公営競技はどこへ行く

元気溢れる公営競技にしていきたい、その一心で思ったことを書き綴っていきます。

増田知事、不出馬の理由

2006-10-31 18:37:12 | 政治経済問題

増田寛也・岩手県知事が来年4月に行われる岩手県知事選挙に立候補しないことを表明した。

Yahoo 岩手ニュースより(抜粋)

岩手県の増田寛也知事(54)は30日、任期満了(07年4月29日)に伴う知事選に立候補しない意向を明らかにした。現在3期目の増田知事は臨時会見で「3期12年を一つの区切りだと決めていた」と述べ、多選を知事引退の理由にあげた。今後は「まったく白紙」とし、国政への転出は「100%ない」と否定した。
 増田知事は東大法学部卒で、旧建設省を経て95年の知事選で小沢一郎・新進党幹事長(当時、現民主党代表)に擁立され初当選した。03年の知事選では地方選挙で国内初のローカル・マニフェストを掲げた。05年の全国知事会会長選にも立候補、現会長の麻生渡福岡県知事と選挙戦を繰り広げた。
 増田知事は、多選批判が出た佐藤栄佐久前福島県知事の逮捕は直接影響していないとしているが「知事が4期目になると、県庁内にものをいえる空気がなくなる。私の職業倫理観に誠実に従った行動だ」と語った。【林哲平】

◇切り捨てないか不安を隠せず--競馬関係者

 経営改善計画が議論され、存廃の瀬戸際に立たされている競馬関係者にとっても衝撃は大きい。千葉四美・県調騎会会長は「増田知事は競馬存続に今までよく取り組んできたので、不出馬は競馬に対しより厳しくなる感じがする。新しい知事が前の知事が決めたことと切り捨てるのではないか」と不安を隠さない。おひざ元の奥州市の相原正明市長は「増田知事の任期中にキチッと問題は仕上がる。新しい融資スキーム(枠組み)を組み、存廃基準を明確にするなど知事は競馬問題に取り組んできた。新しい知事も今までの経過を踏まえた形で考えることになるだろう」と話した。


 

◆増田知事との一問一答

 ◇「懸案、全部片づけて」

 増田知事と出席記者との一問一答は次の通り。

 ――(不出馬の)理由と退職後の身の振り方は。

 知事 地方自治には自らの原体験がある。茨城県出向時代の県知事は4期目で知識の面でも詳しく、県庁全体が物を言う気にならないのを見聞きした。結果として知事が5期目にゼネコン汚職で失職。任期が長いと弊害は大きいと常々思ってきた。身の振り方は全く白紙。国会議員に転身することは全くない。辞めてから考えればいい。

 ――最近相次ぐ多選知事の不祥事の影響はないのか。
 知事 全くない。

 ――不出馬の決断はいつごろしたのか。

 知事 ちょうど任期6カ月で、(知事選の)候補者を選ぶのに時間を残しておかないと、本当に選択肢が狭くなるのではないかと見ていた。暮れでは遅すぎると思いがあった。

 ――出馬断念は県政を投げ出すという声もあるが。

 知事 必ずどこかの時点でけじめをつけなくてはいけない。先送りをできるだけ避け、片付けられるものは全部片付ける。競馬についても次の知事が難しい判断をするのではなく、今全部枠組みを作る。競馬問題や県北沿岸振興などの懸案に、任期の残り全力をかけて成果を出したい。

 ――次の県議選、知事選でのスタンスは。

 知事 県議選は、私が手伝えるところがあって従来気持ちを同じくしてやってきた方から要請があれば最大限協力したいとは思うが、今後のことになる。知事選の後継はない。私が知事選のために動くことはない。

 ――多選批判で、辞める改革派知事もいる。

 知事 (任期が)長いと経験ができてくるがそれが危ない。自治体の首長は自らの見識を示していくべきだ。後に続く知事や首長に(相次ぐ不祥事を)乗り越えて分権を進めてほしいと伝えたい。

 ――民主党の小沢一郎代表の不支持や達増拓也衆院議員の出馬表明は影響したのか。

 知事 影響はない。従来からの考え方だ。

 ――一連の競馬問題が影響したのか。

 知事 影響ない。任期中に残り6カ月で最優先で取り組まなくてはいけない課題だと思う。

 ――マニフェストを達成していれば次の選挙に出る資格を持つとしているが、自らのは点検したか。

 知事 これからマニフェストは首長全員に必要。ただそれと任期は別のこと。マニフェストの結果は(任期の)最後に明らかにする。後に続く知事が新たなものを作り県民の信任を得ることが大切。

 ――次期知事選には政党がそれぞれ候補を出してくるだろう。仮に4選してればどこにも所属しない知事が出たが、このことについて忸怩(じくじ)たる思いは。

 知事 全くない。あまり早くしゃべりすぎると皆さんがついてきてくれない気もするが、しゃべったんでからっとしている。明日から立場ははっきりしている。

  

■解説

 ◇ポスト増田で活発な論戦を

 「論理を重視する」「自分にも他人にも厳しい」。周囲からこう評される増田寛也知事らしい会見だった。知事は長いと風通しが悪くなる、だから3期まで――。福島や岐阜の不祥事で知事の多選批判が高まる中での決断。県民の多くはトップの決断に一定の評価をしつつ、同時に将来への不安を感じたのではないか。

 財政健全化で今年度予算ではプライマリーバランスを達成したものの、県債残高は依然1兆4537億円(05年度末)を超え、一人当たりでは104万円。期待される自動車産業集積もまだその緒についたばかり。景気回復の実感にはまだ乏しく、手腕を期待する声も聞かれる。

 不出馬が決まったことで、県政界は統一地方選、参院選へと続く選挙イヤーに向け、新たなギアが入った。知事選に出馬する達増拓也衆院議員を先頭に、連動選挙で大勝を狙う民主と、知事候補者がゼロに戻って苦しい自民の対立構図になるが、マニフェスト選挙など増田知事の残した成果を確かなものにする論戦を、県民は期待する。【林哲平】

 


やはり、根っこには競馬問題があり、しかもその問題にかなり苦悩している様子が伺える。

増田知事は競馬存続の方向の考えであり、そのため、あらゆる形で岩手競馬再建へと取り組んできた。

しかしながら、増田知事が競馬問題に深入りしていけばいくほど、競馬組合の経営の杜撰さが浮き彫りに出て、そのたびごとに県議会から厳しい突き上げがあった。

例えば、旧競馬場の件だが、新・盛岡競馬場オープン後もしばらくは売却のあてもなく、ほったらかしの状態。経営危機問題が表面化して漸く火がつき、売却先は決まったみたいだが、当然のことながら売却価格は「二束三文」。

さらに、赤字の箇所が多いテレトラックの問題にしても、見通しの甘さというのか、売りに出せばすぐに買い手がつくかのように議会に答弁した。しかしながら釜石も種市も今年度中の売却はできず、ついに今年度も赤字が決定的となった。

他にも赤字要因のものは一杯あるんだが、岩手県競馬組合が垂れ流した累積赤字はなんと330億円。

しかも、三菱UFJ信託銀行と土地信託契約を結んで営業を行ってきたバルソビルの信託契約解除に伴う累積赤字分も背負わねばならない有様で、このビルの累積赤字は「別途」137億円もある始末である。

一応、競馬組合の赤字分、約330億円について増田知事は、緊急財政支援の名目で穴埋めするつもりだが、問題は果たして今後、岩手競馬の将来性のどうなのかという点については、いまだ触れられていない。

そして思うに、増田知事とすれば、もう競馬問題は岩手県だけで解決するのはムリであり、国に何とかして出てきてもらいたいというのが心情だろう。

しかしながら、三位一体の改革につき、地方自治体に出来る限り財源移譲させようという政府の考え方と矛盾することになり、結局、国の「出馬」はアテにできない。

さらに今後、仮に一時的救済策として岩手競馬を救えたとしても、今後の岩手競馬の見通しはどうなるのかと厳しく議会で問われると回答に窮した増田知事はついに「最終手段」というのか、

では、競馬を廃止した場合の影響度合いは一体どうなるのか

という話を持ち出してきた。つまり、増田知事の競馬問題に対しての取り組みというのはそこまでが「限界」なんだといえる。

これは増田知事に限らず、どの人がやっても同じことだと思う。そもそも、競馬組合は今更こんなことを言うのは何だが、どんな「経営見通し」を行ってきたのか?といわざるを得まい。

普通の企業であればとっくの昔に「破産状態」である。しかし自治体が運営しているからという理由で「潰れない」という意識が競馬組合にあり、さらにいえば、尻拭いは県がやってくれるだろうという、明らかに甘ったれな考え方にこれまで終始してきた。

そして、増田知事に代わる人がもし明確なプランを持って、

「岩手競馬を廃止する」

ということになったとしたらもうその時点で岩手2場は「終わり」である。

残された任期約半年。増田知事は何とか競馬問題を円満に解決の方向へと向かいたい気持ちはあるのだろうが、恐らく、半年程度の期間ではムリである。

あとは競馬関係者側が何とか岩手競馬を存続の方向へと向かうべく次の知事に一連の事項を託すしかないのではないか。

そして、競馬関係者側からやはり、岩手競馬を今後どうするのかというビジョンを提示せねばどうにもなるまい。

やれることはいくらでもある。全国の地方競馬場を行脚するなり、はたまた首都圏のウインズでも、月曜日は売ってもらうといった手段を競馬関係者側が策を講じなければ、一連の事態は解決できないように思う。


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30万PV突破

2006-10-31 01:15:08 | 御礼

28日付をもって、当ブログもおかげさまで30万PVを突破いたしました。

11月1日は当ブログ誕生1周年にあたります。

これからもよろしくお願い申し上げます。

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今度は46年ぶり

2006-10-31 00:00:18 | 競艇

魚谷智之が、兵庫勢としては1960年、平和島・モーターボート記念において、井上一二郎(いのうえ・かずじろう)が優勝して以来実に約46年半ぶりにSG優勝者となった。

桐生・MB記念を優勝した中村有裕が滋賀勢としては48年ぶりのSG優勝者であったが、今回の魚谷の優勝も何か、競艇の歴史というものを感じさせずにはいられない。

兵庫支部、つまり私などはよく、「尼の選手」といっているけど、この「尼の選手」が井上一二郎のあと、SGを狙える選手がいなかったのか、といえば決してそんなことはなかった。

一番惜しかったのは1973年の住之江・全国地区対抗戦の脇辰雄。翌年から「笹川賞」の新設に伴い、全国地区対抗戦としては最後の大会となった大会の優勝戦で、大本命の1コース、彦坂郁雄をスリットで完全に封じて捲り切って先制し、2周2マークまでは独走状態。普通に考えれば脇の「勝ち」である。

