この映画は、中年の人妻と医者との束の間の、行き場のない愛をテーマとした佳作。家庭のある女性の平凡な日常に生まれた愛情がテーマである。木曜日だけの短い逢いびき。原作と脚本はイギリスの著名な劇作家、ノエル・カワード。「きざな会話や劇的な場面はひとつもない。それゆえに、ありふれたメロドラマに終わらなかった極上の叙情詩」である。
ローラ・ジョンソン(シリア・ジョンソン)には、実業家の夫と二人の男の子がいた。何不自由のない幸せな生活であった。ローラは毎週木曜日にケッチワースからミルフォードの街に出掛け、買い物。午後は映画で気晴らし。夕方の汽車で帰宅するのが習慣であった。ある日、駅のホームにいたローラは、汽車の排煙から出たススが目に入り、とれなくなった。医者であるアレック・ハーベイ(トレーヴァー・ハワード)がたまたまそこに居合わせ、親切にススを取り除いてくれた。
翌週の木曜日、ローラは再びミルフォードへ。買い物の途中、偶然アレックに会った。思いがけない再会に、爽やかな挨拶。帰り際、駅でチャーレー行きの汽車を何げなく見送る。そして、次の週。夫の誕生日のプレゼントを求め、混んだレストランで食事をしていたところに、アレック飛び込んで来た。同じテーブルで食事。ローラはここでアレックがチャーレーで家族とともに住み、木曜日だけ大学で同期だった友人が主任であるミルフォードの病院に代診にきている医者と知った。その日の午後、二人は一緒に映画を見て、帰りの汽車を待つ駅の喫茶室で、次週の再会を約束して別れた。予防医学のことなどを少年のように熱っぽく語るアレックに、ローラは何かしら惹かれるものを感じたが、一方で危険な匂いを直感し、「二度と逢うまい」と心に誓うのだった。
約束の木曜日、約束を儀礼的に果たそうとレストランでアレックを待った、彼は現れない。急の手術が入ったためだった。ケッチワースに帰る時間になり、駅の喫茶室で汽車を待っていると、彼が息を切らして駆けつけた。次週のデートを約束し、チャーレー行きの汽車に飛び乗るアレック。
翌週。二人は映画鑑賞を早めに切り上げ、散歩。ボートを漕ぎ、楽しい時間を過ごした。アレックは、ローラに愛の気持ちをうちあけた。ローラも同じ思いであったが、お互いに家庭があり好き勝手なことはできない、障害が多すぎる、今なら後戻りできる、分別をとりかえさなくては、と訴えた。別れ際の抱擁と接吻。ローラはロマンチックな甘い夢に酔い、アレックとパリ、ベニスと世界中を旅行している自分に酔った。帰宅後、夫に嘘を言った、「映画を一人で見て、食事を友達のメアリーとした」と。結婚後、夫についた初めての嘘であった。
アレックとローラはデートを重ねた。不実の愛情はどこに行きつくのであろうか。友人から借りた車でローラと田舎をドライブ。二人の関係は危うかった。どんなに二人が愛し合っているかも、互いに理解していた。留守中の友達のアパートにローラを誘うアレック。彼女はこれを拒否し、いったんは帰ろうとし、汽車の座席にすわったが、思い直して彼の待つアパートの一室に戻った。ところがそこに風邪気味で急遽予定を変更して、友人が帰って来た。ローラは慌てて裏階段から逃げ、降りしきる雨のなかを逃げ帰った。ローラは愚かな自分を問いつめ、良心の呵責に苛まれ、涙を流す。部屋に置き忘れられた女物のスカーフを見つけた友人は、アレックを非難した。アレックは、ローラを追った。泣き崩れるローラにアレックは、別れの決断を告げた。兄が開いたアフリカのヨハネスブルクの病院に行くとの決意であった。
想い出の田舎へのドライブの後、最後の別れの場面。駅の待合室で二人は沈痛な面持ちで汽車を待っていた。そこへ偶然、ローラの友人ドリーが現れて、二人の事情に無頓着に喋りかけてきた。二人は別れの言葉を交わすこともできず、アレックはローラの肩に軽く手を押して、やがて入って来た汽車に乗るのだった。この映画の冒頭の場面に戻る。アレックは、チャーレーに帰る。列車の音に耳を澄ますローラ。
ローラは力を落として帰宅。精彩が無い。「この切ない気持ちは、いずれ忘れるわ。しっかりしなきゃ。永久に続くものはない。幸せも絶望も、人生だって。今に平気になる時がくる。あの一瞬一瞬を覚えていたい。いつまでも」。全てを察した夫は「遠くに旅していたようだったね。よく戻って来た」と優しく彼女を抱くのだった。
効果的に流れるラフマニノフのピアノ協奏曲第二番の旋律。人々が往来するミルフォード駅の喫茶室の風景。蒸気機関車の黒い車体と汽笛。二人の関係が容易ならざるものに向かって行くことを伝える画面展開。デヴィット・リーンの巧みな演出とそれに応えた二人の名優が忘れられない。第一回(1946年)カンヌ映画祭グランプリ、国際批評家賞。