「Jerry's Mash」のアナログ人で悪いか! ~夕刊 ハード・パンチBLUES~

コダワリの専門店「Jerry's」代表&編集長「MASH」と「ハードパンチ編集部」による「痛快!WEBマガジン」

ハウリンメガネが縦横無尽に吠える!「メガネの遠吠え!」(第五回) ギター弾きのみんな!サムピックはお好き?

2022-09-24 13:44:01 | 「ハウリンメガネ」の「ヴァイナル中毒」&more

ハイ!読者諸賢、ご健勝?
つい先週、いつもお世話になっているたこ焼き屋の10周年記念ライブパーティーがあり、久々のライブ出演に疲れつつも久方ぶりに人前で堂々と演奏できた喜びに溢れるハウリンメガネである。

店主のSさんの人徳で集まった演者はフォークあり、ブルースあり、生ホーンセクションあり、カントリーラグあり、ジャグバンドあり、大道芸あり、と弾き語りミュージシャン多めに笑顔と笑い山盛りの素晴らしきパーティーであった。

その出演者の中に大ベテランのハンニバル・マグダスさんという方がおられたのだが、この方、ブラインド・ブレイクばりのご機嫌カントリーラグにネタ山盛りの歌詞を乗せ、会場を大爆笑に巻き込みつつ、ギタリストを圧倒するすごい人。
この人のプレイを目の当たりに、歌詞に爆笑しながらも例によって例のごとく私の頭が猛回転し始めた。

やっぱりベテランは違うなぁ、ベース音がパンチ効いてんだよな、フィンガーピッカー……ん?あ、サムピックつけてはるんや。やっぱりああいうカントリーラグみたいなのやるんならサムピックの方が利点はあるよな……サムピックかぁ……

サムピック。


要は親指に嵌めて使うピック(写真参照)で、フィンガーピッキングの親指弾きの音が強く出せるものなのだが、これ、フィンガーピッカーギタリストの中でも使う使わないが大きく分かれる(うちの編集長も使わない。理由は訊いた事がないが、編集長は「柔らかく弾け!」が口癖の人なのでおそらくそういうことだと思われる。確かにサムピックなしの方が柔らかい音が出るし、スナップを効かせればパンチも出せるので要らんちゃ要らんのだ)。

で、かくいう私。
サムピックはぜーんぜん使わない!
正確に言うと何回か使おうと試みたがどうにも合わないので結局使わずにここまで来てしまったのである。

まずサムピックというやつは基本的に既製品なので親指の大きさに合う合わないがある。これは大きめのサイズを選べばいいのだが、フィット感という意味では買ったままでジャストフィットするものは皆無と言っていい。
故にサムピック使いの中でもフィット感を気にする人はピックを炙ったり、熱湯に漬けたりして親指に合わせる(ピックは樹脂製のものが大半なので熱で変形する)という涙ぐましい御苦労をしている。

そしてこれで親指に合わせたとしても、さらに問題がある。ピック部がデカい(長い)のだ。

人によるだろうが、サムピックは親指からはみ出すピック部、つまり実際に弦に当てる部分がデカい(私の場合、特に右手でブリッジミュートしながら弾くときにこのデカさが邪魔になる)。
なので、これを自分の好みまで削る作業が必要になるのだが、これがまた厄介で粗削りで短くした後、仕上げ削りで丁寧に整えないと弦に引っ掛かり、良い音が出ない。

こーいう苦労をして自分にぴったりのサムピックを作ったとしても、ピックというのはまあ簡単に失くす!
家で弾いていてちょっと休憩、と外してはどこに置いたか分からなくなる。まあ、このケースは家の中なので探せば見つかるが、出先で演奏して一息つき無意識に置いてそのまま忘れるなんてことはしょっちゅうである。

こうなると、昔、頑張って指に合わせたサムピックをどこかに忘れた悲しい思い出も脳裏をかすめ、「別にサムピックがなくても指弾きはできるしなぁ」となるのだが、上手く使っている人のプレイを目の当たりにすると「やはりやってみるべきか……」とならざるを得ないのがギター弾きの性(特に弾き語りでブルースをやる時、ギターで弾くベースラインというのは肝の部分で、これがカッコよく鳴らせるといい具合に響くのだ)。

というわけで久方ぶりにサムピックを買いに出かけたのだが、何故かサムピックが売っていない。正確には売り切れていたのだが、定番のタカミネもダンロップも売ってない(もしかしてこれもサプライチェーンの停滞の影響か?)。
在庫があるものを指にはめると明らかに私のサイズと合わない、変形させてもキツいサイズしかない。
はてさて、他の店へ行って探してもいいが、とっとと買って練習したいしなぁ……と思ったところで目に入ったのがこれ。

 

日本屈指のフィンガープレイヤーにして、カントリーブルースの名手、打田十紀夫氏が1から開発に携わったサムピック「TAB SPECIAL Ⅱ」である(だいぶ前にこれのⅠを買った記憶があるのだが、その時は私自身がフィンガースタイルの面白さに深入りしていなかった為、しばらく使った後に友人にプレゼントしてしまった……はず)。

これ、普通のサムピックと異なり、親指にはめる部分がシリコンベルトで調節可能なうえ、面白い構造をしており、ピック部分にスリットが入っているのだ(写真参照)。

この為、通常のサムピックにはない「しなり」があり(普通のサムピックは厚みがあるので、しなりが欲しければこれまた削るしかないのだが、薄くするのは短くするより難しい)、普通のサムピックより親指の動かし方を意識しなくていい、つまり、サムピックをつけていない状態での弾き方に近い動かし方ができる(……ということを今、私が書いているということはこれを買った、という話なのだけど(笑))。

かくして久々にサムピックありでのフィンガースタイルに取り組んでいるのだが、やはりこれはこれでイイ!
親指に力を入れなくてもベースラインがハッキリする為、なしで弾くより右手の自由度が増すし(ギャロッピング奏法も楽々だ!)、親指だけでエッジーな音が出せるのはやはりサムピックならでは!(逆に生の親指で弾いたときのソフトで太いトーンが出せなくなるので良し悪しあるが、まあ、外せばいいだけの話だ……そうやって失くすんだけど(苦笑))

上手い人の演奏を目の当たりにすると学ぶことが多い。しかもそれがカッコ良ければ「うわっ!俺もやりたい!」となるもの。こうやって音楽はつながっていく。みんな誰かの弟子であり、師匠なのだ。

早くこんな窮屈な状況が終わり、色んな人のプレイを自由に見られる日が来ることを願いつつ、今回はここまで!ハウリンメガネでした!


ハウリンメガネが縦横無尽に叫ぶ!「メガネの遠吠え」(第四回) 急増するレコード買い取り業者たち…

2022-09-10 14:26:14 | 「ハウリンメガネ」の「ヴァイナル中毒」&more

ごきげんよう、読者諸賢。ハウリンメガネである。

先日、いつもの如く編集長から届いたレコードとともにこんな新聞広告とチラシが封入されていた。


なんじゃこりゃ?と思いつつ、荷物に書かれていたメッセージを見ると「同封したチラシだが新聞の折込で入ってたんだ。これは手強いぞぉ」と一言。

お気づきの向きもおられようが、うちの編集長、記事を書かなくなってから私に時事ネタを書くよう水を向けてくることが増えてきた。
今回のネタはもはやシリーズと化す予感満々、編集長からの「これどう思う?」シリーズである。

冒頭の写真をご覧頂ければわかるが、着物買取業者のバイセルがレコードの買取を行っているのだ(当たり前だがこの会社に難癖をつけたいわけではないのでその辺りご理解願いたい)。

率直な感想は「来るとこまで来てんなぁ!」である。

当ブログ読者の方ならご存知だろうがここ数年、レコードブームが過熱している。
当初はサブスクリプションサービス(アマゾンミュージックなどの定額聴き放題サービス)へのアンチテーゼ、所謂アナログ媒体への回帰ブーム的な扱われ方が多かったように思うが、最近はアナログ盤自体が「カッコいい物品」として人気になっているように思う(まあ、事実カッコいい物品なんだが)。

先述の業者に限らず、某○ードオフなどのリサイクルショップにもレコードコーナーができていたり、先日も新○堂で「中古レコード買います!」の看板を見かけたりと、中古レコードの取り扱い業者が増えている。

昔から中古レコードショップはあった。
某ユニオンのような大手から個人経営の小さなショップまで多種多様、それぞれの店舗がそれぞれの方法論でそれぞれの得意分野に特化して「レコードショップ業界」を続けてくれていたわけだ。

だが、最近増えているのは「中古レコードショップ」ではなく、「レコード買取業者」。
ではなぜ、「中古レコードショップ」ではなく「レコード買取業者」が増えているのか。

例えばレコードマニアの親父さんがいたとしよう。そしてその親父さんが亡くなったとしよう。
きっとその家のレコードはご家族の手で処分されるだろう。
そして大概の場合、この手の処分で呼ばれるのはレコード屋ではなく、「リサイクルショップ」である。

趣味の物品というものはレコードに限らず、マニアなら価値が分かっても一般の人にはまず分からない。
業界内やマニア間では高値で取引されるアイテムも一般の人にしてみれば十把一絡げに「レコード」だ。
一昔前ならリサイクルショップもレコードの価値に無頓着だったので買い取ったものがそのまま店舗に並び、意外なところに意外な盤が安値であったりもしたが、近年のレコードブームに伴い、リサイクルショップ業界もここの価値に気づいてしまった(これは楽器にもいえることで昔は無造作に安値で売られていた物が今は楽器店並みの値段になっている(まあ、真っ当なことなのだが))。

わざわざ「買い取ります!」と宣言する理由はここだ。
中古レコードが一般商材化し始めたのだ。

音楽メディアがCDへ移行してから近年のレコードブームが起きるまで、レコードは所詮マニア向けのアイテムだった。
だが、このレコードブームによりレコードのニーズが高まった。
ニーズが増えれば増えるほど物品の値段は上げることができる、できてしまう(これはディマンドプルインフレの基本。需要に対し供給が足りない場合、値段を上げてもニーズがあるから業者は値上げできる、つまり利益も上げられるわけだ。ちなみに最近問題になっている円安に伴う日本のインフレはコストプッシュインフレなので別。こちらはそもそもの生産コストが海外のインフレに押されて上がってしまった帳尻合わせによる値上げの為、値段を上げても利益が上がるわけではない。日本のデフレ脱出はまだまだ遠いですなぁ……閑話休題)。

故に一般家庭に眠っているレコードを買い取り、市場に出せば利益が出ると踏んだ業者がいま挙って買い取りを始めたわけだ(因みにこれ、悪く言っているように読めるだろうが、一概に悪い事とは思っていない。下手をすれば捨てられてしまう可能性があるレコードがちゃんと市場に流れるという点でいえば間違いなく有益な行為なのだ。ただ、一般商材化すると間違いなく底値が上がっていくのでレコード馬鹿としては……厳しいのぉ!)。

資本主義社会で生活する以上、そのルールは飲まざるをえないし、先述の通り、古物が業者の手によって市場に流れる事自体は悪いことではない。
ただ、どこか引っかかるのはこれがバブルに繋がるように思えてならないからだ。
先に述べた通り、ディマンドプルインフレは需要>供給の状態から発生する。この状態が過熱すると80年代の土地バブルのように需要が需要を呼び、値が跳ね上がることになりかねないのでは?というのが筆者の危惧である。
これはまあ、「俺が買う時すげえ値上がりしてたら困る!」という下卑た思いもあるのだが、それと同時にレコードに投機的な商品になって欲しくないという思いもある。
私にとってレコードは音楽を聴く為のものであり、いい音で聴きたいから多少値が張ってもオリジナルだUSだUKだとこだわって買っているだけだ。
だが投機によるバブルは音楽、音質としての価値、その領域を簡単に壊し、一部の人間にしか買えないものにしてしまう。
一部の人間のみで完結する世界はただ閉じていくだけだ。

音楽の面白さがダイレクトに響くのはやはりアナログだ。
針が溝をなぞって発生した物理的な振動、それがアンプリファイドされ空気を震わせる、そしてその振動が耳に届き、心を「震わせる」。
これができるのがアナログだ。だからこそ、その裾野はできるだけ広くあってほしいと思う。

最後にこっ恥ずかしいポエミーなことを書いてしまったが、近年のレコードブームとそれに伴う商材化に思いを馳せるとそんなことを考えてしまうんだなぁ、僕ぁ……

というわけでまた次回!ハウリンメガネでした(照)!


ハウリンメガネが縦横無尽に叫ぶ!「メガネの遠吠え」 (第三回) ジェフ・ベックに学ぶギターを弾くってコト

2022-08-27 13:41:01 | 「ハウリンメガネ」の「ヴァイナル中毒」&more

 ハイ!読者諸賢!悩んでる?ハウリンメガネである。

筆者は毎日悩んでいる。これどう弾けゃいいんだ?とか、どうして俺の音は荒っぽくなるんだ!とか、それはもう悩みの嵐である(結局ギターのことかい!と突っ込まれそうだが、いいんだよ、仕事だの社会のことだのは別途日々悩んでるから)。
今回はそんな悩みが一つ解決した喜びを諸賢と共有させて頂きたい。

つい先日のこと。
相も変わらずギターを片手に第二期ジェフ・ベック・グループのラフ・アンド・レディ(個人的にはこれがジェフの最高傑作だと思っている。編集長にいうと「え?第一期の方が絶対いいじゃん」という返事と共に、まだまだ分かってないねぇ、という生暖か〜い笑みを返されるのだけどそれはそれ)を聴き狂いながら、

「なんでこんなにギターの音がスムーズなんだ?腕か?腕が違うからか?そりゃそうだけどぉ!」と煩悶していた私。
具体的にいうと「ガット・ザ・フィーリン」で聴ける、ロックらしいドライブサウンドなのにブルージーなキレがある音と、そこからスッ、とスムーズに、薄く歪み、サスティーンがありつつもソフトタッチのジャジーなサウンドへと変化するジェフのトーンのカラフルさに煩悶していたのである。

時期的にはストラトとマーシャルの組み合わせにプラスαでワウとブースター(カラーサウンドのパワーブースト)というシンプルなセットアップ。そして指ではなくピックで弾いている時期(この時代の人たちはみんなそうだがギターとアンプにペダル一つ二つでなんぼでも良い音出しますな)。

ギターのボリュームを絞ることでアンプの歪みはクリーントーンへ近づくし、トーンを絞ればトレブルが減り、ジャジーなトーンが出しやすくなるのはギタリストの基礎教養だが、ジェフのこのサウンドに近づけない原因はそこじゃない。それ以前の「弾き方」の問題だ。

ジェフの環境に近づけようとアンプにダイレクトインで、こうか?違うな、こうか?と弾いていたがやっぱり私の音はどうも荒い。ジェフのトーンの甘さがない。
この下手くそめ!ちんちくりんの唐変木め!と己を呪うあまり知恵熱が出そうになったが、かっかした頭のオーバーヒートが功を奏したか(そういえばちょうどラフ・アンド・レディが出た頃にジェフ・ベック・グループがテレビ出演した映像がネットにあったな)と思い出した私。

ヒントになるはず、と早速視聴。
やっぱりいい音してんなぁ。ん〜、やっぱりしょっちゅうボリュームとトーンいじってるな、そりゃそうだわな。でも肝はそこじゃないよなぁ。
あとは……やっぱりピッキングする場所も出したい音で変えてる……ん?柔らかい音なのにえらくブリッジ側で弾いてる?んんん?右手のタッチが軽い?全然力んでない……あっ。

ギターを抱えなおし、ピックを持つ、いや、つまむ。
全く力を入れずに「つまむ」。そのまま弦を撫でるようにピックを「滑らせる」。
……ははぁ!そういうことですか、ジェフ師匠!

