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永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(617)

2010年01月13日 | Weblog
2010.1/13   617回

三十九帖 【夕霧(ゆうぎり)の巻】 その(32)

 落葉宮は、夕霧のご態度には特にお恨みする気持ちはなく、思いがけず姿を見られたことだけを残念に思うばかりで、御息所がこれほど深刻にお悩みなのが、ひどく恥ずかしくていらっしゃる。御息所はそのような落葉宮がただただお気の毒で、

「今更にむつかしき事をば聞こえじと思へど、なほ御宿世とはいひながら、思はずに心幼くて、人のもどきを追ひ給ふべき事を、取り返すべき事にはあらねど、今よりはなほさる心し給へ」
――今更厭なことは申すまいと思いますが、やはり何事も運命とは言え、あなたは案外思慮が浅く、人から非難されそうなことがおありですよ。今更取り返せることでもありませんが、今後はやはりご注意なさいませ――

「数ならぬ身ながらも、よろづにはぐくみ聞こえつるを、今は何事をも思し知り、世の中のとざまかうざまの有様をも、思したどりぬべき程に、見奉りおきつる事と、そなたざまは後安くこそ見奉つれ、……今しばしの命もとどめまほしうなむ」
――私はつまらぬ身ながらも、何かと内親王であるあなたをお世話して参りましたが、今ではあなたも何事にも分別され、世間のいろいろな事情も判断できるようになられたと思って安心していましたのに。……心配で、私はもう少し生きていたい気持ちです――

 さらに続けて、

「ただ人だに、すこしよろしくなりぬる女の、人二人と見る例は、心憂くあはつけきわざなるを、ましてかかる御身には、さばかりおぼろげにて、人の近づき聞こゆべきにもあらぬを、」
――臣下の身でもそれなりの女が二人の夫を持つことは、厭な浮いたことですのに、まして内親王の御身では、あのようにいい加減な事で男がお近づきすることなど出来ない筈ですのに――

「思ひの外に心にもつかぬ御有様と、年頃も見奉りなやみしかど、さるべき御宿世にこそは」
――(柏木との御縁談の時)私は心外で気に入らぬ事だったと、長年心を痛めていましたが、それも運命というものでしょうか――

 御息所は、まだお話を続けられて……

◆もどき=非難

◆とざまかうざま=あれやこれや

◆あはつけきわざ=あはつけき(軽々しい)、わざ=業・態(おこない、動作)

ではまた。


源氏物語を読んできて(616)

2010年01月12日 | Weblog
2010.1/12   616回

三十九帖 【夕霧(ゆうぎり)の巻】 その(31)

 夕霧はすぐにでも小野へ赴こうとされますが、あの落葉宮は快く逢ってはくださらないであろうし、たとえ、たまさかにお許しがあっても、今日は坎日(かんにち)で、先々悪いことが起きるかも知れない、と、律儀にお思いになって、先ずは、御息所へお返事をお書きになります。

「いとめづらしき御文を、方々うれしう見給ふるに、この御咎めをなむ。いかに聞し召したる事にか。(歌)『秋の野の草のしげみは分けしかどかりねの枕むすびやはせし』あきらめ聞こえさするもあやなけれど、よべの罪はひたやごもりにや」
――まことに珍しいお手紙をいただきまして、いろいろな意味で嬉しく拝見いたしましたが、あのお咎めが気にかかります。どのようにお聞きになったのでしょう。(歌)「お邸をお訪ねはいたしましたが、落葉宮と仮寝の枕を交わしたりしたでしょうか」弁明いたしますのも変ですが、昨夜の罪はそれほどの咎でしょうか(訳には諸説あり)――

 と、御息所に当ててお書きになり、また別に落葉宮には細々としたためて、いつぞやの大輔をお呼びになって、

「よべより六条の院に侍ひて、ただ今なむ罷でつると言へ」
――昨夜から(私は)六条の院に伺候しておりまして、只今やっと退出して来ました、と申し上げよ――

 と、仰せになって、あちらへ申し上げることを、ひそひそとお言い付けになります。

 さて、
小野の山荘の御息所は、

「よべもつれなく見え給ひし御気色を、忍びあへで、後の聞こえをもつつみあへず、うらみ聞こえ給ひしを、その御返りだに見えず、今日の暮れはてぬるを、いかばかりの御心にかはと、もて離れて、あさましう心も砕けて、よろしかりつる御心地、またいといたうなやみ給ふ」
――昨夜も夕霧から音沙汰の無かったことが我慢できませんで、後々の世の噂をお考えになる余裕もなくて、恨みのお手紙を差し上げましたのに、そのお返事さえ来ず、今日も暮れてしまいましたのを、一体、夕霧はどのようなお気持なのかと、ますます意気消沈なさって、少し快方に向かわれていましたご病状が、またひどく悪くなられたのでした――

