八七 返る年の二月二十五日に (100) その1 2018.11.12
返る年の二月二十五日に、宮、の職の御曹司に出でさせたまひし御供にまゐらで、梅壺に残りゐたりしまたの日、頭中将の御消息とて、「昨日の夜、鞍馬へ詣でたりしに、今宵方のふたがれば、違へになむ行く。まだ明けざらむに、帰りぬべし。かならず言ふべき事あり。いたくたたかせで待て」とのりたまへりしかど、「局に人々はあるぞ。ここに寝よ」とて、御匣殿召したれば、まゐりぬ。
◆◆あくる年の二月二十五日に、中宮様が、職の御曹司にお出ましあそばした御供に参上しないで、梅壺に居残っていた次の日、頭中将(斉信)のお手紙ということで、「昨日の夜、鞍馬へ参詣していたが、今晩方角が塞がるので、方違えによそへ行く。まだ夜が明けないうちにきっと京へ帰るだろう。是非話したいことがある。あまり局の戸を叩かせないで待っててくれ」とおっしゃっていらしたけど、「局には留守居の女房たちはいるのだから、あなたはここで寝よ」ということで、御匣殿がお召しになっているので、そちらに参上してしまった。◆◆
■返る年=前段を受けて長徳二年
■職の御曹司(しきのみざうし)=中宮職内の中宮御所
■梅壺(うめつぼ)=凝花舎(ぎょうかしゃ)
■御匣殿(みくしげどの)=天皇の服を裁縫する所で貞観殿にある別当(長官)。道隆四女で定子の同腹の妹がそれと推定されている。
久しく寝起きておりたれば、「昨夜いみじう人のたたかせたまひし。からうじてうらてかねおきてはべりしかば、『うへにか。さらば、かくなむ』とのたまひしかども、『よも聞かせたまはじ』とて、臥しはべりにき」と語る。心もとなの事やとて聞くほどに、主殿寮来て、「頭の殿の聞こえさせたまふなり。『ただいままかり出づるを、聞こゆべき事なむある』」と言へば、「見るべき事ありて、うへへなむのぼりはべる。そこにて」と言ひて、局は引きもやあけたまはむと、心ときめきして、わづらはしければ、梅壺の東面の半蔀上げて、「ここに」と言へば、めでたくぞ歩み出でたまへる。
◆◆長く寝て起きて下局に下がっていると、下仕えの女が「昨夜はひどく戸をお叩きになりました。やっとウラテ?が寝覚めて起きましたところ、『上においでか。それなら、これこれとお伝えせよ』とおっしゃいましたが、『お取次ぎしてもよもやお聞きになりますまい』とお断りして、寝てしまいました。」と話す。なんとじれったいことよ、と思って聞いているうちに、使いの主殿寮の男が来て、「頭の殿があなたに申し上げなさるのです。『今すぐ退出するのだが、申し上げたいことがある』とのことで…」言うので、(私が)「しなくてはならない用事があって上へのぼります。そこで」言って、局は、戸をお引き開けになるかもしれないと、胸がどきどきして、面倒なので、梅壺の東面の半蔀を上げて、「こちらへ」と言うと、すばらしいお姿で歩み出ていらっしゃる。◆◆
■うらてか=不審
返る年の二月二十五日に、宮、の職の御曹司に出でさせたまひし御供にまゐらで、梅壺に残りゐたりしまたの日、頭中将の御消息とて、「昨日の夜、鞍馬へ詣でたりしに、今宵方のふたがれば、違へになむ行く。まだ明けざらむに、帰りぬべし。かならず言ふべき事あり。いたくたたかせで待て」とのりたまへりしかど、「局に人々はあるぞ。ここに寝よ」とて、御匣殿召したれば、まゐりぬ。
◆◆あくる年の二月二十五日に、中宮様が、職の御曹司にお出ましあそばした御供に参上しないで、梅壺に居残っていた次の日、頭中将(斉信)のお手紙ということで、「昨日の夜、鞍馬へ参詣していたが、今晩方角が塞がるので、方違えによそへ行く。まだ夜が明けないうちにきっと京へ帰るだろう。是非話したいことがある。あまり局の戸を叩かせないで待っててくれ」とおっしゃっていらしたけど、「局には留守居の女房たちはいるのだから、あなたはここで寝よ」ということで、御匣殿がお召しになっているので、そちらに参上してしまった。◆◆
■返る年=前段を受けて長徳二年
■職の御曹司(しきのみざうし)=中宮職内の中宮御所
■梅壺(うめつぼ)=凝花舎(ぎょうかしゃ)
■御匣殿(みくしげどの)=天皇の服を裁縫する所で貞観殿にある別当(長官)。道隆四女で定子の同腹の妹がそれと推定されている。
久しく寝起きておりたれば、「昨夜いみじう人のたたかせたまひし。からうじてうらてかねおきてはべりしかば、『うへにか。さらば、かくなむ』とのたまひしかども、『よも聞かせたまはじ』とて、臥しはべりにき」と語る。心もとなの事やとて聞くほどに、主殿寮来て、「頭の殿の聞こえさせたまふなり。『ただいままかり出づるを、聞こゆべき事なむある』」と言へば、「見るべき事ありて、うへへなむのぼりはべる。そこにて」と言ひて、局は引きもやあけたまはむと、心ときめきして、わづらはしければ、梅壺の東面の半蔀上げて、「ここに」と言へば、めでたくぞ歩み出でたまへる。
◆◆長く寝て起きて下局に下がっていると、下仕えの女が「昨夜はひどく戸をお叩きになりました。やっとウラテ?が寝覚めて起きましたところ、『上においでか。それなら、これこれとお伝えせよ』とおっしゃいましたが、『お取次ぎしてもよもやお聞きになりますまい』とお断りして、寝てしまいました。」と話す。なんとじれったいことよ、と思って聞いているうちに、使いの主殿寮の男が来て、「頭の殿があなたに申し上げなさるのです。『今すぐ退出するのだが、申し上げたいことがある』とのことで…」言うので、(私が)「しなくてはならない用事があって上へのぼります。そこで」言って、局は、戸をお引き開けになるかもしれないと、胸がどきどきして、面倒なので、梅壺の東面の半蔀を上げて、「こちらへ」と言うと、すばらしいお姿で歩み出ていらっしゃる。◆◆
■うらてか=不審