狼魔人日記

沖縄在住の沖縄県民の視点で綴る政治、経済、歴史、文化、随想、提言、創作等。 何でも思いついた事を記録する。

母は軍命令がなかったと証言したために、島で攻撃を受けた。

2007-07-22 05:36:57 | ★集団自決

  ■「不都合な真実」を証言した為、
                  母は島で攻撃を受けた■

隊長の命令がなかったと証言したために、母は島で攻撃を受けた。それから母はすごく落ち込んで、結局はがんで亡くなってしまうが。母は歴史を曲げてきたという思いがあって隊長が生きている間に、きちんとしたいという思いがあった。>(沖縄タイムス 2005年6月10日)

座間味島の「集団自決」の生き残りだった故宮城初江さんは遺族に援護近を適用する為島の長老たちと口裏を合わせて「集団自決は梅沢隊長の命令でやった」と証言した。

そのため梅沢元隊長が世間のバッシングを受けて悲惨な人生を過ごしていると聞き知って自責の念にかられた。

その後宮城初江さんは証言を翻して「隊長の命令はなかった」と証言した。 今度は初江さんが島で攻撃を受けた。

宮城初江さんがノートに書き綴った「集団自決に関わる遺言」を、娘さんの宮城晴美さんが「母の遺したもの」として出版した。

沖縄タイムスに連載された宮城晴美氏自身の文章から「証言」の経緯を辿って見たい。http://www.zamami.net/miyagi.htm

 <「援護法」とのはざまで

  話は1956年にさかのぼった。
  沖縄への「援護法」(正確には戦傷病者戦没者等遺族援護法)の適用を受け、座簡味村では1953年から戦没者遺家族の調査が着手されていたが、それから3年後、村当局は、戦争で数多く亡くなった一般住民に対しても補償を行うよう、厚生省から来た調査団に要望書を提出したという。
  この「援護法」は、軍人・軍属を対象に適用習されるもので、一般住民には本来該当するものではなかった。それを村当局は、隊長の命令で「自決」が行われており、亡くなった人は「戦闘協力者」として、遺族に年金を支払うべきであると主張したというのである。つまり、国のシステムから考えれば、一般住民に対して「勝手に」死んだ者には補償がなされず、
軍とのかかわりで死んだ者にだけ補償されるという論理を、住民たちは逆手にとったことになろうか。
その「隊長命令」の証人して、母は島の長老からの指示で国の役人の前に座らされ、それを認めたというわけである。
  母はいったん、証言できないと断ったようだが、「人材・財産のほとんどが失われてしまった小さな島で、今後、自分たちはどう生きていけばよいのか。
島の人たちを見殺しにするのか」という
長老の怒りに屈してしまったようである。
  それ以来、座間味島における惨劇をより多くの人に正確に伝えたいと思いつつも、母は「集団自決」の個所にくると、いつも背中に「援護法」の“目”を意識せざるを得なかった。> (沖縄タイム)

 

ところが、皮肉にも著者の晴美氏は沖縄の「平和運動」のリーダーだった。

母、初江さんが「真実の証言」をした1977年には、娘の晴美氏は既に28歳。 

立派な沖縄の「平和運動」の指導者に育っていたのだ。 

沖縄の“世論”と母の証言の狭間で、ねじれた立場の晴美さんにも攻撃の矢は飛んでく来たという。

晴美氏は今でも「軍命令あり派」の講演会で「軍の関与はあった」の主旨で講演会をしている。

自責の念で証言を翻して「軍命令はなかった」と証言した実母とは反対の立場で。

母は、事実を隠蔽しようとする人々の攻撃を覚悟してまで真実を証言した。

晴美氏は「集団自決」の生き残りだった実母とは反対の立場(「市民団体」の立場)で講演をしている。

だが、晴美氏の「私の著書は誤解されている」というその講演に説得力はない。(「集団自決」の証言者  宮城晴美さん講演

 

