公営競技はどこへ行く

元気溢れる公営競技にしていきたい、その一心で思ったことを書き綴っていきます。

決定!2006 公営競技MVP

2006-12-31 01:42:26 | 公営競技MVP

まずは特別賞の発表です。

特別賞は、

ばんえい競馬存続を支え、信じた有志一同の皆さんです。

 

続いて、レースオブザイヤーの発表です。

 

レースオブザイヤーは

 

スーパースター王座決定戦3日目トライアル戦です!

 

さあ!いよいよ2006年公営競技MVPの発表です!

2006年のMVPは・・・

・・・

・・・

佐々木竹見元騎手が打ち立てた年間勝利数505勝を塗り替える506勝をマークした他、地方競馬開催場において、10あるG1レースのうち5レースを制覇した、


 

内田博幸騎手です!

内田博幸騎手、おめでとうございます。

副賞、賞金等、表彰の証拠になる類は一切ありませんが、とにかく、2006年度、公営競技MVPは内田博幸騎手に決定いたしました!


 

・とりあえず講評から。

今年のMVP選出については、偉大なる記録を樹立した、内田博幸騎手、ディープインパクト号、田中茂選手の三方を優勢とみて、さらにその中から1つを選べということになった場合、内田騎手が40年ぶりに記録を更新したという点を高く評価。

さらに内田騎手は地方G1では勝率5割という驚異的な記録を収めたことも評価した。よって2006年公営競技MVPは内田博幸騎手に決した。


この号をもちまして、本年の「公営競技はどこへ行く」ブログの更新は全て終了いたしました。本年も多数ご覧頂きまして、誠にありがとうございました。

2007年につきましては、果たしていつ更新を再開することやら・・・

とりあえず、三が日は更新を休みます。

また来年、更新日最初の日にお会いしたいと思います。

では。


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2006 公営競技MVPノミネート

2006-12-30 19:10:13 | 公営競技MVP

この時期恒例となりました「2006 公営競技MVP」、ノミネートの発表です。

・中央競馬・・・ディープインパクトコンビ(競走馬、騎手。春の天皇賞、宝塚記念、ジャパンカップ、有馬記念。騎手(武豊)は拙メールマガジン競馬年間王者)

・地方競馬・・・内田博幸(年間最多勝記録更新の506勝達成。川崎記念、かしわ記念、帝王賞、ジャパンダートダービー、全日本2歳優駿)

・競輪・・・有坂直樹(KEIRINグランプリ06)

・競艇・・・松井繁(オーシャンカップ、賞金王決定戦。拙メールマガジン競艇年間王者)

・オートレース・・・田中茂(オートレースグランプリ、日本選手権、スーパースター王座決定戦。史上4人目のSG 3連覇達成。拙メールマガジンオートレース年間王者)


今年はかなりハイレベルな争いとなりそうです。

また、「レースオブザイヤー」は下記レースの中から選出。

オーシャンステークス(優勝 ネイティブハート)

スプリングステークス(優勝 メイショウサムソン)

兵庫ダービー(優勝 チャンストウライ)

菊水賞(優勝 チャンストウライ)

まがたま杯優勝戦(優勝 浦田信輔)

・スーパースター王座決定戦3日目トライアル(荒尾聡が勝利)

また今年は「特別賞」の発表も行われます。

そして、以下の賞はここで紹介。

-殊勲賞-

・スーパーペガサス(ばんえい記念4連覇)

・松田博資(JBCクラシック5連覇)

・エスケープハッチ(NAR平地競走通算勝利数新記録47勝)

・アンローズ(岩見沢記念3連覇)

・チャームアスリープ(南関東3歳牝馬戦線史上初の三冠馬)

・吉岡稔真(日本選手権競輪史上最多の4回目の優勝)

・一岡浩司(笠松・名古屋予想屋「大黒社」。9月に7万馬券二回的中。11月23日に馬番連勝複式全レース的中)

-特別敢闘選手・騎手賞-

・原田幸哉(競艇史上7人目の19連勝達成)

・小林啓二(オートレース史上2人目の1500勝達成)

・的場文男(大井競馬騎手。5000勝達成)

・宮下瞳(名古屋競馬騎手。女性騎手初の400勝達成)

・坂本東一(ばんえい競馬騎手。2500勝達成)

・藤本匠(ばんえい競馬騎手。2500勝達成)

・岩田康誠(JRA史上最多の年間騎乗回数941回達成)

-特別功労賞-

・吉岡稔真(競輪グランプリ2回優勝、競輪G1 11回優勝の名選手。30日をもって現役引退)

・中野浩一(世界自転車選手権プロスプリント10連覇達成等を評価され、紫綬褒章を受章)

-功労賞-

・國武直司(ばんえい競馬存続にかかる最初の発起人。岩見沢競馬存続はならなかったものの、後のばんえい競馬存続運動に大きな影響を与えた)

ところで、公営競技MVP、レースオブザイヤーは私が「勝手に」決めます。

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KEIRINグランプリ06 回顧

2006-12-30 17:54:04 | 大レース回顧集

毎年恒例、30日に行われる公営競技の総決算レースでもあるKEIRINグランプリ06。今年は、3年ぶりの開催となる東京オーバル・京王閣で行われた。

4・合志正臣がSを取って、このレースを最後に「引退」とスポニチに事前にすっぱ抜かれた3・吉岡稔真を前に入れ、吉岡-合志-8・井上昌己、6・手島慶介-2・後閑信一、7・小倉竜二、1・山崎芳仁-9・佐藤慎太郎-5・有坂直樹の並び。

残りあと2周前に山崎が上昇して吉岡の外に並びかけたが、一度は吉岡は引かない構えだった。しかしジャン前で吉岡スッと引いて後方7番手まで下げる。これで山崎がホームからペース駆け。

しかしバックから手島が捲り、ついに2センターの付近で山崎を捲りきる。そこを外から佐藤、さらに北日本3番手の有坂が中を衝いて手島に襲い掛かり、ついに有坂がG寸前、手島を捕らえて優勝。2着手島、3着佐藤。そして吉岡はついに仕掛けるタイミングが得られぬまま、9着に終わり、17年間の現役生活にピリオドを打った。

今回のメンバー中最年長選手となった有坂。

昨年の第一回サマーナイトフェスティバルでも、中を一気に強襲して勝ち、初代王者に輝いたが、今回もそれを狙っていたかのような戦いぶり。

確かに北日本勢は福島勢を中心として今や競輪界の一大勢力にまで上り詰めたが、はっきりいって、「総大将」と呼べるような選手がおらず、有坂は年齢的にトップ選手の中では年長にあたることから、まとまり感の薄い北日本の大将として睨みを利かす役割を果たしてきた。

高校時代、有坂はスプリントでインターハイ、国体などで無敵を誇り、競輪界入りした後も度々世界選に出場するなど、一時は中野浩一の後継者的な存在でもあった。

しかし度重なる怪我に悩まされ、またそれがたたって、有坂本来持っていたスプリンター能力が次第に鳴りを潜めていった。一方で有坂は自身が武器としていた捲りを半ば封印し、マーク選手として再生を図りつつ、実に「遅咲きの選手」として、昨年はG2、そして今年はとうとうGPのタイトルまで奪取した。ちなみにG1の優勝がない選手がGPを制覇するのは、97年の山田裕仁、04年の小野俊之以来、3例目となる。

今年は日本選手権2着が大きくモノをいい、初のグランプリ出場を果たしたが、一方で静岡、宇都宮の記念を制覇しており、年間通じて波がほとんどなく活躍し続けた。

本人の談では、残るG1を来年は是非獲りたいと語っていたとのこと。来年は常時、1番車での登場となるが、年齢的な問題もあるとはいえ、G1制覇を何とか頑張って果たしてほしい気がする。

手島はタイミングよく捲りをしかけ、ペース駆けしていた山崎をついに捲り切った。惜しくも最後、有坂には交わされたものの、手島もまた、今年はふるさとダービー優勝など年間通じてコンスタントに活躍を果たし、恐らく現段階においては、G1に一番近い選手であるといえる。

佐藤はまたしても絶好の展開を生かしきれず3着。本人が悔しがっていると思うが、来年こそは、「銀・銅メダルはいらない、金あるのみ」と思って臨むことであろう。

さてNHKのグランプリ放送の最後の場面で、吉岡稔真が登場し、17年間に亘る選手生活に惜別の念を語った。

NHKの放送の最中に本人の談話が入り、レース中に涙が溢れてきたとのこと。ま、レース中に涙が溢れてくるというのは非常に問題があるが、何せスポニチの「フライング報道」により精神的な部分を恐らく「狂わされ」、周回を重ねるうちにもう、レースどころではなくなったのではないかと思われる。

しかしGP 2回、G1 11回、 生涯獲得賞金は約17億円あまり。競輪史上五指に入らんという名選手であり、また、競輪に貢献したいう意味においては中野浩一さんに次ぐ存在であり、そして「若いファン」の大半は吉岡の走りにあこがれて、という人が多いことだろう。

その吉岡がついにこのグランプリをもって現役生活にピリオドを打った。そして競輪界はまた新たに吉岡に代わりうる存在を誕生させねばならない。

一方で来年、本当に今20代の若い選手が30代のトップクラス選手を死ぬ気で「追い落とす」ような戦いをしていけば、競輪界の流れは大きく変わる。

吉岡がいなくなる来年は逆に競輪が大きく変わる年であるかもしれない。それを期待して、今年の競輪最大のイベントは幕を閉じることとなった。

(追伸)