要するにピックを持つ指が力んでいたのだ。
いや、正確に言おう。「力を抜いていたつもりが全く抜けてなかった」のだ!

「ピックは握るな、柔らかく持て」というのはギタリスト界隈ではよく聞く金言。
私もその言葉に従っていたつもりだったが……甘かった!(いや、まあ、私が下手くそなだけかもしれんが)
はっきり言って、親指と人差し指の間にピックを挟むだけでいい。「持つ」という考え方を捨てるべきだ。

この状態で弾くと弦に対してピックの入りが浅くなる。
この状態で弦を撫でれば太く、甘いトーンに。ピックをシャープに走らせればザラっとしたロックの音がちゃんと出る。
〈写真参照〉

だが、「持って」しまうと弦に対してピックの入りが深くなっても力技でふり抜けてしまい、結果、どれだけ柔らかく弾いたつもりでもピッキング音が目立つ荒れた音になってしまう。
〈写真参照〉

※なお写真はイメージを強調するためにピックの入りを極端にしているが、実際、意識としてはこれぐらい差があるとおもってよい。

そして、この時に気づいたのだが、この浅いピッキング、指弾きの際の弦に対する入りにとても近い(指弾きだとこのくらいの浅さで弾いてもピック弾きよりもっと太い音が出る)。
〈写真参照〉

近年のジェフが指弾きに完全スイッチしたのは元々こういうピックの角度による音色コントロールへの意識があり、指のほうがよりコントローラブルにやれる、という確信があったからではなかろうか(ちなみに編集長もリンジー・バッキンガム、マーク・ノップラータイプの指弾きの人で、私も昔っから「ピックぅ?要らねぇ要らねぇ!指だよ指!」と言われ続けて早20年。指弾きの良さは分かっていたものの、ようやくロジカルに言語化できました。まあ、私ゃピックも使うけど(笑))。

そんな訳で長年の悩みに解決の糸口が見えたことに喜びを隠しきれない私。
喜び余って今回のコラムになりましたとさ。
ちょっとでも皆さんのヒントになればこれ幸い。

んじゃまた!ハウリンメガネでした!

さあさあギターだギターだ……今日もギターを弾くんだよっと


ハウリンメガネが縦横無尽に書く…「メガネの遠吠え」 (第二回) ヴァイナル中毒編! ヴァンゲリスとキカイダー?

2022-08-13 10:53:49 | 「ハウリンメガネ」の「ヴァイナル中毒」&more

ことの発端はヴァンゲリスの死去であった。

5月のことである。
ヴァンゲリス死去のニュースが流れ、編集長から「キミ、ヴァンゲリスのレコード、キープしてるぞ。せっかくだしヴァンゲリスについて書いたらどうだ?」とメール。

率直に言って筆者はヴァンゲリスの音楽を大して知らない。それこそ彼が音楽を担当した「炎のランナー」と「ブレードランナー」(あ、ランナー繋がりだ。原題だと炎のランナーは"Chariots of Fire"だけど)ぐらいなのだが、この「ブレードランナー」の音楽だけでもヴァンゲリスは素晴らしい(SF者としてはやはりこれは外せませんな)。

ヴァンゲリスという人はシンセサイザーが相当お好きだったようで、スペイシーなフューチャリズムに溢れた音(今となってはレトロ化してしまったきらいがあるが)をふんだんに使う(ただ、彼の良さの本質はそこではないのだが、それは後述する)。このヴァンゲリスが作り出すシンセのフューチャリズムとリドリー・スコットが作り上げたあの映像のフューチャリズムがドンピシャでマッチした結果が現在に至るまでの「ブレードランナー」の評価に繋がったのは間違いあるまい。

とはいえ、これはやはり映画のサウンドトラック。サントラというのはやはり絵と音をセットで鑑賞してこそ本領が発揮されるものであり、単体で鑑賞するより、DVDなどで楽しむのがベターだろう。
では「ヴァンゲリスの音楽」を楽しむのにちょうどいい作品は?
それがこの「ジョン・アンド・ヴァンゲリス」のアルバムである。

ヴァンゲリスは過去、リック・ウェイクマンの後任としてイエスへの加入を打診されている。
自身の作風を変えたくない、とヴァンゲリスが断ったが、この時に知り合ったイエスのジョン・アンダーソンと気が合ったらしく、その結果生まれたのがこの「ジョン・アンド・ヴァンゲリス」のアルバムである。

ヴァンゲリスが作り出すフューチャーオリエンテッドなサウンドをバックに歌うジョン・アンダーソンはイエスでの彼とも異なる魅力があり、中々の良盤。
イエスといえばキーボードのリック・ウェイクマンもミニモーグの愛好家だが、ヴァンゲリスはどちらかというとポリシンセ(シンセにはモノ(単音)とポリ(複音)があり、ミニモーグはモノ。前者は同時に発音できる音は1音、ポリは回路構成によるが2音以上の音を同時に出せる。簡単に言えばモノは独唱、ポリは合唱だと考えればよい)を愛用していたらしく、モーグ的なファットなアナログシンセサウンドというより、クラフトワークに通ずるような「生楽器では出せない音」の作り方がとても巧み。
そしてヴァンゲリスの良さはこの「生楽器では出せない音」と生楽器の組み合わせ方であり、彼の本質的な良さは曲のメロディと、バックのオーケストレーション能力にある。

曲を俯瞰して見たときに「このメロディは力強さが欲しいな。これはサックスだな」とか、「このベースラインは単調な感じがほしいからシンセベースとシーケンサーの組み合わせだな」というように、必要に応じて楽器をコンビネーションさせているのであり、ブレードランナーでシンセを全面に出したのも映像がシンセサウンドのフューチャリズムを求めたからであり、必要な箇所に必要な音を配置した結果があの音楽だったというわけだ。
ヴァンゲリスがシンセを好んでいたのは彼が必要としていた、生楽器では出せない音をシンセが出せたからであり、「シンセが使いたーい!」という欲求ありきでのあのサウンドが生まれた訳ではないのである(これ、私も機材オタクな面があるので常々自戒するよう意識しているが機材が使いたい欲求が先にくると大概ろくな結果にならない)。

その結果生まれた彼の作品の質はこの「ジョン・アンド・ヴァンゲリス」にも現れており、賛美歌のような美しいメロディと、生楽器とシンセを巧みに組み合わせ、必要十分な音色で構築された過不足のないフューチャー・オリエンタリズムに溢れた素晴らしい音に仕上がっている……

ということを考えていたのが6月半ばのこと。
そして今回の本題はここからである。

日本が誇る大作曲家、渡辺宙明先生が6月にお亡くなりになったのだ。

宙明先生の名前を知らなくても先生の音楽を聴いたことのない人は殆どいないはずだ。なにせマジンガーZの主題歌(劇伴も)は先生の作品!

そしてヴァンゲリスには悪いが、私ゃ宙明先生の音楽の方が百倍影響されている!
何故なら初期東映戦隊ヒーロー(ゴレンジャーからゴーグルファイブ)、キカイダー、アクマイザー3、東映版スパイダーマン、そしてギャバンからスピルバンまでのメタルヒーローを筆頭とした70年代〜80年代初期東映特撮ヒーローの主題歌と劇伴は、ほぼ先生の作!(私は正確には世代ではないのだけど、子供の頃、親がレンタルビデオで借りてくれたのでしこたま観ていたんですな。ちなみに96歳で亡くなる直前の戦隊シリーズ、機界戦隊ゼンカイジャーの劇伴もご担当!最後まで現役を貫かれた!)

先生ご自身は大正のお生まれで、映画音楽やクラシックの影響が根底にあるようなのだが、プロになってからも渡辺貞夫氏にジャズのレッスンを受けられるほど勉強熱心な方で、息子さん(作曲家の渡辺俊幸氏)が聴いておられたブラッド・スウェット・アンド・ティアーズのようなブラスロックも「これは良い」と、ご自身が良いと思ったものをドンドン取り入れられ、結果生まれた、俗に「宙明節」と呼ばれる作風(特に先述の特撮ヒーローシリーズで全面的に聴けるものだが)、これが誠に素晴らしい!

マイナー・ペンタトニックやブルーノートスケール(ブルースやジャズでよく使われる音階)を主体としたエモーショナルかつクールなメロディ、フレーズを主体に、タイトでグルーヴ溢れるリズムセクション、キレのあるブラスやストリングス、ティンパニやヴィブラフォンによる装飾が先述のヴァンゲリスにも通じる「必要な箇所に必要なものを入れる」というマナーの下に使われており、重厚かつ過剰感のない見事なオーケストレーション!
レコーディングでは先生も立ち会っておられ(細かいフレーズはセッションプレイヤーにお任せなケースも多かったらしいのだが)、例えば「ジャッカー電撃隊」のOPでのイントロ、コンガがタイトにリズムを刻む中、ヌルッと入ってくる地を這うような粘っこいベースの入りは非常にスリリングだし、宇宙刑事ギャバンのED「星空のメッセージ」のギターはヴァースではタイトにワンコードの裏打ちカッティングに徹し、コーラスでは一気にドライヴサウンドでの白玉コード一発で迫力を出すなど、今聴いても大変勉強になる(特に後者は筆者のお気に入りで、串田アキラさんの歌の良さと相まって、素晴らしいロックバラードに仕上がっていると断言しておこう。歌詞もいいんだよなぁ。余談になるが先生の作品、結構な頻度でワウギターが入る(前述のジャッカー電撃隊のOPとか)。特にキカイダー01のOPなんかクリーム期のクラプトンばりのワウギターが入っており、今考えるとマイナーペンタやらカッティングやらワウやら、私がブルースロック、ひいてはブラックミュージックの道に進んでいったのは子供の頃に宙明節を刷り込まれたからでは?という自問が湧いてくるのだが……結果オーライ!)

そして忘れてはいけない。ヴァンゲリスと先生には大きな共通点がある。
それがシンセサイザーの使い方だ!(なにせ日本に最初に輸入されたミニモーグ数台中の1台を購入されたのは宙明先生その人!)

例えばキカイダーでキカイダーを苦しめるギルの笛の音。最初オーボエのような音で始まるのだが、徐々にノイズ成分が増えていき、耳障りな音に変化していくあれ、あれがモーグ(先生ご自身で音を作ったとのこと。聴くだけで不安になるメロディも凄い)。
他にもデンジマンのOPでのシーケンシャルなフレーズや「プシューッ!」といったノイズ音なんかもシンセで作っておられたり(モーグではないらしい。ちなみにこのシーケンシャルフレーズのプログラムを担当したのはYMOのマニピュレータである松武秀樹氏とのこと。時代を感じますなぁ)、メタルヒーローシリーズでの楽曲ではまさにアナログシンセ!という音が多用されている。

そして先生もヴァンゲリス同様、シンセの使い方は徹底している。
そう、宙明先生もまたオーケストレーションの達人!あくまでシンセを使うのは生楽器では出せない音が必要な箇所のみ!
故に生楽器の良さとシンセの特徴的な電子音が見事に組み合わされた宙明サウンドは今聴いても血が滾る!

ヴァンゲリスにも宙明先生にも職業作曲家としての美学を感じる。
もちろん作風は異なり、ヴァンゲリスには教会音楽的な荘厳さがあり、宙明先生には普遍的なメロディの良さとそれを支えるアレンジの多彩さがある。
だが、両者に共通すると感じるのは「オーケストレーションの美学」だ。
その作品に沿う音楽(劇伴だろうが主題歌だろうが)、それを構築するためにはどんな音が必要か。生楽器だけでは出せない音が必要ならばシンセを使って新たな音色を使う。シンセでも出せない音なら楽器を違う奏法で使ってみる(宙明先生はヴィブラを弓で擦ったりもしたそう)。シンセが不要なパートであれば生楽器できっちり構成する。

今の我々は技術の発達によって最初からシンセだろうがサンプラーだろうが使い放題だ。だが、本来シンセサイザーとは生楽器では作り出せないような音を作るために生まれたもの(まあ、異論もあるだろうが)。
まず生楽器があり、電気楽器があり、そして電子楽器がある。クラシカルな方法のようだが、これが本来の音楽の作り方だ。
そしてヴァンゲリスと宙明先生の作品はそれをちゃんと教えてくれる。

偉大なる作曲家お二人に哀悼の意を!
ハウリンメガネでした!


ハウリンメガネが縦横無尽に書く…「メガネの遠吠え」(第一回) ボブ・ディランから読み解く 著作権!

