本日5月28日は「特別な日」である。
こう書くと読者の皆様は
「おっ、張本氏の3000本安打達成の日でしょ!」
と間髪入れずに答えて来そうですね(笑)
俺が張本氏を敬愛しているのは
当ブログのヘヴィユーザーなら周知の事実。
幼少期「野球少年」であった俺には
彼がホームランで飾った
「前人未到の3000本安打」
という事件は、もちろん十分、心に響いた!
自分は身体が大きくなく
決してホームラン打者を目指したわけではないが
俊足の中距離打者「張本」は
確実に「目指す選手像」であったのだ!
今では「俊足であった」ことは
余り知られていないが
盗塁も物凄く多く「通算319盗塁」という
結構な数字があるくらいなんだよね!
もちろん
通算安打数「3085本」
通算本塁打数「504本」
通算打率「319」
という「打の記録」は
語り継がれた「伝説的数字」だろう。
しかし、今日俺が伝えたい特別な日は
「張本さん」ではなく、
「大衆音楽界の礎を築いた…」
そんな誰も語らん
「重要な日」のコトなのだ。
時は今から90年前の今日…
1930年5月28日
ウィスコンシン州グラフトンにおいて
重要な録音がなされた。
そう、デルタブルースの父
「チャーリー・パットン」
の最期の吹き込みである。
それまでも2度の吹き込みで40曲弱を
既にパラマウントに録音し
大いに評価されていた彼は、
この日数人のブルース歌手を連れて行く…
ガールフレンドの「ルイーズ・ジョンソン」
と、ギター仲間の「ウィリー・ブラウン」
そして刑務所から出たばかりの
「サン・ハウス」だ!
もうお分かりだろう!
パットンの申し出により、この日
彼らもパラマウントでレコーディングをし、
その後SP盤で発売されているのだ!
そう!偉大なるデルタ・ブルースマン
「サン・ハウスの初吹き込み日」なのだ!
後々の復活後のサンについては、実に多くのコトが語られ、映像や音源も残されているので今回は割愛するが、この時28歳の彼が「ほとばしるエネルギー」を全て注ぎ込んだ「My black mama(part1)」を聴かずには「サン・ハウス」どころか、「ブルースとは何か?」という事さえも語れないハズである。
強烈なビートを持ち込んだ、そんな
「サン・ハウス」独自のブルース…
歌はもちろん、ギターテクニックも含め
この録音がベストでありピークと言えるだろう!
パットン含め、みんなでワイワイと車で、当時まだ「砂利道のハイウェイ61」を走らせ、その道すがらパットンのガールフレンドだという20歳のブルースギャル「ルイーズ」にハッパを渡し、口説き落とした挙句、パラマウントが用意したホテルでも同室になって夜を明かす…
クゥー!本当に悪いヤツですなぁ!
「サン・ハウス」って男は!
まさに「これぞブルースマン!」と言える
そんな行いでございましょう!(笑)
そのお陰も当然あろうと思うが
前述の「My black mama (part 1)」は凄いゾ!
昨晩行われたルイーズとの「秘密の出来事」が
当然歌にもギターにも投影されていて
何度も何度も聴かれて当然のグルーヴ!
「ギターと声だけで表現した強烈過ぎるグルーヴ」
は、この後5年強を経て洗練されたあの
「ロバート・ジョンソン」のブルース
を生むことになる…
ちなみに「パットン」の録音は当然素晴らしく
「ウィリー」のデルタブルースも一聴の価値あり!
しかしながら、サンと熱い夜を共にした
ブルースギャル「ルイーズ」の歌とピアノこそ
今のリスナーには「一番入り易い音楽」
に聴こえるコトだろう。
当時の典型的ブギウギピアノとテンポの良い歌
「ジャズにしか聴こえない…」
と言われそうだが、
これぞレディ・ブルースの十八番!
やっぱりブルースギャルにはピアノが似合う!
イイ女でっせ!
さて、サンはこの時10曲ほど吹き込んだ様だが
このCDではSP盤で発売された全8曲が聴ける!
同CD、初盤時サンの曲は
「6曲のみ」の収録であったが
その後2005年にSP盤が発見され、
2008年の再発盤では
「めでたく8曲入り」
となって新装発売された。
ちなみに残りの2曲は吹き込まれた様だが
盤にはなっていないので、
今後も発見される事は無いでだろう…
(ただしテスト録音と言われる「Walking blues」はヤズー盤にてリリース済!)
そんな「90年前のお話」でした。
《 編集長「Mash」筆 》