6月18日に、メジューエワさんのピアノ・リサイタルで、ショパンのノクターン全曲を聴きました。メジューエワさんの演奏は、かつて、新宿の朝日カルチャーセンターでベートーヴェンのピアノソナタ全曲をリレー講座で聴いたことがあり、それ以来、ファンです。
場所は上野の東京文化会館小ホールでした。この演奏会場は初めてでした。ここにあるピアノは、日本ピアノサービス株式会社が所有している、1925年制作の年代ものです(下の画像)。およそ90年前にこの世に出たものですが、しっかりした音です。小さな音もよく響きます。
メジューエワさんはいつものように、楽譜と対話しながら、ゆったりとした姿勢で、ショパンを奏でました。
体調がいまひとつ思わしくなかったので、先日、ネットで見つけた「天然温泉 森のせせらぎ なごみ」でゆっくり過ごしました。ここは自宅から車で25分ほどです。
砂風呂があるようですが、今回はお休みでした。
たっぷり温泉気分をたのしみました。目下、温泉がマイブームになっています。
帰りは土砂降りのなかでした。車で急いで戻ってきました。
「ラ・ボエーム」「蝶々夫人」「トスカ」などで有名なプッチーニ(1858-1924)の最後のオペラ作品がこの「トゥーランドット」です。しかもプッチーニはこの作品の制作中に亡くなり(1924年)第三幕のリューの死のあとは、フランコ・アルファ―ノ(1875-1954)によって補筆されました。
原作はカルロ・ゴッツイ(1720-1806)の「トゥーランドット」です。この原作は1710-12年に出版された「千一日物語」にある「カラフ王子と中国の皇女の物語」にヒントを得たものです。ゴッツイの作品をシラーが翻案し、プッチーニが自らの音楽人生を込めて作りあげたのが、プッチーニ作曲の「トゥーランドット」です。
この作品には例えばリューという家政婦がでてきてます。リューのモデルはドーリア・マンフレディという実在の女性です。ドーリアはプッチーニが自動車事故で大けがをしたときに世話をたのんで雇われた娘です。この事故ではプッチーニの妻エルヴィーラも子どもも同乗していて巻き込まれましたが、幸い二人は軽傷で済みました。ところが、妻のエリヴィーラはプッチーニとドーリアとが関係を結んでいると勘違いし、彼女を迫害し始めました(1907年)。このことが原因でドーリアは1909年に服毒自殺しました。プッチーニは自らの作品のなかにこのドーリアをリューの姿に昇華させたと言われています。
今回、2つの「トゥーランドット」を見ました。ストーリーが明快で、ピン、パン、ポンという宦官の役割も面白く、吸い込まれるように観ました。ウィーン国立劇場版は、カラフを若きホセ・カレーラスが演じています。イタリアRAI放映版(1958年)は、舞台ではなく映像です。
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■イタリアRAI放映版(1958年)
<第一幕>
1.オープニング
2.北京の人民よ
3.砥石をまわせ
4.まだ、月は昇らないのか
5.ご主人様、お聞きください
6.泣くな リュー
<第二幕>
7.おい パン! おい ポン!
