公営競技はどこへ行く

元気溢れる公営競技にしていきたい、その一心で思ったことを書き綴っていきます。

トリノ五輪を振り返って

2006-02-27 03:32:56 | スポーツ

         (写真はYahooスポーツニュースより)

という題をつけてはみたものの、あまり見てないんだ。

見たのはスピードスケート男女500M、女子フィギュア、男子アルペンスラロームぐらい。あっ、スノーボードクロスは男女とも見た。

2年前のアテネ五輪は「くまなく」見たような気がするが、冬季五輪種目はいまだ馴染みのない種目が結構あって意外と興味が沸かないな。

本当はアイスホッケーに日本が出ていると面白いんだけどなぁ。かつてはNHLもCSでよく見たが、もう見なくなったし。でも、アイスホッケーに日本が出たなんて開催国のときしかないんだろ。いまだ札幌五輪で西ドイツに勝った「歴史的勝利」が語り継がれるようではダメだって。

さて荒川静香の優勝で何とか格好だけはついた感じの日本選手団だが、相対的に振り返ってみると、

「惨敗」

に等しい結果だっただろう。

ま、メダルこそならなかったがアルペンスラロームの2人入賞は賞賛もの。猪谷さんの50年前の銀ははっきりいって「別格」だからな。しかもそのときの優勝者は映画・「白銀は招くよ」でも有名なあのトニー・ザイラー(コルチナダンペッツィオ大会アルペン3冠全冠制覇)。もしザイラーがいなかったら・・・

なぜ「惨敗」となったのか?

一つは情報収集力のまずさ。

スノーボードハーフパイプなんて一番そうだろ。戦前では、

「表彰台独占もありうる」

なんていう人間もいたほど。ところが・・・

戦いが終わるや、

「力の違いを見せつけられた」

となってしまった。

モーグルの上村にしても、3Dエアを見事に決めたのにエアの得点は全体でも3番手でしかなかった。

確かにインターネットもなく、CS・BS放送がない時代にはそういった情報収集力のまずさがあったとしても土壇場の「根性」とやらで切り抜けられたかもしれない。

ところがハーフパイプで上位独占を果たしたアメリカ勢が出場していた「Xゲーム」って確かスポーツアイ・ESPNで放送していたはず。ということは日本でも「見れる」わけなんだが・・・

にもかかわらず、アメリカ勢が出場しないW杯で活躍したからといってそれを鵜呑みにしてしまうというのは問題。ちなみにそうしたことを五輪前より指摘していたのは日刊ゲンダイだけだった。

モーグルにしたって、エアの得点比率って25%ぐらいしかないとか。エアで「満点」だったとしても100点満点中25点だけ。それなら他にもっと重点を置きなさい、って受験勉強のときに言われなかったか?

対して、女子のフィギュアは第一に情報収集・活用に重点をおいた。

フィギュアの場合、採点競技の上に頻繁にルールも変わる。荒川だって2004年に世界選手権を優勝したものの、翌年の同大会は9位と惨敗。ルールが変わり、その対応ができていなかったのである。

すると、どちらかといえばジャンプなど「技術系」ばかりに重点が置かれていた以前のルールとは違って、現在のルールはより表現力を重視するものへと変わっていた。

荒川といえばイナバウアーだが、果たして、「イナバウアーって何だ?」と思った人は少なくなかったはず。フィギュアって「ジャンプ」しか頭になかったもんな??

しかもイナバウアーって「技」ではないから直接点にはならない、つまり「ムダ技」という他ないわけなんだが、荒川で一番思い出されるのは何と言ってもこのイナバウアーではないか。

アルベールビル銀の伊藤みどりは手の使い方が最後までぎこちなく、もしその点がうまくいっていたならば金メダルは十分あったといわれている。

あの伊藤みどりでさえ優勝できなかったことで、局部的な大技が決まってもそれでは「勝てない」ということになってフィギュアの関係者は強豪国の選手のジュニア育成は一体どうしているのかまで徹底的に調査。

加えて、小学生レベルにおいてもどんどん海外遠征に出させるなどした。海外で試合ができることがエリートなんだということも植えつけた。ひいては今回の荒川のみならず、安藤美姫や浅田真央といった10台選手が続々と台頭。ジュニアレベルでは今や日本は世界最高レベルであり、次のバンクーバーでもその快進撃は続くのではないかと言われている。

しかしながら他の競技はフィギュアのように大局的な考えかつ育成という面において大きく立ち遅れている。

ほとんどの競技において、

「昔からこれで通用したから」

という考えがはびこっている。

また、凡そ出場しても入賞すら期待できないという競技はオミットしてもいいんじゃないか?

遅塚研一団長は、

「今回は最低の成績だった」

と反省しているみたいだが、こういった反省さえ過去はあいまいで済まされてきた。

次回のバンクーバー大会まであと4年。あと4年しかないと考えるのか、はたまた「まだ」4年あると考えるのか・・・

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東王座回顧

2006-02-27 00:51:42 | 大レース回顧集

東西分離開催としては最後となる東王座戦決勝が26日、伊東温泉競輪場で行われた。

4・佐々木龍也が前を取り、1・海老根恵太-佐々木、8・横田努、しかし次位の並びは4人いる福島勢の分断を狙った群馬勢が入り込む形に道中なり、6・渡邉一成の後ろに7・手島慶介-3・兵藤一也

9・山崎芳仁-5・伏見俊昭-2・岡部芳幸は道中は別線のような形で進んでいた。

動きがあったのが残りあと2周。まず山崎が伏見、岡部を連れて正攻法の位置へと入り込むと、ジャン前より渡邊が発進。この動きに対して渡邊後位にいた手島-兵藤に対して、伏見がナイスと言わんばかりのブロックを見せ、最終ホーム通過過ぎで漸く福島勢4人が並ぶ展開。一方、海老根は予想外にも全く巻き返す術がなくなんと最終バック手前では最後方。

渡邊が快調に飛ばすも番手絶好の山崎が外から強襲する伏見を退けて優勝。伏見2着、岡部3着、渡邊も4着に入ってビッグ決勝では珍しい同県選手の1~4着独占となった。

昨年のヤンググランプリに続いて2度目のG2制覇となった山崎。

今シリーズは1着こそなかったものの連日主導権を奪い取る競走を見せて自らの番手選手に1着をプレゼントしていたが、決勝の舞台では逆に同期の渡邊の番手という位置を掴むことができ、結果的にそのチャンスを見事にモノにした格好だ。

普段の使用ギアが大きい分、ダッシュに甘い面があり、ともすれば大敗することもしばしある山崎だが、一度かかってしまうと他の同型選手が捲りにかかるのは困難だと見ていい。神山、吉岡の全盛期のような距離を踏めば踏むほど加速するというタイプでもないわけだが、強靭な地脚という面において他の追随を許さないからなかなか同型は捲れない。

今回は渡邊の出方が甘ければ自らが主導権を握って伏見-岡部を引っ張っていくという気持ちがあったと思われる。その気持ちがよかった。そして渡邊が思い切って引っ張ってくれれば最終バックあたりではほとんど優勝を確信していたのではないか。

年初の和歌山記念でも落車さえしなければほぼ優勝は間違いなしの状況であったし、今一番乗れている選手と言ってよかろう。同期の最大のライバル、武田豊樹でさえいまだ成し遂げていないG2優勝(ヤンググランプリを除く)を果たした意味は大きく、年内にもG1優勝に王手をかけるだろうというような逸材。世代交代が囁かれる競輪界のニューリーダーとして今後のG1戦線も引っ張っていくことだろう。

