ブログ 「ごまめの歯軋り」

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読書ノート 小平邦彦著 「幾何への誘い」 岩波現代文庫(2000年)

2015年09月20日 | 書評
図形の科学としての平面幾何の論理と現代数学の論理 ユークリッドとヒルベルト 第1回

序(その1)

 まず小平邦彦氏という数学者のプロフィールについて簡略に記しておこう。小平邦彦氏(1915年3月16日 - 1997年7月26日)は東京生まれ、旧制松本中学、東京府立第五中学、第一高等学校 (旧制)を経て、東京帝国大学理学部数学科および物理学科卒。20世紀を代表する数学者の一人。数学界のノーベル賞といわれるフィールズ賞を1954年に日本人として初めて受賞(調和積分論、二次元代数多様体(代数曲面)の分類などによる)。1948年、ヘルマン・ワイルによりプリンストン高等研究所に招聘された。変形の理論(モジュライ空間の局所理論)でも有名。小平は代数幾何に(楕円型微分方程式論など)複素解析的手法を持ち込み、これらの業績を次々と上げた。帰国後東京大学、学習院大学で教鞭をとった。小平次元、小平消滅定理、小平・スペンサー理論等に名を残している。専攻は代数幾何学、複素多様体とされている。1954年にフィールズ賞 、1957年に文化勲章、1984年にウルフ賞数学部門 を受賞した。本書は1988年5月に岩波市民セミナーで行った平面幾何の講座のノートに加筆訂正したものであるという。1991年10月に岩波書店より出版された。それが2000年1月に岩波現代文庫に入れられた。著者には市民向けの数学啓蒙書として、本書の他「幾何の面白さ」、「怠け者数学者の記」などがある。著者は数学教育にも力を入れ東京書籍の教科書監修と執筆にもたずさわった。本書にも随所に数学教育の在り方に関するコメントがあり、著者は現在の数学教育に危機感をもっていたようだ。戦前の幾何の教えたかたは、数学的厳密さを一部欠いているところがあるとはいえ、それはそれで図形の楽しさと証明論理の鍛錬という教育的効果が抜群であったと評価する一方、抽象的思考になれていない生徒に対して現代数学的思考法を教えることの曖昧化を危惧していた。数学は哲学と論理学の一分野という考えには、否定はしないがその教育的意義に疑問を呈している。あの微積分も現代数学からすると厳密さを欠いている。実用性という数学(物理数学、実用数学)分野も数学的厳密さをおろそかにしてきたという。幾何学は直感を大事にしてきた。「補助線をどう引いたら解法が開けてくるかに最大の楽しみがある」と本書の解説者で数学者の上野健爾氏はいう。しかしそこに数学的厳密さ(証明なしに自明とする態度)が欠けているのである。本書の構成は第1章でユークリッド幾何に端を発する図形としての平面幾何の厳密な体系を展開し、第2章ではヒルベルトの「幾何学の基礎」を引用して、現代数学の立場から見て厳密な平面幾何とはどういうものか、図形の科学としての平面幾何とどう違うのかを見てゆきます。第3章では複素数の平面幾何へ応用の初歩を紹介します。では私たちが昭和30年代に学んだ中学・高校の幾何はどうだったのかといえば、やはり図形の科学の立場から教えられたような気がする。それで終わっていて現代数学は教わらなかっただろうと思う。数学の現代化運動はユークリッド排除運動の中、初等幾何学の公理体系が不完全であり、集合論などの現代数学を導入すべきであるというものでした。ただそれは教育に混乱を与えただけで失敗した。ヒルベルトに始まる形式主義的な数学の取り扱いが決して数学の本質ではないと小平氏は主張しているようだ。抽象論理では幾何の理解は決してできないし、幾何という形の学問は興味を半減してしまう。図形さえ消え去るのである。図形というものを目で見てゆかなければ、ヒルベルトの「幾何学の基礎」はやはり理解不能である。論理の展開を図形をみて「そういいうことか」と納得できるのである。ヒルベルトの公理主義(形式主義)もブルバキの「構造主義」も数学を整理するために必要であるが、それだけが数学と思い込むと迷路に入ると小平氏は言う。

(つづく)