◆坎日(かんにち)=陰陽道で諸事慎むべき凶であるとして、外出などを控える日。

◆ひたやごもり=直屋籠り=ひた(接頭語)、ひたすら家に引きこもっている。転じて、昨夜の不参の咎はそれほどの(謹慎)のことでしょうか。

ではまた。


源氏物語を読んできて(615)

2010年01月11日 | Weblog
2010.1/11   615回

三十九帖 【夕霧(ゆうぎり)の巻】 その(30)

 夕霧は、

「いで、このひがごとな常に宣ひそ。何のをかしきやうかある。世人に准へ給ふこそなかなかはづかしけれ。この女房たちも、かつはあやしきまめざまを、かく宣ふと頬笑むらむものを」
――まったく、こんなつまらぬ事をいつもおっしゃるな。何の風情なことがあろうか。わたしを世間の浮気者と同じようにお考えとは、極まりが悪い。ここの侍女たちも、こんな堅物をそんなに嫉妬なさるとは、と、笑っているだろうに――

 と、つとめて冗談の風を装って、

「その文よ。いづら」
――そのお文はどこです。お出しなさい――

 とおっしゃいますが、雲井の雁はすぐにはお出しにならない。なおあれこれお話をなさってうとうとなさっているうちに、この日も夕暮れになっていましました。夕霧は蜩の声に目を覚まされて、

「山のかげいかに霧ふたがりぬらむ、あさましや、今日この御かへりごとをだに」
――小野の山荘ではどんなに霧が立ち込めて侘しいだろう、ああとんでもないことになった、せめてお返事だけでも今日差し上げねば――

 と、小野の御方をお気の毒の思われて、しかし、あのお手紙をどのように繕ったらよいのか思案にくれながらも、雲井の雁の御座所の奥を試しに引きあげてごらんになりますと、そこに挟んであったのでした。嬉しくもばかばかしくも思いながら、苦笑いをなさって読んでみますと、

「かう心苦しきことなむありける。胸つぶれて、一夜のことを、心ありて聞き給ふけると思すに、いとほしう心苦し。」
――(御息所のお手紙には)恨み事が書いてあるのでした。夕霧は胸がどきどきして、あの夜のことを、御息所は意味あるように(実事があったと)聞かれたのだと思われたとしたならば、ああお気の毒なことよ。――

 御息所のお手紙は、実に辛そうに、頼りなくぼかした書き方ではありますが、昨夜は待ちぼうけて、夜を明かされたのだろうと、夕霧は何とも言いようのないお気持で、

「女君ぞいとつらう心憂き。すずろにかくあだへ隠して、いでや、わがならはしぞや、と、さまざまに身もつらくて、すべて泣きぬべき心地し給ふ」
――女君(雲井の雁)が大変恨めしい。こんな訳もない悪戯でかくすなんて。いや、それもこれも私の躾(女は嫉妬せぬのが最大の美徳)が悪かったからだと、何かにつけてわが身も辛く、まったく泣きたいほどにやるせない心地です――

◆あやしきまめざま=怪しき(普通でない、不思議なほど)まめざま(忠実のさま)

◆あだへ隠して=徒ふ(あだふ=ふざける、戯れる)=ふざけて隠したりして。

ではまた。

源氏物語を読んできて(614)

2010年01月10日 | Weblog
2010.1/10   614回

三十九帖 【夕霧(ゆうぎり)の巻】 その(29)

 「女は、かくもとめむとも思ひ給へらぬをぞ、げに懸想なき御文なりけり、と、心にも入れねば、君達のあわて遊びあひて、雛つくりひろひすゑて遊び給ふ。(……)取りし文のことも思ひ出で給はず。」
――女(雲井の雁)は、夕霧がそれほどお文を探そうとはなさらないらしいので、あれはやはり恋文ではなかったのかしらと、気にも留めず、子供たちが遊び騒いでいるので雛遊びなどにご一緒になって遊んでいらっしゃる。(その上に小さい子が這いまわり、着物をひっぱったりしていますので)昨夜、取り上げたお文のことなどすっかり忘れてしまっているようです――

