公営競技はどこへ行く

元気溢れる公営競技にしていきたい、その一心で思ったことを書き綴っていきます。

大量落車WEEKLY Vol.47

2007-01-31 18:50:58 | 競輪大量落車

競輪祭決勝「ショック」くっきりと。翌日以降、各地で大量落車続発。

ああ~、また悪い流れになってきた?

●1月28日

小倉競輪祭決勝。

http://keirin.jp/pc/dfw/dataplaza/guest/raceresult?KCD=81&KBI=20070128&RNO=11

4名落車(内1名失格)、1名車体故障。

http://www.kokurakeirin.com/live_ondemand/meta/kokura20070128-11_509K.asx

●1月29日

岐阜1レース

http://keirin.jp/pc/dfw/dataplaza/guest/raceresult?KCD=43&KBI=20070129&RNO=1

1名失格、5名落車。

http://meta.hitpops.jp/gifu/F_BB/f01d01r.asx

向日町11レース

http://keirin.jp/pc/dfw/dataplaza/guest/raceresult?KCD=54&KBI=20070129&RNO=11

1名失格、3名落車。

mms://wm6.digi-c.com/kishiwada/h070129_11.wmv

●1月30日

小田原11レース

http://keirin.jp/pc/dfw/dataplaza/guest/raceresult?KCD=36&KBI=20070130&RNO=11

4名落車(内、1名失格)

http://www.odawara-live.com/cgi-bin/live/left.cgi?view=today&movie=512k/070130_11r.wmv

向日町4レース

http://keirin.jp/pc/dfw/dataplaza/guest/raceresult?KCD=54&KBI=20070130&RNO=4

5名落車(内、1名失格)。

mms://wm6.digi-c.com/kishiwada/h070130_04.wmv

●1月31日

四日市1レース

http://keirin.jp/pc/dfw/dataplaza/guest/raceresult?KCD=48&KBI=20070131&RNO=1

2名失格。

http://www.yokkaichikeirin.com/inbc/digest.php?pid=BB070131_01&maxr=10

豊橋11レース

http://keirin.jp/pc/dfw/dataplaza/guest/raceresult?KCD=45&KBI=20070131&RNO=11

4名落車(1名失格)。

mms://202.216.128.111/20070131_11.asf

競輪祭決勝の話はもういいだろう。

岐阜のやつは牽制行為が引き起こしたもの。30日の向日町も失格した選手が最初に落ちてやがる。

豊橋は1番の過失走行により大量落車を誘発したが、この1番の動きが実に不可解。

ところで最近、13条に加え、11条2項、つまり「過失走行」にかかる失格を食らっている選手って多くないか。

今回取り上げた中でも2件がそれに起因するものだし、1月16日の小倉における6名大量落車の際も、原因は過失走行に起因するものだった。

ちなみに第11条2項の「過失走行」とは?

KEIRIN.JPによると、

不注意走行をし、又はそのことによりふらつき等して、その結果次の支障が生じた場合

(1)自ら落車し、又は他の選手を落車させた場合

(2)自ら自転車を故障し、又は他の選手の自転車を故障させて、事後の競走に重大な支障が生じた場合

という定義がなされている。

つまりある意味、「たるんでいる」ってことなのか?

大量落車と大きく関連がありそうな事柄なので、折を見て検証していきたい。

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川崎記念回顧

2007-01-31 18:08:45 | 大レース回顧集

第56回川崎記念が31日行われた。

1番人気はJCD、名古屋グランプリに引き続き、クリストフ・ルメールを鞍上に据え、悲願のG1制覇を目指す、7・ヴァーミリアンで1.7倍。2番人気は同レース連覇を狙う、5・アジュディミツオーで2.3倍。この2頭が完全に抜けた人気となり、3番人気の12・シャーベットトーンは11.2倍と大きく離れていた。

レースもその通りの展開となった。

しかしヴァーミリアンはゲートオープン後、大きく出遅れる。一瞬ヒヤリとさせられたが、ルメールが落ち着いてその後ダッシュさせ、ハナを切ったアジュディに1周目のホームスタンド前で取り付く。

アジュディが先頭、ヴァーミリアンが「番手」。以下、2・レマーズガール、13・ドンクール、14・パーソナルラッシュあたりが続くが、2周目の3角付近ではアジュディとヴァーミリアンのほぼマッチレースの様相。

道中口を割っていて気合の入りがもう一つだったアジュディを、ヴァーミリアンは4角手前でルメールがゴーサイン。直線に入ると完全にアジュディを交わし、あとは独走状態。アジュディに6馬身の差をつける圧勝で、待望のG1制覇を果たした。2着は何とかアジュディミツオーが確保。3着はドンクールだった。

事実上の3歳クラシックの登竜門と目されているラジオたんぱ杯2歳ステークス(現・ラジオNIKKEI 2歳ステークス)を勝ち、一時はあのディープインパクトに次ぐ評価も与えられたヴァーミリアン。

しかしスプリングS、皐月賞、京都新聞杯は惨敗に終わり、戦意喪失したと見られ日本ダービーを出走することなく休養。そして秋に再起を期すも神戸新聞杯でも惨敗し、ついに菊花賞を諦めた。

再生を期し、陣営はダート特別オープンのエニフステークスに出走させたがこれが大当たり。ドンクール、ウインデュエルらに勝ち、石坂調教師はこの馬はダートに大いに適性があると考え、続く浦和記念に出走させたが、これも勝って一躍ダート界のホープと目されるようになった。

しかしG1となると今ひとつパンチ力に欠ける面があり、善戦はするが勝ちきれないという面を見せていた。だが、今回はスタートで大きく出遅れながらも最後は圧勝。強いの一言。

石坂厩舎といえば今や「ダート三羽烏」(アロンダイト・ヴァーミリアン・サカラート)が揃うほど、ダートでは充実した面々を抱えているが、アロンダイトに続き、待望のG1制覇を果たしたことは大きな意味がありそう。

このあとは恐らくフェブラリーステークスだと思うが、その結果次第ではドバイの道も開けてくる。そしてアジュディミツオーを破ったことでダート界の頂点も見えてきた。今後も期待できる。

