は当時、独身の東京暮らしで、それも月に15万円くらいで生活していたから、その家族の生活が超ローコストに感じたものだ。

話を聞き、お金に縛られない生活が夢のように思え、稼ぐことなど大して価値を感じなかった。それよりも、自分の望む生き方ができればいいと思った。

だから、それ以降も金稼ぎに目的を持たず、好きなように生きてきた。もちろん東京に住んでいるということはハイコストである。独身時代、私はずっと家賃2万5千円だったが、結婚して10万円になった。

そのぶん稼がなければならない。今もそうだ。お金が目的でないのに、稼がなきゃならない。必要最低限。お金が無いと生きていけないという呪縛が現代だ。

そこにきて、原発大事故で、ますます都会に居着いているこの状態がどんなにか不憫か。引っ越せばいいと。ところが、家族の同意が必要で、この先どうなるのか予測不能な東京であっても、相方の老人家族も住んでいるし、ほっておいて逃げ出すこともできず、子どもも学校があるとか、今の仕事があるとか、あるある事情に縛られて、動けないというのは、結局は皆一緒なんだろう。

本来、個人の思想が原動力のはずで、私はこのように生きたいというのが基本だろうが、運命共同体に合わせていれば、個人の思想は幻想のようなものだ。吉本隆明が云った共同幻想論ではないが、その逆説的に。

今夜もそうしてこの東京に居るが、それが正しいとは思えないが、仕方ないという精神状態である。私はそれほど今後の禍害を恐れてはいないが、初期被爆から累積被爆を重ねていって、細胞内に放射能物質を溜めても、そんなことよりも、自分の思想が生き方に反映できないもどかしさを感じているのは確かだ。

これを一気に書いて、吐露して、そういうことなのですよ。個人感情の話ですから。

だから、何度でも言う。幼子の母親は、バカ亭主などほっておいてでも疎開せよ!


外部(元内部)告発か

2011年05月29日 23時30分06秒 | 核の無い世界へ
下記の文章は、四国で開かれた「原発いらない大会」での、参加者の講演発言です。ネット動画で紹介されたものですが、すぐに消されてしまいました。その発言を文章化したものです。話しているのは、元東電社員のキムラという人物です。大変に興味深い内容なので全文を転載しました。もう、小説を超えていますね。


【驚愕】元東電社員の内部告発

短くお話ししますと、僕は福島原発、第一原発から15キロ真西に住んでました。標高は550ぐらいあったんで、津波は全く問題なく、家も束石方式の基礎の古い家に住んでたんで、平屋の、で、屋根も軽くて、ちょうど本震が来たときは薪の仕事をしとって、で、一服しようかなと思って、3時前だけど、まあ、いっかなと思って、ココアを、薪ストーブに火入れて、ココア飲んで、で、たまたま午前中にデジタル放送のテレビの難聴区域だったんで、光ファイバーみたいなのを大熊町が引いてくれて、その工事が終わって、で、別にテレビとか、全然見たくないんだけど、子供とかがいるんで、テレビ見れるようにしたんですけど、で、ぱっとテレビつけたら、どーんと緊急地震速報が出て、で、これだと思って、すぐ外出て、で、ココア持ってたんだけど、薪割り台のとこに置いて、で、2分、3分弱ですか、本震があって、その間、山がもう、ごーってずっとうなってて。で、ココア、ほとんどこぼれました。そのぐらい。でも、立ってられて、別に這いつくばって腰抜けるようなほどでもなくて、薪ストーブにちょうど火入れたばっかりだったんですけど、中の煙突がちょっと外れたぐらいで、ひっくり返りもせず、何の被害もなかったです。

で、次の日、爆発したんですね、1号機が。その爆発までは、僕はもう、地震、津波、炉心溶融というのはもう予測してたんで、で、嫁はちょっと離れたとこに、たまたまちょっといたんで、迎えに来てくれて、土曜日、で、常葉町っていう35キロのところに嫁の実家があったんで、そこに逃げて、で、2日ほどして、まあ、子供もまだ小学校2年生の女の子なんで、もうちょっと逃げようかって話になって、さらに嫁の親戚筋をたどって、栃木県の那須、70キロぐらいですね。まで逃げて、で、そこに3週間ぐらいいたんですかね。で、高知県の県庁が県営住宅の無料開放を宣言してもらったんで、もともとナカムラのほうに、ほうばい?がおったんで、僕、サーフィンやるんですけど、サーフィンブラザーズがいて、県営住宅あれば、余計行きやすいかなと思って、4月の頭にこっちまで逃げてきました。

実際、じゃあ、放射線、どのぐらい浴びたのかなってぱっと計算したんですけど、20ミリシーベルトありました。放射線量率って単位時間当たりのマイクロシーベルトとか、ミリシーベルトで表示されてますけど、僕は一応、原子力、学校合わせると20年いて、国の日本原子力研究所ってとこで大学の原子炉工学コースのさらに短時間濃縮コースみたいのを半年ぐらいトレーニングを受けた人間なんで、ちょっとした線量率の計算とか、あと、どのぐらい積算で浴びるのかって簡単な計算方法はもう自分でできるんで、で、こっち来て、落ち着いて、計算したら20ミリシーベルトを大体浴びてて。

結局、具合悪くなりました。はっきり言うと。栃木の那須に逃げて、すぐ、だから、4日目ぐらいからもう鼻水、どろどろの鼻水が出て、で、鼻血もとまんなくて、のども痛い。これが低線量障害ってやつなんですね。

だから、実際、100ミリまで行かなくても、恒常的に常に浴びてれば、何らかの障害というのは出てきて、で、国も政府も、当然、原子力安全委員会も、東電も、全く問題ないって言い方してますけど、全く問題あります。というのが1つ、僕の生の証言です。

一応、今日あんまりコピーしてこなかったんですけども、単位時間当たりの線量率をどうやって積算にするのかという計算式を書いたメモ、すごい汚い字なんですけど、書いてきたんで、欲しい方はどうぞ持ってってください。

で、0.24マイクロシーベルトパーアワーって書いてありますよね、新聞に。1時間当たり0.24マイクロ、それを1年間ずっと浴び続けると、2ミリシーベルト、1年間当たり浴びるんです。

ICRPって国際放射線防護委員会が勧告してるのは、一般公衆の被曝線量限度ってのは1ミリシーベルト、わかりますか。その20倍をたった1カ月もたたない3週間ぐらいで浴びちゃったんです、僕は。


で、僕はもう今年47歳なんで、そんなにもう細胞分裂もしてないからいいんですけれども、子供、子供はもう細胞分裂、活発で、自分の原本のDNAをコピーして体でっかくしてるわけですから、壊れたDNAをコピーすることによって発がん率ってのは高まりますんで、まあ、子供もすぐこっちまで避難させたっていういきさつなんですけれども、そんな、ちょっと生々しい感じの話になっちゃんですけど。

で、もう1つ言わせてもらうと、僕は10年前に東電やめたんですね。で、何でやめたかって皆さん、聞いてくるんだけど、理由はね、ほんとに簡単なこと。もう、うそ、偽りの会社、ひどい会社。で、偉くなれるのは東大の原子力出てきた人間、技術系だったら、もしくは東大の法学部出てきた人間が社長とかになりますから。で、もう、そういうエリート官僚主義の最先端行ってるとこなんですね。最先端っていうのかどうかわかんないんだけども。

で、うそばっかついてて、例えば、あるものが壊れましたと、このハンドルが壊れました、壊れた理由は、例えばこうやって日に出しといて、紫外線で劣化して壊れたっていうのが普通の理由なんだけれども、それを経産省、昔でいうと通産省、で、今でいうと保安院と原子力安全委員会に説明するにあたって、自分たちが説明しやすい、しかも、結果ありきでつじつまが合うようにストーリーをつくって、それで保安院に報告してプレス発表するわけです。それを専用のテレビ回線を使って、トラブルをちゃんと収束するまでの間、テレビ会議で延々と、昼夜を問わず、1週間缶詰とか、2週間缶詰は当たり前の中で、どうやって壊れた、ハンドルが壊れた原因を役所で説明しようかってことをやってるわけです。

で、僕はもう17のときからサーフィンやってて、レゲエの神様のボブ・マーリーが大好きで、で、そのせいで、そういううそ、偽りに気がついて、僕は会社いるときにバランス崩しちゃってですね、そういう世界にいたから。いつも自然と触れてて、レゲエが大好きで、ビールも大好きで、で、友達といい波乗って、おいしいビール飲むっていう生活と、その東電のその組織の中での役割っていうギャップですよ、真逆ですから、はっきり言って。
で、それでバランス崩して、もうやめたいって表明して、やめるのに3年かかりました。3年です。もう引きとめに引きとめて、で、最後、もう、僕ちょっと労働組合の仕事とかも少しやってたんで、労働組合の委員長と面談になって、引きとめの面談になって、で、何で、キムラ、やめるんだと、そのほんとうの理由を教えてくれと労働組合の委員長に言われたときに、僕、こう言ったんです。

はっきり言って、10年前ですよ。原子力発電とか、原子力エネルギーというのは斜陽、終わってるって。

だって、わかりますよね。皆さん、ほんとに意識が高い人たちだから、プルトニウムの241番が放射能の力が弱まる、半分になるまで2万4,000年かかるんですよ。今この瞬間使ってるエネルギーのために2万4,000年先の子孫にごみを、負の遺産を受け渡すことの解が出てないわけじゃないですか、答えが。なのに、発電し続けてることのその矛盾、だから斜陽なんですよ。

そしたら、労働組合の委員長、こう言いました。キムラ、おまえ、頭が狂ったんだな、気が狂ったんだな。

僕は、あんたが気が狂ってるんだよってはっきり言ってあげました。そしたら、すごい怒って、おまえみたいなやつはもうやめろと、そう言われて、やめられて。

で、またその後におもしろい話があるんですけど、僕はね、原子炉の認可出力ってあるんですよ。例えば福島第一の1号機だったら、1,380メガワットなんですよ、原子炉の出力は。1,380メガワットを電気にすると、46メガワットで、東京ディズニーランドを1日動かすのに必要な電気は57メガワット。だから、福島第一の1号機じゃ東京ディズニーランドは動かないんです。足りないの。

でね、電気の出力ははかれるんですよ、ちゃんと。オームの法則みたいなやつで。「オーム」(ガヤトリー・マントラのたぐい?)ってやつ。なぜかオームなんですけど。
で、1,380メガワットをはかってるんですけども、間接的に、だけど、認可出力が1,380メガワットだから、絶対に超えちゃいけないんです、それは。1時間に1編コンピューターを使って計算して、打ち出しして、保安院に報告するんです。

で、1,380メガワットを1メガでも超えちゃいけないんです。で、誤差っていうのは2.5%なんです。ということは、27メガワットプラマイ誤差があるんですけど、だから、うちらは技術者の判断で、それは誤差範囲だからっていうことで下げるんですよ。1,381にならないように、僕が計算機に、大型コンピューターにアクセスして、裏技なんですよ、これは。アクセスして、超えそうなときに係数を掛けるんですよ、0.995とか。1に対して。それで認可出力を超えないように、打ち出しが、そういう操作をしてたんですよ、僕は。

で、それができるのは東京電力の中でも、4,000人原子力従事者がいるんだけども、社員だけでも、その中でも2人か3人、そんな技を持ってたんで、なかなかやめれなかった。全くやめさせてくんない。

何でかっていうと、やっぱりこうやってね、内部告発みたいなことするわけですからね。あれは間違ってるよって。だって、僕、人並みぐらいには正直な人間ですもん。だから、知りたい人にはこうやってちゃんとアナウンスして、ほんとうの情報だけ、さっきの単位時間当たりの線量率をどうやって年間にかえるのかとか、そういうことも全部レクチャーしますんで。

そういうことを危惧して、東電は僕に、会社やめるときに、850万円退職金上乗せしてくれたんです。そのときに、本店に呼ばれて、副社長に、キムラ君、わかってるよね。何がわかってんだろうって思ったけど、わかってますって。わかってるよねって言われたら、わかってます、わからないとは言えないんで、じゃあ、もう帰っていいよって言われて、面接2分、それで850万上乗せしてくれて、で、1,300万もらって、まあ、親が事業やってたんで、全部そっちに回しちゃって、今はそんなお金持ってないんであれなんですけども。まあ、そんなおもしろい話が1つあって。

で、あんまり、第一の1号機も燃料の全体の燃料の7割が溶けちゃって、で、最近はちょっとデータ見てないんですけれども、原子炉の圧力とかも上がってるし、格納容器内の放射線量率も上がってるし、で、ヨウ素の131番っていうのが減ってない、最近ちょっと減ってきたみたいなんですけども、つい最近までは確実に再臨界になってました。だって、皆さん勉強してるから、ヨウ素の131番というのは放射能の力が半分になるのにたった8日間ですよね。なのに、もう8日たって、もう1カ月近くになってるのにヨウ素131がどんどん増えてる、それ自体がもう再臨界して、臨界にならなければ、ヨウ素というのはできないんです。絶対に。中性子、ぼーんとウラン235番が受けて、割れて、ヨウ素の131番っていうのができるんですよ。原子力っていうのはそういうもんなんで。で、そのうちのアインシュタインの相対性理論の話になっちゃうんですけど、そのうちのほんの1グラムとか、0.何グラムが熱になって、で、水を温めて、蒸気にして、その蒸気をタービンに回して、タービンに直列につながって発電機を回して電気ができるんです。それが発電システムなんで。