ところが3周1マークで大ハプニングが。なんと凍結防止用・温水循環パイプが外れ、その隙につけて回っていた井上弘に逆転されてしまった。

何とか脇は外れた循環パイプを元に戻して2着は確保したものの、悔やんでも悔やみきれない敗戦。結局、G1は数多のタイトルを手にしていた脇も、とうとうSG優勝はならなかった。

これをまさに、「脇の悲劇」というのであろうか、以後、尼の選手は決して住之江勢に勝るとも劣らない選手が少なくないにもかかわらず、住之江勢とは違ってSG優勝は遠く離れるばかりだったわけである。

他にも懐かしい名前では、元スポニチ大阪の評論家だった大北勝之、花田稔、野口徳三、石野美好らがいたし、今も元気な水野要に加え、SG・G1戦線でも活躍する星野政彦、松本勝也、吉川元浩など、これらの名前を見ると、これまで、SGを優勝していないのが不思議なくらいの顔ぶれである(ちなみに、かつては三国とほぼ交互開催となっていた近畿地区選手権においては、尼の選手の優勝者が圧倒的に多い)。

なぜ尼の選手が住之江の選手と比較してSGタイトルで大きく差をつけられる羽目になったかといえば、尼の選手には、SGを勝ってやるという気概のムードになかったことが挙げられる。

これが住之江だったら、例えば、野中VS長嶺だとか、はたまた、野中VS常松といった様相の他、今なら松井VS田中VS太田VS倉谷というように、お互いがしのぎを削る展開に今でもなっている。

それに対して尼の選手の場合、どうも地元で勝つことに主眼が置かれすぎ、つまり、地元で勝てれば客は満足してくれるだろう、というような一種、「甘え」のようなものがはびこっていたという他ない。それはつまり、ほっといても地元戦で「お山の大将」に君臨できていれば、必然的に客も喜び、また、売上げも上がってくれるといったことに甘えていたという他ないように思えたわけである。

しかし、1967年の全日本選手権優勝戦において大量フライング(5艇フライング・不成立)を発生させてしまった尼崎競艇場はその後20年間もSG開催を剥奪されてしまった。ということは、せっかく地元の水面を熟知していても、SG開催は全くめぐってくるわけがなく、ひいてはG1優勝者を多数輩出しながらも、SG戦線では苦戦を強いられる羽目になっていったわけである。

滋賀の場合は野崎進や守田俊介以外にこれといった選手が出てこなかった背景が強いが、尼は決してそんなことはなかった。だが、後一歩何かが足りない「イマイチ」状態から脱しきれていなかったわけである。

そんな「イマイチ」状態から抜け出しを試みたのが吉川元浩。「番外SG」ながらも、5年前の賞金王シリーズにおいて、2周2マークまではトップだったにもかかわらず濱野谷憲吾に逆転され、「番外」であってもSGを優勝できないというもどかしさが感じられた。

しかし吉川はそれにめげずにG1もこのあと何回か優勝しているし、SGも今回の全日本選手権を含めて何度となく優出している。つまり、尼勢の現在の活躍の源は、吉川に因るところがかなり大きい。

そして、その吉川を地元ではすっかり凌ぐ実力者にのし上がったのが魚谷である。

その魚谷も、2年前のグランドチャンピオン決定戦ではこれまた、ほとんど勝利決定のターンかと思われた矢先に痛恨のフライング。本当にこの時点までは、「脇辰雄の悲劇」がまだ続いているのかとさえ思われたものである。

しかし、今年は尼勢のG1初優勝ラッシュ。

4月常滑周年で山本隆幸、7月の多摩川周年で向所浩二、9月の大村周年で星野政彦、10月の下関周年で金子龍介がいずれも果たし、あとは待望のSG覇者が誕生するだけ、といった様相にはなっていた。

そして今回、魚谷優勝、吉川2位とワンツーを決めたことで、さらに層に厚みが増してきそうな兵庫支部、いや「尼の選手」の活躍ぶりが楽しみである。


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全日本選手権回顧

2006-10-30 10:19:45 | 大レース回顧集

競艇界の伝統を誇るSGタイトル戦、第53回全日本選手権優勝戦が29日、福岡競艇場で行われた。

進入は断然人気の1・松井繁、2・吉川元浩、3・魚谷智之がスロー域、4・中村有裕、5・重野哲之、6・坪井康晴がダッシュ域となった。

スリットは松井が遅れ気味となって捲り勢が有利な展開となり、中村が絞りに出ようとするも魚谷がブロッキング。そして吉川の捲り、さらに大外から重野がブン捲りに出るもいずれも流れて、魚谷がズバッと捲り差し。

魚谷はこのまま独走。2番手も同じ兵庫支部の吉川が重野のアタックを抑えて確保。ついに46年ぶりに兵庫支部からSGタイトルホルダーが誕生することになった。

ついに1号艇、1コースのSG優勝記録は途絶えた。そしてその流れを食い止めたのは久しくSGホルダーを出していなかった兵庫支部というよりも、「尼の選手」である魚谷だった。

魚谷は新鋭時代から思い切ったダッシュ戦を試みていて、将来性十分な選手だと思っていたし、また当時トップクラスだった星野政彦や松本勝也を抑え、瞬く間に尼の選手としてはトップの選手にのし上がった。

ただ、SGへの道のりとなるといささか険しいものがあった。

2年前のグランドチャンピオン決定戦優勝戦において、魚谷は大外の6コース回りながらも抜群のタイミングの出で、この時点でついに尼から久々にSG優勝者が出たと思った瞬間、痛恨のフライングコール。栄光かと思ったらそうではなくて奈落の底へ。この後、魚谷は1年間、SG出場をフイに。

だがその悔しい経験を今回の大一番で生かした。

住之江と双璧の「メッカ」を標榜する尼にとって、「住之江にあって尼にないもの」と再三言われ続けられたのがSG優勝者であった。

今回の魚谷は、日刊スポーツ紙上において、

「今回は何かやれそうな気がする」

とコメントしており、調子は非常にいいものと受け止められた。

準優勝戦では6コースから出ての逆転勝ち。そして今回は、中村の絞り捲り、はたまた吉川の捲り、さらには重野のブン捲りといった捲り合戦を退けての優勝なだけに、勝利の価値も大きいといえる。

これで賞金王決定戦出場を大きく手繰り寄せたが、出場となった暁には、今回のような思い切った競走を見せてほしいものだ。

吉川も果敢に攻めての2着だけによく頑張ったといえる。1マークで捲ったときには吉川にももちろん優勝のチャンスがあったが、わずかに流れてしまって同胞の魚谷にSGタイトルを先んじられてしまった。

しかし、ともすれば「負け犬根性」がしみついていた尼の選手の意識を払拭させたのはこの吉川である。

今後も魚谷とともに、いや、この2人以外にもSGをいつでも奪取できる選手がゴロゴロいる兵庫支部を牽引していってもらいたいものだ。

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勉強がますます嫌いになる方法

2006-10-30 09:01:24 | 政治経済問題

えらい大問題に発展してきたぞ。

高校における必須科目の未履修問題だが、富山県立高岡南高校で発覚したとたん、他の公立高校においても次々と発覚。

しかもそのような高校は、文科省に対しては虚偽の報告をしていたところがほとんどだとか。

そしてついに、では私立高校ではどうなのか?という調査も行われてこんな状況に。

必修逃れ、文科省が全私立高の調査開始

 高校の必修逃れ問題で、文部科学省は29日、全国すべての私立高1325校を対象にした調査を開始した。

 文科省はすでに兵庫県を除く全公立高校の調査を終了し、31都道県2政令市286高校で必修逃れがあったことを公表しているが、読売新聞社の調査では、120以上の私立高も必修逃れを行っていたことが判明している。

 文科省は私立高を所轄する都道府県に対し、必修逃れの高校数や具体的な事例、改善策などを調べるよう指示した。

(読売新聞) - 10月30日0時42分更新
 

私立だと1割近くになってしまうのか・・・
 
ま、いわゆる「進学校」といわれるところでは、こうした「インチキ」をしているところもあったというわけだな。
 
私が浪人していたときに、「勉強のやり方」について強く印象に残った「受験は要領」という本があった。その本ではいきなり、
 
・数学は解かずに解答を先に見てそれを丸暗記せよ
 
と書かれていてビックリしたというもの。
 
この本を書いたのは医師の和田秀樹さんだったが、なぜそれを強く感じたかというと、とある図書館で公立の女子生徒が数学を取り組んでいたところ、朝から夕方までかけてやっているというのに、たったの3問しか「解いていなかった」ということにあったらしい。
 

と同時に和田さんは、
 
「公立高校ってひょっとしたら普段からこうした効率の悪い勉強の仕方を教えているのではないか。」
 
と懸念し、それがきっかけとなって生まれたのが、「受験は要領」という本だったそうだ。
 
ちなみに「数学は先に解答を見てそれを丸暗記せよ」、とはいってもなかなかそう簡単にできるものではありません。
 
そして和田さんは灘高に通っていたわけだが、灘高の場合、例えば中間テストレベルであっても出題範囲が異常に広く、授業でやらない部分も出題されるため、1題1題解いていたんでは追いつかないということから、とにかく出題部分の問題を丸覚えするしかなかった、ということだったらしい。
 
そう考えると、灘高の授業進度がとても早いという理由はつまり、 ほとんどの部分において生徒に自ら「勉強をさせ」、授業ではあくまでも受験におけるポイント部分のところしかやらないのだな、と思ったものである。
 
ということは灘クラスの生徒というのは、逆に言えば、自分から進んで勉強する生徒が割りと多いということもいえるというわけ。
 

しかしながら「進学校」と言われる公立高校の大部分、はたまた私立でも、進学実績をとにかく上げたいようなところは、灘のような形はなかなか取ることができないため、何らかの形で「犠牲」にせねばならないものが出てくる。そうなると今現在大問題化している、必須科目の未履修というところに繋がっていくんだろうね。
 
今考えると、私が高校時代の頃ってのは、ある意味「よかった」のかもしれない。
 
私の頃は理科だと「理科Ⅰ」、社会だと「現代社会」というものが必須となっていて、理科Ⅰは1・2年に分かれて1年では生物と地学、2年では物理と科学を履修。また現代社会は1年だけだが、要は政治経済と倫理を履修することになっていた。
 
但し私がいた高校とはいわゆる「底辺校」であったから、これが進学校ならば、例えば理科Ⅰとはいっても、2年に亘って行うというケースをとらなかったかもしれない。
 
ところが今の高校って前にも書いたけど、本当にどの教科も、何がどうなってどう行われているのか「さっぱりわからない」。
 
つまるところ、勉強をどこかで集中してやりたいと思っても、「やりようがない」カリキュラムを組んでしまっている。
 
そこが一番の問題ではないのか。
 
一番問題なのが数学。
 

私の頃は1年は数学Ⅰ、2年は基礎解析と代数幾何となっていて、これは全生徒必須だった。3年に入ると「微分・積分」というものが入ってくるが、これは理系のみ必須だった。
 