2022-07-30 11:28:00 | 「ハウリンメガネ」の「ヴァイナル中毒」&more

6月某日。
編集長からメール。何やら画像が添付されている。

「これ、どう思う?ちょっと感想聞かせてよ」

ふむふむ、【海外ミュージシャン相次ぐ著作権売却】ね。

たしかに最近ボブ(・ディラン)を筆頭にニール・ヤング、ZZトップ、(ブルース・)スプリングスティーン、なんとレッチリまで著作権を売却している。

著作権といえばアーティストにとっては作品と自分の利益を保護する為の武器の一つ。なにゆえそれを売却するのか。

今回はそんな新聞記事とボブの件から著作権についてつらつらと考えてみたので皆さまチョイとお付き合い願いたい(念の為断っておくが、筆者は法律の専門家でもなんでもないので、あくまで素人が多少調べた範囲の知識で書いている旨、ご了承頂きたい)。

著作権は大きくは『著作者人格権』、『著作財産権』、『著作隣接権』に分けられる(このうち、著作者人格権だけは譲渡の対象外。これが話をややこしくするのだが、詳しくは後述)。
まず『著作者人格権』は「著作者の意に沿わない出版をしてはならぬ」という、著作者が作品に込めた意思や名誉を守るもの。例えば編集者が作家の同意なく原稿をエディットし、「これは彼の作品です」と出版した場合、作家は異議を申し立てる事ができるし、近年多い、政治集会で自分の曲を使われたミュージシャンが「そんな意図の曲じゃないから使うな」と異議申し立てをしたりというケースがこれに該当する。

次に『著作財産権』。これがよく世間的に著作権侵害としてニュースになりやすいもので、複製権、上演権、上映権等々で構成されており、漫画や音楽の違法アップロードなどはこれを害するものとなる

そして『著作隣接権』。これは作品の製作者というより、制作に携わった者の権利に関係するもの(だから"隣接")で、レコーディングに参加したスタジオミュージシャンやレコーディング費用を出した会社などの権利を担保するためのもの(なお、これらはあくまで日本における著作権の扱いで、海外は当然各国で異なる(アメリカなんかは著作者人格権がかなり緩い))。

これらの「著作権」が全てアーティストに帰属するなら話は簡単なのだが、実際のところは関係各位の権利が引っ絡まって複雑怪奇、人外魔境の地底獣国。
レコード(音楽)業界だけでも作曲家、作詞家、実際に演奏するミュージシャン、レコード会社、ラジオ局テレビ局、著作権管理団体などなどが著作権の一部を分けて所有、管理しているからさあ大変。
「あの権利はA社、あの権利はBさん、あの権利はC社が管理してて……ぁぁぁ!」とあっちゃこっちゃに権利者がいるので話がややこしくなるのである(先述の「政治集会で自分の曲が〜」というのも、ミュージシャン自身に話が通っていなくても著作権管理団体が許可を出していたりする……著作権自体、「著作者を守る為」というより「著作権ビジネスの為」になっている部分が多々あり、これはこれで功罪半ばする大問題なのだけど話が長くなるので省略)。

そして今回ボブが譲渡したのがこの中の『著作隣接権』の『原盤権』。

はい!出ました!音楽業界でよくトラブルの元となるのがこれ!
原盤権とは簡単に言えば「マスターテープの所有権」である。つまり、レコードをプレスする為の源泉を「これを使いたかったら(レコード、CDを生産したいなら)お金払ってね」という為の権利であり、原盤権を持っている権利者が"その作品を生産する(させる)権利"を持っているのである。

実はこの原盤権、ミュージシャン自身が保有しているケースは少なく、レコード会社や所属事務所が持っているケースが大半。これはレコードの制作費を出す会社(レコード会社、所属事務所)が「制作費は出すから原盤権は譲ってね」という契約をしていることが殆どの為(そもそもレコード産業自体がレコーディングスタジオの使用料、レコーディングスタッフのギャラ、マスタリング作業、レコード自体の生産費などなど莫大な金額がかかるビジネスであり、下世話な話になるがレコードの売上から発生する利益のうち、一番利益率が高いのが原盤権から発生するものなので、そもそも売れるかどうかも分からないものに投資する以上、そこを担保にするというのは仕方ない面もある)。

この為、ミュージシャンが事務所を移籍することでベスト盤に収録できない曲が出てきたり、レコード会社が倒産することで再発盤が出せなくなったり、と利益をもたらす反面、様々な問題を孕んでいるのがこの原盤権。
だが、逆にいえばまともな権利者が原盤権を管理している限り、その作品は常にリリースが可能な状態を保てるということでもある。
ボブが長年の付き合いのあるソニーミュージックに原盤権を売ったというのは「信用してるからちゃんと後世に残せよ?」というメッセージにも思える。

今回はボブからソニーミュージックへの原盤権譲渡がニュースとなった訳だが、実はボブ、2020年にもユニバーサルミュージックへ音楽出版権(著作財産権)を譲渡している(こちらは楽曲の使用許可や著作印税についての権利)。

こうなると私としては(あまり考えたくないが)「ボブも自身の店仕舞をしているんだな……」と思わざるを得ない(御年81歳、そりゃ身辺整理もなさるでしょうよ)。

そう考えると寂しい気持ちになるが、それはそれとしても、今回の譲渡はいい判断だと筆者は考える(「税金対策だ!」とか、「プロテスト精神はどこ行った!」という意見もあるだろうがまあ聞け)。

著作権はまともな管理者に任せないととんでもないことになるからだ。

筆者が敬愛する映画監督の押井守氏。氏の作品に「天使のたまご(85年公開)」という作品がある(発表当時、難解だ、という感想が多すぎ、氏が数年間の逼塞を余儀なくされたという曰く付きの作品……良いんだけどなぁ。ちなみに私はパト2と紅い眼鏡と立喰師列伝がベスト3です)。
この作品、著作権を管理していた徳間書店が氏に無断で著作権をまとめて海外に売ってしまい(なんとB級映画の帝王、ロジャー・コーマンに売ったらしい)、著作権の転売が重ねられた挙げ句、最終的に著作権者不明となり、日本国外ではソフトとして販売することが困難になってしまっている(著作財産権を持っている"誰か"に訴えられる可能性がある為。日本国内ではちゃんとリリースされています)。

もしボブの原盤権が訳のわからん奴らに買われて「北国の少女」がラジオで流せなくなったら?
「ハリケーン」を聴ける機会がなくなったら?
「ペイ・イン・ブラッド」が入ってる「テンペスト」が発売できなくなったら?
ボブの曲がそんな扱いになってしまったら……考えただけで怖気がする!(まあ、私ゃ全部アナログで持ってるからいつでも聴けるけどサ)

無論ソニーミュージックやユニバーサルミュージックだって未来永劫、真っ当に著作権管理をしてくれるかと言われれば疑問符はつくが(特にユニバーサルはフリップ先生と裁判で大モメした過去アリなので先生のファンとしては……うーん、だが(苦笑))、少なくともボブは彼らに任せたのだ(スプリングスティーンもソニーに売却しているあたり、ミュージシャンとの信頼関係が構築できているのかもしらん)。

音楽を残すために色んな人がそれぞれの立場で出来ることをやっている。
今回の著作権売却はその現れだと信じて、今回は筆を置こう。


「ハウリンメガネ」が書く! 『行って来たぞ!Enoアンビエント京都』

2022-07-16 14:19:49 | 「ハウリンメガネ」の「ヴァイナル中毒」&more

読者諸賢、ご無沙汰!ハウリンメガネである。

行ってきました!「ブライアン・イーノ・アンビエント・キョート(https://ambientkyoto.com/)」!
本来なら先月にマシュメガネ対談の形で掲載予定だったのだが、ご存じの通り編集長が身体を痛めてしまった為、書き物、編集作業が実施困難でマシュメガネ対談は連載中断(名曲しりとりも。先日直接会って話したが確かにPC類での作業は厳しそう。楽しみにして下さった方々、申し訳ないが御容赦の程を。とはいえ他の連載は継続していくのでそちらでお楽しみ願いたい)。

というわけで私の単独コラム形式になってしまうがアンビエント・キョートのお話と参ろう!(以下、ネタバレというか、前知識なしに観たほうが楽しいと思うので、まだ行ってないよ〜、行く気だよ〜という方は行ってから読んだほうがいいかも。そういう人は行ってから読んで頂きたい。一つだけ先に注意すると、イーノの意向でグッズ売り場に買物袋はないので、グッズを買う気の人は何かしらの大きめの袋必須。私はグッズ買ってから慌てて近くの某電器店で袋を買いました)

まず、結論からいえば心の底から「よかった!」と断言しよう!私自身、開催期間中にもう二、三回は観に行くつもりだ(8月21日まで開催予定)。
開催場所は京都の京都中央信用金庫旧厚生センター(東本願寺のすぐ近く。JR京都駅から歩いて10分程度)。日曜の昼1時頃に行ったのだが中々の盛況。勿論開催形式的に人でごった返すような形ではないが、入れ代わり立ち代わり出入りはかなり多く見られた。しかもカップルや親子連れもかなり居り「おおっ!アンビエント文化の未来は明るいぞ!」と独りごちた私(嬉しかったのは展示室を出たとこにいた子供が親御さんに楽しそうに「すごいねぇ、すごいねぇ」と言っていたこと。イーノのインスタレーションはやはりポップアートであり、老若男女問わず人々を楽しませるものだ。そしてその「楽しい」の中に見え隠れする影(不安や危険を想起させる要素)がイーノのインスタレーションを趣深いものにしている。この辺り、編集者、文筆家の松岡正剛氏の云う「日本人と面影」論やフリップ先生がクリムゾンで演っている「Mie gakure」という曲の趣きに通じるものがまさに「見え隠れ」していると思うのだがどうだろうか)。

閑話休題。
肝心の展示内容を会場案内パンフレットから抜き出すと、
I. 77 Million Paintings
II. The Ship
III. Light Boxes
IV. Face to Face
V. The Lighthouse
の5つ。

「V. The Lighthouse」は展示室以外の、廊下やトイレで流れているイーノの音を全部引っくるめてこう呼んでる模様。
会場内(展示室間)を移動すると音楽が変化してるのだが、面白いことにその変化したポイントが意識できないのだ。音量の変化、曲調の変化があまりにシームレスで、フッと気づいた瞬間に曲が変わっていることに気づく次第(なお、廊下に盆栽や石が置かれていたのだが、これらもアンビエント・キョート用に用意されたものらしい。イーノの音楽と日本の庭園文化は何故か相性がいい)。

そして展示室に展示されていたI〜IVだが、会場の1階にI、2階にIII、3階にIIとIVが展示されており(おそらく会場スペースの都合だとは思うのだが、このパラレルな配置もイーノ的だと思うのは私だけ?)、私は最初、配置がよく分からずとりあえず2階へ。
そこで、「III. Light Boxes」に入ったのだが……そこでまず20分ばかり見入ってしまった。

暗い部屋の壁に(展示室は全部暗いのだけど(笑))、3つの光る四角い箱が横一列に飾られており、これらがゆーっくりとした速度で色を変えていく。

これがいつ変わったか知覚できない遅さで変わるのだ。
夕焼けが夜に変わる瞬間が知覚困難なように、非常にスロウな変化が絶えず繰り返されていく。光の色も原色的などぎつい色のはずなのだが、箱の透過性でフォグが入る為か、目に痛くなく、ずっと見れてしまうのだ(ちなみに色には機能がある。分かりやすいのは信号機の色分けで、人間は赤や黄色は危険を、青や緑は安全を感覚的に認識しやすいのだそうだ(幼稚園などの帽子に黄色いものが多いのもこの理屈)。これらの機能を持つ色が絶えず移り変わっていくところに先述の「見え隠れ」が潜んでいると筆者は考える)。
これに加えて当然ながら部屋にはドローン強めのイーノ印アンビエントミュージックがずーっと流れているのだから、そりゃあぼーっと見入らない方が無理というものだ。

とはいえいつまでも見入っているわけには行かない。次第に主張してきた膀胱の違和感を処理すべく手洗いのある3階へ行き(この時に先述の「V. The Lighthouse」のシームレス感の凄さに気づいた)、その流れで「IV. Face to Face」の展示へ(これはアンビエント・キョートでの展示が世界初公開とのこと)。

こちらは「III. Light Boxes」と発想は同様なのだが、変化するのが光ではなく、人の顔。
モーフィングという技術はお分かりだろうか。人物Aの顔から人物Bの顔に少しずつ変わっていくアレである。
あれをこれまたゆーっくり、21人の顔からランダムにパーツ単位で変化させていくのがこの「IV. Face to Face」なのだが、これもホントにいつ何が変わったかが分からないのである!

「え〜っ?人の顔でしょ?流石に変化したら分かるんじゃないの?」と思うでしょう?
確かにじーっと見ていたら「ん?いまちょっと影が濃くなった?」とか「あっ、ヒゲがちょっとずつ生えてる!」などと気づくのだが、相当集中しないとまず気づけない。さらに言うと、このような感じで3枚の画面パネルがあるのだが、

真ん中の人の変化を捉えようと思い、真ん中を集中して見る。この時、左右のパネルも視界には一応入っている。ところが真ん中の変化を把握し、ふっと視界を左右に広げると、一応見えてたはずの左右の人が全く違う人に変わっているのだ!
「木を見て森を見ず」の言葉通り、1枚の変化に気を取られている間に残りの2枚が変わってしまうのを見逃してしまうし、逆に「森を見て木を見ず」もまた然りで、森、つまり3枚全部の変化を見ようとすると木、1枚ずつの絵の何が変わってたのかが分からなくなる(まるでイーノに「人間の知覚能力なんてそんなもんだよ」と言われている気分にすらなる。なお、この部屋にももちろん音が流れてるのだが、天井のコーナーに小型のステレオスピーカーが吊るしであるだけなのにボトムがとても力強かったのはお見事の一言(普通、吊るしはボトムが出ない)。部屋を一個のスピーカーボックスに見立て、部屋鳴りを上手く使うというのは確かに音響テクニックの一つなのだが、ここまで上手くやられると脱帽!)。

そして次に見た「II. The Ship」。これがよかった!
これは音が主体の展示なのだが、暗い部屋の中に入るとまず、真正面にオーディオスピーカーが積まれている。そしてその上にちょこん、と置かれているピグノーズアンプ!
おっ!と思って部屋の中を見回すとややっ!ギターアンプが3台も!(アンプを見ると血が騒ぐのはギター弾きのサガなのか(苦笑))

部屋を入り口から見て正面にヴォックス、右にフェンダーと思わしきツイード、左にJC-40(名機!私はJC-120よりこれが好き)がそれぞれ置かれ、それ以外にもあちこちにオーディオスピーカーが配置。

それら全てのスピーカーからイーノの「The Ship」という曲が流れてるのだが、その曲の構成音のパーツを部屋中に置かれたあちこちのスピーカーからパラで出しており、自分がいる場所で聴こえ方が変わるのだ(おそらくパンニングもオートメーションされているはず。ギターアンプもそのいちパーツであり、常時音が出ているわけではなく、時折アンプから音が出る、という使われ方だったことも記しておこう(思わずアンプに耳を近づけて確認してしまった私の姿はさぞ怪しかったであろう(笑))。

この、ギターアンプのところにスポットライトが薄く当たってるだけ、という本当に暗い部屋(入口に「目を慣らしてから、お入りください」と書かれているほど)の中で聴く「The Ship」が心底良いのだ。
曲自体はインナースペーシーなシンセと読経のような歌が繰り返される瞑想にはもってこいの曲なのだが、先述のとおり、立ち位置で聴こえ方が変わる為、大型スピーカーの近くに行ってみたり、ギターアンプそれぞれの前に行ってみたり、部屋を一周してみたりして、聴こえ方の変化を感じるだけで気づけば30分経っていた(音とは空気の振動であり、聴く場所で音が変わるということを身体で理解できるイベントは中々に稀有であり、こういうイベントでそれを理解する人が増えると音楽文化も変わっていくのではないか、と筆者は愚考する。読者諸賢もスピーカーがあるなら試しにスピーカーの真横や真後ろで聴いてみるとよい)。

この後に再度「III. Light Boxes」と「IV. Face to Face」を見てから1階の展示を見てないことに気づき、最後に見たのが「I. 77 Million Paintings」(これがイーノのインスタレーションとしては一番有名なのだとか)。
ここも「II. The Ship」同様、真っ暗の部屋。細い木の柱が立ち並ぶ中に大変座り心地の良いソファが並んでおり、それに座りながら壁に寄木細工様に組まれた映像パネルの変化を見る、という展示(まるで教会のステンドグラスの模様が変化していくようでまことに美しい)。
「III. Light Boxes」、「IV. Face to Face」同様にゆーっくりパネルの映像が変化していくのだが、チルアウトな音が流れており、ソファの座り心地も相まってぼーっと20分ばかり見入ってしまった(他の来場者の方に席を譲ることを考慮しなくてよいとかなら一日居られる自信あり。それぐらい気持ちいい)。

以上5つ。
全ての展示に共通するのは「体感時間のスロウダウン」。
全ての変化が「ゆーっくり」なのだ(「ゆっくり」では全く足りない。なんなら棒を3つぐらいにして「ゆーーーっくり」でもいいぐらいだ)。
体感時間の速度がここまで引き延ばされるアートも滅多にない。映画監督の押井守氏がヴェンダースの「パリ、テキサス」を例に出し、「観客の体感時間の流れをコントロールできるのは映画の特権的な機能だ」と仰っていたが、それに近いものを感じる(ついでにいえばイーノプロデュース作の残響の美しさ、あれも「音の面影をどのくらいの時間、どのくらいの量で残せばいいか、減らせばいいか」という時間感覚の発露といって良いだろう)。

これ、インスタレーション、展示というフォーマット故に可能なことではないのか?