吉岡はその後、これだけの斡旋が予定されていた。

出場予定

開催場 グレード 月/日
大宮 G3 1/13 ~  1/16
小倉 競輪祭 1/25 ~  1/28
四日市 G3 2/3 ~  2/6
奈良 G3 2/15 ~  2/18

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2006 公営競技10大ニュース 第一位

2006-12-30 13:14:20 | 10大ニュース

A 「第一位はばんえい競馬存廃問題。まず、なぜばんえい競馬、つまり「ばんば」が一旦は「消滅」とあいまってしまったのか、その経緯を振り返ってみよう。」

B 「まず事の発端は、昨年度、ばんばを管理運営する4市市営競馬一部事務組合が、「ばんえい競馬再生5ヵ年計画」というものを出し、場合にはよっては5年のうちに全廃も視野に入れるべく経営再建を図ったんだが、なんと1年目にいきなり挫折。単年度で7億円もの赤字が出る見通しとなり、帯広開催中の今年1月に、現在の4場持ち回り開催では経営的に厳しいから、開催日数が多い、帯広と岩見沢の2場に集約できないか、というのが事の発端。」

A 「そして今年10月、今年度も単年度で約8億円の赤字が見込まれることになったことから、丁度北見開催期間中に、来年度のことをどうするか、という話になったんだな。」

B 「そこでまず、旭川の「やる気のなさ」が表面化。とにかく、賃貸料をこれ以上下げてくれないの一点張りで、むしろ、「平地競馬があることだし、それに特化してもらったほうがありがたい」みたいな話の流れになった。よって旭川の撤退はほぼ決定的。北見もまた、「帯広との2場開催になったところで、道東だけの開催では客集めができない。」という理由により、岩見沢との2場開催ならば受けるが、なるべくならば、岩見沢と帯広の2場でお願いしたいと、つまり、もう北見もやる気なし、の姿勢。」

A 「帯広は「やる気があるけど、単独開催ではうちは受けられない。」ということで完全に「逃げ腰」。ついに岩見沢の動向が注目を浴びることになり、誰もが岩見沢が来年度も「受けてくれる」と願っていた。しかし!」

B 「「ばんえい競馬のあり方を考える有識者会議」という、岩見沢市長の諮問機関が、「これ以上継続はできない」という答申を出し、市長もそれをそのまま受け入れたんだろ。よって岩見沢は11月27日、正式に今年度限りで撤退を表明。帯広も、「岩見沢がその姿勢ならば、うちもやれない」ということとなり、11月27日、1946年より続いてきた「公営 ばんえい競馬」はその幕を今年度限りで閉じることになった。以上。」

A 「って、まだ終わってないよ!」

B 「本来ならば本当に11月27日で「終わっていた」はず。実は「そこから」奇跡を生んだ。その奇跡を呼び起こしたのは、別にカリスマと呼ばれるような人間がいたからじゃない。ファン、そして全国の有志一同。彼らが「不可能を可能」にさせた。」

A 「馬主会も調騎会も、来年度の賞典費40%カットという話をすっかり鵜呑みにして、「急転直下」となった事態に何も対処できなかった。また、マスコミもまた、今年度限りでばんえい競馬廃止のスタンスを貫き通した。岩見沢市在住の國武直司さんの署名呼びかけも水泡に帰し、「もうダメだ。」となるのは当然。しかし、その当時は「迂闊」な発言だったとしか思えない、砂川市長が、

「民間企業などからの支援など新たな動きが出れば、単独開催も検討する」

と言ったことで、「そこから」、奇跡の「大逆転劇」がはじまった。」

B 「寝首をかかれた格好となった馬主会が、帯広単独開催となった暁には、1億4千万円の寄付をすると申し出た。これは砂川市長が、単独開催ならば、3億円の単年度赤字が発生する見込みという話に基づくもの。」

A 「さらに、矢野吉彦さんら、ばんえい競馬情報局を運営する面々が、「つづけよう!ばんえい競馬」なるサイトを緊急に立ち上げ、やはり、ばんえい競馬を続けるためには「ファンの声」を聞くことが第一だ、ということで、競馬の著名人らも含めて、大勢の書き込みが掲示板に溢れ、矢野さんらはそれをまとめて帯広市に提出した。」

B 「ま、「廃止の急先鋒」とさえ言われた北海道新聞(道新)をはじめとして、マスコミ連は相も変わらず、「今年度で廃止が決まった」という話しかしなかったが、帯広開幕時点で多くの存続を願う人たちは、

「廃止は決まっていない。来年もばんえい競馬は存続する。」

と信じてやまなかった。」

A 「信ずれば報われる、ってこのことなんだよな。その後、テレビ朝日の「報道ステーション」でも約15分程度の特集が組まれたり、はたまたTBS系の「サンデーモーニング」のおなじみ「喝!」コーナーにおいて、2人のオッサンコンビが、ばんば廃止と聞くやすぐさま、

「喝!」

とやってくれたことも今となっては効果があり、ひいては、ばんばのニュースについては全国に広まることとなった。それ以前に、中川昭一・自民党政調会長が帯広を中心とした十勝を基盤としていることもあり、「市長はムチを打ってでも、ばんえい存続にまい進すべきだ。」と表明してくれたことも効果があったということかな。」

B 「とにかく、ばんばを一度も経験したことがない人がほとんどだろう、という中で、「どうして北海道の文化、遺産を潰すのか!」という声が多勢を占めるようになった。そして12月7日に行われた帯広市議会の定例議会で、砂川市長がついに、

「民間企業による支援を今検討中であり、単独開催を視野に入れている」

と弁明。そしてその翌日、廃止のスタンスを一貫して崩さなかった道新がついに「降参」とばかりに、翌8日付に、

「ばんえい競馬、ソフトバンクが支援」

とある意味、「自爆的」としか思えない記事を銘打った。」

A 「ところがこの道新の記事に対し、実は馬主会側も、別のスポンサーを用意していたという話が伝わってきた。ところが道新に「ソフトバンク」とすっぱ抜かれてしまったことにより、

「道新はちゃんと本当のことを伝えないとダメだ」

「帯広市側からの正式表明を待てよ。」

という批判の声が飛び交うこととなった。」

B 「何か、この話を聞くと「嫌~な予感」もしたんだけどな。でも最終的に17日、帯広市はソフトバンク・プレーヤーズと正式に契約することを表明。ついに来年度より、帯広単独開催が決定した。」

A 「ところで、今回の一連のばんばの騒動なんだけど、「急転直下」「どんでん返し」の両極面の事態がたった2ヶ月間の間に凝縮されていたという点は見逃せないな。つまり、ばんえい競馬って、長らく現在の4市競馬一部事務組合が効果的な経営打開策を見出せないまま、実に40億円もの赤字を垂れ流してきたわけだろ。ところが、いざ切羽詰まったというか、窮地に立った場合にもかかわらず、その趨勢がわずか2ヶ月で「決定」されることになったというのは、これは従来型の、行政・馬主・調騎・マスコミという流れでは、とても成就しえなかったことだと思うよ。」

B 「今回の一連の騒動については、とにかく「道外」の人間も含めて、名も知らぬ人間同士が心を一つにした結果、「奇跡を呼び起こした」という点において、公営競技史上稀に見る画期的な事例であるとともに、高度情報化社会の「すばらしさ」を体現することにもなった。」

A 「でも、結局岩見沢はダメだった。國武さんが発起した署名約3万名の書類も、なんと岩見沢市長のところまで届いていなかったという話。もちろん、北見も潰れることになった。」

B 「ま、21世紀に入ってから続く地方競馬場廃止の流れを食い止めることができなかったというわけだな。それと管理人は、「今のままでは、ばんばの行く末は知れている。冬季の間でいいから園田でやれ!」という話を盛んにしていたが、「つづけよう!ばんえい競馬」では無視され、他でも、「園田みたいなバクチ場でやっても仕方あるまい。」という声まで上がり、ま、管理人が希望する園田ばんば開催の実現の可能性は万が一にも「ない」。」

A 「しかし、確かに果たして、今のままではばんばに浮上策というのか、そういったものは「ない」よ。」

B 「ま、「今こそ北海道遺産、文化」を強調して、という話も出てくるわけだが、そんなこと、誰でも以前から知っている話であって、それでずっとやってきてダメだったんだろ。とにかく、ばんばの浮上策っていうのは、北海道だけにとどまらない、全国規模で考えたうえでの策を講じなければならないのは明白。でないと先行きは本当に知れたものとなる。競馬を続けるということはそれこそ並大抵な考え方では務まらない。常に「経営」というものを意識した、身の丈にあった運営を講じていかなければ、結局「どんでん返し」の大シュプレヒコールは、あっという間に尽きてしまうと思うよ。」

というわけで、2006年公営競技10大ニュースは以上全て終了いたしました。

他にも取り上げたいニュースはいくつかありましたが、一応、既に紹介した10の項目に凝縮させていただきました。

とはいっても、まだ今年の当ブログの更新はまだこれで終わったわけではありません。30日のKEIRINグランプリが終わるとすぐに、今度は「公営競技MVP」の選定に入ります。果たしてこちらのほうはいかに?


