狼魔人日記

沖縄在住の沖縄県民の視点で綴る政治、経済、歴史、文化、随想、提言、創作等。 何でも思いついた事を記録する。

お笑い!発狂新聞

2011-09-01 12:52:33 | 八重山教科書採択問題

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沖縄2紙がデタラメな情報を垂れ流し、連日大騒ぎをしてくれたお陰で、良識ある県民は教科書採択の知識を得ることが出来た。

昨年までの教科書採択で、沖縄2紙が一行も報道しなかった理由が、沖教組主導の違法な採択法が実施されていたため、ということも知ることが出来た。

沖縄紙が、県民には違法な採択法は「知らしむべからず、よらしむべき」という態度をとったということも。

そして八重山協議会が、従来の違法な採択法を正常化するために教育改革を行ったことも知ることが出来た。

その意味では、沖縄2紙が今回の教科書騒動で果たした「功績」は大きい。

だが、一旦振り上げた拳の下ろし所を間違うと、とんでもない事態に陥る。

沖縄タイムスは引き際をを知っているだろうか。

八重山地区の教科書問題は、個々の教科書の内容の問題から、教科書採択制度の合法的適用か否かの問題になっている。

このまま沖縄2紙の扇動に乗った慶田盛教育長が暴走し続けると、教科書無償配布の問題に触れるのは当然のことである。

今時沖縄2紙の偏向記事で情報を得ようと思う人は少ないと思うが、お笑いとして楽しみに読む人は多い。

一例を挙げよう。

八重山教科書:3教育長が法を盾に応酬

沖縄タイムス 2011-09-01

≪公開された役員会。報道陣や教育関係者ら約20人が見守る中、玉津教育長が再三繰り返したのは無償措置法に基づく法律論だった

 「協議会は無償措置法に基づく。同一地区について同一の教科書を採択しなければならない」と、答申と異なる教科書を採択した竹富町の“違法性”を臭わせて同町の翻意を迫った。≫

≪ 「国の情報によると、法に従わなければ全教科が有償になる。八重山の中学生の手元に教科書が届かないという事態も想定される」と指摘し、「県通知も協議会の答申に合わせ採択してくださいと命令している」など独自の解釈で圧力。

 崎原教育長も「教育委員会には教科書を決める権限はあるが、協議会のように一本に絞る権限はない。竹富のせいで無償措置が受けられないことになる」と玉津教育長を援護した。

 法や通知をかざして竹富を追い込む発言に対し、慶田盛教育長は「竹富町は悪者なのか」と強く反発。

慶田盛教育長の「竹富町は悪者なのか」のコメントには思わずコーヒーを吹いてしまった。

そうです、あなたが悪者なのです。

沖縄タイムスが、「悪者は玉津教育長」「慶田盛教育長は正義の人」と繰り返し喧伝すればするほど賢明な読者は、「ルール破りの大悪党は慶田盛氏」ということが分かってきている。

あなたが悪者ですよ、慶田盛さん。

教科書騒動は3人の教育長の言動はどちらが適法か違法かという段階に入っているのだから議論は当然法律論に及ぶ。

既に自分らの主張が違法だと気が付き始めた又吉記者の次の文章に今度は食べかけのビーナッツをを吹いた。

いわく「法を盾に応酬」「法に基づく法律論だった」「法や通知をかざして竹富を追い込む」などなど、違法性を追求され、追い詰められた沖縄タイムスの焦りが表れ、充分笑わせてくれた。 

一知半解の生知識で教科書問題を語る沖縄2紙のヨタ記事や「識者の見解」を一つ一つ取り上げていたらブログが幾つあっても足りないので、琉球新報については「会長『答申に従え』」などと、いかにも玉津悪代官を臭わす見出しが笑わせてくれる次の記事をリンクする。