アジュディミツオーは今回はすんなりハナを切ったが、道中口を割っていてまだまだ本調子ではない様子だった。このアジュディも次回はフェブラリーステークスの予定だと思うが、苦手の東京で果たして巻き返しなるか、そのあたりも注目される。

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バーバロ、苦闘空し

2007-01-30 17:10:37 | 競馬

スポニチアネックスより

米ダービー馬 バーバロ安楽死処分
昨年のケンタッキー・ダービーを制したバーバロ
Photo By AP=共同

 米メディアによると、昨年の米国競馬の3冠レースの一つ、ケンタッキー・ダービーを制し、次のプリークネス・ステークスで右後ろ脚を骨折したバーバロが29日、ひづめの病気を併発し安楽死処分された。

 バーバロは昨年5月20日に骨折した後、ペンシルベニア大の施設で治療を受けていた。回復は順調と伝えられた時期もあったが、左後ろ脚と両前脚のひづめが腐り始める蹄葉炎も患った。

 バーバロは同ダービーで6戦全勝としたが、同ステークスではスタート直後に骨折した。全米から激励の手紙や花束などが寄せられ、治療のための基金に120万ドル(約1億4600万円)が寄付されたこともあった。 (共同)

昨年のプリークネスステークスにおいて、スタートから100M地点で骨折。並みの馬だったら即安楽死処分が取られていたところ、何とか種牡馬として再生できないかということで、緊急大手術の末、骨折部分に特殊スクリューを挿入して固定。それ以後は体調も徐々によくなり、種牡馬としての再生が期待されていたバーバロだが、ついに亡くなった。

ケンタッキーダービーを圧勝した際、今度こそこの馬でトリプルクラウンは決まりといわれていた矢先の大事故だった。

しかし一方でよくここまで生きた、というべきか。とにかく、脚は粉砕骨折のような形になっていて、よく医療スタッフがバーバロの回復に努めたものだと、アメリカの多くの人々から賞賛の声が上がったほど。

また、このニュースはアメリカ以外でももちろん大きな関心事になっていた。

ご冥福をお祈りいたします。


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アンバーシャダイ、不運の事故死

2007-01-30 09:29:31 | 競馬

名馬として、そして名種牡馬として長らく活躍したアンバーシャダイが不運の事故死。

スポニチアネックスより

81年有馬記念などを制したアンバーシャダイが29日、けい養先のアロースタッド(北海道・新ひだか町)で事故死した。30歳だった。この日午前10時前、日課にしていた砂浴びを終えて、起き上がろうとした際に右前脚(右肩部分)をひねって骨折。獣医の診察を受けたが、手の施しようがなく、予後不良となった。

 競走馬時代は「大器晩成の名馬」と言われ、加藤和宏(現調教師)を主戦に4歳秋に目黒記念(81年)で重賞初制覇。その後、同年の有馬記念、83年春の天皇賞を制し、当時の歴代賞金王(通算獲得賞金4億6205万円)に輝いた。ノーザンテーストの後継として84年に種牡馬入りした後はメジロライアン(宝塚記念)、カミノクレッセ(日経新春杯)、ベストタイアップ(中山金杯2回)などを輩出。03年に種牡馬生活を終え、アロースタッドで余生を過ごしていた。


81年の有馬記念。主戦の加藤和宏がホウヨウボーイの引退レースということもあって、そちらに乗ることになったため、当時「代打屋」と言われた東信二が騎乗して臨んだが、当年の秋の天皇賞で歴史に残る大マッチレースを演じたモンテプリンスとホウヨウボーイがここでも道中相譲らず。再び2頭で決まってしまうのかと思いきや、内々をスルスルと通り、坂の手前で一気に勝負をつけたのがアンバーシャダイであった。

この勝利により、アンバーシャダイは引退したホウヨウボーイに代わり、古馬の頂点に立った。

翌年こそ春シーズンはモンテプリンスの後塵を拝し、秋シーズンも勝ちきれない面があったものの、83年の春の天皇賞では、前年の有馬記念でG前において、まさかの苦杯を舐めさせられたヒカリデユールのパンクがあったとはいえ、4角で先頭に立つや、一旦はホリスキーに交わされながらも再び差し返して優勝を果たす。

ちなみにこの春の天皇賞の一つ前に行われたアルゼンチン共和国杯が、実はJRA史上今でも語り継がれるベストレースとしても名高く、丁度JRAの人気が低迷していた時代のトップホースであった。しかし、不運なことに、81年はホウヨウボーイ、82年はヒカリデユール、そして83年は「三冠馬」ミスターシービーがいたため、年度代表馬はついに受賞できなかった。

ま、アンバーがいた頃って、私は丁度競馬を一生懸命?覚えていた頃でもあったので、結構記憶に残っている。今の時代の競馬のことよりも覚えているかも。

種牡馬となってからは、上記の記事の通り、メジロライアンが宝塚記念を制したほか、カミノクレッセカネトシガバナーなどJRA重賞勝ち馬だけでも18頭を輩出。父・ノーザンテーストの後継を立派に果たすとともに、まだまだ輸入種牡馬全盛の時代において、「内国産種牡馬の雄」として生産界でも大活躍した。

しかしまだまだ健在ぶりをアピールしていたアンバーが、このような形で他界となったしまったことは残念でならない。

ご冥福をお祈りいたします。


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新鋭王座決定戦回顧

2007-01-29 06:30:33 | 大レース回顧集

第21回新鋭王座決定戦は28日、大村競艇場で優勝戦が行われた。

最終日も6レースで頭。4日目を除けば、1号艇1コースの選手がこれほどまでに強いG1以上のシリーズはなかったように思うが、優勝戦は思わぬ展開となった。

1コースは予想通り、1・出畑孝典が奪うも、2コースはすばやいピット離れを利して、6・山本修一が奪いきり、山本に2コースを奪われた2・三井所尊春は外に艇を引っ張らざるを得なくなった。

進入は、出畑、山本、三井所がスロー、ダッシュは3・江夏満、4・大峯豊、5・石野貴之の順となる。

そしてスタートタイミングで出畑に先んじて、山本と江夏が行く。1マークは山本が先マイし、これを内から大峯が差す展開。さらに大外の石野が大峯につけて回るが、1周目のバックでは山本と大峯の争い。