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2006 公営競技10大ニュース Vol.4

2006-12-30 06:11:55 | 10大ニュース
 

A 「第4位は、飯塚・オートレースグランプリ初日における「大事件」。王者・高橋貢が6年前にマイナーチェンジされて使用禁止となっていた旧型ドライブスプロケット(エンジン側にかかる歯車)を使用していたことがレース終了後発覚し、即日強制帰郷。一時は「永久追放」の噂も飛び交ったほどだったが、丁度、飯塚オートのアドバイザーである松田英之氏がファンからの質問状に対し、「1節程度の、本人とすればちょっとミスった程度かな、といったくらいのもので、あまり大きく騒ぎ立てするようなことではない。」とオートレースグランプリ中継中に返答してくれたことで漸くその「実情」が分かり、結果的には、松田さんの言うとおり、高橋は1節の出場停止処分で「済んだ」。」

B 「しかし出場停止処分を受けた選手はSG等開催の1ヶ年間斡旋をしない処置に該当するため、高橋は来年11月に行われる、飯塚・日本選手権までSGは出場できないことになった。」

A 「ま、高橋自身も事情聴取において、「自分のミスだった」と認めていることから一応の解決は見たが、しかし、高橋ほどの選手が「ちょっとミスった程度」というのはどう考えても腑に落ちないよな。」

B 「確かにそう思う。しかし一方で、実は同じ飯塚で昨年11月に同様の「事件」が発生しており、今回の件も踏まえて、検査員にも見落とした「罪」はあるという意味合いもあって、「意外と」軽い処分になった。」

A 「一方、4月に「3ヶ年間」の出場停止処分を食らった川口オートのベテラン選手、福田茂の場合は故意に不正オイルを競走に使用したということになり、ま、福田の年齢からいっても、「引退勧告」同然の処分を下した。」

B 「一説によれば、福田はオイルだけでなく、部品についても不正使用していたという話もある。これははっきりいってどうしようもない。」

A 「オートレースといえば、4年前に引退した島田信広もそうだし、他にも何人かいるけど、モラルっていうのか、選手にそういったものが欠如しているとしか思えない「事件」が続発しているね。」

B 「結局オートレースって、ファンの競技人口も少なく、また、マスコミに取り上げられる機会も少ない。だからこそこういった「事件沙汰」が結構発生してしまうのかな、と思ってしまう。ま、こんなことが今後も続くようならば、オートレースは間違いなく終わるね。」

A 「3位は競輪ファンにはある意味、「悪評」となった、

♪今日もどこかで大量落車、今日もどこかで、大量落車!♪

キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!!!

にちなんで?競輪大量落車続発。」

B 「大量落車じゃないけど、「大量失格」の件を取り上げたときにはコメント欄が炎上状態となり、管理人も四苦八苦していたみたいだが、それにしても8名落車、7名落車、6名落車っていうケースが立て続けに1月から出てしまったね。」

A 「伊東温泉、松戸が8名。あと、西武園、高知、小田原、函館、奈良、名古屋では7名の大量落車があった。しかしなぁ、8名とか7名って、競輪は3連単売ってるんだろ。ところが7名以上「落っこちたら」、3着争いは「再乗」ってことか?そんなんで3着が決まってしまうなんて、客は馬鹿らしくなってこないか?」

B 「ま、あのコーナーでは4名以上の落車、失格、車体故障にかかる件については取り上げているんだが、最近になって漸く「沈静化の兆し」は見えているんだが、なぜ管理人が強調してあのコーナーを設けているのかというと、他競技で果たしてそんな「デタラメ」なことが頻繁に発生しているのか?という意味合いから。」

A 「一方で客の中には、「落車があることで思わぬ配当を拾った」なんていう声もあるわけだが、もちろんそれは競輪ファンだけの間で通用する話。こんなに頻繁にあっては、例えば競輪はやってないが他に競馬とか競艇をやっているファンからすれば、「競輪は馬鹿らしくてやってられない」と言われるのがオチ。」

B 「とにかく、今の競輪選手って、何か客に対するパフォーマンスというのを履き違えているんじゃないか。広島で7月に発生した「大量失格」の件もそうだが、レースに対するイメージトレーニングというんだろうか、ああ、こんな展開は絶対に避けなければならない、ということが事前にちゃんと頭の中に描かれていない上に、大量落車については、とにかく一応客が見ている手前、「仕事(牽制)しておかねばならない」、というような下手な芝居を打って、それで自爆して他選手を巻き込んだり、はたまたもっと「情けない」のはよそ見落車したりとか、本当に集中力をもってしてレースに挑んでいるのか、といわざるを得ないようなことが頻発しているんだよな。」

A 「しかし、来年以降も続くのかね。あのコーナーも。」

B 「続くだろ。今でも6名、7名落車っていうケースもあるし。一方で誘導ペースの問題とか、はたまた車立てが多いから、ということに起因するという説もあることから、だんだんと競輪を「国際ルール」へと導かざるを得ない、「格好の材料」にもなっているわけだ。競輪選手の大半って、国際(UCI)ルールって嫌いなんだろ。でも仕方ないよな。管理人は「知ったこっちゃない。もうUCIルールで仕方あるまい。」という見方をしているよ。もしそんな見方をされたくなかったら、ちゃんと毎回「完走レース」とするべき。もちろん、「再乗完走」なんていう、「インチキ完走」ではなくてだ。」

A 「2位は、「フライングホース」、ディープインパクトが有馬記念を最後に引退。七冠馬という称号としては、シンボリルドルフ以来の快挙を達成したわけだが、ディープといえば、やはり「あの事件」を取り上げなくてはなるまい。」

B 「イプラトロピウムの件か。日本では禁止薬物には指定されていないが、フランスでは、「体内に存在しない全ての物質の使用を禁ずる」というルールがあり、競馬は国際スポーツなのに、肝心なところが統一化されていないのはなぜか?という議論まで出たが、そんな話以前の問題として、「やってはならないこと」をやれば、当然着順は「剥奪される」ということ。」

A 「しかもイプラトロピウムについては、フランスの獣医より、いつまでが体内残留期間であるという話を事前に説明したというではないか。しかし、JRAから公式にリリースされたこの件の経緯というのは、じっくり読んでみると、不可解な点が結構浮き彫りにされた。」

B 「『ディープインパクトが暴れた際に馬房内に飛散したイプラトロピウムが敷料や乾草に付着したにも拘わらず、それら敷料、乾草を入れ替えずに放置し、競走前日から当日の間にディープインパクトがそれを摂取したことにより尿検体が陽性となった可能性』ということだが、そもそも敷料、乾草って、頻繁に替えねばならないものなんだろ。」

A 「某有名週刊誌の記事では、故意にスタッフが行い、それを指示した人間がいるという話まで書いていたが、多分そんなところなんだろう。ディープは確か凱旋門賞出走3週間近く前に体調が悪くなり、それも重なって今回の「事件」を引き起こした、ということになるんだが、一部には「陰謀説」まで出ていたこの事件については、明らかにディープインパクト陣営のミスによるものと、フランスギャロは断定した。」

B 「結局、何のためにフランスまで行ったかってことになるんだよな。凱旋門賞は確かに勝てなかったが、それでも「世界の3着」。いまだ凱旋門賞というレースは、欧州調教馬以外の馬の優勝がないことを考えると、着順さえ今や残らなくなってしまったのは痛恨の極み。国内七冠馬がかすんでしまうというのも、この事件があったからで、生涯このことはディープにつきまとってしまうな。」


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ヤンググランプリ回顧

2006-12-30 04:56:57 | 大レース回顧集

名選手、山口健治が誘導員を務めることになった今年のヤンググランプリ06

2・佐藤友和が前を取り、佐藤-9・菊地圭尚-6・明田春喜、1・渡辺一成-7・金成和幸-5・成田和也、8・永井清史-3・石橋慎太郎、4・北津留翼。

ジャンが鳴ってもこの並びで一本棒の状態が続いたが、最終ホーム前から渡辺がスパート。しかし佐藤も内で突っ張って渡辺が出切れず後退。さらに永井以下のラインもバック過ぎから仕掛けるも時既に遅し。

佐藤が逃げ込みを図るも、渡辺マークの金成が、最後は強襲して佐藤を交わし優勝。佐藤2着、菊地が3着となった。

一度、A級陥落を経験したことがある金成。

しかし昨年9月に3場所連続完全優勝を決めて再度S級へ。そしてその後はS級シリーズでの優勝などを果たしたり、G1、G2戦線でも徐々に活躍の場を広げ、10月の共同通信社杯も決勝進出を果たしている。

さらに同県には今回マークについた渡辺はもとより、同期で出世頭の山崎芳仁など、金成よりも先行力のある選手が多いことから、必然的にマーク選手としての競走が多くなり、現在では決まり手の7割近くは差し。

今回はG前の伸びが鋭かった。他の「マーク選手」が即席に近い側面があることを考えると、生粋のマーカーというのは金成だけであり、自力型がほとんどであるメンバーが通例のこのレースでは、金成のような選手が一日の長があったということだろう。

捌きもできる選手ではあるが、捲りもかなり強烈なものをもっているだけに、少なくともS級シリーズあたりでは自力も多用してもらいたいもの。

佐藤はよく逃げたが、惜しくも2着。やはりG開催でもパワフルな走りを見せているが、今回もその走りを如何なく発揮した。

不満だったのは北津留翼。

確かにバックではまだ9番手だったものの、佐藤と渡辺がやりあう形という、「絶好の展開」になりながらも、結局何もできずに終わった。

こういった展開でこそ、2センターから捲りで一蹴という、アジア・スプリント王者の貫禄を見せ付けてもいいはずなのにそれができなかったことは問題ありか。


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東京大賞典回顧

2006-12-30 00:19:26 | 大レース回顧集

9・アジュディミツオーの3連覇がかかった一戦となった第52回東京大賞典は29日、大井競馬場で行われた。

単勝1番人気はアジュディミツオーで2.2倍、2番人気は悲願のG1制覇に挑む11・シーキングザダイヤで2.7倍。3番人気は12・ブルーコンコルドで5.0倍。あとは全て10倍以上となり、人気は3頭に集中した。