<渡嘉敷島の「集団自決」の生き残りである金城重明さんは、肉親を米兵にじゅうりんされるより、愛するがゆえに自分自身で手をかけたことを証言している。>( 沖縄タイムス 2005年6月10日)

「軍命令あり」側の証言者として度々登場するのが渡嘉敷島の「集団自決」の生き残り金城重明さん。

確かに金城さんの証言は生生しく聞いて胸が傷む。

だが、金城さんは、「悲惨な事件」の証言者ではあっても、「軍の命令があった」とは証言していない。

金城さんの証言を都合の良いように料理しているのがサヨク学者や沖縄のマスコミである。

                    ◇

沖縄タイムス <2005年6月10日 朝刊15面http://www.okinawatimes.co.jp/sengo60/tokushu.htm

[座談会・戦争と記憶―戦後60年](5)

 (5)集団自決

証言者の表現大事に・宮城 (宮城晴美氏 引用者注)
共有することが大切・比嘉
当事者の矛盾に思い・屋嘉比

(前略)

  宮城 隊長の命令がなかったと証言したために、母は島で攻撃を受けた。それから母はすごく落ち込んで、結局はがんで亡くなってしまうが。母は歴史を曲げてきたという思いがあって隊長が生きている間に、きちんとしたいという思いがあった。

 私は、隊長の命令はなかったと書いたが、その本には当時島がどういう状態であったかも具体的に書いてある。それを読めば、読者は、島の人たちが勝手に死んでいったとは思わないはず。「玉砕するから集まれ」と各壕を回る伝令の役場職員がいて、彼が来たことで、島の人は隊長命令だと思った。それまで陣地を構築するとか、食糧増産など島の人を集めるときはその伝令が来たから。激しい砲弾の中で伝令が来たことは、隊長の命令だと島人に理解された。しかし、命令があったかどうかというより、皇民化教育は国のためには「死」を惜しまないことを教えており、「集団自決」は敵を目前にした住民の必然的な行為だった、つまり国家によって殺されたといえる

 命令しなかったという隊長はそれじゃ許されるのかというと、そうではない。彼の戦後の生き方が問題だ。自分の身の“潔白”を証明しようと、手段を選ばず、えげつない方法をとってきた。

 屋嘉比 「集団死」という用語については、八〇年代の教科書裁判で事実性が争われた中から構築された意義を認めながらも、「集団死」という用語を使うことで、逆に見えなくなる部分があるのではないか。

 例えば、渡嘉敷島の「集団自決」の生き残りである金城重明さんは、肉親を米兵にじゅうりんされるより、愛するがゆえに自分自身で手をかけたことを証言している。体験者でない私たちが「集団自決」を考えるとき、自分がその場にいたらどうするかと、考えることが重要だと思う。そして、愛するが故に手をかけたという当事者の矛盾した行為の意味を考え続けることが必要だ。その矛盾の意味を考えるために、非体験者の自覚として「集団死」ではなく、あえて形容矛盾を含んだ語句である「強制的集団自殺」という用語に私はこだわりたい。(略)

 

「母の遺したもの」  宮城初江氏の証言

「集団自決」の証言者  宮城晴美さん講演

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2 コメント

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捏造記事とねじ曲げの実態 (前慶良間人)
2007-07-22 10:34:13
7月21日(土)タイムス朝刊の社会面の一番下「おわびと訂正」を見て下さい。ひどい捏造の実態と、タイムスの願望が明らかです。渡嘉敷島の取材記事についても非常に疑問です。
沖縄タイムスには呆れる! (狼魔人)
2007-07-22 18:16:04
前慶良間人さん

コメントありがとう御座います。

>「おわびと訂正」

県議団の現地調査がデタラメなのを白状した訂正記事ですね。

「軍命令はなかった」と断言している金城武徳さんの証言も、沖縄タイムスの記事にかかると

≪金城さんは「軍の命令があり、村民は集落から移動した。・・・・」≫ー沖縄タイムス6日夕刊

と、いかにも「軍命令があった」と印象操作する沖縄タイムスはもはや、新聞の名に値しないですね。

又貴重な意見を聞かせてください。

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