体感できる音楽作品、映像作品、例えばコンサートや映画というフォーマットは基本的に始まった以上は終わらなければならない(つまり開始時間と終了時間は予め決まっている……と書くとうちの編集長に「(グレイトフル・)デッドはライブの終了時間なんか決めなかったゾ!」と言われそうだがありゃ例外(笑))。レコードなら再生の限界は各面の最内周だし、映画だって何時間も上映はできない(偶にあるけど)。
となるとイーノの今回の展示のように「ゆーーーっくり」した変化を味あわせるには時間が圧倒的に足りない(故にx時間内に収める為の編集作業が必要になるし、それによって作品がブラッシュアップされることも多々あるのだが)。
ところが展示というフォーマットは開場、閉場時間こそあるものの、来場者が作品に触れたところが開始地点で、帰る気になった時が終了地点。
どこから始めても、どこで終わっても構わないというインスタレーションの形式であれば、媒体に存在する限界、開始と終了の制約を排除することが可能になるーー

そう!アンビエントミュージックとは「環境」音楽!音楽単体ではなく、その音楽が鳴るのにふさわしい「環境」があって初めてアンビエントミュージックが完成する!なんてこった!アンビエントミュージックにこれほど似つかわしい形式があるか?

筆者も意識が音楽に偏りがちな為、アンビエントミュージックが「環境」を必要とすることが意識から抜けていたが、イーノはそもそもノン・ミュージシャン。
イーノの音楽面はこのインスタレーションに表れた表現方法の一面でしかないのだ(そういう意味でいうと、音楽だけでイーノを語るというのは片手落ちといってよい……我々これまで散々話してきたけど(笑)!)。

という訳で、アンビエントミュージックの本質を身体で体感できるアンビエント・キョート。是非おこしやす……と〆たいところだが「イーノで紐解くロックの歴史」を読んでくれていた方の為にそこに最後に触れよう。

会場では「イーノショップ」と銘してグッズも販売されている(作品目録本、Tシャツ、トートバッグにLP、CD、なんと落雁で今回の展示のメイン図案を再現した和菓子まで!なお、私が行った日はトートバッグが品切れ。和菓子は悩んだ末、買わなかった……次回は買おう(笑)。冒頭でも述べたが、イーノの意向(イーノはエコ活動推進家)で買物袋は会場にないので、袋必須)。
せっかくだからTシャツと目録ぐらい買って帰ろう、と思って寄った私だが、そこで先程の「II. The Ship」のLPを発見!喜び勇んで購入したのだが(一緒にディスクリート・ミュージックの12インチ45回転2枚組とTシャツと目録も買っちゃった(笑)!)この「The Ship」の最後でベルベッツの「I'm Set Free」をやっているのだ。
マシュメガネ対談「イーノで紐解くロックの歴史」の始まりが何だったか覚えておられるだろうか。そう、ベルベッツである。

やっぱりイーノのビッグバンはベルベッツだったのだ。
会場案内の裏に「ありきたりな日常を手放し、別の世界に身を委ねることで、自分の想像力を自由に発揮することができるのです。−−ブライアン・イーノ」と書かれている。
まさに「I'm Set Free」ってことだ。

音楽は歴史の連なりであり、どんな音楽にも親がある。それはベルベッツであり、ビートルズであり、ブルースであり、ジャズであり、バッハやモーツァルトであり、もしかしたら心臓の鼓動かもしれない。
さあ読者諸賢!「ありきたりな日常を手放し」、「別の世界に身を委ね」、「自分の想像力を自由に発揮」しようじゃあないか!

ではまた次回!ハウリンメガネでした!


明石のブルースマン「ハウリンメガネ」が贈る!「どこまでもヴァイナル中毒」(第45回)「ドナルド・フェイゲン/ナイトフライ」

2022-05-28 15:58:29 | 「ハウリンメガネ」の「ヴァイナル中毒」&more

ハイ!読者諸賢!ハウリン・メガネである。
本来なら毎月最終土曜日は編集長と私の「マシュメガネ対談」がスケジュールされているのだが今月は諸般の事情により来月第二土曜掲載予定に変更。入れ代わりで毎月第二土曜連載の当コラムが今回に回る形と相成った。ご容赦願いたい(ま、入れ代えた理由は前回の対談をご覧頂いていれば予想はつくでしょう。来月をご期待あれ!)

では早速今回のお話だ。
突然だが、皆様方、家で音楽を聴くときにどんな聴き方で、どんな格好で聴いているだろうか。
ソファでくつろぎながらヘッドホン?ベッドの上でイヤホン?それはそれで構わないが私はスピーカーで空気を震わせた音を聴きたい男である。
ヘッドホンやイヤホンで聴く人の気持ち、環境の問題も分かるが、個人的に音というのは多少スピーカーと耳の距離を離した方が気持ちいい音になり易いように思う。ギターアンプもそうだが、空気の振動する空間を置くことで響きが豊かになるように思うのだ。
そしてそんなスピーカー派の人間にとって問題となるのが己のポジショニングの問題である。
いつも同じリスニングポジションをキープする為にスピーカーのど真ん前云メートルに椅子を固定しているようなオーディオマニアの人は置いておいて、私のようにスピーカーの前で聴いたり、立ってギターを弾きながら聴いたり、聴きながら「あ、コーヒー飲みてぇ」と、コーヒーを淹れに立ったりとフラフラしてしまうタイプにはどの場所で聴いてもある程度バランスよく聴こえるようにしたいわけだ。
となるとスピーカーの前が一番ベストのポジションとして、それ以外の位置で聴いたときもある程度良く聴こえるようにスピーカーを配置すべきなのだが、面倒くさい事に盤によってローが強かったり、繊細な音が多かったりと振れ幅が大きいせいで一概にここでOK、という判断が中々できない(スピーカーの置き場でローが強くなったりするんです
、ホント。壁の近くとかね)。

そういう時にプロの音響屋さんが鳴らすのが「リファレンスディスク」というもの。
これは「これを鳴らしてバランスを整えればどんな曲が流れても大体OK」という基準にできる曲、アルバムのことで、そんな中でも定番作品として有名なのが……

ナイトフライ/ドナルド・フェイゲン

でございます!

はい、スティーリー・ダンの片割れ、ドナルド・フェイゲンの1stソロアルバムですが、この作品、リファレンスディスクとして業界内では定番中の定番となっているほどバランスの取れたミックスがなされた作品で、私も部屋の模様替えをした際には大体こいつを回しながらスピーカーの配置を考えております
(なおスティーリー・ダンのエイジャ、ガウチョもリファレンスディスクとしてよく挙がる作品)。

曲はスティーリー・ダンでもお馴染み、フェイゲン印の超クールなAORなのだけど、とにかく各パートのバランスが美しい。
ラリー・カールトン、リック・デリンジャー(g)、アンソニー・ジャクソン、マーカス・ミラー、エイブラハム・ラボリエル(b)、ジェフ・ポーカロ、ジェイムス・ギャドソン、スティーヴ・ジョーダン(dr)、マイケル・ブレッカー(sax)といった一流セッションマン達の音をパズルのように組み立てたこのアルバムは各パートの音がきちんと整頓されつつも、スタジオの空気をまるっと集音したように全ての音が小気味よく鳴るといういぶし銀の魅力溢れる唯一無二の作品となっとるわけです(これ、実は無茶苦茶難しい事で、マットな音色をマットなまま気持ちよく聴かせたり、派手になりがちな音(例えばホーンセクション)を派手さは活かしつつ喧しくならないようにしたりというのは本当に限られた作品でしか聴けないんですぞ。ちなみにスティングのナッシング・ライク・ザ・サン辺りもそういう音作りでバランスもいいんだけど、圧が強めでリファレンスとしてはナイトフライのほうがベターというのが個人的な見解)。

アルバムとしても超良作であり、それだけでも推せるが、ここは是非スピーカーを鳴らして私のいっている事を体感して頂きたい。
これで調節するとホントにバランスよくなるから!

以上、ちょうど部屋の配置を見直していたハウリンメガネでした。

さらば諸君!また次回!

《ハウリンメガネ筆》


ハウリンメガネの『スーパーギタリスト列伝』 (五人目) 「ジョン・フルシアンテ」でレッチリ完全復活!!

2022-05-14 17:20:17 | 「ハウリンメガネ」の「ヴァイナル中毒」&more

He is back!

もう皆様聴いただろうか?
今年頭に飛び込んできたニュースリリースに歓喜した方も多かろう。
ジョン・フルシアンテ復帰後のレッド・ホット・チリ・ペッパーズ、満を持してのアルバム発売である。

2019年末、突如「ジョン・フルシアンテ、RHCPへ復帰」が大ニュースとなるも、復帰後のライブ映像もほぼ出回らず、ファンをやきもきさせた彼らだが、今年の4月1日、ついに新作「アンリミテッド・ラヴ」をリリース(私?当然アナログで買いました)。

現代において最も影響力のあるギタリストの一人であるジョン・フルシアンテ。
筆者も御多分にもれず彼のことは大好きで昔から追いかけているギタリストの一人である。
スーパーギタリスト列伝、今回はRHCPの最新作にしてジョン・フルシアンテ再復帰第一作となる「アンリミテッド・ラヴ」を題材に最新のジョン・フルシアンテとその変化について考察してみよう。

まず、今までのジョンのプレイについて。
ジョンは「白いジミヘン」の異名を持つとおり、ファンク、ブルースロックフィールの強いギタリスト。
元々RHCP初代ギタリストのヒレル・スロヴァクの大ファンで、ヒレル亡き後のRHCPに加入できたのはヒレル直系のプレイヤーだったからといってもいい。
マザーズ・ミルク、ブラッド・シュガー・セックス・マジックの頃のジョンが弾くギターはまさにヒレル直系といっていいファンキーかつパンキッシュな奔放なエネルギーに満ちたロックギターで(といってもこの頃からすでに後に通じるメロウなプレイも多分に含まれている)、この頃のアルバムをRHCPの最高傑作に挙げる人も多い。

その後、ショウビズ業界でのストレスからドラッグ中毒に陥って一度目の離脱(この前後にソロアルバムを2枚出している。2ndについては「クスリを買う金欲しさに出したんだ。今では後悔している」と語っているがジョンのメロディセンスの良さが剥き出しになっており、私は好き)。

1999年にフリーを筆頭にした友人達の助けを得てドラッグ中毒を克服しRHCPへ復帰。第一作のカリフォルニケイションでは味のあるメロウなプレイを強く打ち出したが、二作目のバイ・ザ・ウェイから一気にクリエイティビティが爆発。脱退前のハードさから復帰後のメロウさまで縦横無尽に行き来し、三作目のスタジアム・アーケディウムでは大量のエフェクトを駆使した複雑なサウンドテクスチャを構築。
一体どこまでいくのだろうか、と思った矢先、自身の音楽を追求したいとの理由で再度の脱退をしたのが2009年。
以降はエレクトロミュージックの世界へとのめり込んでいき、このままそっちの方向へ走っていくのかしら、と思ったところに今回の再復帰である。

10年の時を経てジョンはどんなギタリストになったのか、ドキドキしながら盤に針を落とした私。
ここからは今作で気づいた変化を箇条書きで拾っていこう。

・ギターリフで引っ張らなくなった
過去のジョンはカッティングにせよコードにせよフックのあるリフ的なフレーズで楽曲を引っ張っていくことが多かったが、今作では「A3.Aquatic Mouth Dance」のようにワンノートカッティングの繰り返しだったり、コードも白玉で伸ばすなど、耳を引っ掛けるのではなく、耳に残りつつもさらりと流れるようなフレージングが多い。「B3.It’s Only Natural」でのコード一発をディレイで飛ばすような間を活かしたバッキングもクール。

・過剰にエフェクティヴなプレイがなくなった
スタジアム・アーケディアムに比べてエフェクティヴな音がほぼ無くなっている。特にシーケンスフィルタ系のエフェクトは皆無。おそらくスタジアム〜でのジョンはエレクトロミュージック的なものに心が寄っており、その発露がシーケンスフィルタ系エフェクトの多様だったのだと思われる。
今作では「A1.Black Summer」で聴けるトレードマークのBOSS CE-1と思わしきコーラス・ヴィブラートサウンドや「C5.One Way Traffic」でのショートリバーブを活かしたカッティングなどジョンらしいエフェクトは聴こえるが、あくまで楽曲の彩りとして使っており、派手なエフェクトを前面に出した音はない。本人もインタビューで語っているが自身の音楽的欲求を出したいというエゴイズムがなくなり、よりバンドと溶け合おうという意識がこの音作りに出ていると思う。