これを1周2マークで石野が差しのハンドル。2マーク過ぎでは4艇がほぼ並ぶ形となったものの、今シリーズナンバーワンモーターを引いた大峯がそれにモノを言わせわずかに先頭。しかし、石野がこれを追って2周1マークへ。

2周1マークは大峯が先マイしたが、これを石野が差し、ここで決着。

あと2回、新鋭王座決定戦の出場権を残していた石野が優勝。2着大峯。3着に三井所が入った。

父・石野美好は78年度の住之江周年記念及び、83年度の近畿地区選手権(尼崎)を制したこともある名選手。その息子ということで、デビュー時から将来のホープとして期待されている石野。大阪のスポーツ紙の正月発行号でも将来のホープとして石野を取り上げたところが少なくなかった。

昨年、1月に行われた当地・大村のモーターボート大賞で優勝戦2着に入り、期待にたがわぬ成長ぶりを見せているが、本人も後で述べていたように、まさかこんなに早く新鋭王座決定戦を制するとは思っていなかったようだ。

新鋭リーグ戦は第8戦の地元の住之江で優勝し、同大会出場を決めた石野だが、実は今シリーズの準優勝戦でも、2周2マークで、今シリーズ戦前には本命視されていた吉田俊彦を逆転し、優出を決めた。

優勝戦ではレース後のインタビューの話とは思えぬ落ち着いたレース運び。1周1マークはエースモーターの大峯につけて回り、1周2マークで差しのハンドルを入れて大峯以下を「牽制」。そして2周1マークで大峯をズブリと差したレースを見る限り、「大人」のレース運び。

そして、この新鋭王座決定戦だが、実は近畿地区の選手はこれまで一度として優勝したことがなかった。大阪には当然、松井、太田、田中といった「大先輩」がおり、彼らも当然、新鋭王座に出場したことがあるが、優勝までは果たせていなかった。それだけに、「近畿勢は新鋭王座を勝てない」というジンクスを打ち破った石野にはさらなる飛躍が期待される。

大峯はエースモーターということもあって確かに伸びは抜群によかった。しかし、まだ優勝さえ経験していない現状ということもあってか、道中いささか焦っていた様相が見られた。そして石野にうまくレースを運ばれて逆転を許した。もちろんまだ新鋭王座制覇のチャンスは残っており、これに懲りず、今後も精進して頑張ってほしいものだ。

ところで、4着に終わったとはいえ、この優勝戦は山本修一が戦前の出畑、三井所の一騎打ちか、といった様相を大きく覆らせた。

山本は1周1マークでも先マイを決め、一時は「大金星か?」の期待もあった。

思うに、今の競艇はファンの多くが辟易している、「1号艇を優勝戦でゲットすれば勝ち」みたいに思われているふしがあるが、それをぶち壊したことはある意味、賞賛に値するものだし、相撲でいえば「敢闘賞」ものではなかったか。


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ポーズはもういい

2007-01-29 00:10:02 | 競輪大量落車

小倉競輪祭における決勝戦の大量落車について、いくつかのサイトを見たが、手島慶介にかかる批判が続出。

挙句、もう競輪はやらないという声まで出ている。

ああ~もう終わるぞ。競輪。

競輪祭回顧でも書いたが、手島は明らかに自分が考えていたプレーとは違った展開を強いられ、焦ったがゆえに無理やり有坂直樹に競りに行った。そして、自滅。

昨年来、なぜ大量落車は恥なのか、さらに、他競技と比較してどうして競輪の大量落車が突出して多いのか。これでは、競輪を新たにやろうという人がまずいないという危機的な思いから、私自身、「労多くして実りなし」とは思いながらも、大量落車があったレースをピックアップし、なぜ大量落車が発生してしまうのかということを分析してみた。

一つにはムリな内突行為というものがあり、一つには義理という他ない牽制行為が原因で引き起こしたものもある。ひどいやつだと、「よそ見」にかかる大量落車。さらに、脚がないことによる「将棋倒し落車」なんてものもあった。少なくとも、どうしようもないやつばかり。そして今回のものは、とにかく競ってさえいれば、負けても半分くらいは納得できると思ってやったのかもしれない。

昨年の競輪祭の決勝でも、加藤慎平がホームで一気に加速し、これは「逃げ一車」ということをいいことにジャンが鳴り終わっても流し気味にしか走らない海老根恵太を叩きに、そのまま捲りに行くのかな、と思ったら、なんと佐藤慎太郎との番手競りを選んでしまった。

私は加藤のそのプレーに激怒。勢いからして、また加藤は自力で行く脚を持ちながらも、なぜ佐藤との体当たりを選んでしまったのか、はっきりいうが、加藤のあのプレーは勝つためにやったのではないと感じたからだ。

しかしその後も加藤のようなプレーをする選手が少なくなく、とにかく、

「競ったら客も多少は喜んでくれる」

などという勘違い選手が増えたのか、と思いたくなるようなシーンが続出。

だが、ひいては、大量落車続発だ。

バカバカしくなって、私は昨年の後半あたりから車券をほとんど買わなくなった。今はほとんど車券は卒業したも同然。レース回顧のために競輪を見ているようなものだ。

今回の手島にしたって、明らかに勝つためにやっている競りじゃあるまい。苦し紛れに有坂に体当たりし、それで自滅したばかりか、有坂やはたまた後続の山田裕仁や濱口高彰まで巻き込んだ(新田康仁も車体故障)となると、車券を買うのも確かに馬鹿らしくなってこよう。

競輪競走をやる意味って果たして何なのか?

