【岩崎俊夫BLOG】社会統計学論文ARCHIVES

社会統計学分野の旧い論文の要約が日課です。

時々、読書、旅、散策、映画・音楽等の鑑賞、料理とお酒で一息つきます。

科学論

2007-02-27 10:47:18 | 自然科学/数学
佐々木力『科学論入門』岩波新書、1996年。
 
 「入門」書ということですが、背後に膨大な数学的知見の体系があり、それを前提として書かれているので、難しいところもたくさんあります。

 著者は「本書の課題は、ごく理性的な姿勢から、これまでに幾分つちかってきた科学史の知識を動員し、現代の焦眉の問題である科学技術に対する基本的態度を模索し、確立すること」(p.221)と述べています。

 古代ギリシャ時代の科学から現代の脳死、原子力発電所、環境問題まで科学と技術の歴史を駆け抜けるように書かれています。

 登場する人物は、アルキメデス、アリストテレス、ユークリッド、ニュートン、デカルト、ベンサム、ガリレオ、ヒルベルト、マルクス、シュンペーター、アインシュタイン等々。

 科学論の先学の研究もベースにしています。ニーダム、クーン、ヴィーコ、ハーバーマス、ツィルゼル、等々。

 学ぶことが多かったです。共感できる叙述がいくつかありました。①経済学への数学の適用が当初の思惑とは反対に、経済学の学問的内容を貧しいものにしてしまったとの指摘(p.7)、②マルクスがソ連解体後、葬り去られつつあるが、誠実な再検討に値する内容をもっているとの指摘(p.119)、③技術が社会的環境から自由でないとの指摘、随所にみられる科学の可謬性の指摘、④技術制度化の「インフォームド・コンセント」、⑤「環境社会主義」の提案などです。

 一読の価値があります。

佐賀のがばいばあちゃん

2007-02-24 00:58:00 | 小説
 島田洋七著『佐賀のがばいばあちゃん』徳間書店、2001年。大変なベストセラーになりました。

 テレビ化され、映画にもなりました。「ばあちゃん」役はテレビでは泉ピン子さん、映画では吉行和子さん。

 
 笑ってはいけないのだが、泣き笑いしてしまう、昭広(著者)のばあちゃんのたくましさ。どんな貧乏のなかにも幸せはある、それがばあちゃんのいう「明るい貧乏」というやつです。

 昭和33年、小学校2年生で広島のかあちゃんのもとを離れ、佐賀のばあちゃん(極貧のなかで7人子を育てた)の世話になります。

 お腹が減っても、それをばあちゃんは「気のせい、早く寝ろ」と言うし、深夜にまた空腹で起きて腹が減ったと言っても「夢だ」とばあちゃん。

 住と衣は貧しくともなんとか凌げるが、食の貧しさ、空腹はつらいものです。いきおい成績もテストもよくない。1と2がたくさん、ばあちゃんは足せば5になるだろ、人生は総合力と喝破します。歴史の問題が解けないときは、「過去にこだわらない」と書け、と。

 全く「がばい(すごい)ばあちゃん」です。運動会でごはんと梅干としょうがの弁当の昭広に、小学校の先生は自分が腹が痛いからと、昭広の弁当と交換。先生の弁当は、昭七にとって大変なご馳走でした。それがこの学校の先生に受け継がれていきます。優しさはひけらかさないものの、ここは泣けました。

 昭広のいろいろな体験には、戦後すぐに生まれた世代は多かれ少なかれ郷愁を感じます。脱脂粉乳、コッペパン、湯たんぽ、長持、クレパスの金色と銀色。昭広は中学を出て、野球の道、広陵高校へ。

 広島に帰る昭広に、ばあちゃんは「カエルナー」と叫びます。著者はお笑いのB&Bのひとり島田洋七さんです。

韓国文化を知る

2007-02-21 11:54:18 | 旅行/温泉
一昨年と昨年、韓国訪問をしました。今年も行きたいですが、時間がありません。
 
「『日本人と韓国人』なるほど大辞典」
(コリアンワークス、PHP研究所、2002年)
 