もっとも、数学の中では一番難しく、かつ重要とされる微分・積分とて、無限大といった「無限級数」以外の有限級数部分においては基礎解析で習うことになり、微分・積分といっても、
 
「あっ、もう分からない」
 
とお手上げ状態になることもないというわけ。
 
ところが今の高校数学って、何がどう繋がっていっているのかさえ、はっきりいって全く分からない。
 
それと今では、行列あたりも理系しかやらないそうだが、例えば「文系」の経済学あたりになると、行列の他、「行列式」なんてものが出てくる。そうなると訳が分からなくなってしまうのでは。
 

したがって私立大学としては、経済学部においては一番権威があるとされる慶應義塾大学でも、数学を使った授業はできない、もしやろうとするならば、数学を教えるだけで終わってしまうという現状らしい。そう考えると、「本当の経済学」をやりたければ、大学院にでも行かない限りは「ムリ」という現状なんだとか。
 
逆にアメリカでは、高校の数学には微分積分の科目がないらしい。微分積分については理論が難しいために大学で「みっちり」と行われることになるという。
 
日本でも、例えば大学教育において微分積分を徹底的にやるというんであれば話は別だが、文系講座においてそうした試みを行う大学はまずない。
 
さらにいえば、学校教育をまるで期待していない風潮を作り上げてきている社会(企業といってもいいか)にも当然問題があるわけで、要はここが変わらなければ、大学も、はたまた高校も変わるわけがない。
 
ちなみに企業はここ最近、またもや「指定校制度」なるものを持ち出してきて、差別化を図っているという声も聞く。これには経済週刊誌も呆れ顔で、
 
「何を今更そんなことをやるのか」
 
といった論調。
 
しかしながら、企業もなぜそうなるのか?については反発してくるわけで、当然のことながら、
 
「学校教育が悪いから」
 
と言ってくる。
 
まぁ、こういった押し問答はここ何十年来全く変わっていない。
 

はっきりいうが、ここのところが変わらない限りは、日本の経済動向そのものが変わっていかない。つまり、全体的に経済を押し上げていく力が働かないということ。
 
今はやれ景気がいいとかいっても、本当にその恩恵を授かっているのは大企業の、それも一部の人間だけだろ。
 
またさらに、例えば「敬語」についての解釈が国語審議会で見直されることになった。なぜそうなったのか?それは、外食産業で教えられる(マニュアル)「変な敬語」により、敬語そのものの使い方が滅茶苦茶になったからだという話もある。
 
とにかく、高校教育なんて大学進学のための「道具」でしかない、ということになれば、仮に私立大学を志そうというものならば、最初から数学・理科は文系の場合、「いらない」ということになってしまうし、理系だったら国語と社会は「いらない」っていうことになってしまう。
 
でも、例え受験に必要なくとも、はたまた役に立たなさそうだと思っても、一通りやってみてある程度知識を体得しておかないと社会に出て非常に困ることになる、いや、大学に入ったときから困るようになると思うんだが。
 

一方で今、学生の間では資格ブームというのか、そういった類の勉強については一種のブームとなっているそうだ。
 
しかしながら、資格ってはっきりいって「使い物になる」ものといえば、ほんとにごく限られている。それでも「ブーム」になるわけだから面白いというか、滑稽という他ない。また、資格って大学入試みたく、「合格したからはいそれで終わり」っていうもんじゃないし、以後も活用されなければただの「無用の長物」でしかない。
 
公営ギャンブルでたまに、
 
「頭を使って」
 
云々の話をされる方がいるが、頭を使ってとかいうよりも、データに占める割合が結構大きいので、いかにしてそのデータを処理し、分析し、そして最後に推理し、というプロセスが求められる。ということは、ある意味、統計学的な要素もある、「重要な」遊びであることがいえるわけである。
 

また、公営ギャンブルの売上げ・入場の動向は経済状況を反映するとまで言われている。景気がやれ上向いているとはいっても公営ギャンブルの売上げ・入場はさっぱり上がらない、下がる一方。しかしながら、こうした動向は個人消費の低迷にも「やはり」反映されているわけだ。
 
今回の一連の「未履修問題」は相当に深刻な問題をはらんでいる。はっきりいって病気という他ない。しかしながら、その病気を根絶する「薬」がないのもまた事実である。
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秋の天皇賞回顧

2006-10-29 18:18:32 | 大レース回顧集

第134回天皇賞(秋)は29日、秋晴れの東京競馬場で行われた。

単勝1番人気は、前走の京都大賞典を勝っている7・スイープトウショウで3.9倍、2番人気は当初から菊花賞ではなく、ここを目標に据えていた3歳馬の15・アドマイヤムーンで6.0倍、3番人気は悲願のJRA G1制覇を目指す8・コスモバルクで6.2倍、4番人気は前走の毎日王冠で4・ダンスインザムードに競り勝った14・ダイワメジャーで7.0倍、5番人気はダンスインザムードで7.1倍と10倍以下のオッズは以上5頭。

9・インティライミがハナを切り、ダイワメジャーがすかさず2番手。ダンスインザムードが3番手に入り、コスモバルクが5番手の位置。スイープトウショウは6~7番手の位置で、その後ろに10・スウィフトカレントが続き、さらにその後ろにアドマイヤムーンが続くが、17頭ほぼ縦長の展開。

また、インティライミが積極的に飛ばしたこともあって1000のラップは58秒台と速い流れ。展開に加えこの速い流れでは後方待機の馬は苦しい展開。

直線に入って横一線の展開となる中で、坂の頂上よりダイワがスパート。これをスウィフトが追い、さらにムーン、バルク、スイープも追撃にかかるが、終始「番手」からレースを進めたダイワメジャーがスウィフトを半馬身差退けて2年前の皐月賞以来のG1制覇。2着スウィフト、3着ムーン、4着バルクとなり、スイープは5着、ダンスは6着となった。

12・トリリオンカットが放馬して発走除外となったり、はたまた2・カンパニーが一旦はゲートに収まりながらもまた出てしまって外枠発走となるなど、波乱含みの展開となった今年の秋の天皇賞。

そんなムードの中、2年前、10番人気の人気薄ながらも1番人気のコスモバルクの追撃を抑えて皐月賞を見事快勝したダイワメジャーが待望のG1 2勝目を挙げた。 

一部にはこの皐月賞の勝利を「フロック」と称す人もいる中で、皐月賞後もコンスタントには活躍。ただ昨年のマイルチャンピオンシップで、九分九厘勝利を確信しながらもハットトリックの怒涛の末脚に屈したという惜しいレースがある一方で、G2、G3もなかなか勝ちきれないレースが続いたりするなど、勝ち味に遅い点も懸念された馬だった。

マイルとミドルを両方こなせるというタイプは日本ではこの馬以外には思ったほどおらず、その点においては貴重な存在でもあるわけなんだが、如何せん、直線で切れる脚がないことが弱点であった。

しかし今回の天皇賞は初手からインティライミの「番手」を取れたことに加え、最初の1000Mのが流れも速く、しかも縦長の展開に終始したことで、ダイワメジャー向きの流れになった。

そしてあとは抜け出しのタイミングだけの問題だったが、それもうまくいって見事な勝利。

このあとは昨年悔しい思いをしたマイルCS、さらにはひょっとすると香港国際レースへの参戦も予想されるところだが、待望のG1 2勝目を飾ったことでもあるし、今年限りで引退する可能性もありそうだ。欧州ではマイルとミドルを両方こなせるという馬が結構いるが、日本では今のところこのダイワメジャーぐらい。今後の活躍も期待されるところである。

但し、スタート直後でダイワが外から内へ切れ込もうとしたときに3・サクラメガワンダーの内田博幸騎手が幾分煽ったシーンがあった。だが、「到達順位通り確定」のアナウンス。

最近、G1レースにおいて、馬券対象馬が降着になるケースというのはほとんどないが、NHKではこの問題のシーンを映し出しており、そのあたりの状況を加味せねばならないのではないかという疑問な点も残った。

スウィフトカレントも懸命に追ったが、惜しくも届かずの準優勝。しかしこの馬なりに最大限の力を発揮したと思われるし、よく頑張ったといえるのではないか。サマー2000シリーズ初代王者の名に恥じぬレースぶりだったと思う。

アドマイヤムーンもソコソコ頑張ったと思うが、この馬も最後の切れ味がもう一つか。コスモバルクも今回は十分折り合いをつけてのレースだったものの、前半の流れがあまりにも速すぎた。それはスイープ、ダンスの牝馬勢にとっては、なおのこと応えたともいえよう。

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今話題の?あの2人が登場

2006-10-29 08:57:35 | 現場レポート

28日の京都競馬場に、当現場レポートではおなじみのあの2人が登場。

午前中の4レースが終了した直後の11時50分頃に1回目の登場となったが、なにやら大黒師匠が浮かれ顔。

司会とこの日は1日全レース予想を行うことになった太平洋氏から、

「何か、入ってきたときからニコニコとうれしそうですなぁ。」

と言われると、4レースの障害を馬連で取ったんだとか。

「あはは!みてみい!」

「エイシンペキンは16キロ増えてたけど今回は久々やったし問題ないと思った。」

その後は本題へ。

「ワシ、近鉄の運転士やめて脱サラして入ったんですわ。」

「年収は運転士時代の半分ですわ。」

そして、なでちゃんの話になると、

「弟子入りしてくるというから相当気の強い女なのかと思ったら、全然違った。」

「競馬がすきなのは分かったが、競馬の用語とかそういったものは全然知らんかった。」

「予想屋として天性のものがあると思った。必ず、1開催に一回は万馬券当てるし。」

そして、なでちゃんのほうへと話を向けられると、

「別に、予想屋なんかせんでもよかったんではないのか」との問いに、

「いや、笠松競馬は小さい頃から行っていて、それがなくなると思うといてもたってもいられなくなったんで、何とか笠松を残すためには何をしたらいいのかと考えたら、この職業が一番いいのではないかと思ったから。」

と、答えた。

そのあと、予想する際、はたまた馬券をどう取り扱うのかについては、大師匠より、

「まず、衝動買いをしないこと。狙い撃ちしたレースしか買わないこと。」

「でも、予想屋だから、このレースは予想したくないというわけにはいかないでしょう?」

「ま、その場合はランク分けして、A・B・Cと勝負レースはどれかって、客にも教えるけどな。Aのときは馬券を買って、それで「このレースは勝負!」ってことになったら気合も余計に入るし。」

「そやけど、ワシが例えば万馬券当てたら、「ほれ!みてみい!」って客に自慢するんやけど、この子は全然せぇへんのや。」

と師匠に言われて、

「はい。しません。」

といつものけなげな答え。

続いて予想のポイントについて。これは2人ほとんど共通。

「レース展開を中心に考え、脚を余したとか、不利があって負けたとかいう馬は次は必ず狙い目やね。」

とのこと。

最後に、

「この子はしゃべらんし、声も小さいから、最初は発声練習もやった。あとは客にうまく教えてもらいながら予想屋としてのキャリアを積んでいってほしい。」

とのことだった。

そして5レースの予想だけど、相も変わらず?この2人、ねらい目が違うし、また、本命視されている馬を本線へ持っていかない。

結果は8-12だったが、でもやっぱり本線じゃなかったわ。

このあとは11レース、メインのスワンステークスの前にも登場。

太平洋氏が、

「私の今日の予想の戦績は9勝3敗が目標です。」

といいながらもなんと、10戦全敗であるのを見て師匠が、

「何や!こんなに外れてんの!」

「こんなことやってたら、1日1500人ぐらいしか入らん笠松やったらお客はみーんないなくなりまっせ。」

あはは!ワシは今日は障害当てとるからなぁ!

