ふろむ播州山麓

京都山麓から、ブログ名を播州山麓に変更しました。本文はほとんど更新もせず、タイトルだけをたびたび変えていますが……

ブータンの幸福 8 『大停滞』

2011-12-15 | Weblog
 今年に出版された経済書でもっとも注目された一冊とか、“2011年最大の話題の書”と絶賛されている本があります。アメリカの経済学者、タイラー・コーエン著『大停滞』。本年1月にまず米国で電子書籍として刊行され、その後すぐ紙本になりました。日本語翻訳版は9月にNTT出版から出ています。
 コーエンは同著で、欧米や日本など、かつて先進国とよばれた各国が経済停滞に陥り、国民の多くが所得も幸福も充足もが乏しくなった原因を解明しています。

 彼はつぎのように記します。さまざまの革新<イノベーション>が期待はずれにとどまっているとしても、少なくともあるひとつの分野では、大半のひとの予想より多くのイノベーションが成し遂げられている。その分野は、インターネットだ。きわめて短い期間に、インターネットは目を見張るほど進歩し、より速く、よりおもしろくなった。
 しかしインターネットはほとんどGDP(国内総生産)に寄与しない。無料で、あるいは極端に安い出費で、たとえばわずかの電気代だけで何時間でも楽しめる。しかしインターネットは経済成長に、まず貢献しないといえる。
 インターネット関連企業の従業員数をみても、グーグル2万人、フェイスブック2千人、ツイッター3百人…。「iPod」がアメリカで創出した雇用は、小売り部門と開発部門を合わせてもわずか1万4千人にしかすぎない。インターネットというイノベーションは人力ではなく、機械で多くの業務をこなしてしまう。
 インタ-ネットは素晴らしいものだが、収入を生み出せる部門を経済のなかに保つことが困難である。インターネットによる物質主義からの脱却が大々的に進むことによって、経済の停滞をもたらし、旧来型の成長や所得の拡大につながらない。アメリカ人はいま、大きな痛みを味わっている。
 お金があまりないひとでも、インターネットに接続すれば、多くの知識と娯楽を得られる。しかし、それが景気後退をさらに深刻化させる。インターネットの豊かな成果は、消費をますます落ち込ませる。
 また経済発展をとげている中国やインドについては、先進各国のテクノロジーや仕組みを借用しているだけである。このような経済成長は「キャッチアップ(追いつき)型成長」であり、イノベーションがない。革新のない追いつき型成長は人件費コストの上昇とともに減退してしまう。

 それなら現状からの出口はどこにあるのだろう? コーエンはそのひとつとして、科学者や技術者に対する尊敬をあげる。
 2年前に亡くなったノーマン・ボーローグをコーエンは尊敬していた。彼は「緑の革命」を主導していた人物である。
 過酷な気象条件や病害虫などに強い穀物の新品種を、ボーローグは次々と開発し、それがインドやアフリカなど、世界の貧しい地域で大々的に導入された。そのおかげで飢饉が減り、何百万人もの人々の命が救われた。ところがボーローグが亡くなったとき、ほとんどのアメリカ人は彼が何者かさえ知らなかった。
 コーエンは新しい時代の道、価値観のひとつとして、世のために大きな貢献をなす科学者への尊敬の必要を訴えている。インターネットビジネスの成功者、そのような富豪ばかりを尊敬する風潮に異議を唱えている。

 ブータンの農業では「ダショー・ニシオカ」、西岡京治氏の存在が偉大である。彼は1992年に同国で59歳で亡くなったが、延々28年間にわたってブータンの農業指導につくした方である。彼は何も新しい植物品種を開発したわけではない。イノベーションにも無縁な元農業高校の教員であった。
 「むずかしい理屈ではなく、現地のだれにでもできる方法で、目に見える成果をあげよう」。この方針と信念で、ブータン農業の発展に寄与した。それは農業と人間の革命でもあった。
 かつて鎖国していたブータンに、政府公認の日本人としてはじめて入国したのは、植物学者で探検家の中尾佐助氏である。彼はブータン農業の振興の必要性を痛感し、農業指導者として教え子の西岡を同政府に推薦した。着任した西岡は、ブータン農業のために全身全霊をささげた。
 国王からさずけられた称号「ダショー」は、「最高の人」という意味だそうだ。ブータンでもっとも名誉ある称号で、外国人で与えられたのは西岡だけである。
 いまでもブータン人は親しみと尊敬の念をもって西岡のことを語る。「この国ではダショー・ニシオカを知らない者はいません。ヒー・イズ・グレイト」。ブータンでもっとも有名で、尊敬されている日本人は西岡京治である。
 師の中尾は西岡を評して「一つの民族と一人の日本人、それはともどもに固有の性格がある。その間にはうまくソリが合う場合もあれば、まったく反対なこともある。ブータン人と西岡京治君の場合はまったく”うまが合っている”のだ。言葉少なく、おだやかで謙譲、友誼に厚く、誠実で努力家。一見して探検家的ファイトマンではない。しかし彼のこの性格は、ブータンでは上下を問わず多くの人達から深い信頼をかちえたのである。」

 コーエンのいう大停滞からの出口は、なにも農ばかりではない。わたしたちは志を持ち続け、目標に当たり続ければ、たくさんの幸福をまわりに生むことができる。そして自らも充足するはずである。
 就職活動で悩み、自信を失っている若者にもいいたい。人生の目標は何も大企業や有名会社のサラリーマンになることではない。カスミだけを食べて生きることはできないが、自らに革新イノベーションをおこせば、きっと進むべき道が見えるはずだ。それこそ革命のはじまりであろう。君たちとは歳の大きく離れたわたしだが、少し恥ずかしいとも思うけれど第二の青春にチャレンジしたい。「ブータンの幸福」というテーマをしばらく追ってみて、いまそのように考えている。
○参考書
『大停滞』 タイラー・コーエン著 2011年 NTT出版
『ブータン 神秘の王国』 西岡京治・西岡里子共著 1998年 NTT出版 
『ブータンの朝日に夢をのせて』 木暮正夫著 1996年 くもん出版
<2011年12月17日>
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