公営競技はどこへ行く

元気溢れる公営競技にしていきたい、その一心で思ったことを書き綴っていきます。

「富原ペンタゴン」誕生か?

2011-06-30 21:47:04 | 競輪
あるいは、滝澤正光校長を含めた、「富原ヘキサゴン」かもしれないね。

佐々木昭彦選手の引退セレモニー及び記者会見が行われました(KEIRIN.JP)

の記事の中で、

『今後は日本自転車競技連盟の理事・選手強化委員として世界に通用する選手を、そして競輪場にお客様を呼べるような選手を育成していきたいと思います。』

と書いてあるので、富原、中野、松本、坂本とともに、日本車連を支えていくということになるな。

ところで、富原会長が競輪学校に入校した際、

「俺は自転車競技の経験がないから、一から教えてほしい。」

と言って、高校を出たばかりの、当時の佐々木青年や北村徹青年らに頭を下げて教えを請うたそうだ。この話は野呂さんの本に書いてあった。

すると、佐々木青年らは快く引き受けたとか。


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2 コメント

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Unknown (バンク)
2011-06-30 22:02:00
競輪ネタありがとうございます(笑)
釣られて昔のファンが戻ってきますかなぁ(笑)
なんかプロレスチックな筋書だなぁ

一流選手の天下り話しは興味ない(一流に憧れたの事実)です

競輪と言う事業まぁ競輪選手と言う職業が
つまらない私に夢と希望を与えてくれたから

こだわってるのです

バンドリさん
貴殿に感謝です(笑)

推測で名指ししないでね
ずばり私は元選手

深く知らない方がいいってカキコミに同意です

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Unknown (Unknown)
2011-07-01 06:37:34
入学当時話は面白いですね。
ブログ的には北村徹と見たらヒエッーでしょう。
最近ならジュニアチャンピオン永井に武田が頭下げて教えて貰うようなもんだ。
後にダンプカーとして特別の決勝を大ギア一発のハイペース先行して名を轟かせたんでしたっけ。
私も自転車始めるのが遅くて、競輪場に先に通っていました。
普通の自転車屋には競技自転車売ってないし、人から教わり買っても、愛好会の抽選に漏れバンク入れず、仕方なく補助ブレーキで練習するぐらい限られた狭い世界でした。
普通の高校には自転車部なんて無いですが、バンクには走っています。
でもインターハイ・国体出る連中ばかりで、さすがに初心者質問出来る雰囲気も無かったです。
やはり初心者には敷居が高く、高校の部活動からやらないと教わる環境も無いです。
適性が強いというのは、身体的適性があるから強くなるのは勿論なんですが、
それ以上にこのように教わる環境が無いのに、特に短距離選手は気性が激しく中には威張られます。
私は数少ない初心者で練習仲間はもとよりショップの人からもオメー呼ばわりされ、
この野郎、覚えておけよと思いながら歯ぎしりして堪えていたものです。
お陰様で学生選手権出る程度の連中よりもタイムも出るまでになりましたし(本当に速い奴は高校出ればプロへ行くので、学生は層が薄いのがある)、
素人の私でさえそうなのですから、競輪選手は更に物凄い意識と執念で強くなるんじゃないですかね。
中野は陸上からの急造、松本、滝澤、富原…
ある種の適性苦労人メンバーになりましたね。
佐々木、坂本はエリートながら人柄に評価の高い方々。
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