で、絶対にヨウ素の131番は中性子が出て核分裂しない限りは、絶対に出ないんです。だから、再臨界してて、そういう、ほんとは再臨界してるのに、原子力安全委員会、認めないでしょう。東電、認めないでしょう。政府も認めないでしょう。これはね、再臨界はしてたんです。つい最近まで。これはもう事実です。プロがほんのちょっと原子炉の物理とか知ってる人間であれば、だれでもわかること。それがまず1つ、うそね。

で、さっき言った、例えば0.24マイクロシーベルトパーアワーというのは安全だとかっつってるのもうそ。うそです。

それが僕は今日、皆さんに伝えたかったことです。で、高知は結構離れてるんでいいんですけど、ドイツの気象局が出してる放射線の、放射能の分布予測、スピーゲルっていうんですか、わかんないですけど、それを見て、北東の風が日本を全体を流れてくるときは、絶対に子供を雨に当てないでください。あと、女の人、これから子供をまだ産む人は出さないでください。それは、おんちゃんらはいいですよ。おれとかも含めて。

何でかっていうと、セシウムの137番というのがあります、今度。それの放射能が半分になるのが30年かかるんです。で、何が危ないかっていうと、セシウムの137番というのは筋肉にたまりやすいんです。男の人は比較的筋量が多いんで、筋肉に薄く、体の中に取り入れたとしても薄く広がっていきます。だけど、女の人は乳腺と、あと子宮、どうしても筋肉がないんで、そういった器官に濃縮しやすいです。そうするとやっぱり乳がんの発生率とかがちょっと上がってしまう可能性があるので、そんなことは知ってれば防げることなんで、で、どうしても外に出なきゃなんないときは、布マスクの中にガーゼ入ってるじゃないですか。それをぬらして、で、マスクして外に出る。

あと、ヨウ素が出てる限りは、ヨウ素はやっぱり昆布とか海草類にヨードとしてたまるので、そのヨウ素なんです。で、髪の毛から吸収されやすいです、人間は。だから、帽子をかぶって、直接雨に触れないようにするっていうのが1つ防げる方法です。

全然そんなことだれも言わないですよね。政府も。だけども、これだけは僕は言いたかったんで、今日、ナカムラから来てみました。

あんまり話が長くなっちゃうとあれなんで、最後に1つだけ。

何かチェルノブイリの30キロ圏内にあるすごいきれいな泉を守った長老たちがいるらしいんです。どうやって守ったかっていうと、僕、こんなに原子力のこと勉強して、物理のこととかもある程度勉強したけども、目に見えない力ってのも絶対あるんです。その30キロ圏内にあった泉を守った長老たちは、逃げなかったんです。逃げずにその泉をどうやって守ったか。祈りです。だから、そう言っちゃうと信じる人も信じない人も、どのぐらいの割合でいるかわかんないけども、もしちょっとでも信じてもらえるんだったら、朝、まず、福島第一が穏やかに眠りにつきますようにって祈りと、あと、出てしまって、僕たちが使った放射能じゃないですか。電気のもとだから。それが、愛と感謝の思いによって消滅して、無毒化するようにという祈りで、何とかみんなで力を合わせて、次の世代に伝えてもらえたらなって思います。


ドリーマー20XX年 8章

2011年05月29日 18時52分26秒 | 近未来長編小説『ドリーマー20XX年』
【あらすじ】
新宿で働く安サラリーマン、山田一雄45歳。将来の希望などさしたるものもない独身暮らし。楽しみといえば給料日に歌舞伎町のキャパクラへ行くことぐらいだった。この男がある日、奇妙な夢を見始める。白髭の老人との対話の末に、夢旅行へ誘われ、時空を超えた旅が始まる。やがて辿り着いた世界は、20XX年の新宿だった。

(右下の欄のカテゴリーで、1章から順にお読みください)
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~~8~~


 夜の戸山公園村で吉川重則に会い、彼のテントで二時間ほどの時を過ごしたあと洋介は密造酒の酔いを感じながら早稲田のアパートへと歩いていた。街灯もこの頃ではほとんど点いておらず、四つ角ごとに防犯のためのLED灯が点けられている程度だ。夜ともなれば洋介が歩いている大通りでさえ行き交う車両もほとんどなく、昭和の昔に戻ったかのような暗い道だった。

 交番の前を差し掛かり、パソコン画面を見ていた警察官が洋介に気がつき、椅子を立った。
「ちょっと君、待ちなさい」
 その声で振り返ると、白髪交じりの警察官が怪訝な顔で「酒を飲んでいるな」と言った。うそを言っても話がこじれるだけだ。飲んだと返事するとボックスの中に入れと指示した。椅子に座れと命じられ、警察官が睨みつけた。

「知らんのか。夜九時以降の規則を」
「九時?」
「そうだ」警察官が顎をしゃくって、身分証明書を出せと命令口調に言った。
「もちろん規則は知っていますよ。一〇時以降、夜の歩行を禁ずるというのは」
「先週から時間が変わったんだよ。ニュースで何度も流していただろう。区役所からも通知してあったはずだ。おい、君は区の職員じゃないか」
 洋介の身分証明を見て呆れ顔をあらわにした。
「時間変更のことはつい。すみません」
「それに飲酒はなおさら問題だな」疑いの目で洋介を見た。
「高田馬場の酒場でちょっと」
「まあ飲んでしまったものが密造かどうかは調べようがない。とにかく区の職員がこんなことでは申し訳が立たないだろう」

 警察官がそう言いながら洋介の証明番号をノートパソコンに打ち込むと、ほどなくデータが画面に呼びだされた。それを眺め、犯罪歴、現在の職務などをさっとチェックし、規則だから持ち物の確認をさせてもらうと洋介のデイパックを開けさせた。慣れた手つきで中身を調べ、「規制項目が細かく変わるからちゃんと覚えておくことだな」と念を押すように言った。

 高圧的な物言いをするこの警察官が特別なのではなかった。この頃の官憲の態度というものは大抵がそうだった。犯罪率は以前の比ではない。強盗、スリ、空き巣、強姦の類は日常であり、夜に路上で襲われるケースが多発し、殺傷事件も度々起こっていた。握り飯一個で殺された老人もいた。つい先日、大久保で起こった闇米組織の抗争では死亡者が六名を数えた。食料がらみの犯罪が激増しているのだ。そのため、夜間の外出は原則禁止が勧告されていた。

 洋介が新宿区職員で、しかも食料配給班長といった立場にあったことですぐに交番から解放されたが、一般人ならば厳しく取り調べを受けたはずだ。食料がらみの犯罪は、餓えに苦しむ者すべてに関わる問題となっていた。誰であろうが闇米を所持していれば没収され、身柄が拘束された。

 闇米シンジケート壊滅キャンペーンが謳われる一方で、闇米は増えるばかりだった。テントの中で吉川重則が語ったように、闇ルートはいくらでもあった。米の出所は行政機関だが、業者も役人も政治家さえも関わり、その先のルート上には無数の餓えた人間たちがいた。もし、闇米を撲滅しようとするならば、出所の大元を洗い出さなければならないのだ。それが今、自分が勤務する新宿区役所で起こり、洋介が直面する問題として重くのし掛かっているのである。

 ゼロゼロKYであるわたしとしても、まず、この問題から処理しなければならない。確証はないが、現時点で怪しいのは課長の前川正太郎だ。或いはほかの職員なのかもしれない。だがヘタをして洋介が犯人に仕立て上げられてしまえば、すべてが水の泡となってしまう。わたしの特命任務は、この日本が世界統一政府に組み込まれるのを阻止することにある。そのためには、石井洋介の働きが欠かせない。
              ○○○

 翌朝、洋介が目を覚ますと、隣の布団に香織の姿はなかった。深夜まで起きて待っていたが彼女は帰ってこず、いつしか寝てしまっていたのだ。

 布団から出てメールをチェックすると、着信履歴が不明の番号と香織からのメールが明け方に入っていた。メッセージは、「ごめんなさい。仕事朝までかかりそう。明日ね」と短いものだった。彼女と腹の子どものことが気になった。本当に子どもが産めるのだろうか。また、産んで育てられるのか。そのことを洋介はまだ一度も真剣に香織と話し合っていなかった。

 顔を洗い、トレーニングウエアに着替えた洋介は、久しぶりに戸山公園村まで走ることにした。香織に子が宿って以来、ランニングをしていなかった。出勤までにまだ二時間ある。吉川に会って夕べの酒の礼も言いたかった。彼には歳の離れた兄か、父へのような親近感を覚えていた。

 洋介に親兄弟はいない。荒川区の下町で育った洋介は父親を早くに亡くしていた。病弱だった母親も数年前に他界し、今は香織が唯一の家族と思っていた。

 戸山公園村まで軽く走って一五分ほどだ。午前六時過ぎだが、すでに太陽が街を照らし、並木でセミが激しく鳴いていた。久しぶりに走る躍動感を味わい、夏の風を吸い込んだ。二車線の通りの真ん中に立ち止まり、ダッシュを掛けた。一〇〇メートル一三秒は切ったと思った。こうして走っていれば、何もかもが忘れられる気がした。

 公園村までの残り一キロほどをハイピッチで駆けた。公園内に入り、箱根山を駆け上ると、汗がドッと噴き出した。熱中症を避けるには水分補給が欠かせない。水飲み場でゴクゴクと喉を鳴らせて飲んだ。空っぽの胃袋に生温い水が流れ落ちた。

 公園内をうろつく顔見知りの男たちが、「奴か」といった表情をして洋介を眺めた。一人が、「旨いもん食ってんだろう元気なこった」と嫌みを言った。洋介は無視して走った。

 広場まで出ると、数十人ほどの男女が明け方までに新宿区界隈を回って集めてきた生ゴミの袋を一ヶ所にまとめ、仕分け作業にかかっていた。区の配給食料では足りず、生ゴミも腐敗していなければ食料として彼らの胃袋に収まるのだ。少々の傷みは煮込めば何でもない。公園村ではこの作業を共同でおこない、村民全員へ平等に分配する。病気やケガで弱って動けない者にもだ。

 このルールは吉川重則が決めていた。彼は山形米沢の出だった。米沢には、江戸中期の大飢饉のときにもほとんど餓死者をださなかったという歴史が残っている。藩主の上杉鷹山が領民は我が子同然とし、飢饉に備え米を備蓄したからだ。吉川の先祖も藩士として鷹山公に仕え、代々その偉業を語り継いでいた。吉川は高校を卒業後、集団就職で米沢を出て、二〇代半ばの頃から歌舞伎町で生きるようになってからは郷里とは疎遠になっていた。吉川が以前、経営していた店に務める女の子に東北出身者が多かったのも、そうした彼の来歴に関係していたのだろう。今は調理場で働く真理恵も福島出身だった。

「先祖は偉かったってのが親父の口癖でな。なにがドン百姓のくせに。こう見えても俺は田舎の高校じゃ秀才で通ってたんだぜ。ケンカやらしても一番でさ。だがな、貧乏家じゃ大学行く金もねえって。俺は東京へ出て金持ちになってやるって思ってた。けどよ、こうして今となっちゃ毎日、畑で汗流してた親父のことが懐かしいんだよ。米も野菜も旨かった」
 昨夜、テントで聞いた四方山話で知った、吉川重則という男の意外な一面だった。

 ゴミ袋をまとめる吉川の姿を認め、洋介が声を掛けた。
「シゲさん、お早う。精が出ますね」洋介が近寄りながら言うと、後ろを振り返った吉川が仕分けの手を止め、オウと答えた。
「今朝は腹減るランニングか」
「そう、腹減るけど我慢できなくってね」
「彼女は? そうか子どもが腹にいちゃな」
「それもあるけど忙しいんですよ」
「何か問題でも?」
「いえ、配給は問題ないですよ」
「よろしく頼むぜ」
 吉川に頼むと言われ、洋介は言葉がくぐもった。夢の島移転計画のことが頭をよぎった。
「ところでシゲさん、夕べはどうも」
「ハッハッハ、おまえさんも俺らの仲間だな」吉川は密造酒を飲んだことを暗に、そう言った。ほかの者が知れば洋介の不利になる。公園村の飢えた者たちだ。何に付け込んでゆするか知れたものではない。吉川にはそれがよくわかっていた。
「仲間は大事ですからね」
「そうだぜ。おい美津子ちょっと代わってくれ」吉川に呼ばれた中年女がゴミ袋の口をつかんだ。「この兄ちゃんと話があっから」そう言って洋介に目配せしてその場から離れ、大樹の裏に身を寄せた。
「なんだいシゲさん」
 近くに人がいないことを見届け、吉川が口を開いた。
「夕べ、あれから思い出したことがあった。真理恵が言ったことだが」
「彼女が何か」
「ああ、女が絡んでいると言ってたんだ」

