永子の窓

趣味の世界

枕草子を読んできて(104)その5

2019年01月03日 | 枕草子を読んできて
九一  職の御曹司におはしますころ、西の廂に  (104)その5  2019.1.3

 ついたちの日、また、雪おほく降りたるを、「うれしくも降り積みたるかな」と思ふに、「これはあいなし。はじめのをば置きて、今のをばかき捨てよ」と仰せらる。うへにて局にいととうおるれば、侍の長なる者、柚の葉のごとある宿直衣の袖の上に、青き紙の、松につけたる置きて、わななき出でたり。「そはいづこのぞ」と問へば、「斎院より」と言ふに、ふとめでたくおぼえて、返りまゐりぬ。
◆◆正月一日に、また、雪がたくさん降っているのを、「うれしいことに降り積もっていることだ」と思っていると、「この雪はだめだ。初めに積もったのはそのままにして、新しいのはかき捨てよ」とお命じあそばす。その夜は上の局に侍して翌朝早く下の局に下がっていると、侍の長である者が、柚の葉のようである濃緑の宿直衣の袖の上に、青い紙の、松につけてあるのを置いて、ふるえながら出て来た。「それはどこからか」とたずねると、「斎院から」と言うので、とっさに素晴らしいことと感じられて、中宮様の御もとに立ち帰り参上した。◆◆

■ついたちの日=長保元年正月一日、雪降るとある。
■斎院より=賀茂の斎院。当時は村上帝皇女選子内親王。文雅の中心のお一人。



 まだ御とのごもりたれば、母屋にあたりたる御格子を碁盤などかきよせて、一人念じてあぐる、いとおもし。片つ方なれば、ひしめくに、おどろかせたまひて、「などさはあする」とのたまはすれば、「斎院より御文の候はむには、いかでかいそぎ上げはべらざらむ」と申すに、「げにいとかかりけるかな」とて起きさせたまへり。御文あけさせたまへれば、五寸ばかりなる卯槌二すじを、卯杖のさまに、頭包みなどして、山橘、日陰、山菅など、うつくしげなるに飾りて、御文はなし。「ただなるやうあらむやは」と御覧ずれば、卯杖の頭包みたる小さき紙に、
  やまとよむをののひびきをたづぬればいはひの杖の音にぞありける
◆◆中宮様はまだ御寝すみになっておられたので、母屋の前に当たっている御格子を、碁盤などを引き寄せて、それを踏み台として、一人で我慢してもち上げるのでひどく重い。持ち上げるのは片方なので、ぎしぎし音がするので、中宮様が御目覚めになって、「どうしてそんなことをするのか」と仰せあそばされるので、「斎院からお手紙がございましたからには、どうして急いで上げないわけにまいりましょう」と申し上げると、「なるほど、一心にこうしたわけだったね」とおっしゃってお起きあそばしていらっしゃる。お手紙をお開けになっていらっしゃると、五寸ほどの卯槌二本を、卯杖のように、頭の所を紙で包みなどして、山橘、日陰、山菅などのかわいらしげなので飾って、お手紙はない。「何もないはずはない」というわけで御覧あそばすと、卯杖の頭を包んでいる小さい紙に、
(歌)山も鳴り渡る斧の響きを何かと探し求めると、卯の日の祝いの杖を切る音だったのでした。
◆◆

■片つ方なれば、…=一人なので片一方だけ持ち上げるから、ぎしぎし音がするのに。
■卯槌(うづち)=端午の節供の邪気払いの作り物。槌には五色の糸を結び垂らす。
■卯杖(うづえ)=正月上の卯の日に諸衛府から禁中に奉る、邪気払いの杖。
■山橘、日陰、山菅など=藪柑子(やぶこうじ=正月の縁起物)、しだの一種、実を正月の縁起物とする
■山とよむ=「とよむ」は、音や鳴き声が響きわたること。「いはいの杖」は、卯杖をさす。柊(ひいらぎ)・梅・桃などで作る。



 御返り書かせたまふほどもいとめでたし。斎院には聞こえさせたまふも御返りも、なほ心ことに書きけがしおほく、御用意見えたり。御使ひに白き織物の単衣、蘇芳なるは、梅なんめりかし。雪の降りしきたるに、かづきてまゐるもをかしう見ゆ。このたびの御返りを知らずなりにしこそくちをしかりしか。
◆◆中宮様のお返事をお書きあそばすご様子もたいへんすばらしい。斎院に対しては、こちらからお差しあげあそばすお手紙もお返事も、やはり特別にお気をつけなさって、書き損じも多く、お心遣いが表れている。斎院からのお使いにくだされた禄は、白い織物の単衣、蘇芳色なのは、きっと梅襲ねのように思われる。雪の降りしきる中、肩に担いで帰参して行くのもおもしろく見える。中宮様からのこのたびのお返事(御返歌)を知らずに終わってしまったことこそ残念であった。◆◆



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