ところで、太平洋氏より、思い出の馬と聞かれてなでちゃんは、

「アドマイヤグルーヴ」

とのこと。

ま、これはいいとして、「不満だった」のは師匠の答え。もしそう聞かれたら、

「ワシのハンドルネームは昔ゴールドレツトやったから当然それや!」

というと思いきや、その名前が出てこない。

「何や!ゴールドレツト知らんのか!よーし、ゴールドレツトがどんな馬やったんかこのあとじっくり聞かしたる!」

と期待していたのだが?

はたまた、

「トキテンリユウ、キンカイチフジやな。乗ってたんわ、超天才の坂本敏美なんやでぇ!」

という答えも期待していたが??

「オグリキャップとイナリワン」

結構、「無難な」ところへ持ってきたなぁ。

さて11レースだが、私は既に2人のトークショーが始まる前に買っており、あとは2人の狙い目を聞くだけだったが、まず師匠から開口一番、

「このレースは買いたくないレースや。軸がよう分からん。」

「ま、出遅れがなければシンボリグランやな。2着付けなら面白い。それと、柴山は笠松の元騎手やし。」

なでちゃんは、

「ネイティブハートですね。」

とのこと。

ちなみに私は9頭ボックス買いで、1・4・5・8・13・14・15・16・18だったから、師弟が言っていた馬は入っていたわけだが、ただ一頭、17番のタマモホットプレイは入ってなかった。

しかしこのレース、思わぬ結果に。

このスワンステークスのレースについては、太平洋氏と師弟が一緒に見ることになったわけだが、11番のプリサイスマシーンが坂の下りで実にいい感じ。

「おい、ちょっと待てぃ!プリサイスマシーンなんか買うてへんぞ!」

しかしそのプリサイスは直線に入って少々伸びを欠いたように思ったし、後続もやってきたことから終わりかな?と思ったら、後続が全く伸びず、最後の1ハロンでまたまたプリサイスが一伸び。結局プリサイス1着、シンボリグラン2着、アグネスラズべり3着。

「プリサイスマシーン・・・うーん、かきつばた記念2着やからなぁ・・・」

後で言うな!さらに、

「な!シンボリグラン2着に来たやろ!」

と当たってもないのに2着が来たからと「自慢顔」?

とは言っても、私ももう買ったあとだったから・・・

というわけでこのレースを見終わったあと2人は退場することに。

ちなみに太平洋氏はこのレースも「もちろん」スカ。

「私の予想が全く当たらんことで、次第にシグネットホールのお客さんが少なくなっている印象があるんですが。」

ま、そんなことだから後で大師匠は、

「クソッ!ほんまはシグネットホールには立ち見が出るくらいの客は入ってなアカンのに、閑古鳥が泣いていたんわ太平洋のせいや!」

「おう!太平洋!しばいたろか!」

と思っていたのかも???

しかしながら、大黒師匠のブログを見ると、相当に疲れ果てていたみたいだな。

まぁ、客席を目の前にしてのトークショーって、そうそう経験できる機会なんてないからねぇ。ところで私もなぜかグッタリ。それはやはり、あのクソ!プリサイスマシーンがいらんことしいをしたからに他なく、グランとラズベリの組み合わせだったら馬連でも61倍ついていた。

おう!しばいたろか!プリサイスマシーン!!

ところで、太平洋氏は最終レースは当てたんだろうか?

(追記)

師匠は天皇賞について、

「コスモバルクが相当にええ!」

「コスモバルクから全部ぶちこみなはれ!」

と言っていたな。もし来なかったら、

「おう!しばいたろか!」

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サタデーナイトフィーバー

2006-10-28 00:00:01 | 公営競技論

というと、ベイシティローラーズの大ヒット曲、さらには、ジョン・トラボルタ主演の映画を思い出すわけだが、この映画の意味するところは、要は土曜日の夜っていうのは、一番人間が「ウキウキ」するときだということ。

サッカーのJリーグは、開始前に将来の客となる人にアンケートを取り、何曜日に試合をしてもらいたいか、との問いに土曜日が一番多かったので土曜日にしたということらしい。

ところで公営競技の場合、特に競輪では昔、「ギャンブルホリデー」なるものが設定されていて、それが水曜日であったことから、木~土、日~火という日程を組むケースが多かった。したがって、土曜日が決勝という設定が多かったのである。

ところが、週休2日制が中小企業の間でも定着しつつあるというのに、それに逆行するかのごとく、競輪の土曜決勝は次第に少なくなった。

とりわけ、近畿の競輪場はギャンブルホリデーが撤廃されるや、なんと「土曜日外し」なる日程が急増。

したがって私もせっかく土日と休みで、日曜はどちらかというと競馬の大きなレースがあるからそれはテレビで見て、じゃ、土曜日は競輪へ行こうと思っても、「やってない」というわけ。

そのくせ、日~火の日程がバッティングなんてことがしょっちゅう。したがって、西宮と岸和田がこの日程で完全バッティングなんてことは「ごく当たり前」だった。

会社にも競輪好きのオッサンがいたんだけど、

「今は土曜日に競輪やってないんで、阪神競馬でもやってない限りは、ヒマでしゃあないわ。」

とぼやいていた。

また、川口にいたときも、当時は、川口オートの初日は決まって「日曜日」。こちらも、土曜日に行きたいと思ってもやってること自体「まれ」で、確かに土曜日から爆音が聞こえてはきたんだが、それは前検日だから。

近畿の競輪や川口オートが「土曜日外し」を行っている理由は明快。

つまり、日本はまだ完全週休2日制を導入している企業が意外と少なく、加えて土曜日は中央競馬に客が集まりやすく、やっても客が入らないから、というものであった。

さらに、なぜ土曜日を決勝へもってきたかといえば、昔は土曜日は「半ドン」で、つまり、午前中は出勤となっており、午後からは「フリー」となるので、その分、客が来てくれるという算段もあったようだ。

ま、そうした理屈は分かるんだが、やはり、本当に行きやすい曜日ってのは、土曜日が一番だった。

私はとくに川口にいた頃は土日とも大概は外に出ていたけど、日曜日の競馬のG1レースのあとって、今思えば、あれほど翌日に疲れがドドッと出てくるものはないな、と思ったほど。

その上関東のようなレース場の多いところでは、重なり合うことが多いので、一体どの場へ行こうかと迷うくらい。なのに土曜日ってそうした日が案外少なかったというわけ。

反面、土曜日は1日行って、日曜日は家にいたときは案外疲れが残らないことが次第に分かってきた。

さらにいえば、西宮・甲子園の消滅は、土曜日外しにもその一端の原因があったのではないかと思ったほど。

ところで今は、川口でも場合によっては土曜日に決勝を持ってくるケースがある。競輪も概ね記念の場外だけど、以前みたいな「土曜日外し」のケースは少なくなった。

しかしながら、週間レースあたりを見ていると、

「土日に本場で開催してくれ。」

という声が意外と多いみたいだな。

思うに私は、競輪の場合だと記念は土曜決勝とし、日曜はF1本場開催としたらいいのではないか、という気がする。いや、昔は競輪は「紳士協定」につき、日曜日には決勝を持ってこないというならわしだったこともあって、土曜決勝が多かったし、むしろ「未成年」の頃はそうした競輪の日程に「あこがれ」さえ持っていた。

さあ成人になった。競輪ができる(って、つまり車券が買えるってことなんだけど)、と思った矢先に「土曜日外し」の横行では・・・

ナイター開催場だと、平塚や川崎、あるいは函館あたりだと割りと土曜決勝が今年は少なくなかったみたい。対して京王閣、松戸、小倉あたりは、どうも中央競馬との絡みもあって、土曜決勝が少なかった。

中央競馬との絡みって、要は「ダブルヘッダー」客を取り込みたい表れなんだろうけど、はっきりいって、「ダブルヘッダー」をやる客はそんなにいないよ。

私もダブルヘッダーは川口にいるときは何度もやった。しかしただ疲れるだけ。もう二度とやろうなんて思わない。

今年の7月、以前書いたけど、C新聞のW記者の取材につき、園田と住之江のダブルを敢行したけど、やっぱり、ただカネを減らすだけ。余計に「疲れる」。だから今年は住之江のナイターなんて積極的に自分で行こうとは思わなかったうえに、2度しか行かなかったね。

やはり、公営ギャンブルは1日1箇所狙い撃ちが一番!ダブルヘッダーなんて愚の骨頂!

競艇だって、芦屋と若松ってかつてはかなり良好な関係だったのに、若松がナイターをやるようになって芦屋の客が減ってしまい、しかも芦屋は今、赤字の垂れ流し状態で、穴埋めとして税金投入までされている。当然、議会からは、

「廃止しろ!」

の声も上がっている。

挙句「ダブルヘッダー」を敢行するも失敗ムードに陥り、とうとう芦屋競艇発若松競艇行きのバスは運行されなくなってしまった。 

よく、

「昔に戻してください」

とも言われる公営競技界だけど、日程繰りなんて明らかにそうであり、さらにいえば、中央競馬とて、今や入場者が年々減っているんだから、臆するな!といいたいところ。

中央競馬は土日しかやってないんだから、いずれかの日に行けばいいではないか、という客の心理に今やなっているのではないかなぁ。

公営競技のキーワードは土曜日という「格好の曜日」をいかに攻略するかにかかっている? 

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勉強って楽しいもの?