それにしても競輪では過去に同県選手が4人いればうまく連携が決まったためしがなかったわけだが、今回はものの見事に決まった。

それは恐らく4人とも最終的には自力を放てる選手であったからこそといえるのではないか。

例えば1人、2人自力型がいて残りが他力型だったら間違いなく敵ラインに攻め込まれて分断され、結果1人も勝利者を出すことなく「敗北」を喫するというパターンに終わっていたことだろう。だから過去には4人いた場合には決まることはなかった。

ところが今回のポイントは、山崎が手島-兵藤が来たときにスンナリと前に入れてやり、無理に渡邊の番手に固執しなかったことだ。

そして渡邊が発進してきた際、伏見が普段めったにやらない「ナイスブロック」を手島らに敢行。渡邊-山崎のダブルロケット砲が先頭・2番手となっては、他の選手は全く打つ手がない。

しかしこうした作戦が果たして2度3度決まるとも思えない。ひょっとすると今回限りの絶妙なる作戦。でも、さすがは層の厚い福島勢。今回の東王座戦ではその力をまざまざと見せ付けた。


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競輪の歴史を変えた場

2006-02-26 00:15:55 | 現場レポート

本当は23か24日のほうがいいのかもしれなかったが、そうなると一宮のこのシリーズの目玉である北津留翼がまさかの失格とか落車帰郷で出れないかもしれない。すると熊本同様、初日に行くのがいいと思ったわけ。

すると、堀尾委員長には突然の訪問だったかもしれなく、申し訳ないと思ったが、なんと委員長は全ての面においてセッティングしてくれた。

午前中はメイン指定席の4階にある場長室へ案内してもらった。

そこで私は、一宮といえばこの話を出さないといけなだろうと思ってこう切り出した。

「後楽園競輪場で開催されていた日本選手権(1960)において、客がバンク内に入り込んだことから警備面での対処ができないという理由で、日本選手権の開催を翌年から返上することになり、下手をすると日本選手権開催の存続も危ぶまれた。それを救ったのが一宮だった。」

「当時の美濃部亮吉都知事が都営ギャンブル廃止を表明したことから1968年限りで後楽園での日本選手権開催を永久的に返上。またしても日本選手権の開催場がなくなるかもしれないという大ピンチとなったが、そこでまたもや救ったのが一宮だった。」

つまり、この一宮競輪場というのは競輪の歴史的変換期に二度も自ら立ち上がった「救世主」だったのである。

「歴代の場長から聞いた話だと、1963年の開催の際は現在ある野球場も壊してそこを駐車場にしたとかいうことでてんわわんやだった。」とか。そりゃ当時の競輪で最も権威かつ人気があったのは日本選手権だもんな。

「ま、そんなこともあって、かつては東の川崎、西の一宮とも言われ、西日本屈指の売り上げを誇ったが、そんな話は今は昔。施設の管理維持費も重荷となっていて非常に厳しい状況が続いている。」

とのお話。

さらに青山場長は、

「本当は共同通信社杯か全日本選抜を開催したいし、立候補もしているんだが、競輪関係団体は、

「一宮さんにはせめてオールスターか日本選手権を開催してもらわないと・・・」

といわれてうまくいかない。」

とこぼされていた。

今、施行者に一番人気があるのは全日本選抜競輪で、続いては共同通信社杯。なぜか?それは賞金額が比較的「安い」上に、そこそこ売れるからである。

反対に一番人気がないのがオールスターなんだとか。開催日数が長い上に賞金も高く、おまけに日本選手権ほど売れないから。また、出場選手も多いしね。

客の観点からすると、全日本選抜なんて一番どうでもいいようなG1開催だと思うんだけど、施行者はそうではないわけだね。

この場では話さなかったが、日程的に問題がやはりあるのではないか。

昔、オールスターは5月のGW時期に開催され、日本選手権は11月初旬の開催だった。

ところが今や日本選手権もオールスターも時期的には一番客も選手もコンディションが伴わない3・9月の開催となっている。

もし日程を5・11月に「戻した」ならば盛り上がり方はグッと違ってくるだろう。よく、

「昔に戻してください!」

とかいうお方がいるけど、戻すんであれば、こういったところを戻せばよかろう。どうせならオールスターも日本選手権も4日間制にすればいいのに。

「そんな話も実は出ていた。」

と青山場長。しかし、選手会などに押し切られてしまって実現しなかったんだとか。

そして一宮といえば、中部4場の一角だが、それが逆に重荷になっているのだとか。

つまり、大垣から名古屋までJRの新快速で30分ほどの所用なわけであるが、そこに4場がひしめいているわけである。

ということは、例えば一宮で3日間開催があれば次は岐阜、その次は名古屋といった具合にほとんど毎日4場どこかで開催するようなことになる。そして4場共同体制ということから、各場で記念が開催される場合は他の3場は場外発売もない。

今や場外発売で稼ぐことが求められている競輪にとって、中部4場は大きな制約を抱えているわけで、加えて競艇や地方競馬などもひしめく激戦地帯。

こうなると現行の70日開催は非常に重荷となり、やはり、開催削減が求められるところであるが・・・

「来年度から3日間だけF2が削減されますが。」

と言うと、

「ええそうなんだけど・・・」

何か気乗りがしないようだが、どうやら試算では売り上げが減るとか・・・

厳しいところだね。

また青山場長は選手の大量首切りというよりも、間際の欠場を何とかしてくれとこぼしていた。ウイニングランという電話投票者用雑誌の付録に各場独自の案内も出すわけで、当然カネがかかる代物だが、欠場者が出ることによってそれが「台無し」になってしまうことを今後とも非常に懸念。

施行者の苦しみを選手は分かっているんだろうか?

約1時間ほど会談を行なって、昼からは寺澤さんのところへ。

これまでまともにレースを見ておらず、また車券も買えなかったわけだが、寺澤さんの話を聞いたことや、中部競輪の予想のつけ方も「気に入って」8レースだけ、中部競輪の印どおり買ってみた。6車2車単ボックス買い。つまり前日の奈良と同じ買い方。

すると、奈良ではコッテンパンにやられたのにここでは「うまくいった」。

正攻法の1・田中秀治がインで粘って、川西-田谷の3番手にいた2・横山圭司の3番手を取りきった。

しかし横山は怯まず田中の後ろ4番手をキープ。直線に入って中から田中を追い込んで1着。田中が2着。2-1は7230円。4230円プラスね。

奈良と同じ買い方をしてうまくいくとは・・・これだから競輪は「分かりません」。

あまりにも嬉しかったんで寺澤さんに「ご祝儀」を渡そうとしたんだが、

「いや、こういったものは受け取れないんで。」

ま、寺澤さんは予想屋じゃないからなぁ。当然だろうな。

そしてこの日の「お目当て」、北津留が出る最終レースだけはスタンドで見ることに。

この日の北津留は熊本のレースとは違ってゴーグルをしていた。

寺澤さんに、

「北津留は客に対してまっすぐ目線を向けている。こういった選手はなかなかいない。」

と話したが、今回はその目線が見れないのが残念。

レースは師匠格にあたる内田浩司が後ろだったことと、初日ということもあり、1・坂上樹大が来たときに坂上を入れずに突っ張っていった。

しかし北津留もめったに逃げないのでバックで赤井学に捲られ8着。

「初日やからこんなもんやろ。」

というと、

「おっ、そんなもんなんか?」

と見知らぬ客が言ってたけど、次の日は得意の捲りで2着に9車身ぶっちぎっただろ。

ところで、一宮は帰りのバスがないのか・・・

ま、昔歩いて帰ったことがあったから知らない道でもないんだが、やはり間違えて岩倉方面に一度は行ってしまった。その前は稲沢方面へと行ってしまい、タクシーに乗らざるを得なくなった。

その後一宮駅の方向へ向かったが、途中路線バスが来たんでそれに乗った。やはり帰りの無料バスが近くに来てくれないと・・・


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ルールはしっかり守れ!