会長「答申に従え」 教科書再協議決裂 琉球新報 2011年9月1日    

では、昨日の3教育長の役員会では一体何が起きたのか。

あくまでも中立な視点で報道する八重山日報の記事を紹介する。」

八重山日報 2011年9月1日

9月1日 八重山日報

「不採択」見直しめぐり平行線

石垣・与那国「答申に従うべき」

「合意形成された」と竹富難色

竹富町教育委員会が育鵬社の中学校公民教科書を不採択とすることを決めた問題で、教科用図書八重山採択地区協議会(会長・玉津博克石垣市教育長)8月31日、市教委で役員会を開き、竹富町教委に対し、協議会の答申にそって、育鵬社の教科書を採択するよう要請した。
竹富町の慶田盛安三教育長は納得せず、役員会での決定を受け入れない考えを示し、両者の言い分は平行線をたどった。
これを受け役員会終了後、玉津教育長は、事態打開に向け「県の指導に受けて、協議会の8人の委員で再協議し(答申を)再確認することも有り得ると述べ、再協議の可能性に含みを持たせた。

3教育長「権限」めぐり激論

教科書選定と採択

育鵬社の中学校公民教科書が竹富町教育委員会で不採択になったことをめぐり、31日に開かれた教科用図書八重山採択地区協議会の役員会。協議会の答申に沿った採択のやり直しを求める玉津博克教育長、崎原用能与那国町教育長と採択の権限は教育委員会にあるとする慶田盛安三竹富町教育長が激論を交わした。
「教科書を採択する権限は教育委員会にあるが、選定する権限は協議会にある」と玉津、崎原両教育長。「教育委員会で何でも決められるなら、協議会を立ち上げる必要はない」(崎原教育長)と教育委員会と協議会の役割分担を強調した。
協議会の答申に従わず、あえて他の教科書を採択した竹富町教委の判断の妥当性を問うためだった。
これに対し、慶田盛教育長は「教科書の採択権者は教育委員会」と強調。3市町の教育委員全員で教科書を選定し直すよう求めたが、規約に規定がない突然の提案だったため、玉津、崎原教育長は「別の場所で話すべきだ」と取り合わなかった。
玉津、崎原教育長は教科書無償措置法に違反し、八重山地区が教科書を一本化できなかった場合、3市町とも「竹富町のおかげで、教科書の無償給付が受けられなくなる」(崎原教育長)などと懸念。慶田盛教育長は「財源に関することを、断定的にいうのは大きな問題だ」と猛反発した。
慶田盛教育長はまた、協議会での選定のあり方について「教科書の専門家である調査員(教員)が推薦していない教科書が、採択されたことの客観的な説明がない」と、再び問題視。(竹富町が)教育委員会を再度開いても、納得できる説明ができない」と訴えた。
これに対し、崎原教育長は「推薦に上がらなかったものを選んで何がおかしいのか」と反論。逆に竹富町教委で協議会委員でもある教育委員が育鵬社版の不採択を提案したことについて「協議会の委員自らが採択するなと提案することは協議会を愚弄(ぐろう)している」と強く批判した。

           ★

左翼団体の宣伝ビラに等しい「八重山毎日新聞」については「見出し」だけの
紹介に止める。

役員会は物別れ 教科書採択地区協議会
会長名で答申通り採択要請 竹富町は拒否の姿勢

玉津会長の解釈に疑義
県の通知などめぐり

県教育委員会
「一日も早く混乱の収拾を」
「教科書選定問題」で臨時会

             

 ■■講演会のお知らせ■■

沖縄紙に卑劣なバッシングを受けたケビン・メア氏が沖縄登場です!

