永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(620)

2010年01月16日 | Weblog
2010.1/16   620回

三十九帖 【夕霧(ゆうぎり)の巻】 その(35)

 「程さへ遠くて、入り給ふ程いと心すごし。ゆゆしげに引き隔てめぐらしたる、儀式のかたは隠して、この西面に入れ奉る。大和の守出で来て、泣く泣くかしこまり聞こゆ」
――夕霧は、心せかれますが、なる程小野までは道のりが長く、門を入られますと、あたりは全く物寂しい限りです。取りなしの侍女が、それらしく屏風を立て廻らしている葬儀場の方はお見せせず、西面に夕霧をご案内します。御息所の甥の大和の守が立ち出でてきて、泣く泣く夕霧にご弔問の御礼を申し上げます――

 女房達はみな気も動転して、気落ちし泣いております。夕霧も何も申し上げられずにおりましたが、やっと気を落ち着けて、小少将に、

「よろしうおこたり給ふさまに承りしかば、思う給へたゆみたりし程に、夢もさむる程侍るなるを、いとあさましうなむ」
――大分お加減が良くおなりになったと伺いましたので、安心しておりました所へ、夢でさえ覚めるのに時間があるものですのに、これは又何という儚なさでしょう――

 とのお言葉を、宮へのお取り次ぎを願って申し上げます。

「思したりしさま、これに多くは御心も乱れにしぞかしと思すに、さるべきとは言ひながらも、いとつらき人の御契りなれば、答へをだにし給はず」
――(落葉宮は)御息所のご心痛が、多くはこの夕霧の為に余計ひどくなったことだとお思いですので、何かの因縁とは言いながら、何とも恨めしい人なので、お返事をさへされません――

 そのような宮に侍女たちは、

「いかに聞こえさせ給ふとか、聞こえ侍るべき。いと軽らかならぬ御様にて、かくふりはへいそぎ渡らせ給へる御心ばへを、思しわかぬやうならむも、あまりに侍りぬべし」
――それでは何と申し上げればよろしいでしょうか。重い御身分でこうしてわざわざ急いでお出でくださった御誠意を、分からない風になさいますのは、あまりにもひどいなさり方だと存じます――

 と、口々に申し上げます。宮は、

「ただおしはかりて。われは言ふべきことも覚えず」
――ただ良いように、お返事を申し上げてください。私からは何と申し上げたらよいかわかりません――

 と、おっしゃってうち臥しておしまいになりますのも、ご無理のないことです。

◆写真:山道を照らす月明り

ではまた。