2006-02-25 21:07:32 | その他

Yahoo社会ニュースより

「携帯命」の不届き乗客、JAL機の出発1時間遅らす

 鹿児島空港で24日、羽田行きの日本航空1864便(エアバス300―600型機、乗客・乗員274人)に乗った30歳代の男性が携帯電話を使い続けたため、客室乗務員が何度も注意したところ、トラブルとなり、出発が約1時間遅れた。

 同社によると、男性客は、同機が滑走路へ向けて動き出した後も、女性乗務員の注意を聞かず、座席で携帯電話の電子メールを打ち続けた。繰り返しの注意で、やっと携帯電話の電源は切ったが、給湯室まで乗務員を追ってきて胸ぐらをつかみ、「もう出てくるな。顔も見たくない」と言ってつばを吐きかけたという。

 このため、機長判断で同機はいったん搭乗口に引き返した。

 乗務員が男性客を機内から連れ出し、再度注意したところ、男性客が「もうしない」と約束したため、男性客を再び搭乗させ、約1時間遅れの午前11時41分に出発した。


最近、あらゆる業界において

「顧客優先主義」

が打ち出されているが、それをいいことに客の傍若無人ぶりも少なからずあるみたい。その典型的な例がこれ。

私も飛行機はよく使うけど、国内線なんてせいぜい2時間ぐらいが最長だろ。せめてその程度の時間ぐらい我慢できないものなのか?できないんだったら乗るな。

しかも逆上して乗務員に食って掛かるなどもってのほか。

かつて、早坂大三が故意に離陸時にリクライニングシートを倒したままにしていたことがあったばかりか、CAに逆上して、

「そのまま行けばいいだろ!」

と食って掛かった事件もあったが、だったら飛行機なんか乗らなければいいのに。

飛行機って、客もまたしっかりとしたマナーが求められているわけで、それができなかったら乗らないほうがいいもの。時間にも厳しいし。

でも、たまに携帯電話の電源スイッチを切り忘れることもあったが・・・


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続・140億円売ります

2006-02-25 10:13:28 | 現場レポート

実は私はこの西王座戦の開催を待ち望んでいたとはいえ、大量落車続出の競輪に開催前から辟易としていた面があった。

実は初日にも行ったのだが、本当は尼の新鋭リーグ戦に行く予定にしていたところ、二度寝がたたって時間が遅くなってしまい、仕方なくやめて奈良へ行ったという程度のものだった。しかし・・・

「おい、全然面白いじゃないか!」

と6レースから見ていて思った。これは選手の頑張りでは恐らくなく(直線の長い400や500ならば、多分「チンタラ競走」となっていたはず)、奈良のバンク特性によるものだと思った。私自身、西宮の333バンクを見て育ったせいか、西宮とよく似た奈良はエキサイティングで面白い!

「よし、最終日は買うことにしよう!」

そして迎えたのが最終日だったというわけ。

競輪ダービーに加え、来賓館でもらった研究、そしてある人がなんとあの「コンドル」のコピーを持っていたので、日刊スポーツと併せて「4紙」を参考に3・4レースを買うことに。もちろん、「荒れレース」の気配がしたから。

ところが3・4レースとも「ド筋」決着。取ってはいるがもちろん「大損」。

そして次買うレースはどうみても最終しかないと思ったので、途中場内に入ってあの武豊がゲスト出演する会場へと向かった。

すると、ものすごい人だかり。やっぱり「スーパースター」なんだねぇ。しかもこの日はそこそこ当てていたというし。

競輪をやってからまだ日が浅いらしく、さしものスーパースターも競輪はまだ「初心者」。

しかし、岸和田の全日本選抜のときは3日目の準決勝日に来場してしかもそのときは雨にたたられてしまった。だからせっかく「スーパースター」を呼んでも観客はまばらだった。

ところがこの日は昼から快晴。奈良ではめったに入らない、平日なのに5000人超の入場者を呼んだ。そうした背景下ならば間違いなく、

「武豊騎手来場!」

の触れ込みだと「来るね」。これも奈良競輪場側の思惑通り。恐らく岸和田は中央の騎手は月曜日が休みだからそれを狙って3日目の来場としたんだろうけど、奈良の場合は、

「何とか最終日に・・・」

って説き伏せたんだろうね。

そして最終11レース決勝戦。

私は10レース終了直後に車券を購入したわけだが、そのあと、奈良競輪場側のこの「最後の」西王座戦にかける意気込みを感じ取ることができた。

たまたま私が11レースの車券を買っている最中に林委員長がやってきて、

「あと10億かそこら売れれば140億近くに到達するかもしれない。」

と来賓館の従業員にハッパをかけていた。ついに、

キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!!!   

の瞬間か?

と思ったら、とある男性が顔を引きつらせていた。目標の130億円は「当たり前」。できれば140億円近く売りたい。そういう思いからキリキリしていたのだ。しかし締め切り15分前時点では売り上げの伸びが悪く、せいぜい8億円を越えた程度。

「10億いくかなぁ~?」

と私が言うと、

「いや、13億ぐらいはいってもらわないと。去年の玉野は12億7千万円売ってますから。」

「でも、今回は川崎売ってませんが・・・」

というと、

「エッ?川崎売ってない?」

とパンフレットを見かえした。今回、花月園での発売はあるが、関東でもよく売れる川崎での発売は「ない」。

「しかし前橋、静岡、熊本があります。岸和田も。」

「富山も売れますよ・・・」

というような会話をしてたところ、締め切り5分前ぐらいには10億円を突破。同1分前には12億円を突破していた。

すると周囲から、

「140億は無理やったが、135億近くまで行ったやろ!」

という声が上がるとほっとした表情のその男性職員。でも私もレースよりもそっちの光景のほうが「面白くて」、しかも印象的だったという他ないね。

さてレースだけど、村上義弘と金子貴志が2日目の春日賞での「遺恨」があったせいか、ここでも勝負を度外視した叩き合いを演じてしまい、「共倒れ」。絶好の展開となった市田佳寿浩が村上を2センターで完全に捲りきり、G前、元「甲子園の星」澤田義和が差しきった。でも・・・

8-7ってド筋やないか!また取って大損やぞ!!