 

 青山繁晴氏、ケビン・メア氏 in 宜野湾市

【祖国と沖縄に光あれ  戦後日本と日米同盟 ―これからの沖縄の行方―】

日時:9 月19 日(月) 15:00開場 15:30開演~18:00終了

開場: 宜野湾市民会館

入場料: 無料

第一部/ 基調講演 青山 繁晴氏

第二部/ パネルディスカッション

ケビン・メア氏(前米国東アジア・太平洋局日本部長) 

屋良  朝博氏 (沖縄タイムス社 社会部部長)  

花城  大輔(JC 沖縄地区協議会会長)

お問合せ先TEL.098-858-1110

公益社団法人 日本青年会議所沖縄地区協議会フォーラム

※会場定員の1200 名に達し次第受付終了となります。また、駐車場に限りがございます。公共交通機関をご利用ください。
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2 コメント

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Unknown (太郎の嫁)
2011-09-01 15:54:34
昼のニュースで、香川県立高松北中は育鵬社のを採用との報道が有りました。
反対の電話やメールが多々有ったとも。

ここ香川では、県はまとも(在日参政権付与反対決議等)ですが、
高松市や三豊市は、左巻きに乗っ取られています(「戦争を語り継ぐ運動」を今週開始しました!)。
しかし、これをきっかけに、市部でもこの教科書を採用して欲しいものです。
配給元がこれでは。 (町工場の親方)
2011-09-01 19:28:14

今日の、「産経」、にケビン・メア氏の著書、「決断できない日本」ーーー文春新書、の大きな広告が載っていました。

目次の一番目が、《「ゆすり報道」、共同通信にはめられた》、となっています。

目的のためには手段を選ばぬ、道徳の軸のまったく欠けた左翼ですから、さもありなんと思いました。
4年近く前、「共同通信」、に関して、「チャンネル・桜、掲示板」、に書き込んだものを転載させていただきます。

『配給元がこれでは。』

「WWILL」、2007年11月号
谷沢永一
《すぐばれる小沢一郎の正体》、より。
〔公務員の特権が消える日〕

我が国の心ある論客が、全国紙の甚だしい偏向を黙視する能わず、批判の声を挙げること久しいけれども、日本に全国紙なんて無いのである。いわゆる全国紙が多大な占有率(シェア)、を占めているのは、東京と大阪と山口と他にもう一県くらいあるかしら。

他の道府県に於いては、すべて地方新聞が決定的なシェアを固守している。徳島新聞にいたっては90%の普及率である。京都府では京都新聞、兵庫県では神戸新聞、以下、何処も同じ。

この地方紙に記事を配信しているのが、共同通信および時事通信社である。これらが、朝日新聞そっくりの記事と論調を流しているあいだ、日本の世論は彼等の思うままに誘導されているにすぎない。

それでは、通信社はよほど広く細やかに、情報を掬い上げているのかな。どういたしまして。この忙しい時代に誰がそんな手間閑をかけるものか。世は挙げて省エネの時代である。何事にせよ手を取り合って行こう。そのために、各省庁は、記者クラブを設営しているじゃないか。
記者クラブという特権階級の共同体が存続するかぎり、いわゆる全国紙も地方紙も、現在の偏向が是正される望みは全く無い。

辛うじて期待が持てるのは、国民がテレビで情報を得ている以上、新聞購読費は家計の邪魔であり、不必要で無駄な出費であると悟って、新聞の購読費を払わなくなる場合だけだ。

それでなくても日経は、団塊の世代が退職すると同時に購読打ち切りとなるのは不可避と見通して、北京政府にすりよって、近い将来、北京新聞として生き長らえようと、あらゆる手を打って準備している。
日本人は、生活習慣をなかなか変更しようとしないけれど、いったん国民の動きがおおきなうねりとなれば、昨日までのことはすっかり忘れて君子豹変する。その決定的な或る日が時々刻々と迫っている。

真っ先に、「毎日」、が潰れるであろう。あとは将棋倒しに一瀉千里、朝日も読売も産経も倒産は必至だ。世界の大勢を見るがよい。日本から新聞がなくなる日、それが民主主義への最短距離である。
新聞がなくなってくれれば、新聞を支配している官僚もまた手足をもぎとられる。国家公務員が終身雇用である間は、日本を民主主義国とは評価できない。・・・・・