スタートは予想外にもアジュディは出て行かず、同じ川島正行厩舎の2・ナイキアディライトが出を伺うような形でハナを切り、2番手にシーキング。アジュディは3番手の待機策。その後ろに10・ハードクリスタル、5番手に1・クーリンガーがつけ、4・カフェオリンポス、ブルーコンコルドは中団位置。13・ボンネヴィルレコードは最後方から。

3~4角でシーキングが逃げるナイキを捕らえにかかり、4角では早くも先頭に。一方、アジュディは道中のかかりが今ひとつで、勝負どころでも馬群に揉まれたまま。漸くクーリンガーと並んで3番手ぐらい。ブルーはじわっと漸進していって直線へ。

シーキングが先頭に立って押し切りを図るもいささかスパートが早すぎたか。直線半ばで満を持してブルーコンコルドが先頭に立つと、シーキングは一杯となり、またアジュディも伸びてこない。結局ブルーは後続に4馬身の差をつける圧勝。そして2着はしぶとく内々で我慢の競馬を見せたクーリンガーがシーキングを交わして2着に入り、シーキングは3着。アジュディは5着に敗れる。

兵庫ゴールドトロフィーへの出走も予想されたブルーコンコルドが、ジャパンカップダート大敗の雪辱を期して再度ミドルレースに挑戦。その思いがついに実り、ダート実力ナンバーワンの座を射止めた。

ジャパンカップダートのときは完全に末脚不発に終わり、思うに短距離の差し馬なのかな、と思われたが、今回は前が思ったほどピッチを上げる競走にならなかったことで完全にこの馬のパターンができ、直線でビューンと伸びた。

今、短距離ダート界では、JBCスプリント・マイルと連覇したように無敵ではあるが、今回の勝利が加わることにより一躍、ダートの頂点をも射止めた。

今後もマイル、ミドルの「王道路線」を歩んで、王者に君臨するのだろうか。今開催の大井は差し勢有利ということだそうだが、それにしても強かった。来年も期待したい。

クーリンガーは大健闘。すっかり馬体が白くなり、それだけで道中目立っていたものだが、しぶとく2着をキープしたあたりは歴戦の強者という存在を見せ付けた。今後も交流重賞で活躍してくれそうだ。

シーキングザダイヤはアジュディミツオーよりも先に仕掛けたものの、ナイキアディライトのペースがそれほど速いものでなかったこともあって直線半ばで先頭でゴール線を切るだけの脚がなかった。

アジュディミツオーは川島調教師の作戦で同厩のナイキに「行かせた」形でのレースとなるも裏目に出た。やはりこの馬は行ってこその馬。久々の競馬がたたったとはいえ、終始馬群にもまれる競馬ではこの馬の持ち味は発揮できない。作戦負けに加え、本来のレースがほとんどできていなかった。

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地方競馬この1年

2006-12-29 00:20:11 | 競馬

A 「地方競馬この1年と題すると、レースのことよりもまずは「経営問題」。ま、明るい話って地方競馬の場合はほとんどないからなぁ。」

B 「何といっても一番は「ばんば」の存廃に関することだろう。管理人が公営競技10大ニュースにおいても、ばんばの件については「第一位」としており、そこで詳細を述べてくれるだろうから敢えてここでは詳細は述べないが、ま、ほんと、よく「残った」といえる。」

A 「行政は当然ダメ。地元マスコミもダメに「加担」。普通だったらもう「終わり」だったよなぁ。しかし、「絶体絶命」の危機を救ったのは、ファンというのか、ばんばを何とか存続させようという有志一同だったな。その動きに乗じて、馬主会も調騎会も動き出し、最終的にはソフトバンクが手を差し伸べることになった。これははっきりいって、「画期的なこと」ではないかと思っている。」

B 「元テレビ東京アナの矢野吉彦さんらが立ち上げた、「つづけよう!ばんえい競馬」の中に掲示板があるんだが、「さっさとやめろ」みたいな話はほとんど出てこなかった。つまり、廃止は絶対にダメだ、という皆の強い意志が大きく動かしたという点を見逃せない。」

A 「一方で北見、岩見沢、旭川のばんば開催はなくなるけどな。どちらにせよ、昨年度こそ廃場がなかった地方競馬だけど、北見、岩見沢が廃止されることは間違いない事実であり、またしても「悪い流れ」を断ち切ることはできなかった。」

B 「岩手はなんとか決着を見そうか。」

A 「そうだね。330億円もの特別基金なるものを、盛岡・奥州両市から出してもらうことで累損額を穴埋めしようということなんだが。ま、巨額のカネを投じて穴埋めするわけだから、絶対にもう赤字転落は許されない。しかしつい最近まで、レース映像権料の減額をめぐって、東北映像とかなり交渉で揉めていた。それも決着を見ることになった。ま、4億1千万円減額になったことにより、2007年度についてはとりあえず、赤字転落の可能性はなくなったと見られる。」

B 「しかし今思うに、岩手の競馬問題は杜撰だったなぁ。増田寛也知事の手腕は中央行政から評価されている(今流行というべき「談合問題」などに一切手を染めていないとされている)そうだが、にもかかわらず、増田知事は3期をもって降りることになった。その原因はこの競馬問題。増田知事は「もう疲れた」って言ってたよ。」

A 「園田・姫路競馬を管理運営する兵庫県競馬組合が、2006年3月末時点における財政基金が1億円しかなく、2007年度には完全に赤字転落になるというニュースもあった。」

B 「売上げが今やピーク時(91年)の4分の1程度にまで落ち込み、ま、この数字だけを見るともう兵庫に明日はないという流れだが、しかし、園田って立地条件はいいし、やり方一つでいくらでも蘇生できるような気がするんだが。」

A 「でもこの競馬組合って、何事にもやることが「遅い」ことで定評があり、客が「諦めかけた時点」で漸く動き出すという典型的な役所体質。そして、賞典費も売上げにほぼスライドしてカットを続けているというのに赤字幅が縮小しないという摩訶不思議なところである。」

B 「結局、競馬組合連中の何事にも杜撰な体質ぶりが経営不振の一番の原因なんだろ。 やることが常に遅い、賞典カットしても赤字体質から抜けきれないってことは、相当にムダがはびこっているということ。要は競馬組合ごと、大掛かりなリストラをやれば済むはずともいえる。しかし、理屈は簡単なんだが、実際に兵庫を再生させるためには、色々な問題点が出てきそうだな。」

A 「「負け続けるだけの馬」ハルウララがついに引退した高知競馬であるが、こちらは岩手、兵庫どころの話じゃない。年末年始の開催で、最低でも750万円の黒字を出さないと、「潰れてしまう」らしいよ。ということは新年早々またまた競馬場廃止?」

B 「競馬関係者は「ウララ基金」などといっていたが、もうその頃に蓄えた基金がなくなるってこと。昨年は「地元に恩返しがしたい」ということで、ノーギャラで出演してくれた阪神タイガーズの抑えのエース・藤川球児投手も今年は断ったみたいだし、集客策がないって非常にショックだそうだ。となると、「やばい」な。こりゃ。」

A 「その高知競馬であるが、エスケープハッチが10月1日行われた尾花特別でNAR平地競走馬としては史上最多勝となる47勝目を挙げた。」

B 「ま、高知でアラブといえば、エスケープの他、マルチジャガーという馬もいたが、どうも故障がちなところがあってついに福山競馬を経て引退してしまった。エスケープは次は来年元旦の「高知市長賞」に出走予定で、ここで48勝目を狙うが、一方でこの開催といえば、高知競馬の存亡をかけた開催ともなる。何とかエスケープに奇跡を、というのが競馬関係者の願いか。」

A 「内田博幸騎手が、佐々木竹見元騎手が40年間に亘って日本記録を保持し続けてきた年間最多勝利505勝を12月18日塗り替えた。28日現在、地方454勝、中央61勝の都合515勝を挙げている。」

B 「JRAでのG1制覇は残念ながらできなかったが、地方開催G1だと今年は既に5勝。ちなみに地方開催G1は年間10レースだから、東京大賞典を除く9回で5勝というのは驚異的な記録といってもいい。」

A 「その内田騎手が主戦を務めるアジュディミツオーが29日の東京大賞典で3連覇の大偉業に挑むが、今年は川崎記念、かしわ記念、帝王賞と地方G1を立て続けに勝利。とりわけ好レースと言われた帝王賞では、JRA代表のカネヒキリにぴたりとマークされながらも最後まで詰め寄らせなかった。」

B 「この馬は気難しいところがあるんだけど、気合いが乗れば絶対にバテることを知らない。ま、ダートの強者としては歴代でも五指に入るほどじゃないか。しかしJRAのコースでは良績がないというのは不思議なところ。」

A 「しかし来年、2度目のドバイW杯を目指しているというし、できれば東京大賞典のみならず、フェブラリーSも勝ってドバイへ行きたい、というようなことを言っていた。」

