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永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(240)

2008年12月03日 | Weblog
12/3  240回

【玉鬘(たまかづら)】の巻】 その(18)

「その夜やがて、大臣の君渡り給へり。」
――その夜、早速源氏は玉鬘のもとにお出でになります。――
侍女たちは、昔から光源氏の君のことは聞いておりましたが、ほのかな大殿油の灯る御几帳の隙間からお見上げ申しますと、それは恐ろしいほどのお美しさです。

源氏は玉鬘に、

「火こそいと懸想びたる心地すれ。親の顔はゆかしきものとこそ聞け。さも思さぬか」
――薄暗い燈火は、妙に色ごとめいた気がしますね。親の顔は懐かしいものと聞いていますが、あなたはそう思いませんか――

 などと、始めから親のように打ち解けた言葉づかいに、玉鬘は無暗と恥ずかしく横を向いております。

 つづけて源氏は、いろいろとお話をされます。「長年行方が分からず、今このようにお逢いできて、貴女の母君の夕顔を思い出し、感極まって言葉もありません。親子の間でこのように長い間逢わなかったのは例のないことでしょう。あなたももう初心らしく、恥ずかしがっているお歳でもないでしょう、どうしてそんなに気を揉ませる風なのですか、恥ずかしがり屋だね」

 と、恨み事のような源氏のお言葉に、何と申し上げようかと玉鬘は、

「足立たず沈みそめ侍りにける後、何事もあるかなきかになむ」
――まだ立ち歩きさえはかばかしく出来ませんうちに、筑紫の方に身を沈めてしまいましてからは、何もかもはかなく夢のようにばかり過ごして参りました――

 その声が、昔の夕顔に良く似ていて、お返事ぶりもなかなか立派であると満足なさって、東の対から立ち戻られました。

 紫の上の許にお出でになり、

「さる山がつの中に年経たれば、いかにいとほしげならむと侮りしを、かへりて心はづかしきまでなむ見ゆる。(……)」
――どこかの田舎の奥で育てられたので、どんなに見苦しいだろうと侮っておりましたが、とんでもない、こちらが恥ずかしいほど立派に見えましたよ。(こんな娘が居ることを、何とかして世間に知らせて、浮気男たちがこの屋敷を慕ってくるのを見たいものだ)――

との源氏のことばに、紫の上は、

「あやしの人の親や。先づ人の心はげませむことを先に思すよ。けしからず」
――変った親心ですこと。真っ先に人の気を誘うことをお考えになるなんて、いけないことですわ――

 源氏は「実際にあなたを、そんな風にして男たちを試してみるのだったな。あの頃は実に考えもなく、早く妻にしてしまったものですよ」とお笑いになりながらおっしゃるので、紫の上はちょっとお顔を赤らめられていらっしゃるのが、何ともまたお美しい。

 源氏は中将の君(夕霧)にも兄として対面をおさせになります。玉鬘の身の周りの御役として、豊後介も家司の一人に取り立てられ、急に打って変っての晴れ晴れしさに、源氏のご配慮を有り難く思うのでした。

ではまた。

源氏物語を読んできて(239)

2008年12月02日 | Weblog
12/2  239回

【玉鬘(たまかづら)】の巻】 その(17)

 このようなことがありましたのは、九月の頃でしたが、玉鬘が六条院にお渡りになるのも、そうすらすらとはいかず、仕え人を選び整えて、装束などもお揃えになって、十月になってやっと、お移りになりました。お部屋を花散里の御殿に託されて、花散里に申しますには、

「あはれと思ひし人の物うんじして、はかなき山里に隠れ居にけるを、幼き人のありしかば、母も亡くなりにけり。(……)山がつめきて生ひ出でたれば、鄙びたること多からむ。さるべく事に触れて教へ給へ」
――可愛いと思った人が、世をはかなんで、どこかの山里に隠れてしまったのですが、幼い子がおりました。その愛しい人が亡くなって、(以外にもその姫君が見つかりまして……)田舎じみて育ちましたので、都慣れぬことも多いでしょう。その時々に即して、どうぞお教えください――

