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【玉鬘(たまかづら)】の巻】 その(17)
このようなことがありましたのは、九月の頃でしたが、玉鬘が六条院にお渡りになるのも、そうすらすらとはいかず、仕え人を選び整えて、装束などもお揃えになって、十月になってやっと、お移りになりました。お部屋を花散里の御殿に託されて、花散里に申しますには、
「あはれと思ひし人の物うんじして、はかなき山里に隠れ居にけるを、幼き人のありしかば、母も亡くなりにけり。(……)山がつめきて生ひ出でたれば、鄙びたること多からむ。さるべく事に触れて教へ給へ」
――可愛いと思った人が、世をはかなんで、どこかの山里に隠れてしまったのですが、幼い子がおりました。その愛しい人が亡くなって、(以外にもその姫君が見つかりまして……)田舎じみて育ちましたので、都慣れぬことも多いでしょう。その時々に即して、どうぞお教えください――
と、たいそう細やかにおっしゃいます。花散里は、
「げにかかる人のおはしけるを、知り聞こえざりけるよ。姫君の一所ものし給ふがさうざうしきに、善き事かな」
――まあ、そのような御方がいらっしゃるとは存じませんでした。姫君がお一人しかいらっしゃらないのが物足りない所へ、それは本当に善いことでした――
と、おおらかなご気性そのままに、仰います。
源氏は、
「かの親なりし人は、心なむ、あり難きまでよかりし。御心も後ろ安く思ひ聞こゆれば」
――姫君の母親という人は、心ばえが、めったにないほど素直でした。あなたのご気性も安心に思いますので、お頼みするのです。――
とおっしゃれば、花散里は、
「つきづきしく後見む人なども、ことおほからで、つれづれに侍るを、うれしかるべきことになむ」
――私の手でお世話する方も、格別多くはいらっしゃいませんで、つれづれでおりますので、こちらこそ嬉しいことでございます――
御殿の人々は、玉鬘が殿の姫君とは知らず、「殿は、今度はどんな女君を捜し出されたのだろう。厄介な古物いじりをなさることだ」と言い合っているようです。
お引き移りは、車三輌で、侍女や供人の装束も、右近がお世話申していますので、田舎びることもありません。
◆物うんじ=物倦んじ=飽きていやになること。世をはかなむこと。
【玉鬘(たまかづら)】の巻】 その(17)
このようなことがありましたのは、九月の頃でしたが、玉鬘が六条院にお渡りになるのも、そうすらすらとはいかず、仕え人を選び整えて、装束などもお揃えになって、十月になってやっと、お移りになりました。お部屋を花散里の御殿に託されて、花散里に申しますには、
「あはれと思ひし人の物うんじして、はかなき山里に隠れ居にけるを、幼き人のありしかば、母も亡くなりにけり。(……)山がつめきて生ひ出でたれば、鄙びたること多からむ。さるべく事に触れて教へ給へ」
――可愛いと思った人が、世をはかなんで、どこかの山里に隠れてしまったのですが、幼い子がおりました。その愛しい人が亡くなって、(以外にもその姫君が見つかりまして……)田舎じみて育ちましたので、都慣れぬことも多いでしょう。その時々に即して、どうぞお教えください――
と、たいそう細やかにおっしゃいます。花散里は、
「げにかかる人のおはしけるを、知り聞こえざりけるよ。姫君の一所ものし給ふがさうざうしきに、善き事かな」
――まあ、そのような御方がいらっしゃるとは存じませんでした。姫君がお一人しかいらっしゃらないのが物足りない所へ、それは本当に善いことでした――
と、おおらかなご気性そのままに、仰います。
源氏は、
「かの親なりし人は、心なむ、あり難きまでよかりし。御心も後ろ安く思ひ聞こゆれば」
――姫君の母親という人は、心ばえが、めったにないほど素直でした。あなたのご気性も安心に思いますので、お頼みするのです。――
とおっしゃれば、花散里は、
「つきづきしく後見む人なども、ことおほからで、つれづれに侍るを、うれしかるべきことになむ」
――私の手でお世話する方も、格別多くはいらっしゃいませんで、つれづれでおりますので、こちらこそ嬉しいことでございます――
御殿の人々は、玉鬘が殿の姫君とは知らず、「殿は、今度はどんな女君を捜し出されたのだろう。厄介な古物いじりをなさることだ」と言い合っているようです。
お引き移りは、車三輌で、侍女や供人の装束も、右近がお世話申していますので、田舎びることもありません。
◆物うんじ=物倦んじ=飽きていやになること。世をはかなむこと。