2006-10-27 06:24:58 | 政治経済問題

今はなき「メルマブログ」の公営競技はどこへ行くの2005年4月12日号でこういった内容のものを題材とした。すると、「未来永劫」というブログで紹介してもらったことがある。ちなみにこのブログ、公営競技の内容とは一切関係がない。

http://miraieigo.blog16.fc2.com/blog-date-200510.html

ところで、最近の高校で行われる学習って一体どうなっているのか?と目を疑いたくなるようなニュースが。

Yahooニュースより

<高岡南高校>必修「地・歴」未履修 卒業できない? 富山

 富山県立高岡南高校(篠田伸雅校長)で、昨年度の2年生197人全員が、世界史、日本史、地理のうち1科目しか授業を受けていなかったことが分かった。学習指導要領では世界史が必修で、さらに日本史と地理のどちらかを履修するよう定めている。県教委によると、生徒の間で以前から大学入試に必要な科目だけを集中的に勉強したいという声があり、学校側が昨年度の運用で一つだけ選択させたという。単位不足で全員が卒業できない事態となりかねず、学校は卒業式までに必要な授業を行うという。

 生徒は2科目分の教科書を買ったが、学校側は参考書として使用するように指導。取得単位を記録する生徒指導要録には、日本史や地理の授業で世界史的な要素に触れているなどとして、必要分の単位を取得したように記載していた。

 実際には、71人が日本史、32人が世界史、94人が地理だけを選択。今後、50分授業を70回受ける必要があり、7限授業や土、日、冬休み、1月の大学センター試験終了後に行う方向で検討。生徒には、24日の学年集会で謝罪したという。

 加藤敏久・県教委学校教育課長は記者会見で、「学校として指導要領に反するという意識が薄かった。入試を目前にした生徒たちに迷惑をかけて申し訳ない」と謝罪。今年度の2年生は教諭の中から疑問の声が上がり、正規の授業を受けているという。【青山郁子】

(毎日新聞) - 10月24日21時36分更新
 

 

ところで富山県といえば、多くの財政界人を輩出している高岡高校が「呉西」地区ではトップクラスであり、「呉東」地区では、ノーベル化学賞を受賞した田中耕一氏の出身校である富山中部高校と富山高校がそれぞれトップクラスに位置するという、完全なる「ピラミッド型」の様相。

したがって高岡南高校といえば、高岡高校の「2番手校」ということになるわけだが、最近になって進学実績をメキメキと挙げているところらしく、その分、高岡には負けれられない、というあたりにも繋がっているのかも。

でも、受験に関係がないからといって、はたまた高校生からの要望があったからといって、文科省の指導要綱に背いてしまってはどうにもならんだろ。

ちなみに私は大学受験のとき、「世界史」を社会では選択した。なぜか。

というのは、世界史は高校2年で履修することになっていた。仮に受験のことを考えると、社会はこれを選択すれば「行けそう」だな、と思ったから。それと受験生の大半が選択する「日本史」は、「史料」とかいうやつが実に厄介で、まるで法律の判例集みたいな煩雑さを覚えたんでやりたくないと思っていたし。また世界史を選択教科に入れていない大学は皆無といってもよく、地理や政治経済では潰しが利かないと思っていた。

まぁ、世界史ってやつは確かに覚えにくかった。

最初はメソポタミア文明あたりから始まって、ギリシャ時代からローマ時代へと流れ、そのまま西洋史へといくのかな?と思ったら、そこで途切れて中国史。漢の時代あたりまで進んだと思ったらまた西洋史といった具合にやたら「ぶつ切り」。

ま、受験参考書の中には「西洋史」「中国史」と分別しているものもあるそうだし、大学ではこうしたぶつ切りでの講座はまず行われない。しかし。

今思うと、こうした流れの組み方ってのも一理あるというか、結局現代の世界の流れを考えていく上においては、西洋も東洋も「ない」ってことなんだろう。西洋史にあっても東洋の流れが必ず存在し、日本は凡そ西洋とは関係のない位置にあるけれど、むしろあらゆる分野において、西洋の流れを著しく受けている国家である。

映画「ゴッドファーザー」のパート2だったか、若き日のビト・コルレオーネのシーンがそれこそ「ぶつ切り」になって登場しているわけだが、これもやはり意味があって、現在の「ゴッドファーザー」である、マイケル・コルレオーネが、では、父・ビトは自分と同じ年齢だった頃は果たしてどんな考えだったんだろう、という「回想のシーン」とダブらせているというわけ。

しかしながら、確かに受験のことを考えたら、世界史みたいな覚えにくく、しかもぶつ切りの教科ってのは一番嫌われるだろうね。

ところが今や冒頭で紹介している数学なんて、私が高校生の頃はまだ整合性があったというのに、今本屋で数学の参考書を見たら何がどうなっているのかさっぱり分からないような内容と化しており、果たしてこれで数学を理解できるのか?と甚だ疑問という他ないものとなっている。

したがって、こんな深刻な状況を迎えてしまうのか?

Yahooニュースより

大学工学部 志望者10年で半減 来春大急ぎで組織改変へ


拡大写真

学校基本調査にみる学部志望者の推移
 

 日本の科学技術を支える大学工学部が、存亡の危機に立たされている。志望者がここ10年で半減し、下げ止まらないのだ。このため、東京電機大(東京都千代田区)や早稲田大(新宿区)といった「名門」をはじめ、各地の工学部が対応に乗り出した。その秘策は?

 文部科学省の学校基本調査によると、95年は57万4000人いた工学部志願者は、05年に33万2000人にまで減少。逆に医・歯・薬学部は同23万9000人から28万5000人に、看護・医療・保健学部も5万人から11万人に倍増している。医療系学部は理学療法士などの資格が取れるため、就職を見越した受験生が殺到する状況だ。

 一方、工学部の不人気の理由としては、(1)資格取得に直接結び付かない(2)学問の内容が多岐にわたり、高校側が進路指導しにくいなどが考えられるという。

 この「不人気」に対して、関西大(大阪府吹田市)は工学部の募集を停止し、「システム理工」「環境都市工」「化学生命工」の3学部に再編する。システム=仕組み作り▽環境都市=街づくり▽化学生命=モノ作り、というキャッチフレーズでアピールする。土戸哲明工学部長は「ただの工学部というだけでは、何を学ぶのか分かりにくかった。中高校生は理系に興味はあるが、志願者に結びつかないのはそんな側面もあったのでは」という。



 早稲田大も96年続いた理工学部を「基幹理工」「創造理工」「先進理工」の3学部に再編。大学院も併設し一貫教育を強調する。柳澤政生教授は「時代の変化への対応と受験生に魅力がアピールできる学部にすることが必要」と話す。

 東京電機大は、これまで工学部に入っていた建築や情報の学科を集めて「未来科学部」を新設。同大は02年度には2万1000人の志願者がいたが、今春は1万3000人にまで激減しており、「なんとか回復させたい」(同大)と必死だ。このほか、武蔵工業大(世田谷区)は従来の工学部に加え新たに「知識工学部」を設けて情報関連に特化した教育を目指し、上智大(新宿区)も08年度理工学部を再編する予定だ。

 河合塾の神戸悟教育研究部チーフは「受験生は就職を考えて医療系学部に集まるが、資格を持っている人が多ければ就職に結び付かない恐れもある。科学技術を背負うのは工学系なので、受験生も広い視野で進路を選択してほしい」と話している。【澤圭一郎】

(毎日新聞) - 10月25日17時10分更新

今や、「優秀な受験生」ほど東大よりも医薬系の学部を狙う傾向が強いそうで、「理系離れ」というものは確かに深刻ではあるんだが、「できる生徒」ほど理系を志向する傾向はむしろ昔よりも強まっている傾向なんだとか。しかしそれが理工系には全く繋がっていないということ。

「ドラゴン桜」というドラマは、当然のことながら「東大」を狙うのが主題であるが、その東大を狙うにあたっても、「暴力団弁護士?」はこう言ってたね。

「いいかお前ら、東大といっても理Ⅲ(医薬系)はよほどのスーパーマンでない限り合格は無理。理Ⅱ(農学系)は合格者数が少ない。それと文系学部は得点に差がつきにくい教科(英語と国語ってことか)を得意とする受験生が多いことから準備期間を長く要する。

対して理Ⅰ(理工系)は定員1000人に対して倍率は概ね毎年2.5倍前後(前期の場合)。しかもこのクラスの受験生は英語や国語が苦手としている連中が多い。

ということは英語と国語できっちり稼いでおけば、難しい数学など3分の1程度しかできなくとも合格は「可能」ってことだ。」

まぁ、理屈は確かにそのとおりだろうね。しかも東大の工学系なんて、それこそ大手メーカーの「青田刈り」が3年ぐらいから始まる場合があるというし、とにかく入ってしまえばあとは「悠々」ってこともいえるわけ。

しかしそれは東大ら有名大学に限っていえる話のことであり、中堅あたりの、それも工学系の単科大学の場合はなかなかそう簡単にはいかない部分があるから、少子化時代の今、いかにして受験生を集めるかという問題は深刻だろうね。

思うに今だったら、とりあえずは、理系を志したほうがいいだろうね。

私も大学受験生の頃、もう少し時間に余裕さえあれば数学や物理、化学ってやつを真剣に取り組みたかったが、とにかくどこの大学も合格できるかどうかさえ分からない状況だったから、目先の合格に安住せざるを得なかった。

しかし今は大学の数もやたら増え、定員割れを抱える大学も多数あるという。

しかも、今や大学を出たからって安住できる時代でもなかろう。

それと数学や物理、化学などの「工学系科目」ってやつは、結局社会に出てからも付きまとう。

公営競技関係においても、高橋貢の不正部品使用で話が出た、

「ドライブスプロケット」

なるものや、ディープインパクトが禁止薬物として使用していたという、

「イプラトロピウム」

なんてものはまず、文系出身者には初めて耳にするような言葉なんだろうけど、理系出身者であれば、

「何か耳覚えがある」

というように敏感になるはず。

数学はIT時代にはますます不可欠な学問だし、そう考えると今の時代、なおさら理系の知識が要求されているわけであり。

それと経済学とか統計学といった「文系学問(統計学は理系でも使われ、文理問わず重要な学問)」ってはっきりいって「数学」と一緒だ。

受験に必要ないからとか、受験を潜り抜ければもう安心なんて時代では今はない。むしろ、学校へ行っている時代に取り組めなかった教科というのか、学問ってやつを社会に出て取り組むってことが、今の時代、なおさら求められているような気がするが。


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悲願のJRA G1制覇なるか

2006-10-27 00:01:52 | 競馬

29日行われる秋の天皇賞の枠順が決まった。

一時は出走意思があったディープインパクトが例の件でほとんど自粛といっていい回避となったことで傑出馬不在の大混戦模様となったが、5月にシンガポール航空国際カップを制し、待望のG1ウイナーに輝いたコスモバルクが、今度は悲願のJRA G1競走制覇に王手をかけている。

コスモバルクは既にJRAではG2を2勝、G3を1勝挙げているが、G1は過去9戦するも2着2回(04・皐月賞04・ジャパンカップ)が最高。

一時は「理不尽」な規則により天皇賞への出走ができないことにより、中央移籍の話も上がったが、岡田オーナー代行がきっぱり否定。

また、一時は主戦の五十嵐冬樹騎手を降ろして1年間、他の騎手で戦ったことがあったが、結果が伴わず、昨年の有馬記念では1年ぶりに五十嵐騎手に戻したが、直線で一度は先頭に立ち、ハーツクライ、ディープインパクトを大いに苦しめるレースで4着と健闘したこともあり、その後は五十嵐騎手を鞍上にまた据え、そして5月のシンガポール航空国際C制覇へと繋がった。