「男は他事の覚え給はず、かしこに疾く聞こえむと思すに、よべの御文のさまも、えたしかに見ずなりにしかば、見ぬさまならむも、散らしてけるとおしはかり給ふべし」
――男(夕霧)は、他のことは考えられず、早く小野の山荘へお返事を出したいと思われますが、何しろ昨夜の御文の内容も確かめずに終わってしまったこととて、文面を拝見していない風なお返事をしたためては、きっとお文を失くされたのだとお思いになろうから――

 と、思い乱れていらっしゃる。お昼のお食事が終わって何となくのんびりとした
頃、夕霧は思案にくれて、雲井の雁に、

「よべの御文は何事かありし。あやしう見せ給はで。今日もとぶらひ聞こゆべし。なやましうて、六条にもえ参るまじければ、文をこそは奉らめ。何事かありけむ」
――昨夜のお手紙には何が書いてあったのですか。変にお見せにならないで。今日も六条院の花散里(母・葵の上亡きあと、母代わりに世話をしてくださった方。もちろん源氏の女である)の御方をお見舞いに伺わなくては。私は気分が悪くて六条院に参上できそうもないので、お文を差し上げようと思うのです。何と書いてありましたか――

 と言われますが、ごくさりげなくおっしゃるので、雲井の雁は、手紙を隠すなどと愚かなことをしたのが恥ずかしく、そのことにはわざと触れず、

「一夜の深山風に、あやまち給へるなやましさななりと、をかしきやうにかこち聞こえ給へかし」
――先日の夜、小野へ行って、山の風邪を引きこんで気分が悪くて困ります、と、面白ろ可笑しく書いてお上げなさいまし――

 とおっしゃる。

ではまた。


源氏物語を読んできて(613)

2010年01月09日 | Weblog
2010.1/9   613回

三十九帖 【夕霧(ゆうぎり)の巻】 その(28)

 夕霧は、

 「にはかにと思すばかりには、何事か見ゆらむ。いとうたてある御心の隈かな。よからず物聞こえ知らする人ぞあるべき。あやしう、もとよりまろをばゆるさぬぞかし。」
――急にあなたがそのように思うのは、一体私が何をしたというのです。いやにお疑いですね。誰か告げ口をする者がいるのでしょう。まったく昔から私を毛嫌いしている人がいるのでね――

「なほかの緑の袖の名残、あなづらはしきことにつけて、もてなし奉らむと思ふやうあるにや、いろいろ聞きにくき事どもほのめくめり。あいなき人の御為にも、いとほしう」
――(雲井の雁の乳母で、暗に大輔の乳母が)やはり、例の六位だったときを侮る気持ちが残っていて、それを口実にあなたを私から遠ざけようと思うのか、いろいろと厭な噂を撒き散らすようだ。そんな疑いを受けられる筋合いでもない方(落葉宮)にとってはお気の毒な事だ――

 と、おっしゃりながら、夕霧はお心の内で、

「つひにあるべき事と思せば、ことにあらがはず」
――きっとあの落葉宮との関係は、遂げられる筈だと確信していますので、これ以上に強くは争われない――

 大輔の乳母は、傍らで心苦しく聞いて辛く思いますが、さりとて何も申し上げずにおります。雲井の雁は、

「とかく言ひしろひて、この御文はひき隠し給ひつれば、せめてもあさり取らで、つれなく大殿籠りぬれば、胸はしりて、いかで取りてしがな、と、御息所の御文なめり、何事ありつらむ、と、目もあはず、思ひ臥し給へり。」
――(雲井の雁が)何かと意地を張ってそのお手紙を隠してしまわれましたが、夕霧は無理に取ることもせず、平気な風で夜具にお入りになったものの、胸騒ぎがして、何とかしてあれを取り返したい、きっと御息所からのお文だろう、何事があったのか、と、眠れず横になっていらっしゃる――

 雲井の雁が寝入ったらしいので、昨夜の雲井の雁のお部屋を探ってみましたが、見つかりません。翌朝もそここことお探しになりますが、どこに隠されたのか、どうしても見つかりません。

