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永子の窓

趣味の世界

枕草子を読んできて(100)その2

2018年11月20日 | 枕草子を読んできて
八七  返る年の二月二十五日に  (100) その2

 桜の直衣、いみじくはなばなと、裏の色つやなど、えも言はずけうらなるに、葡萄染めのいと濃き指貫に、藤の折枝、ことごとしく織り乱れて、紅の色、打ち目などかがやくばかりぞ見ゆる。下に白き薄色など、あまた重なりたり。せばきままに、片つ方はしもながら、すこし簾のもと近く寄りゐたまへるぞ、まことに絵にかき、物語のめでたき事に言ひたる、これこそはと見えたる。
◆◆桜の直衣は、とても華やかで、裏の色艶など、なんとも言えないほど清らかで美しいが、そのうえ、葡萄染めのとても濃い指貫に、藤の折枝の模様を、豪華に織り散らして、下着の紅の色や、砧で打った光沢などは輝くばかりに見える。その下には白いのや薄紫色などの下着が、たくさん重なっている。簀子が狭いので、片足は縁から下におろしながら、片足で座って、上半身は少し簾のもと近くに寄っていらっしゃる様子は、本当に絵に描いたり、物語の中でのすばらしいこととして言ったりしているのは、まったくこれのことよというふうに見える。◆◆

■桜=桜襲(さくらがさね)表白、裏赤または紫。
■けうらなる=「きよら」の転音。


 御前の梅は、西は白く、東は紅梅にて、すこし落ちがたになりたれど、なほをかしきに、うらうらと日のけしきうららかにて、人に見せまほし。簾の内に、ましてわかやかなる女房などの、髪うるはしく長く、こぼれかかりなど、添ひゐたンめる、いますこし見所あり、をかしかりぬべきに、いとさだ過ぎ、ふるぶるしき人の、髪などもわがにはあらねばにや、所々わななき散りぼひて、おほかた色ことなる事なれば、あるかなきかなる薄鈍ども、あはひも見えぬ衣どもなどあれば、つゆの映えも見えぬに、おはしまさねば、裳も着ず、袿姿にてゐたるこそ、物ぞこなひにくちをしけれ。
◆◆梅壺の御前の梅は、西が白く、東のは紅梅で、少し散りかたになっているけれど、やはりおもしろい折から、うらうらと日の光の様子がのどやかで、人に見せたい。簾の内側にはまして年若な女房などで、髪がきちんと整って長く、顔や肩にこぼれかかりなどして、寄り添って座っているような場合は、もうすこし見所もあり、おもしろいに違いないだろうが、(私のような)すっかり盛りを過ぎて古びた女で、髪なども自分のでないからだろうか、ところどころちぢれていて乱れてもいて、今は喪服でいつもとちがっているときなので、色があるかないか分からぬ薄鼠色の上衣や、重ねの色合いもはっきりしていない着物などを着ているので、まったく引き立っても見えない。そのうえ中宮様がいらっしゃらないので裳も付けず、袿姿で座っているのこそは、せっかくの雰囲気に対してぶち壊しで残念なことだ。◆◆


「職へなむまゐる。ことづけやある。いつかまゐる」などのたまふ。「さても昨夜、明かしも果てで、さりともかねてさ言ひてしかば、待つらむとて、月のいみじう明かきに西の京より来るままに、局をたたきしほど、からうじて寝おびれ起き出でたりしけしき、いらへのはしたなさ」など語りて、笑ひたまふ。
「むげにこそ思ひうんじにしか。などさる者をば置きたる」など。げにさぞありけむと、いとほしくをかしくもあり。しばしありて出でたまひぬ。外より見む人は、をかしう、内にいかなる人のあらむと思ひぬべし。奥の方より見いだされたらむうしろこそ、外にさる人やともえ思ふまじけれ。
◆◆「職へ参上する。伝言はあるか。いつ参上するのか」などと頭中将がおっしゃる。「それにしても昨晩夜を明かしてもしまわないで、たといこんな時刻ではあっても、前からああ言っておいたのだから、待っているだろうと思って、月のたいそう明るい頃に西の京から来るとすぐに、局を叩いたところ、留守居の女がやっとのことで寝ぼけて起き出てきていたその様子、その応対の言葉のばつの悪さ」などといろいろ話して、お笑いになる。
「全くいやになってしまったよ。どうしてあんな者を置いてあるのか」などと。なるほどそうであったかと、頭中将が気の毒でもあり、おかしくもある。しばらくして頭中将はお出ましになった。外から見る人があったら、その人は素晴らしく、内側にどんな美人がいるだろうと思うに違いない。反対に奥の方から見られているとしたら、私の後ろ姿こそは、外にそんなに素敵な男性がいようかとも、思いつくこともできないだろう。◆◆

■西の京=朱雀大路を境として西側の京。東側は栄えたが西側は衰えていた。
■うんじ=「倦みす」の撥音便。
■外より見む人は=頭中将が御簾の傍で中に向かい話しかける様子を外側から見る人。
■見いだされたらむ=奥から外へ視線を向けて出すことが「見いだす」であり、作者は後ろ姿を見られることになる。
■さる人=そんなすばらしい男性が。

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