町工場の親方 投稿日時: 2007-10-21

先日、「セレネ」、というミニコミ紙を読んでいたら、「共同通信・元文化部長」、の松本克美なる人物が書いた、「市民派の哲学者」、なる文章が目にとまりました。
この文章は以下の書き出しで始まっています。

「だれが何時書くか、と思っていた待望の書が、最近ようやく出版された。平凡社新書の、『人間・久野収』、である。筆者は元朝日新聞記者の村上義雄氏。市民派の哲学者久野収さんを、「朝日ジャーナル」、によく引っ張り出した人だ。久野収さんといっても知らない人も多いと思うが、久野さんの弟子と称する人はいっぱいいる。《かくいう小生も弟子の一人と思っている。》」

久野収は、戦後進歩的文化人の代表の一人であり、谷沢永一著、「悪魔の思想」、クレスト社、の中で、大内兵衛、丸山真男、横田喜三郎、安江良介、等十二人の一人として、取り上げられています。

題名は、「恫喝が得意な権力意識の化身」、となっていて、左翼雑誌の編集に影響をおよぼすという、隠微な手段を通じて、左翼陣営の奥の院に鎮座した、久野の反日左翼ぶりが描かれています。久野はかって、「週金」、(週刊金曜日)、の編集委員もやっていました。
このような、久野の弟子を自認する人間が、《文化部長》、をやっている共同通信社では、当然、左翼思想はあくまで正しく、それに反対の人間は悪、という空気が支配していることと思われます。「共同通信」、が左翼の立場から、「築地・チョーニチ」、と似たような捏造、歪曲報道を行うのも無理も無いと考えます。
一昨年だったか、中川昭一・農林水産大臣が、記者会見の部屋に国旗を置こうとしたとき、例によって日本嫌いの赤いマスコミが反対した中で、ヤクザなみに、身体を張って国旗搬入に猛反対したのが、「築地・チョーニチ」「共同」、「道新」、(=北海道新聞、北の道新、南の新報、タイムス、と言われる、知る人ぞ知る、左翼電波飛ばしまくりの極左新聞)、三社の記者だったのが哂えます。
それにしても、大臣の会見室に国旗を置くのが気に食わぬ、と反対する国は日本以外には考えられません。いかに異常かとつくづく情けなくなります。
「市民派の哲学者」の最後の文章を読んでいて、可笑しく、カナシクなってしまいました。

---市井の哲学者として市民派の一生を送る。評論家の佐高信、元立大教授・高畠通敏、元国会議員・中山千夏、など信者も多い。今の世に一生筋を通して生きた珍しい存在の人であった。」、(高畠通敏は以前、「朝日」、の論壇時評を担当していたと記憶しています。さすがに、「築地・チョーニチ」、が起用する人間だけに、論壇時評といっても、引用し、論ずるのは殆ど、「世界」、からで、あとは、「中央公論」、「諸君」、などは全くお呼びでなく、内容も出来の悪い大学院生の論文を読まされるようだ、と林健太郎氏が評していたのを読んだ覚えがあります。なお、佐高信、中山千夏の両氏についての説明は省きます。<W>)
「悪魔の思想」、と併せ、ここに挙げられた信者から見ても、久野収の偉大さがよくわかります。

言論の自由のある我が国で、「地方紙」、(「痴呆紙」と言いたくなります)、が何を書こうが、電波論説を述べようが勝手でしょうが、気の利いた人間ほどソッポを向いて、パソコンに向かい、いずれは淘汰されると考えます。〔昔、自民党の各派閥から、社会党まで、「隠れ田中派」、という国会議員が多くいました。なにしろ気前よく金をバラ撒いたのですから、喉から何本も手の出るような、カネの欲しい政治家にとっては当然です。表面きって、愛読者だと言えない空気でしょうが、『狼魔人日記』、を読む、「隠れ愛読者」、沖縄県の人は多いと推測します。<W>〕

P.S.「セレネ」、は比較的質の高い、むしろ反左翼の論調のミニコミ紙です。

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