この流れでもう一点。

・ワウがジェントルになっている
ジョンのワウといえばIbanezのWH10(私も再発のv3ですが持ってます)であり、「ワウワウ」というより「ギャウギャウ」というべき攻撃的なワウサウンドがジョンのワウサウンドだったが、今作でのワウプレイはとかくジェントル。
「B1.Poster Child」や「D2.Let‘Em Cry」でのワウプレイは柔らかく音を滲ませるような使い方に終始しており、これまた楽曲の呼ぶ音に合わせて自身の音を変えた結果であろう。

・歪みの質感が変わった
今作は基本的にジョン印といえるオールドマーシャルと思わしきナチュラルなクランチトーンが大半を占めるが、「C1.These Are The Ways」の中間部で聴けるヘヴィなバッキングなど強く歪んでいる箇所もある。
過去のジョンであればBOSS DS-2でのハイミッドが強調された粒子の細かいディストーションで弾きそうな箇所なのだが、今作では逆にローミッドの強調された粒の粗いファジーなドライヴトーンで弾いている。
またこれに関係するのか、ギターソロで使う音がウーマントーン寄りになっている。特に「B4.She’s A Lover」のエンディングでのギターソロはワウを踵側に踏んでいるような音でいなたく太いイイ音をしている。

そしてこれがここまで書いた要素の根底となる最重要なポイントなのだが、
・フリーとのコンビネーションが抜群によくなった
これに尽きる。

スーパーギタリスト列伝なのでここまでジョンの話に終始してきたが、実を言うと今作の主役はフリーだといっていい。明らかにもう一段上手くなっている。
今作でのジョンのギターがシンプル・イズ・ベストなプレイになっているのはフリーのベースラインが素晴らしいからだ。
ベースラインだけでコード進行を表現しつつ、ボーカルとギターのカウンターメロディを入れ、ドラムと一体となりバンドを前進させていくとんでもないプレイの嵐である(元々バケモノ級に上手いベーシストだが今作はフリーの最高傑作といってもいいくらい上手い)。
フリーのベースが楽曲の土台を支える(ボトムを支えるとかそんな話ではなく、本当に楽曲の根底をベースが支えている)ことでジョンのプレイが輝きを増す。
いいベーシストはギタリストの魅力を倍加させる。

総じて今作でのジョンの印象を一言で表すならば「一皮剥けた」。
思うにバイ・ザ・ウェイ〜スタジアム・アーケディウムでのジョンは自身の音楽的欲求(エゴイズム)をすべてRHCPにつぎ込んでいた。
それはある意味でRHCPをジョンの色に染めるという事であり、実際フリーはバイ・ザ・ウェイの製作中にジョンと衝突が絶えなかったと語っている。
その結果、友好的な決別だったもののジョンはバンドから離脱。RHCPは新たにジョシュ・クリングフォッファーという才能あるギタリストを迎えたもののやはり何かが違うことを隠せなかった(個人的にジョシュと作った2枚も良作だと思うし、ジョンがドラッグ問題で離脱した後、デイヴ・ナヴァロ(ジェーンズ・アデクション)を迎えて出したワン・ホット・ミニットも味わいは違えど良作だと思っているが、今作でやはりジョンはRHCPのギタリストとして別格、ヒレルと並ぶマスターピースであることが証明されたと思う)。
そんなジョンとRHCPが10年の時を経て、エゴイズムを捨てることに成功した結果が今作には現れている。

「アンリミテッド・ラヴ」、無制限の愛とはよくぞ名付けた。
全ギタリスト、全ベーシスト、全ミュージシャン必聴の名作。
ギタリストたちよ、やはり愛だ!無制限の愛が音楽を深化させる!
聴け!買え!アナログで!

さぁ、もっかい回そうっと。
じゃ、また!

22/5/14追記
なんてこった!昨日発売のギタマガ
(ジョン・フルシアンテ大特集号)を買ったら本人インタビューで筆者の予想より面白いアプローチをしているのが判明!


特にオーバーダブで使われたギターや今回のアプローチに至るまでの意識の流れなど
「え!そうだったのか!」の連続!
こっちもマストバイ!

《 ハウリンメガネ筆 》


明石のブルースマン「ハウリンメガネ」が贈る!「どこまでもヴァイナル中毒」 (第44回) 「アラン・ホールズワース」編

2022-04-09 16:11:33 | 「ハウリンメガネ」の「ヴァイナル中毒」&more

3月某日。
最近気に入っているコーヒー豆の買い置きがなくなりそうなことに気づき、神戸三宮へ(最近の三宮は再開発の絡みで店舗の開閉店が多く、景色の変化が激しい)
JR三ノ宮駅の地下街(「さんちか」という)を抜け、目当てのコーヒーショップで目的の品を購入。
さて、到着早々に目的は果たした。となれば後はふらふらと街を歩くだけ。

皆様ご想像の通り、私の歩くルートなんぞ楽器屋、本屋、レコード屋のあるポイントを気ままに往くだけだからまあ、ただの散歩だ(とはいえルート上にあるお高いぶちっくのウィンドウを横目に、へぇ、洒落た服だなぁ、と独りごちたり、海沿いを歩きながら考え事に耽ったりする時間はこれはこれで個人的に大事な時間だったりするのだけれど)

この日もそんなルートを頭に浮かべ、まずは、と一番最寄りのいつも覗いてるレコード屋へ足を向ける。
先々月も書いた気がするが去年のクリムゾン公演からプログレ熱が冷めない私。まあないだろうと思いつつも、なまはげ気分でマグマはねえがぁ、エニグマはねぇかぁ、アラン・ホールズワースはぁ……

……アラン・ホールズワースがあるでねえが!

はい!前置きが長くなったが今回はコレ!
「メタル・ファティーグ/アラン・ホールズワース(85年日本盤来日帯付)」
(いや、労を惜しむべからず、とはまさにこの事。中古レコードはまさに一期一会。運を逃すと知らぬ間に入って知らぬ間に売れてしまう。読者諸賢も店頭でほしい盤を見つけたらとっとと買ってしまうことをお勧めしておく。ちなみに私がたまに「なまはげ気分」になるのは学生時代のバイト先のオーナーご夫妻が東北の方だった影響。閑話休題)

アラン・ホールズワース。
超絶技巧かつ唯一無二のスタイルを持つギタリストであり、世界中のギタリストからミュージシャンズ・ミュージシャンとして敬意を払われるも、商業的なヒットに恵まれず、ギタリストであれば一般教養として知っていても、一般リスナーまでは中々届かない、不遇の天才ギタリストであります(ん?スーパーギタリスト列伝と被るな。まあよかろ)。

有名どころだとジョン・ウェットン、ビル・ブルーフォード、エディ・ジョブソンとのバンドであるUKや、カンタベリーロックの大御所であるソフト・マシーンやゴングなどでの活動が挙げられるが、どのバンドも1〜2枚のアルバムに参加しては脱退(穏やかな人柄だったと云われているが、どこか孤絶したところもあったのだろう)。
そんな彼がバンドへの参加という方法を止め、自身のサウンド全開にして作ったソロアルバムの3作目(正確には4作目だが1stは本人が「あれはレコード会社の意向に弄くられたものであり、私の作品として認めない」とまで言っていたそうなので3作目としましょう)がこの「メタル・ファティーグ」だ。

先に白状しておく。
筆者、そこまでホールズワースファンではなかった。UKでのプレイはあまりピンと来なかったし、近年のソロアルバムを2、3枚聴いて「好みだけど熱心に追いかけるほどでもない」というのが正直な感想だった。
で、「メタル・ファティーグ」だが……

俺が悪かった!

1曲目、表題曲の「メタル・ファティーグ」。ド頭からピッチシフトをかけたと思われる、捻じくれたサウンドの異次元的なギターリフが耳と脳ミソを叩き起こす!
なんじゃこりゃ!と耳を集中させたとたん、ギターの音は急にまるでシンセパッドのように柔らかく浮遊感のある幻想的なコードバッキングへ変化し、ゲスト参加したポール・ウィリアムスのボーカルと繊細に溶け合う。そしてまた先述の異次元サウンドリフと往復を繰り返し、クールな印象のまま熱量が上がっていく!
アタックを感じさせない、歪んでいるようで歪んでいない不思議な音色でまるでジョン・コルトレーンのサックスの如く埋め尽くされる音、音、音。かなりの音数を詰め込んでいるはずなのにそれが全く気にならず、トリッキーなはずなのにメロディアスなギターフレーズは頭を混乱させながら不思議な快感に満ちている。
ザッパ門下のチャド・ワッカーマン(dr)と名セッションマンであるジミー・ジョンソン(b)のプレイがまた冴えており、ホールズワースのプレイと呼応するクールかつメロディアスな見事なコール・アンド・レスポンス。

B面はメンバー違いで10分超えの大作「ジ・アン・メリーゴーランド」を含めた2曲。こちらもまたテクノ的でリズミックな単音リフに異常に伸びやかなギターが展開、展開、また展開で混乱と快感をもたらした後にポール・コーダのゲストボーカルの混じったクールな歌もので〆るという構成が心憎く、A、B面を何度もひっくり返して聴きたくなってしまう。
いやぁ、大変申し訳ないことをしていた!フリップ先生が褒めていた理由がやっとわかった!(というか先生がフリッパートロニクスからサウンドスケープへ移行したのは確実にホールズワースの影響ですな……)

この盤、朝、寝起きに聴くと妙にハマる。
エンジンのかかっていない頭で捻じくれたギターリフと冴えたリズム隊を聴きながらコーヒー豆を挽き、濃く入れた熱いコーヒーを飲みながら浮遊するようなギターに耳を傾けていると不思議と気分よく目が覚めてくる……

やっぱりコーヒーも音楽媒体もブラックに限るってね!(どっとはらい)
……じゃ、また!
あっ、そんな冷たい目で見ないで……

《ハウリンメガネ筆》


ハウリンメガネの『スーパーギタリスト列伝』 (四人目) 「ポール・マッカートニー」 (ポールはジミヘンなのか?)

2022-03-12 15:46:21 | 「ハウリンメガネ」の「ヴァイナル中毒」&more

やってまいりました、
スーパーギタリスト列伝、第4回。
お相手はいつもの如く私、ハウリンメガネ。

チャック・ベリー、ジョン・レノンと続いた当連載ですが、今回のテーマはこの並びで来たからには外せないこの方です。

ダララララララ(ドラムロール)……ダン!
ポール・マッカートニー師匠でございます!

はい!ご異論のある方もおられるかもしれませんが、前回のジョン同様「ギタリスト」として論じられる機会があまりない印象のポール師匠。

勿論この人はギタリスト云々の前にマルチプレイヤーなのでスーパーギタリスト、というよりスーパーインストルメンタリストと呼ぶほうが正しい気もしますが、そもそもビートルズのデビュー直前までメインの担当楽器はギターであり、ビートルズ時代は勿論、ソロ以降もギターを弾く頻度は高く、ここは敢えて「スーパーギタリスト」としてのポール師匠について語ってみようというのが今回の趣旨であります。

(というか、エレキベースだってそもそも「エレクトリック・ベース・ギター」であり、ギターのように横に構えるベースはすべからくベース・"ギター"なのだからギタリストと呼んでもいいでしょう(詭弁)!
ちなみにフェンダーが世界初のエレキベースであるプレシジョンベースを発表するまでベース=アップライト(コントラバス)であり、当時のレコードのパート表記にわざわざ「fender bass」と記されることがあったのは「このレコードではアップライトベースじゃなくてフェンダー・エレクトリック・ベース・ギターを使ってるんだぜ!」というある意味での宣伝(自慢?)なんですな)

閑話休題。
スタジオ盤でのプレイについては色々な媒体で触れられているのでここでは、近年のライブ映像からポールのスーパーギタリストっぷりを考えてみましょう。

というわけで今回のブツ。
「ポール・マッカートニー スペイン マドリード May 30 2004」

はい、例によってブートではございますが、実はこれ、プロショットの流出らしく、ほぼ全編、ポールはもちろん、現マッカートニーバンド全員の手元がいい画質で撮られており、ギタリスト、ベーシストは当然として、バンドマンの勉強に最適な強烈な一本となっております。

まずはポールのピッキングから。
ギターを構える位置こそ低いが、ピッキングはジョンとクリソツ(笑)!
勿論細かい違いはありますが、手首の使い方なんかは凄く似ている。ブリッジ近くに手首を引っ掛けるようにし、センターからちょいとリアに寄るぐらいの位置で弾いているのがポールスタイル

(エレキのときはピックアップもリアをメインにソロでフロントに倒したり。そういう動きがちゃんと写ってるのホントに貴重なんです……)。

そしてコードフォーム。
前回、ジョンの項でも触れたが、ポールもジョン同様に響きを選んでコードフォームに変化を加えており、ちょいちょい「あれっ?」となるコードを使っている
(ジョンと同じフォームもあるので、やはりこの二人は影響しあっていたのだなぁというのがよくわかる)。
そしてポールはバレーフォームをあまり使わず、ローポジションでのフォームのままハイフレットへ横移動させることが多いのだが、ここが肝。
例えばEからGへ移動するとしよう。

バレーコードを使う場合、人差し指でセーハすることになる。

だが、ポールの場合、Gをこのように押さえる。

そう、親指で6弦を押さえているのだ。
これによってフリーになった人差し指で他の音を加えることが可能となる

(例えば1弦2fで7度を足してGM7にするなど)。
これがポールとジョンのコードのカラフルさの肝の一つである。

(ちなみに筆者の手のサイズだと親指で押さえるのは困難なのでミュートになってしまう(苦笑)。身長の低さなんかは早めに諦めがついたが、ここだけは未だに「延びねえかなぁ〜」と指を引っ張ってみたりする(笑)

そして面白いのはギターソロ。
こちらはバッキングと逆であまり横移動を用いない。むしろポジションは固定し、縦移動(弦間の移動)でストレートにペンタトニックを基調にして伸びやかかつグッドメロディなリードを聴かせてくれる!

(ちなみにこの映像で使われたエレキはレスポールのみ(おそらくリンダさんからプレゼントされたという60年製のレフティ)。歪みは強いがコードが崩れないグッドドライヴトーンでバッキングからリードまでゴキゲンなレスポールサウンド。レスポール弾きには勉強になるのでは?)

さて、ここまで読んで
「あれ?今コイツが書いてる特徴、どこかで聞いたことがあるような?」
と思ったあなた、イイ勘してる。

・親指押さえでフリーになった指を使ったカラフルなバッキング
・縦移動のペンタトニックを主体としたグッドメロディなギターソロ
・レフティ

そう!この特徴、
ジミ・ヘンドリックスと同じなのだ!