客のご機嫌取りをするためのものなのか?ただそれだけのためだけなら、やめてしまえよ。やはり、出た選手が「勝つための」競走を心がけるからこそ意味があるんだろ。

今回の競輪祭では、予選道中はそういったプレーが負け戦でも随所に見られ、G1戦では久々に面白い展開になっていた。売上げだって、目標対比4億円弱程度のマイナスだったらほぼ上出来といっていい。とにかく、レースが面白ければ売上げも上がる。しかし、決勝戦でそれが台無しとなった考えられているとしたら、やはり、大量落車レースというのは恥というしかないのである。

さらにいえば、私自身は一向に構わないが、接触プレーをほとんど禁ずる、「UCIルール」への転換を早急に促されているのではないかと思うしかない。

でも、果たして、この競輪祭以後の競輪はどうなるのかね?少なくとも、「もう競輪やめた!」なる話が出てしまうと、いい流れに向かわないことは明白だと思うが。 

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競輪祭回顧

2007-01-28 19:41:11 | 大レース回顧集

第48回小倉競輪祭決勝は大波乱となった。

8・大塚健一郎が前を取ったが、単騎勝負と宣言していた3・手島慶介も前々を狙って漸進。なかなか隊列が整わなかったが、6・三ツ石康洋-大塚、手島、2・山田裕仁-7・濱口高彰、5・山崎芳仁-9・伏見俊昭-1・有坂直樹、4・新田康仁の順となった。

残りあと2周手前で山崎以下のラインが上昇。すると、手島が山崎の番手を狙いに、早々と伏見に接触プレー。一方、山崎はじっくりと三ツ石を抑えに出て、三ツ石が引いてもペースを上げない。一方、伏見は手島との競りを嫌って一度は後方に下がる構え。

残りあと1周手前で漸く山崎がペースを上げるが、すると手島と有坂が激しい競り合い。しかしここで「悲劇が」・・・・

ゴール線付近で手島が自らバランスを崩してまず落車。それに有坂も引っ掛けられ、さらに後続の山田、濱口も乗り上げてしまった。また、新田は車体故障していることが判明。

結局、綿貫弘アナ風にいえば、

「たったの5名の競走になってしまいました!」

となったわけで、さらに優勝争いは逃げる山崎と、結果的に番手を取り戻すことになった伏見の2人に絞られたが、山崎が伏見の追撃を振り切って2度目のG1制覇を果たした。2着伏見。3着は車体故障しながらも大塚を振り切った新田が入った。

昨年のMVP・山崎が幸先よく今年最初のG1を制し、早くも今年のグランプリ出場を決めた。

しかし、昨年11月の伊東温泉記念準決勝でギアを通常の3.71から4.00に一気に上げたことで、準決勝でこそ勝ったものの同じく4.00のギアで臨んだ決勝では格下といってもいい武井大介に捲られるという屈辱を味わい、これで山崎はくみし易しと他選手にみられたのか、その後の成績は惨憺たるものに。

直近の和歌山記念でも、最終日の負け戦で勝った以外は全く山崎らしさがなく、競輪祭初日特選も宿敵・手島慶介に1センターで早々に捲られてしまい、やはり、今大会も流れに乗れていないのか、という気もした。

だが、続く二次予選では豪快に11.0秒の上がりタイムでらしさを取り戻す1勝。これで吹っ切れたのか、準決勝ではまたしても手島に敗れたが、 ホーム・バックを引っ掛けるという、山崎本来の走りができていた。

今回の決勝、本当に同型と呼べるのは三ツ石だけで、赤板前にその三ツ石を十分に抑えきったばかりか、手島が自らの番手を狙いに行っていることもあらかじめ想定していたかのように、ジャンが鳴ってもスパートせず、一旦後方に下がった伏見が再度上昇してくるのを待っていたという落ち着きぶり。

展開には確かに恵まれた感はあったが、三ツ石を道中で完全に封じ込め、さらに手島のいいようには走らせないという意地というものも感じられた。力の勝利といってもいい。

今後も3つ4つとG1タイトルを取るべく、目標をもっと上のレベルへと上げていってほしい。山崎ならばできるはずだと思うが。

伏見は一昨年の高松宮記念杯以来のG1決勝進出という、久々の大舞台登場となったが、ワールドカップ第二戦のモスクワ大会で決勝進出を決めたあたりから調子を徐々に取り戻したみたいだ。

3年ぶりのG1制覇目前と思われながらも山崎を差せなかったのは心残りかもしれないが、落車のシーンを見てしまったことで精神的なダメージがあったのかもしれない。

手島は勝負を決めに行くのが早すぎた。

伏見はマーク選手ではないから容易く位置は奪えそう、という目算はあっても、伏見に早々と引かれたことも、はたまた山崎がなかなかスパートをかけなかったことも、さらに有坂と競る展開になってしまったことも、全てにおいて誤算だったといえる。

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大量落馬WEEKLY?

2007-01-27 21:43:34 | 競馬

東京競馬でなんと、2・3・4レースと連続して落馬事故発生。都合9頭落馬。

2レース 3頭落馬

http://www.sponichi.co.jp/gamble/jra/2007/race/0127/tokyo/02.html

3レース 4頭落馬

http://www.sponichi.co.jp/gamble/jra/2007/race/0127/tokyo/03.html

4レース 2頭落馬

http://www.sponichi.co.jp/gamble/jra/2007/race/0127/tokyo/04.html

しかし競輪のように、レースリプレイが見られないのが残念。競輪の大量落車だったら、「解析できる」というのに・・・

ところで、JRAのホームページの記事に詳細が述べられている。

http://jra.jp/news/200701/012703.html

でもしかし、JRAも特別以上のレースだけでなく、こういった場合には動画を配信してもらいたいもの(有料だとある)。

ちなみに、東京競馬場にて本日落馬した騎手の怪我はこうなった。

佐藤 聖也騎手は検査の結果、右膝挫傷と診断されました。
柴田 善臣騎手は検査の結果、顔面挫傷、腰部挫傷、左肋軟骨挫傷と診断されました。
木幡 初広騎手は検査の結果、左上腕部打撲、左下腿挫傷と診断されました。

特に木幡騎手は明日、東京競馬で7鞍騎乗予定であったが、全て乗り替わっている。

他にも、今日は小倉でも2・6レースで落馬レースがあった。

ところで、22日、笠松競馬でも3頭落馬というレースがあった。こちらの模様はオッズパークにてご覧になれます。

笠松のレースだけど、こちらは動画で見れるから「生々しい」んだけど、先頭を走っていた尾崎章騎手騎乗のスピードグラファーが3角あたりで突然落馬。これに後続の2頭が乗っかった。