 
 前回でかけたのは、3月下旬。ソウル,チュンチョン、ナムソンをまわりました。当時は、「冬ソナ」の影響もあって、韓流はわたしのマイブームになっていました。

 今なら,韓国の情報は胸に落ちやすい、というわけで,図書館でこの本を見つけ、読み始めました。

 韓国の文化,習慣がよくわかります,いわゆる「ためになる本」です。3分の1くらいは既に知っていた情報が書かれていましたが,初めてわかったことも多かったです。

 その主なもの。椀物には匙,皿物には箸。汁にごはんはクッパというもの(最近では、スーパーでもすぐに食べられるように売っています)。

  夏用の部屋は「マル」で冬用は「オンドル」。「フェ」という刺身料理。家賃は「伝貰(チョンセ)」。韓国式家屋には庭(マダン)があります。

 個人あたり酒の量は世界一(でも、これは本当かな? ロシアが一番と言う話もどこかできいたような)。

 自転車はほとんど使われないそうです(沖縄のよう)。セクトン柄(黒・白・黄・赤・青)。普通,部屋には押入れがありません。

 「カッコいい」は「モシッタ」と言うのだそうです。そしてドライブマナーは悪いようです。
 
 知れば知るほど興味がわいてくるこの国。一衣帯水のこの国のことを知らなさ過ぎました。
 
おしまい。

渡辺えり子さんの自叙伝(早すぎる)

2007-02-19 22:15:36 | 評論/評伝/自伝
渡辺えり子『えり子の冒険-早すぎる自叙伝-』(小学館)、2003年。
 
 
 渡辺えり子さんは俳優との印象が強かったが,根っからの演劇人でした。脚本を書き,演出をし,役をこなし,稽古場の確保,宣伝,演劇のためなら何でもやるのです。

 23歳で劇団「三OO(さんじゅうまる)」をたちあげたものの43才のときに解散。その後、数年で再び「宇宙堂」を結成します。

 劇団は儲からない,運営では苦労が絶えない。俳優として名をなした彼女はそれだけで人生を全うできるのですが,一からやり直す思いで,前進していきます。半端な姿勢ではできません。彼女は心底,演劇を愛しているのです。

 俳優としては「おしん」と「Shall we ダンス?」が転機だったそうです(本人の弁)。この2本を契機に仕事はドンドン入ってくる,しかし劇団は続けていかなくてはならないのに,劇団員との意識の亀裂が日常茶飯事。傷つきやすいえり子さんは悲鳴をあげ,怒り,あんなことこんなことに呆れながらも,よき伴侶(土屋君)をえて(?)、ひるみません。カッコイイ。

 彼女の書いた演劇は観たことがないが,ファンタジーと現実との交錯を特色とするもののようです。

純米酒の先駆 神亀

2007-02-18 16:34:58 | 居酒屋&BAR/お酒

上野敏彦著『闘う純米酒ー神亀ひこ孫物語』平凡社、2006年。

 純米酒の先駆けー神亀酒造。

 本書でその全貌が分かりました。蔵元の名は7代目の小川原良征さん。昭和21年に生まれ東京農大醸造学科卒。

 恩師の塚原寅次先生の「日本酒の生き延びる道はその正しい作り方に戻ることしかない」という言に目覚め、大学卒業と同時にアル添が一般的だった当時の風潮にさおさして、純米酒製造の取り組みを開始し、全量純米酒を達成しました。

 今から20年ほど前のこと。知る人ぞ知る名酒(「神亀」「ひこ孫」「真穂人」「小鳥のさえずり」など)は、昔ながらの工法へのこだわりから生まれました(麹を作るときの「蓋麹法」の使用、酒を絞るときの「ふね」の使用)。

 小川原さんのこの生き方を支えたのは、戦中蔵を守ったくらばあちゃんに対する愛情、そして税務署の圧力との闘いでした。奥さんとの出逢い、杜氏の交替、蔵人との葛藤、ドラマチックです。