筆者の勘だが、この共通項、ジミとポールが影響しあったのではなく、元々似たタイプだったのではないかと思う。

勿論生前のジミと交流があり、近年のライブでは必ず「フォクシー・レディ」でジミへのリスペクトを欠かさないポールと、当時からビートルズのカバーをライヴでプレイ(それもアルバム発売日から数日後にポールの目の前で)したジミだから互いに少なからぬ影響を与えあったのは間違いないと思うが、クラプトンやジェフ・ベックが受けたジミヘンショック(当時イギリスデビューしたジミのプレイにノックアウトされた二人は引退すら考えたという)をポールには感じないのだ。

これ、もちろん当時のポールのメインパートがベースだったという要素は多少あったかもしれないが、それ以前に「あっ!僕と同じタイプだ!」という、親近感が強かったからではないか?というのが筆者の想像だ。
つまり……ポール・マッカートニー=イギリスのジミ・ヘンドリックスだったのだ!
(な、なんだってー!)

そう!ポールという天才はギタリストとしても別の天才に匹敵する才能だったというのが今回の結論だ!
(しかもあなた、ポールはこれに加えて作曲も凄けりゃ他の楽器までやれちゃって、齢80近くにして2時間超えのステージをこなすんですから、こりゃやっぱりスーパーギタリストだのスーパーベーシストだのではなくスーパーミュージシャン、超人の類ですな)。

という我ながら行き着いた際に愕然とした結論をもって今回のスーパーギタリスト列伝、お開き!
また次回!

《ハウリンメガネ筆》


明石のブルースマン「ハウリンメガネ」が贈る!「どこまでもヴァイナル中毒」(第43回)《ペダル・スティール・ギターの王者 / ロイド・グリーン編》

2022-02-12 11:09:43 | 「ハウリンメガネ」の「ヴァイナル中毒」&more

コバイア!(挨拶風に)
昨年末のクリムゾン来日以降
どうにもプログレ熱が続いている…
ハウリンメガネである。

「そういえばマグマはちゃんと追ってなかったな……」やら
「フリップ先生はアラン・ホールズワースを褒めてるんだよな……UKでのプレイはあんまり好みじゃなかったけどちゃんと聴くべきか……」やらで
ついついレコードを掘りに行ってしまう
(といっても世情に合わせて程々にだが)。

もちろんマグマなんてそう簡単に見つかるものではないし、ホールズワースですら中々なく、空振りの可能性のほうが高い…(というか十中八九ない)し、今どきネットでちょいと検索すればいくらでも通販できてしまうのだが、本屋とレコ屋と楽器屋は実店舗に足を運んでこそ、人生が楽しくなると信じて疑わないのが私である。

目当ての品を買うだけなら通販でいいのだが、
本もレコードも楽器も目当ての品を探す途中の
「寄り道こそが未知の何かと遭遇するチャンス」
であり、はっきり云えば寄り道の方こそが重要なのである!
(だから長居になる……逆に服屋なんかは10分も居ればいい方。編集長にツッコまれそうだが(苦笑))。

そんなわけで
「マグマはねぇか〜」
「ソフト・マシーンはいねが〜」
などと、秋田風にうろうろしている私だが、
先述の通りそんなもん簡単にあるわけがない。

結果として
「チッ……しけた店だぜ(注・しけてません)」
だの「プログレコーナーはもっとデカくするのが当然だろうが(注・当然じゃありません)」だのと暴言を脳内で呟きつつ視線は既に他のコーナーへ。

「……あっ、スリーピー・ジョンが!ややっ!こっちには曲名がジャケットに手書きの謎のジャンプ・ブルースコンピが!いやぁ!いい店だなぁ!」と先程の暴言はどこへやら猛スピードで掌を回転させる私(大阪・神戸は何故かブルースのおいしい盤が結構見つかるのだ。ちなみに姫路の方だと何故かメタル、ハードロックが多い……文化の違いは不思議だなぁ)。

とまあ、ルーツもののコーナーで
「なんだコレなんだアレ」とやりがちな私が先日「なんだコレ?」で見つけたのがコチラ。

「ペダル・スティール・ギターの王者/ロイド・グリーン(75年、日本盤)」

ペダル・スティール。


6本以上の弦(標準的なもので10本、ダブルネックでは20本以上)をオープンチューニングで張り、足元と膝に位置する機械式レバーで音程を自在に操りながら滑らせる、スライドギタリストなら一度は興味を持ったことがあるであろうこの楽器は「デカい、重い、お高い」という三重苦をそなえながらもその魅力的なサウンドからカントリーやゴスペルで多様されている
(貧しい教会がオルガンの代わりに購入することも多いそうな)。

ご存知の通り「滑らせないやつは半人前」が合言葉のジェリーズ一派である私。
「ほほう、ペダル・スティールの王者……」
といそいそとレジへ。
帰宅後、どんなもんかね、と盤に針を落とす。

ギャッ!超ゴキゲンのカントリー!
重心の低いベースに小気味よいドラム、出すぎず退きすぎず抑揚の効いたピアノ、バンジョー、フィドル。アーシーなバンドサウンドに伸びやかなスライドが歌う歌う!

それもそのはず。
不勉強で知らなかったが、このロイド・グリーンさん、ナッシュビルでもトップクラスのセッションマンで、バーズ、ジョニー・キャッシュ、ボブ、ポール、リンゴの作品にまで参加!

その腕前は本物で、メロウなバラードでの柔らかなリードからアップテンポのダンスチューンでの力強い、ミュートの効いたリズム、果てはサックスのようなファズトーンまで自由自在、縦横無尽、まさに「ペダル・スティール・ギターの王者」という邦題に相応しいプレイの宝庫!
(バンドの出来も凄い。ナッシュビルには凄腕ミュージシャンが多いというがさもありなん)

マグマを探してロイド・グリーンに出会う、
と、我ながら「なんでそうなるの?」という展開だが、これこそが”寄り道”の醍醐味。
こんな名盤でも寄り道しなけりゃスルーしてしまっていたわけだ。

アナログというのは一期一会。
気になったら買え!聴け!
偶然の出会いにこそ面白みがある!

以上、寄り道しても結局ルーツミュージックを買ってしまいがちなハウリンメガネでした。
御粗末!

《ハウリンメガネ 筆》


ハウリンメガネの『スーパーギタリスト列伝』(三人目)「ジョン・レノン」(ジョンから学ぶギターのイロハ!)

2022-01-08 14:32:07 | 「ハウリンメガネ」の「ヴァイナル中毒」&more

読者諸賢、お待たせ。ハウリンメガネである。
筆者が「クリムゾンの来日公演レポート↓」を優先したため

https://blog.goo.ne.jp/12mash/e/da7d09050a49e6e18f981ed2b0fbeb7d

一月遅れとなったが、今回は「スーパーギタリスト列伝・第3回」である。

第一回はSRV

https://blog.goo.ne.jp/12mash/e/47543d07ea0fe4e414fdf8b3058db747

前回はチャック・ベリー

https://blog.goo.ne.jp/12mash/e/6d0c1d7a111e8f9c1a1a02063cc177fd

そしてチャック・ベリーに影響されたスーパーギタリストといえば……
ジョン・レノン!

(ジョンはベリーからの影響を公言して憚らなかったギタリストであります)

……いま
「ジョンは"スーパー"ってほどのギタリストじゃないだろう」
という顔をしたあなた、そう、アンタのことだよお客さァァァん!
「ギタリスト、ジョン・レノン」をナメちゃいけない。
リードプレイやギターソロで輝くプレイヤーばかりが
「スーパーギタリスト」ではない。

「僕はテクニック的に上手いギタリストではないけど、バンドをドライヴさせることにかけては一流なのさ」

とはジョン本人の言だが、
この言葉こそがジョンがスーパーなギタリストであることを示している。
そう、ジョンはバンドをドライヴさせるギターを弾かせれば天下一品なのである。

ギターの最重要な仕事はリズムギターだ。
ドラムのリズムを強化し、時には変化をつけ、
ベースと協調してコードで楽曲を彩っていく

(特にピアノがいない場合はギターがコードを一手に担うため、リズムギターがなければ楽曲自体が成立しない)

ジョンはこのリズムギターが抜群に上手い。
「I saw her standing there」や「A Hard day's night」の
キレッキレなチャック・ベリー直系のバッキング、
「Taxman」のベースとのコンビネーションと間を活かしたプレイ、
「Any time at all」でのソリッドなアコギなど、
言葉通りにバンドをドライヴさせる
「ジョンのリズムギターなくしてビートルズなし」
といえるリズムギターがわんさか聴こえてくる。

このリズムプレイにおいて重要なのがジョンのピッキングフォーム

ジョンは右肘がボディエンドに触れる高い位置で抱え込むようにギターを持ち、
肘は固定した状態で、手首の最小限のスナッピングで弾いているのだが、
これがとても重要なのだ。

ギターというのは力いっぱいピッキングするといい音が出ない!

(アタックが強すぎるとピッキングノイズの強い、ガチャガチャした音になってしまう)

むしろ力は可能な限り抜き、軽やかに弾くのがいい音を出すコツなのだが、
ジョンのフォームであれば、肘と手首の位置を固定することで
手を振り下ろすことがなく、手首のスナップで弾くので力も最小限になる。
とても理に適ったフォームなのだ!

(また、このフォームでコツを理解すれば低い位置でギターを構えても無駄な力を入れずに弾けるようになる)

バンドをドライヴさせるスーパーリズムギタリスト、
それがジョン・レノンだ!……と、話を〆てしまいそうになるが、
これだけではキース(・リチャーズ)やピート・タウンゼントと
なにが違うのかという話になってしまう。
もう一つのジョンのスーパーな点、そしてキースやピートとの最大の違い、
それがジョンのコードボイシングだ。

例えばローポジションでC コードを弾く時、
一般的なフォームはこうだ。
(写真)

だが、ジョンはこう押さえる。
(写真)

C コードの構成音はC(ルート)、E(3度)、G(5度)で、
一般的なフォームであれば5弦から1弦へ順に
CEGCE、ルート、3度、5度、1度、3度となる(6弦はミュート)。
だがジョンの押さえ方だと、ECEGCGとなり、3度がボトムに、5度がトップにくる。
つまり、C/Eのオンコードかつ、最高音がGとなるわけだ。


同じC コードでも音の並びが変わるだけで響きは大きく変わる。
そして、ジョンはこの音の並びが独特で、
これがジョンのバッキングのカラフルさに繋っているのだ。 
この独特なボイシング、ジョンはどうやって身につけたのか。

無論、彼の才能と努力もあるし、ポール、ジョージという
スーパーギタリストと切磋琢磨したことは大きな要素だろう。
だがもう一点、重要なポイントがあると筆者は推測する。
それは彼がギターを始める前、実母のジュリアから教わったと言われる
バンジョーの影響である。

5弦バンジョーは一般的には5弦から1弦へGDGBDとチューニングする

(ギターのオープンGチューニングと同じ並び。他にも4弦のテナーバンジョーではCGDAの5度チューニングが一般的らしい。そういえばフリップ先生提唱のニュースタンダードチューニングはCGDAEGでこれも5度チューニング(1弦だけ短3度だが)。閑話休題)。

ジョンとポールがつるみだした頃、
ジョンがギターをバンジョー同様のチューニングで調律し、
バンジョーのコードで弾いていたのは有名な話だが、
ジョンの独特なコードフォームはこのバンジョーのチューニングから来ているので
はないか?

やった人ならわかると思うが、オープンチューニングというのは
レギュラーチューニングとは異なる独特の響きがある。
先に述べたように同じコードでも音の配列が異なるからだ。
耳の良いジョンが

「このコードはギターのフォームより、バンジョーのフォームで弾いた響きの方がクールだ」

と考えてもおかしくない。

チャック・ベリー直系の右手とバンジョー経由の左手が
ジョンのギタリストとしての特異さだ。
そしてその二つがジョンという才能の中で結びつき、
ポール、ジョージ、リンゴという才能たちと合わさった結果が
ビートルズをドライヴさせ、楽曲をカラフルに彩った!
そんなジョンのリズムギターである!

ほ・ら!
やっぱりジョンは"スーパー"なギタリストでしょう!

前回のチャック・ベリーもそうだったけど、
ソリストばかりがスーパーギタリストじゃないんですよぉお客さァァァん!

この「スーパーギタリスト列伝」では
今後も様々な角度での"スーパー"なギタリストについて書いていくので
そのあたり、御承知の上でよろしく申し上げる!

ではまた次回!ハウリンメガネでした!

《 ハウリンメガネ筆 》


ハウリンメガネ特別寄稿!「キング・クリムゾン大阪公演 2 Days」を、渾身の突撃ライブ・レポート!

2021-12-11 15:30:02 | 「ハウリンメガネ」の「ヴァイナル中毒」&more

読者諸賢、御機嫌よう。
ハウリンメガネである。
本来なら今回は大好評連載中である
「スーパーギタリスト列伝」
の予定だったが、急遽変更である。

そりゃそうだろ、今書かんでいつ書く?
新型コロナの再蔓延防止で入国停止する直前、
滑り込みの来日で実現したクリムゾン来日公演。
というわけで今回はキング・クリムゾン来日ツアー2021
「ミュージック・イズ・アワ・フレンド」
大阪公演2日間のレポートをお届けする。

(ギタリスト列伝を楽しみにしてくださった方、次回書くのでご容赦の程を)

【12/2(木)大阪公演1日目】
開場時刻の17:30、大阪フェスティバルホールに到着(大阪駅から徒歩10分程度)。
物販を覗くが平日にも関わらず中々の列。
帰りに買うかぁ、と、そのまま会場内へ。
ビュッフェコーナーはコロナ対策で閉められており、
飲み物の自販機もソフトドリンクのみだが、
クリムゾンは素面で観たいバンドなので問題なし。

会場では撮影、録音の徹底禁止などの注意事項のアナウンスが定期的に流れる。
「全ての演奏が終わった後、ベーシストのトニー・レヴィンがカメラを持った時のみ撮影が可能となります」
のアナウンスにニヤリとしてしまう私。

前回、ステージ前方より後ろの方が観やすいことが分かっていた為、
今回もド真ん前のSS席ではなくS席を指定。
ありがたいことに今日はちょうどホールの真ん中辺りだ。
先生のサウンドスケープが流れる中、
サウンドクルーがステージ上で機材の最終チェック中。
フロントに3台のドラムが並ぶ様は相変わらず圧巻。

左端、メルの立ち位置には音の被りを防ぐための
ウインドスクリーンが張り巡らされている
(なんかデカいボールみたいなものが見えたがそれもウインドスクリーンと後で判明)。
その横にはトニーのEBU(エレクトリック・アップライト・ベース)が。
ジャッコのスペースにはトレードマークとなった
「宮殿」の顔がペイントされたPRS
(後ろにサブと思わしきギブソンES-150の姿も)。

そして右端、フリップ先生の位置には
いつものルナモジュール(機材ラック)と
ゴテゴテに改造されたゴールドトップレスポールシェイプ!
(日本フェルナンデス製!)
そしてバックライン全員のスペースにキーボードが配置。

(ビル・リーフリン氏の穴を全員でフォローするためと思われる。亡くなられたのがつくづく残念でならない)

ステージに並んだ機材を眺めてワクワクしていると、1
8:30ほぼジャスト、二人のスタッフがステージに登場。
向い合せにお辞儀しあってから観客へ一礼し、ステージ上の注意事項看板を撤去。
フリップ先生とメンバーの録音前説が流れだし、早くも会場には拍手が!