と、たいそう細やかにおっしゃいます。花散里は、

「げにかかる人のおはしけるを、知り聞こえざりけるよ。姫君の一所ものし給ふがさうざうしきに、善き事かな」
――まあ、そのような御方がいらっしゃるとは存じませんでした。姫君がお一人しかいらっしゃらないのが物足りない所へ、それは本当に善いことでした――

と、おおらかなご気性そのままに、仰います。

源氏は、
「かの親なりし人は、心なむ、あり難きまでよかりし。御心も後ろ安く思ひ聞こゆれば」
――姫君の母親という人は、心ばえが、めったにないほど素直でした。あなたのご気性も安心に思いますので、お頼みするのです。――

とおっしゃれば、花散里は、

「つきづきしく後見む人なども、ことおほからで、つれづれに侍るを、うれしかるべきことになむ」
――私の手でお世話する方も、格別多くはいらっしゃいませんで、つれづれでおりますので、こちらこそ嬉しいことでございます――

 御殿の人々は、玉鬘が殿の姫君とは知らず、「殿は、今度はどんな女君を捜し出されたのだろう。厄介な古物いじりをなさることだ」と言い合っているようです。

 お引き移りは、車三輌で、侍女や供人の装束も、右近がお世話申していますので、田舎びることもありません。

◆物うんじ=物倦んじ=飽きていやになること。世をはかなむこと。


源氏物語を読んできて(238)

2008年12月01日 | Weblog
12/1  238回

【玉鬘(たまかづら)】の巻】 その(16)

玉鬘の御住居を、夏の御殿・花散里の西の対にお定めになります。花散里という方は、

「あひずみにも、忍びやかにこころよくものし給ふ御方なれば、うち語らひてもありなむ、と思しおきつ」
――源氏は、同居でも、内気で気だてのよい御方ですから、玉鬘と仲良くなさるでしょうと、思われたのでした――
 
 源氏は、ここではじめて、紫の上にも、あの昔の夕顔との恋物語を話し出されました。紫の上は、今までずうっとお心に秘密にしてこられたことを恨みに申し上げますと、源氏は、

「理なしや。世にある人の上とてや、問はず語りは聞こえ出でむ。かかるついでにへだてぬこそは、人にはことに思ひ聞ゆれ」
――それは無理なこと。生きている人のことでさえ、聞かれもしないのに話出しはしない。それをこんな機会に隠さずお話をするのは、つまり、あなたを特別大切に思っているからですよ――

 とおっしゃって、また懐かしげに思い出されるままに、

「(……)自からさるまじきをもあまた見し中に、あはれとひたぶるにらうたき方は、また類なくなむ思ひ出でらるる。世にあらましかば、北の町にものする人のなみには、などか見ざらまし。かどかどしう、をかしき筋などは後れたりしかども、あてはかにらうたくもありしかな」
――(世間で、沢山の女の執念の深さを見てきましたから、自分は決して浮いた心は持つまいと思っていたのですが)やはり、そうもしていられない女も大勢いた中に、実に可憐と思われる点では、あの夕顔は、他に並ぶ者もなく思いだされるのですよ-―

紫の上は、

「さりとも明石なみには、たちならべ給はざらし」
――それでもまさか、明石の御方ほどの待遇はなさらないでしょう――

 と、やはり、明石の御方を気に障る方として、お心に許していらっしゃらないようです。しかし、傍らで明石の姫君の愛らしいご様子をご覧になると、その可愛らしさに、

「また道理ぞかし、と思しかへさる。」
――源氏が姫君の御母として明石の御方を重んじられるのも尤ものことと、紫の上は思い返されるのでした。――

ではまた。

源氏物語を読んできて(六条院全景)

2008年12月01日 | Weblog
◆六条院全景

手前右:春の御殿 源氏と紫の上、明石の姫君の御住居。
手前左:秋の御殿 秋好中宮の御住居(元は、六条御息所の住居跡)
奥の右:夏の御殿 花散里と夕霧の御住居。その東の対に玉鬘を住まわせる。
奥の左:冬の御殿 明石の御方の御住居。

◆一つの御殿の敷地は約4,400坪  風俗博物館