サキさんの介護日記     (若年性認知症の妻との記憶)

若年性認知症の妻。今までの介護の記憶と、現在の様子を気分のままに書いていきます。

介護離職を考える

2016年06月30日 22時32分12秒 | 介護日記
介護離職について考える機会があった

私は、なぜ介護離職しなかったのか、介護離職を思いとどまることができたのか。
答えはすごく単純明快である。

離職したら生活できない

からである。サキさんとの共働きで何とか家計をやりくりし(もちろんサキさんが)ギリギリの生活を送ってきたのです。でもサキさんが働けなくなり収入がガクッと減り、おまけに子供たちの学費などで一番お金のかかる時、住宅ローンもまだ残っていた。
サキさんの介護に専念したくても、収入ゼロでは暮らしていけない。よっぽど高額な退縮金がもらえるなら話は別だけど。中途採用の下働きには、とてもそんな金額はもらえない。否応なしに

働かなくては生活できない

働いても働いても、残業はできないのでその分収入は減り、もちろんサキさんの収入もゼロ。数年の間、年におよそ100万円ずつ預金が定期が減っていった。今は、サキさんの障害年金があるのでそんなに目減りはしていないが。

だから私は、介護離職を真剣に考えたことは正直なかった。
離職という言葉が頭の片隅に入り込む余地はなかった。
どうにかして、働きながらサキさんの介護を行っていた。
ケアマネさん、デイサービスさんの力を借りながら、何とか頑張っていた。

だから、デイサービスさんにギブアップされた時は、本当にショックだった
一番頼りにし、力になってもらい、送迎の時間も最大限に譲歩してくれていた。だから、昼間サキさんをお願いし働き続けることができた。でも「無理です」と手を挙げられた。

仕事を辞めることは、生活を辞めることに直結するので、渋々、サキさんの再入院となった。

あの時、仕事を辞めたらどうなっていたのだろう。
今さら考えても仕方ないが。きっと、仕事を辞めていたら悪い方向に進んでいた気がする。

今は、子供たちも社会人になり、住宅ローンも終わった。
サキさんは障害年金をもらっている(特養の費用には足りないが)
そのうち、何かを考える時期が来るかもしれない。
その時まで、もう少し、頑張って働こう

爪切りで反応、久しぶりの笑顔

2016年06月29日 21時03分21秒 | 今日のサキさん
水曜日、サキさんの夕食介助にお姉さんと出かけた。

いつものようにホールで車いすに乗り、夕食の時間を待っているサキさん。
いつものように淡々と食事をとるサキさん。今日もお姉さんに食事介助はまかせっきり(お世話になります)


かに玉や、ナスもしっかり口を開けて、大きい塊のまま口の中に運びます。そしてよく噛み、むせることもなく淡々と淡々と。本当にいつものパターンだ。
どこかをじ~~っと見つめているが、時折、お姉さんや私をチラッと見る。本当にチラッと、そして、すぐに視線をそらします。

そんな無表情なサキさんを必死で笑かそうとするお姉さん
笑顔のかわいいお姉さんやよ」満面の笑みでサキさんに訴えます。負けじと私も
「笑顔のかわいいお父さんやよ」
サキさんは全く反応しません。笑わすのをあきらめ、サキさんの爪を切ろうとしましたが、ちょっと不安だったので
「肉まで切ってまうといかんで、爪切るのやめとくわ。肉まで切るといかんでね」
と、言ったとたん、サキさんの表情が変わりました


笑わそうと必死になった時は反応なく、あきらめてぼそっと言った言葉に反応してくれたサキさん。わからないですね。難しいですね。でも、ちゃ~~んと聞いていてくれて笑顔を見せてくれたサキさん