◆かの緑の袖の名残=かつて雲井の雁の乳母の大輔が「袍の緑・六位の」身分の低さを言って、軽蔑したこと

◆言ひしろひ=言い合う。言い争う。

ではまた。


源氏物語を読んできて(612)

2010年01月08日 | Weblog
2010.1/8   612回

三十九帖 【夕霧(ゆうぎり)の巻】 その(27)

 お手紙を取り上げられた夕霧のご様子が、それほど残念そうでもありませんので、雲井の雁は「本当にそうかも知れない」と、御文の文面など見ずにそのままお持ちになりながら、

「年月に添ふるあなづらはしさは、御心ならひなべかめり」
――年月が経つにつれて人を侮るようになったのは、あなたの方こそのお心癖の方でしょう――

 とだけ若々しく可愛げのある風に雲井の雁がおっしゃるのは、夕霧があまりにも物に動じない風にいていらっしゃるので、きまりが悪いと思ってのことのようです。夕霧はお笑いになりながら、

「そはともかくもあらむ。世の常のことなり。またあらじかし、よろしうなりぬる男の、かくまがふ方なく、ひとつ所を守らへて、物おじしたる鳥のせうやうの物のやうなるは。いかに人笑ふらむ。さるかたくなしき物に守られ給ふは、御為にもたけからずや。」
――それはそうかもしれないが、世間並みのことですよ。相当の身分の者で、こんなに脇目もふらず、一人の女を守り続けて、雌鷹を恐れる臆病な雄鷹のようにおどおどしている者は、まず居ますまい。どんなに世間の人に笑われていることか。こんな融通の利かない男に守られておいででは、あなたにも名誉なことではないでしょうよ――

 つづけて、

「あまたが中に、なほ際まさりことなるけぢめ見えたるこそ、余所のおぼえも心にくく、わが心地もなほ旧り難く、をかしき事もあはれなる筋も絶えざらめ。…」
――大勢の女の中で、各段の待遇を受けるのこそ、世間から見ても奥ゆかしく、ご自分でも常に生き生きと、世の中の楽しみが絶えないというものでしょう。…――

 と、夕霧は、あの御文を取り戻したい下心で、わざと陽気に何気ない風におっしゃる。雲井の雁は屈託なく微笑まれて、

「(……)いと今めかしくなりかはれる御気色のすさまじさも、見習はずなりにける事なれば、いとなむ苦しき。(……)」
――(あなたが見栄え良くなさろうというのに、私のように古びてしまった者は、困ってしまいますわ)この頃、ばかに若々しくなられたご態度に(浮気心)、今まで馴れていませんでしたから、辛くてなりません。(前から私を馴れさせてくださればよかったのに=嫉妬心に)

 雲井の雁が文句を言われるご様子も、可愛らしくて、夕霧には悪い気がしません。

◆物おじしたる鳥のせうやうの物のやうなるは=雌鷹を恐れる雄鷹(せう)のような男は。

◆たけからず=長く・闌く(たく)=盛りになる。ある方面に長ずる。

ではまた。


源氏物語を読んできて(611)

2010年01月07日 | Weblog
2010.1/7   611回

三十九帖 【夕霧(ゆうぎり)の巻】 その(26)

 夕霧はこの日、昼ごろから自邸にいらして、今夜も引き返して小野の山荘に伺いたい気でいらっしゃるが、尋ねでもしたならば、それこそ何かがあったのではないかと、実際は何もなかったのに誤解されても具合悪いと、我慢なさって、なおさら今迄の不安なお気持よりも物思いが重なって、歎きがちでおいでになる。

 北の方(雲井の雁)は、

「かかる御ありきの気色ほのききて、心やましと聞き居給へるに、知らぬやうにて、君達もてあそび紛らはしつつ、わが昼の御座に臥し給へり」
――(夕霧の)夜歩きの噂をどこからともなくお聞きになっていて、癪にさわってはいるものの、知らない振りをして、お子たちとの遊びに紛らわしては、ご自分の昼間の居間に横になっていらっしゃいます――

「宵過ぐる程にぞ、この御返りもて参れるを、かく例にもあらぬ鳥のあとのやうなれば、とみにも見解き給はで、御殿油近う取り寄せて見給ふ」
――宵を大分過ぎるころに、(山荘の御息所)からのお返事が参りました。開いて見ますといつものような端麗な筆跡に似ず、鳥の足跡のような文字ですので、直ぐには読み解くことが出来ませんので、灯りを近くにお寄せになります――

