狼魔人日記

沖縄在住の沖縄県民の視点で綴る政治、経済、歴史、文化、随想、提言、創作等。 何でも思いついた事を記録する。

沖縄戦・渡部昇一教授のインタビュー記事 

2007-10-18 11:46:27 | 教科書

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「集団自決」に関して独自の取材で沖縄のメディアが報じない隠れた証言者の発掘、そしてその取材に成功している「世界日報」が渡辺昇一上智大学名誉教授のインタビュー記事を掲載している。

以下「世界日報」の転載です。http://www.worldtimes.co.jp/

                     ◆

               

平成19年10月18日

沖縄戦と教科書検定問題 渡部昇一上智大学名誉教授に聞く

日本は沖縄を見捨てず、沖縄で散った多くの特攻隊員

 沖縄戦「集団自決」に付けられた教科書検定意見の撤回を求める動きが先鋭化し、政府は、県民感情と「政治不介入」のはざまで対応に苦慮している。この問題で渡部昇一・上智大学名誉教授に聞いた。
(聞き手=編集委員・鴨野 守)


司令官感激させた沖縄の奮闘ぶり

picture 靖国神社の遊就館に展示されている沖縄戦特攻隊の遺影と遺品=加藤玲和撮影
 先の沖縄戦で、赤松嘉次大尉率いる渡嘉敷島と、梅澤裕少佐の座間味島で起きた集団自決に関して、隊長の自決命令があったかどうかという問題は既に決着済みです。

 忘れられているかもしれませんが、当時の大多数の日本兵は非常に立派でした。あのころの将校は非常に責任感が強く、犠牲精神も強かった。ですから、「自分が自決の命令を出した」と言って住民の生活が助かるのであれば汚名を着ても構わない、と。元来、国家のために死をも覚悟して軍人になった人が圧倒的でしたから。

 しかし、それを悪用したのが大江健三郎氏の『沖縄ノート』であり、一方、おかしいと思って現場で綿密な取材をして、『ある神話の背景』に自決命令がなかったという真相をお書きになったのが曽野綾子さんです。私の記憶ではあの本を書いたことで曽野さんは「右翼」とレッテルを張られるほどでした。

 しかし、曽野さんの本が出ることで勝負が付いたのです。しかし、『沖縄ノート』は岩波書店が出版し、大江氏がノーベル文学賞を受賞したなどの理由で、版を重ねているわけです。ところが最近になって、自決命令はなかったが、援護金をもらうために虚偽の軍命令の証言をしたとか偽の命令書を作成した、という証言が出てきました。

 こうした真相が明らかになると、沖縄の左翼運動の首謀者たちは今度、「集団自決に、軍の関与はなかったのか」という、また別の土俵に持っていったのです。ですから、まず渡嘉敷、座間味島で隊長命令はなかった、とはっきり書かないといけない。

 ただ、沖縄では、住民の土地が戦場と化して、いろんな形で悲惨な目に遭ったわけです。アメリカだって国際法を守って日本と戦ったわけでないのは、無差別爆撃や原爆投下などの証拠があります。

 しかし、日本は沖縄を見捨てたわけではありません。日本の一番優秀な若者を特攻隊で何千人も送り、大体が沖縄で亡くなっています。それは、沖縄を救おうという日本の意思です。戦艦大和だって沈むことを覚悟で出たのです。「戦艦大和を持って沖縄を助けなかった、と言われてはいけない」と沖縄に向かった。もし到着できれば、海岸に打ち上げても戦わせるという、最後まで沖縄を助けるという気持ちがあったことを沖縄県民の方々にまず分かってもらわねばなりません。

 また戦時中の沖縄の人がどれほど軍に協力的であったかということは、沖縄方面根拠地隊司令・太田実海軍少将が自決直前に残した感動的な電文「沖縄県民斯ク戦ヘリ 県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」からも明らかです。

認められぬ「沖縄条項」

検定撤回運動の中核は「反日」

picture
 沖縄の人が、「自分たちはひどい目に遭った」と叫んで本土から金をもらおうとしているかもしれませんが、はっきり言って、それは卑しい。なぜ、お金が絡んできた途端に卑しくなってきたかと言えば、戦後の風潮もあります。戦後の日本本土を悪く言わなければならないコリア人と同質の発想法に蝕(むしば)まれたのではないか、とみています。