しかし奈良でこんなに筋ばかり決まったというのは珍しい。恐らく私が過去に行った中では記憶にないな。結局、ボロ負けしました・・・

さて最終売り上げの速報が出て、135億円にちょっと足りない程度だった。140億円こそ行かなかったものの、目標の130億円をなんと5億円も上回る大健闘ぶり。

「よくやった!」

すると私は帰り際にその速報をもった職員に、

「今度はふるさとダービーですか?」

と聞くと、

「ええ、恐らく近いうちに立候補します」

という話。

「でも、ふるさとダービーとは言わず、日本選手権はどう?」

というと、

「いやぁ、それは・・・」

そりゃ日本選手権はムリだろうな。

来賓館の入り口付近に売り上げとにらめっこしていたあの男性職員が、

「ありがとうございました」

と見送っていた。すると私は、

「良かったな!」

と言ったが、にこっとしていたね。でも本当に良かったよ。万々歳だ!

しかし、腹の中は煮えくり返っていたけど??


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続・アドバイザーに聞く

2006-02-25 00:01:04 | 競輪

ところで「寺澤部屋」(松戸ならば「山口国男部屋」みたいなもの。)には厳格な「ルール」がある。

「静かにすること。」

「酒、たばこは部屋の中では厳禁。」

「車券を取ったからと言って大声上げて自慢しないこと。」

など7箇条ぐらいあった。

ま、学校の規則みたいなものだが。

ところが、寺澤部屋に来る客はまずそうしたことを守るという。

昔から競輪客というのは「暴れる」イメージが強かったわけだが、寺澤さんは逆に客のことを信頼しているからこそ、こうしたルールを作ったんだろうね。

この日、寺澤「先生」は、各レースが終わるとすぐ次のレースの展望に入り、それを終わらせてから私の「インタビュー」に答える形を取ってくれた。

まず今の選手たちがなぜ「ダメ」なのかという話が寺澤さんのほうから出てきた。

「今の選手たちの大半は、一つずつのレースをどうやって組み立てていけばいいのかが分かっていない。だからレースが終わった後言い訳めいた話ばっかり出てくる。勝った選手もそうだが、負けた選手も、「このレースはどこどこにポイントがあった。」というような話が出てこない。」

「言い訳めいた話しか出てこないと、客は果たして狙った選手が次以降のレースにおいてやる気があるのかないのかが分からなくなってしまう。分からなければ買えないだろう。」

「今落車レースがあまりにも多いが、絶対に完走しないとダメだ。」

「事前に紹介されている並びさえきっちりとやらない選手が中にはいる。とんでもない話で、客はそれを参考に車券を買っているのに、初手から違う並びとなると裏切られた気持ちになるんではないか。」

今回のシリーズの目玉は北津留翼であった。私はこの北津留に対して以前から、北京五輪までは競輪は適当に頑張る程度でいいと述べてきた。なぜなら北津留の当面の目標は五輪でメダルを取ることだから。すると、寺澤さんから意外と肯定的な答えが返ってきた。

「もしそうならば、関係団体がしっかりとバックアップしてやらねばならない。」

「世界選手権やオリンピックで使用されるバンクはカントがきつく、ハンガー下がり(自転車のフレームの一番下の部分)をそれに合わせて上げてやらないといけない。つまり、使う筋力が違ってくるわけで、とても競輪と両立できるものではなかろう。」

と明快な答えが返ってきた。なるほど。

使う筋力が違うということもあるし、ハンガー下がりの位置が上がると回転負荷がかかりやすくなるから必然的に軽いギアを使用しないといけなくなる。

ところが今の競輪は逆に若い選手でも3.90とか、3.80とかいったギアで走っている選手がいる。となると、「国内の」競輪で力をつけてからといった悠長なことなど言ってられないというわけ。

だったら北津留については極力当分の間は過密斡旋状態にするべきではない。なぜなら、寺澤さんが話していたが、

「二兎追うものは一兎も得ず」

ということになるからだ。

北津留の件については午前中の「会談」において、青山場長も、

「グランプリなどの高額賞金レースに極力出すべきではない。もしそれを目当てにしてしまうとカネのほうに目が移ってしまって本人の目指す目標など達成できまい。」

とおっしゃっておられた。それに北津留はまだ20歳だし、まだ完全に筋力がついていない体だ。「日本の」競輪競走のスタイルがしみついてしまうと恐らく、世界では通用しない実力と成り下がってしまうだろうね。これでは、ジュニア世界選手権2冠というこれまでにない逸材を殺しかねない。

さて、寺澤さんは「元選手」だ。となると、私が常々「展開している」、

「開催削減、選手の大量首切り」

という話にはなかなかいけないわけだが、思い切って言ってみた。

「今の競輪選手のうち、3分の1は必要ないと思いますが・・・」

すると、

「それはダメ!退職金をドーンと出さねばならなくなるし、今の競輪の台所事情ではまずムリだろう。」

やっぱりそうした答えが返ってきた・・・

「それよりも例えばグランプリの優勝賞金は1億円だが、2着は2千万円にしかならない。誰もこうした賞金システムに異論を挟む者はいまい。」

「ところが普段の競輪の賞金体系をみれば分かるが、ベースは中間着順の5着で、そこから1着取ろうが9着に終わろうがそんなに変わらないところに問題がある。グランプリがそうした賞金体系となっているんならば、全てのレースにおいてそうしないとダメだろう。」

ま、私はただその件については「聞き役」に回るのみ。寺澤さんは、

強いやつは3億でも4億でももらえばいいが、そうでない最下級の選手は生活もままならないくらいの落差があってしかるべき。またそうした選手は競輪ではやっていけないというように思うのではないか。」

と話されていた。

確かにそれでいければいいんだが。問題なのは競輪選手の場合、ロートル選手は若いときに多く稼げているケースが大半だからサラリーマンのミドル層の処遇対応とはかなり様相が異なってくるように感じる。つまり、若いときの蓄積がある選手は例え年収200万円とか300万円とかになったとしても、「しがみつく」んではなかろうか?

それと、日本自転車振興会は単年度赤字が続いているが、貸借対照表を見ると相当にまだ「優良企業」であり、今だったら退職金を出してやることもできるんではないかと思うわけである。それに、F2開催は「全て」赤字だし、F1開催も他場場外発売が拡大しないとF2と同様の運命・・・

でも選手の大量首切りについてはさすがに元選手には突っ込みにくいなぁ・・・

あと、こちらも大問題となっているルールの件についてだが、これも意外と肯定的であった。

「これまで競技会は判定の重要性がわかっていなかったが、今のルール改正によって漸く分かってきたというように思う。」

しかしながらそれでもまだ客から文句を言われるのは判定に確固たる自信がないからだ。下手をすれば訴訟問題になりかねないものなのに、ちゃんと客に対して、どこがどうダメだったのかを説明しきれていない!」

これもおっしゃるとおり。

まず、どうして審議の対象となっているのかという説明が審判側からは「ない」わな。

以前よくT社長が、

「あれのどこが失格なんでしょう!」

という記述を書いていたが、そのたびごとに私は動画配信のあるところについてはその部分を何度も見て、最終的には、

「バカヤロー!審判の言うとおりだ!」

という答えを掲示板で返していた。はっきりいって、昔は「通用した」客やマスコミレベルにおいて、

「あれは失格ではないだろ!」

と思うケースは現行のルール下では必ずしもそうでない場合がほとんどなのである。

ところがいまだ客・マスコミ、それに選手から、

「各地で判定がバラバラだ!」

と返ってくるのはなぜか?

「それは競技会の人事異動に問題があり、審判を「専門職」として養成していないから。」

という答えが返ってきた。

ということは、審判ってずっと審判ではないのか?

