静 夜 思

挙頭望西峰 傾杯忘憂酒

書評; 024  < 背中の勲章 >  吉村 昭   新潮文庫

2014-09-11 15:39:43 | 時評
 これは、昭和17(1942)年4月、日本本土へ迫る米軍艦隊の動静を洋上で補足すべく海軍が組織した偵察艦隊の手足となった監視艇が敵艦発見の無電発信後に攻撃を受け、捕虜となった1等水兵が敗戦後に復員するまでの物語である。主人公含む5名は戦闘らしい戦闘に参加できぬまま捕虜となり、しかもハワイから米本土の収容所を転々とする。
 筆者が本書で問いかけるポイントのひとつが、日本軍の敗北と戦線縮小につれて収容される捕虜は増加する一方で、またイタリア・ドイツの降伏を監視の日系通訳から知らされたのに、それでもなお敗戦が迫っている現実を受け入れようとしない捕虜たちの居たことだ。それが捕虜兵士だけでなく、日系米人ゆえに同じ収容所に入れられていた同胞まで同じように気勢を挙げたという。この精神構造は、国力の圧倒的な差を知りつつも、合理的判断を直視せず開戦に踏み切る精神論を振りかざした軍部の愚かさと同根である。捕虜や日系住民の気勢を<狂気>と吉村氏は描写するが、この<狂気>とは国内に居た当時の国民の大半にも蔓延したフィーバーだろ
 戦争はビジネスと同じで、これほど合目的的であり且つ論理性が追求されるものは無いはずである。そこに非論理的な情緒や根性論が介在できるわけはないのだが、日本人は何故か現実を論理的に解析すること自体を嫌う性情が濃い。極論すれば、それゆえの敗戦だと断言できるかもしれない。

 次に吉村氏が問うのは、捕虜になることを禁じた旧日本軍の戒めについてだ。尤も、本書で正面からこれを問いかけてはいないが、主人公に代表される<虜囚の辱め感情>が復員後まで追いかけてくる非人間的な苦しめを描くことで吉村氏は、武士道に遠因する殉死思想が軍人勅語に脈々と続き、捕虜に関する国際条約に加盟もしない軍隊となったことを糾弾しているように私は読んだ。この構造はこれまた極めて日本固有で、非論理的なものである。ここにある種の美学を見たがる情緒/マインドの持ち主が絶滅したとは言い難い。それを私は危惧する。

 米軍の捕虜はPW<Prisoner of War>と白ペンキで背中に書かれた制服を着せられた。題名の「背中の勲章」とはPWの文字のことで、吉村氏は敢えてそれを勲章と呼ぶことで、捕虜生活を耐え、自殺願望にも打ち勝ち、故郷の地を踏んだ主人公を称えたかったのだろう。吉村氏自身は兵役に行かない年齢だったが、ここには同時代を生きた人間としての心温まる眼差しが満ちている。それは戦争を知らない世代の私には共有できないが、然し、吉村氏のお蔭でまたひとつ、国を誤った根本構造を思い返し、その犠牲者の姿に触れることができた。
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