B 「スーパーペガサスがばんえい記念4連覇を達成。2・3連覇目のときは先にミサキスーパーに第二障害を降りられて大ピンチというシーンがあったが、今年は他を圧倒した。」

A 「しかしそのペガサスは5月28日の旭川戦(6着)以後レースに出ていない。来年3月をもって「定年」を迎えることになるが、果たしてそこまで間に合うのか、ということも言われている。」

B 「そうだね。丁度4市競馬一部事務組合が開催する最後のばんえい記念にもあたるわけだが、どうも古傷が癒えないということで、ひょっとするとこのまま引退するのか、という話まで出ている。何とか出走するだけでも、というわけにはいかないものなのかねぇ。」

A 「他にも、チャームアスリープの南関東3歳牝馬三冠達成だとか、的場文男騎手が通算5000勝を達成したとか、また、ばんえいの騎手に至っては、2000勝とか2500勝とかいった節目の勝利数を達成した騎手が5人もいたこと(大河原和雄・2月に2000勝、千葉均・5月に2000勝、坂本東一・6月に2500勝、鈴木勝堤・12月に2000勝、藤本匠・12月に2500勝)が特筆されるところ。あと、アラブの怪物とも言われたスイグンが引退した。それと笠松競馬に女性予想屋(予想師ともいうそうだが)、「なでしこ」が1月から「独立開業」した。」

B 「名古屋の山本茜騎手が今年の日本プロスポーツ大賞地方競馬部門で新人賞を受賞。それと山本騎手は統一G2の浦和記念で、キングスゾーンに騎乗して2着と健闘した。また、茜ちゃんの「大先輩」にあたる宮下瞳騎手が3月3日に通算400勝を達成した。一方で事故にかかる死亡事故も。船橋競馬のベテランジョッキー、佐藤隆騎手が4月25日の浦和競馬で落馬し、その後意識不明の状態が続いたが、8月8日、享年49歳で逝去されたことを訃報として最後に述べておきたい。」


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競輪この1年

2006-12-29 00:18:17 | 競輪

A 「今年の競輪も残すところ、GPとYGPを残すだけとなったが、果たしてどんな年だったのか、振り返ってみよう。まずは競輪祭からだな。」

B 「小倉竜二が7年ぶりとなる同大会2度目の優勝を果たした。小倉は7年前にG1を制覇して以降、すっかりマーク屋稼業が板についた感じもしたが、当時はまだ23歳。この年齢にしてマーク屋一本みたいなレースは勿体無いと思っていた。しかし。」

A 「とにかく後述するが、吉岡稔真「引退」のある意味引き金となったのは、その7年前の競輪祭で、まさかという形で、小倉にG前、ハンドル投げされて負けたことにあった。古いファンだと、高原永伍が日本選手権で工藤元司郎にまさかの追い込みを食らって以後高原にタイトル奪取のチャンスが来なかったというシーンを思い出される方もひょっとしたらいるかもしれないが、そんな感じに似ていた。そしてそれ以後、吉岡はなかなかG1を優勝できなかったし。」

B 「でも今回も小倉は吉岡マークをつかむことができ、吉岡が捲りきれないとみるや一気に中を衝いて優勝した。そして、「しかし」に戻るんだが、小倉のこの7年間というのはとにかく落車が多かったし、一方で自力は完全に鳴りを潜めていた。ところが、ここ数年前あたりから、新人の頃に繰り出していた捲りを多用するようになった。それが功を奏したともいえる。」

A 「そして日本選手権だが、吉岡稔真が「涙、涙」の優勝。ダービー史上最多の4回目、通算11回目のG1制覇、そして99年の大垣・全日本選抜以来のG1優勝を果たした。」

B 「決勝では、最近は逃げることがほとんどなくなった吉岡なのに、なんと自力選手は吉岡だけというメンバー構成となり、最後は吉岡マークをめぐって大量落車が発生したりするなど、吉岡にとってみれば展開上非常に恵まれたこともあって、ついに逃げ切ってしまった。」

A 「でも吉岡は偉いよ。前述した7年前の競輪祭で小倉に負けてから自力では限界ではないかと自分でも思っていて、一時は他力型にイメチェンを図るもモノにならず、やはり自分は自力勝負あるのみ、という信念を貫き通しての優勝だったからねぇ。」

B 「その間も、3年前の共同通信社杯を優勝したりしてはいたんだが、吉岡自身も何とかもう一回G1を獲りたいと何度も思い続けて獲ったわけだからねぇ。しかし吉岡にとって、この優勝が本当にある意味、選手生活としては本望というんだろうか、ひょっとすると、この優勝を最後に引退なんていう噂も出ていたほど。」

A 「しかし吉岡にすれば、その話は年末のグランプリが終わってからという気持ちがあり、これまで「封印」してきた。ところがスポニチにすっぱ抜かれ、引退が「既成事実」となってしまった。」

B 「本当は吉岡本人の口からその言葉を言ってもらいたかったよな。スポニチは明らかに「いらんことしい」をした。」

A 「高松宮記念杯は山崎芳仁と佐藤慎太郎の「添田軍団」の2人のほぼマッチレースの展開となったが、タイヤ差、わずかに山崎が佐藤を退けて優勝。もちろん、88期としては初のG1制覇となったが、これで88期の出世頭は武田豊樹ではなく自分だ、と言わしめる結果となった。」

B 「それにしても、山崎の上半期はトントン拍子だったな。昨年のヤンググランプリを制覇したかと思えば、今年はG2の東王座戦で渡辺一成の番手から抜け出して勝利し、続く熊本記念も制覇。そしてついにG1までゲットしてしまったんだからなぁ。」

A 「通常使用している「3.71」のギアを駆使して、とにかくかかったら絶対に他は捲れないし、あるいは捲ったときにはビューンと突っ込んでくる。ひょっとすると、山崎が以後もタイトルを量産し続けるんじゃないかと思われたもの。」

B 「しかしながら管理人が常日頃から山崎のそのギアの取り扱いについて懸念しているんだが、山崎はまだ20代なのに、「大ギア」に頼る競走にこだわっていいものなのか、ということを盛んに言っている。しかし山崎は11月の伊東記念準決勝、決勝で、さらに大きい「4.00」のギアを使ってきた。かと思えば一気に3.57まで下げる場合もある。」

A 「大ギアは長い目で見れば足腰に負担がかかりすぎるため、選手寿命を縮める恐れもある。でももうここまで来れば、ギアを3.5レベルまで下げて、というわけにもいかない。ギアって上げることはできても、下げることはなかなかできないからねぇ。」

B 「寛仁親王牌は、地元のコンビが大活躍。手島慶介がバックから捲ったところを、後閑信一が最後、ズブリと差して、2度目のG1制覇を果たした。」

A 「後閑は今年は地元に戻ってきた当大会を何とか優勝したいと意気込んで臨んできたが、その気合いが見事に発揮された。ま、後閑も強かったけど、2着の手島も強かったよな。」

B 「後閑も手島に道中まかせっきりで、決勝では手島に思うように走らせていた。そしてこのときから後閑は思っていたらしい。「手島にもグランプリに出てもらう。」ついに実現したわけだ。」

A 「ま、後閑自身も時折自力を放つこともあるんだが、手島と乗り合わせた場合にはすっかり手島に任せている。30日のグランプリはこのコンビでもういっちょっていう感じで乗ってくるだろうから、非常に不気味だ。」

B 「オールスターは武田豊樹の事実上逃げ一車のメンバー構成となり、悲願成就かと期待されたわけだが、雨が降りしきる花月園バンクを疾走したのは、アテネ五輪チームスプリント銀メダリストの井上昌己だった。」

A 「とにかく、井上とすればマークしているのが高木隆弘だったものだったから、同地区の選手でない分、ある意味気楽で走れたのが良かったのかもしれない。」

B 「ところで、井上が雨走路を1周逃げたことから、なんでマークの高木は差せなかったのか、という声も一部に上がっていたようだが、当の高木は、「ついていくだけで精一杯だった」というコメント。でも、井上ならば頷ける話だよ。」

A 「何せ井上は今年の世界選1KmTTで8位入賞。タイムも1分3秒台だからね。大抵の競輪選手はトップクラスでさえ1Km独走は1分7秒か8秒出せればいいほうだろ。となると井上にかからせてしまったんではちょっとやちょっとで交わせないよな。」

B 「アテネの後は腰の具合が非常に悪く、一時は自転車にさえ乗れないほどだったそうだが、1年後ぐらいからF1戦で優勝を連発するようになり、上述の世界選の入賞などもあってオールスターでは自身としては最高潮の調子だったともいえるね。」

A 「全日本選抜は、恐らく現在、競輪選手としては身長からすれば、小さい選手のベスト10に入るのではないかといわれている合志正臣が、10月に岐阜で行われた共同通信社杯でビッグ初優勝を挙げるや、こちらもとんとん拍子でG1を制覇してしまった。」

B 「このレースは、なかなかG1の決勝へ駒を進められなかった荒井崇博が11回目の正直でG1初優出を果たしたが、その荒井が気合満点の走りを見せ、結局最後は行ききれなかったんだが、その間隙を衝いて合志が、ここを優勝して悲願のグランプリ制覇へと挑みたかった神山雄一郎の野望を打ち砕いた。」

