映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

「丹生都比売」梨木香歩

2022年07月21日 | 本(その他)

母に押しつぶされていく息子

 

 

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胸奥の深い森へと還って行く。
見失っていた自分に立ち返るために……。
蘇りの水と水銀を司る神霊に守られて吉野の地に生きる草壁皇子の物語
――歴史に材をとった中篇「丹生都比売」と、
「月と潮騒」「トウネンの耳」「カコの話」「本棚にならぶ」
「旅行鞄のなかから」「コート」「夏の朝」「ハクガン異聞」、
1994年から2011年の8篇の作品を収録する、初めての作品集。
しずかに澄みわたる、梨木香歩の小説世界。

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梨木香歩さんの長編やエッセイはよく読みますが、
そういえば短編集というのはあまりなかったかもしれません。
本巻は2014年刊行のものですが、
表題の「丹生都比売(におつひめ)」に興味があって、手に取りました。

草壁皇子の物語です。
この皇子の祖父であり伯父である天智天皇と、
父である天武天皇の兄弟間の確執に端を発します。

草壁皇子の父・大海人皇子(後の天武天皇)は、
兄・天智天皇が自分の息子である大友皇子に位を譲りたいと考えていることを知り、
謀反の疑いをかけられないように一族郎党を引き連れて吉野の山奥へ隠遁します。
草壁皇子も母とともに吉野で暮らすことになりますが、
その時まだ10歳にも満たない位です。

物語はこの頃のこと。
決して体も大きくなく力もなく勇壮ではない自分に対して、引け目を感じている草壁皇子。
しかし、思慮深く、優しい。
そして何か特別の力を秘めているようでもありますが・・・。

問題なのはこの皇子の母なのです。
この母は、後の持統天皇ということになりますが、
とにかく自分の一族の繁栄のためならどんなこともするという女傑。
女傑というといさぎよい感じがしてしまうけれど、
腕力があるわけではないので、もっとほの暗い野望を秘めた感じです。
いってみれば「グレートマザー」そのものかも知れません。

草壁皇子は、その母の「グレートマザー」的側面を知りつつも、その意に沿おうとする・・・。
求めても求めても得られぬ愛・・・。
なんとも切ないですね。

まあ、本作はフィクションではありますが、
後書きによると実際に持統天皇が息子を抹殺したという説はあるそうです・・・。

 

「他者の事情をなんとなく察して、
それと意識せぬまま受難の道を選び取って行く子どもたち」

まさに、今もさらに拡大しつつある問題なのでした。



他に収録されている短編もそれぞれに、ちょっと不思議で味わい深い深い物語です。

百合の花から生まれた、親指姫“春ちゃん”と、
常に共にいるようになる夏ちゃんの物語「夏の朝」も
ファンタジックでありながら、夏とお母さんの感情が行き違うシビアな側面を持つストーリー。

興味深い一冊です。

「丹生都比売」梨木香歩 新潮社

 

満足度★★★★☆

 



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