ありがとうね。また、いっぱい笑顔を見せてね

車を変える

2016年06月27日 22時35分14秒 | 私の日記
車を変える

昨年の4月、サキさんを家に迎えるにあたり、車いすで乗り込めるように介護用の車に買い替えた。しかし、実際にその車が介護車としての役目を果たしたのは、在宅中の5月から、入院していた9月途中まで。あまり活躍できないまま特養に入所になってしまった。今ではサキさんが乗る機会は全くない
今サキさんはリクライニング付の少し大きめの車いすに乗っているので、今の軽自動車の介護車では、どっちみち無理だ。おまけに安いものを選んだので、ギシギシ、ミシミシ、と変な音が出まくっている。さらに、つい最近、ドアのところのゴムがはがれてパタパタと風になびいていた。

思い切って車を買い替えることにした

家の駐車場の普通車用のスペースは、私が軽自動車にしている間に、娘に取られてしまった。もう一台分は軽自動車用のスペースしかない。否応なく次の車も軽となる。

早速、ディーラーに行き、パパッと決めてしまった。あまりこだわりもなく、特に興味もないので、何でもいい。ただ中古車は嫌なので、新車を買う。最低10年は乗るつもりだ。10年後、私は68歳。年齢的なものを考えると、これが最後の車の購入になりそうだ

仕事帰りにディーラーにより、必要な書類に印鑑を押してきた。そのついでに、担当の方に「署名」をお願いしてきた。彼らも会社員。厚生年金を支払っているはずだ。決して他人ごとではないはずだ。最初に説明してくれた方は今日は急用で見えなかったので代わりの営業の方(若い女性だった)に署名用紙を渡し、お願いをしてきた。

一般の、認知症に何のかかわりもない人たちにこそ、広めていかなくては意味がないような気がする。若い営業の方に、お父さんの年齢を聞くと、私と同じくらいだという。最後にお願いしてきました。
もし、お父さんが物忘れや、ミスを繰り返して会社に居ずらくなるようだったら、会社を辞める前に、必ず病院に行くようにお願いしてね。」

これからも、ことあるごとに署名のお願いをしよう。
昨日のつどいにみえたケアマネさん(以前の会社での同僚)も署名をいっぱい集めてきてくれた。みんなの力を少しずつ集めて、これからもたくさんの署名を集めようと思います。

しまった、この前の生命保険のおばちゃんに署名の話しするの忘れとった。
しまった、しまった、島倉千代子やね、サキさん

条件反射

2016年06月26日 17時57分36秒 | 今日のサキさん
今日は、(若年性)認知症のつどい「アルトひまわり会」があるので、その前にサキさんの特養へ。
サキさんはベッドの上で目を閉じて眠っているような雰囲気でしたが、お姉さんの声掛けで目を開けてくれました。(多分、私一人での面会なら、声を掛けずにそのままにしていたかも。)
お姉さんが持っていってくれたクッキーを上手に食べてくれました。反応はほとんどありませんが、食べ物が近づくとほとんど条件反射のように口を開いてくれます食べる・・ということは生きること。今はこれができています。生きるためには食べなければいけないという、生命の根源のような意識が、サキさんに口を開かせているのでしょうか。


その後、サキさんの足と手の指を、体拭き用のペーパータオルで拭いてみました。足の指の間を拭いた時、爪がとても気になりました。親指の爪は年輪を重ねたように盛り上がり、厚みもかなりになっていました。次回、爪切りを持っていき、足と手の爪を切ろうと思います。アマゾンでニッパのような爪切り、買っとこうかな。
右手は簡単に指が伸びて、ふき取りやすかったですが、右手は中々頑固に握りしめています。無理やり伸ばして拭いてみました。サキさん、ちょっとだけ痛かったかな、ゴメンね、サキさん。


その後は、また眼を閉じてしまったサキさん。眠かったのかな。また眼を開けた時に、背中を起こして「座位」の練習をしました。10秒間でしたが、最後の数秒は、自力で背中を支えていました。私の右手には全く力がかからなかったです。座位が保てれるようになれば、今度はベッドの端に座って、床に足をついてもらおうかな。
多分、私のエゴ、独りよがり、自己満足を求めているだけなんだろうけど・・立てるようにならないかな