A 「合志は身長のこともあって最近では追い込み選手がすっかり板についている形となっているが、元々タテの脚があり、場合によっては捲りも放てる。ま、「動ける追い込み選手」というんだろうか。同じ九州では、合志と身長では変わらない佐賀の佐々木昭彦が3度G1を優勝しているが、合志もそれに続けるか、というところだな。」

B 「それと、合志の優勝は熊本勢としては、66年の後楽園ダービーの宮路雄資以来40年ぶりのG1制覇となった。常にG1争覇級の選手を送り込んでいる「名門・熊本」ながらも、そんなにもG1タイトルホルダーがでていなかったわけで、合志の優勝というのは殊更意味があるといえる。」

A 「ざっとG1だけを振り返ってきたが、思うにどうだろう、いよいよ競輪界も漸く「新しい風」が吹いてきたかな、という印象があるか。」

B 「そうだね。80期勢が3人もG1を制覇しているし。ま、吉岡、後閑の65期コンビが貫禄を見せ付けたシーンもあったが、来年は完全に80期勢主導となるだろう。さらに初タイトル選手がこれまた3人も出たことで、競輪界はすっかり「下克上」「戦国絵巻」の様相にもなりそうだね。」

A 「一方で、10大ニュースでも取り上げることになる「大量落車」続発問題や、勝ち上がり段階に進んでいるにもかかわらず「お帰り」した選手がいたりするなど、言うなれば「モラル」っていうのか、客をないがしろにしたというしかないニュースも目だった。記念の欠場癖の流れも依然として変わっていないし。それと福島勢の溝っていうのは今後も埋まらないものなのかねぇ?」

B 「さらに吉岡が「引退」するわけだろ。今の「若い」競輪ファンって、吉岡の走りにあこがれてなったという人が多いのに、その吉岡がいなくなることで果たしてどうなるのか、ということもいえるね。ま、一方で競輪の流れが大きく変わりそうな年でもあるような気がする2007年。ひょっとすると、「ヤングパワー」台頭につき、「旧勢力」が一掃される可能性もある。やっと競輪界にも新しい息吹が吹き荒れそうな予感が。果たして、戦国競輪時代を平定するのは誰か、ということにもなりそうだね。」


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迷惑千万な話だ!

2006-12-28 09:36:16 | 競輪

吉岡、引退報道に怒り心頭。

スポニチアネックスより

吉岡「自力で勝負したい」美学貫く
吉岡は一心不乱に自転車を調整する

 万感の思いを胸に秘め、吉岡がラストランに挑む。30日に行われる「KEIRINグランプリ06」に出場する吉岡稔真ら9選手は27日、京王閣競輪場に集結して身体、車体の検査を済ませた。この一戦で現役を引退する吉岡は最後まで自力勝負を貫く構えだ。また、28日からは栗田雅也、高橋大作らが出場するF1(平野末吉杯)、29日は12Rで「ヤンググランプリ06」が行われる。

 競輪界最大のビッグレース「グランプリ06」を最後に、17年間の現役生活に別れを告げる吉岡が決戦の地・京王閣競輪場に姿を見せた。いつも通りの笑顔で選手仲間らとあいさつをかわしていたが、報道陣の質問には硬い表情で終始無言のまま。淡々と身体、車体検査、そしてバンク練習を済ませた。

 午後3時過ぎにグランプリ9選手による共同記者会見がスタートした。最後に登場した吉岡は「新聞に掲載された件については答えません。質問はグランプリだけにしてほしい」と切り出した。

 今年1月の地元競輪祭で決勝に進出(7着)、3月の日本選手権では7年ぶり11回目のG1優勝。「いいスタートが切れた」という前半戦に対して「自分の不注意で落車(4月練習中)をしてしまい、それ以降は不本意なレースでファンに迷惑をかけた」と申し訳なさそうな表情で中盤戦以降を振り返った。直前の全日本選抜を欠場して体調面が不安視されているが、現在の状態に関しては「考えた通りの練習ができた。納得している」ときっぱり。万全の状態で臨めることを断言した。

 注目された同じ九州地区の合志と井上との連係策は吉岡―合志の並び。井上は単騎戦で別線勝負となった。井上と合志は「吉岡さんが走りやすいように」と選択を一任していたが、吉岡の出した結論は「自分は自力で勝負したい。今までやってきたレースで頑張りたい。それが僕」。若い井上を機関車役に使えば有利にレースを運べるが、王者のプライドはそれを許さなかった。ラストランに対する強い決意を感じさせた。

 「吉岡引退」を知った宿命のライバル・神山雄一郎は「師匠(荒川博之)の引退の時も寂しかったが、吉岡君の引退は僕が選手になってから一番寂しい…。彼の存在があったから僕もここまで頑張れた。井上君と別線で自力というのが吉岡君なりの美学でしょう」。一時代を築き上げた2人だからこそ分かり合える言葉でエールを送った。

 ≪同期・後閑「遠慮しない」≫スポニチの「引退報道」に「本当ですか!?」という選手が多い中で、吉岡と同じ65期、年齢も同じ36歳の後閑は「本人とは何年もしゃべっていないが、同期だし(引退を)感じるものはあった。ただ、僕らは勝負をするのが仕事だから」と話した。もちろん、引退レースであろうと全力で勝ちにいく。
[ 2006年12月28日付 紙面記事 ]

吉岡自身はグランプリが終わってから話したいと思っていたにもかかわらず、「フライング」でスポニチにすっぱ抜かれたことにより、不機嫌そのもの。

しかしなぁ、吉岡といえば、長らく競輪界に貢献したという意味では、中野さんに次ぐ存在だったんだろう。

ましてや競輪は野球などの一般スポーツとはその意味合いが全く違うし、競馬とも違う。確かに引退はこのグランプリだとは分かっていたものの、終わってから吉岡自らの口で言ってもらうことこそ大事なんだろうが。

しかしながら今度のグランプリはそれこそ、ただ

「やる、やらない」

だけで終わってしまいそうな予感も。


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吉岡引退騒動続編

2006-12-28 00:11:00 | 競輪

しかしあの熊本のオッサン!いけしゃあしゃあとようこんなこと言いよるわ!

TOOL4より

何と言ってもスポニチがスッパ抜いた「吉岡稔真引退」が最大の話題。世間一般は「へえー」で済ませても競輪界は上へ下へと大騒ぎ、それもその筈で3日後には最大のイベントで優勝賞金1億円が懸かったレースに出場する訳ですから、有馬記念のディープインパクトとは全く異質なもの。

ちなみに私はもう11月20日付コンドル日記でもう吉岡の引退は悟っていたぜ。

TOOL4より

巷の噂ではFワン吉岡稔真がグランプリを引退の花道にするんではないかと実しやかに流れています。それで本人に直接尋ねたら「僕(吉岡)の耳にも入ってます。先日落車して肋骨を折った紫原さんからも言われました。全く考えていませんから」の答えがあっても、最近の成績、そして丸くなった性格、神様が一般人に成った様に感じてるのは私だけではありません。井上茂徳氏も中野浩一氏もそうでした。ひょっとしたら12月30日に競輪界最大のサプライズも。個人的には引退はして欲しくないし、華があるスターとして輪界のために頑張ってと祈るばかり。

但し、T社長の11月20日付けの上記の記事から察すると、まず吉岡の引退レースはグランプリで固いが、但しその表明はレースが終わったあとからだろうと思っていた。ところが。

スポニチに「やられた」。

そしてスポニチといえば、オッサンと同郷で、オッサンが子分のように慕っているNがいるところだろ。

余計まずい。

競馬の場合だと、馬は畜生だから、あらかじめ「引退」を表明していたところで何の問題もない。馬にどれだけ、

「おい、今日で引退なんだから一生懸命頑張れよ」

といったところで、「馬の耳に念仏」。

しかし、競輪はそうはいかない。

引退を先に表明(吉岡の口からは正式には表明されていないが)すると、それこそ、

「八●」だとか、「出○」とか言われかねない。

井上茂徳が中野浩一とは逆に、99年の日本選手権前に引退を表明したはいいが、人気は常に井上から被るケースとなりながらも結局井上は4戦いずれも連にさえ絡めず、

「井上ほどの選手がどうしてあんな愚行をやらかしたのか」

とボロカスに叩かれた。

そもそも、吉岡は全日本選抜を欠場したのが「間違いの元」。

ま、体調が悪い、というか、精神的にもう極限まで追い詰められている状況であったとしてもやはり出るべきだった。出るだけで、11月20日付けのコンドル日記の話はとりあえず否定できる。しかしそこで欠場したことで、「いよいよ」スポニチが動き出したんだろう。

ひょっとするとN記者がまずはオッサンのところに話をもちかけ、オッサンはズケズケといいたいことをいう性質だからそれをもとに今度は選手に聞きまわり、選手間では「既成事実」である、ということを確定材料として、26日に

「グランプリで引退」

というスクープを出せたのではないかと思われる。

やられたな。

ま、恐らく30日当日の京王閣には大勢の客で埋まることだろう。しかし、一方で吉岡の引退が「既成事実」となってしまった以上、単なる吉岡引退興行でしかなくなってしまうのか、ということにもなる。

でも中野や松本のように、脇を固められなかったのか?