 そこまで聞いて、洋介(わたし)は混乱した。前川課長と密会した女は真理恵ではないかと思っていたからだ。その真理恵が女が絡んでいると言ったということは、食料管理ビルにいたのは誰なのか。
「女の名前は?」
「いや、言ってなかったな」
「その名前を聞き出しておいてください。それが鍵になるはずだから」
「ああ今度、真理恵が来たら聞いておくよ」
「次はいつ来ます」
「さあな。配給日のように決まっちゃいないからな」と言って吉川が笑った。
「とにかくわかったらすぐに教えてください」
 洋介はそう言って、この自分が今日にでも真理恵に問い質してみようかと思った。だが、こちらから聞いて彼女が答えるかどうか。吉川から聞いたと言えば話がこじれる気もした。
「なあ、たまに飲みに来い。俺の酒は旨いからな」
 冗談まじりに言う吉川に、洋介は「ええ、でも遠慮しとこうかな。バレたら職員をクビになっちゃう」と答えた。
「心配すんな。秘密にしといてやるよ」と言って愉快そうに笑った。

              ○○○

 いつも通り八時二五分に出勤した洋介は、区役所の階段を上りながら身体に充満したエネルギーを感じていた。久しぶりに運動をしたこともだが、真理恵が言ったという女の正体を暴いてやろうという闘志が身体にみなぎっていた。四階フロアに上がったときには武者震いが奮い立った。

 昨日からの一件を、公園村で吉川から聞かされた横流しのことや食料保管ビルでの前川課長と女の密会について、まだ香織に話ができていない。昨夜、メールで簡単に伝えておこうかとも思ったがやめておいた。香織を動揺させることになるばかりか、今の自分が置かれている危うい立場までをメールで伝えきれるものではなかった。

 洋介は焦っていた。四階フロアで出くわした前川課長に訊ねると、香織は山本対策本部長と先ほど都庁へ出かけたところだった。

「工藤君は連日、都庁詰めだな。今年はさらに大変な年になるな」前川正太郎が溜息をついた。
「そうですね。でも何とか乗り切らなきゃ」
「石井君、今日の配給は新宿御苑だね。あそこは規模が大きいからな。その前に会議だ。今日は忙しいよ」
「ええ大丈夫です」
「会議は九時からだよ」
「まだ少しやることがあるのでかたづけてすぐに行きます」
「深田君にも伝えておいてくれ。それから今日は区長室の杉山君も加わるからね」
「杉山さんですか?」
「そうだ。本日付で対策本部に移籍することになった」

 杉山泰子は、これまでは区長室直属の特命プロジェクト危機管理課の所属だった。歳はまだ三〇半ばだが区長の信任を得ている一人として出世組に加えられていた。その杉山が総合対策本部付きになるということは大きな動きがあるということだ。洋介には、それが例の夢の島移転計画であるのは周知のことだった。

 前川課長の背越しに掛け時計を見ると、八時四〇分を回っていた。後二〇分もない。階段を駆け下り、食料管理ビルへ向かった。二階を覗き、次いで三階に上がると調理場では午後からの配給米を炊き上げているところだった。雑炊の具となる大根が大勢の手で水洗いされている。

 洋介は真理恵の姿を探した。大根洗いの列に中に彼女がいるのが目に入った。そばまで寄り、声を掛けた。
「河口さんちょっと来てくれる」
「なにか」割烹着の端で手を拭きながら、洋介の後に続いた。ドアの外に呼び出し、周りに人がいないかを確かめて話し始めた。
「実は君に聞きたいことがあるんだけど」そう言うと、真理恵が肩を強張らせたのがわかった。
「どんなことでしょうか」
「前川課長のことなんだけどね」
「課長さん?」
「そう。昨日の夕方ちょっと用があってここに来たら課長の姿を見かけてね」
 洋介は鎌を賭けているのだ。いや、わたしがだ。
「私、何も知りません。前川さんのことなど」
「そうかな」事情はお見通しだといった口調で言い、一か八かの勝負に出た。「見たんだけど。二人でいるところ」
 真理恵が「私は何も」と小さくつぶやいた。
「君が知らないのなら前川課長に聞いてみよう」わたしは少しサディスティックな気分になり、「君から聞いたってね」と言った。
 黙って俯いている真理恵に、さらに言った「どうする。君を雇い入れたのは課長なのだろう?」
「聞いてたんですか昨日のこと」やっと真理恵が認めた。洋介が腕時計にちらりと目をやると、九時三分前になっていた。
「そういうことだよ。今日仕事が終わったら少し時間をくれないか。心配しなくてもいい。河口さんの悪いようにはしないから。それに僕はシゲさんを兄貴のように思っている男だよ。いい、僕のことを信用してもらえるかな」
 真理恵が小さく頷いた。
「じゃあ六時に花園神社の鳥居下に来てもらえるかな?」
 洋介の顔を見ないまま、真理恵が小さく頷いた。

              ○○○

 会議室に洋介が入ると、コの字型に配置されたテーブル中央には対策本部課長の前川正太郎、その隣に区長室の杉山泰子、右側のテーブルに係長の沢村学、配給班主査の原博史が座っていた。左側のテーブルには配給班の深田勝ほか三名が座っている。配給班主任の洋介は左テーブルの奥へ行き席に着いた。

「すみません。お待たせして」
「さあ、メンバーが揃ったところで始めるか」と前川課長が言った。
 洋介にもペーパーが渡され、表題に「公園村閉鎖に伴う配給計画書」と書かれてあった。新宿区内の公園村の名が列記され、ABCの三つに区分されていた。戸山公園村はCグループとなっている。

 前川課長が咳払いして言った「会議内容に入る前にご紹介しておきます。区長室の杉山さんが今日から対策本部の統括係長となります」

 紹介された杉山泰子が席を立ち、会釈だけの挨拶をした。銀縁の眼鏡を掛けた理知的な顔立ちだが、それがかえって冷たそうな印象を与えた。洋介は彼女とはまともに顔を合わせたことがなかった。

 だが、わたしには記憶があった。最初に時空を飛んだあの時代に、工藤香織と食堂で話した狐女だ。ここにいたか、といった思いがわたしに蘇った。

「さて、本題については杉山統括係長から話してもらえますか」
 前川課長からそう言われ、杉山泰子が口を開いた。
「お手元の文書は、もう目を通されましたでしょうか」そう言って周囲を見渡した。
 配給班主査の原博史が「公園村閉鎖とありますが、どういうことでしょうか?」と言った。
 杉山が答えた。
「それをこれから説明します。本日、配給班のみなさんには初めてお伝えすることになりますが八月二〇日付けで段階的に公園村を閉鎖することになりました。小規模の公園村がA、中規模がB、大規模がCとなりますが、そのABCの順で閉鎖していきます」

 ついに正式発表となったかと洋介は唾を飲んだ。配給班主査の原博史以下、配給担当職員にとっては寝耳に水といった話だ。原が意外だといった顔で話を継いだ。
「確かに公園村は臨時的なものだとは把握していましたがもう数年は続くものだと」
「これは都議会で決まった全区の話です」と杉山が淡々と話し、「国の政策に関わっているのです」と言った。
「ですがいきなり廃止の方向へもっていって住民たちはどうなるんですか」原が困惑した口調になって言った。
「住民には別の場所が提供される新たな計画に基づいたものですが、これについては改めて会議を開きますので。本日、本部長が都庁で最終会議に入っており正式にはその後となります。質問はよろしいですね」

 杉山泰子の事務口調に、原博史が納得できないといった顔をして黙った。深田勝が洋介の目を斜め隣からチラリと見た。もちろん深田もそれが夢の島移転計画であることを知っている。会議室が重い空気に包まれていた。

「質問いいですか」と洋介が口を開き、「住民には誰がどのタイミングで通達するのですか?」と聞いた。
「七月二〇日です。通達の方法は各公園村へ配給職員が出向き、村側の代表者に文書を渡してもらいます」杉山が答えた。

 通達は、八月二〇日閉鎖のきっちり一ヶ月前ということだ。ホームレスの引っ越しなどそれだけの期間があれば充分ということか。しかし、夢の島へ移動しろと言って、彼らが素直に従うと思っているのだろうか。まだ、この場でその話はひとつもなされていない。洋介は頭の中で公園村の混乱の様子を思い浮かべていた。

 前川課長が咳払いをし、しゃべり始めた。
「とにかくだ。これからますます財政悪化が進むと予測され、いかに効率化を図るかに焦点が絞られることになる。今回の公園村閉鎖および移転計画は現在われわれが抱えた最重要課題だと思ってもらいたい」と、職員の顔を眺め回しながら語たった。それから「今後、配給班は杉山統括係長の指示に従うように」と言って会議を締め括った。

 前川課長は夢の島という具体名を避け、ただ移転計画とだけ言ったが、やはり混乱が起こることを懸念しているのではないか。その解決策がまだ出ていないのだ。本部長と香織が都庁で参加している会議は恐らく、それが本題ではないかと洋介は思った。

 会議室を出る間際、杉山泰子が洋介を呼び止めた。それからまた会議室へ入るように促し、隣り合わせで椅子に座った。
「石井さん。あなた戸山公園村の担当ね」
「そうですが」
「あそこに吉川重則という男性がいるでしょ」
「ええ、それが?」
 杉山泰子が眼鏡の中の瞳を光らせ、「接触してる?」と聞いた。
「どういう意味ですか?」
「協力してくれないかな」杉山泰子の目つきが少しやさしくなった。
「吉川さんに何か問題でもあるんですか。あの人、公園村では顔役でよくまとめてくれてわれわれも助かっていますが」洋介がそう答えると、杉山の表情が元に戻った。
「とにかくどの公園村でも何か変わった様子があったら知らせてください。移転計画に関係することだからいいですね」
「わかりました、そのときはお伝えします」釈然とせず、洋介はそう答えておいた。

 会議室を出て、配給班の制服に着替えるため更衣室へ行くと、深田勝が制服に着替え終わるところだった。
 深田が、「今日の会議、まいったな」と独り言のように言った。
「まったくだ。ついにか」と洋介が相づちを打った。

 公園村閉鎖の通達役は自分たちなのだ。彼らを納得させる材料がないまま知らせれば暴動が起こる可能性もある。その対応をどうするかで都庁会議があるはずだが、一体どんな話が進められているのか。
「ところでなあ」洋介がヘルメットのひもを締めている深田に言った「あの杉山さんってどう思う」
「どう思うかっていわれてもねえ。細身なのにけっこう胸あるなって。でも冷たい感じの美人って俺のタイプじゃないな」
「冗談じゃなくてさ。なんか裏っぽい感じがしないか」
「裏ってどういう意味での?」
「知っていることを隠してて動くタイプって意味さ」
「確かにそんな感じはありますね」深田がニヤニヤして言った。
「おまえ何か勘違いしてないか」
「さっき会議室に呼び戻されてたの、そういうことじゃないんですかあ?□ああいう出世タイプは部下を手なずけるのも得意ですよ」戯けて深田が笑った。
「おまえはいいよ暢気で」

                ○○○

 この日の配給場所は区役所から近い新宿御苑村だった。ここは戸山公園村よりさらに大規模な公園村で、三台のトラックに食料を積み込み、何度か往復して新宿門、大木戸門、千駄ヶ谷門の三ヶ所で配給するのだ。深田勝が大木戸門、原博史が千駄ヶ谷門へと向かうのを見送り、洋介もハンドルを取って新宿門へと向かった。アルバイトの配給員たちはすでに現場に入って到着を待っている手はずだ。

 新宿御苑は、昔は信州高遠藩主の内藤家江戸屋敷地であり、明治になって宮内庁の植物園として利用された約一八万坪の広大な公園だ。園内には日本庭園、フランス式、イギリス風景式庭園などの名園があり、また都内とは思えないほどの森林地もある。戦後は国民公園として市民に解放され近年に至っていた。春には花見のメッカともなり、一日に数万人の花見客で賑わったものだ。新宿御苑村には現在、三万人規模の居住者がおり、ここの場合は家族用の施設とされていた。御苑は周囲を塀で囲まれ、芝生緑地も広く、子どもたちの生活環境への配慮がなされていた。

 洋介がトラックで食料ビルを往復し、三度目の食料運搬をすませて一息つき、御苑村新宿門のベンチで休憩していた。気温が三八度まで上がり、制服が汗だくだった。水筒の氷水で喉を潤し、洋介は今日の会議内容を頭の中で反芻していた。

 公園村閉鎖の通達が来週七月二〇日。その一ヶ月後の八月から小規模公園村Aを閉鎖、次いで九月に中規模B、一〇月が大規模Cで、戸山公園村も新宿御苑村も閉鎖まで三ヶ月しかなかった。段階的に移動といっても新宿区だけでも数万人の規模だ。これが全区となれば数十万人にもなるだろう。東京湾の埋め立て地に集合するホームレスたちの姿を想像するとゾッとした。まるで亡者の列がぞろぞろと進むような絵が頭に浮かんだからだ。そして、その列の中に洋介は自分の姿も見た気がした。

――どうなっちゃうんだ、東京・・・

 区役所に戻ったときには洋介はグッタリと疲れ、まるで全身に鉛の鎧を纏っているかのようだった。四階まで重い身体を運び上げ、自分の机の椅子にへたり込んだ。まだ香織は都庁から帰っていなかった。この二日間、予想外の事態が起こり、洋介の心身を疲弊させていた。香織ともう何週間も会っていない気分だった。