「さらに審判の連中は休日の日に例えば新聞を見るとかさえしない者が多数いる」

という衝撃的な話も・・・

しかしながら寺澤「先生」の話を聞いていると、競輪上部団体には問題が山積しているようだな。しかしながらその問題山積の原因はどういうところにあるかというと答えは唯一つ!

「客の本音を読み取れていないこと」

に尽きる。

しかしながら寺澤先生もどんどん私と話をしたかったみたいだな。私もそうしたかったのだけど、何せ時間が限られているから・・・

それは、寺澤さんが、

「もっと客の話を聞いてみたい。」

という探究心旺盛な心をもたれているからだ。

寺澤さんがバリバリの現役の頃は、競輪といえば開催するたびごとに超満員状態ばかりで、まさかスカスカのスタンド風景になるとは思ってもみなかったことだろう。だからこそ、

「どうしてこう落ちぶれてしまったのか?」

という疑問がわいてくるのだろうと思う。

最後は握手を交わし、

「なかなか一宮へは来れないが、中部4場(大垣・岐阜・一宮・名古屋)の中では一番相性がいいし、これからもちょくちょく寄せてもらいます。」

ということで最終レース直前にお別れの挨拶をした。

でも私自身も寺澤さんがここまで競輪の将来のことを真剣に考えているとは思ってもみなかった。こうした人が頑張っているならば、競輪は「必ず」復活するはずだ!?

寺澤節男アドバイザーの経歴はこちら。

http://www.owari.ne.jp/~i-keirin/syoshinsya/syosinsya1.htm

世界選手権ドイツ大会(91年・シュツットガルト)の監督を歴任。

また、競輪のオリンピック種目実現についても多大な功績を残されている。

競輪ファンのみならず、これから競輪選手を志そうという若い衆も寺澤さんのアドバイスを受けてみればいい。自転車競技のイロハから教えてくれるかもしれないぞ。


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荒川がついに優勝

2006-02-24 07:08:40 | スポーツ

                (写真はSports Navi より)

トリノ五輪フィギュアスケートで日本待望の金メダル者誕生!

最後から4番目に滑走した荒川静香が全選手中ただ一人190点台をマークしてついに優勝。2位コーエン、3位スルツカヤ、4位村主、安藤ミキティは15位。

途中からスタンディングオベーションを受け、客の味方も取り付けての「圧勝」であった。

思えば渡部絵美、伊藤みどり(アルベールビル銀、世界選手権優勝)、佐藤有香(世界選手権優勝)でさえ果たせなかった五輪優勝という快挙を成し遂げたことは賞賛以外何者でもなかろう。高齢者だと、

「稲田のエッちゃん(稲田悦子)もいたぞ!」

なんていう声もあるかも。

ちなみに、荒川は2004年の世界選手権を優勝している。

でも、

「(浅田)真央ちゃんがいたらどうか?」

という声も出てくるだろうね。

それと、

「荒川さんが金を取って、終わりよければ全てよし、でいいじゃないか!」

という奴らも出てくるだろう。

真央ちゃんがどうのというのは別として、「終わりよければ全てよし!」などありえない・・・今回の五輪ははっきりいって「大惨敗」もいいところ。

そしてマスコミ。

「この瞬間を見逃すな!今日は寝れない!サラリーマンは寝不足を覚悟してください!」とか言ってただろ!

バカヤロー!いつもの生活習慣パターンで、

「早寝・早起き」

すれば十分見れたじゃねぇか!

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140億円売ります!

2006-02-24 00:19:59 | 現場レポート

21日の西王座戦最終日。林善美・奈良県競走労働組合執行委員長のはからいにより、「飛天交流館」なるこのほど新しく誕生した来賓館へと招待を受けた。

その際、田仲場長からまず挨拶を受けたわけだが、田仲場長は「聞き上手」タイプなのか、こちらが一方的に話すばかり。

「奈良競輪場が誕生したのは昭和25年ですか。その当時は大阪を中心とした近畿勢が圧倒的に強く、競輪もものすごい人気でした。」

「しかし、競輪場がどんどんなくなってしまい、それに伴って選手のほうも弱体化。ついには私のホームとしていた西宮・甲子園も潰されてしまいました。特に近畿は凋落度合いがひどいだけに奈良を含めて5場が力を合わせて頑張って欲しい。」

と話したけど、結局それだけなら、私がただ話しただけの中身のない内容だが、今開催を誘致したその理由が明らかに。

「奈良も確かに西宮・甲子園がつぶれた初年度あたりは一気に売り上げが増えた。しかし今は元に戻っている。一過性のものだったかもしれない。」

と述べられたことから、その閉塞状態を打破するべく、西王座戦誘致となったわけだな。

その後、田仲場長が「場内を案内してやれ」と言ってみてくれたようで、山下庶務課長の案内で場内を1周見て回ることにって、奈良はホームみたいなところだから「知っている」って?

でも、やはり、知られざるところがあったもんだねぇ。

山下課長の話によれば、奈良はスタンドなど大掛かりな建設費用など捻出できないので、客が身近に便利なものを設けたほうがいいという方針から、中小規模程度のビジョンがいたるところにある。

競輪場でも場内に大ビジョンが設置されてあるところが少なくないが、奈良にはそうしたものがない。なぜか?

奈良は早くから他場場外発売拡大に踏み切ったが、レースを開催していないときに場内の「吹きざらし」のところに大きなビジョンでレースの模様を放映したところで、客はそんなところへは向かわないということが理由のよう。いいじゃない。

確かにそう。そもそも競輪場のスタンドって夏場はアスファルトの照り返しがあるから大変クソ熱い。逆に冬はクソ寒い。奈良みたいな盆地ならばなおさらそれが顕著。だったら、囲いを作ってそこで見てもらおうという発想か。それでリース価額が安上がりな中小ビジョンをいたるところに配置してあるわけだな。

また、大木(たいぼく)があるところを利用してモニターを設置したり、さらに以前はなかった「囲い」まで設けた。

ムダにカネを遣っていないな、奈良競輪。確かにこれでいいんだって。客は案外こうしたものを望んでいる。

そして「ファンの要望を知りたい」とかで、場内を見てどうか?と尋ねられたのでこう答えた。

「あの交流館は指定席とはならないそうだが、できれば指定席があったほうがいい。」

「一般スタンドには朽ちてきたベンチいすがところどころある。そこに上ってみたところ一瞬きしんだところもあった。そうなったところを替える必要がある。」

ま、せいぜいこの2つぐらいだろうね。本音をいえばもっとあるんだが、それは過剰設備投資となるようなものばかり。だから別に構わないんだが。

さて今度は私が山下課長に何点か尋ねてみた。

「F2はやっぱりお荷物なんですか?」

というとさすがに苦笑して、

「ええ。でも毎回全てS級戦をやるわけには行きませんので仕方ない面はあります。」

やればやるほど大赤字のF2戦。ま、全てなくすことはできないだろうし、時には将来のスーパースターが走っているときには逆にS級トップクラスよりも注目される場合がある。でも、来年度からは13節となるが、それでもやっぱり多いね。

続いて、

「300日ぐらい開けているんでしょ。大変でしょう!」

「そうですね。交替で出勤しなければならないですし、やらなかったら他へ客を取られる。仕方ない面もあるんですが・・・」

昔は12X6=72日にビッグ場外がちょっとあるぐらいの日数しかなかった競輪の開催が、今や休みは年間わずか60日とかいう、中小企業よりも少ない休日となっており、しかも客だってそんなに開催されたところで毎日行く人間など恐らく一人もいまい。

「まずは開催削減!それに開催を減らしたらその分選手はいらないから選手の大量首切りをしないといけないでしょうね?」

と言うと山下課長は初日が終わった後に腰痛という理由としながらも、「ドタキャン」の噂が立った加藤慎平の態度にブツブツ・・・

「まさかあんなことがあるとは・・・」

絶句状態だったとか。

しかもそのことに対してかなり根に持っていたようだ。

加藤慎平、もし今度奈良で斡旋がある際は「覚悟」しておくように?その際は「完全優勝」をするぐらいの気持ちを持たないとダメかもしれないぞ?