そして、尾崎章騎手、阪上忠匡両騎手はいずれも骨折でしばらく戦線離脱。

http://www.kasamatsu-keiba.com/2007/01/post_175.html

また、阪上騎手はかなりの重傷。腰椎、鎖骨を骨折しており、当分の間騎乗れないのではないか。

http://www.kasamatsu-keiba.com/2007/01/post_177.html

はっきりいって、競馬の落馬は本当に怖い。なぜなら、自分の不注意にかぎらず、馬が骨折したとかいった「不可抗力」でも起きてしまうから。また、競馬は常時60キロぐらいのスピードで走行しているから、ちょっとの落馬が大きな命取りにもなりかねない。

ちなみに笠松ではないが、昔名古屋競馬において、天才ジョッキーが落馬し、ついに再起不能になったことがある。連対率70%という驚異的な記録を残していた坂本敏美騎手。

その坂本騎手に乗っていた馬が「心臓まひ」を発症し、右側に崩れ落ちた坂本騎手は運悪く、ラチにぶつかってしまった。

http://www.kochinews.co.jp/rensai03/keiba43.htm

有名なのは福永洋一騎手の毎日杯での落馬事故だが、とにかく、競馬では落馬は絶対に避けねばならない。今後はこういったことがないようしてもらいたいが、何分、競馬は馬が原因で引き起こすケースも多く、なかなか撲滅とはいかないところが困りもの。


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こんなことをいうのは何だが

2007-01-27 08:43:44 | 公営競技論

公営競技の今、一番の問題点って、やはり新たな客層が入ってこないことではないか。

ではなぜ新たな客層が入ってこないのか?そして、新たな客層が入ってこない限り、公営競技の未来はないとは思っていても、実際にはなかなかそのあたりに目を向けられることが少ない。

思うに、例えばなぜ競輪をやらないのか、はたまた競艇を、オートレースを、さらには競馬を、といった具合に、やらない、というかなぜ興味が持てないのか?そのあたりを訊いてみたほうがいいんじゃないか。

昔、「ガチンコ」っていう番組があった。ま、大半は「やらせ」ではないのか、といった内容の、ある意味、低俗さが否めない番組でもあったが、その中のコーナーの一つ、「ラーメン道」の2で、ひとつきの売上げが2万円しかないというラーメン経営者が「支那そばや」ののれんを得ようと参加したわけだが、本格的に修行に入る前に、

「ちょっと確認しておきたいことがある」

と講師の佐野実氏の掛け声により、何とその参加者の店に他の参加者も含めて全員が行き、さらに、

「いいかお前ら!なぜこの店がダメなのか?思ったことをどんどん言え!」

と言い放った。

ま、普通ならばビックリするし、最初はなかなか誰も言い出さなかったんだが、ラーメンを作った経験がない(つまり「素人」)という参加者が言いにくそうにしながらも最初に、

「ラーメン屋なのになんでカレーとかコーヒーがあるのか?」

「ラーメン屋ならばラーメンだけで勝負しなければならないんじゃないのか」

と口を開いたとたん、他の参加者からも、

「スープが臭う」

とか強烈な批判に終始。しかしその店の店主でもある参加者は、

「是非どんどん言ってください!」

と批判を甘受していた。ま、本当にその人は「覚悟」した上で臨んでたんだろうね。結局、その人が優勝して「支那そばや」ののれんをもらったけどね。

思うに、「本音批判」の部分については、決してやらせなんかじゃないと思うね。

確かに、公営競技自身も、その競技ならではの魅力とか、はたまた公営競技場になんとか足を運んでもらいたいとかいって、あの手この手と打っているのは分かる。

でも、その競技のいいところばかりPRしてもダメなわけで、ではなぜ「来ないのか」という点こそを訊いてみるべきではないのか。

こういった話って、私だってどう展開していくのか分からない。分からないからこそ訊いてみたい。公営競技のどこがダメで、なぜ客が来ないのか?そして、どうやったら新たな客が来てくれるのか?

是非ともやっていただきたい。というか、やらないのならばこっちでやるしかないか・・・

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西谷岳文、競輪を変えるか?

2007-01-27 00:00:00 | 競輪

ただいま93期生の生徒として競輪学校在学中の西谷岳文。

その西谷の特集がフジテレビ系の23日の「すぽると」で組まれた。40分番組なのに15分ぐらい紹介されていたが、何せ、98年・長野五輪ショートトラック500Mの金メダリストという勲章があるだけに格好のニュースにもなるんだろう。ちなみにそのときの3位・銅メダルは植松仁(86期)。

まだレーサー用の自転車に乗って日が浅いせいか、思ったほどのタイムは出ていなかったみたいだが、フォームを見る限り、力強さこそ見られないが、なかなかに仕上がっている。これからもどんどんタイムを伸ばしていけるようなフォーム。

また、ショートトラック時代は、「世界一のダッシュ力」と称されたこともあったせいか、この間競輪学校登坂走路で行われた「登坂王決定戦」でも「優勝」。課題は競輪選手として最も大切といわれている1000Mのタイムが平凡なことだが、フォームがいささか浮つき気味の今の西谷では、なかなか好タイムは出しにくいのではないか。ま、焦ることは全くない。

さてこの番組を見たら、「懐かしい」人が出てたよ。ま、私も去年、岸和田のインターハイでみかけたが。長沢義明さん。名フレームビルダー、「ナガサワ」の御人ね。

長沢さんは1970年から世界選手権のメカニシャンとして日本代表に常に帯同し、中野浩一の10連覇時代、全ての大会においてメカニックを担当。超強気な姿勢でも知られ、中野がV6のかかったイギリスのレスターでの大会で、シングルトンに右ひじを出されてノーカウントとなった際、意識が朦朧としていた中野に対して、

「しっかりしろ!」

と目覚め用の張り手を一発食らわし、さらに再戦の一本目でシングルトンに中野が「完敗」して意気消沈となっていた際、監督をさしおいて、

「まだ負けたわけじゃないだろ!」

と中野を真っ先に「叱責」。世界王者・中野浩一に対して唯一人、面と向かってモノを言えたお方としても有名で、「ナガサワがいたからナカノも勝てた」と海外の自転車関係者も長沢さんの技術力を高く評価していた。

