首相 建国記念の日でメッセージ発表
NHK 2月11日 6時06分
安倍総理大臣は11日の「建国記念の日」を迎えるにあたって、「環境の変化に適応しなければすばらしい伝統を守り抜くことはできず、100年先をも見据えた改革に果断に取り組んでいく」とするメッセージを発表しました。
この中で、安倍総理大臣は「『建国記念の日』は、国民1人1人が、いにしえからの先人の努力に思いをはせ、さらなる国の発展を願う祝日だ。いつの時代にあっても、先人たちは、勇気と希望をもって新しい時代を切り開いてきた。こうした先人の努力に思いを致しつつ、この尊い平和と繁栄を次の世代に引き継いでいく」としています。
そのうえで、「さまざまな環境の変化に適応していかなければ、このすばらしい伝統を守り抜いていくこともできない。そのためにも、10年先、50年先、そして100年先をも見据えた改革に果断に取り組んでいく。『建国記念の日』を迎えるにあたり、私はその決意を新たにしている」としています。
このメッセージについて、菅官房長官は10日午後の記者会見で、「去年に続いて総理大臣のメッセージを出すことになったが、『建国記念の日』の趣旨を広く国民に伝え、共に祝って分かち合うためのものだ。先人の努力に感謝しつつ、国づくりの決意を新たにするものとなっている」と述べました。
「ウヨ」は聞き入れたくない話だろうけど、実は何で2月11日が「建国記念の日」なのか、はっきりいって、よく分からないのが現状だ。
なぜなら、神武天皇という、「ただの伝説」でしかない人物が高天原にやってきて統治しはじめたのが2月11日、としているからだ。
こんな決め方をしている国など、世界広しといえども、日本ぐらいなもんだろう。
一方でこんな見方もある。
何で”建国記念の日”なんて祝う必要があるのです
「建国記念の日」の根拠は、日本書紀に記述されている「神武天皇」の即位したとされる日に由来しているのはおそらく間違いありません。
では、日本書紀が歴史的事実を叙述しているかと言えば、貴方が指摘されているとおり「極めて疑わしい」ことは明白であって、こうしたことは日本史学の通説になっています。
ですから、歴史的事実であることに確実性のない事象を以って、「建国記念の日」とするのは明らかな誤りと言わざるを得ません。
事実が確認できない「云われ」や「伝説」・「神話」などを文化的に大切にすることには重要性も感じますが、それを「歴史的事実」として具体的に政治的な理念や国家運営に絡めようとするのは、あまり感心できないものだとも思います。それは、もはや「宗教」の範疇ですから…。
さて、貴方は日本の「建国記念の日」を、サンフランシスコ講和条約発効の日であるとお考えのようですが、それには異論があります。
確かに、先の大戦での敗戦で日本は限りなく「滅亡状態」となったことは言うまでもありませんが、「国家としての一貫性」は明治時代以来継続していると判断できるのではないかと思います。
ひとつ例を挙げると、現在の「日本国憲法」は明治期の「大日本帝国憲法」の「全部改正」という形で制定されていますので、戦前と戦後の「国家の継続性」が存在することを証明する事例であるとも言えます。
では、江戸時代(徳川幕藩体制)と明治日本政府に継続性があるかと考えると、これは非常に疑わしいと言わざるを得ません。
それに、当初の明治政府に「日本を統治する法的根拠」があったかどうかも、あまりはっきりしていません。
こうしたことを考えると、現在の日本と同一性をもつ「国」が誕生したのは、建国したことを法的に明確に規定し宣言した「大日本国帝国憲法」の発布された2月11日か、施行された11月29日が有力なのではないでしょうか?
あれ、「2月11日」って現在の「建国記念の日」と同じだな…。
というわけで、「建国記念の日」は「神武天皇が即位したから」では無く、「大日本帝国憲法が発布されたから」その日になっているのだと理解するようにしましょう…。
つまりは、今日2月11日は、大日本帝国憲法が発布された日でもあるのだ。
日本国憲法を「GHQ憲法」、と『バカにしている』(ウヨ)連中からすると、なるほど、2月11日っていう日は「意味がある」ということに「なるね」。
赤旗 2015年2月11日(水)きょうの潮流
建国記念日の定義や性格は国それぞれ。アメリカやインドのように独立を祝ったり、革命を記念するフランスやキューバみたいに。ドイツは東西が統一した日をあてています
▼きょう、2月11日は「建国記念の日」。「建国をしのび、国を愛する心を養う」という趣旨で1967年から「国民の祝日」として適用されてきました。しかし、史実ではなく神話を基にしている日本の建国記念は、世界でもまれです
▼かつて、この日は「紀元節」と呼ばれました。『日本書紀』の日本神話のなかで初代天皇とされる神武天皇。その架空の人物が即位した日を明治政府が算出し、国民が祝う日として定めたのです
▼神の子孫である神武天皇から日本の歴史が始まり、その子孫による統治は永遠に変わらない。日本は神の国である、という天皇中心の歴史観を国民に植えつけるためでした。偏狭な愛国心の押しつけは国の破滅を招きました
▼戦後、紀元節は廃止されましたが、自民党政府が「建国記念の日」として復活させます。根拠のなさを指摘する歴史学者、ウソを教えることはできないと反対する教育者。歴史の過ちをくり返してはならない、の声は上がりつづけます
▼安倍首相は今年も“建国神話の日”を前にメッセージを出しました。「今日の我が国に至るまでの古(いにしえ)からの先人の努力に思いをはせ、さらなる国の発展を願う」と。彼のいう先人が何を指しているのかは分かりませんが、この国を建ててきたのは神話ではありません。無数の民の力です。