82年の競輪祭で引退した福島正幸の場合、とにかく師匠の鈴木保己氏がマスコミ対策に打って出て、絶対に他に情報を漏らさせないようにした。すると、まさか福島が引退?ということになって、福島引退の話を知っていたスポーツ紙記者はほとんどいなかったそうだ。

中野の場合は自らがマスコミの動きを抑えていたから問題がなかったし、松本はその中野に相談した上で、中野以外には誰にも知らせないことを貫き通した。

吉岡もひょっとしたら、中野さんあたりに知らせておけば、緘口令を敷けたのかもしれない。

しかしコンドル日記であらかた情報をリークされ、しかもオッサンと関係が深いNは、「スクープのスポニチ」の記者であるということが余計にまずかった。それ以前に、他の選手連にそれとない話をしていたのはもっとまずかった。

というのが、話の流れかな。


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すっぱ抜かれたな

2006-12-27 16:12:06 | 競輪
 

スポニチアネックスより

吉岡引退!グランプリがラストラン
グランプリの会見に出席した吉岡。大一番を最後に引退する

 グランプリ2勝、G1・11回の優勝を飾った競輪界のスーパースター・吉岡稔真(よしおかとしまさ)(36=福岡)がKEIRINグランプリ06(30日、京王閣)を最後に引退することが26日、分かった。90年デビュー以来、17年間にわたってトップレーサーとして君臨。「F1先行」は3日後に迫った大一番で見納めとなる。

 3年ぶりの出場を決めた競輪最大のレース、グランプリでトップレーサーがバンクに別れを告げる。「F1先行」と言われた圧倒的な先行力を武器に競輪界の頂点に君臨した吉岡が引退を意識したのは今年11月。松山記念準決勝(22日、7着)で格下の先行選手にまさかの敗戦を喫したのがきっかけだった。「さすがにショック。あれじゃ、恥ずかしくて走れない」と、努めて明るく話したが、次走に予定していた今月2日開幕の全日本選抜を直前でキャンセル。そのころから吉岡の周囲では引退がささやかれ始めた。

 今年3月には日本選手権決勝を逃げ切り、7年ぶりのG1制覇。度重なる落車事故で満身創痍(い)となりながら復活にかけてきた男は「まだ自力(自ら先行する戦法)が通用することが分かった」と号泣した。

 だが、「F1先行」をアピールできたのは日本選手権だけだった。その後のG1・3戦はすべて予選敗退。9月以降はG3でも4シリーズ連続で大敗した。イメージ通りのレースができない。もどかしい日々が続いた。36歳という年齢が吉岡の心と体に重くのしかかる。全日本選抜欠場後は「一からつくり直す。グランプリでは見とってください」と語り、グランプリ06にすべてを懸けて練習に明け暮れた。普段、控えめな男が口にした異例とも思える強気のコメント。自ら主宰する競輪選手の練習グループ「不動会」のメンバーには「年齢から考えても、今年が最後のグランプリになるやろうなあ」と漏らした。例年ならとっくに終わっているはずの翌年用のユニホーム、練習着のメーカーとの契約更改も保留にしたままだ。すでに引退の意思が固まっていた。

 まだ早い、いやもう立派に競輪界に貢献した…。ファンはさまざまな見方をするだろう。だが、世界戦V10の中野浩一(現競輪評論家)の後を引き継ぎ、数々の金字塔を打ち立てたヒーローは、30日の大一番で燃え尽きようとしている。「今はグランプリに集中している。すべてはそれが終わってから」と吉岡は多くを語らないが、引退の決意を胸に最後の戦いに挑むのは間違いない。グランプリ06は選手生活17年間の集大成となる。

これ以前に、あのT社長がすっぱ抜いていたが。

恐らく今年のダービーを優勝したあたりから意識していて、その後落車による怪我もあって、もう限界と本人は悟っていたのかもしれない。

さらに上記にあるように松山記念でのまさかの敗戦により、踏ん切りもついたということか。

ま、中野浩一さんも引退した年齢は36歳だった。中野さん同様、デビュー時から快進撃を続け、なおかつ若くしてトップ選手に上り詰め、一時代を長らく築き上げた選手というのは、丁度このあたりの年齢が限界といえるのかも。

ただ中野さんは引退した年にグランプリに出場できなかった。吉岡は現役最後のレースがグランプリとなる。そこが中野さんとは違うところで、勝つにせよ、負けるにせよ、「有終」の迎え方については、吉岡のほうがいい形ということになる。

しかし「スクープのスポニチ」にまんまとすっぱ抜かれたことで、グランプリに大きな影響が出てしまうな。

勝てば勝ったで「出○レース」なんてことを言われそうだし、負けたら、「どうして中野や松本整のような形にできなかったのか」と言われそうだし。

ま、果たして吉岡最後のグランプリはどんな戦いを見せてくれるのか?ま、こういう形での話しならば、入場・売上げ的にはかなりのものが見込めそうな気もするが?

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2006 公営競技10大ニュース Vol.3

2006-12-27 03:41:21 | 10大ニュース
 

A 「さて7位は、これは後述するんだけど、競輪の大量落車続発もそうだが、オートレースにおける不成立レース多発しかり、さらに競艇でも審判の指示に相反する航走を行ったりしたレースがあるなど、デタラメなレース内容が多かったという点についてなんだけど、なんといっても、「プロの自覚」を持ったレース内容を心がけてもらいたいもの。」

B 「よくこういう話をすると、「たまたまじゃないか」という人も出てくるが、後述する競輪大量落車を例に挙げれば決して、「たまたま」なんかじゃないからね。たまたまだったら、毎回毎回5人も6人も落っこちるレース(他にも8人、7人ってのもあったけど)など「ありえない」。」

A 「JRAでも、エリザベス女王杯で15年ぶりに1着馬が降着となったことで話題となったが、特に判定については客の顔色を伺うようなことをなどすることなく、毅然とした態度で挑んでもらいたいもの。」

B 「結局、ルールに沿わないようなレースをして損するのは、やる側だけなんだからね。」

A 「その通りだ。ところが一部には「審判の判定が悪い」などと噛み付く輩もいるらしいが。」

B 「もってのほかだね。公営競技の審判って、VTRを何度も繰り返し見てみたりして、それ相当の根拠材料をもって判定に挑んでいるわけだろ。今年、デービッドソンとかいう野球の審判の度々の「誤審」問題が話題となったが、Vを回さない野球とは違うんだって。そういう曲がった考え方しかできないようなら、はっきりいえばやめてもらって結構。そして来年こそは、お粗末というか、客から「バカヤロー!」「おう!しばいたろか!」と言われないようなレースをやってもらいたいもの。」

A 「6位は瀕死の状態の岩手競馬問題。今も揉めにもめているけど、ついに増田寛也知事が、盛岡・奥州の両市に合計330億円の負債相当額基金を新設させることで一応の決着をみた「はず」だったんだが、その後も出てくる出てくるデタラメ経営問題。」

B 「増田知事は当初は「改革派知事」と言われる気鋭の人だけに、意欲的に競馬再建問題に取り組んだが、県議会で競馬問題については毎回議案を突っぱねられ、また、期待していた側近副知事も辞任に「追い込まれる」など、ついに四面楚歌の状況となり、最後は本当に「奥の手を使って」半ば強引に決着をつける方向へと進ませた。しかしそのように決め付けるのは早計で、実はまだこの問題は「終わっていない」。」

A 「増田知事が来年の統一地方選不出馬を決めたあとに、今「仁義なき戦い」を演じている、来年度の映像権料の問題が出てきたな。確か来年度の映像権料については、担当する東北映像が7900万円の削減しか応じられないといっているのに対して、県競馬組合側は4億1000万円削減しろと要求しているな。増田知事も県競馬組合案を通すことが先決と考えているみたいで、最悪東北映像を切れ、とまで言っているみたいだが、逆にそうすると、一部のテレトラックでは映像配信できなくなり、ひいてはテレトラックが廃止に追い込まれる可能性があるとして、「断固として7900万円の線は譲れない」と平行線を辿っている。」

B 「当然、年明けの県議会ではこの話が主題となり、増田知事の責任問題を追及することになると思われるね。ま、県組合側の主張が通らねば、またぞろ岩手競馬は来年度も赤字転落の見通しとなり、そうなれば330億円の基金(追加融資)など、「しなくてよかった」ってことになりかねない。」

A 「ま、思うに、今はいかにして競馬の再建をするかが大事だから、最悪、東北映像を切る覚悟を持たねばならないとは思うけどね。(注・28日の各日刊紙岩手版のニュースによると、東北映像は4億1千万円の削減案を受け入れる意向)」

B 「しかしやはり県民の大半が岩手競馬をしないこともあって、「どうしてそこまで延命にこだわるのか」という声が大半を占めている。でも岩手にやめられると、本当に地方競馬は終わってしまうように感じる。かつては「地方競馬の優等生」と言われた岩手。今はそうなっていないが、そのように言われた頃を思い出し、かつ、身の丈にあった経営をすれば十分黒字転換できるんだ、というところを、増田知事の後任知事にも期待したいし、ひいては農水省やNARも岩手問題について着手すべきではないかと思う次第であるが。」

A 「第5位はまたしても事故で亡くなってしまった騎手・選手がいたこと。まずは船橋競馬の佐藤隆騎手。4月25日の浦和競馬第5レースで落馬し、頭部を強く打ち、頭蓋骨骨折で意識不明状態のまま、8月8日、享年49歳で亡くなられた。」

B 「佐藤騎手といえば重賞勝ちが47もあったように大レースに強い騎手というイメージがあり、とりわけ2003年の帝王賞で逃げ切り圧勝した牝馬のネームヴァリューや、ただいま日本ダート界ナンバーワンといってもいいアジュディミツオーを2004年の東京ダービーで優勝させたことが思い浮かぶ。あと、サクラハイスピード(川崎記念、東京盃などを勝利)の主戦でもあった。」