それにしてもこの馬は本当にタフ。これまで大きな故障をして戦線を離脱したことがない。

しかもこの馬はダートがほとんどダメな馬だし、地元のホッカイドウ競馬でレースを行うこともすっかりなくなったので、レースといえば毎回長時間輸送。しかも海外遠征も2回こなしているというのに、出走にこぎつけられないといった体調の変調をきたしたことがない。

やはり、ビッグレッドファームにおける「外厩調教」が功を奏しているといってもいいわけなんだろうが、国内でこの馬の評価がいまだ分かれる状況なのは、やはり、JRAのG1レースをこれまで勝っていないことにある。

地方所属の馬は、地方場で行われた統一G1レースを勝ったケースはこれまで何度もあるが、JRAのG1レースを過去に勝ったケースといえばこれまで99年のフェブラリーSにおけるメイセイオペラだけである。

しかもメイセイはダートだった。芝のG1レースを勝った馬はこれまで1頭もいない。

コスモバルクも一昨年の皐月賞では1番人気に推されたが、勝ったダイワメジャーの「うまい」競馬にしてやられて2着に終わった。思うに三冠レースでは皐月賞が一番チャンスがあったと思われただけに、なんとも残念な結果であった。

その後はG1レースではJC2着がある程度で、レースを重ねるたびに惨敗の繰り返し。地方競馬不要論を唱えるマスコミからは、

「中央へ移籍させれば毎回毎回長時間輸送などする必要がなく、もっといい成績を挙げられるはず。」

「中身はほとんど中央の馬なのに、「地方で調教を積んでも中央のG1を勝てる」という妄想にとらわれ、皆の同情を浴びようとしているだけ。」

とかなり辛らつな批判を浴びたこともあった。

だが、シンガポール航空国際Cはナイターレースながらも、30度を超え、しかも多湿という、馬にとってみればこれ以上厳しい条件下はないながらも勝てたという事実は、逆に毎回毎回の長距離輸送に耐えてきたことが勝利を呼び起こしたのではないかと考える。つまり、中央入りしていたところで、この国際G1レースは恐らく勝てなかったであろう。

さてコスモバルクといえば、2000Mが一番良績があり、過去4戦して3勝、2着1回と3着以下に落ちたことがない。

マイルだといささか流れに対応できず、2000Mを超える距離だと距離がいささか持たない傾向が見られるこの馬にとって、秋の天皇賞は昨年出走叶わなかったこともあり、また来年出走できるかどうかも分からないだけに、今年が最初で最後のチャンスかもしれない。

得意の2000Mで今度は悲願のJRA G1レース制覇へ。ましてやディープ、ハーツという「二枚看板」不在の今回は絶好のチャンス。そして、経営不振がいまだ続く地方競馬界に新たな風をもたらしてもらいたいものである。

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燃えよ!ファイターズ?

2006-10-26 22:46:36 | スポーツ

北海道日本ハムファイターズが当時は東映フライヤーズだった1962年以来、44年ぶりの日本一に輝いた。

62年の東映は阪神タイガースと対戦して、1・2戦を落としたものの、あとは4連勝して日本一となったわけだが、その当時の話を南海ホークスファンだった私の親父からよく聞かされたものである。

「当時はなぁ、東映は神宮が本拠地で、川上(哲治)が監督をやることになって巨人を放り出された水原(茂)が監督やってたんや。」

「オレも当時は東京支店におって、支店長も南海ファンやったからよう一緒に神宮行ったけど、南海はいっつも勝ってたわ。東映なんかに負けるかい!」

「ここのオーナーの大川っちゅうオッサンは「背番号100番」つけとったわ。」

ま、その年はたまたま東映がパリーグを制し、はたまた日本一になったんでしょうなぁ。

しかしながら当時の東映というのはなかなかに強いチームだったみたい。

張本勲、大杉勝男は、「本当の」本拠地であった駒沢球場をもじって、

「駒沢の暴れん坊」

と言われ、他にも白仁天、毒島章一らの強打者もいた。

また投手では、草野球の経験しかないにもかかわらずプロ入りを果たした土橋正幸と、現在も日本野球界屈指の速球投手として語り継がれる尾崎行雄の両エースが大活躍して神宮移転後すぐの62年に初のリーグ制覇、そして日本一に輝いた。

しかしその後は映画産業の斜陽化、加えて黒い霧事件などに巻き込まれて観客動員が落ち、経営困難に陥った。また、背番号100番の名物オーナー・大川博氏が死去したことに伴い、東急フライヤーズの流れを汲む同チームであるが、東急の総帥・五島慶太(強盗慶太の異名を取った)氏の長男・昇氏と盟友だった岡田茂氏が東映社長に就任するや、あっさり売却されることになった。

その後は日拓となるもわずか1年で売却。74年に、これまた名物オーナーと後になる、大社(おおこそ)義規オーナーが、当時人気が著しく低かった日本ハムファイターズの観客動員を何とか増強させようと、子供にもファンクラブの会員を認めさせたり、はたまたその子供たちは無料で入場できたりと、当時はまだ、大人の男が見るスポーツだったプロ野球を今ではすっかり当たり前となった、「家族連れ」でも楽しめる環境に仕立て上げ、日拓時代は人気のないパリーグでも観客動員が低迷していた日本ハムをなんとパリーグ観客動員数第一位にあっという間にのし上げた。

しかしながら、

「日本ハムが客が入るのはタダ券をばら撒いているから。中身は弱~い球団なのに。」

と陰口を叩かれたことも。

しかし、「親分」と称された大沢啓二氏を我慢強く大社オーナーは監督に据え、5年後の81年、江夏豊をストッパーとして、また、15勝負けなしの間柴有茂を先発の柱として、また打線ではソレイタが大活躍したが、主として「守りの野球」を試みて2度目のリーグ制覇を成し遂げた。

そして大沢「親分」は監督を退いた後も球団常務に君臨し、大社オーナーの「右腕」として球団運営に長く携わることとなる。

しかし翌年、プレーオフで当時新興球団にすぎなかった西武ライオンズに敗れ、西武としてのリーグ初優勝を許す。そしてそれ以後は西武の黄金時代。

ところで私が東京にいた頃、メトロ(営団地下鉄)の営業案内図には必ず日本ハムの割引入場券がついていた。

それでもって私はウインズ後楽園にもよく行ってたものだから、東京ドームの側は必ず通った。すると決まって日本ハムが試合をやっていた。

でも東京ドームといえば、私は野球にあまり興味がないものだから、入ったことといえば、巨人VS阪神戦と競輪のイベントぐらい。今思えば割引券があったことだし、入っておけばよかったかなぁ?

2年前、日本ハムは本拠地を東京ドームから、札幌ドームへと移転。当初は札幌に以前から縁が深かった西武の札幌移転話が濃厚だったが、大社オーナーの決断により、日本ハムが移転を決めた。但し移転初年度は東京ドームで試合を行うことも多かった。

思えばその2年前、私は翌日の岩見沢ばんえい競馬行きのため、札幌市内のホテルに泊まることになり、その行きのタクシーでのこと。タクシーの運ちゃんが、

「いやぁ、明日巨人が来ますよ。」

と開口一番。

「えっ?北海道いうたら、日本ハムやないんですか?」

「いや、まだまだ北海道は巨人だよ。それで巨人と一緒に日本ハムも応援しようか、という程度。」

とのことだった。今じゃ巨人なんていう人はほとんどいまい。

日本ハムは今や北海道の人の注目を一心に浴びるようになったが、やはり、新庄剛志の電撃的入団が一番影響している。

もともと小笠原道大や田中幸雄といった「生え抜き選手」程度しか知られていなかった日本ハムだけど、新庄の加入はあらゆる面において日本ハムを大きく変えた。

それでもって、中日ドラゴンズの応援歌に「燃えよ!ドラゴンズ」というものがある。1974年に初めて登場し、その当時は板東英二が歌っていたが、

♪1番高木が塁に出て、2番谷木がバントする

3番井上タイムリー、4番マーチンホームラン♪

という節で、基本的にはこのフレーズは今も「変わっていない(「バントする」のところが今では「エンドラン」に変わっている)」。

だが、まさに日本一となった日本ハムファイターズこそ、その節に相応しいフレーズを使えるのではないか。

♪1番森本塁に出て、2番田中がエンドラン

3番小笠原タイムリー、4番セギノール、ホームラン♪

「いいぞ、頑張れ、ファイターズ!燃えよファイターズ!」

っていう節がまさに相応しいものになってしまった・・・

ということは、「燃えよ!ドラゴンズ」の節の「お株」を奪われては、中日も「どうしようもなかった」というわけか。

とにかく、北海道に移転して3年目で日本一は立派!おめでとう!北海道日本ハムファイターズ!

ところで新庄、まだ試合終わってないのに泣くなよ!

これは「張さん」に「最後の」

「喝!!」

を入れられるのは必至。

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「サテライト梅田」の話

2006-10-26 02:17:28 | 競輪

ってまだあったのか?

赤旗の近畿版に、「サテライト梅田」の話が書かれていた。それによると。

・場外車券場反対に署名31000名

・「No!Keirin!」

そして、大阪市議会議員選挙に立候補する共産党の予定者が、既に開設されている「サテライト横浜」を視察してきたとのこと。すると、こんなことが分かったとか。

・客層が変わってビルのテナントは減少

・コンビニで万引き率が従来の5倍

・レースを中継する飲食店が増えたばかりか、道端に新聞、空き缶が散在。治安も当然悪化。

・サテライト横浜の会員の2%は暴力団関係者

・サテライト横浜に同居していた診療所は閉鎖

で、結局、サテライト横浜における周辺地元商店街には何のメリットもなかったんだとか。

ま、サテライト横浜って規模も小さいし(ぴおシティの9・10階)、しかもその道は日ノ出町にあるウインズ横浜にも通ずるものであり、もともと治安云々はよくなかったというべきであろうが。

さらにいえば、私も何回かこのぴおシティ(もちろん、サテライトができる以前)に行ったことがあるんだが、はっきりいって、既存のテナントだけでは商売にならないところだと思った。

そもそも桜木町といっても、客の大半はみなとみらい方向へと進んでしまって、ランドマークタワーとかクイーンズスクエアあたりは土日にもなれば人で一杯となるが、ぴおシティは野毛・日ノ出町方面にあたり、もともと主力の客層とは、ウインズだということ。

さすれば、ウインズ横浜にも行かねば、筋は通らないことにはならないか。

しかもこの間行われた共同通信社杯におけるサテライト横浜の入場者といえば4日間で2700名弱で、この数字はサテライト阪神サテライトあだたらとほぼ同じ数字である。さらにこの4日間というのは、土日祝が重なっての数字。

この程度の数字で一気に治安悪化となるものなんだろうか?というか、治安云々を言うんであれば、ウインズがあったときから、というしかなかろう。

そして、みなとみらいは今や、東急が従来あった桜木町駅を廃止して地下に潜り、「みなとみらい線」として乗り入れることになった。これで渋谷-みなとみらい間が直通で行けることになり、ウインズはもとより、サテライトがなければ、野毛方面はますます寂れる一方ではないのか。

一方、サテライト梅田を予定しているのは「ゲートタワービル」だろう。

フルルKansaiにも書いたことがあったが、ゲートタワービルはもはやテナント入居者がほとんどいない状態。したがってゲートタワービルは全面、サテライトに使用される予定のはずである。

確かに梅田から少々外れている(ほとんど福島)とはいっても、その梅田からは歩いていけるし、毎日新聞のすぐ横に存在する。ま、ウインズ横浜同様、ウインズ梅田の道すがら、行けるところでもあるかもしれない。但し横浜のそれよりは遠い。

まぁ、競輪の場外という話になると、

「青少年犯罪の温床になる」

「子供やお年寄りが歩けない街になる」

という声はどうしても出てくることだろう。

しかしながら、「やはり」地元の中には、サテライト梅田に賛成する声もあるそうなんだけど。今のままの福島では寂れる一方だから歓迎するっていう話もあるみたいなんだが。赤旗はそうした声は載せないね。

ところで、大阪市内における競輪の場外って、もう日本橋のワシントンホテル側に「決まった」んじゃなかったっけ?また「キタ」に作るの?