 全国の蔵元、酒販店との連携、専務(小川原さん)は、日本酒を守るためなら全国どこへでも飛んでいく熱い心をもっています。

 次世代に向けた純米酒の勉強会の立ち上げ、日本政策投資銀行の「酒蔵再生プロジェクト」の取りくみが課題だそうです。


樋口一葉がよく分かる

2007-02-17 12:39:19 | 文学
 田中優子著『樋口一葉「いやだ!」と云う』集英社、2004年

 樋口一葉のひととなりがよくわかります。いい本です。

 あ、この本を参考にして、永井愛さんが、劇の脚本を書き、寺島しのぶさんが好演して評判になりました。
 
 タイトルですが、小説に、日記に、一葉は「厭だ」「嫌だ」という言葉を多用しているそうな。

 例えばこういうふうに「ああ嫌だ嫌だ。どうしたなら人の声も聞こえない、物の音もしない、静かな、静かな、自分の心も何もぼうっとして、もの思ひのない処へ行かれるであろう」(「にごりえ」)

 「いやだ!」の叫びを頻繁に吐露する一葉ですが、しかしそれはひとり一葉だけではなく、人間なら誰もがもっている「叫び」だと著者は言います。一葉は「その叫びから、自分を見、自分の位置をはかり、自分の輪郭を確かめ」たのです。

 「たけくらべ」「にごりえ」「わかれ道」「大つごもり」「十三夜」と、著者はこの視点から作品解釈を進めていきます。

 吉原の世界とそこに住む遊女、太夫の粋を描いた「たけくらべ」、「江戸文学の方法を使いながら」銘酒屋の世界を描いた「にごりえ」、西鶴とであって花開いた「大つごもり」等々。

 もともと「この本を書こうと思ったのは、一葉の一作一作に『どう生きていけばよいのか』と、一葉自身が困惑し、問いかけ、『いやだ!』と幾度も現実を拒否し、しかし現実にとどまり、格闘する魂が見えたからだった」という著者だけに、作品の読み込みの深さにおどろかされます。

 そして著者自身の価値観、人生観を、一葉を論じながら、意識的に披瀝しています。

 「たけくらべ」との関連で、「江戸文化は、平安朝を包み込んで俗化した文化だ」「そして、歌人・樋口一葉も、その小説作品のなかに平安朝を包み込んだ」(p.24)という指摘が新鮮でした。

おしまい。

「冬のソナタ」再び・・・

2007-02-15 12:00:05 | 映画

「冬のソナタ」フィーバーが懐かしいくらいになりました。わたしもかつて、このフィーバーに、無意識のうちに加わっていました。そのようなときに出会ったのが下記の本です。

 

 高野悦子・山登義明著「冬のソナタから考える-私たちと韓国のあいだ-」(ブックレット)岩波書店、2004

 
韓国ドラマ「冬のソナタ」の人気は、確かに凄かったです。映画ファンとしてのわたしは、そんな流行をやぶにらみしていました。「TVドラマなんか絶対見ないぞ」と。

 ところが,2年ほど前BS再放送の完全版を見て,その決意をいとも簡単に投げ捨ててしまいました。偏見だったのです。

 ドラマの内容はもちろん,俳優の魅力(チュンサン
[ミニョン],ユジン,サンヒョク)。真摯で一途,激することはあってもひたむきで礼儀正しく,思いやりある若者たち。今の日本に無くなった「情」がそこにありました(正確には「恨(ハン)?」)。

 毎回,胸がジンとし,涙があふれ,心はすっかり癒されました。ペ・ヨンジュン,チェ・ジウ,パク・ヨンハ,パク・ソルミ,みんな素敵です。ブックレットを読みながらわたしの冬ソナ体験が蘇り,またウルウル。

 そうか,あの岩波ホール支配人の高野さんも大好きなんだ。そして,この本には、たくさんの冬ソナへの思いを綴った手紙が載っています。「85年生きて来て,これほど感動したドラマは初めて見ました。生きていて良かった!」(85才・女性)など。