お姉さん、今日もありがとうございました。
水曜日の食事介助もまたよろしくお願いしますね。

再び歯ぎしり

2016年06月25日 21時27分31秒 | 今日のサキさん
朝、保険屋さんに来てもらって、保険金の受取人をサキさんから子供二人に変更した。しかし、この保険、あと3年で満期を迎える。32歳で加入して30年間で満期になる。満期になると100万円戻ってくるらしい。戻ってくるだけ良いのだが、その後は生命保険がない。今、新たに加入すると、そこそこ高い保険金になるそうだ。多くの人は途中で終身保険に切り替えるのだろうか?何の切り替えもしないまま、何も手を加えないまま、当初の契約のまま、今日まで来てしまった。
保険屋さん、いろいろ話してくれたけど、結局、この後どうすればよいのかわからないままです。しかし、よくしゃべるな。ほっとくと延々としゃべっている。職業病なのだろうか、それとも、もともとそういう人なのだろうか。

昼食後、サキさんの面会に。丁度、診察に見えた先生が帰られたところだったらしい。スタッフの方には、診察のある時は知らせてほしいと伝えてあったはずだが・・。次回は何とか教えてもらい、先生に食事の件をもう一度話してみよう。

今日のサキさん、比較的穏やかそうだった。

コンビニで買ったシュークリーム(ほとんど私が食べてしまったが)と、抹茶のクレープを食べました。抹茶のクリームをおいしそうに食べてくれました。シュークリームも。どうしてもコンビニのおやつは甘い私好みのものになってしまいます。でもサキさんも甘いやつ大好きだもんね。

食べ終わってから、DVDで「ハリーポッター」を見ました。
サキさんは見るというよりは音を聞いているだけでしたが、ほとんど反応はありませんでした。本当は何か感じていたのかもしれませんが。
DVDを切り上げた後、サキさん、また歯ぎしりをしだしました。ウ~~ンってうなった後に歯ぎしりをします。だんだんと険しい表情にもなってきました。そして歯ぎしりとブツブツを繰り返します


何かを訴えているのか、それとも「ハリーポッター」をもっと見たかったと言っているのか、何なのかやっぱりよく分かりません。ゴメンねサキさん。
何かブツブツ言い続けているサキさんをおいて特養を後にしました。面会の帰り際はやっぱり後ろ髪をひかれる思いです。割り切ってはいるつもりでも、淡々と・・という訳にはいきません。ならば、もう少し長く居てあげればいいのに、それもせず。

とにかく、明日も朝、行くでね

大好きなハリーポッター

2016年06月24日 21時40分30秒 | サキさんとの記憶
今、テレビで「ハリーポッター」をやっている。一番最後のやつだ。

サキさんは本当に大好きだったな。本も発売日を楽しみに待ち、発売と同時に本屋さんへ買いに走った。何度も何度も読み返し、頭の中に完全に「ハリーポッター」の世界が出来上がっていました。
今なら絶対にユニバーサルスタジオに一緒に行っただろうな。大好きなハリーポッターの世界をゆっくり心行くまで味合わせてあげたかったな。本だけでなく、もちろん映画も大好きで、ポッター役のラドクリフ君を最初に見た時、「イメージにぴったり」と満足げに話していました。

本に、映画に、そしてDVDも。もちろん映画は一緒に見に行きましたが、熱の入り方が違っていた。最後のほうは少し病気も進んでいたので、自分の感情が思わず口に出てしまう。私はサキさんの口に人差し指をあて「シー」って思わず制止していました。
本当は自由に声に出して、サキさんのペースで映画を楽しんでほしいのですが、映画館ではそうはいきません。ほかのお客さんの迷惑になってもいけないので。特にシ~~ンとした場面で大声を出されると本当にひやひやでした。その分、家でDVDを見る時は思いっきり声を出して見ていました。やっぱり家はいいね。でも映画は大画面で見たいもんね。迫力が違うもんね