 五時半を回り、更衣室で制服を着替え、シャワーを浴びた。すぐにでもアパートへ帰って眠りたかった。だが今朝方、調理室で真理恵と話し、六時の花園神社で待ち合わせていた。慌てて着替え表に出た。隣の食料保管ビルの入り口を覗いたが職員らは全員退勤した様子だった。早歩きでビルの谷間にある花園神社へ向かった。五分ほど遅れて着いた。鳥居の周辺に人影はなかった。境内も探したがやはり真理恵はいなかった。

 鳥居の下に戻り、待つことにした。目の前の大通りではいつものように食料品や雑貨の屋台が並んでいる。一軒の屋台で何かを焼いて売っているのが目に入った。それが何なのかはおおよその見当がつくが、店主は決して何を焼いているのかは口にしない。肉の焦げる匂いが洋介の腹に刺激を与える。タレを塗れば、どんな肉であろうが旨いのだ。

 我慢仕切れなくなって一本五〇〇円の串を買い、歯で食いちぎり咀嚼して胃に落とし込んだ。看板には、すずめ焼きと書いてあるが、どんな鳥かは知れたものではない。鳥などではなく、爬虫類なのかもしれない。だが、その野趣が堪えられず旨かった。これに密造酒があれば文句ないが、大通りでは望むべくもない。花園公園の裏へ潜れば、あることは知っていた。そう思えば思うほど密造酒の魅惑に身体が引き寄せられそうだった。今こうして女を待っていることが気分を高揚させ、ますます酒への誘惑へ駆り立てた。

 通りから鳥居を眺めていると、女が立ち止まり、また先へ進もうとする姿があった。三〇分も遅れて姿を現したのだ。怒りが込み上げ、オイ!と怒鳴り声を発し、呼び止めた。
 女がビクッと背筋は張って立ち止まり、振り返った。
「遅いぞ。何分待たせるつもりだ」
「すみません」
「何してたんだ? 課長にでも会ってたのか」
「まさかそんな」
「とにかく付き合ってもらうよ」そう洋介が言って真理恵の腕を掴み、花園神社の境内へ入っていった。わたしは、いつもの洋介の調子が狂っていることを感じつつ、成り行きを黙って見守った。

 社殿脇に人影がないことを見届けて、そこに真理恵を立たせた。
「昨日の夕方、あそこで何を話していたのか聞きたい」
「別に私、課長さんに呼び出されただけで」
「今度はいつになるってどういうことだ?」
「あれはその・・・」
「あれはそのじゃわからんだろうが!」洋介が苛立ち、「米の横流しの相談じゃないのか」と言い放った。

 真理恵が目を丸くして黙り込んだ。表情を硬くして洋介の顔を見つめ、何かを決心したのかゆっくりと口を開いた。
「主任さん、勘違いしてるわ」
「何がだ」
「課長が私を使って米の横流しをしていると思ってるの?□だったらそれ間違ってる」。つい今までと真理恵の口調が変わっていた。「そうね話すわ。私もあんなのうんざりだから」そう言ってうっすらと笑った。その笑いはキャバクラ時代にナンバーワンを誇った真理恵のものだと、わたしには感じられた。
「そう、君が決心してくれるなら朝も言ったように悪いようにはしないよ」洋介も気分が変わっていた。
「なら、こんな所に立ってないでどこか落ち着ける場所に行きません?」
「喫茶店かそれとも居酒屋でもいいぞ」
「ほら、この裏にあるでしょ」
「裏のか」
 洋介は密造酒の隠れ酒場のことを言っているのだと思った。
 女は居直り、途端に駆け引きを初めていた。
「いいぞ飲みながら話を聞こうか」

 神社の裏手の暗がりからさらに奥に入ると、ひっそりと静まった路地裏に古びたビルがあり、人がやっと通れるほどの路地を進むと奥にひび割れた木の扉があった。この辺りにそういった店があることを洋介は知っていたが、足を踏み入れたのは初めてのことだった。

 真理恵が扉を叩くと、「どちらの方ですか?」と中年女の声がし、真理恵が名乗ると「どちらの?」と声が返って、「ビーナスクラブ」と答えると鍵が開く音がした。扉を押して中へ入ると思ったよりも広く、木のカウンターに六人ほどの男女が座り、奥のテーブルには三人の男がいた。その全員が一斉に視線を向けた。中年女が客達へ向けて手をひらひら振ると、また酒を手にして話し出した。

「元気だった?」真理恵の顔を見て、中年女が愛想を言った。
「先週も来たじゃない」と言って真理恵が笑った。
「そちらさんは? いえここでは野暮なことは聞かないルール。真理恵ちゃんが連れてきた人なら問題なしね」
 洋介はそう言われて愛想笑いを返し、「嫌いなほうじゃないんでね」と言った。
 それに続けて真理恵が「ママ、二階空いてる?」と聞いた。
「あら、空いてるわよ」ニヤリとし、「ほかの客は上げないから、ゆっくり楽しんだらいいわ」と小声になって言った。

 カウンター脇に細い階段があり、靴を脱いで上がると畳の小部屋に座卓が二つ置かれていた。密談にはおあつらえ向きの場所だった。
「君はここの常連みたいだな」
「お店に出てた頃からよくしてもらってたの。ママとは同郷なの」
「なるほど。この部屋、落ち着くな」洋介に、わたしの感情が絡まっていた。真理恵の顔を間近に見て、あのキャパクラ通いの頃が懐かしかった。

 ほどなく先ほどの中年女が酒とつまみを見繕って上がってきた。
「ちょうど良かったわよ。今日はいいのが入ってねぇ」と女が言い「ほら蒲焼きよ。それから蕪と烏賊の煮物でしょ、奈良漬けと缶詰だけどアン肝も」と、盆に載せた皿を見せた。

 二合徳利に入っている酒は密造酒だが、豪勢なつまみとなれば相当な金を取られるだろうと洋介は自分の懐が気になった。財布に一万円はあるが、それで足りるとは思えない。
「さ、まずは飲みましょう」と真理恵が酌をして、ふたつの杯に酒を注ぎ、「ここのお金は気にしないで」と言った。
「そんな訳にはいかない。俺が君を呼んだんだ」
「いいのよ。私が清々するんだから」そう言ってクイッと杯を空け、洋介を見た。
 つられるように洋介も酒を口にすると度数の強い白濁した液体が喉の流れ込み、胃が熱くなった。奈良漬けを一切れつまみ、また酒に口をつけた。

「それで話だが」と言いかけて、洋介が咽せた。強い酒と奈良漬けの香味が刺激した。久しぶりに味わう美味と呼べる味覚だった。
 洋介が咽せた胸を叩いていると、真理恵が話し出した。
「課長さん店の常連だったの。区役所の隣でしょ。毎回、変装して来るのよ。帽子かぶってサングラスで付け髭なんかして笑っちゃったわ。もう三年前か早いわね。それで店の閉店間際で心配してくれてどうするんだって」

 賑やかなギャバクラに店内の風景がわたしの頭に蘇っていた。その客の中に前川正太郎もいたのか。アイドルS嬢、河口真理恵を奴も目当てにしていたというわけだ。わたしの中で合点が行き始めた。
「それでね、役所で臨時雇いの仕事があるからって。うちに来ないかって誘ってくれたのよ。店が潰れたらほかに仕事ないでしょ。家出同然で飛び出した田舎には帰れないし。公園村があるけどあんなとこ私、嫌だもん。吉川社長には悪いけど。まだ、飯炊き女で働いてるほうがマシよね」
 そう言って杯を傾け、洋介を見た。臨時雇いは自分もだったが、職を求めて多数の応募があった。表向きは面接試験があったが裏では縁故関係が効いた。洋介の場合は香織の口添えはあったものの、正式に試験を受けて入所していた。だが真理恵の場合は課長の職権乱用だったということだろう。

 酔いが程よく回ったのか、真理恵が饒舌になって話を続けた。
「でもね条件付きだったの。自分の女になれって。歌舞伎町のほかの店もどんどん潰れちゃってどうせいくとこないし。いいわってお引き受けしたわ。少しお金もくれるしさ。お米もくれるのよ」真理恵が上目遣いにして洋介を見た。

「おい、それが横流しじゃないか」
「そうかも」
「そうかもじゃないだろうが。で、どういう具合でやってるんだ横流しを」洋介が語気を荒げた。
「どうって課長がときどき鞄に詰めて持って帰るの。それを私にも別けてくれてるわ」
「その程度の話か?」
「ね、立派な横流しでしょ」真理恵が笑って座布団に横座りした膝を組み直した。濃紺のスカートから白い膝がしらが見え、わたしは前川がこの女を抱くところを想像した。

「そんなセコイ話じゃない。横流し事件は」と言い、間を置いて考えた。吉川から聞いた真理恵が言ったという女が絡んでいる話はどう繋がるのか。
「ねえ石井チーフ、ここで話したことは秘密にしてくれる?□課長にバレたら追い出されるから」
「悪いようにはしないと約束しただろう」
「よかった。なら私も悪いようにしない」真理恵が怪しい目つきで洋介を見た。

 途端にわたしの下半身に熱いものがたぎった。手を出せば形勢が逆転だ。密造酒も飲み、弱みを握られるのは洋介だった。男の弱い部分に付け込んでいると思った。まだ二〇そこそこの小娘と侮っていたが、夜の商売に生きてきた女の強かさを身に付けていた。

 このまま溺れてもいいか。一度くらいなら、もう酒も飲んだのだ。あの課長も真理恵に弱みを握られているに違いない。
「聞いておきたいことがあるんだ」その言葉を何とか振り絞った。「シゲさんを兄貴分とさえ思っているんだが」と前置きし、「横流し事件に女が絡んでいると聞いたんだが、その女って誰のことだ」と言い終えた。

 間が空いた。酒を喉に流し込んだ。下の店から小さく笑い声が聞こえるが、声を落としていて賑やかさとはほど遠い闇商売の酒場である。表通りからサイレンの音が響いていた。この頃では一日に何度となく聴く馴染みの音だ。またどこかで通り魔か、コンビニ強盗でもあったのだろう。無ければ奪う。巷にそういう人間も珍しくなくなっていた。

「いくじなし」
 と、真理恵が言った。
 わたしは杯を取って一気に酒を飲み、「そうだよ」とだけ言った。
 ふっと息をつき、「いいわ」と真理恵が言い、それから「杉山って名前の職員いるでしょ。その女、回し者よ」と吐き捨てるように言った。
「それ、どういう意味だ」
「あの女が区役所に入る前にどこにいたか知ってる?」
「いや。区長室の前までは知らないな」
「警視庁公安部だって」
「公安警察? まさか。そんな人間がどうして」洋介はからかわれた気分になり、酒をあおった。
「本当かどうか知らないわ。でも前川課長から聞いたのよ」
「もしそうだとしてそんな機密事項を言うか?」
「言うわよ。ベッドの中だもの。彼だって密造酒くらい飲むし」そう言って洋介の目を斜めに見た。
「寝物語ってやつか。つい口を滑らせてしまったってわけ?」
「私にぞっこんだもの」

 そういうことかと、わたしは思った。前川はこの真理恵という女に何もかもしゃべって、がんじがらめになっているのだ。秘密をしゃべれば自分の傍から逃げられないだろうと考えているに違いない。昔なら囲った女は口が硬かったものというが、それは昭和の時代の話だ。今のように社会情勢が刻々と変化する時代に、もはや秘密など維持できるものではない。現にこうして漏れてしまっているのだ。

「で、なぜ公安が潜入しているんだ? やはり大規模な米の横流しが行われているということか」
「そこまでは知らないわ。でもきっとそうなんじゃない」真理恵が他人事のように言った。
「公安が動いているとはな。それだけの話しでもなさそうだ。河口さん、今後も情報を提供してもらえるかな」
「真理恵でいいわ」
「僕たちそういう関係じゃないだろ?」
「そういう関係でもいいのよ」
「君はすごく魅力的だけどね。でも僕には任務があるんだよ」
「もしかしてあなたも公安?」
「ハッハ、そんなんじゃないから安心しろよ。僕は配給班主任、ただの米配達チーフさ」
 密造酒の酔いが回り始めていた。
「じゃあ、その証拠を見せてよ」
「どうやって?」
「私も秘密を教えてあげたんだからあなたも秘密をちょうだい」
「よくわからないな、どういうことだか」
「こういうこと」

 真理恵が膝をすり寄せ、洋介に身を添わせた。甘い香りが鼻孔を突き、洋介は言い訳を頭の隅でつぶやいた。これも特命の仕事だ・・・酔いと甘美な誘惑に時を忘れていた。


ドリーマー20XX年はどう?

2011年05月28日 07時26分51秒 | 航海日誌
【あらすじ】
新宿で働く安サラリーマン、山田一雄45歳。将来の希望などさしたるものもない独身暮らし。楽しみといえば給料日に歌舞伎町のキャパクラへ行くことぐらいだった。この男がある日、奇妙な夢を見始める。白髭の老人との対話の末に、夢旅行へ誘われ、時空を超えた旅が始まる。やがて辿り着いた世界は、20XX年の新宿だった。

第8章は、明日、掲載します。
ドシドシご感想をお寄せくださ~い!