(私の英語能力がプアなのであまり聞き取れなかったが、アナウンスでの注意事項の繰り返しと「今日の演奏を楽しんでね」という内容だったはず。途中々々入る、先生達の気の抜けた「イェーィ!」という掛け声にモンティパイソン風味を感じたのは私だけ?)。

歓迎の拍手が鳴り響く中、遂にメンバーがステージへ登場!
そして、一気に激しさを増す拍手!フリップ先生の登場だ!
(勿論私もメッチャ叩きました)

揃い踏みで会場内を眺める7人。


ステージ後方、左から右へ
メル・コリンズ(sax, flute)
トニー・レヴィン(b, eub, stick)
ジャッコ・ジャクジク(g, vo)
ロバート・フリップ(g, key)

ステージ前方、左から右へ
パット・マステロット(dr)
ジェレミー・ステイシー(dr, key)
ギャヴィン・ハリソン(dr)

最新型キング・クリムゾン in 大阪!

拍手が止み、メンバーが楽器を手に取る中始まったオープニングは
フロント3人のドラムのみによる「Devil Dogs of Tessellation Row」。
寸分違わぬコンビネーションで打ち鳴らされるフィルの繰り返しが
観客の熱を煽るのが分かる。

(ドラムトリオのコンビネーションが前回より増している。前回は「分担」だったコンビネーションが「一体化」に変わっている。個人的にドラムトリオのみのこの楽曲、かなりツボ。ドラムだけなのにメロディが聴こえてくるのだ。普段は意識しないがドラムにも音程(周波数)が存在するし、クリムゾンはドラムの音程を活かしてきたバンドである(特にビル・ブルーフォード在籍期)。ドラムトリオの面白さを活かすイイ楽曲なのだが、どうも世間ではあまり興味が持たれない様子なのが歯がゆい)。

ここで先生に目をやると、スタッフと話している。
トラブルでも起きているのか?

EBUのボウイングでトニーがヘヴィな音を轟かせ、
演奏は「Pictures of a City」に突入!
この曲、こんなに荒々しかったか?
「レッド」や「21世紀~」と並んでも全く遜色のない
そんなインタープレイの応酬じゃないか!
この時点で気づいたが、今日の主役はフロントのドラム3人とトニー。
特にトニーの迫力が凄まじい。

彼の

「おそらくこれがキングクリムゾンとしての最後の来日公演になる(12/9に「これがクリムゾンの最後のコンサートツアーになる可能性が高い」との発言もあり)」

という言葉は本気だ。

彼は最後のつもりでプレイしてくれている。
5弦スティングレイ、スティック、EUBを駆使してバンドをドライヴさせていく。

早くも3曲目に私の好きな「The ConstruKction of Light」!
……なんかジャッコのギターも先生のギターも音量が小さい?
やはりさっき先生がスタッフと話していたのは何かトラブっていたことの表れか。
とはいえ演奏自体はグッド!
トニーのスティック捌きもトレイ・ガンのオリジナルの上を行くパワープレイ!
大股開きでスティックをプレイするトニーは最高にカッコいい!

(そういえばこの曲の入っているアルバム「The ConstruKction of Light」。オリジナルではVドラムだった音源をパット自身が新録した生ドラムに差し替えた「The ReConstruKction of Light」というアルバムが出ているが、こっちの方が数段良くなっている。聴いたことのない方は是非。)

続けて早々に披露されたのは「The Court of the Crimson King」。
ジェレミーが鍵盤にシフトし、先生と2人で原曲のメロトロンを再現。
先生もギターはほぼジャッコに任せ、大半は鍵盤に集中。

(ジェレミーはドラム3割、鍵盤7割で担当している感じ。リーフリン氏の不在がこの辺りに影響しているのだろう。なお、最後半では先生、山下洋輔ばりにヒジで鍵盤を連打!そしてニヤリと笑う!)

「Neurotica」はもはや現編成の為の楽曲へと進化。
トリプルドラムがそれぞれ違う拍でリズムを刻み、
それが交差したブレイクの瞬間はゾクッとくる。
加えてブリューと異なるジャッコのボーカルスタイルが
この曲に新たな魅力を付与しているのは間違いない。

「Discipline」ではアウトロのフレーズが少しだけ変わって、
原曲よりもリリカルなハーモニーに変化。
やはり今のクリムゾンは即興性を強く意識している?

「Larks Tongues in Aspic Part.1」ではトニーがジョン・ウェットンとタメを張る
ハードなプレイで魅せる!(ピッキングも力強い!)
だがギターの音が弱い!やっぱりなんかトラブってるのか?

前半終了。15分の休憩へ。
急いで小用を足し、喫煙所で一服。

圧倒された気分のまま先程までの光景を反芻してみる。
どの曲もインタープレイが激しすぎる!
ドラム3人のコンビネーションに目を取られていると
不意に管楽器のようなフレーズが耳に飛び込み、慌ててメルを見る。
ところがメルは吹いておらず、ステージを見回せば
先生がホーンライクな音でギターを弾いているのに気づく。
そのまま先生を見ていたら今度は本当にメルが吹いており、
そこから右に目をやればトニーとジャッコが鬼気迫るプレイをしており、
そちらに集中していると今度はまたドラムのフレーズが複雑に変化を……
これはもはやジャズ!

全曲それなので、前半終了時点で早くも頭が混沌としているのが自覚できる
(混沌こそ我が墓碑銘……おお!エピタフ!)。
思えば前回は初めてフリップ先生を観られることに興奮しすぎて
頭からケツまで先生を集中的にウォッチしていたが、
なるほど、改めて「今のキング・クリムゾンを観る」
とこういう状態に陥るのか……面白すぎる!

そそくさと席に戻るとすぐに前半同様、
スタッフがしっかりとお辞儀をし、看板を撤収していく。
(微笑みながらお辞儀をするスタッフを観るとこちらも心が和むから不思議だ)

後半戦もドラムのみの「Drumzilla」から開始……
直後に「Epitaph」!
先生の哀愁漂うロングトーンのギターが泣ける。
しかしジャッコの歌はグレッグ・レイク期の曲が一番合うなぁ。
21st Century Schizoid Bandに誘われた理由もよく分かるわ。

そして……前回は聴けなかった「Red」!
「Epitaph」の後に来る「Red」は緩急が凄い!
原曲より少しだけリズムにタメの効いたアレンジは
ヌーヴォ・メタル期を経た今のクリムゾンならでは。

トニーのEBUによるベースソロを挟み、
現編成でのオリジナル曲の一つである「Radical Action II」、
Larksシリーズの現時点での最終章である
「Larks Tongues in Aspic Part.5 (Level Five)」と続き、
本編最後は「Starless」。
やはりこの曲はメルのサックスが主役と言ってよい。

スタンディングオベーションが鳴り止まぬ中、
メンバーが袖に引っ込み、拍手がアンコールを求めるリズムへ変わっていく。

「Starless」がきたということはアンコールはやはり……この曲でしょう!
「21st Century Schizoid Man」!
生であのリフが始まるだけで筆者のテンションもMaxへ!
だが、現在のこの曲の目玉は後半に設けられたギャヴィンのドラムソロ!
長い腕をムチのように撓らせてバディ・リッチの如く叩く叩く!
(ここで気づいたがギャヴィンはノッてくると左脚を持ち上げるクセがあるようだ)
ドラムソロ中、他のメンバー全員が「やったれやったれ!」という顔で
ギャヴィンを見つめ、ソロ終わりにビシッと合奏に戻る瞬間はもう神業である。
(そういえばパットがソロ終わりに聴衆に拍手を促してた。いい人だなぁ)。

全演奏が終わり、再びのスタンディングオベーションの中、
トニーがカメラを取り出す。みんな大好き撮影タイムだ(笑)。
先生もカメラを取り出して観客席を撮影。
最後までステージに残り観客を見つめていたのが印象的。

ほぼ21時ぴったりに1日目終了。セットリストは以下。

【前半】
1. Devil Dogs of Tessellation Row
2. Pictures of a City
3. The ConstruKction of Light
4. The Court of the Crimson King
5. Neurotica
6. Larks Tongues in Aspic Part.2
7. Peace
8. Discipline
9. Indiscipline
10. Islands
11. Larks Tongues in Aspic, Part.1
【後半】
12. Drumzilla
13. Epitaph
14. Red
15. Tony’s Cadenza
16. Radical Action II
17. Larks Tongues in Aspic Part.5 (Level Five)
18. Starless
【アンコール】
19. 21st Century Schizoid Man

興奮と凄まじい物を見せられた疲労感でクラクラしながらエントランスへ。
物販を覗くとこれまた長蛇の列。
明日は早めに来て物販に並ぼうと決め、帰途へ。
忘れないうちに、と電車の中で感想をメモするがプレイの印象が凄まじすぎて
曲順も、どの曲でのプレイだったかもかなり混濁していることに気づく。
おお……エピタフ……
帰宅後、友人Aからtel。興奮が冷めず今日の感想をまくし立ててしまったが、
おかげで頭を整理できた(A、ありがとう)。

1日目に気づいたことを列挙する。

・前回の来日に比べて全ての曲でアグレッシヴさが増してる。
前回がディシプリン期的な演奏だったとすれば今回はラークス期の趣きだ。

・ドラムスが左からパット、ジェレミー、ギャヴィンの順なのは
ジェレミーが鍵盤を弾く兼任しているからだと思われる。
左端(パット)と右端(ギャヴィン)からなら一直線上に他のドラムが見えるが、
真ん中だと左右に首を振らなきゃならない。理に適っている。

・前回はパットがパーカッション、ジェレミーとギャヴィンがドラム、
と役割を分担をしているように見えたが、今回は3人で1台の超大型ドラムセットを
プレイしているような印象。
もちろんパットはパーカッションを多用するし、ジェレミーは鍵盤と兼務だが、
3人の一体感が段違いに聴こえた。

・先生のギターサウンドはもはやチェロや管楽器の領域
(ギターシンセの使用とは無関係に)。
アタックレスなディストーションギターはたまにメルの音と聴き違えるほど。

・メルが疲れているように見えたのが気になる
(プレイもキレが悪かったような……)。

・音量バランスがとれてない?初日だったせいか?

あーでもないこーでもないと頭に感想が浮かんでは消え、次の感想へ連鎖し、
「あれがこうでこれがあーなって……明日はどうなるんだろ……なに演奏するんだ
ろう……」
と寝ようとしては書き、寝ようとしては書きを繰り返すうちに就寝。

【12/3(金)大阪公演2日目】
午前中に地震発生。
「先生方は大丈夫か!?」と思い
地震情報を確認するも被害は発生していないようで一安心。
昨日の反省をふまえ、16時に会場へ。
物販コーナーへ行くと流石に早すぎたか昨日とは逆にスカスカ。
ほぼ待ち時間なくすんなりと買えてしまい拍子抜け。
近くの喫茶店でパンフを眺めながら開場を待つ。

今のクリムゾンはオーケストラ向けのコンサートホールを主軸にツアーをしている
ようだが、今のクリムゾンほどコンサートホールの似合うバンドも居るまいて。
コーヒーをたらふく飲んでしまった為、膀胱に若干の不安を抱えつつ入場。
今日はステージに対し真ん中左側の席。パット・マステロットがよく見える席だ。

今日も万雷の拍手の中、メンバー登場。
昨日同様、ドラムス3人による「Hell Hounds of Krim」からスタート。
あっ!3人ともスティックを2本ずつ持ってる(片手に2本ずつで計4本)!ボンゾ!
でもボンゾは1人でfour sticksだから×3でtwelve sticks!なんちゅうド迫力!

そのままドラムが主役の「Neurotica」へ……
おやっ?昨日より音がいいぞ?
やはり昨日は大阪初日だった為、音響が調整しきれなかったのだな。
昨日は昨日でトニーの荒ぶるベースサウンドを堪能できたが、
今日はいいバランスのクリムゾンを楽しめるわけだ。いいぞ!

そして今日はパットがキレッキレ!
ドラムの打撃音がバチコーン!バチコーン!
と会場を揺らすよう!

そしてパットが絶好調のまま、うぉっ!いきなり「Red」だ!
今日のパットとギャヴィンのコンビネーションは抜群!
ギャヴィンがしなる西洋ムチならパットは中国の鞭(ベン)。
ギャヴィンが身体をしならせて叩くのに対し、
パットは身体をぶつけるように叩く。
瞬間のインパクトが強い音でギャヴィンの流麗なドラムに句読点をつけていく!