 心が温かくなりました

 

 最近また、民放テレビで「冬ソナ」を再放送していました。懐かしかったですね。


さらに、もう一本、お薦めの韓国(韓流)映画 「オアシス」

2007-02-14 16:38:47 | 映画

「オアシス」(2002年)

 韓国は,監督イ・チャンドンのこの映画によって,また新しい問題提起をしています。

 真冬のソウル。29歳のホン・ジョンドウ(ソル・ギョング)は,26ヶ月の刑期を終え,シャバに戻った。今回のジョンドウの犯罪は,交通事故による過失致死罪。しかし,その事件は 兄が起こしたものでした。ジョンドウは,身がわりで罪をかぶったのです。

 ジョンドウは,事故で死なせてしまった清掃員のアパートに挨拶に行きます。アパートには死んだ父親の娘コンジュ(ムン・ソリ)がひとりで住んでいました。彼女は,脳性麻痺で重度の障害者でした。狭い小さな部屋に押し込められての生活。

 彼女は口もろくに聞けません。歪んだ顔。麻痺で不自由な手足。鏡で光を反射させて戯れるコンジュ。彼女の兄夫婦は,身障者に優先的に与えられるマンションへの引越しの最中でした。コンジュ名義でマンションを借り,彼女を古いアパートにおき,自分たちだけいい生活を享受しようとの魂胆だったのです。コンジュの兄夫婦に,ジョンドウは追い払われ,叩き出されました。

 コンジュを親しく思ったジョンドウは,改めて花束をもって彼女を訪ずれました。親しく話しかけるうちに,ジョンドウはコンジュをいとおしく思い,体をだきました。驚いたように,拒絶するように,抵抗するコンジュ。

 彼女はあまりの興奮で失神してしまいました。ジョンドウとコンジュの友情,愛情は、その後、深まり,高まっていきました。お互いに愛称の「お姫様」「将軍」で呼び合うほどに,心の交流が進んだのです。

 ジョンドウは,兄の自動車整備工場で真面目に働き始め,コンジュへの無償の愛が始まりました。洗濯の世話。外にろくに出ることができなかったコンジュを屋上に連れだし,車にのせ,ジャージャー麺を食べ,ふたりは楽しい時を過ごしました。

(さて,この結末は????)

 コンジュを演じたムン・ソリさんは,はじめ周囲の人々にこの役は俳優を続けるにはマイナスになると反対されたそうです。しかし逆に,いい女優になるにはこいう役も避けては通れないと、一念発起で出演を決心しました。

 彼女の気迫と演技力には,ただただ脱帽である。

 おしまい。

 


最近の韓国映画をもう一点 「猟奇的な彼女」

2007-02-13 11:02:47 | 映画

韓国映画の続きです。

 

「猟奇的な彼女」

監督: クァク・ジェヨン

出演: チョン・ジヒョン,チャ・テヒョン,キム・インムン,ソン・オクスク ,ハン・ジンヒ

 大学生が「キョヌ74」のID名で,地下鉄で実際に出会ったタフな女性とのエピソードを綴った話がこの映画の下敷きだそうです。つまり、実話に近いのだそうです。

「猟奇的」の語感は日本語のそれと異なり,「過激な」と言った意味あいです。ご心配なく。

 全体は「前半戦」「後半戦」「延長戦」の3部構成で、テンポよく若い女と男の奇妙な関係が展開します。「延長戦」がよくできていて,爽やかに心に残りますが,それは「前半戦」「後半戦」の脚本と演出がよいからです。

 女の子が欲しかった両親のもとに女の子として育てられた法学部の男子学生キョヌの語りで,話しは展開していきます。キョヌ(チャ・テヒョン)がたまたま地下鉄のプラットフォームで出会った彼女(チョン・ジヒョン)。キュートで「凶暴」な彼女に、彼は言いなりに。