8.厳粛な雰囲気の中で
9.北京の人民よ
10.この王宮で それは幾千年も前のこと
11.異国の王子よ 聞きなさい
12.あなたは わたしに3つの謎をかけ
<第三幕>
13,姫のご命令は 次の通りである
14.誰も寝てはならない
15.心に秘めた 大きな愛です
16.氷のように冷たい姫君も
17.死の王女よ
18.私はどうなったのかしら
19.一万年もの間
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音楽:ジャコモ・プッチーニ
台本:レナード・シモーニ、ジュゼッペ・アダーミ
指揮:フェルナンド・プレヴィターリ
演出・舞台装置:マーリオ・ランフランキ
<配役>
トゥーランドット:ルチッレ・ウドヴィック
カラフ:フランコ・コレッリ
リュー:レナータ・マッティオーリ
ティムール:プリニオ・クラバッシ
ピン:マーリオ・ボッリエッロ
パン:マーリオ・カルリン
ポン:レナート・エルコラーニ
役人:テオドーロ・ロヴェッタ
演奏:RAIミラノ放送管弦楽団・合唱団
友人に借りてそのままになってた「トゥーランドット」(オペラ名作鑑賞7)を手に取りました。この間、仕事が立てこみ、疲れていたので、ぼんやりと見始めましたが、だんだんのめり込んでいきました。
この版には、ウィーン国立歌劇場によるものと(1983年)、イタリアRAI放映版(1958年)とが収められています。
あらすじは、以下のようです。
【第1幕】 伝説の時代、舞台は中国の北京、紫禁城前の広場。絶世の美女でありながら氷のように冷たい心を持つ皇帝の娘トゥーランドット姫は、「3つの謎を解いた者を夫として迎えるが、その謎を解けなかった者は斬首の刑」というおふれを出していました。
この日にもその犠牲者がいて、広場では群衆が刑の執行を待ち異様な興奮に包まれています。
その混乱した広場で、ダッタン元国王で放浪の身だったティムールと生き別れになっていた息子カラフが偶然、再会します。
しかしそこで、カラフは斬首の命令を下すために姿を現したトゥーランドットを目にとめると、その美しさに魅せられ、謎解きに挑戦すると言い出します。
ティムールに仕えていた女奴隷リューは、王子カラフを慕っていて、謎が解けなければ彼は命を取られ、そして老いた彼の父も取り残されてしまうと泣き崩れます。
しかしカラフの決意は堅く、謎解きに挑戦することになります。
【第2幕】
謎解きの儀式の準備が整い、トゥーランドットが姿を現し、カラフへの3つの謎解きが始まります。
一、毎夜に心によみがえるのは? ………「希望」
二、燃え上がるが火ではないのは? ……「血潮」
三、火をつける氷とは? …………………「トゥーランドット」
カラフは3つの謎に正解をだしたのですが、トゥーランドットは動揺して彼の妻となることを拒みます。
そこでカラフは「夜明けまでに私の名を明らかにできたら、命を捧げよう」と逆に謎を出しました。
【第3幕】
トゥーランドットから「夜明けまでにあの見知らぬ者の名がわかるまで北京では誰も寝てはならぬ」と命令が下され、群衆は血眼になって調べ始めます。
狙われたのはカラフと話をしていたティムールとリュー。リューは自分だけが彼の名前を知っていると言ったかどで、拷問にかけられます。しかし、口を割りません。トゥーランドットに「なぜそんなに耐えるのか」と問われ、リューは「それは愛の力」と言って短剣で自ら胸を刺し自害して果てます。
群衆が去り、カラフとトゥーランドットが二人きりになったとき、カラフは拒もうとする彼女に接吻します。そして自らの名を明かします。夜が明け、群衆の前でトゥーランドットは彼の名がわかったと勝利を宣言しながら、「彼の名は『愛』」と叫び、二人は結ばれます。
「わかる オペラ情報館」より。若干手直ししました。(http://www.geocities.jp/wakaru_opera/turandot.html)
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■ウィーン国立歌劇場版(1983年)
音楽:ジャコモ・プッチーニ
台本:レナード・シモーニ、ジュゼッペ・アダーミ
指揮:ロリン・マゼール
演出・舞台装置:ハロルド・プリンス
<配役>
トゥーランドット:エヴァ・マルトン