 と、

 「女君物隔てたるやうなれど、いと疾く見つけ給うて、這いよりて、御後より取り給うつ」
――女君(雲井の雁)は、物を隔てたところにいらっしゃいましたが、夕霧のご様子をすぐに見つけて、居ざり寄って後ろからそのお文を取り上げていまいました――

 夕霧は、

「あさましう。こはいかにし給ふぞ。あなけしからず。六条の東の上の御文なり。今朝風邪おこりて悩ましげにし給へるを、院の御前に侍りて出づる程、またも参うでずなりぬれば、いとほしさに、今の間いかにと聞こえたりつるなり」
――ひどいことを……。これは何をなさる。怪しからんことだ。それは六条の東の上(花散里)のお手紙ですよ。今朝お風邪で具合が悪そうでしたが、源氏の院への帰りに立ち寄ってのお見舞いをせずに参りましたので、只今ご気分はいかがですか、と書き送ったのですよ――

「見給へよ、懸想びたる文の様か。さてもなほなほしの御様や。年月に添へて、いたうあなづり給ふこそうれたけれ。思はむ所を無下にはぢ給はぬよ」
――御覧なさい。恋文のような文ですか。それにしても品のないことをなさいますね。年月が経つにつれて、次第に私を見下げるようになられたとは、嘆かわしい。私にどう思われても恥ずかしくないのですか――

◆なほなほし=直直し=平凡である。何の取り柄もない。

◆あなづり=あなどるの古形で、侮る=見下げる

◆写真:源氏物語絵巻「夕霧」 夕霧の後ろから雲井の雁が御文を取り上げるところ。 

ではまた。

源氏物語を読んできて(610)

2010年01月06日 | Weblog
2010.1/6   610回

三十九帖 【夕霧(ゆうぎり)の巻】 その(25)

 夕霧からのお手紙をお読みになって、御息所は、

「この御文もけざやかなる気色にもあらで、めざましげに心地よ顔に、今宵つれなきを、いといみじ」
――このお文でも、夕霧のはっきりとした態度が見られず、腹の立つほど好い気なご様子で、やはり今夜も尋ねては来られないのは、全くひどい話――

 と、がっかりなさる。

「故かんの君の御心ざまの思はずなりし時、いと憂しと思ひしかど、大方のもてなしはまた並ぶ人なかりしかば、こなたに力ある心地して、なぐさめしだに、世には心もゆかざりしを、あないみじや、大殿のわたりに思ひ宣はむこと」
――亡き柏木のご態度が、案外で当てにならなかった頃、厭なことだと思っていましたが、表面上は落葉宮を第一の人としての待遇を怠らずにつとめてくださった。それだけの権威がこちらにあるからと、自らをなぐさめていましたが、それでさえ不満でなりませんでしたのに、ああ酷いことよ。致仕大臣(柏木の父君)あたりの思いは、どんなでしょう。――

 と、あの頃のことまで思い出され、悔しくてなりません。いったい夕霧はどんなお積りか。あの方のご様子だけでも探ってみなくてはと、気分も悪い中で、手も震え、妙な鳥の足のような筆跡でお手紙をお書きになります。「宮にお返事を薦めるのですが、気分も優れないようですので、わたしが見かねまして」という書き出しで、

(歌)「女郎花しをるる野辺をいづことてひと夜ばかりの宿をかりけむ」
――女郎花(おみなえし=歌では多く女性にたとえる)の宮が、これほど沈んでいますのに、一体あなたは誰のつもりで唯一夜だけお泊りになったのですか――

 と、お書きになったきり横に臥してしまわれ、ひどくお苦しみになります。少しお加減が良かったのは、物の怪が油断していたからかと侍女たちが大騒ぎしています。いつもの上手な加持僧が大声で祈祷なさる。落葉宮はご心配で、母上がお亡くなりになるようなら、一緒に死のうと思われて側に寄り添っていらっしゃる。

◆めざましげ=(素晴らしい。立派。の意もあるが)ここでは、心外だ。あきれるほどだ。

◆心地よ顔=心地良顔=気持よさそうな表情・態度。いい気な態度。

ではまた。

源氏物語を読んできて(609)

2010年01月05日 | Weblog
2010.1/5   609回

三十九帖 【夕霧(ゆうぎり)の巻】 その(24)