では、武道館へ行って参ります。

フェイスブック

2011年05月27日 20時32分14秒 | 航海日誌
昨夜、友人に誘われてフェイスブックに参加しました。友人いわく、「素性のわかる者どうしだから、率直なコメントももらえる」というので。

ブログの距離感と、フェイスブックは確かに違うようです。レスポンスも非常に早い。ツイッターとも違いますが。また、ミクシーとも違う。ようは自分のスタンス、好みの問題でしょうか。

とにかく、当ブログとフェイスブックの二刀流で、メッセージを発信していきます。クロスオーバーな効果が、さて、いかなるものか!?

そうそう、明日は合気道全国大会IN武道館です。私は会場警備をしつつ、二つのコマに出場します。この私もいろいろやっているという話でした。


高速道路みんなで歩けば恐くない

2011年05月26日 21時52分23秒 | 核の無い世界へ
たとえば、いま、高速道路を歩いています。二車線と三車線の間くらいのところを。すぐ脇を時速120キロで飛ばすプリウスがいたり、右脇を180キロで飛んでいくレクサスがいたりしますが、あなたは高速道路を歩いていることを知りません。だから、ちっとも恐くない。真横を飛んでいくクルマが見えないからです。けれど、50センチ右にふらついて、真っ赤なポルシェに吹っ飛ばされました。一瞬の出来事で死んだこともわかりませんでした。

数ミリシーベルトの放射線はまったく見えません。見えないけれど飛んでいます。それが落ちています。たとえばバルコニーの手すりに。それに触ってもちっとの痛くない、けれど5年、10年後に突然、痛くなる、かも知れません。ガン細胞の増殖によって。10年前に原発事故があったことなどすっかり忘れていて、どうして自分はガンになったのだろうかと想う。ああ、神さまと想う。

それと同じなのでしょう。時間のかかり方とか、時系列とか、もんだいではない。そういう人生を歩んだという、誰も記憶をしない歴史が残るだけ。そういう事実があるだけです。今もそのように。ただ、財産が口座に666万円残っているだけでした。


なぜなんだ?

2011年05月26日 00時08分45秒 | 核の無い世界へ
なぜか、わたしのまわりの人々は、さらに温和しくなってしまって、あの大震災と原発大事故が終わったかのような、目の前のそれぞれの仕事やら遊びやらに没頭しているのだが、このわたしも見た目は同じで、そうですね、と言って、忙しそうな素振りをしつつ、頭の中では福島のこと、浜岡、刈屋崎、もんじゅなど、ほうぼうに点在する原発のことを思い巡らせ、なぜ、なぜ、なぜと自問している毎日。

福島第一原発は以前に、内部にひび割れが発覚して、日系外国人技師が内部告発し、それでもあの保安院はそのまま放置していたということがあり、今は亡き筑紫哲也さんのニュース番組で、特集「内部告発」が放送され、福島第一原発の危険を訴えていたのだ。

誰のこころにも良心はある。それが発露するのは、いつ、どのときだろう。だから、わたしも誰も心理は同じで、どうしたもんかと悶々とした日々を過ごしていることだろう。この空気。なぜなんだ?


小説と現実

2011年05月24日 20時40分39秒 | 核の無い世界へ
毎週末に掲載中の近未来小説『ドリーマー20XX年』は、近年の日本ならびに世界の動きをウォッチングしていて、脳内に浮かび上がる映像を物語にしたものです。

リーマンショックは、ニューヨーク・ウォール街で炸裂した金融核爆発と比喩されました。それから数年で、この日本の東北で、原子炉で核爆発が起こり(そうだと云う説がある)、阿鼻叫喚の事態を起こしています。

カテゴリ「核の無い世界へ」の始め頃の記事で、原子炉はコントロールを失えば、核爆弾だと書きました。非核三原則の国でありながら、原子力の平和利用として原発建設を推進したのは、1950年代半ばでした。

その立役者は読売新聞オーナーの正力松太郎でした。正力はその後、日本テレビを立ち上げ、テレビの父としても知られますが、政治家としての野心も旺盛で総理の座を狙っていました。原子力平和利用は政治的駆け引きに利用したのであり、アメリカをもうまく利用して「原子力平和利用使節団」を日本へ招待しています。それを取り持ったのはCIAで、アメリカの属国とせんがための心理作戦を展開していました。読売新聞で原子力キャンペーンを張り、アメリカ政府とうまく渡り合いながら、この日本に原発建設を実現させたのが正力でした。
(早稲田大学教授:有馬哲夫著『原発・正力・CIA/機密文書で読む昭和裏面史』新潮新書:参照)

だから、正力は原発の父でもあります。が、正力が果たさなくとも、誰かが原発を招いたでしょう。それから半世紀が過ぎ、現在の惨事を起こしています。原子力とは何か。世界で唯一、原爆を落とされた国が、世界4位という原発大国となっていることの意味は何だろうか。その現実が今、日本人に突きつけられている。


ドリーマー20XX年 7章

2011年05月22日 00時00分04秒 | 近未来長編小説『ドリーマー20XX年』
【あらすじ】
新宿で働く安サラリーマン、山田一雄45歳。将来の希望などさしたるものもない独身暮らし。楽しみといえば給料日に歌舞伎町のキャパクラへ行くことぐらいだった。この男がある日、奇妙な夢を見始める。白髭の老人との対話の末に、夢旅行へ誘われ、時空を超えた旅が始まる。やがて辿り着いた世界は、20XX年の新宿だった。

(右下の欄のカテゴリーで、1章から順にお読みください)
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 日曜日の朝、区役所の地下倉庫から防災用リヤカーを借りてきて、洋介は引っ越しの準備に取りかかった。六畳一間にユニットバス付きの部屋には家具もなく、机代わりに年中使っているコタツとテレビくらいのもので、あとは押し入れにある布団、衣類程度の荷物だ。それらを段ボールに詰めるのに一時間もかからなかった。箱の数で九個分だった。古いテレビは捨てることにした。番組もNHK以外では民放数社が合併した放送局、読売系があるだけだ。行政プロパガンダ放送か、娯楽番組といえばハチャメチャなお笑いくらい。わたしの幼少期のテレビ時代に戻ったようなものだ。夜は十時には放送が終わってしまう。洋介にとってそれはもう観る価値のないしろものに変わっていた。

 部屋を片付け終えると、六畳ががらんとした四角い空間になった。学生時代から住んでいた古いアパートとの別れは寂しさをともなったが、これからの香織との暮らしを思うと独身時代の思い出が遠い記憶の彼方に霞んでいた。学生のとき、ゼミでいっしょだった立花葉子とこの部屋で半年ほど同棲したことがあった。互いのアパートを行き来し、週の半分はどちらかのアパートで暮らす気ままな生活。セックスがしたくなれば葉子の部屋へ押しかけ、彼女のはち切れんばかりの胸にむしゃぶりついた。弾ける汗と体臭、熱気がますます肢体を熱くし、世界が止まる一瞬の刹那。青い、どこまでも青い果実そのもののほとばしり。
 記憶の片隅にあったものを、今日、この部屋に置いて去る。

----もう七年前か・・・葉子は神奈川が実家だったが・・・
 それはそれで忘れ得ぬ甘酸っぱい思い出だった。ケンカ別れとも呼べないような、ただどちらからともなく離れていった関係だった。いつか寄りを戻そうと思えば叶わないこともなかった。

「冷たいのね」と、静かに笑った葉子の寂しそうな顔が脳裏に焼き付いている。時間が経つうちに互いの距離が遠ざかっていった。今、洋介の感情の大半を占めている相手は香織だ。そこに葉子の姿が混ざり込んでくる。この部屋がそうさせるのだ。

----いつかまた、君に会えるのだろうか・・・

 ふと洋介は、愛ってなんだろうと思った。その先に言葉がない。思いを巡らせても、愛の先を発見できない。ただ、胸の中に感じる大切な何か。がらんとした部屋で洋介は膝を抱えて白い時間を過ごした。姿無きわたしは兄のような面持ちで彼を見守っていたが、わたしにも愛の答えはなかった。

 リヤカーを引き、香織のワンルームを目指した。早稲田通りを走るクルマはほとんどないため、移動は楽なものだった。元旦の朝のような静けさのなかでときおり自転車が行き交うくらいだ。洋介のほかにもリヤカーを引く者がぽつぽついて、人力での引っ越しがふつうの風景になっている。家賃が払えなくなり部屋を出る者も多かった。そうした者は仲間を頼るか、公園村へ行くしかなかった。学生たちはひと部屋で二、三人での共同生活も珍しくない。もっともその学生自体が減っており、私立大学の大半は閉校となっている。

 洋介の横に並んだリヤカーを引く四十代の男はげっそりやせ細った風貌で、おそらく戸山公園村へ行く人間のひとりだろう。
「お宅さんも公園村かい?」男が声を掛けてきた。
「いや、知り合いのとこです」
「ならいいね。こっちはさ、あんな所へ入ったら監獄と同じだ。看守はいないけど恐いお兄さんはいるってな」
「そうでもないですよ。ルールさえ守れば」
「あんた関係者みたいな口きくじゃないの」
「ええ、食料を運んでいますから」
「戸山公園村へかい?」
「二日に一度、行っていますよ」洋介がちらりと男を見て言った。
「そうなの。どうあそこ」
「どうって?」
「新宿に近いからヤクザも多いって聞いててさ。本当は中央区辺りへ行きたかったんだけど新宿区民はこっちだってまわされたんだよ」
「いろいろ噂が流れているけど大丈夫ですよ。暴動も起こってないし」
「そう。あーあ、なんでこんな人生になっちゃったんだろうな。派遣でも休まずマジメにやってきて。金もないし帰るところもない。誰のせいなんだよ。政治家も役人も駄目、社長も駄目、どいつもこいつも駄目。いっそのこと死にたいけど死ねねえ俺も駄目だな」

 リヤカーから手を離した男がへたり込んだ。洋介がそれを助け起こして言った。
「みんな同じですよ。公園村に行けばわかります。必死で生きているんです。もう少し待てば国政も立ち直って生活も変わると話しています。それまで今一歩の我慢だって。諦めちゃ駄目ですよ」
 男が溜息をついて言った。
「どう変わるんだ? 貿易黒字が戻ってくるのか? 俺は世界一のトヨタを組み立ててた。そこを三年前に追い出されて東京へ来てビル建設の現場へ派遣されてそれも駄目。え、どこに仕事がある?」
「まあ、落ち着いてください」と洋介が言い、自分の段ボール箱からタッパー容器を出し、中の黒砂糖のカケラを男に渡して自分もひとつを口にした。
「甘いもんは腹に浸みるなあ」
「これ、沖縄出身の人がくれたんです。公園村に住んでてね。みんな分け合ってるんです。もらう立場じゃないのに食事を運んでくれるお礼だって。戸山の公園村では畑作りも始まります。芋やケーフという葉キャベツを植えるんですよ。それで餓死者も出なくなります」
「餓死なんかしたくないもんな」男が顔を歪めて言った。
「公園村は行き場のない人たちの最終地点ですが出発点でもあるんです。人間どうしが助け合う場所としての」
「まあ俺も。まだ死ぬわけにはいかないな」

 わたしは、八〇年代のタイの少年の言葉を思い出した。
「もらうもあげるも同じだよ。この村では必要としている人がいたらみんなそうするんだよ」
 あの時わたしは、あのビジネスマンの中にいて、その意味はわかっても実感などなかった。だが、洋介の中にいて今はそれが実感できるのだ。「後でわかるはずだから」と少年が言ったことは、このことだったのか。それがどういうことなのかを今、体験しているのだ。

 わたしは、宙に向かって「わかったよ」と声にせず言った。

               ○○○

 遅れて香織の部屋に着くと、ドア越しの彼女が心配そうな顔を見せた。
「何かあったの?」
「途中で戸山公園村へ引っ越す人に出くわしてね」
「もう、あそこも一杯になるわ」香織が暗い表情になった。
「じゃあ例の計画が実行されるってこと?」
「来月、八月からになりそうなの」
「そうか。荷物入れ終わったら詳しく聞かせてよ」
 手伝おうとする香織に、お腹の子どもによくないからとソファに座らせ、洋介が手早く九個の段ボール箱を運んだ。香織の部屋は八畳のワンルームに四畳半のキッチンがあった。バルコニーにはデッキチェアが置かれ、窓から早稲田大学のキャンパスの繁みが眺められた。この部屋に洋介はもう何度も泊まっていたから、すでに馴染みのある空間だった。

 段ボール箱の荷物を開けて収納スペースに仕舞うのに三〇分もかからなかった。香織がお茶を入れて小さな食卓で腰を下ろし、話の続きをした。
「どれだけの人が移動させられるんだ?」
「全員よ。段階を追って閉鎖に向かうことになるわ」
「じゃ、戸山公園村の畑計画はどうなるんだ」
「畑をもっとひろげて最終的には農地にするの。都民全体の食料不足を補うためよ。ほかの公園村もそうなるわ」
「それ、いつ」
「退去は年内ね」
「するとシゲさんたちはやっぱり夢の島に移動させられるのか」