昨日と逆に今度は「Red」の後に「Epitaph」。
そしてその流れから「Pictures of a City」!
やっぱり1日目より音のバランスがよくなってる!
そしてメルが調子を取り戻している!
「Indiscipline」ではオリジナルで最後に「I Like This!」とシャウトする部分で
ジャッコが「イイネ!」とシャウト!
どうやら「I Like This!」を現地の言葉に変えるのが今のアレンジらしいが、
昨日はシャウト自体を忘れていた模様(笑)。
ジョン・ウェットンが日本でのプレイ時
「キミタチサイコーダヨ!」とMCしていたという逸話を思い出す。

続く「Islands」の美しさについてはもう語る必要もないし、
ジャッコのボーカルがマッチするのも当然……
それより気になってしまったのが曲頭でのトニー。
昨日もそうだったが、ベースの入らないパートに入るとトニーは所在なさげに肩を
すぼめて椅子に座るのだが……
そのしょんぼり感が「Islands」の寂しさと妙に相まってしまい……
何だかキュート(笑)。

そんなこと言ってる場合じゃない!
次は「One More Red Nightmare」だ!
まさかこの曲を生で聴くことができるとは!
キーが合わないのかジャッコの声が若干苦しげだが、演奏はバッチリ!
トニーもさっきのしょんぼり感はどこへやら
グイグイと攻めるベースラインで観客を圧倒!
そしてトニーのEUBソロを挟み、昨日は演奏されなかった1st屈指の名曲
「Moonchild」
(公式セットリストでは昨日のリストにも曲名が載っていたが時間の都合か省略されていた)。
その美しいアウトロに会場が静まる中、聞き覚えのあるSEが流れ出す。
あれ?このSEは……「21st Century Schizoid Man」!
これまでの公演ではアンコールに持ってこられていた「21st〜」が
まさかの前半に登場!
そして昨日よりも明らかに高いバンドのテンションに観客もヒートアップ!
パーフェクトと言ってもいい演奏で前半戦終了!15分休憩へ突入。

喫煙所へ移動。いつのまにか雨が降っている。
煙草に火をつけながら

(まさか21st〜を本編に持ってくるか……でもあのテンションで21st〜を演奏するなら確かに前半に持ってきたほうがいい。さすがフリップ先生、考えてはるわぁ)
と独りごちる。

観客の興奮冷めやらぬ中、昨日同様「Drumzilla」で後半戦開始。
パットがキレているとドラム全体が締まる。
「Discipline」も今日はギターのバランスばっちり。
ただ、今日は原曲通りのアウトロ。前日の最後のアレンジ好きだったんだけどな。
同じ曲でもフレーズが変化しているあたり、
今のクリムゾンが即興性に軸を置いてることを確信。

「Larks Tongues in Aspic Part.2」
から
「The Court of the Crimson King」へ。
コーダではリリカルな鍵盤に乗せてアヒルの鳴き声のような音が……
お茶目な人たちだなぁ(笑)。
昨日同様に「Radical Action II」、
「Larks Tongues in Aspic Part.5 (Level Five)」へ続き、本編が終了。

アンコールは「Starless」。
メルのサックスが美しい。
(メルはソプラノ〜バリトンの各種サックスとフルートを次々持ち替えてすべての曲に華をそえていたことを付記しておく。現ラインナップの最重要パートといってもよい)

全ての演奏が終了。
観客総立ちで拍手の嵐。
今日の演奏は本当に素晴らしかった!
メンバーも笑顔が溢れている。
拍手が続く中メンバーが順次退場。
最後に残ったフリップ先生の一礼に会場も全力で拍手。
コロナ対策で整理退場が行われる中、
早くもステージでは撤収作業が開始。
凄まじい速度でテキパキとなされる搬出作業。
クリムゾンはスタッフもやはりプロ。素晴らしい。

昨日同様、21時ほぼちょうどに終了。
セットリストは以下。

【前半】
1. Hell Hounds of Krim
2. Neurotica
3. Red
4. Epitaph
5. Pictures of a City
6. Indiscipline
7. Islands
8. One More Red Nightmare
9. Tony’s Cadenza
10. Moonchild
11. 21st Century Schizoid Man
【後半】
12. Drumzilla
13. Discipline
14. Larks Tongues in Aspic Part.2
15. The Court of the Crimson King
16. Radical Action II
17. Larks Tongues in Aspic Part.5 (Level Five)
【アンコール】
18. Starless

外へ出ると雨は止んでおり、空気が澄んでいる。
大阪駅へと歩きながら昨日今日の公演のことを考える。

昨日の時点でインタープレイの様はまるでジャズだと思ったが、
いやいや、それでは言葉が足りない。
キング・クリムゾンはジャズであり、シンフォニーであり、
ニューウェーヴであり、ヌーヴォ・メタルであり、ロックだ。
しかもそれはジャンルを跨ぐ、という意味ではない。
それらの本質を噛み砕き、飲み下し、自らの血肉へと変え、
全てを「キング・クリムゾン」として表現した結果だ。
これを「プログレッシヴ」と呼ばずなんと呼ぶ?
キング・クリムゾン=プログレッシヴ・ロックだ。
誰が何を言おうとも。

私はこれが最後の来日公演だと思って観た。
一音も聴き逃すまいと全力で観た。
きっと他の人たちもそうだっただろう。
そしてキング・クリムゾンはそれに全力で応えてくれた。
先生、トニー、メルはもう70半ば。
加入当初40代だったパットだってもう60の半ば
(ジャッコも60は超えている)。
一番若いギャヴィンとジェレミーだってあと2、3年で60になるはずだ。
これでキング・クリムゾンの歴史に幕を下ろすとしても誰も文句は言えまい。

あれも聴けた、これも聴けた。
だがそれより何より彼らの素晴らしい演奏を聴くことができた、
観ることができた。
これ以上を望むのは贅沢というやつだ。

……でも先生?私はいつだってお待ちしますぜ?

これまでのように
「さあ、再びクリムゾンを始めよう」
と言ってくださったら喜び勇んで観に行きますぜ?
(何ならソロで来てくださってもいいんですぜ?)

いつまででもお待ち申し上げます。フリップ先生。
そしてパット、ジェレミー、ギャヴィン、メル、トニー、ジャッコ!
お元気で!ありがとうございました!

《 ハウリンメガネ筆 》


明石のブルースマン「ハウリンメガネ」が贈る!「どこまでもヴァイナル中毒」(第42回)《ザ・グリッド/ロバート・フリップ 編》

2021-11-13 14:36:24 | 「ハウリンメガネ」の「ヴァイナル中毒」&more

ハローハロー。
皆さんお元気?
ハウリンメガネである。

今回は夏から書きたかったにも関わらず、
ダスティ・ヒルの死去や、ギタリスト列伝の連載やらで
延ばし延ばしの後回しになってしまっていた盤について、
ようやく満を持して触れることができる。

そう、今年の6月に発売された
「リバイアサン」(ザ・グリッド/ロバート・フリップ)
のことである。

コロナ禍によってクリムゾンの活動がストップしていたフリップ先生。
そんな状況でも奥方のトーヤさんと仲睦まじくカバー曲を披露する
「サンディ・ランチ」の動画配信や、
サウンドスケープを毎週配信する
「ミュージック・フォー・クワイエット・モーメンツ」
で筆者のようなファンを喜ばせてくれていたのだが、
やはりファンとしては公式リリース、
それもアルバムが聴きたい!というのが本音。

しばらくはリリースなしかなぁ……
などとボンヤリしていたところ、
突然リリースされたのがこのイギリスのエレクトロデュオである
ザ・グリッドとの連名作、「リバイアサン」なのであります。

フリップ先生は以前からグリッドのアルバムに客演していたものの、
連名でのリリースは今回が初めて。
過去の客演ではグリッドがプレイするハウスミュージックに乗って
フリップトーンが炸裂するといった塩梅だったので、
今回もその方向かしらん?
と思っていたのだけれど、盤を回してビックリ。

アナログは2枚組なのだが、前半に当たる1枚目。
アナログシンセが醸し出す、靄のようなパッドサウンドと
フリップ先生のギターシンセの音だけで幕が開く。

強い音も主張するメロディもなし。
ドラム的なサウンドはほぼ全く使われておらず、
揺蕩うような音だけが重なり合ってハーモナイズされていき、
「いいメロディ」、「クールなリフ」のような言葉では表現できない
「サウンドスケープ(音風景)」が展開されていく
(夏に発売された時に紹介しなくてよかった。この音は冬の朝、夜明け寸前の静謐な風景に見事にマッチする)。

後半(アナログでは2枚目以降)からは
徐々にリズムマシンの音が入りだすが、
これも今どきのバキバキシンセドラムではなく、
ジャンベのようなアフリカンパーカッションを想起させる音から混ざりだし、
一曲毎に徐々に徐々にドラムマシンらしいビートへ変化していく。

そして、フリップ先生のギターもそれに呼応するように
アブストラクトな音から端正なシーケンシャルフレーズへと移っていくが、
自己主張するプレイではなく、サウンドスケープを構築する部品としての
フレーズに綺麗に納まっており、見事にテクノ/ハウスミュージックの中の
パーツとしてギターが存在している
(基本的にマシンミュージックとギターというのは食い合わせが悪いが、流石、ディシプリン時代からシーケンシャルなプレイを積み重ねている先生。お見事です)。

これ、イーノと演った
「ノー・プッシーフッティング」
並みの名盤ですぜ。

正直に申し上げて、
フリッパートロニクスからサウンドスケープへ移行してからの先生のソロ作品は
そんなに好きではない(聴くけど)のだが、本作では久々に
「サウンドスケープ」が構築する音風景の本質と良さを突きつけられた。

キング・クリムゾン・プロジェクトの
「ア・スケアシティ・オブ・ミラクルズ」でも感じたのだが、
サウンドスケープ移行後の先生の音は単独の演奏より、
他の音と混ざった方がその魅力を発揮できるのだと思う
(フリッパートロニクスでの作品は何故かギターだけでも魅力的に聴こえるのだけど……やはりギターシンセの比率が多すぎるのか?)。
それは今のキング・クリムゾンでの先生のプレイを聴けば一目瞭然
(一聴瞭然?)。
是非本作、出来れば今のクリムゾンのライブアルバムも聴いて、
サウンドスケープとは何なのかに思いを馳せて戴きたい。

……さて、ここまで読んで
「おい、コイツあの件に触れない気か?」
と思った方もおられましょう。
はい!今月末からクリムゾンで来ますねぇ!フリップ先生!
(私も当然、大阪公演2日間ともチケットゲット済み!)

まだ油断はできないが、このまま順当にいけば、
今月末から12月にかけて、再びあのトリプルドラムクリムゾンが
日本を周るわけだ。【前回(2018年)来日時のレポートはこちら ↓】
https://blog.goo.ne.jp/12mash/e/d3f28ead4f6f22863213a4ae569854a0
ビル・リーフリン氏が亡くなってしまったので
今回は7人編成なのが寂しいが……。

2020年のボブ来日公演中止から今日に至るまで悔しい思いをしてきたが、
それを破ってくれるのがまさかフリップ先生とは!
最新クリムゾンをしっかり楽しむ為にも御同輩の皆様、
くれぐれも体調管理を万全に!
手洗いうがいを忘れずに!
声は出せないが、その分、万雷の拍手でフリップ先生達をお迎えしたい!

ウォォォ!
フリップ先生ェェェ!
お待ち申しておりますぞぉぉぉ!

《ハウリンメガネ筆》


ハウリンメガネの『スーパーギタリスト列伝』(二人目)「チャック・ベリー」(名盤「TWIST」から独自のロックンロールプレイを解説だ!)

2021-10-09 11:47:35 | 「ハウリンメガネ」の「ヴァイナル中毒」&more

「ロックンロールに別名をつけるとしたら
 それはチャック・ベリーだ。」
(ジョン・レノン談)

はい!
というわけで今回のスーパーギタリスト列伝はチャック・ベリー!
リトル・リチャードやボ・ディドリー、
そしてエルヴィスと並び称されるロックンロールのオリジネーターであり、
その中でもロックンロール"ギタリスト"としての評価では
間違いなくナンバーワンであろうチャック・ベリー

ギブソンの箱モノを抱えたその姿は未だ色褪せぬ
ロックンロールの代名詞であり、
ジョン・レノンやキース・リチャーズを筆頭に、
彼をアイドルとして育ったギタリストは枚挙に暇ない。

そんなロックンロールスター、
チャック・ベリーを見出したのは他でもない
シカゴブルースの重鎮、マディ・ウォーターズ大親分。
チャック・ベリーのステージを見たマディ親分、
「こいつは売れる」
とチェスレコードに彼を紹介したのがデビューのきっかけだったそうな。

そして今回、私がこの原稿を書きながら
ターンテーブルに乗せているのは、
まさに彼のチェス時代のシングルコンピレーションである「ツイスト」。
やはりこの人のプレイを知りたければチェス時代の作品を聴くべきだろう
(なにせ代表曲はほぼ全てチェス時代にリリースされている)

デビュー曲である「メイベリーン」から
代表曲である「ジョニー・B・グード」、
「ロール・オーバー・ベートーヴェン」も入ったこの盤は
まさにロックンロールを理解するための基礎教養的作品である。

さて、ここで一つ諸兄諸姉に問うてみたい。
「ロックンロールギターとブルースギターの違いとは何ぞや。」
ロックンロールはブルースから生まれた音楽であり、
3コードでのブルース進行やペンタトニックを基本としたフレージングなど、
色々と共通項も多い。
だが、この両者を分ける決定的な特徴がある。

プレイのアグレッシヴさか?
否。
マディの親分やウルフの御大将を筆頭にしたブルースマンのプレイは
ロックンロールよりもハードでヘヴィな演奏も数多く存在する。
つまり、ハードさやヘヴィネスは関係ない。

跳ねたリズムか?
確かに跳ねるリズムはロックンロールの特徴の一つだが、
ブルースにも跳ねるリズムの曲はいくらでもある。
ジャンプブルースを聴けばお分かりだろう。
ならばリズムは一要素に過ぎない。

リトル・リチャードのようなロックンロールピアノ?
エルヴィスのような歌い方?
どれもロックンロールの一要素ではあるが、
ことチャック・ベリーが発明したロックンロールの要素とは異なる。

では何がブルースとロックンロールを異なるものにするのか。
答えはチャック・ベリーのプレイにある。

そう、ダブルストップである
(註・ダブルストップとは2本の弦を同時に弾くことを指す)

この人、とにかくダブルストップを使いまくる!
代表曲である「ジョニー・B・グード」や
「ロール・オーバー・ベートーヴェン」のイントロを思い出してほしい。
あのロックンロールを表す
「タララタララララララ!タララララララ!」
というフレーズはダブルストップで弾かないとロックンロールにならない!
ブルースはチョーキングが命だが、
ロックンロールはダブルストップが命!

もうお分かりだろう。
ダブルストップこそがブルースギターとロックンロールギターを分ける
そんな決定的な差異であり、
ダブルストップを多用したギターのオリジネーター=ロックンロールギター
のオリジネータ、それがチャック・ベリーなのである!

(もちろんブルースでもダブルストップは多用される。だが、ブルースの場合、フレーズのアクセントとして使われることが多いのに対し、ロックンロールの場合、曲中全体で多用されることに留意願いたい。念為。)

お手元にギターがある方は試しにペンタトニックフレーズに
ダブルストップを多めに組み込んでみてほしい。
一気にロックンロールフレーバーが増すはずだ。
そしてやってもらえば分かると思うが、
ストレートなロックはこの手に限る!

ややこしい事を考えずとも、
3コードに乗せてペンタトニックとダブルストップを組み合わせて
ガシガシ弾くだけで「嗚呼!オレ、今輝いてる!」
という気分になれてしまうものなのである(笑)。

ロックンロールの面白さとはシンプル&ストロングな構造であり、
そしてそれはチャック・ベリーが「メイベリーン」で
デビューした瞬間に完成されていたのである。

(故に「ロックンロールとはチャック・ベリーのことだ」というジョンの言葉はまさに正鵠を射ていると筆者は独り頷くのである)

さて、偉大なるロックンロールギターのオリジンに触れたところで、
次回はそのオリジンから影響を受けた"ロック"ギタリストは何をしたのか?
に迫ろう。

乞うご期待!

《 ハウリンメガネ筆 》