A 「船橋では長らく石崎隆之の二番手騎手の評価を得ていて、石崎がいなければ佐藤を買え、という話もあったほど。まだ年齢的にも大きな仕事をやれるチャンスはあったはずだし、残念だねぇ。」

B 「オートレースでもまた悲劇があった。橋本和美選手がレース中ではないが、10月13日に朝練習中にA選手と接触して落車し、意識不明のまま川口市立医療センターへ収容され、同日午後0時25分頸椎損傷により死去した。享年27歳。まだこれからじゃねぇか。」

A 「そうなんだよなぁ。橋本選手は今年7月に行われたG1・キューポラ杯優勝戦で3着に入り、それこそ、これから同期の出世頭である田中茂や久門徹といった選手を追いかけていこうとしていた矢先の出来事。そもそも今年のオート界は、伊藤信夫の大事故や後述する高橋、福田の一件など暗いニュースが目立ったからねぇ。一番「最悪の」ニュースまで来てしまったのか、と思ってしまったよ。」

B 「しかし本当にオートレースは競走、練習中における事故死って多い。過去10年間でこれで確か4人が亡くなっている。その中には、飯塚の第一人者であった中村政信選手も含まれているし。ところで田中茂が若獅子杯や日本選手権で優勝した際に橋本選手の遺影を持参し、「和美!やったよ!」とインタビューで真っ先に答えるシーンがあった。何かそのときはジーンと来るものがあったが、管理人が丁度川口に住んでいたときにデビューした選手でもあったらしいので、ショックだったそうだ。佐藤騎手共々、謹んでご冥福をお祈りいたします。」


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やりすぎじゃねぇか?

2006-12-26 19:32:17 | 競馬

十勝毎日新聞の記事をみてビックリ。

帯広で25開催150日間


初の夜間レースも実施

 帯広市単独で開催する来年度のばんえい競馬の開催日程が26日、明らかになった。大型連休の4月27日を皮切りに最終の翌年3月24日まで、25開催150日間の日程で実施する。うち4分の1に当たる39日間、ナイターレースを初めて実施する。市は年内に農水省に報告する予定。同日のばんえい競馬調査特別委員会(上野敏郎委員長)で、市農務部が示した。

 来年度の150日間は、今年度の帯広開催(66日間)の2.3倍。旭川、北見、岩見沢開催を含む今年度全体の27開催・162日間に比べて12日間(7.4%)短いが、売り上げ維持を狙い、ほぼ4市開催並みの日程を確保したとみられる。

 来年度は引き続き土曜-月曜日を基本に、ゴールデンウイーク、盆休み・年始の連休中も開催する計画。照明設備を整え、6月中旬からナイターを実施する。

 ばんえい競馬をめぐっては、帯広市が開催権を保持、ソフトバンクの子会社「ソフトバンクプレイヤーズ」が出資する新会社に運営を委託する手法で、来年度から帯広単独開催に移行する。

 市と同社の間で採算に見合う開催計画の協議が進められていた。開催数・日数は今月末、農水省に報告する。来年1月下旬には、総務省に開催指定の申請を行うことになっている。

 収支計画などの公表は年明けになる見込み。競馬関係者への交渉・金銭支援や、組合職員の再就職への対応も並行して進める。
(栗田直樹)

思うに「園田で」冬季に開催をやるのならまだしも、帯広一場開催で150日も開催するのはあまりにも多すぎる。

せいぜい、今年度の帯広開催よりも1.5倍増し程度で十分なんじゃないのか。

極力、冬季開催はやめたほうがいい。

確かに十勝地方の場合、これといった娯楽がないという理由から逆に冬季開催のほうが売れるという定説があるみたいだが、それ以前の問題としてヒートローディングにかかる費用とか、はたまた、冬季だと北海道は日没が非常に早い(12月、1月あたりだと4時頃でもう真っ暗)こともあって、必然的に3レース程度は「ナイター」開催になることを考えると、それこそ、通年開催年度初年度となった昨年度は7億円、今年度も8億円の単年度赤字が見込まれているため、原価計算をすればまたぞろ、

「赤字」

の二文字がちらつくようにも思うが。

それとソフトバンクは恐らく、単年度即赤字となったら次年度の契約はひょっとしたらしないようにも思うよ。

ま、夏場のナイターでどこまで稼げるかということだが、それよりも開催を減らすか、はたまた冬季「園田開催」を検討したほうがいいのでは。

コメント (6)
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2006 公営競技10大ニュース Vol.2

2006-12-26 01:03:48 | 10大ニュース
 

A 「さて、第10位から行くか。第10位は、ついに一本立ちした笠松競馬の救世主!松田宣子さん。屋号は「なでしこ」。」

B 「大黒師匠も、「競馬に対する見方、予想という点については申し分ない。懸念すべきところはほとんどしゃべらんから、ちょっとは客としゃべることやな。」と言っていたが、ま、本当に従来の予想屋のイメージというのか、いかにも「癖のある」ようなタイプとは正反対なんだよな。」

A 「それでも、1開催に1回は必ず万馬券を当てるっていうし、さらに、なでしこ目当てのマスコミの加熱ぶりはかなりなもので、名古屋に加え、大阪のテレビ局はだいたい来たし、雑誌もまた、彼女を追っかけてきた。」

B 「ついにはJRAも、「師弟」でイベントに登場させたりしたよ。まさに笠松競馬の「アイドル」だな。」

A 「ところで、12月13日に管理人(BOD)が協賛した、「公営競技はどこへ行く賞」において、なんと初めて師弟揃って万馬券を的中させたらしい。やはり彼女はよく当たるってことなんだよな。」

B 「さすがに来年は今年のようなフィーバーぶりにはならないとは思うが、なかなかの実力の持ち主であることには間違いない。今後も注目しよう。」

A 「第9位は、今年は割りと各競技で、「3連覇」とか、「最多勝」とかいった節目を迎えるレースが多かったんだが、その期待に応えて達成したものが結構あった。」

B 「思い出すのは高知のエスケープハッチのNAR新記録の47勝だ。一回ダメだったけど、丁度ディープインパクトが凱旋門賞を走る10月1日の尾花特別を勝って新記録を樹立した。あと、「王者」スーパーペガサスがばんえい記念を4連覇したことも特筆される。やはり、最重量戦では強かった。」

A 「さらに、松田博資調教師がなんとJBCクラシックで5連覇を果たした。アドマイヤドンが3連覇、タイムパラドックスが2連覇し、都合5連覇となったわけだが。」

B 「松田調教師はJRAではとうとうクラシックレースを勝てなかったばかりか、JBCまでG1勝ちはなかったんだよな。タイムパラドックスも昨年のJBCほどには期待されてなかったけど、「いつも惜敗続き」の松田調教師にそれこそ「大きな」プレゼントをもたらした格好だ。」

A 「あと、田中茂が史上4人目となるオートレースSG 3連覇を達成したし、3連覇といえば、ばんえい競馬の岩見沢記念で牝馬のアンローズも達成。しかし残念ながら後述するが、岩見沢記念は今年が最後のレースとなってしまった。」

B 「競艇では原田幸哉が史上7人目の19連勝を達成。これも凄い記録だ。」

A 「あと内田博幸騎手の年間506勝達成の件も凄い記録だった。」

B 「佐々木竹見元騎手が1966年に樹立した年間505勝の日本記録を40年ぶりに更新したというやつだな。そもそも、内田は中央でも頻繁に騎乗しているし、休みがないという点において、今、日本で一番騎乗しているジョッキーともいえる。そのことだけでも大したものだと思うけど、1年間で506回も勝つっていうのことは意外とピンと来ないもので、「まさかそんなに勝っているのか」ぐらいにしか思われないもの。だからなおさら大記録だともいえる。」

A 「チャームアスリープが初めて南関東3歳クラシック戦線において「三冠馬」を達成したことも触れておかねばなるまい。」

B 「それと海外では、ラッセル・ベイズ騎手が世界最多勝記録となる9531勝をマーク。まだ48歳ということもあり、前人未到の1万勝も早晩中に達成されるだろう。なお、ディープインパクトの七冠馬については後述することにする。」

A 「第8位は、ついにシンガポール国際航空カップで悲願のG1制覇を達成したコスモバルクだが、そのあと思わぬ出来事が。「ウマピロプラズマ」という伝染病にかかっていたことが判明し、第一次検査で「陽性反応」が出てしまった。」

B 「岡田繁幸オーナー代行は、「例え二次検査で悪い結果(陽性反応)が出たとしても、日本へつれて帰って再検査を要請するつもりだ。」と気丈に振舞ってはみたものの、はっきりいって、そんなことができるはずがない。しかし、二次検査では「陰性」となり、「晴れて」帰国できることになった。」

A 「ま、そのニュースを聞いたときには、「バルク殺されるんじゃないか」と心配でならなかったが、一回目の検査というのは防疫の意味合いから感度の高い検査が行われることになっており、それでひっかかったみたいだ。」

B 「ただウマピロプラズマについては根絶させるワクチンが存在しないということで、本当にバルクは現地で「殺されるかもしれない危機」に瀕していたことは間違いなかった。ま、その後のバルクといえば皆さんご存知に通り、コンスタントにレースをこなしているよ。そして今や、こんなことがあったことさえ皆ほとんど忘れているだろう。」


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