今度、特養さんで「ハリーポッター」のDVDを見てみようかな。サキさん反応してくれるかな?明日、試してみよう。

受取人の変更

2016年06月23日 21時39分45秒 | 私の日記
生命保険の受取人を変更する

私の生命保険。サキさんと結婚した時に加入した。満期時の受取人は私で、死亡時の受取人は当然サキさん。以来二十数年間、何の変更もしないまま。でも今のサキさんの状態では・・・。

少し遅きに失した感はありますが、受取人を子供たちに変更します。何か変な感じです。少し悲しいですが、仕方ありません。けんかになるといけないので子供二人には等分に配分します。

その保険もよく見ると2019年10月が満期です。あと3年しかありません。がんばって健康に過ごし満期金をGETしましょう。そして、それ以降の保険も考えないと

しっかり考えて、いろんなものを少しずつ変えていかないと。

同じパターン

2016年06月22日 21時30分35秒 | 今日のサキさん
夕食介助の時のサキさんは、大体同じパターンになっている。

ホールで同じテーブルの皆さんと夕食を待っているサキさん。車いすに座り、眉間にシワを寄せ、とても厳しい表情でしきりに何かつぶやいている。私が到着してから食事が始まるまでの10~15分間、ず~~っとつぶやいている。歌っているわけではなく、つぶやいている。

そして夕食が始まると、つぶやきは止まり、淡々と黙々と、口を開き、よく噛み、上手に呑み込む。そこから30分ほどの時間をかけ完食となる。食べ終わってからは「つぶやき」は出ない。少し穏やかな表情にも見える。

そして、「お父さんもお腹すいたで、ご飯食べに帰るでね」と声をかけ施設を後にする。その時も特にサキさんの表情は変わらない。淡々と、淡々と

先日の「あすなろ絆会」で、ご主人を私と同じく特養でみてもらっているOさんがこんな話をされた。
「施設に行くと、拘縮した主人の手を広げて洗うの。いつも握ったままだから皮膚が変になるでしょ。足の指も同じ。毎回お湯を持っていって洗ってるの
すごいな~。サキさんと同じ状況だけど、積極的にご自身の手でがんばってみえる。私とは全然違う。別の方は、施設に行くたびにハグしてくるって言われてた。みんな頑張って自分の思いをご主人に伝えようとしている。

私ももう少し頑張るぞ。指のマッサージや爪切りもしないと。

沢山の署名を

2016年06月20日 22時20分56秒 | 若年認知症のつどい
昨日の(若年性)認知症家族会「あすなろ絆会」での話し。

ご主人が私とほぼ同年齢のご主人を介護されているSさん。厚生年金の受給資格の改正を求める署名を、何と100名分集めて下さいました。生命保険のおばさんがたまたま見えた時に、事情を話し、署名に協力してもらったみたいです。Sさんの思いが、熱意が、うまくつながったのだと思います。
Sさんのご主人は、認知症と診断されてまだ3年です。みるみるうちに進行し、現在は精神科の病院に入院されています。3年前、認知症と診断された時は、すでに会社は辞めた後でした。最初は仕事のストレスによるうつ病を疑ったそうです。しかし仕事を辞めても症状は好転せず・・・。
50代では、まず誰一人自分を認知症とは疑わないでしょう。ただこのまま働き続けると会社に迷惑をかけるという現実に突き当たり、とりあえず辞職し、静養するという道を選ぶ方がほとんどだと思われます。そしてその後、認知症と診断され症状が進行しても、30年以上かけ続けてきた、厚生障害年金の受給資格すらありません。とてもおかしな話しです。