 東京都が進めるホームレス移転計画は収容人員の一極化で効率を図るというものだが、その場所が問題だった。埋め立てが終わったゴミの島に簡易住宅を建て、都内の公園に住む人間たちを収容するのだ。この計画は未発表なのだが、ホームレスとはいえ、ゴミの島に移住することに納得するとは思えなかった。二〇〇九年にも築地魚市場が埋め立て地に移転する問題で、ダイオキシンなどの毒物汚染に対する懸念から反対運動が起こっていた。

「俺たちはゴミじゃないって絶対に反対するよ。暴動だって起きるだろう」
「でも、このままじゃもっと人が増えて行き場もなくなるわ。それに防災テントじゃなくてプレハブ住宅なんだから」
「木陰もないあんな場所、真夏は四十度を超えて死者が出るぞ」
「だからユーカリの植樹計画もあるわ」
「ユーカリってコアラの餌だろ。それで最終的にはどのくらいの収容数を想定しているんだ」
「都内にある現在の全就労者の四〇パーセントが来年には失業するという試算もあって、その内の都内在住者の多くがホームレスとなった場合、今の約一〇倍の九〇万人を想定しているみたい。でも、もっと多いという専門家もいて最終的には二〇〇、三〇〇万人になるだろうって」
「まるでアフリカの難民キャンプだな」
「その工事だれがやると思う?」
「それだけの数になれば地方からも集めた建築業者だろ。公共事業で内需に貢献というのも考えてるんじゃないの」
「いえ、そこに住む人たちよ」
「そうか、だったら賃金も稼げるわけか」
「ちがうわ。国にも都にも財政破綻で予算なんかないわ。タダ働きよ」
「タダだって、昔、小森首相が流行らせた自己責任ってやつか。まるで強制収容所だな。シベリアでも捕虜はまず自分で住む小屋を建てて森林開発の労働を課せられたっていうから。なら僕たちも仮に職を失ったらそこへ行って住む? 僕は嫌だね」
「もし、そうなったら山梨の実家に帰りましょ。少しは畑もあるから」
「僕たちはそれでいいけどシゲさんたちはどうなるんだよ。何とかできないの? 今の公園村の方が環境もよほどいいじゃないか」洋介が不満をあらわにして、問い詰めるように言った。
「私だってできるなら何とかしたいわよ」
「だって君は今は対策本部の部長補佐じゃないか。まるで人ごとだな」
「そんな言い方ってないわ」
「僕はあの人たちが心配なんだよ」
「わかるわよ。洋介は食料配給班のチーフの立場だから」
「ああ、君が口添えしてくれたお陰でね」
「そんな言い方するの」
「いや、感謝しているよ」洋介はバツが悪そうにしてうつむいた。香織が堰を切ったように畳み掛けた。
「新宿区だけの話じゃない。東京都、いえ日本全体の問題なの。このままでは餓死者の桁が変わるわよ。今はまだ石油輸入が完全にストップしていないから食料生産ができてるけどそれも時間の問題でしょ。あなたは現場を毎日、見ているから公園村のことで頭が一杯でしょうけど対策本部の私たちは全体の問題で頭が一杯なのよ」

 そこまで言い終えると香織がふっーと息を吐き、自分の腹のあたりをゆっくり撫でた。妊娠しているとわかって二週間が過ぎていた。この状況で子どもなど産めるのかと考えると香織に暗い気分が襲ってきた。感情が安定せず、洋介の言動がますますそうさせていた。
 わたしはこのところ、よほどの場合でない限り言動を洋介に任せていたが、少しばかり介入する必要があると思った。
 洋介が椅子を立ってキッチンでお茶を入れ直し、黒砂糖のカケラを皿に載せてテーブルに置いた。この頃では甘い物も珍しく、黒砂糖の甘さが気分を和ませた。

「香織ごめん。お腹の子にもさわるようなこと言って。大変な時期を迎えていて僕は香織のことを守らなきゃいけないのにさ。こうして引っ越してきてこれからふたりで助け合って生きていこうというときに。香織は大切な僕のパートナーだから。お腹の中の赤ん坊も守っていかなきゃね」
「私もつい言い過ぎて」
「僕が悪かった」
「洋介・・・」
 香織を引き寄せ、唇を吸った。胸に顔をうずめ、甘い蜜を吸い続けた。汗が滴り、ふたりは仔犬のように互いの身体を舐め合った。高ぶりが激しく波打ち、頂点に達した瞬間、洋介の熱い体液が香織の肉体へとドッと流れ込んだ。そのまま香織の中に居続け、香織はその軟らかな下腹を痙攣させながら意識が宙に舞い、真っ白になった。香織の眼から涙が流れ落ちていた。

 洋介の中にいるわたしの初めての体験だった。人生で得たことのない、その恍惚を味わった。新宿区役所で出会い、未来で再会した工藤香織と結ばれたのだ。姿無きわたしは彼の中で切なくなり、とめどなく、すすり泣いた。

               ○○○

 月曜日は戸山公園村への食料配給の日だった。今では二日おきの配給だから、間のつなぎは彼らが自力で探していた。かつてのホームレスたちがゴミ袋からあさっていたように、今の公園村の人々も街中のゴミを求めたが、以前のようにまともに食べることのできる食品は激減していた。
 戸山公園村の住人たちの間で食料問題は最大の関心事だった。食料配給を終えると洋介たち職員は公園内を巡回し、何か問題が起こっていないかを調べるのも職務となっていた。

 先週のことだが、洋介はベンチに座っていた二人組のこんな会話を耳にしていた。
「歌舞伎町まで行けばけっこう旨いもん出てたのにな。また、あの北京飯店の肉まんじゅう喰いてえ」やせ細った小柄な男がつぶやくように言った。
 顔の垢黒い男が「おい、いつ喰った」と眼を血走らせた。
「この間だ」
「おまえ知ってんのか。あの肉の正体を」
「ネズミだってんだろう?」
「そんなんじゃねえぞ。本当はな公園村で餓死した奴の」
「気味悪い話すんな」と舌打ちし「この頃はめっきりカラスも見なくなちまったな」と吐き捨てるように言った。
「たまにはカラスでも喰いたいもんだよ」
 そうぼやいた小柄な男が洋介の姿を目に留めて、これ見よがしに言った。「おい配給主任さんよ。なあ、カラスの飼育小屋でもブッ建ててくんないか。鳥肉が喰いてえからな」

 都内からカラスが姿を消したことでもその状態が察せられる。餌がなければカラスも生きられない。また、そのカラスがいた時点では貴重な蛋白源として捕獲された。昔、信州では食べたものだと誰かが言ったことからカラス捕りが広まり、鶏ほどの肉はないにせよ、なかなか旨いと評判が立った。それからあっという間にカラスが姿を消したのである。半分のカラスは彼らの腹に収まり、生き延びたカラスは関東周辺の森へ帰っていったのだ。その前にスズメや鳩が姿を消していた。もちろん犬猫も同様である。

 新宿区役所の隣のビルは、今や食料保管庫として厳重に管理されていた。三年ほど前にはまだキャパクラが入っていて、わたしも給料が入った月末にアイドルS嬢の顔を眺めに通ったビルだ。その地下には米が数百トン貯蔵されており、入り口は厚い鉄扉に鍵が掛けられている。配給班チーフの洋介と同僚の深田勝が現場を管理し、ふたりはヘルメットに警備服で身を固めている。まるで現金輸送車のガードマンであるが、食料難の現在、米は現金以上の価値があるのだ。襲撃も予測されて、もしもの場合を想定して警備を怠ることがなかった。三〇キロ単位の米袋の数量も厳しくチェックする。横流しされるのを防ぐためだ。過去に横流しが発覚してそれに関わった数名が検挙されるという事件が起こっていた。闇に流れれば極上米の場合、末端価格がキロ五千円で取り引きされていた。こうなるともう麻薬と同じである。

 この日も洋介が米袋ひとつずつに刻印し、荷出しを見守っていた。それを作業員がエレベーターで調理場へ運び上げる。調理場には数十名のスタッフが雑炊や芋煮などを作っている。最後の米袋を二階へ運び入れたところで洋介がもう一度数量チェックをするため調理場へ行き、二階の管理者に問い合わせていると調理台に立った女の姿が目に入った。

 その割烹着姿の二〇代の女には、洋介ではなくわたしにとってのことだが、どこか見覚えがあった。今の地味な恰好にフリルのついたピンク色の洋服を重ね合わせると、キャパクラのアイドルS嬢だった。

「仕事中すみませんが」と声を掛けると彼女が振り返り、洋介(わたし)の姿を見留め、「何でしょうか?」とかしこまった声で返事した。
「あなた、もしかしてビーナスクラブのSちゃんでは?」
「えっ、私はなにも」
「心配しなくても大丈夫だよ。取り調べじゃないから。僕はその昔、何度か君のいた店に行ったことがあってね」
「そうなんですか」
「まさか君がここで働いているとは思わなかった」
「募集があって。私このビルにいたし」
「君は僕のこと覚えているはずないけど僕はよく覚えているよ」

 こういう場合の洋介は温和しくわたしに席を譲っていてくれるのだ。彼女の胸の名札を見ると、河口真理恵という名だった。
「でもよかったね仕事見つかって。Sちゃんじゃなくマリちゃんか」
「チーフ、お願いですから内緒にしておいてください。ちゃんと仕事しますから」
「わかってるさ。何かあったらいつでも声かけてね」

 そう言って洋介(わたし)は調理場を出た。あの頃、わたしは一万円払って一時間だけ彼女の顔を眺め、せいぜい手を握るくらいで延長もできず溜息をついて店を出たものだ。あのトップ・キャパクラ嬢だった華々しい彼女が白魚のようだった指をささくれ立たせ、今は炊き出しスタッフだという落差は、この時代のひとつの象徴に思えた。

               ○○○

 昼になり、食事がすんだら配給トラックに食料を積んで戸山公園村へ出かけることになっている。区役所の食堂では古米を炊いたご飯に一品付く定食があり、おかずは二種類から選べた。それに薄いみそ汁と沢庵漬けが二枚付く。香織と同席して食べることもあるが、役職がちがい、申し合わせて昼をいっしょにすることはできなかった。この日、彼女は都庁での会議に入っているから昼は庁舎地下の食堂だろう。洋介も何度か都庁の食堂で食べたことがあるが、区役所より内容がよかった。

 今日の会議の中心テーマは、例の夢の島移転計画だと聞いていた。法案はすでに可決されているから具体的な施行内容を決めることになるのだろう。都内の公園村撤収が早ければ年内に行われる。同時進行で夢の島プレハブ建築が進められるが、半数が夢の島の仮設テントに寝泊まりして自分たちで工事にかかるのだ。その人員は健常者から選ばれ、強制的な執行となる。拒否すれば追い出されるだけだろう。

 雑炊定食Aのおかずは魚フライで、Bは芋と大根の煮付けだった。Bを選んだ洋介がスプーンで飯を口に運びながら、夢の島計画を頭に巡らしていた。世情が急変し、つい数年前までは歓楽街で無駄金を使って遊んでいたことが夢のようだったとわたしは思った。もっとも洋介はコンビニバイトで忙しかったからキャパクラなどに行ったこともないが。

 それにしても・・・雑炊定食Bか・・・ということは、あの時代のABC級民別けがすでに始まっている? 夢の島移転計画も、その一環ということになる。思っていたよりも事態は急進しているのかも知れない。ゼロゼロKYとしての行動開始が迫っていた。

 同僚の深田勝が運転する配給トラックの助手席に座り、戸山公園村へ向かった。身長が一八〇センチを越える深田は大学時代にラグビーをやっていて、洋介と同じく体力が買われてこの仕事に抜擢されていた。後ろには河口真理恵たち調理員が作った雑炊が積んであった。

「今日も雑炊かよってブーイングが出るな」ハンドルを握る深田が独り言のように言う。
「多少、中に入れる具で味つけが変えてあるが毎回だからな。たまには白米で出したいが」
「白米ねえ、ああカツ丼食いてえ」
「カツ丼か」洋介の喉が鳴った。
「銀座あたりじゃ食えるらしいけど一万円とかって。ステーキや寿司なんか五万だってんだからね」深田が目をむいて言う。
「こんな超インフレじゃ何億も持ってる連中じゃないと無理だな」洋介が外の風景を眺めながら言う。

 米や野菜不足もだが、肉類はほとんど一般市場に出回らなくなっているのだ。家畜飼料はほぼ輸入に頼っていたから畜産業が成り立たなくなっていた。魚介類も原油価格が何倍にも値上がりし、漁船操業ができないでいた。もちろん産地からの長距離輸送もおこなえず、流通も停止状態だった。

「何が格差社会だよ。なってみりゃこのざまだ。あの頃ドカッと儲けた連中があとの人間を切り捨てやがって」
「ああ、ほんとだ。そういう連中が三パーセントくらいいてこの大恐慌でほくそ笑んでいるんだよ」
「ねえチーフ、映画みたいに時空飛んで二〇〇八年くらいに帰ってバンバンバーンって連中をやっつけてよ」
「やってやるか、ハッハッハ」
「ところで公園村が移転って話、本当なの?」
「ああ、でもまだ内密だぞ。騒ぎになったら大変だからな」
 歳も一つ下で気心が知れた深田には話してしまっていた。洋介であっても対策本部の香織から聞かなければ知らない極秘事項の計画なのだ。