カラフ:ホセ・カレーラス
リュー:カーティア・リッチャレッリ
ティムール:ジョン=ポール・ボガート
アルトゥム皇帝:ヴァルデマー・クメント
ピン:ロバート・カーンズ
パン:ヘルムート・ヴィルトハーバー
ポン:ハインツ・ツェドニク
役人:クルト・リドル
演奏:ウィーン少年合唱団、ウィーン国立歌劇場管弦楽団・合唱団
先日、立教交響楽団の演奏で聴いた、チャイコフスキーの交響曲第4番のCDです
ところどころに耳にしたことのあるメロディがありますが、全体の構成などはほとんど知りませんでした。今は、毎日のようにBGMとしてかけています。
このCDはムラビンスキーの指揮で、レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団の演奏。1960年9月、ロンドンのウェンブリー・タウン・ホールでの録音、となっています。
少しばかり勉強したところ、この交響曲は、チャイコフスキーの経済的支援者だったフォン・メック夫人に捧げたものです。この作品を書いていた頃のチャイコフスキーは、人生の岐路にありました。チャイコフスキーを物心両面で支援したメック夫人との交際は、1876年に始まったようです。メック夫人は経済的に不安定なこの作曲家に年間6000ルーブルの援助を惜しみあせんでした。その関係が生涯続きますが、よく知られているように、二人は生涯、会うことがありませんでした。手紙のもの交際でした。
他方、チャイコフスキーは1877年に、ミリューコヴァという女性と結婚します。しかし、破局は2か月後でした。ミリューコヴァは結婚前の印象とはまるで異なり、性格は悪く、教養はなく、夫の仕事にはまるで興味がなかったといいます。破局は必然でした。
チャイコフスキーはこの曲を1877年から書き始めたようですが、不幸な結婚中には中断され、完成したのは78年の療養先のイタリアのサン・レモ海岸のホテルでした。
第一楽章:序奏部はホルンとファゴットによる「運命」の主旋律から始まります。表面的は華やかですが、暗さを宿しています。主部に入ると、弦が第一主題を奏でます。ロシア的哀愁をたたえています。第二主題はクラリネットによってうたわれる明朗な旋律です。展開部はこの楽章の聴きどころで、チャイコフスキーのオーケストレーションのうまさがひときわ目立ちます。
第二に楽章:オーボエの旋律から始まります。中間部に入ると、調性がヘ長調に変り、舞曲風になります。最後にもう一度前半が繰り返され、消えるように終わります。
第三楽章:弦はピッチカートのみで演奏します(第一部、第四部)。第二部はイ長調に変り、木管楽器がロシア民謡風の旋律を奏で、第三部は全管楽器によるリズミカルな行進曲調です。
第四楽章:全合奏による強烈な第一主題からはじまります。第二主題はロシア民謡調のわびしくものがなしい演奏です。やがて熱狂的な第三主題が登場します。これら3つの主題は入り乱れて演奏されますが、突然「運命」の主旋律に妨げられます。終結部は、再度、3つの主題による展開が行われ、華麗に、劇的に曲が終わります。
SPA温泉がマイブームになりかけています。体調がすぐれないとき、疲れたと思うとき、温泉は最適です。
今度は東鷲宮にある「百観音温泉」です。自宅から車で30分ほどのところにあります。
先日行った、「花咲の湯」(上尾市)よりやや小さめですが、「やや」であってほとんど同じです。ここ「百観音温泉」には湯殿に入りながらテレビの番組をみることはできません。そういう場所はありません。
入り口から入ると、2つの湯槽と水風呂があり、露天にでるとさらに2つ大きな湯槽があります。もっと先に行くと寝湯があります。隣接して「アカスリ」の施設が準備されています。
やや温度が高めの湯槽がありました。この温泉は噴水が57度だそうです。炭酸温泉もあるようですが今回はそこは混んでいたので避けました。わたしが気にいったのは、岩風呂(上掲画像)です。アルカリ泉で、腰痛や筋肉痛、そしてアトピー性皮膚炎などにも効用があるという噂です。
埼玉のこのあたり、他に久喜、杉戸にもSPAがあることがわかりました。温泉地帯なのです。いままで知らなかったのが残念です。
日帰り温泉「花咲の湯(SPA)」で、体を休めてきました。