まだ続きがある。いやぁ、これが役人の仕事の姿なのか?と想像を絶する事態に遭遇する。


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大量落車WEEKLY Vol.3

2006-02-23 13:46:46 | 競輪大量落車

さ~て、おなじみの大量落車WEEKLYの始まりだい!

2月17日、西武園10レース。

失格1名、落車3名。

http://www.dataplaza.keirininfo.or.jp/contents/kdphri.Kka1?KCD=26&KBI=20060217&RNO=10

2月17日、松戸10レース。

4名落車(内、1名失格)。

http://www.dataplaza.keirininfo.or.jp/contents/kdphri.Kka1?KCD=31&KBI=20060217&RNO=10

2月19日、松戸4レース。

1名失格、6名落車。

http://www.dataplaza.keirininfo.or.jp/contents/kdphri.Kka1?KCD=31&KBI=20060219&RNO=04

2月19日、奈良西王座3レース。

5名落車。

http://www.dataplaza.keirininfo.or.jp/contents/kdphri.Kka1?KCD=53&KBI=20060219&RNO=03

2月20日、奈良西王座11レース。

1名失格、4名落車。

http://www.dataplaza.keirininfo.or.jp/contents/kdphri.Kka1?KCD=53&KBI=20060220&RNO=11


今週も「5本」ありましたねぇ。

さて来週は果たしてどれだけお送りできるのか?

また客のどよめきと怒りが絶えないことでしょう!


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アドバイザーに聞く

2006-02-23 11:08:33 | 競輪

昨日一宮競輪場へと行ってきた。

堀尾労組委員長のはからいにより、午前中は青山場長、大島課長、そして一宮市経済部の森部長との「会談」となったが、その内容は後述するとして、堀尾委員長より、「是非お会いしてもらいたい人がいます。」との話があり、昼からは、元競輪選手(14期)で、今各地で行なわれている「アドバイザー」のさきがけとなった寺澤節男ケイリンアドバイザーと最終レース直前まで話を伺った。

寺澤さんがアドバイザーをはじめたのはおよそ9年前だったとか。かつては西日本屈指の入場・売り上げを誇った一宮競輪もご多分にもれず衰退の兆しが見られ、このままではいけないと考えた一宮市は、客にとって本来ならば一番接点がある選手の立場から、客の心理を読み取ることはできないか、という発想へとつながり、寺澤さんを起用したんだとか。

ガイダンスコーナー開設当初は、客の態度も悪く、「飲んだくれ」状態で入ってきたりする連中がいたとか。また寺澤さんも最初の5年ぐらいは、ただ予想の展開などを淡々とこなすだけで、客の反応もだんだん悪くなっていったんだとか。

しかしながら寺澤さんに求められていたのは「予想屋」ではない。またこうした状態では一宮市が当初目的としていた「客の心理を掴む」ことができない。すると寺澤さんは客は予想以外の競輪の本質的な問題について悩みを抱えているのではないかということで車券戦術以外の話について客からの相談を受ける本当の意味でのアドバイザーとなったところ、これが客に受けたんだとか。今や常に入場門付近にあるガイダンスコーナーは一杯だという。

それどころか、寺澤さんだけでは「捌ききれなくなった」とかで、実は離れのところにもう一つ、業半ばにして下半身不随のため引退を余儀なくされてしまった吉田憲司さん(55期)が行なっている「ガイダンスコーナー」もある。こちらも常に一杯。ちなみにガイダンスコーナーが2つあるところは一宮だけだ。

寺澤さんが最初に言った言葉が印象的だ。

「私もガイダンスコーナーをやってきて客はただ車券の当たり外れだけが目的なのかと考えていたふしがあった。しかしそうではないことが分かった。生身で接しないと客がどう競輪に対して向き合っているかなど分かるわけがない。マスコミなどの媒体物で、「ファンの声」とかいうコーナーがあるけど、結局は編集する側の都合のいい内容のものしか掲載されない。」

ところが競輪関係団体や選手たちは、そうした媒体物に掲載された「ファンの声」があたかもファンの声を代弁しているかのように捉えて客の本当の悩みに対して耳を傾けようとしなかった。だから客が逃げたし、ついてくるものがいないのは当たり前。」

さらに、

「若い客に話を聞いたところ、パチスロだと負け続けていても最後で一発逆転の可能性がある。しかし競輪ではない。」

といわれて愕然としたんだとか。これでは競輪はダメなんだと。

実は私自身、インターネットがなかった時代は中学生の頃、週刊競馬ブックに投稿をして何回か採用されたり、はたまた月刊競輪では確か浪人時代に投稿したもので5000円ほどお金を頂いたことがあった。しかし・・・

こちらが、

「これを何とか掲載してくれ。」

と思っても、編集の目にかなわなければ「没」。はたまた「誌面の都合で・・・」などといった「言い訳」を持ち出されたことも。そうなると次第に投稿なんかしなくなったね。

ところがインターネットができたおかげで自由に考えを書けるようになった。その点について寺澤さんは、

「今の競輪には辛口の意見が何より求められている。はっきりいって、そのことに耳を傾け、さらには上部団体の役職連中も客レベルにたって客の本当の意見を聞きにいかねばダメだ。」

ま、寺澤さんとの話の「イントロ」の部分はここまで。内容を変えて競輪競走の中身やはたまた制度・ルール問題も聞いてみた。それは「続き」・・・


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西王座回顧

2006-02-23 00:18:15 | 大レース回顧集

今年で東西分離4日間制開催としては最後となる西王座戦の決勝が21日、奈良競輪場で行われた。

7・市田佳寿浩が前を取り、市田-8・澤田義和、3・村上義弘-1・小野俊之-5・合志正臣、6・有賀高士、2・金子貴志-4・一丸安貴-9・濱口高彰

残りあと2周で村上が正攻法の位置となり、すると後方に下げた金子がジャン前からスパートしたが、村上が2日目の春日賞の件でしこりが残っていたのか、絶対に金子に主導権は渡さないといわんばかりに突っ張りきり、残りあと1周を通過した時点で金子を封じきる。

村上、金子の叩き合いを後方で見ていた市田が1センターから間髪入れずに捲り、2センター手前で村上を捲りきって先頭。市田マークの澤田がG前市田を捕えて優勝。G2としては97年ふるさとダービー防府以来9年ぶりの優勝を果たした。2着に市田、3着は小野だった。

