狼魔人日記

沖縄在住の沖縄県民の視点で綴る政治、経済、歴史、文化、随想、提言、創作等。 何でも思いついた事を記録する。

沖縄タイムスという反日新聞

2007-06-18 15:08:43 | ★集団自決

昨日のエントリで、「琉球新報は沖縄タイムスよりまだマシだ」と書いた。

我が家が琉球新報なので、ひいき目に見ているわけではない。

個人的な話を続けると、親の代の愛読紙は沖縄タイムスだった。

その後独立してからも沖縄タイムスを続けたが、

その後友人が琉球新報の論説委員長になってから琉球新報に切り替え現在に至っている。

さて、今日は沖縄タイムスの話。

 
沖縄タイムスは1948年7月1日に創刊。琉球新報とともに県民の情報源の一つでもある。

自衛隊や在日米軍、ひいては日本その物に対する悪意さえ感じられる論調から、他県民からは眉を潜められる事も少なくない。

平和運動、基地撤廃運動に熱心な新聞として知られ、特集や社説にその特徴がよく現れている。また、死刑制度撤廃にも熱心である。

朝日新聞(那覇支局が沖縄タイムス本社内)とは、米国による統治時代から友好関係にあり、米軍基地問題では共同でアンケートを取っている。

以上の説明は当日記の沖縄タイムスに対する偏見ではない。

あえて伏せて書いたが、 フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』の沖縄タイムスの項をそのまま引用したもの。

ちなみにウィキぺディアの琉球新報の説明では、

「長い占領時代のためかいわゆる左派的な記事が多い事が特徴である」

とはしながらも沖縄タイムスのように激しい批判をしていない。

引用ついでに、沖縄タイムスで問題・疑惑を指摘された報道の例を丸ごと引用する。

≪2007年3月11日の報道で、米陸軍軍属の息子(無職)が空気銃を外国人女性や乗用車などに向けて発砲、殺人未遂罪と器物損壊罪で逮捕された事件を巡り、「米軍は、基地の外に住む軍人、軍属、その家族への綱紀粛正も徹底すべきだ」として「加害者は米軍という公務を帯びた組織ではなく、あくまで一人の米人少年である。しかし、だからといって米軍が非難を免れるというわけにはいかない。米軍基地の存在そのものが事件・事故を派生させているからだ」と結論付けた。この報道に対し、その論法を利用すれば在日朝鮮人を始めとする外国籍の人間全てを追放しろと言うことも可能であり、職業差別・国籍差別・人種差別ではないかとの批判が一部から指摘された。

2007年6月14日、陸上自衛隊は那覇駐屯地において模擬ミサイルを用いての訓練を行い、沖縄タイムスはこの事を簡単に報道したが、最後に出勤途中の会社員男性の言葉として「砲身がモノレールに向けられているようで不快感を覚えた」という、半ば言い掛かりのような記事を書き、読者より失笑を買った。 ≫

ウィキペディアの説明が正確かどうかはさておいても、沖縄タイムスが、左傾した沖縄メディアの中でも特に、激しい反日論調の特異な新聞と見られているのは事実である。

特に「集団自決」問題は、同紙が出版した『鉄の暴風』の杜撰な取材記事に端を発する故にか、サヨクプロパガンダのような記事を書く。

その為か、日本軍に激しい憎悪を露にして「残虐非道な日本軍の命令で自決させられた」という主張を一貫して繰り返している。

現在係争中の「大江・岩波裁判」も被告の大江氏が『鉄の暴風』を鵜呑みにして引用したことが原因である為、沖縄タイムスも裁判の当事者と言える。

この辺りの事情を世界日報のコラム「上昇気流」は次のように説明している。

小紙第一面シリーズ「真実の攻防/沖縄戦『集団自決』から62年」は、いよいよ佳境に入ろうとしている。沖縄本島南部の那覇市から西に高速船で四、五十分走った所にある渡嘉敷島と座間味島。先の沖縄戦で、この二島で起きた集団自決をめぐって裁判が起きている。
 「軍命令による集団自決」の「定説」が、日本軍は沖縄県民を守るどころか犠牲にした、という主張の拠り所となり、その後の反自衛隊、反政府、反米運動の足場となってきた。それが一昨年八月の大阪地裁への提訴で、状況が大きく変わってきた。

 原告は当時、座間味島の守備隊長だった梅澤裕氏(90)ら。「命令はなく、住民自ら自決した」と主張し「誤った記述で多くの読者に非道な人物と認識される」として『沖縄ノート』著者の大江健三郎氏と版元の岩波書店に損害賠償などを求めている。

 「軍命令による集団自決」説に対しては、曽野綾子氏の『ある神話の背景』(文藝春秋刊、昭和四十八年)など、幾つかの的確な反論もなされたが、軍命令を肯定する著作物で覆われてきた。連載は、こうした経緯をたぐる一方で、当事者の直接証言を追う。

 知念朝睦氏は、「定説」の原典である沖縄タイムス編『鉄の暴風』(昭和二十五年、朝日新聞社)の中で「地下壕内において将校会議」に登場する守備隊長の副官。

 「渡嘉敷島に、将校会議を開く地下壕は存在しませんでしたね。作り話ですよ」と語るのだ。(6月5日)

 

 

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