12/21 258回
【胡蝶(こてふ)】の巻】 その(6)
右大将 髭黒(ひげぐろ)の大将。承香殿女御の兄で、春宮の伯父に当たる。
兵部卿の宮が、玉鬘に言い寄られて幾ほどにもなりませんのに、もうじれて恨み事を書き並べているお文をご覧になって、源氏はにんまりと、しかし複雑なお顔で、
「(……)ただかやうの筋のことなむ、いみじう隔て思う給ひてやみにしを、世の末にかく好き給へる心ばへを見るが、をかしうもあはれにも覚ゆるかな。」
――(兵部卿の宮とは小さい時から、大勢の親王たちの中でも、特に親しんで仲良くしてきましたが、)ただ、女のことに関しては、宮は私に隠し切っていまわれたしたので、今になってこうして色めいた気持ちを見るのは、面白くもあるし、しみじみともすることだなあ――
やはり、宮にはお返事をなさい。まことに風格のあるかたですよ、と源氏は強くおっしゃいますが、玉鬘は恥ずかしくお思いになるばかりです。
「右大将の、いとまめやかにことごとしきさましたる人の、恋の山には孔子もたふれまねびつべき気色に憂へたるも、さる方にをかしと皆身くらべ給ふ中に、唐の縹の紙の、いとなつかしう、しみ深うにほえるを、いと細くちひさく結びたるあり。」
――髭黒の大将で、ごく真面目でしかめつらしい様子をしている人が、恋の道には孔子も倒れるという諺どおりになりそうな風で、想いを訴えているのもまた興味を覚えられていらっしゃる様子です。また、ご覧になる中に、舶来の花色の紙で、ごく魅力的な香をたきしめたものを、細く小さく結ばれたものがあります。――
源氏は、どうすればこのように結べるなかな、などとおっしゃってお開けになりますと、手蹟はまことに立派で、(歌)
「思ふとも君は知らじなわきかへりいはもる水に色し見えなば」
――胸に湧きかえる私の想いは、岩を漏る水のように色にあらわれぬゆえ、どんなに思ってもあなたはご存じないでしょう――
なかなか、現代風で洒落ているが、これは、どういう文なのか、と、源氏は玉鬘に聞きますが、はっきりとはご返事なさらないのでした。
歌は、柏木からのもので、内大臣のご長男、玉鬘とは血縁なのです。
ではまた。
【胡蝶(こてふ)】の巻】 その(6)
右大将 髭黒(ひげぐろ)の大将。承香殿女御の兄で、春宮の伯父に当たる。
兵部卿の宮が、玉鬘に言い寄られて幾ほどにもなりませんのに、もうじれて恨み事を書き並べているお文をご覧になって、源氏はにんまりと、しかし複雑なお顔で、
「(……)ただかやうの筋のことなむ、いみじう隔て思う給ひてやみにしを、世の末にかく好き給へる心ばへを見るが、をかしうもあはれにも覚ゆるかな。」
――(兵部卿の宮とは小さい時から、大勢の親王たちの中でも、特に親しんで仲良くしてきましたが、)ただ、女のことに関しては、宮は私に隠し切っていまわれたしたので、今になってこうして色めいた気持ちを見るのは、面白くもあるし、しみじみともすることだなあ――
やはり、宮にはお返事をなさい。まことに風格のあるかたですよ、と源氏は強くおっしゃいますが、玉鬘は恥ずかしくお思いになるばかりです。
「右大将の、いとまめやかにことごとしきさましたる人の、恋の山には孔子もたふれまねびつべき気色に憂へたるも、さる方にをかしと皆身くらべ給ふ中に、唐の縹の紙の、いとなつかしう、しみ深うにほえるを、いと細くちひさく結びたるあり。」
――髭黒の大将で、ごく真面目でしかめつらしい様子をしている人が、恋の道には孔子も倒れるという諺どおりになりそうな風で、想いを訴えているのもまた興味を覚えられていらっしゃる様子です。また、ご覧になる中に、舶来の花色の紙で、ごく魅力的な香をたきしめたものを、細く小さく結ばれたものがあります。――
源氏は、どうすればこのように結べるなかな、などとおっしゃってお開けになりますと、手蹟はまことに立派で、(歌)
「思ふとも君は知らじなわきかへりいはもる水に色し見えなば」
――胸に湧きかえる私の想いは、岩を漏る水のように色にあらわれぬゆえ、どんなに思ってもあなたはご存じないでしょう――
なかなか、現代風で洒落ているが、これは、どういう文なのか、と、源氏は玉鬘に聞きますが、はっきりとはご返事なさらないのでした。
歌は、柏木からのもので、内大臣のご長男、玉鬘とは血縁なのです。
ではまた。