左のブックマークから署名用紙をダウンロードできます。一人でも多くの方に署名していただき、制度を早急に変えていただきたいと思います。若年性認知症では経済面が一番の重荷になってきます。特に家計を支えてきた働き手が病気になった場合はなおさらです。今こうしている間にも認知症だとは思わずに、退職を考えている人がいるかもしれません。一刻も早い制度の改正と、現行の制度の周知を求めます。日本広告機構とか、そんなCM作ってくれないかな。
 「それ、認知症の症状かもしれませんよ
 「会社を辞める前に、専門医に相談しましょう
 「障害厚生年金をもらえる資格がなくなってしまいますよ
こんなCMで、多くの人に広報できないかな。

また、昨日のつどいで、看取りをされた方のお話しがありました。百ケ日の法要をされた方、そして最近看取られて、つどいを休まれた方。会が始まって丸5年。皆さん徐々に進行されています。今後も悲しい知らせが届くときがあるかもわかりませんが、手を取り合って悲しみを乗り越えていきましょう。そして今までの経験を次の世代へ引き継いでいきましょう。きっとそれが私たちにしかできない供養だと思いますから。

シワに反応

2016年06月19日 21時35分43秒 | 今日のサキさん
今日は第3日曜日なので各務原で若年性認知症の家族会「あすなろ絆会」が開かれます。そのためサキさんの面会はその前に行くことにしました。
朝の9時から1時間ほどサキさんのそばに居ました。施設に着いたとき、サキさんは車いすでうつらうつら。朝食の後、そのままホールでのんびりしていたのでしょう。早速スタッフの方がサキさんを部屋に連れて行ってくれました。(やっぱり部屋のほうがサキさんと二人きりになれて落ち着きます)
ベッドに移ったサキさん、とても穏やかな感じでした。いつもみたいに眉間にシワを寄せることもなく。でもここ最近の険しい表情の為か、額にはシワの痕がくっきりと
サキさん、シワシワやよ、シワシワ
こんな言葉にサキさんしっかり反応してくれて、久々の笑顔を見せてくれました。


その後はベッドですぐにうつらうつら。

やっと目が覚めたところで、自販機で買ったお茶を二人で飲みました。サキさんは紙コップに移したお茶をごくり。トロミはつけていませんが、少しずつなら問題なく飲むことができました
目がぱっちりとしてきたところで、お別れの時間です。せっかくしゃきっとしてきたとこなのに・・・。

今度はまた水曜日、夕食介助に行くでね。
待っとってね、サキさん

いろんな出会いが

2016年06月18日 22時03分55秒 | 介護日記
もう1週間になる。先週の土日、京都で「認知症の人と家族の会」の本部総会が行われました。すぐにでもその報告を書かなければいけなかったのですが、なんだかんだでいつものようにダラダラと時間が過ぎてしまいました。
そんな時、すでに私のブログの師匠でもある神奈川のスリブリさんがブログを更新されていました。もうご覧になられた方も大勢みえると思います。2日目のJR列車事故裁判を闘われた長男さんの講演の内容が書かれています。とてもわかりやすく書かれていますので、まだという方はぜひご覧ください。

若年性アルツハイマー介護日記

最高裁まで闘いぬき見事、無罪判決を勝ち取られたことはもちろん知っていましたが、当事者にしかわからない苦しみ、悲しみ、またJR東海側の認知症に対する無理解による様々な無慈悲な言葉など、私たちの前で勇気をもって語ってくださいました。本当にありがとうございました。