ところで、西谷が使用しているフレームが「ナガサワ」らしく、それで登場していた。

あれこれ注文をつける西谷に対し、

「まだ生徒の分際であれやこれやいうな!」

と「一喝」していたところが興味深かった。

ところで、この93期より、6月に行われる予定の、競輪選手認定資格試験に合格すれば、なんと半年で卒業できるようになるんだとか。

ま、この試験って、運転免許試験場における「飛び込み受験」のようなもので、そう簡単には合格できないらしいが、もしここで「合格」すれば、なんと7月からのデビューも可能になるという。

そうでなければ10月に卒業、デビューは来年の1月。

西谷自身は競輪学校入学前、

「夏のオリンピックにも出たい」

と話しており、そうなると認定資格試験を合格したほうが五輪出場への道は開けやすい。でも、今は恐らくそんな余裕はないとは思うが。

西谷はかつての名門、大阪を背負って立ってもらいたい選手になってほしい逸材だし、とにかく、競輪学校ではバランスのいいフォーム作りを心がけ、あわよくば北京五輪へ。北京は日本短距離勢は全く期待できそうにない現状ではあるが、西谷の動向次第では分からないかも。

もっとも西谷よ、デビュー後、競輪ではしばらくの間、適当に頑張る程度でいい。染まったら五輪への道は「ない」。 


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呪われた兄弟

2007-01-26 00:52:25 | 競馬

ディープインパクトの弟・オンファイア、ついに引退。

keiba@niftyより

ディープインパクトの全弟で右前脚屈腱炎のため休養中だったオンファイア(牡4、美浦・藤沢和雄厩舎)が、24日付でJRA競走馬登録を抹消されたことがわかった。今後は種牡馬入りする予定だが、詳細は未定。

 オンファイアは、父サンデーサイレンス、母がアラルポカル(独G1)勝ち馬ウインドインハーヘア(その父Alzao)という血統。全兄に05年三冠などGI・7勝のディープインパクト(牡5)、04年スプリングS(GII)勝ち馬ブラックタイド(牡6、栗東・池江泰郎厩舎)がいる。

 05年10月16日のデビュー戦(東京・芝1600m)は3着に敗れたが、2戦目(東京・芝1800m)で初勝利。続く東京スポーツ杯2歳S(GIII)では後のGI馬2頭(フサイチリシャール、メイショウサムソン)に続く0.5秒差の3着に入ったが、同年12月に屈腱炎が判明し休養していた。通算成績3戦1勝。

思えば、東スポ杯は後に錚々たる顔ぶれとなる相手にまだ1勝馬の身ながらも3着だったわけで、さすがにあの、ディープインパクトの弟だ、と思わせたオンファイアだが、結局それが最後のレースとなった。

未勝利しか勝っていない馬が種牡馬入り(の予定)するのは、今の時代ではきわめて珍しいことだが、それもこれも、やはり、ディープインパクトのおかげなのかも。

ま、競走で使い減りがされていない分、逆に種牡馬では期待できるかもしれないけど、兄貴のブラックタイドも屈腱炎でずっと休んでただろ。どうもこの血統は「呪われている」かもしれない?

昔、呪われた血統ということではテンポイントの血筋がそういわれた。

祖母の「クモワカ」に伝染性貧血症の疑いがかかり、薬殺処分が言い渡されたが、牧場主がかくまってクモワカを「守り」、繁殖牝馬名として「丘高」と名前まで変えた。

そしてカバーラップ二世との間にできた子供が「ワカクモ」で、ワカクモは1966年の桜花賞を制したばかりか、通算11勝を挙げた名牝となった。その子供がテンポイントであり、はたまた中山大障害2勝を含む障害重賞5勝のキングスポイントであったが、ともにレース中に骨折して死亡。

したがってキングスポイントが亡くなったとき、「華麗なる一族」とは裏腹の、「呪われた血統」と言われ、本当はテンポイントもその母もワカクモも、この世には誕生していなかったはずだ、と言われた。

ま、「ディープ一族」はそこまではいかないけど、ディープを間に挟んだ兄弟がいずれも屈腱炎を発症しているとなると、ディープインパクトっていう馬の性能の高さっていうのは本当にずば抜けていたという他ないな。

そう考えると、ブラックタイドは復帰したものの、その後勝つまでにはこれまで至っていないし、オンファイアは業半ばで引退したことを考えると、ディープインパクトに競走能力はもちろんのこと、運命まで「吸い上げられた」というしかない。

コメント (6)
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爆発的な勢い?

2007-01-25 21:11:05 | 御礼

当方では、ブログ(このgooブログの他、フルルKansaiも)の他、掲示板及びメールマガジン3種類(うち1本は休眠状態)並びに携帯向けのメールマガジンも発行しているが、その中で携帯向けの「エッグメルマ版 公営競技はどこへ行く」が今月に入って購読者が「急増」。

今月1日、つまり元旦の時点では673名の方に購読いただいていたが、1月13日に701名、同19日に818名、24日に923名となり、現在は1000名となった。

しかしこの急増ぶりには私もビックリ。

ここでエッグメルマ版 公営競技はどこへ行く(ミニまぐ版も同一内容)とは何か、というと、その日の、競馬ならば重賞競走、他競技ならば決勝戦の優勝者を紹介。例えば競馬ならばこうなっている。

大井G3
サウンドザビーチ 美浦 54 勝浦正樹 牝6 藤原辰雄 1:52:7 38.0
馬複 2-14 530
馬単 14-2 1300
3複 2-13-14 5570
3単 14-2-13 19870

これは24日に行われた大井競馬のG3・TCK女王盃の優勝馬・サウンドザビーチを紹介したものだが、以下右へ向かって、厩舎所属地・負担斤量・騎手名・年齢・調教師名・走破タイム・3F上がりタイムという順に表示している。

また競馬では馬番連勝複式、馬番連勝単式、3連勝複式、3連勝単式の4賭式について配当を紹介している。他競技の場合は2連勝単式(競輪は2車単)及び3連勝単式のみ紹介。