客のパイが少ないというのに、大阪市内に競輪の場外なんか2つもいらんだろ。東京でさえ、ラピスタ新橋の1つだけしかないというのに。

大阪ってほんとうにまとまりのない街だなぁ、って、こうした内容は本来はフルルで書くべきことなのかもしれないが。 

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ぶっちぎりの青春

2006-10-26 00:00:59 | オートレース

♪愛と 希望の 夢を抱きしめ キューポラのあ~る 街をみつけた♪

という歌い出しで、とりわけ川口オートのファンならば誰でも知っている「ぶっちぎりの青春」という歌がある(ちなみに私は、別に歌い手が代わったとかいうわけでもないのに、これのCDを2枚、カセットを1本持っています)が、そのサビの部分といえば、

♪ああ~ ぶっちぎりの 青春が~♪

となり、もし1番の節ならば、

♪命とともに 命とともに 燃~えている♪

となる。

ところで、今まさに、その「ぶっちぎりの青春」を地で行く選手がいる。

田中茂

師匠は、いつも?竹刀を持っては、

「おう!しばいたろか!!」

と本当に弟子連中をぶっ叩いていたという

「怖~いオッサン」

で、浦田信輔の他、地区は違えど、岡部聡の師匠でもある桝崎正(第一回 スーパースター王座決定戦優勝者)氏だとか。

それにしても、オートレースグランプリ船橋オート祭の優勝戦における田中の強さと来たら、もう手がつけられない、というような形容がピッタリ。

スタートはどちらかというと遅い田中は、デビュー時は同期の久門徹や後輩の荒尾聡の後塵を拝していたときがあったが、一昨年にタイヤのマイナーチェンジが施されてから一気に久門、荒尾らを追い詰めるようになったばかりか、オートレースグランプリ回顧のときにも書いたけど、ついにはスランプ状態となった兄弟子・浦田をも抜き去り、浦田よりも10後ろでレースを行うようにもなった。

その後浦田が「復活」して今年上半期の大活躍ぶりは記憶に新しい「はず」なんだが、もうその兄弟子の活躍ぶりがどこかに消えてしまったかのようなここ3場所のぶっちぎりぶり。

久々に現れたオート界の「常勝選手」の域にほぼ近づいている。

25日行われた山陽G2、若獅子杯優勝戦。ここでも田中はまたしても「ぶっちぎり」。とりわけ1周目において、またまた「2車抜き」とはねぇ・・・

http://www.autorace.or.jp/netlive/sanyou/asx/20061025/sanyou_20061025_12.asx

12R 若獅子優勝戦 4100m

走路情報 天候: 晴 15:53現在 走路状況: 良 走路温度: 31.0℃ 気温: 21.0℃ 湿度: 62.0%

1 8 田中  茂 S・アーロン 10 3.31 3.360 0.15
2 5 森  且行 メジャイ 10 3.33 3.384 0.12
3 6 青木 治親 キツネFOX 10 3.32 3.384 0.18
4 7 岩崎 亮一 アルルカン 10 3.35 3.401 0.10
5 4 金山 周平 イダテン122 10 3.35 3.404 0.09
6 2 満村 陽司 バクオンコゾウ 0 3.34 3.417 0.13
7 1 間中 大輔 インマヌエル 0 3.38 3.422 0.14
8 3 丹村 飛竜 ヘビスネーク 10 3.34 3.428 0.15

周回・順位 1位 2位 3位 4位 5位 6位 7位 8位

ゴール線通過 8 5 6 7 4 2 1 3
8周回 8 5 6 7 4 2 1 3
7周回 8 5 6 4 7 2 1 3
6周回 8 5 2 6 4 7 1 3
5周回 8 2 5 4 6 7 1 3
4周回 8 2 4 5 7 6 1 3
3周回 2 8 4 7 1 5 6 3
2周回 2 1 8 4 7 5 6 3
1周回 1 2 3 4 7 5 8 6

払戻金

2連単 8 - 5 1,010円 ( 5 )
2連複 5 = 8 880円 ( 4 )
3連単 8 5 6 2,960円 ( 6 )
3連複 5 6 8 980円 ( 3 )
ワイド 5 = 8 390円 ( 5 ) 6 = 8 220円 ( 2 ) 5 = 6 680円 ( 8 )
単勝 8 360円 ( 2 )
複勝 1 着 8 100円 ( 2 ) 2 着 5 260円 ( 3 ) 3 着 6 260円 ( 3 )

オートレースといえば、つい5年ほど前までは片平巧の「必殺の7車抜き」が全盛となり、片平はどんな状況であろうと1周ごとに1人、また1人と抜いていく天才ぶりを発揮した。そして、片平が積み重ねたSGタイトルはなんと16。

その片平の時代を終焉においやったのが浦田。

2000年のオートレースグランプリ、2001年の全日本選抜ではいずれもほぼ勝利を確信しながらも最終バック過ぎにいずれも片平に「大逆転」を許し、優勝を持っていかれてしまった。

だが、2001年の山陽・オートレースグランプリではついにヒタヒタと追い上げる片平を抑えて優勝し、続く日本選手権も制覇。しかしながら浦田はその後、セッティングに苦しんで極度のスランプ状況に陥る。

そしてここ数年は高橋貢、池田政和がSGタイトルのたらいまわし状況にほぼしてしまったが、2人ともその間、「常勝」ということでもなかった。

それが証拠に、高橋、池田の2人は予選だとか、はたまた一般戦の優勝戦では取りこぼしも多く、中には、

「高橋はこのレースは「やらない」から」

「池田はヒラはいつもすっとぼけるから」

といった声も聞かれる始末。

したがって片平以後は本当に「常勝」と呼べるような選手は「いなかった」というわけ。

だが、田中については、今や出れば「勝ち」といった印象。こうした選手は今や他競技でもなかなか見られなくなったが、ということは、久々に現れた公営競技界の「スーパースター」に近い状態にあるともいえそう。

オートレースの場合、練習は開催前日から開催最終日の朝までしか基本的には行うことができないため、開催がない日は手持ち無沙汰の状況になるわけで、その間、パチンコに興ずる選手が多いと聞くが、田中はなんとパワー系のアスリートよろしく、ランニングやウエイトトレーニングといった「練習」を行って、基本的には「遊び」を入れないということらしい。

まぁ、オートレースも確かに「スポーツ」だからねぇ。それと高速で500Mのバンクをグルグルと周回するから、とりわけそれを10周するなんてことになれば普通に考えたらそれはもう「ヘトヘト」の状態となろう。

ロードのモト選手は、トップクラスはオフシーズンともなればそれこそパワー系選手同様のトレーニングを行うのが常だそうだが、田中もそうした部分に倣ったのかもしれない。

さすれば、他の選手がそうしたことをやっていない以上、どんどん勝っていくのはあたり前ともいえそう。

もちろん、11月1日から行われる日本選手権オートレースももちろん現時点では大本命。それどころか、年末のスーパースターも今から大本命だろう。

高橋貢がああなり、池田政和も今年はスランプに近い状況だし、浦田信輔にも上半期の勢いが今ないとなれば、田中を破る選手はどう考えても見当たらない。

そして田中の「常勝ぶり」はひょっとすると公営競技界が忘れていた、

「こいつが出れば間違いなし」

という盛り上がり方を覚えさせるのかもしれない。ま、こういった「常に勝つ選手」は私はだぁーい好きである。

とはいってもまだ田中に儲けさせてもらったことは一度もないばかりか、田中が初めてG1を優勝したダイヤモンドレースの当日、私は飯塚にいたんだけど、序盤のレースでスカタン連発となって次第に機嫌が悪くなり、ついには、

「もうやめじゃい!」

と言って途中で帰ってしまい、田中の優勝のレースを見ることがなかった思い出が。

まぁ、このあとの日本選手権、スーパースターあたりで儲けさせていただければ・・・

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濱ちゃん優勝

2006-10-25 10:32:26 | 現場レポート

                (写真は笠松競馬HPより)

24日、園田競馬場へ。

この日は先月誕生月ながらも、ポイントカードのリーダーライター機が存在しない姫路での開催ばかりだったため、

「9月の誕生月の方は10月中に案内所に申し出ていただければ誕生月ポイントとして10ポイント加算いたします。」

との話につき行った次第。

ちなみに園田のポイントカードの特典は

・20ポイント溜まったら「出石そば」など概ね350円の商品

・30ポイントで「岩海苔」など概ね500円の商品

・50ポイントで園田独身騎手ユニット、「アドノスセブン」のストラップなど

・80ポイントで指定席招待券

・100ポイントで騎手との写真パネル

ということになっているみたいだ。

私は園田にある「兵庫県物産店」において、前々から出石のそばを買っていたので、それが交換できるというのはありがたい話であり、既に1回交換してもらったことがある。

ところで80ポイントで指定席招待券とのことだが、これははっきりいって園田に通いつめている客でない限りはほとんどムリ。というか、「園田・姫路指定席スタンプカード」というやつがあって、これを10個溜めれば1回「タダになる」ので、こちらのほうがはっきりいって「得」かも。こちらもこの間、1回全部溜まったので、タダで入ったことがあったが。

ちなみに私は、この園田のポイントカードとか、はたまた指定席スタンプカードというものができてから俄然、園田へ行くようになった。それ以前ははっきりいって正月とかお盆とかGWぐらいしか行かなかったが。