今開催二次予選で勝って通算300勝を達成した澤田が、勢いに乗って準決勝、決勝も制した。

とりわけ特筆すべきは準決勝か。

正攻法の位置から金子貴志-一丸安貴の3番手にもぐりこみ、外からズブリと金子を差した。どちらかというと「伸び」脚で勝負するタイプの澤田がこのレースについては「切れ」脚を見せた一戦であり、そのあたりの脚から決勝でも要注意の存在に。

しかも、本来ならば村上-市田の3番手回りにならざるを得ないはずが、村上が「金子叩き」に躍起となっていたことや、目標のない小野が仲のいい村上マークを主張してくることから別線となり、市田の番手に回れたことも勝因だっただろう。

G1ではこれといった活躍がない澤田も、G2となればふるさとダービーを優勝しているし、ヤンググランプリの前身である新人王も93年に優勝している。

元はいまはなき甲子園をホームバンクとし、甲子園なきあとは練習地がなく苦労した面もあったが、今は明石に練習地を移して最近はコンスタントに決勝進出を果たしていた。そのあたりの好調さも優勝を呼んだといえるだろう。

まだまだ自力も出せる澤田だけに、この優勝を期にもう一階段大きなところを目指してもらいたいものだ。

市田も本当は競り覚悟で村上の番手回りとしたかったようだが、村上が金子封じを優先させたことからお互いが話し合って敢えて別線となった。結局、それが結果的に良かったことになるが、展開に嵌ったときの捲り脚はさすが。そろそろG1戦線でも台頭してもらいたい逸材で、タイトル奪取も視野に入れて欲しいところ。

さて今回の決勝戦は村上と金子が壮絶なもがきあいを演じたことが印象として残った一戦であったが、2日目の春日賞で、金子が「捨て身の」早駆プレーで、早期に誘導員を交わして村上にレースをさせなかったことから、

「俺を潰すための作戦であり、勝つためにやっているんじゃない!」

という思いが生じ、仮に決勝で再戦することになれば絶対に金子にいいようなレースはさせないという「意地」の戦いとなった。

しかし結局お互い「共倒れ」。

ま、競輪ファンからすれば2人とも車券には絡まなくても納得された方がいるかもしれないが、普通に考えれば2人とも「失敗レース」なはず。

確か3年前だったか、岸和田記念決勝で村上と伏見俊昭が同じ形でやりあったことがあったが、結局お互い「共倒れ」となってしまった。

やはり金子と村上絡みのフォーカスも発売しているのだし、ただお互いの自己満足だけのためだけにということであれば決勝、それもビッグレースという舞台においては今後このようなレースはやってはもらいたくないもの。

ま、これが250M走路ならば案外村上か金子のどちらかの勝負となった気がするが・・・


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新たなる公営競技誕生か?

2006-02-21 00:23:41 | 公営競技論

西王座戦の中継の途中だったけど、朝日放送ローカルの「ムーブ」を見ることに。

それは月曜日のコメンテーターである二宮清純氏による、

「トリノ五輪、日本勢惨敗の原因」

と題したコーナーと丁度ぶつかったからで、そちらのほうを優先。

原因は世代交代の遅れも挙げられるが、一番の問題は、

「資金難」

であり、その資金難の原因として、サッカーくじの大失敗例も挙げられていた。そして二宮氏はではどうしたら冬季五輪で日本勢が再生できるか?という結論において、

「見ていて非常に面白い、スノーボードクロスやショートトラックといった競技を「公営ギャンブル化」し、その売り上げで得た資金を強化費用等に充てると述べていた。

ところで、五輪選手の強化費用や旅費捻出資金の一部はどこから出ているのか?大多数の人はご存知だろうが、「公営ギャンブル」から出ているのである。

したがって「これは暴論だ!」と述べていながらも、二宮氏の理屈は決して間違ってはいない。しかし・・・

スノーボードクロスやショートトラックを公営競技化することは非常に難しいだろうね。

例えばスノーボードクロスだけど、女子の藤森という選手が7位入賞を果たした。これは「まさかの」入賞だったけど、本当に「まさか」だったわけ。

藤森の予選タイムは予選通過選手16人中15番目で、普通に考えれば入賞などありえない順位だ。そして本戦1回戦でもスタートで後手を踏んで予想通り「ドベ」を突っ走っていたのに、2・3番手を滑っていた選手が転倒してしまい、悠々「ドベ」を滑っていた「おかげで」転倒した選手が通っていたコースを回避することができ、なんと2着でゴール。準決勝へと駒を進めることができた。

確かに公営ギャンブルというのはそうした「ハプニング性」もあるから立派なギャンブルとして成り立っているわけなんだが、一番の違いは、スノーボードクロスは選手自身がそうしたハプニングがあることを「想定」しながら滑っているが、公営ギャンブル化するんならば、出た選手が全て「完走」することが前提だから「かみあわない」。だから競輪の大量落車に激怒しているわけで、客自身も落車・失格があることなど想定した予想などしていないから言っているのだ。

よってスノーボードクロスは「却下」。

ショートトラックも同様で、こちらも選手自身がハプニングを想定しながら滑っている。となると公営ギャンブル化はムリだろう。それとショートトラックの周長ってどれだけあるのか?ちょっと短すぎはしないか?さらにやはりショートトラックって、結局は「強い者が順当に勝つ」ような結果になっているような気がする。つまり、コーナーワークに長けている選手が「強い」わけで、今回の五輪を見ていたら、韓国や中国の選手が「やっぱり」強いし、ほとんど下馬評どおりの結果となっている。

むしろ国体のスピードスケートって確か9人で滑ってなかったか?こういったものは公営競技化すれば面白い。ただスピードスケートリンクの標準周長は確か400とかだから、これでは「長すぎる」。せいぜい250~300M。

もしスピードスケートを公営競技化すれば岡崎朋美とか大菅小百合あたりも当然そっちのほうに進んでくれるはずだし、競艇、競馬に続いて女子公営競技選手誕生となる。それにショートの神野だっけ、神野も仲間入りさせれば相当に層が厚くなるし、加えて女子のアスリートは今、男子よりもチャレンジャー精神旺盛だから、

「岡崎さんや大菅さんをやっつけて五輪でメダルを獲りたい!」

とかいうスケート経験のない選手も大勢集ってくれるかもしれない。いいねぇ?

また、競艇とは違ってスケートだとゴーグル以外の部分は「生身」の顔が見れるわけだから、悪い言い方だが、

「助平心」

の野郎客が大勢来てくれるかもしれないね。

「朋美の太ももが見たい」なんて?

おっと、男子だって加藤条治とか清水宏保がいるんだろ。もっとも、清水は今回の五輪を最後に引退するだろうけど。

やるなら、スケートだろうね。しかもスケートって長野が割りと盛んなんだし、長野といえば公営競技「不毛の地」。

「康夫ちゃん」を説得して、

「知事!ぜひエムウエーブで公営競技としてのスケートをやりましょう!」

と言わせてもらえないものかね?

