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【初音(はつね)】の巻】 その(1)
源氏 36歳 正月
紫の上 28歳
明石の御方 27歳
明石の姫君 8歳
玉鬘 22歳
夕霧 15歳
「年立ちかへる朝の空の気色、名残なく曇らぬうららかげさには、数ならぬ垣根の内だに、雪間の草若やかに色づきはじめ、(……)」
――年が改まって、すっかり晴れ渡ったうららかな気分には、つまらない家の庭でさえ、雪の間に草が萌え出でて、(いつわが世となるかと、待ちかねたように木の芽も膨らみ、春めいて立つ霞の空に、自ずから人の心ものびのびするようです。ましてや、善美をつくした六条院では、お庭をはじめとして、何もかも結構づくめで、ひときわ美しく着飾った女君たちのご様子は、いちいち形容のしようもなく言葉もございません)――
「春のおとどの御前、とり分きて、梅の香も御簾の内のひほいに吹きまがひて、生ける仏の御国と覚ゆ。さすがにうちとけて、やすらかに住みなし給へり。」
――春の御殿のお庭はとりわけ、梅の香も御簾の内の薫物の香と紛うほど芳ばしくて、この世ながらの極楽浄土かと思われます。紫の上はなるほど正妻らしくゆったりとくつろいでお住まいになっていらっしゃいます。――
みな、歯固めの祝いや餅鏡を取り寄せて、長寿を願ったり、願い事などにぎやかに正月を祝っております。朝の間は年賀の方々で立て込んでおりました御殿も、夕方になって、源氏は女君の方々の許へ年賀にいらっしゃるため、
「心ことに引き繕ひ、化粧じ給ふ御影こそ、げに見るかひあめれ」
――格別念入りに装束を整え、お化粧されたそのお姿は、まことに見る甲斐のある御有様でございます――
まず、紫の上に餅鏡でお祝いをされての(歌)
「うす氷とけぬる池のかがみには世にたぐひなきかげぞならべる」
――新春の池に、あなたと二人並んだ幸福そうな影が映っています――
紫の上の(歌)
「くもりなき池の鏡によろづ代をすむべきかげぞしるく見えける」
――晴れ晴れとした池に、いつまでも変わらず暮らす二人の影が映っています――
「げにめでたき御あはひどもなり」
――お二人は、まことに結構な御仲でいらっしゃいます――
◆歯固めの祝いや餅鏡=年の初めに、大根、橘、押鮎、餅などを食し、歯を固めて寿命を願う行事。「萬代を松にぞ君を祝ひつる千年の陰に住まむと思へば」の歌を誦す。
餅鏡は、今の鏡餅、これを前にしてやはり幸を願う。
ではまた。
【初音(はつね)】の巻】 その(1)
源氏 36歳 正月
紫の上 28歳
明石の御方 27歳
明石の姫君 8歳
玉鬘 22歳
夕霧 15歳
「年立ちかへる朝の空の気色、名残なく曇らぬうららかげさには、数ならぬ垣根の内だに、雪間の草若やかに色づきはじめ、(……)」
――年が改まって、すっかり晴れ渡ったうららかな気分には、つまらない家の庭でさえ、雪の間に草が萌え出でて、(いつわが世となるかと、待ちかねたように木の芽も膨らみ、春めいて立つ霞の空に、自ずから人の心ものびのびするようです。ましてや、善美をつくした六条院では、お庭をはじめとして、何もかも結構づくめで、ひときわ美しく着飾った女君たちのご様子は、いちいち形容のしようもなく言葉もございません)――
「春のおとどの御前、とり分きて、梅の香も御簾の内のひほいに吹きまがひて、生ける仏の御国と覚ゆ。さすがにうちとけて、やすらかに住みなし給へり。」
――春の御殿のお庭はとりわけ、梅の香も御簾の内の薫物の香と紛うほど芳ばしくて、この世ながらの極楽浄土かと思われます。紫の上はなるほど正妻らしくゆったりとくつろいでお住まいになっていらっしゃいます。――
みな、歯固めの祝いや餅鏡を取り寄せて、長寿を願ったり、願い事などにぎやかに正月を祝っております。朝の間は年賀の方々で立て込んでおりました御殿も、夕方になって、源氏は女君の方々の許へ年賀にいらっしゃるため、
「心ことに引き繕ひ、化粧じ給ふ御影こそ、げに見るかひあめれ」
――格別念入りに装束を整え、お化粧されたそのお姿は、まことに見る甲斐のある御有様でございます――
まず、紫の上に餅鏡でお祝いをされての(歌)
「うす氷とけぬる池のかがみには世にたぐひなきかげぞならべる」
――新春の池に、あなたと二人並んだ幸福そうな影が映っています――
紫の上の(歌)
「くもりなき池の鏡によろづ代をすむべきかげぞしるく見えける」
――晴れ晴れとした池に、いつまでも変わらず暮らす二人の影が映っています――
「げにめでたき御あはひどもなり」
――お二人は、まことに結構な御仲でいらっしゃいます――
◆歯固めの祝いや餅鏡=年の初めに、大根、橘、押鮎、餅などを食し、歯を固めて寿命を願う行事。「萬代を松にぞ君を祝ひつる千年の陰に住まむと思へば」の歌を誦す。
餅鏡は、今の鏡餅、これを前にしてやはり幸を願う。
ではまた。