それに指定席もソフトドリンク飲み放題。また平日だと客入りも少ないのでゆったり。但し年末年始やGWあたりの日になると、飲み放題のソフトドリンクはあっという間になくなってしまいます。ご注意を。

また、園田一の予想屋、大黒社も、

「じゃ、これもっていって。」

ってアメを必ずくれるようになった(姫路ではなし)し、まぁ、園田も随分変わった?し、また大変これらの面からすると行きやすくなった。しかし。

馬券は取って損ばっかりになってしまったねぇ・・・

大黒社の予想を参考に、競馬キンキの予想も絡ませて馬券を買うやり方で、今年の上半期においては、儲け話がほとんど?だったのに、先月の姫路、そして今月の園田「2戦」は取って損ばかり。この日も。

大黒社の話では、

「前半は荒れん。後半はおもろい」

という話だったし、私もメインとなるWSJS選定レースは本命サイドに落ち着きそうと思った上に、新人騎手ばかりのレースである9レースがキンキを見るとかなり印が割れていたし、しかも大黒社お得意の、キンキの無印馬をドーンと穴馬抜擢しているレースがこの9レース。ちなみに大黒社は4番を穴馬に抜擢。それまで休憩。

そして9レース。その4番に注目していたんだが、スタートの出は良かったんだが、先手が取れず。何かこの表現だと、とある方ではないが、

「おーっと!●●騎手、どうしたんでしょうか?先手がとれませんでした!」

といいたくなるんだが、それは力のある馬だからこそ。ま、4番にはそんな力はないわ。

レースは買ってない「西島」騎乗の10番が逃げて粘る展開。

「おい、ペリ(競艇の西島義則選手を指すあだ名?)!早く垂れろ!」

と言って、その馬はG前直前で下がったんだが、結局、キンキの本命・対抗決着。ああ~。

もう今日はこれでやめや。

さてメインのWSJS地方代表選定10レース

盛岡で2戦が終了時点で、トップは笠松の濱口楠彦、2位はホッカイドウの山口竜一、3位は今やMr.地方競馬の内田博幸となっていたが、この3人の騎乗馬が激しいデッドヒートを展開。

人気薄の今野忠成騎乗のキクノブラックが快調に逃げ、大逆転を狙う的場文男のビュシュロンが3角で大捲りを敢行するも直線で伸び切れず。一方、山口騎乗の3番人気・スキャターザダイヤが4角で番手に入って直線で抜け出しを図る。しかし中を割って濱口騎乗のロゴス、さらには1番人気の内田騎乗のジョウショーカムイが外から突っ込んでくる展開。しかしスキャターが他を退けて勝ち、ジョウショー2着、ロゴス3着。

というわけで、この時点で濱口と山口が46Pで並び、内田が40Pで3位。4位の30Pで的場がつけ、優勝争いはこの4人に絞られた。そして最終レース。

このレース、断然1番人気の高知の赤岡修次騎乗のバンブーフリットが圧勝したレースだったが、上位陣はどうだったかというと、濱口が初手から3番手争いをしているのに対し、山口、内田の両騎手はお互い牽制しあう形でなんと最後方及び後方から2頭目。先手必勝の園田でこの位置となっては、着を拾うのは難しい。

結局、内田は直線で6着には持ってきたが、46Pどまり。そして、馬券どころか、着順掲示板にすら絡まないシーンで「ドラマ」が。

懸命に山口が追ったんだが、わずかに半馬身差、濱口が「先着」。そしてこの半馬身差が優勝と2位争いを決定付けるものになった。50Pで濱口が49Pの山口を押し切り、第二回のWSJS地方選定総合優勝。さらに年末、阪神で行われるWSJSの地方競馬騎手代表として、JRAに推薦されることが決まった。

http://www.keiba.go.jp/topics/2006/1024.html

指定席で見ていて、

「オーッ!濱ちゃんの「勝ち」やな」

と思って、確定前に早速大黒大師匠のブログにコメントを入れたところ、大師匠はこの結果を知るや、CS放送を見て号泣したとか

「ホンマは今日は休んで園田行きたかった。それに今日は自分で馬券買うて大損食らったし。でもBODの話やと大黒社はスカタンばっかりやったそうやし、濱ちゃんが優勝したんで、ああ、よかった!よかった!」

とのこと。

私もこの濱口騎手については、よく笠松へ行く関係上、なじみの騎手でもあるし、また、競輪の同じ「濱口」姓の高彰選手と風貌や飄々さが似ているので、2人は「兄弟なのか?」といつも思ってたりしていたもの。

濱口騎手といえば、スズノキャスターが主な騎乗馬だったかな。

ま、WSJSは濱口楠彦が地方代表として出場することになりました。

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局面は「廃止した場合どうなるのか」へ

2006-10-23 18:25:34 | 競馬

実は今回お送りする内容のものは、先週にアップしたかったんだが、ディープインパクトの問題が出てきたものだからできなくなってしまった。

大詰めの様相を呈してきた岩手競馬存廃問題。

増田知事は9月の県定例議会で、天災時等、緊急時に必要となる財政調整基金など主要3基金を用いて競馬救済に充てると表明したが、当然のことながら、では宮城県沖地震など、将来的に懸念される大災害があった場合に対応できるのか、といった質問が相次ぎ、「他の自治体もその基金はかなり取り崩している」と回答するのが精一杯。中には、

「これって、マネーロンダリング(資金洗浄。悪いことをやって得た資金を「全う至極な」形で得た資金という形に変えてしまうやり方。架空名義口座がその典型。また、マフィアの常套手段)のようだ。」

という声まであった。

そして依然として岩手競馬の再建は実質的に流動的であり、議会でもついに、廃止になった場合はどうなるのかの試算を出せ、と迫り、増田知事がこう表明している。

http://www.iwate-np.co.jp/news/y2006/m10/d17/NippoNews_10.html

そして、本年度も競馬組合はどうやら赤字の様相。というのは、売却を予定していたテレトラック種市と釜石を購入する希望者がおらず、入札不可能となったため、その売却益を充てこめなくなったからだ。

http://www.iwate-np.co.jp/news/y2006/m10/d16/NippoNews_9.html

また、本業のほうももちろん振るわない。

Yahooニュースより。10月12日付

岩手競馬の今年度の発売金額は9日まで延べ83日間で185億4900万円で前年比4%、計画比では14%下回っていることが11日の県議会農林水産委員会で県側から示された。競馬組合では単年度黒字を07年度以降の事業存続条件とする存廃基準を示しているが、相変わらずの苦戦ぶりは競馬再建の道のりの厳しさを示している。

 施設別では県内施設が発売金額89億1600万円(前年比11・5%減)、県外施設が41億4800万円(同12・9%減)、他主催者と連携した広域発売が54億8500万円(同22・7%増)。広域発売での好調が続く一方、前年比14・2%減の31億6300万円と大きく減少している水沢競馬場など「主戦場」で苦しい状況に陥っている。しかも今年度の発売金額には多額の売り上げが見込まれるG1「南部杯」の7億2800万円が含まれているが、比較対象となる前年の数字には南部杯分の6億9500万円が入っていない。前年の開催が今年より遅かったためだが、これを考慮すれば前年比ではさらに約3ポイント悪化するという。【林哲平】

 


南部杯の売上げはどうやら若干昨年を上回ったみたいだが、焼け石に水にもならない程度のもの。また、来年4月には岩手県知事選挙も控えており、増田知事が競馬問題にどこまで付き合い切れるのかといったことも懸念せねばならない。

県議会としては県競馬組合のこれまでの杜撰な経営体制を踏襲する以上、岩手競馬の将来的な発展は望めず、来年度の単年度黒字転換化は凡そ困難と見ている。そして、県首脳部もその問いに対する答えが次第次第に尽きていっている様相。

はっきりいって、もう岩手競馬の問題は岩手県レベルでは凡そ解決するのは困難。となれば、ここは「超党派」ではないが、JRAの積極的介入こそが求められているはずなのだが。

だが、実態はきわめて閉鎖的な体質のJRAが、岩手競馬の借金分を肩代わりしてまで存続させてやろうという気概はもちろんないわけで、また、JRA寄りのジャーナリズムといえば、明らかに地方競馬不要論者が圧倒的。むしろJRAが岩手の問題に突っ込めば、自らの首を絞めるようなものとさえ「力説」する有様だ。

しかし、JRAがこの7月より実質的に下級条件クラスの馬の「リストラ」を奨励するかのような条件及び収得賞金額の変更を行うようになったが、要は地方競馬がなくなればなくなっていくほど、リストラ加速の憂き目にあった馬は行き場を失ってしまうわけで、JRAとて、結果的には自身のレースの質を落とす羽目になり、ひいては売上げだって長期低迷傾向から脱却できないのではないか。

少なくとも私の目から見れば、いわゆるヒラのレースとなると、地方競馬のほうが展開がはっきりしていて分かりやすく、また競馬といえばヒラのレースのほうが断然多いわけだから、必然的に地方のレースのほうが買いやすいということになる。

一昔前までは確かに重賞を新設すればするほど稼ぐことが出来た。しかし今や重賞競走は明らかに飽和状態で、しかもレース内容もマンネリ化の様相をぬぐえない。

ところがJRAは、根幹となるヒラのレースをさらに「大雑把」なクラス分けをもってして変えてしまい、明らかに大味な内容のレースを増産し続けている有様だ。

私自身は、JRAのヒラのレースは今やサイコロバクチみたいなものに成り下がっているので、もう買うべきではないと思っている。となれば、JRAの場合だと、もはや特別レース以上のレースしか勝負できるレースはないということになる。

逆に地方は重賞レースは展開もそうだし、内容も大味な傾向が見られるが、ヒラの場合だとクラス分けが細分化されていて、割と拮抗のメンバーが組まれる場合が多い。つまり考え方一つとらまえれば、地方のほうが長い目で見て、競馬ファンが食い入ることができるレースが多いのではないかと思うわけである。

話は岩手に戻すが、もし岩手が廃止なんてことになれば、馬産地競馬だからといって多額の赤字を我慢し続けざるを得ない状況に陥ってしまっているホッカイドウ競馬も「あっさり」廃止なんてことになりかねない。

さらにいえば、南関東の競馬はホッカイドウ競馬出身馬に頼るところが今でも大きい。となれば、地方競馬はもはや、南関4場しか残りえないとまで言われているけど、南関4場とて背景的には危ない状況となりかねない。

だが、岩手はもう、「廃止した場合はどうなるか」の論議に移りつつある。

http://www.iwate-np.co.jp/news/y2006/m10/d21/NippoNews_6.html

今や県内問題としては一番の心配ごとになってしまった岩手競馬問題。競馬ファンの中にも、

「廃止は仕方ないのかも。」

という声が上がっている中で、今後も存廃線上の激しい論議が岩手県内で繰り広げられそうだ。

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