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フェブラリーステークス回顧

2006-02-20 05:21:22 | 大レース回顧集

第23回フェブラリーステークスが19日、東京競馬場で行われた。

1番人気はこのあとドバイワールドカップを控える14・カネヒキリ。2番人気は中央・地方のG1競走で2着が5回もありながらもなかなか勝てない9・シーキングザダイヤ、3番人気は8・ヴァーミリアン、4番人気は11・ブルーコンコルド、5番人気はG1を連勝している7・アジュディミツオーだった。

ハナに行くと思われたアジュディミツオーが出遅れ、果敢に10・メイショウボーラーと12・トウショウギアが引っ張り、1000のラップは58秒あたりとまるで芝並みのハイペース。

この2頭が後続を一時は10馬身以上離し、実質先行状態の3番手に構えた3・ユートピアの後ろにシーキング、ヴァーミリアンとブルーコンコルドは5番手グループで、カネヒキリは中団よりやや後ろの外目を回り、アジュディは後方から4頭目と予想外の展開。

直線半ば手前で後続勢が一気に前2頭を捕え、カネヒキリが絶好の手ごたえで残りあと200を通過したあたりから一気にスパートして先頭。そしてそのまま後続を引きちぎり、終わってみれば圧勝。これでG1は4勝目で、ドバイへ向けていい形のレースができた。

2着にはまたもやシーキングザダイヤ。ユートピアがしぶとく粘って3着。逆にブルーコンコルド、ヴァーミリアンあたりは伸び切れずといった感じで4・5着。アジュディミツオーは7着まで来るのが精一杯だった。

昨年秋の東京戦ではズブさが顔を出して予想以上の苦戦を強いられた格好のカネヒキリだが、今回は全くそんな心配がなく、ダートの猛者ぞろいの今回のレースを圧勝し、ドバイへ向けて弾みをつけた。

前のペースに踊らされず、全く自分のペースを崩さなかったレースぶりに気性の成長面が伺える。ドバイはさらにペースが速くなり、日本の芝コースとほとんど変わらないタイムになることが予想されるが、それを想定したような走り方だったように感じる。

ただ、ドバイのレースは先手が全てのようなところがあり、スタートからおっつけていけるような走りが求められる。このあたりを残りあと1ヶ月までにどう対応していくかだろう。

シーキングザダイヤはまたもや2着。ただカネヒキリがあまりにも強すぎる内容だったため、この馬なりには走っていると思う。このあと5月に行なわれるかしわ記念を目指すことだろうが、ここで何とか悲願のG1制覇といきたいところだろう。

ユートピアは日本のダートホースではこの馬しかいないというマイルを最も得意とする馬だが、今回もその巧者ぶりを発揮した。しぶとく粘って3着をキープした。

逆につらい展開となったのが4着のブルーコンコルドと5着のヴァーミリアン。差しタイプの両馬にとって、今回のレースはあまりにもテンが速過ぎた。結局直線で伸び切れなかった。

アジュディミツオーはスタートでいけなかったのが全て。最後はよく追いつめて7着でゴールしたが、課題とされたスタート時が芝というコース設定にも対応できていなかった感じだ。


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舐めんなよ!

2006-02-19 07:40:35 | 競輪

昨日、山内卓也には僅差で敗れたものの、特選2着に入り、MVPとしての貫禄をみせ、今日以降ももちろん期待された加藤慎平がなんと「勝ち上がり」戦である春日賞を欠場。

理由は「腰痛」とのことだが、既に事故点が119点に達しており、120点を越えると1ヶ月間の斡旋停止処分となるため、「曰くつき」というのがもっぱら?

今日の日刊スポーツを見ると、中野浩一氏が、

「何で簡単に競技会らは加藤を帰したのか?」

とおかんむりのコメントを残しているが、もっとも、そうした「不可解欠場」の始まりは「世界のナカノ」だってことを忘れてないか?ま、中野さんの場合は「負け戦」のケースだけだったから目をつぶるか。

前にも書いたけど、今の競輪の連中って、

「120点「以内」ならば何をしてもいい。」

みたいな甘ったれな意識の選手があまりにも多すぎる。だから雪崩のごとく落車ばっかりのレースが後を絶たない。

ところが競輪を取り巻く連中ってのも「甘い」考えの人間がいて、逆に加藤を援護するような奴もいるからたちが悪い。

「制度が悪い」

から加藤が逆に可哀想だっていう「庇い」論理だな。

何を考えているんだ!要は120点近くも不良プレーを犯すほうが悪いんだろ。

こんなことをいうようでなんだが、もし自動車でこれだけ反則キップを取られたらどうすんの?免許取り上げになるだろ!

しかも加藤は昨年度のMVPだぞ。

「本当に」腰痛ということなら仕方ないが、そうではなくて「悪意」の行為ならば許さん。競輪選手辞めていいよ。

それと、この間の静岡記念の有坂、海老根、そして今回の加藤にはどこかで「査問」をかけろ。

でないと果たして客は納得するのか?

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初のビッグ開催

2006-02-19 05:29:02 | 現場レポート

本当は予定していなかったんだが、6レース前に奈良競輪場へ入った。

最近、どうも競輪は大量落車のオンパレードで「怖い」イメージがあり、辟易している面があったのだが、せっかく初めて西王座戦という大きなタイトル戦が行なわれるということもあり、当初行く予定だった尼崎をキャンセルして行ってきた。ただ、車券は一切購入なし。

さっき言ったように、5レースが終わったと見知らぬ客に、

「これまで、大量落車あった?」

と聞いた。

今やこれから先に聞かないとどうにもならない現状なのが競輪。普通は、

「これまで大きいの出た?」

と聞くもんなんだが。

すると5レースまでは出ていなかったとのこと。でも答えた客も、

「確かに最近よう落ちるわ。」

と半ば辟易していた様子だった。

でも、本当に奈良でこんな大きなレースが行なわれるとは思いもしなかった。

そもそも、平城を降りると回りは田んぼで、昔は田んぼのあぜ道をせっせと歩いていかねばならないところだった。

西大寺からも歩いていけるが(西大寺からは無料バスも出ている)、こちらは道が狭く、その上車がよく来るので危ない。ま、立地条件は言うまでもなく「劣悪」。他から来た客人はびっくりするぞ。

その上、「特別観覧席」なし。

いわゆる特観席のない公営競技場というと、奈良とホッカイドウ・ばんえい競馬ぐらい。ま、既にその奈良にも特観席は実はできたんだが、使用開始は4月から。何で西王座では使用されないのか・・・

ところが3年ほど前から場間場外発売の拡大など発売日数を増やしたことや、こちらはいわば「パイオニア」ともいうべき、ブロードバンド中継&オンデマンド映像配信をWeb上で公開するなどした努力が実って一気に黒字化し、やがて、

「奈良だってビッグ開催できる!」

というところまでこぎつけ、ついに成就。そして初日を迎えた18日だったが、結構力勝負のレースが多く、久しぶりに面白いレースが堪能できた。

ま、奈良の車券成績というと案外よくない。だいたい取って損が多いし、スカも数知れず。去年は向日町で万シュー的中など「3連勝」なんかしたもんだから、すっかり「ご無沙汰」していた。

それでも、結構大きなところも取れている競輪場だし、昨年の西王座決勝の万シューを取ったが、それはこの奈良で買ったものだったから思った以上に縁起のいいところなのかも。

それに展開が速いんで見てて面白んだよな。またよく荒れるし。筋違いも結構来るんで、競輪キャリアがどうのこうのは関係ない競輪場。その点は西宮とよく似ているし、本音をいえば、奈良みたいなバンクが他にも一杯出来て欲しいもの。そうすると競輪も「変わるぞ」。

昨年はあのテオ様を国際競輪第一戦で斡旋し、目の付け所もさすがの奈良競輪。次行くのは最終日だが、今度は車券買うよ。そして万シューもいただきたいところだね。


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