 コリアの人々だって、日本人がそんなに悪いことをしたことがないと当時を生きていた人は誰もが承知していると評論家、呉善花(オ・ソンファ)さんが書いています。しかし日本軍が非常に悪かったというのは、李承晩以降の発想法であり、GHQ(連合国軍総司令部)の方針で、軍宣伝が広く浸透しました。

 それを利用して、事実にかかわりなく、日本をゆすろうという態度がコリアにも中国にもあります。その圧力の前に、事実をろくに確かめもせずに降伏したのが昭和五十七年夏のマスコミ誤報が発端の「教科書誤報事件」当時の宮沢喜一官房長官でした。

 今回も、渡嘉敷、座間味の集団自決に、何もないということが分かった途端に、沖縄は島ぐるみで「自決に関与した」と叫びだし、誤った情報を本土に向かって洪水のごとく流し始めたのです。

 われわれは沖縄が戦場となったことに心から同情しています。ですが、特攻隊で亡くなった人のほとんどは沖縄戦防衛のため亡くなっています。また本土が無傷だったということも全くない。六十四カ所全部焼かれた。東京は大空襲で一晩に十万人の住民が焼かれています。市民の死者の数を比較すれば、沖縄よりも多い。広島、長崎の原爆しかり、です。でも、本土の人は誰もが戦場となった沖縄が気の毒だったと思っていたのです。

 それ故、赤松大尉も梅澤少佐も地元住民に配慮したのです。その気持ちを酌んでもらわないといけない。それを利用して反対運動を展開する中核には、反日運動の勢力があります。その背後には、金が絡んだアジアの反日グループが存在する可能性もあります。情けないのは、それですぐ動く日本政府の人たちです。

 検定撤回を求める県民大会の様子を伝える沖縄の新聞を見ると、安保改正反対運動当時の新聞を思い出します。でも、終わってみれば日米安保は改正してよかったと気付いたのです。マスコミはこうした反対運動をしばしばやりますが、米軍によって殺害された住民の写真をあたかも日本軍によって自決させられたかのごとく紹介するのは、メディアが絶対やってはいけないことです。

 良識ある人たちはまず、大江健三郎氏を完全に謝罪させる運動から突破することでしょう。裁判で渡嘉敷、座間味島での自決命令がなかったとはっきりすれば、それだけで大きなポイントであり、それが肝心です。私たちは赤松、梅澤両隊長が地元住民にとって立派な将校であったということ、虚偽の記事を書いたのは沖縄タイムス『鉄の暴風』であり、それを検証せずに書いたのが大江健三郎氏であったという事実を広めていくことが大事ではないでしょうか。また、誤報から生まれた「近隣諸国条項」の取り消しを求める運動を進めていかないといけません。

 繰り返しますが、沖縄の人が太平洋戦争の時に最もよく戦い、われわれを感激させ、司令官を感激させた人たちです。日本が沖縄を捨てたなどと絶対思わないでいただきたい。どうか、歴史の事実に冷静に向かってほしいものです。

 万が一、沖縄戦の集団自決に軍の強制があったと明記する形を永続させる目的の「沖縄条項」などを制定すれば、愛する家族や許嫁(いいなずけ)を捨てて死んでいった若き特攻隊の英霊が泣きます。

(談)

 沖縄戦における特攻隊 日本海軍航空史編纂委員会編『日本海軍航空史1 用兵篇』、生田惇著『陸軍特別攻撃隊史』によれば、日本軍は、約千九百機(海軍が千機、陸軍が九百機)の航空機と約三千人(海軍二千人、陸軍千人)の搭乗員を沖縄戦の特攻に投入。また、戦艦大和には有賀幸作艦長以下三千三百三十二人が乗艦した。

 近隣諸国条項 教科用図書検定基準に定められている「近隣のアジア諸国との間の近現代の歴史的事象の扱いに国際理解と国際協調の見地から必要な配慮がされていること」という規定。昭和五十七年、高校の日本史教科書に、中国華北への「侵略」表記が「進出」に文部省検定で書き直させられた、という報道が発端となり、中国・韓国が抗議し、外交問題に発展した。当時の宮沢喜一官房長官が近隣諸国に配慮するとの談話を発表し、この条項が加えられた。だが、発端となった報道が「誤報」であると世界日報は最初から指摘。後に産経新聞も誤報だったと大きく報じた。「沖縄条項」とは、この近隣諸国条項の国内版であり、沖縄への政治的配慮の固定化を図る目的がある。

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