6月某日。
編集長からメール。何やら画像が添付されている。
「これ、どう思う?ちょっと感想聞かせてよ」
ふむふむ、【海外ミュージシャン相次ぐ著作権売却】ね。
たしかに最近ボブ(・ディラン)を筆頭にニール・ヤング、ZZトップ、(ブルース・)スプリングスティーン、なんとレッチリまで著作権を売却している。
著作権といえばアーティストにとっては作品と自分の利益を保護する為の武器の一つ。なにゆえそれを売却するのか。
今回はそんな新聞記事とボブの件から著作権についてつらつらと考えてみたので皆さまチョイとお付き合い願いたい(念の為断っておくが、筆者は法律の専門家でもなんでもないので、あくまで素人が多少調べた範囲の知識で書いている旨、ご了承頂きたい)。
著作権は大きくは『著作者人格権』、『著作財産権』、『著作隣接権』に分けられる(このうち、著作者人格権だけは譲渡の対象外。これが話をややこしくするのだが、詳しくは後述)。
まず『著作者人格権』は「著作者の意に沿わない出版をしてはならぬ」という、著作者が作品に込めた意思や名誉を守るもの。例えば編集者が作家の同意なく原稿をエディットし、「これは彼の作品です」と出版した場合、作家は異議を申し立てる事ができるし、近年多い、政治集会で自分の曲を使われたミュージシャンが「そんな意図の曲じゃないから使うな」と異議申し立てをしたりというケースがこれに該当する。
次に『著作財産権』。これがよく世間的に著作権侵害としてニュースになりやすいもので、複製権、上演権、上映権等々で構成されており、漫画や音楽の違法アップロードなどはこれを害するものとなる
そして『著作隣接権』。これは作品の製作者というより、制作に携わった者の権利に関係するもの(だから"隣接")で、レコーディングに参加したスタジオミュージシャンやレコーディング費用を出した会社などの権利を担保するためのもの(なお、これらはあくまで日本における著作権の扱いで、海外は当然各国で異なる(アメリカなんかは著作者人格権がかなり緩い))。
これらの「著作権」が全てアーティストに帰属するなら話は簡単なのだが、実際のところは関係各位の権利が引っ絡まって複雑怪奇、人外魔境の地底獣国。
レコード(音楽)業界だけでも作曲家、作詞家、実際に演奏するミュージシャン、レコード会社、ラジオ局テレビ局、著作権管理団体などなどが著作権の一部を分けて所有、管理しているからさあ大変。
「あの権利はA社、あの権利はBさん、あの権利はC社が管理してて……ぁぁぁ!」とあっちゃこっちゃに権利者がいるので話がややこしくなるのである(先述の「政治集会で自分の曲が〜」というのも、ミュージシャン自身に話が通っていなくても著作権管理団体が許可を出していたりする……著作権自体、「著作者を守る為」というより「著作権ビジネスの為」になっている部分が多々あり、これはこれで功罪半ばする大問題なのだけど話が長くなるので省略)。
そして今回ボブが譲渡したのがこの中の『著作隣接権』の『原盤権』。
はい!出ました!音楽業界でよくトラブルの元となるのがこれ!
原盤権とは簡単に言えば「マスターテープの所有権」である。つまり、レコードをプレスする為の源泉を「これを使いたかったら(レコード、CDを生産したいなら)お金払ってね」という為の権利であり、原盤権を持っている権利者が"その作品を生産する(させる)権利"を持っているのである。
実はこの原盤権、ミュージシャン自身が保有しているケースは少なく、レコード会社や所属事務所が持っているケースが大半。これはレコードの制作費を出す会社(レコード会社、所属事務所)が「制作費は出すから原盤権は譲ってね」という契約をしていることが殆どの為(そもそもレコード産業自体がレコーディングスタジオの使用料、レコーディングスタッフのギャラ、マスタリング作業、レコード自体の生産費などなど莫大な金額がかかるビジネスであり、下世話な話になるがレコードの売上から発生する利益のうち、一番利益率が高いのが原盤権から発生するものなので、そもそも売れるかどうかも分からないものに投資する以上、そこを担保にするというのは仕方ない面もある)。
この為、ミュージシャンが事務所を移籍することでベスト盤に収録できない曲が出てきたり、レコード会社が倒産することで再発盤が出せなくなったり、と利益をもたらす反面、様々な問題を孕んでいるのがこの原盤権。
だが、逆にいえばまともな権利者が原盤権を管理している限り、その作品は常にリリースが可能な状態を保てるということでもある。
ボブが長年の付き合いのあるソニーミュージックに原盤権を売ったというのは「信用してるからちゃんと後世に残せよ?」というメッセージにも思える。
今回はボブからソニーミュージックへの原盤権譲渡がニュースとなった訳だが、実はボブ、2020年にもユニバーサルミュージックへ音楽出版権(著作財産権)を譲渡している(こちらは楽曲の使用許可や著作印税についての権利)。
こうなると私としては(あまり考えたくないが)「ボブも自身の店仕舞をしているんだな……」と思わざるを得ない(御年81歳、そりゃ身辺整理もなさるでしょうよ)。
そう考えると寂しい気持ちになるが、それはそれとしても、今回の譲渡はいい判断だと筆者は考える(「税金対策だ!」とか、「プロテスト精神はどこ行った!」という意見もあるだろうがまあ聞け)。
著作権はまともな管理者に任せないととんでもないことになるからだ。
筆者が敬愛する映画監督の押井守氏。氏の作品に「天使のたまご(85年公開)」という作品がある(発表当時、難解だ、という感想が多すぎ、氏が数年間の逼塞を余儀なくされたという曰く付きの作品……良いんだけどなぁ。ちなみに私はパト2と紅い眼鏡と立喰師列伝がベスト3です)。
この作品、著作権を管理していた徳間書店が氏に無断で著作権をまとめて海外に売ってしまい(なんとB級映画の帝王、ロジャー・コーマンに売ったらしい)、著作権の転売が重ねられた挙げ句、最終的に著作権者不明となり、日本国外ではソフトとして販売することが困難になってしまっている(著作財産権を持っている"誰か"に訴えられる可能性がある為。日本国内ではちゃんとリリースされています)。
もしボブの原盤権が訳のわからん奴らに買われて「北国の少女」がラジオで流せなくなったら?
「ハリケーン」を聴ける機会がなくなったら?
「ペイ・イン・ブラッド」が入ってる「テンペスト」が発売できなくなったら?
ボブの曲がそんな扱いになってしまったら……考えただけで怖気がする!(まあ、私ゃ全部アナログで持ってるからいつでも聴けるけどサ)
無論ソニーミュージックやユニバーサルミュージックだって未来永劫、真っ当に著作権管理をしてくれるかと言われれば疑問符はつくが(特にユニバーサルはフリップ先生と裁判で大モメした過去アリなので先生のファンとしては……うーん、だが(苦笑))、少なくともボブは彼らに任せたのだ(スプリングスティーンもソニーに売却しているあたり、ミュージシャンとの信頼関係が構築できているのかもしらん)。
音楽を残すために色んな人がそれぞれの立場で出来ることをやっている。
今回の著作権売却はその現れだと信じて、今回は筆を置こう。