 配給トラックが公園村に近づくと配給場所の雰囲気がいつもとどこか違うと感じられた。きちんと並ぶいつもの列が乱れていた。十数名の配給スタッフが先に入り、配給トラックが到着する前に会場を整えているはずだった。

 配給トラックを降りると、人混みの中から吉川重則の姿が現れた。
「シゲさん、今日はなんだか様子がおかしいけど」
「やあ、ご苦労さん。すぐ並ばせるから」
「頼みますよ」
「おーい、並べ!」
 その声で人混みがゴソゴソと揺れ動いたが、全員の視線が洋介を取り囲んでいるのに気づいた。
 シゲの横にいた男が何かぶつぶつ言い、「冗談じゃねえかんな」と唾を吐いた。吉川が男を制して洋介に言った。
「主任さん、ちょいと話があるんだがテントに来てくれないか。いや、友だちとして話したいことがあるんだよ。頼む」
「シゲさん、ちょっとマズイ感じだけど、何かあったの?」
「心配しないでもいいよ。ここは俺が治めてるからな」
「わかった、とにかく食料を配らせてください。話はその後で」

 配給員たちが大鍋の雑炊を配り始めた。その光景を眺める洋介に嫌な予感が走った。もしや、すでに情報が漏れているのではないか。だったら今すぐにでも騒ぎが起きるかもしれない。そうなったら自分たちではどうすることもできない。ほかの公園村では暴動で死者さえ出ているのだ。本部に連絡して機動隊の要請をするべきかどうか。配給に並んだ群衆に対して洋介の目線が厳しいものとなっていた。

 洋介がゆっくり列から離れ、深田勝を傍に呼び、耳打ちした。
「まずいかもしれん。いいか、何気ない素振りでいろ」
「どうする?」
「まずシゲさんと話してみる。それからだ」
「おれは?」
「何か騒ぎが起こりそうになったらここを離れて連絡しろ」
「ああ、わかった」
「そのポジションにいろよ。頼んだぞ」

 洋介の頭に深田が猛ダッシュで走る姿が浮かんだ。
 平静を装って列に近づき、吉川重則に声を掛けた。
「配給の流れは大丈夫そうだからテントへ行きましょうか」
「ああ、そうしてくれ」
 吉川の表情がいつになく硬い。

 テントは集会所として使われている大型のものだ。中に簡易テーブルと椅子が数脚ある。その一つに腰掛け、吉川が口を開くのを待った。
「風の噂ってもんかもしれんが」と吉川が言い、口をへの字につむいだ。洋介は黙って次の言葉を待った。
「ちゃんと食料品は管理してるのか?」唐突にそう言われ、答えにあぐねた。
「もちろん厳重にやっていますよ」
「おれは疑っちゃいないが」表情を緩めて吉川が言う。「ただ、横流しの噂を聞いたんだよ。それで俺たちの配給量が減らされているってな」
「まさか。そんな事実はないはずですよ」
 洋介はそう答え、表情は硬いまま胸の固まりがほぐれるのを感じていた。夢の島移住計画がバレたわけではなかったのだ。
「そうならいいが。あんたを信用して話すんだが実際その米が歌舞伎町の裏の連中から流れているんだよ。その話が俺の耳に入ってちょうど配給が二日おきになった頃と重なる。そうなると俺たちに無縁の話じゃなくなる」
「確かに以前、横流しがあったのは事実だけどその時の関係者は処分されています。その後、自分が配給班の主任になってから問題は起こっていません。でも、そういう噂が立つということは何かあるかもしれない。すぐに調べてみますよ」
「火のないところに煙は立たないっていうからな。主任の立場にも影響するから調べるの本腰入れたほうがいいと思うぜ。誰か隠れて動いている奴がいるかもしれんからな」
「わかったよ、シゲさん。話してくれてありがとう」
「ま、用心しないとな」

 集会所のテントを出た洋介の顔は暗かった。横流しが事実なら自分にも責任問題となる。しかし、誰がそんなことをしているというのか。周囲の職員を思い起こしても、それらしい人間は思い当たらなかった。さらに洋介に重くのしかかるのは例の夢の島移転計画だった。こちらのほうが暴動の引き金になる可能性が高いのだ。一挙に二重の難問が覆い被さってきて、洋介を悩ませた。今夜にでも香織に相談するしかないが、まずは本部に戻り、食糧庫を再チェックすることからだ。

 トラックに近づき、深田に親指を立てて大丈夫だとサインを出した。親指を下げれば指示通りの行動を取れとの合図となる。すぐに窓越しの深田が緊張と解く表情を見せた。
 洋介がトラックの助手席に乗り込むと、深田が「何だったの?」と返事を急かした。
「バレてなかった。違う問題だったよ」
「違うってなに」
「横流しの噂があるって言うんだ」
「どこで」
「どこでって米があるのはうちだよ」
「うちら厳重に管理しているじゃない」
「デマだろうけどシゲさんが真剣に言うからには単なる噂でもなさそうだ。帰って調べてみる」

 洋介が溜息をつくと同時にトラックが急発進した。ノッキングを起こしそうになり、慌てて深田がギアをニュートラルに入れ、二度アクセルを吹かして今度はまともに動き出した。
「おいおい安全運転で頼むよ」
「悪いス。今日のことで俺も緊張したから」
「なあ深田」洋介が彼の横顔を見て言った。「誰だと思う。横流しの犯人」。
「うーん考えられないな今の配給班にそんな奴」
 食料庫の鍵を管理しているのは洋介と上司の原博史、それから課長の前川正太郎のほかにはいない。もっとも上の役職になれば倉庫を開けることは可能だった。その全員を疑い、調べることは正規職員ではない洋介の立場では難しい。やはり対策本部部長補佐の香織に相談する以外になかった。まず自分にできることをしようと洋介は思った。

 区役所の四階に上がって事務報告を済ませて香織の姿を探したが、まだ都庁の会議から戻っていなかった。洋介はヘルメットをかぶり直し、隣の食料管理ビルへ向かった。
 食料管理ビルの地下に降り、鉄の扉の鍵を開けて中に入った。温度が一八度に保たれ、倉庫内はひんやりとしている。携帯ライトをかざすと山のように積まれた米袋が灯りの輪郭に中に浮かび上がった。三〇キロ単位の米袋が何百とあるのだ。搬入数と搬出数はその都度、記録されている。だが、実際ここにその数があるかどうかは数えてみなければわからない。ひとりで数えることは不可能だった。少しずつ米袋を盗み出しているのならわからないだろう。ただ、それは短期間の話である。棚卸しとなれば帳簿との確認をするから米袋が消えていればわかる。その棚卸しは来月の予定だった。
 その数量の最終確認に判を押すのは前川課長である。もし仮に課長が数量を書き換えたとすれば、バレることはない。

 そこまで考え、洋介は迷った。四〇歳半ばの前川課長は香織の上司でもあり、彼女に目をかけて対策本部長補佐に推薦してくれた人間だ。その人間を疑う自分が間違っている気がした。では誰だというのだ。対策本部長の山本邦彦か。疑えば切りがなかった。そう思うと身が硬直した。目の前にうずたかく積まれた米袋が、自分を押し潰そうといていた。このままいけば、この自分がいちばん怪しいことになるのだ。

 貯蔵庫に灯りが点いた。一瞬、目がくらみ、人影が誰だかわからなかった。背の高い細身の男が立っていた。
「石井君、そんな暗い中でなにをしているのかね」
 前川課長だった。
「いえ、今朝、確認し忘れがあったので」
「し忘れって何を?」
「ええ、判を押してその印判を棚に置き忘れたんです」
「駄目じゃないか。その判を米袋に押せば米はいくらでも持ち出せることになる。ただの判じゃないんだから厳重に管理してくれないと困るよ」
「すみません。ちゃんとありましたから」

 このタイミングで現れた前川課長が偶然とは思えないと、わたしは思った。洋介が動揺してしまったのも拙い。もし前川課長が犯人ならば洋介に濡れ衣を着せるかもしれない。ゼロゼロKYの出番だった。
「申し訳ありませんでした。ところで課長は何かここに用事だったんですか?」
「いや、君の姿が見えなかったので深田君に訊ねたら倉庫に行ったと聞いたものだからね。工藤君が君のことを何だか心配していたから。どうなの工藤君とはうまくいってるの?」
「まあ。課長、プライベートなことはご勘弁ください」
「つい気になったものだからね。工藤君が上で待ってるぞ」
 前川がそう言って軽く笑った。

 地下から一階へ上がり、そこで洋介(わたし)は、調理場へ顔を出してすぐに本部へ行くと告げて前川課長と別れた。二階の調理場では数名のスタッフが大鍋を洗って仕舞い支度をしているところだった。その中に河口真理恵の姿もあった。
「やあ、ご苦労さん」
「チーフお戻りだったんですか」
「今日はいろいろあって。配給は無事にすんだけどね」
「戸山で?」
「そうだ知ってる? 戸山の公園村でまとめ役やってもらってる人が誰だか」
「いえ知りませんけど」
「知らないの? シゲさんだよ。吉川重則さんだよ。もとは河口さんの雇い主でしょ」
「え、そうなんですか」
「驚いた? 元社長だものな。でもさこんな時代だからみんなそうさ。僕だって今はこの仕事もらってるけどね」
「私もここで働かせてもらってて」河口真理恵が瞳を伏せ、すまなさそうに言った。
「ところでちょっと聞きたいことがあるんだけど」と、洋介(わたし)は言い、真理恵の顔を見た。
「どんなことでしょう?」
「最近のことなんだけどさあ」と軽い調子で言い、「なんか変わったことない?□例えばいつもはここに来ない職員が現れたとか。どんなことでもいいんだけど」
 真理恵が首をかしげて「さあ、とくには」と言った。それから「私はまだ新人ですからここのことはよくわかりません」と付け加えた。
「そう、ならいいんだけど何か気づいたら教えて」と言って彼女の肩に軽く手を置いた。相手に触れることで親近感を高める心理作戦のひとつである。ゼロゼロKYには周辺に味方を作っておくことが重要だという頭があった。

               ○○○

 食料保管ビルで真理恵に念を押し、区役所の四階に上がるとデスクに着いていた香織がノートパソコンを打ち込んでいるのが目に入った。洋介が呼びかけると振り向いて急ぎのメールを送らないといけないからと言い、またすぐに画面に目を戻した。

「じゃ、制服着替えていますから」洋介がそう言って、その場から離れた。いつになく慌ただしいその雰囲気に、都庁での会議で何かが動き始めていると感じた。夢の島移転計画が早まったのだろうか。そのことを香織に早く確かめたかった。焦りが洋介の心を翻弄する。横流しの件もあった。時計を見ると終業時間の五時半をまわっていた。私服に着替えた洋介が事務フロアに戻ると香織はまだパソコンを打ち込んでいた。

「今日中に会議録をまとめて本部長へ送らないといけなくなってしまって」香織が画面に目を落としたまま言った。
「大変そうですね。じゃ、お先に失礼しますので」
「ええ、そうしてください」
 周囲に職員たちの姿があった。そういう場合、互いに馴れ合いの態度は慎んでいた。それにまだ、二人は婚姻関係を結んでいるわけではない。香織が妊娠したことで結婚を考えているが、同僚たちには知らせていなかった。そのことを知っているのは前川課長だけだ。香織が課長には話しておきたいと言ったからだった。

 ひとりで区役所を出た洋介はいったん新宿駅へ向かったが、きびすを返して隣の食料管理ビルにもう一度、足を運んだ。それはむしろわたしの勘からの行動だった。ビルにはもう人の気配はなかった。入り口から奥へ進むとエレベーターがあり、すぐ横に階段がある。大量の食料をエレベーターで上げ下ろしする場合を除き、通常、職員は階段で上り下りしていた。

 洋介は地下へ降りる階段横の陰に身を潜めた。通路に灯りはなく薄暗い。一五分は経っただろうか、そろそろ諦め掛けていたそのとき、通路から小さな話し声が聞こえた。洋介は身構えて耳をそばだてた。
「君を雇ったのはほかでもない、この僕だよ」
「ええ、それは」
「わかってるよな。この場所のことも」
 男の声は前川課長のものに違いなかった。では女は・・・声がか細くよく聞き取れなかった。
「まあ、だからってそんなふうに言うのも何だが」男の声が続いた。「今度はいつになる。君次第ってこともあるからね」
 女は黙ったままだ。何の話をしているのか、わたしはさらに耳を傾けた。
「あ、あ」女の息を押し殺す声がし始めた。ヒールが、コツ、コツと床を鳴らし、衣擦れの音がした。
「ここではまずいな。外へ出ようか」

 物陰から相手を見ようにも顔が出せる位置ではなかった。女が誰なのか確かめたかった。男が前川課長だということだけは間違いなかった。あの真面目な課長も、やはり男ということだ。足音が遠のき、顔を出した。表通りに出ようとする男の後ろ姿があった。女の姿は前に隠れて見えなかった。すぐに後を追ったがすでに雑踏にまぎれふたりの陰はなかった。

 どの方向へ行ったのかわからなかった。新宿駅とは逆の職安通りへ足早に歩いた。ホテル街がある方角だった。男女が向かうところといえばそこでしかない。ほとんどのホテルは閉鎖されていたが、まだ数軒が闇で営業しているはずだ。あたりを一周してみたが姿は見当たらなかった。