この温泉は自宅から車で15分ほどです。こんな近くに温泉があるなど、知りませんでした。近隣に住んでいる方に偶然、聞いたのです。試しに出かけました。
現地に着くと、ひと風呂浴びて、帰るところのお客さんが。昼間から贅沢ですが、気持ちよさそうな、とろけたお顔です。
早速、手続きして入浴。なかは大きめの浴槽が内側に4つ。ひとつは完全に水風呂です。ここに入っている人はほとんどいません。もうひとつは趣向をこらした風呂なのか「電気風呂」とあります。少し熱めで、ピンク色のお湯です。そして、普通の温泉と、ジェット水流つきの寝風呂。お客さんが多いです。ウィークデーの日中なのに。
露天には4つの浴槽と、一人で入る五右衛門風呂のようなものが2つ。大きな浴槽にはテレビを見ることができ、ここは混んでいました。
このSPAにはレストランもあり、岩盤浴もあり、なぜか床屋、歯医者なども隣接しています。半日、たのしめるということのようです。
25日(土)6時から東京芸術劇場で、第55回同立交歓演奏会が開催されました。ゼミの学生が楽団員ということもあり、出かけました。
同志社交響楽団はドボルザークの「交響曲第9番ホ短調 作品95 新世界より」、立教大学交響楽団はチャイコフスキーの「交響曲第4番ヘ短調 作品36」でした。
わたしは2階席で、舞台全体を俯瞰できるいい位置で、たのしめました。
同志社の演奏ではフルート、オーボエの演奏、ティンパニのパフォーマンスがよかったです。また、この曲はイングリッシュホルンの音色が目立ちます。
立教のほうでは、トランぺットなどの金管が安定した音を出し、よくなっていました。こちらもフルートの奏者が光っていました。指揮者の山下一史さんはメリハリがあり、学生諸君も信頼している感じです。第四楽章のフィナーレの部分は、一気呵成にもりあがり、圧巻でした。
交響曲4番は、チャイコフスキーにとってひとつの重要な契機になった作品です。この作品がつくられたのは、1876-7年ですが、この時期、チャイコフスキーはアントニーナ・ミリューコワと結婚しましたが、すぐに破局をむかえました。また同じころ、長くチャイコフスキーに金銭的支援を行ったフォン・メック夫人との交際が始まりました。二人は生涯、会うことはありませんでしたが、膨大な手紙のやりとりがあったそうです。メック夫人にあてた手紙の中で、チャイコフスキーはこの曲にこめた思いを書いています。1877年というとロシア・トルコ戦争の最中で、チャイコフスキーはこの戦争に対する嫌悪を表明していました。
第一楽章は序奏付きのソナタ形式で、暗い現実と淡い夢との交錯が描かれています。アンダンテ・ソステヌートの序奏は管弦楽のファンファーレで始まります。このファンファーレは運命のファンファーレと呼ばれ、以後、何度もあらわれます。序奏部のあとは、悲劇的な第一主題が弦・木管楽器により提示部が展開され、ティンパニにより第一主題は終了すると、低音弦・木管楽器により主題が繰り返され、オーケストラのトゥッティにより第一主題は終了します。そしてファンファーレの3度目の登場とともに、コーダが始まり、第一主題と運命のファンファーレがトゥッティにより激しく強奏され、終了します。
第二楽章は3部形式です。重々しい主要主題はオーボエのソロで始まります。メランコリックな旋律が続き、中間部で比較的明るい楽想になり、次第に憂鬱さが薄れ、盛り上がっていきます。最後は木管楽器が主要主題の断片のみを繰り返し、フェイドアウトしていきます。
第三楽章は、スケルツォです。とりろめのない感情が示されています。弦楽器は終始ピッチカートで演奏されます。弦楽器によって主題が確保されると、木管楽器の民謡風の旋律と、楽隊の奏でる響きをあらわす金管楽器の旋律が演奏されます。
第四楽章はロンド形式。この楽章は生きる希望を表現しています。オーケストラのトゥッイによる強烈な第一主題から始まり、ロシア民謡「白樺は野に立てり」による旋律が現れ、もう一度第一主題があらわれたのちに行進曲風の民衆の主題という3つのテーマが変奏曲風に展開され、まるでお祭り騒ぎのようです。しかし、管弦楽による運命の主題が現われると、この勝利を確信した騒ぎは不穏は空気をおびてきます。終結部では、静かに主題旋律が始まり、3つの主題が展開したのち、すさまじいシンバルの響きとともに、金管楽器を中心にもりあがって終結します。
(以上、配布されたプログラムから)