競輪の場合だとこうなる。

大宮G3
手島慶介 31 群馬 75 S1 14.6 捲 6211
車単 2-5 1120
3単 2-5-1 5530

16日に行われたG3・大宮記念を優勝した手島慶介を紹介したものだが、以下右へ向かって年齢・登録地・期別・級班ランク・上がりタイム・決まり手・節間成績を表す。

競艇の場合だとこうなる。

丸亀G3
今村豊 2992 45 山口 A1 1 逃 06 1211232211
2単 1-5 500
3単 1-5-2 1190

21日に行われたG3・丸亀企業杯を優勝した今村豊を紹介したものだが、以下右へ向かって、登録番号・年齢・居住地・ランク・コース・決まり手・ST(スタートタイミング)・節間成績を表している。

オートレースの場合だとこうなる。

伊勢崎G2
浦田信輔 パンジャA 34 飯塚 23 S1 10 3.28 51411
連単 6-2 1020
3単 6-2-3 9170

21日に行われた伊勢崎G2・G2グランプリを優勝した浦田信輔を紹介したものだが、以下右へ向かって、使用車名・年齢・所属地・期別・ランク・ハンデ・試走タイム・節間成績を表している。

携帯版については、各競技の決勝戦や競馬の重賞競走がある限りはほぼ毎日発行となりますので、ほっといたら携帯メールのボックスはあっという間に溜まってしまいます。こまめに捨ててください。

バックナンバーは発行した日のもの全てご覧になれます。

というわけで、エッグメルマ、ミニまぐで発行中の「公営競技はどこへ行く」。今後ともよろしくお願い申し上げます。


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身の丈経営が全て

2007-01-25 12:19:02 | 競輪

観音寺市、改めて開催削減の意向を示す。

四国新聞より

観音寺競輪の二〇〇七年度の開催日数について白川市長は、例年の半減となる「年間三十七日」を、国に再申請する方針を固めたことが二十三日、分かった。選手会などの反発も予想されることから、申請が認可されるかどうかは不透明な状況。協議次第では七月以降の開催休止、〇八年度からの事業廃止も視野に入れている。

市議会最大会派・政新クラブの勉強会で説明した。

 運営団体の赤字救済策として、開催日数を削減できる規定を盛り込んだ自転車競技法の改正法案が、通常国会に提出される見通しとなったのを受けて判断した。今月末にも、四―六月の開催日程が決まるため、市はすでに開催日数を競輪事業を所管する経済産業省に申請しているが、開催を半減した再申請は来年度の早い段階と見られる。

  

ただ、関係者によると、改正法案成立後に申請する「年間三十七日」が認められるかは予断を許さない。

 今年度末での累積赤字は約七億円に膨れあがる見込みで、厳しい市の財政状況を踏まえると、白川市長は、今年七月以降の開催の取りやめも辞さない考えだ。

 観音寺競輪事業の運営については、昨年の九月定例議会で白川市長が開催日数の大幅削減を国へ要望する方針を表明。市は、上部団体への交付金延納と日数削減を盛り込んだ経営改善策を同省へ提出したが、受理されなかった。

 白川市長は「まだ議会全体に説明していないので、現時点では何も言えないが、来年度以降も事業が継続できるように最大限の努力をしていきたい」としている。


観音寺市側とすれば、当初は競輪開催をやめる意向はなく、とにかく赤字開催を減らす、つまり、F2の全廃を視野に入れた形での開催削減案を競輪関係団体に示したと思われる。

しかし、観音寺案を許容することになると他にも飛び火することは必至と当然のことながら考えている競輪関係団体側はもちろんこの案を拒否。

さらに、今のところ観音寺案に同調する施行者もないみたいで、競輪関係団体は突っぱねてさえおけば観音寺側は折れる(妥協する)と見ているんだろう。

だが、改めて観音寺市側は当初の開催削減案にこだわる姿勢を見せた。

ま、観音寺案がすぐに決まるとは思えない。確かに開催削減・発売削減・選手の大量首切りの「三点セット」は早急にやらねばならない施策であり、もしこれを野放図のままにしておくと競輪は本当に危なくなる。しかし、これを実現させるためにはある程度、準備が必要なのである。

恐らく、1節程度の開催削減案は通るようにも思う。但し、それを単年度で「終わらせない」ことが大事。だから観音寺市はこれからもこのような形の話をどんどんと行うべきであり、またそうしないと競輪関係団体は「分からない」と思う。

そうやっていくうちに開催は自ずと減っていく「はず」。ではなぜ赤字開催をへらしたほうがいいのか?

1月15日付けの「公営ジャアナル」に、施行者が競輪開催をする意義について述べられている話があるので触れてみることにする。

『売上げ回復と再生では大きく意味が違う。我々が目指しているのは健全な運営ができる再生であって、売上げ回復できずとも、長期的な健全運営こそが存続の道だ。』

はっきりいって、その通りだと思う。これもはっきりというが、競輪にこれ以上、人気回復など望めないと見るのがスジ。

公営ジャアナルでは、「競輪全体のパイを日ごろから拡大するところからスタートすべき」と論じているが、はっきりいってパイの拡大など今のやり方を維持しようとする限りは到底ムリ。もしそうしたいというんであれば、やり方を大きく変える他ない。

コンドル日記についこの間書いてあったが、500バンクとはいえ、A級のトップレベルのレース(初日特選)で上がり16.3秒もかかってしまったレースがあり、さすがにこれを見た客から、

『こんなレースをやってたらファンも呆れて「何がナマの競輪だ」の声も』

という強烈な野次があったそう。

まだ、キャリア、ン十年の客だからこの程度で耐えているんだろうと思うけど、競輪を全く知らない人間からすれば、

「競輪ってチンタラすぎて全然つまらない。こんなもの、これ以上できない。」

と思われるのがオチ。そして、熊本に限らず、他の競輪場でのレースにおいても、少なくとも今、まともに「見てワクワクする」といったレースはS級の上位レベルだけである。 

 

話は戻るが、かといって、やり方を大きく変えるとはいっても、こちらもやり遂げるためには少々準備期間が必要なわけで、となると、やはり当面の策としては、

「長期的な健全運営」

こそが求められているのではないだろうか。

つまり足元を固めることこそが一番というわけ。むやみやらたにパイの拡大を志そうとすると、その反動が何倍にも帰ってくるという考え方はすっかり施行者に根付いているといっても過言ではあるまい。