 その「彼女」は,ノンベエで,暴力的,しかも運動神経がよく,美貌の持ち主でした。地下鉄のプラットフォームの端で,泥酔状態であった彼女。そこに電車が入ってきてあわや接触の人身事故というところで彼女を助けた大学生のキョヌは,これがきっかけでこの女と関わることになりました。

 気立ての優しいキョヌが「猟奇的な」彼女に翻弄される話しの始まりです。同じ地下鉄車両に乗車したものの,彼女はヘベレケ。酔払い女などに関わりたくないと思いながらも,気がかりです。
 
彼女は支柱に捕まって立っていたが,気分が悪くなり,とうとう別のお客の頭上に嘔吐し,その場に倒れてしまいました。
 見かねたキョヌは彼女を介抱し,地下鉄を降り,背負って旅館に投宿しました。そこに警官がかけつけてきて,キョヌは留置場で一晩を過ごすことになってしまいます。最初から,キョヌは全くついていませんでした。

 彼女は,別れた男のことを想いだし,寂しさで泥酔していたのでした。地下鉄の件があった翌日,キョヌは彼女に携帯電話で呼び出されました。しかし,礼を言われるわけはなく,何故,旅館に連れていったのかを追求され,詰問される始末。

 しかし,そのうち彼女が酒を飲み始め,またまた泥酔状態に陥り,再び前日の旅館に泊るはめに。

 そこから恋愛ともつかぬ,友情ともつかぬ,奇妙な関係が始まりました。彼女に振り回されるキョヌ。ふたりの関係がコメディータッチで描かれます。

 この2人の出逢い、付き合い、別れ。これが映画の内容になりますが、この部分は実際に観てください。面白いです。ジーンときます。

 ラストはストップ・モーション。高校時代の学生服を着て,身分証明書を見せ,ダンス・ホールに入るふたり。誇らしげに,顔も笑っています。うまい演出です。

おしまい


世界の美術館

2007-02-11 21:33:12 | 美術(絵画)/写真
西岡文彦・福のり子著『美術館物語』淡交社、1997年
 
昨年の11月に読んだ本です。
 ヨーロッパとアメリカの著名な美術館のガイドブックです。それぞれの成り立ち、特徴が「フーン、ガッテン」。

 第Ⅰ部にはヨーロッパの美術館で、オルセー美術館、ルーブル美術館、カタルニア美術館、ゴッホ美術館、おまけで国立西洋美術館が並びます。

 第Ⅱ部にはアメリカの美術館でスミソニアン協会、ボストン美術館、ニューヨーク美術館、国立女性美術館、ニューミュージアム

 美術館の歴史には、かつての権力者のまわりを飾るものだった宝物が、大きな保管場所に収められ、一箇所にまとめられて誰でも鑑賞できるようになり、さらにアメリカのように美術教育の場としての大きな役割をはたすにいたるというように、その流れがあったのだそうです。

 また、美術館で、かしこまった表情でて鑑賞する日本人と、作品を楽しみ、作品と対話しながらのヨーロッパ人。確かにそうかも知れません。

  ルーブルの前にあるガラスのピラミッドには、設計者ペイの壮大な構想がそこにあったとのこと。松方コレクションの意義とその帰趨(ゴッホの「寝室」の顛末)。この辺も「そうだったのか」の連続でした。
 アメリカの美術館の訪問は実現していませんが、スミソニアン協会設立の経緯、日本美術の収集に積極的だったボストン美術館と岡倉天心の果たした役割、「国立女性美術館」という女性の作品だけを集めた稀有な美術館の存在。どの美術館にも知らないドラマがあり、興味つきない紹介がありました。


シャンソンの心

2007-02-10 10:44:00 | 音楽/CDの紹介
 昨日、読んだ本です。
 大野修平『哀愁と歓びのシャンソン名曲20選』中経出版、2007年。

 わたしはシャンソンはほとんど知りません。だから面白かったのかも知れません。
   シャンソンの輪郭がわかる本です。人生、恋がテーマのフランスの歌。

 クゥプレ(節)とルフラン(繰り返し句)を特徴とし、語りに近いディズーズ[女性歌手](ディズール[男性歌手])が有名です。

 シャンソン・リアリストの伝統(人生の苦悩、底辺の人々の生活、悲劇をテーマに歌う)がわかります。映画との繋がりが強いので親しめました(「巴里祭」「終電車」「パリは燃えているか」)。クレアシオン(創唱)が敬われるとのことです。

