同期生の友人10名で毎月一度あつまって飲んだり食ったりして旧交をあったためる事を以前に書いた。(固有名詞なき会話)
殆どが定年退職の隠居暮らし故、子供たちは既に独立して家族は少なくなっているのがメンバーの大部分。
中にはお子さんが海外に嫁入りした上、奥様に先立たれて一人暮らしの「気楽な」男もいる。
以前は午前様のご帰宅には奥様の顔色が気になっていたが、今ではそれも懐かしいというのは多趣味を誇るんN君。
夜遅く帰ってもお小言を言ってくれる奥様がいなくなると、外出も面白くないと最近では二次会も足が遠のきがちだという。
おっと、言い忘れたが外出から帰ると全身で喜びを表して迎えてくれる愛犬だけが慰めだとは彼の弁。
ただ、件のN君、無類の博識を誇り、趣味はクラシック音楽鑑賞で、自宅の応接間にPCと連結した最新の視聴覚再生装置を構築。
更に音楽鑑賞に留まらず学生時代たしなんだチェロを弾き出して、地元のアマチュア楽団に参加して練習やらボランティア演奏会で連日多忙と聞いていた。
更に油絵の趣味もあり展覧会に出展の経験もある程の腕前。
その合間を見計らって海外旅行を楽しんでいる模様。
・・・となると羨ましい限りの老後の生活であり、有り余る時間を有意義に且つ多忙に過ごしているものと誰でも思う。
夜遅くご帰宅時の奥様のお小言に代わる愛犬との触れ合いは、彼一流のジョークと受け取っていた。
ところが今朝「同期生サイト」(メンバーだけの掲示板的プライベート・サイト)にN君がいつもの強気には珍しく「孤独」についての一文を寄せた。
一昨夜のNHK「クローズアップ現代」で放映したらしい(筆者は見てない)「傾聴ボランテリア}についてだ。
しばらくは同君の寄稿を「傾聴」して見よう。
独り者の情感が滲み出た名文である。
以下引用。
≪Date: 2006年12月8日(金) 午後11時12分
Subject: 傾聴ボランチア
水曜日のNHK11:00のクローズアップ現代での話題であるが、皆さん、この傾聴ボランティアなるもをご存知でしたか。
全国で既に4,000人程が登録し活躍を期待されているらしい。首都圏の市町村でこのボランティアの公募や訓練が日増しに増えている。
傾聴というのは、いじめや悩み事相談を聞くものではなく、ましてやうつ病患者の救済ボランティアでもない。一口に言うと、僕のような独り者で話し相手の居ない人の話を聞くボランティアである。世の中核家族が進行し、一人暮らしが全国に4,000万人(?)居るらしい。
勿論一人暮らしの中には、彼女は居るが結婚はしてない人も含まれるだろう。こいう自ら望んで一人暮らしをしている人は別として、職も無く、終日一人で家の中に居る人は話し相手が居なくて、自分が生きているのか死んでいるのかさえ、実感できないという人が増えているらしい。独身で退職して、家族も無く、友人、知人とは既に縁が切れ、一人で家の中で終日過ごす。こう言う人が増えていて、一人何を語るでもなく、さびしく死んでいく。死んでから1週間後に発見されるのはまだ幸いのようだ。中には、家賃の滞納で家主に3ヵ月後に発見されるというのもあるらしい。今は、隣は何をする者ぞと気遣う人も少なくなったようだ。≫
寡聞にして「傾聴ボランティア」という言葉をN君の寄稿で始めて知った。
困った時のウィキペデリア頼み、とばかりにウィキペディアを検索しても未だ未掲載である。(12月9日現在)
2006年ウェブ大賞に輝いたウィキペディアにして未収録なのも道理、ネット上で各地域単位で「傾聴ボランティア」の普及を勤めているが未だ全国的には認知されていないようだ。
◆2006年ウェブ大賞:http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2006/12/07/14163.html
そうなると一昨夜のNHKの放映が全国的認知の鏑矢となるだろう。
しかし「傾聴」という堅苦しい言葉に逆らったのか朝日新聞は二月ほど前の都内版の記事で「聴き上手」という言葉を使っていた。
常日頃は朝日新聞のことはボロクソに批判している当日記だが都内版ではこのようなよい記事も書いているようだ。
「傾聴」か「聴き上手」か・・・、NHKの参入によってほぼ「傾聴」で決まりのようだが、「聴き上手」という言葉も捨てがたいとは思う。
◆「聴き上手」講座人気http://mytown.asahi.com/tokyo/news.php?k_id=13000130610190001
件のN君と同じくNHK「クローズアップ現代」を見て「傾聴ボランティア」を扱ったブログを下記にリンク。
◆「ときどき★刻々」さんhttp://d.hatena.ne.jp/nasca/20061205
関連情報も読ませてもらいました。今の所、私には自分の周りのことで精一杯ですので、これらの事が一段落すればと大変興味があります。有難う御座いました。
久々のコメントありがとうございます。
「人間、生まれる時も死ぬ時も一人だ」なんて強がりを言ってみても人間はやはり社会的動物で一人では生きていけません。
究極の最後は一人だとしても、その寸前までは人との交流を大事にしたいものです。人間嫌いが様になるのは若いうちです。
傾聴ボランティア。
面白いことを考え付いたものですね。
ボランティア「している」つもりが結局「されて」もいる、ということは、本文でリンクした朝日新聞の次の引用でよく理解できます。
「ボランティアに行って、ボランティアされてる感じ。聴くことで成長させてもらってます。訪ねていく2時間の間に、1度でも2度でも笑顔を見せてくれると、本当にうれしい」
またコメントください。