過去に描かれた名画を見るのは、結構、難しいものだということがわかりました。この時代の画家は漫然と絵を描いていることはなく、キャンバスに書き込んだひとつひとつの小物、対象、構図などにも多くの注意をはらい、意図を加えています。
そして、この時代は情報媒体が現代と異なり、限られていましたから、画はいろいろな情報の担い手でした。
画を見るときには、現代の視点から鑑賞することもひとつの方法ではありますが、まず当時の画家のコンセプトをよく考え、当時それらの絵をみていた人たちの想いによりそうことが重要です。
一言でこのように言えても、実際にそのようにするにはトレーニングがいります。今を生きているわたしを描かれた絵の時代の人間にもっていき、その時代の人になるということなど簡単にできるはずがありません。
過去の人間にとっては当たり前であったことが、今の人間には当たり前のことではないのです。
本書は、この容易にはできない鑑賞態度のトレーニングを手助けしてくれます。一例をひくと、フェルメールに「恋文」(1669-70頃)という画がありますが、当時、「手紙」がもっていた価値、意味はどのようであったのか、左手の地図が「ホラント、西フリースラント両州の地図」であること、女性ふたりの背後の壁にかかっている2枚の絵が恋人たちの愛の往くへを暗示していること、そしてこの画の構図がホーホストラーテンの「入口から見たオランダの室内の透視図」、ホーホの「女性と手紙を持つ若い男性」と無関係ではないといったことが解説されています。
本書では、こういった感じでフェルメール、レンブラントに代表されるオランダ絵画を読み解くために必要な情報(家庭での女性の力、それに対する男性の畏怖、当時の医者[偽医師]という職業の中身、老女の果した役割、が満載されています。
また、ドイツの哲学者ヘーゲル(1770-1831)がその著『美学講義』のなかでオランダ絵画について言及しているようで、本書でその部分が引用されていました(pp.224-225)。初耳でした。
さらに、普段あまりお目にかかれないメッツー、ステーン、ミーリスなどの風俗画が掲載され、ほどよい解説がついています。この点だけでも得難い良書です。