 本書では20の曲と歌い手の解説があります(CD付)。巻末の「シャンソン小史」も貴重でした。

<20曲は以下のとおり>  朱書きは、わたしが聴いたことのある歌です。
①「辻馬車(イヴェット・ギルベール)」
②「かもめ(ダミア)」
③「パリの橋の下(ジョルジェル)」
④「ヴァランティーヌ(モーリス・シュヴァリエ)」
⑤「聞かせてよ愛の言葉を(リュシエンヌ・ポワイ)」
⑥「サ・セ・パリ(ミスタンゲット)」
⑦「二つの愛(ジョセフィン・ベーカー)」
⑧「パリの屋根の下(アルベール・プレジャン)」
⑨「パリ祭(リス・ゴーティ)」
⑩「私の兵隊さん(マリー・デュバ)」
⑪「青色のジャヴァ(フルエル)」
⑫「サン=ジャンの私の恋人(リュシエンヌ・ドリール)」
⑬「ラ・メール(シャルル・トレネ)」
⑭「あじさい娘(イヴェット・ジロー)」
⑮「バラ色の人生(エディット・ピアフ)」
⑯「ピギャール(ジョルジュ・ユルメール)」
⑰「枯葉(コラ・ヴォケール)」
⑱「パリの空の下(リーヌ・ルノー)」
⑲「エルザの瞳(アンドレ・クラヴォー)」
⑳「雪が降る(サルヴァトール・アダモ)」
 
 


続:昭和史そのもの

2007-02-09 11:49:03 | 歴史
昨日の半藤さんの本の続編です。
『昭和史・戦後編(1945-1989)』平凡社、2006年
 
 敗戦から1989年の昭和の終わりまでの講義録です。

 わたし自身の政治の記憶は1960年安保以降ですが、その部分の叙述は、この本の500数十ページのこの本の最後の100ページほど。

 敗戦後の日本社会の状況、GHQの占領政策、サンフランシスコ講和、GHQの右旋回、朝鮮戦争、東京裁判、憲法制定、マッカーサーと米国政府との対立、ここらのあたりに比重があります。

 面白く、わかりやすいです。

 戦争で負けたことの意味は本当に大きく、GHQの政策を唯々諾々と受け入れ、みな飢餓のなかで暮らしていたのです。

 アメリカの言うなりという姿勢は、いまも昔も変わらないが、そのなかでも頑固親父の(著者はあまり好きではないと言っていますが・・)吉田茂は気骨があったし、佐藤栄作は沖縄返還に力を尽くした、と書かれています。

 昭和8年の国際連盟脱退以降、日本は外国とのつきあい、外交が得てでないという指摘も重要です。

 憲法九条の平和条項は、マッカーサーが強く提案したという説をとっています(p.187)。

 著者は出版社で長く編集者の仕事に携わっていたので、その体験談も織り込まれ、親近感がもてました。昭和の生き証人、生き字引のような人です。

昭和史そのもの

2007-02-08 20:46:20 | 歴史
 問い合わせがありました。どうして、そんなに毎日、本が読めるんですか? と。
 
 このブログで紹介しているのは、毎日読んだ本ではありません。2年前ほどから、本を読むと、「読書ノート」をエクセルに記録しています。年間150冊くらいでしょうか? そのなかから満足度の高かった本のノートをブログ用に書き換えて、掲載しているのです。
 
 というわけで、今回は半藤一利さんの力作、『昭和史』平凡社、2004年。この本は(上)(下)からなっています。今日は(上)です。
 
 日露戦争以降の日本国の滅びのプロセスを検証した500ページの力作。

 キーワードは「満州事変」「上海事件」「5・15事件」「2・26事件(宮城占拠計画)」「日中戦争」「国家総動員法」「ノモンハン事件」「三国同盟加盟」「大東亜戦争」「ポーツマス条約」等々。愚かな日本の姿があぶりだされています。