私はまだこれが初めての参加です。2年前に青森で開かれた全国研究集会に出させてもらっただけです。この時も何もわからないまま、ただテーマが「若年認知症の人を地域で支える」ということだったので、若年認知症の妻(サキさん)」をもつ私に声がかかりました。その時の懇親会でたまたま隣に座ってみえたのがスリブリさんでした。
今回の懇親会でも声をかけていただきました。とっても明るい笑顔の持ち主です。奥さん(花子さん)の素敵な笑顔もきっとスリブリさんのやさしさに包まれているからなんでしょうね。
今年の懇親会でも同じテーブルになった皆さんとお話をさせていただきました。超・人見知りの私ですが、精一杯の勇気を振り絞って会話をさせていただきました。皆さん、ありがとうございました。
たまたま私の左隣に座られたのは、青森県の代表の方でした。これも何かの偶然なのでしょうか。今年の全研集会は長崎県で開催されるそうです。また、新しい出会いがあるかもしれませんが・・・長崎・・遠いな。


以前サキさんと行った時と今年の蒸気機関車館(鉄道博物館)の写真です。やっぱりサキさんと一緒のほうがいいですね。サキさんと出かけるときは大抵、青空がひろがっていました。二人とも晴れ女・晴れ男なのかな。

夕食介助の記録

2016年06月16日 22時45分11秒 | 介護日記
サキさんの夕食介助に週1回、水曜日に行くようになって2ヶ月が過ぎました。
最初は、ご飯をお粥にしてもらい、副菜の中から1品を普通食にしてもらいました。そしてひと月経過したころから主菜も普通食にしてもらっています。スタッフの皆さんのサキさんの食事についての評価は上々です。よく噛んでくれるし呑み込みも問題ありません。毎回きれいに完食してくれています。

むせるのは、粉薬を飲む時だけです。スプーンに粉薬を入れ、そこにトロミの付いたお茶を入れ、サキさんの口に運びます。が、口に含む特にスプーンに薬が残ってしまいます。何か良い方法はないでしょうかね。今度、スタッフの方にどのようにしているのかキチンと聞いてみます。


食事介助の様子を記録しています。もっと良い記録の仕方、記入の仕方なんかあれば、どなたか教えてください。記録だからこんな感じでいいのかなとも思いますが。

今のサキさんの状態なら、完全に普通食にしても問題ないように思えます。
様子をみて、また掛け合ってみます。

同じテーブルの皆さん

2016年06月15日 22時19分17秒 | 今日のサキさん
今日は水曜日。土・日は京都での総会で行けなかったので、1週間ぶりのサキさんの面会です。

今日のサキさんは、何かをしゃべっていました。確かに何かをしゃべっていました。何を言っているのかは全く聞き取れません。でも、喚いたり、ブツブツ言ったり、つぶやいたりではなく、何かを話している、会話している感じです。一生懸命聞き耳を立て、サキさんの口の前に耳を持っていったのですが、やっぱり聞き取れません。でも確かに何かを伝えたがっているようでしたが。


今日もサキさんは完食出来ました。鶏肉のクリームシチューも、結構大きめの鶏肉だったのですが、大きいまま口の中に取り込み普段以上によく噛んでいました。最後の粉薬で少しむせてしまいましたが・・・。

サキさんの同じテーブルには、食事介助に手のかかる(失礼)方が集められています。その中の一人のおばあさんはサキさんと同じく全介助ですが、完全な普通食です。それもうらやましいのですが、そのおばあさん、自分の意志をはっきりと伝えることができるのです。
「お茶」(もちろん滑舌はよくありません、そんな風に聞こえる程度なのですが、確実にお茶と言ってます。
「違う、ヤダ、いらん、寝る」等々の言葉が、何となく聞き取れ、ちゃんと伝わるのだ。怒るとベーっと舌を出して何とも言えないいやそうな顔をします。とっても豊かに感情を表してくれます。とても素敵な、可愛らしいおばあさんです。

もう一人の方は、サキさんと同じソフト食。少し呑み込みが苦手なのだが、ほっておくと、いさい構わず食べ物を口の中に入れてしまいます。すぐにスタッフの方に「よく噛んで、モグモグ、モグモグしてね」と言われ、ちゃ~んと言われた通りによく噛んでくれます。とってもかわいいおばあさんです。大好きなおばあさんです。