 夕霧から、また御文がありました。生憎事情を知らない女房が「夕霧大将から小少将の君へとのことです」と取り次ぎますので、小少将は困りながらも仕方が無く、その
御文を受けとりますと、御息所が、

「いかなる御文か。いでその御文、なほ聞こえ給へ。あいなし。人の御名をよさまに言ひ直す人は難きものなり。底に清う思すとも、しか用ゐる人は少なくこそあらめ。心うつくしきやうに聞こえかよひ給うで、なほありしままならむこそよからめ。あいなきあまえたるさまなるべし」
――どのような御文ですか。(落葉宮に対して)さあその御文にはお返事をお上げなさいませ。お返事をなさらないのは失礼でしょう。一旦立ちました噂を「実は違います」などと言い直してくれる人はいませんからね。あなたは潔白でいらしても、信じてくれる人は少ないでしょう。素直にお返事なさって今迄通りになさるのがよいでしょう。お返事をなさらないのは幼くて我儘というものでしょう――

 と、実は御息所としては、ひそかに夕霧が自らお出でになることを待っておられましたのが、そうでもなく御文だけとは、実際はそうではなかった(お二人が契り合わなかった)らしいことに、胸騒ぎをして一気に仰せになります。(ここの解釈は、御息所としては、宮に噂が立った以上は、夕霧に婿としての、きちんとした世間への表明儀式をしてもらいたいと思っている。浮気の相手とされた噂ではたまらない。内親王として疵の少ない方を選ぼうとしている。それには事実婚の証として三夜通ってくること。)

 けれども夕霧の御文の中身には、

「あさましき御心の程を、見奉りあらはいてこそ、なかなか心やすくひたぶる心もつき侍りぬべけれ。『せくからにあささぞ見えむ山川のながれての名をつつみはてずは』」
――あまりにも(落葉宮の)情れない御心と分かりましてからは、返ってそれならば、と、私の一途な思いがつのりそうです。(歌)「私を嫌っても、あなたの思慮の浅さが見えるだけです。一度流れた浮名を包みきれない以上は」

 そのほかに、くどくどと書かれていましたが、御息所はご気分が悪くなられて、最後まで読むことができません。

◆よさまに=善様に=善いように

ではまた。


源氏物語を読んできて(608)

2010年01月04日 | Weblog
2010.1/4   608回

三十九帖 【夕霧(ゆうぎり)の巻】 その(23)

 御息所はご病気中ですが、落葉宮に対して作法に叶った礼儀正しさで宮をお迎えになります。

「……この二日三日ばかり見奉らざりける程の、年月の心地するも、かつはいとはかなくなむ。後必ずしも、対面の侍るべきにも侍らざめり。まためぐり参るとも、かひやは侍るべき」
――この二日三日お目にかかりません間が、何年もお会いしていない感じですが、明日をも知れぬわが身と思えばはかないものです。親子は一世の縁と申します。後の世でも必ずお目にかかれるとは限りません。(またこの世に生まれ合せることがありましても、前世で親子であったとは知る由もないでしょう)――

「思へばただ時の間に隔たりぬべき世の中を、あながちにならひ侍りにけるも、悔しきまでなむ」
――思えば、一瞬でお別れせねばならないこの世ですのに、あなたと余りにも睦まじく暮らして参りましたことが、返って口惜しいほどでございます――

 と、申し上げながらお泣きになります。宮も悲しみが胸に込み上げていらして、お返事の言葉もなく、ただ母君のお顔をご覧になっているばかりです。

「物づつみをいたうし給ふ本性に、際々しう宣ひさわやぐべきにもあらねば、はづかしとのみ思すに、」
――(落葉宮という方は)大そう内気なご性質ですので、昨夜のことでも、きちんと言い訳なされそうにもなく、ただ恥ずかしそうにしていらっしゃるように見えますので」

 御息所は、そのご様子をお気の毒に思って、その訳をお訊ねにはなりません。夕餉のお食事を宮の分もこちらへ運ばせてお進めしますが、宮は何も召し上がりません。
宮は、母君の御病気が小康を得られたようですので、そのことに少し安心なっさったようでした。

◆物づつみ=物慎み=物事を慎み隠すこと。遠慮深い。内気。

2010年も佳き年でありますように。今年も続けていきますので、どうぞよろしく。ではまた。