 「(310万の)死者が日本の昭和史の結論」という著者の結論が印象的です。「国民的熱狂」「抽象的観念論好き」「タコツボ型の小集団社会」「国際的感覚の欠如」「対症療法的,短兵急な発想」が悲劇を生み出したのです。

 2003年にもたれた寺小屋式勉強会の講義録です。資料として「昭和天皇独白録」が使われていて興味深い内容です。一読の価値があります。

ハプスブルク家と音楽

2007-02-07 22:33:00 | 音楽/CDの紹介
ハプスブルク家と音楽の関係を本にしたものがあります。その名も『ハプスブルク家と音楽』(渡辺護著)講談社、1997年です。
 約700年ヨーロッパを支配していたハプスブルク家(1273年~1918年)とその帝都であったウィーンの音楽的伝統との関係を、皇帝または宮廷とさまざまな国々の音楽あるいは作曲家との関わりに焦点を絞って書かれた本です。

 最初にハプスブルク家に先立ってオーストリアを270年間支配していたバーベンベルク家に言及があり、この王家の音楽への嗜好がハプスブルク家に引き継がれたことが指摘されています。

 加えて、平和維持の政策手段として音楽が利用されたこと、また、その地理的条件(フランドル、ドイツ、イタリアと隣接)、歴史的事情(版図が広大)、諸民族をかかえていたこと、がハプスブルク家で、ひいてはウィーンで音楽が隆盛を極めた理由と説明されています。

 ルドルフ一世、マクシミリアン一世、レオポルト一世、ヨーゼフ一世、カール六世、までは祝典儀式からバロックの全盛時代へ。その後、大作曲家ハイドン、モーツアルト、ベートーヴェン、シューベルトが登場しますが、彼らはハプスブルク家とは直接の関わりがなく、貴族と市民階級に支持される音楽家でした。

 最後の皇帝フランツ・ヨーゼフ一世(1830-1918)の時代には、ブルックナー(騎士十字勲章叙勲、交響曲の献呈)、ヨハン・シュトラウス(宮廷舞踏会指揮者)、ヨハン・シュトラウス二世(宮廷舞踏会指揮者、献呈曲の作曲)、リスト(騎士の称号)、ブラームス(レオポルト勲章叙勲)、マーラー(宮廷歌劇場の楽長、芸術監督)がウィーンの地で活躍しました。

 本書にはこの他、ハプスブルク家の人物が登場するオペラ、オペレッタも多数、紹介されています。

数学の未解決問題

2007-02-06 17:06:27 | 自然科学/数学

 今日は数学の話です。吉永良正著『数学まだここがわからない-素数の理論から森理論まで』講談社新書、1990年。


 わが国の数学者でフィールズ賞受賞者は3人。小平邦彦(1954年)、広中平祐(1970年)、森重文(1990年)

 森京都大学教授の業績は「代数多様体の研究、とくに三次元極小モデルの存在証明」。数学の話というだけでも難しいのに、その数学の未解決問題をできるだけわかりやすく説明しているのだから、著者の努力に敬意を表します。

 といっても理解不可能なところは随所に。フェルマーの問題、リーマン予想、P=NP問題、これが現代数学が挑戦している未解決問題(p.151)とのことですが、このうちフェルマーの定理はこの本の出版後、1994年にA・ワイルズによって証明されました。

 その他の未解決問題は、例えば①奇数の完全数は存在しないのか? ②友愛数に奇数と偶数、奇数同士の組み合わせはあるのか? ③婚約数に偶数同士あるいは奇数同士は存在するのか? ④双子素数は無限に存在するのか?などなど。

 このアタリまでの話はついていけたが、「Ⅲ 難問・代数多様体の分類問題への挑戦」はお手上げでした。

でも数学の話は好きです。美学の世界です。