みんな素敵な方です。皆さん、これからもサキさんと仲良くお願いします。


ひとり京都で

2016年06月13日 17時12分50秒 | 私の日記
昨日まで京都で「認知症の人と家族の会」の総会と分科会が京都で行われました。岐阜県からも9名の各地区世話人が参加し、他県の皆さまとの交流の場を持たせていただきました。おって詳細も報告させていただこうかと思っています。私以外の8名は、昨日のうちに岐阜へ戻ったのですが、私ひとり、もう一日京都でブラブラと過ごさせてもらいました。(会社には無理を言って休みをもらいました)

会社をずる休みしたせいか、あいにくの空模様。それでも本降りにはならず、霧雨のような雨の中、歩いて3か所を回ってきました。
先ず行ったのは、東寺

五重の塔と、薬師如来像に圧倒されてきました。思わず声を飲むという感覚を久々に味わってきました。

そこから北へ歩きJRのガードをくぐって、梅小路公園へ。そこから公園内を西へ歩くと、行きたかった「京都鉄道博物館」に到着です。以前は蒸気機関車館だったのですが、その設備はそのままに、西側に新たに鉄道博物館が作られました。

500系の新幹線を間近に見られただけで大満足でした。ジオラマもよくできていて、さらに屋外の機関車庫も以前のままに保存され、とても楽しめました。以前サキさんと行ったときの記憶がよみがえり、ちょっと寂しかったですが。
観光は、やっぱり二人がいい。サキさんと二人で歩いたほうが楽しい
自分達とと同じくらいの年恰好のご夫婦とすれ違うたび、うらやましい気持ちにさせられました。

一通り見ただけで、すぐに博物館を後にしました。そこからまたまた歩いて西本願寺へ。

いぜんは、しっかり見れなかった国宝の唐門をじっくり見てきました。

今日は、ず~~っと歩いたので、普段の運動不足もあり、非常に疲れました。11時には京都観光をあきらめ京都駅にむかって歩いていました。やっぱり、本当に、一人ではゆっくりできない。十分に楽しめない。のんびりと時間を過ごせない。

サキさんと手をつないで歩いてた頃が、私たち二人の一番幸せな時だったと心から感じました

しまった、お土産買うの忘れた。(ピ~~ンチ)

無口、六口、夢口(むくち)

2016年06月10日 22時32分54秒 | 私の日記
今日は午前中、会社の「安全大会」でした。
重い鉄骨を扱う仕事なので、様々な注意が必要です。毎日の事なので慣れっこになり、思わず気が緩みヒヤッとすることもあります。もし事故が起きれば重症、最悪の場合には死に至るような重大事故にもなりかねません。年に一度、定期的に「安全大会」を開催し、初心に帰って、気を引き締める場になっています。

その「安全大会」の後半は、フリーアナウンサーの方にお越しいただき、「職場でのコミュニケーション」についての講演を1時間して頂きました。流ちょうな語り口、飽きさせない表現力等さすがでした。その方のつかみの話が印象に残りましたので、紹介させていただきます。

私はむくちです。と切り出されました。わざと平仮名でボードに書かれ、そして
無口ではありません。六口でもありません。(私はこれなのかな?と思ってましたが)
私は夢口と書いて、むくちです、と言われたのです。
私は夢を語ります。そして夢のある人はポジティブであり、決してネガティブな話はしません、と言われました。
夢口むくちっていいですね。

今の私の夢は何だろう。今の私は決してポジティブとは言えません。どちらかというとすぐに弱音や愚痴をこぼしネガティブそのもののような日も多々あります。今一度、しっかり前を向いて歩いていくために、じっくり考える時間も持ちたいと思います。
明日、家族の会の総会で、とってもポジティブな人たちと会ってきます。沢山の刺激をもらってこようと思っています。明日に備えて、もう寝ます。おやすみなさい。