 洋介(わたし)は、そのまま新大久保を抜け、明治通りを北上して香織と暮らし始めたマンションのある早稲田を目指しながら考えを巡らせていた。前川課長が食料管理ビルに女を呼び出し密会したということは、やはり今回の横流し事件に課長が関わっているということか。だが、会話の内容からはそうだと断定できない。あの様子だと、女に半ば無理矢理に言うことをきかせているふうだった。今度はいつになると言ったが、これから女をものにしようとして今度とは言わない。何か別の話だ。

 やがて早稲田が近づき、右手に入れば戸山公園村だった。時刻は七時過ぎていた。あたりはもう暗い。昼間の、緊張した空気を思い出した。公園村へ寄って吉川重則に会おうかどうか迷った。会って、もっと打ち解けて話をすれば、さらに何か聞き出せるかもしれない。香織はあの様子なら帰りが遅いだろう。洋介が足を公園村に向け、わたしは彼に任せた。

 夜に公園村を訪れたのは初めてだった。公園内の街灯は一本も灯っていない。テントでロウソクが灯っている程度だ。携帯ライトで足下を照らしながら歩き、吉川のテントに近づいた。ロウソクの灯りがテントをすかし、人の影が映っている。
「こんばんはシゲさん。石井です」
「誰だって?」中から声がした。
「配給班の石井です」

 ロウソクを手にして吉川が顔を覗かせた。「なんだい一体、こんな夜に」そう言い、外に出て携帯ライトを眩しそうにして目をしばたかせた。
「すみません突然。近くを通ったもので。どうしても今日のことが気になって寄らせてもらったんです」
「そうかい。じゃ、中に入いんな」
「お邪魔します」そう言ってテントに入ると意外に広く感じられた。数個のカラーボックスに食器類や衣類が入れられ、その上に小型ラジオや写真立てが飾られていた。奥に布団が畳まれ、中央に座卓があった。ホームレス特有の異臭も無い。吉川が座卓にロウソクを立て直し、読みかけの本を閉じた。
「読書ですか」
「ああ、ロウソクでも何とか読めるさ」
「ところで・・・」
「何ももてなすもんはないが糟とりがあるが飲むか?」
「いや悪いですよ。そんな貴重なもの」
「遠慮するな。初めて来てくれたんだ。おれも飲みたいしな」

 そう言って吉川が湯飲みを出し、一升瓶に半分ほどあった白濁した液体を注いだ。とたんにアルコールの匂いがテントの中に漂った。口に含むと、舌を刺激する味がした。
「これ、むかし飲んだ味だな」
「泡盛だ」
「旨いすっね」
「タイ米で造るんだよ。あんたに内緒はないから言うが密造酒だ」
「まずいですよシゲさん」
「硬いこと言いっこなしだぜ。もう飲んだんだからな」そう言って一口煽り、「グッと飲め」と日焼けした顔が笑った。

 洋介も久しぶりのアルコールが胃に浸みるのを感じながら、密造酒の誘惑にほだされていた。酒の当てに焼いたシイの実が出された。去年の秋に採って保存したもので、シイの実のほか銀杏やドングリも貴重な食料なのだ。
「酒旨いだろ」
「ほんと」
「どこで造ってるか。どこの村でもさ」
「まあ知ってますけど。法では禁じられてます」
「誰がそんなこと守る」
「酒が問題というよりもタイ米の闇ルートが」

 吉川はそんなことは百も承知だといった表情をして、「闇ルートはいくらでもあるぜ」と言った。
 表向きでは米は行政機関が管理しているが裏ルートもあるのだ。業者と役人が絡んだ多少の横流しはさほど珍しいことではなかった。ただし発覚すれば厳罰を科せられたから覚悟がいった。新宿区役所でも以前、食料管理責任者の横流しが発覚した事件があった。前川課長はその後任として今の役職に就いていた。

 吉川の言う闇ルートは、歌舞伎町の裏の人間から流れてくるタイ米のことだ。どの地区から流れてきた米からはわからない。そこに新宿区の物も含まれているのかもしれないが、米一粒ずつに印判が押してあるわけでもなく、いったん闇に混ざれば米の履歴が問われることはない。問題となるのは、米の出所がわかってしまった場合だ。

「で、横流しの件、何かわかったかい」
 前川課長に対する疑惑があったが、洋介は「いえ、まだ何も」と答えた。「ただ、昼間にシゲさんから聞いた噂って、どこから流れてきたのか教えてほしいんですよ。何かの手がかりがなければ調べようがないんで」
「そうだな・・・」吉川がそう言って手にした湯飲みを座卓に置き、「実はな、前に俺の店に勤めていた女の子があんたのとこの料理場で働かせてもらっているんだが」

 そう聞いてすぐにピンときた。河口真理恵のことだ。吉川が話し続けた。
「先週だったかそんぐらいだが最近は日にちの感覚が狂っちまってな」吉川が苦笑いして続けた。「あの子が俺のことを心配してときどき顔を出してくれるんだが。可愛がってやったからな。いや、そういうんじゃないぜ。店の女には手を出さない主義だ」
 また苦笑いして、二つの湯飲みに酒を注ぎ足した。
「河口さんのことですね」と洋介が言うと、吉川が何だ知っていたのかといった表情をして「そう、その真理恵から聞いたんだが」と答えてシイの実を口に放り込んだ。

「彼女なんて言ってました?」
「そのものズバリよ。横流しがあるみたいってだけだ」
「ほかには?」
「上の人間が怪しいって言ってたな」
「それだけ?」
「おいおい刑事の取り調べみたいな口調だな」
「こちらも真剣なんで。シゲさん拙いんですよいちばん疑われるの僕だから」洋介が眉間に皺を寄せて言った。
「そりゃ拙いな」
「上の人間って誰だか特定するようなことは言いませんでしたか?」
「いや、ただ上のってだけだったな」

「そう・・・」洋介の脳裏に前川課長の顔が浮かんだ。それと重なって真理恵の顔も思い浮かび、もしかしてと思った。先ほどの女は真理恵だったのではないか。ほとんど声は聞こえなかったが、息遣いから感じたのは若い女の雰囲気があった。彼女は二〇代半ばだった。

「シゲさん、こっちも調べてみますからまた何か情報が入ったら教えてください」
 吉川が、もちろんだといった顔をした。腕時計を見ると九時近くになっていた。長居しましたと言って洋介が立ち上がると、吉川がもう少し飲んでいかないかと誘ったが礼を言ってテントを出た。茶碗二杯の酒でかなり酔いが回っていた。

 周囲のテントに目を配らせながら夜の戸山公園村を歩く洋介は犯人を追う刑事のような気分だった。戸山公園には標高四〇メートルそこそこの箱根山という小山があった。公園内の道には多少の起伏があり、森と呼べるほど樹木が繁茂していた。いつも食料を配給している広場に出ると、そこにある集会所のテントにもロウソクの明かりが灯り、賑やかな声が響いていた。今夜は密造酒で宴会が開かれているのだろう。公園村にはほかにこれといった娯楽もなく、たまの酒が唯一の楽しみなのだ。その酒も横流しのタイ米がなければ造ることができない。たった今、自分もその密造酒を飲んだばかりだ。そう思うと米の横流しも罪ではないと感じ、洋介は複雑な気分になった。いや、むしろ、こんな酷い世の中にした政治にこそ罪があるのだと思った。

(8章へ つづく)


テレビで流せば・・・

2011年05月21日 15時42分30秒 | 核の無い世界へ
NHK ETV特集「ネットワークでつくる放射能汚染地図」
2011年5月15日(日)、NHKで「ネットワークでつくる放射能汚染地図 ~福島原発事故から2か月~」という番組が放映され、下記のブログで、その全編が簡単に、ご覧になれます。

ブログ「小出裕章(京大助教)非公式まとめ」
    ↓↓↓
http://hiroakikoide.wordpress.com/2011/05/16/nhk-etv-may15/
(コピペ検索して観てください)

NHKでここまで突っ込んだ番組をやっていたのを知りませんでした。テレビを積極的に観ないもので。例の文科省と原子力安全委員会の担当官のやり取り「認めてない!」の場面(6番目)もあります。

「安全基準値20ミリシーベルトが住民の足かせになっているんです! 動けないんです! 撤回してください!」文科省の役人の前で訴える住民代表の声は悲痛です。私が福島で出会ったあの幼い女の子はどうしているだろうか・・・

どの位の国民がこの番組を観たか。仮に視聴率が5%でも、500万人に近いでしょう。最低でも300万人位は観たでしょうか。ゴールデンタイムのニュースでやってくれれば、もっと多くの人々が知ってくれるでしょうに。

観たほうがいい番組もあります。これは現状を知る手がかりになる番組です。知らなければ、知らないままで、流されます。後で知ると、混乱が巨大になります。知っておくと、心構えと行動が全く違ってきます。知らなかったと誰かのせいにする事は出来ない。知らないのは、自分のせいでしかないのです。


やれやれ

2011年05月19日 23時06分16秒 | 航海日誌
思考停止以前の話。思考はしているが、何を思考しているのか。あたまの中を眺めてみたらいい。

正直、疲れた。ちょっと。思考することのそもそもが違えば、良心も風前の灯火。

テレビを観れば観るほどに洗脳され、そこにアンノンをむさぼって、ますますバカになる。それでいいというのだから、どうしようもない。

小生はバカである。それを知っている。どのくらいバカかをある程度知っているから、バカではないようにするには何をどうすればいいかと日々、無い知恵を絞って考えている。それだけだ。

しかして、自分はバカではないぞと言う者は、バカを知る者を小馬鹿にする。小馬鹿が言うことなど、笑っちゃって聞かない。

原発大バカがまたぞろ、終焉に向かって薄ら笑いをしておる。

結末はいかに。因果応報は、自然摂理。地球ごと宇宙が回っているように、原子の周りを電子が回っているように、リ・サイクルだ。やったことは目前に周り帰ってくるんです。バカだから、それくらいはわかる。バカと言うもんがバカだ。それくらい知って云っている。


無題4)

2011年05月19日 21時12分42秒 | 核の無い世界へ
原子力安全委員会は、下記の動画でハッキリ、児童の安全基準値を20ミリシーベルとは認めていませんと言明している。なから怒り気味の発言。が、文科省は「安全基準です」と、同じ席でもごもごと語る。

つまり、原子力安全委員会が認めていないものを、文科省が20ミリシーベルトと決めたのだ。内部分裂だ。これが現行の官僚政治である。未だ政党政治ではないということを知りましょう。というか、この国を動かしている構造は、全く違うのですよ。政党と官僚の対立などではなく、仕方なしにそうしているということを理解しましょう。そこからです。

福島住民の質疑に対して、これほど明確なウソはないだろう。もう、バカも休み休みにしてください。

Eテレビ  ↓↓↓
http://www.youtube.com/watch?v=XPXprWgh5Wk&feature=player_embedded#at=323


重要なのは今

2011年05月19日 20時21分32秒 | 航海日誌
生きていて、とても意味深いのは、今という時間の中で、何を思考し、行動しているかということです。時間とは、物理時間の幻想を消せば、心理時間しかありません。心理時間というのは、今の連続です。だから今の中で何を想っているかが重要です。たとえ、これから物理時間で100年生きたとしても、思考変化、精神の飛躍、成長が起こらなければ、固定したままの精神が続くだけです。肉体は成長して変化しても、精神はそのままということです。

その精神の劇的変容が起こるチャンスを今、向かえています。原発事故という事態で国家、地球規模で大変化を起こそうとしている最中です。そこで精神は、悟ろうとしています。三次元に固定された物質がわれわれではなかったということを。

ここで書かれていることの意味を頭で考えている限り、そのまま受け取ることは困難でしょう。それは、事態が過ぎ去ってから、突然に起こるのです。人間は一度、精神がフリーズ(仮死)となって、精神が浄化され、魂が目覚めるのです。それが次代の魂の旅の始まりです。


悪魔に魂を売るのか

2011年05月18日 23時18分59秒 | 核の無い世界へ
3.11以降、ほとんどずっと地震後の原発のことを書いている。ほかの話題など、取るに足らないからで、今も、放射能の危機が続いているからだ。

いわいる御用学者の発言は聞くに絶えられない。そうではない、テレビに登場しない(呼ばれないからだが)、学者の小出裕彰さんや武田邦彦さんのブログなどを見続けている。

「プルトニュウムは安全です。紙一枚でも防げます」と、キャラクターのプルトくんを使って平気で喧伝している連中の話を誰が聞けるか! あんたたちはキチガイですか? 何にマインドコントロールされているのか。精神の溶解か。

今、明らかに、為政者は重大な事態を隠していると私は確信している。それがちょろちょろ漏れだしている。ということは、もう余り、日がないということだ。政府発表など待っても間に合わない。何度も言うが、幼子を抱える母子は疎開しなさい。一刻も早く! とくに、わたしが知る貴女へ云う。

さあ、もう、世の中がひっくり返るぞ。その意味はあとで解る。そして辛苦のトンネルを抜けて、われわれは新生するのである。いよいよ魂の旅が始まる。