しかしそれに気づかない(いや、気づいていても知らん顔をする)競輪関係団体はいまだ既得権益を守ろうとするだけ。だが観音寺のような姿勢のところが続々と出てくれば、競輪関係団体も降参するしかないだろう。

そういう意味からも、観音寺にはより一層、「頑張っていただき」、とにかく当面は「耐えてほしい」と望む次第である。


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大量落車WEEKLY Vol.46

2007-01-24 16:58:40 | 競輪大量落車

洪水開催下ではやっぱりこれだけ出るな。

●1月16日

小倉11レース

http://keirin.jp/pc/dfw/dataplaza/guest/raceresult?KCD=81&KBI=20070116&RNO=11

6名落車(内1名失格)

http://www.kokurakeirin.com/live_ondemand/meta/kokura20070116-11_509K.asx

●1月21日

防府10レース

http://keirin.jp/pc/dfw/dataplaza/guest/raceresult?KCD=63&KBI=20070121&RNO=10

1名失格、3名落車。動画なし。

●1月22日

高知11レース

http://keirin.jp/pc/dfw/dataplaza/guest/raceresult?KCD=74&KBI=20070122&RNO=11

4名落車(内1名失格)。

http://www.shikoku-keirin.jp/liveset_kochi/replay.php?day=1&race=11

平塚8レース

http://keirin.jp/pc/dfw/dataplaza/guest/raceresult?KCD=35&KBI=20070122&RNO=8

1名失格、3名落車。

http://www.shonanbank.com/cgi-bin/live/left.cgi?view=today&movie=512k/070122_8r.wmv

松阪9レース

http://keirin.jp/pc/dfw/dataplaza/guest/raceresult?KCD=47&KBI=20070122&RNO=9

6名落車。

mms://matsusaka.hyper-nets.com/matsusaka_digest/07012209.wmv

●1月23日

西武園1レース

http://keirin.jp/pc/dfw/dataplaza/guest/raceresult?KCD=26&KBI=20070123&RNO=1

1名失格、3名落車。

http://www.keirin-saitama.jp/keirin/26/20070123/26_index.html

小倉は3番の過失走行が原因となり、3番も含めて6名、また、松阪では7番と9番が先陣争いを仕掛けようとした際、双方最終ホームで共倒れ。後続が乗り上げ、こちらも都合6名大量落車。

ま、松阪の7番は道中からそそくさそうに走っていて、明らかに焦りが見られた。9番が突っ張って行こうとした際に負けじとスパートをかけたが、悲劇を引き起こす羽目に。 

ほかにもこの1週間は3名落車(1名失格、2名落車といったケース)というケースも目立った。


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マイルは短距離ではない

2007-01-24 03:13:38 | 競馬
 

日刊スポーツより

2006年度JRA賞授賞式が22日、都内のホテルで行われ、JRAが同賞の一部見直しを検討することが明らかになった。最優秀短距離馬と最優秀父内国産馬の2部門が対象になる。

 JRA賞を管轄するJRA広報部が、同賞の一部見直しに着手する。対象となるのは最優秀短距離馬と、最優秀父内国産馬。

 06年度ダイワメジャーが受賞した最優秀短距離馬については、賛否両論があった。マイルCSを勝ってはいるが、1200メートル戦には1度も出走していない。それどころか2000メートルの天皇賞(秋)を制し、有馬記念も3着と、およそ短距離馬のイメージには遠い。有効投票289票のうち200票を集めたが、最優秀4歳以上牡馬にディープインパクトがいたため、やむなく短距離部門に投票した有権者が多かった。

 そこで選考委員会からは(1)ネーミングの変更と(2)マイルとスプリントの2部門に分ける案が出され、それを受けてJRAが検討に入ることになった。「短距離馬」では1400メートル以下の印象が強くて今回のような例にはそぐわず、マイラーにも違和感のないネーミングが求められる。また昔よりもスプリンターとマイラーのすみ分けが進んだ現在、最優秀マイラー部門の新設も有力となる。

 父内国産馬については、SS三世(サンデーサイレンスの孫)の活躍でマル父全体のレベルが上がり、賞自体の存続意義が薄れたため廃止も含めて検討される。


「最優秀スプリンター」の件については前々から矛盾しているという話が出ていた。

そもそも欧州ではマイルはミドルに近い距離であると位置づけられており、スプリンターのカテゴリーには入っていない。

しかしJRAでは、ミドルのG1戦が少ない(古馬のG1レースだと秋の天皇賞だけ)こともあり、マイルと1200MのG1を掛け持ちする馬が多く、これまでずっとマイルまでを「スプリンター」と称してきた。ま、ダイワメジャーがスプリンターだなんてとてもいえまい。

とりあえずはマイル部門、スプリンター部門と分けて考えるべきだろうが、いっそのこと「スプリンター部門」も廃止したほうがよさそう。また、当然、マイル部門だって「いらない」。

やはり、ミドルのG1戦をもう少し増やす必要があるように思う。やはり高松宮記念は昔の2000Mのほうがいいように思う。そうすれば、マイルはミドルとの関係が深くなり、スプリンターは本当の意味で「専門職の馬」だけのレースになると思うが。

それとブログや掲示板、つまりファンレベルにおいて話が盛り上がっているけど、今回のJRA賞で問題になったのが、「最優秀ダートホース」。何でアロンダイトなのか?

どう考えてみてもJRAの馬から選出されるんであれば、ブルーコンコルドというのがスジ。ま、ブルーコンコルドはジャパンカップダートでは大敗しているため、その結果、アロンダイトよりも劣るとみなされているんだろうけど、アロンダイトはJCDを勝っただけ。そう考えると、あまりにもムリな選出ではなかったか。

さらに、カネヒキリを推していた投票者までいた。カネヒキリではちょっとしんどいだろ。

ダートの部門については「ダートグレード競走最優秀馬(ダート格付け委員会が選定。ここではブルーコンコルドが選出された。)」という賞があることから、JRA賞における最優秀ダートホースの賞は別にやめても構わないんじゃないか。

となると、上記の最優秀父内国産馬も含めて、3つは廃止が望ましい、ということになるね。


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