永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(627)

2010年01月23日 | Weblog
2010.1/23   627回

三十九帖 【夕霧(ゆうぎり)の巻】 その(42)

 また、小少将はつづけて、

「過ぎにし御事にも、ほとほと御心惑ひぬべかりし折々多く侍りしを、宮の同じさまに沈み給うしを、こしらへ聞こえむの御心強さになむ、やうやう物覚え給うし。」
――亡き殿(柏木)のご葬儀などでも、ほとんど正気を失くされるという折がありましたが、宮が同じように意気消沈されておりますのを励ましてさしあげようとの御心の張りで、だんだんに意識を取り戻されたのでございました――

 この度は、宮は悲嘆のあまり、人心地もなく茫然と暮らしていらっしゃることなども、小少将は涙をこらえながら、途切れ途切れに申し上げますと、夕霧は、

「そよや。そもあまりにおぼめかしう、いふかひなき御心なり。今はかたじけなくとも、誰をかはよるびに思ひ聞こえ給はむ。(……)いとかく心憂き御気色聞こえ知らせ給へ。よろづの事さるべきにこそ。世にあり経じと思すとも、従はぬ世なり。先づはかかる御別れの、御心にかなはば、あるべき事かは」
――それそれ。宮のそのお心も余りにも弱々しく不甲斐ない。今となっては畏れ多いことですが、他に誰を頼みとなされるでしょう。(御父宮の朱雀院も深山に世をお捨てになった御生活ですし、行き来されるのも難しい)これ程まで情れない宮の御態度を、あなたからご意見申し上げてください。すべては宿世の縁というものです。この世に生きていたくないと思われても、そうは行かない世の中ですよ。思いのままになる世でしたら、このような御死別があるはずがないでしょう――

 言葉をつくしていろいろと夕霧はお話になりますが、小少将は何も申し上げようもなくて、悲嘆にくれております。夕霧は何かれと宮へ御挨拶を申し上げますが、落葉宮は、

「今はかくあさましき夢の世を、少しも思ひさます折あらばなむ、絶えぬ御とぶらひも聞こえやるべき」
――今はこのように情けない夢を見続けているような有様でございますが、そのうち少しでもこの夢が覚めて現実に帰る折もございましたら、いつも絶えずお見舞いくださった御礼も申しあげましょう――

 とのみ、

「すくよかに言はせ給ふ。いみじういふかひなき御心なりけり、と歎きつつ帰り給ふ」
――(落葉宮は)素っ気ないお返事をおさせになります。(夕霧は)まったく張り合いのないお心だなあと歎きながらお帰りになるのでした。――

◆すくよかに=健よか=身体が元気で心がしっかりしている。ここでは、素っ気ない、無愛想。

◆写真:竜胆(りんどう)