礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

木畑壽信氏を偲んで・その2(青木茂雄)

2017-09-22 02:27:56 | コラムと名言

◎木畑壽信氏を偲んで・その2(青木茂雄)

 深谷善三郎編『(昭和十八年二回改正公布)戦時刑事民事特別法裁判所構成法戦時特例解説』(中央社、一九四三)の紹介を続けようと思ったが、昨日、青木茂雄氏の「木畑壽信氏を偲んで」の二回目の原稿が届いたので、本日は、これを紹介する。以下、すべて青木氏の文章である。

木畑壽信氏を偲んで(2)        青木茂雄
  ……
ああ、わが心と念いはいかばかりに飢え
 人の友よ、汝の慈(いつく)しみをこがれ慕い(したい)まつるや!
ああ、われはいかに、時に涙ながしつつ
 この食物に与(あずか)らんと憧(こが)れ求むるを常とするや!
ああ、いかにわれは渇き求めて、
 生命の君の飲みものに与(あずか)らんと願い来しや!
……
(J.S.バッハ『教会カンタータ180番、“装(よそお)いせよ、おお わが魂よ”』 より、杉山好訳)

(Ⅱ)「僕の思考は倫理的である。」 
 1978年から79年にかけて寺小屋教室の中で、ちょっとした議論があった。それは、同教室の運営方針を巡ってなのだが、財政問題もからんで、より一般受けのする「教養講座」をめざす潮流と、寺小屋教室の初期の理念「われわれの思想をわれわれのの手で」にこだわる潮流とである。後者の潮流をより純化すれば「講師」を外側から呼ぶのではなく「会員」自らの手で講座をつくる方向性をとろうとする。そうするとその反論として、金銭をとることの意味もなくなる、会員に何も材料を提供することなく、いきなり議論せよとは暴論だ…、という意見がででくる。これもまた、もっともな話である。とまあ、どこにでも良くあった議論である。そこに「思想」の自主性とか主体性とか、はたまた内部性とか土着性とかいう議論がオーバーラップされてくる。これもまた、昔から良くある話である。その「思想」的な議論が寺小屋論の中で展開されるようになった。私が属していたのは後者の潮流であり、従って私の腑分けもその観点からなされている。
 1979年からいくつかの講座が閉講になり(私の属していた「明治国家論」も閉講となった)、閉講された講座の会員の受け皿も兼ねて、寺小屋論の番外編として「土曜講座」と銘打った、自主講座が会員の手によって行われるようになった。その中で行った、私の過去の体験を回想記風につづった短い報告の評判が結構良く、小阪氏のサジェスチョンもあって、それを「戦後思想論 戦後左翼思想と倫理の成立根拠」(以下「左翼倫理」と略)と銘打ったやや長めの文章にしたため(当時は皆手書きだった)発表した。今私の手元にあるコピーには「土曜講座・番外編 1980年3月9日(日)於寺小屋教室」とある。寺小屋論の番外編としての土曜講座のそのまた番外編で、である(「左翼倫理」については稿を改めて論じたい)。木畑壽信はこの土曜講座の常連であった。当然、「構成する差異」の続編も発表されたと思うが、私にはその内容の記憶がない。
 土曜講座に出席していたメンバーの中の幾人かが中心となって、1980年から81年にかけて寺小屋を離れて、自主的な研究読書会がはじまった。中心となったのは小阪氏である。(このあたりの記憶はあまり確かではないが)テキストはアリストテレス『デ・アニマ』(河出「世界の大思想」版で)、デカルト『情念論』(角川文庫版で)、スピノザ『エチカ』(岩波文庫版で)、ヘーゲル(何を読んだのかは忘れた)、メルロオ=ポンティ『行動の構造』(みすず書房版で)、マルクス(『経済学哲学草稿』、これは部分的に原語で読んだ)、吉本隆明『共同幻想論』などである(この機会に私は『共同幻想論』をかなり徹底して読んだ)。テキストの選択には小阪氏の志向(嗜好)が多分に反映されており、後年小阪修平論を試みるむきには何らかの参考となろう。研究読書会には、やがてヘーゲルやフッサールの研究者として知られるようになる若き西研氏も参加し、しだいに学術的な色彩を帯びるようになった。そして、ヘーゲルの『精神現象学』をドイツ語で読もうということになった。これがやがて、当時は駆け出しの文芸評論家であった竹田青嗣氏も参加することになる「ヘーゲル研究会」(通称「ヘ研」)である。当時の私のドイツ語力ではヘーゲルにはまったく歯がたたないことがわかったが…。そこはさすが竹田氏である。ドイツ語は初めてです、などと言いながら文法書を片手にすらすらと読んでいく。「ヘ研」はドイツ語的には西研氏が集約し、内容的には小阪氏が集約した。
 さて、このグループの中で、1982年のはじめころから、小阪氏が雑誌を発行したい、と持ちかけた。その構想として、何を書いても良い、ただし書いた分量だけ資金を負担すること、等々の原則を提案した。
 話はとんとん拍子で進み、中央線高円寺駅近くの簡素な木造アパートの8畳一間を借り、スチール製の机の上には共同出資して購入した当時最新式であった「モトヤ」の電動式和文タイプライター「タイプレス」を据え(当時はワープロ登場直前の時期であった、したがってほどなくしてそのタイプライターは使われなくなり、象徴的な意味しかもたなくなった)、版下作成まで自主的に行うというシステムが考案された。雑誌のタイトルはいろいろとあがったが、最終的には小阪氏提案の「ことがら」となった。いうまでもなくこれはヘーゲル哲学のキーワード“Sache”(ザッヘ)からきている。木畑壽信は最初から「ことがら」同人であった。私の木畑との付き合いの第二期がこのようにして始まった。
 1982年冬に『ことがら』1号が発刊された。1号には小阪氏の「制度論」の連載第1回掲載された。「制度論」はスターリン主義を単なるロシア的後進性に帰することなく、近代的な思想や制度総体の中でとらえ批判して行こうとする壮大な構想から出発したものである。本当は「観念論」としたかったのではないかと私は踏んでいるのだが(それほどまでに“観念”は当時の小阪氏にとっては大きな位置を占めていたと私は思っている)、「制度論」は「ことがら」の終刊によって未完のままに(未発といった方が良いかもしれない)終了した。しかし、その切り口は今も生々しく残されている。誰かがその切り口を引き継ぐべきだ、と私は考えている。小阪氏は1920年代の初期ソビエトについてかなり詳しく研究しており、「あの誠意、あの献身、それがどうしてあの圧政へと反転していったのか…」という言葉を、彼の口からしばしば聞いた。
私は「表現と行為(1)」を書いた。これは、1977年に私が『寺小屋雑誌』6号に掲載したもので、2、3の人から評価をいただいたので、大変に気を良くしてその続編にとりかかり「感性的思惟」を書いた。ところが『寺小屋雑誌』には載せてもらえず、この機会にと思って、せっせと据え置きの「モトヤ」の和文タイプを駆使して版下をつくって、1号に冒頭論文として全文掲載した。私としてはかなり自信作で今も愛着を持っているものなのだが、「表現と行為」を評価してくれる人は残念ながら、これまでに皆無である。ヒュームの『人性論』にならって言えば「印刷所から死産した」のである(笑)。従って、続行する意志をなくし、その代わりに2号から、「戦後倫理」の続編として「70年代記」の連載を始めた。これが内輪の間では結構評判が良く(とくに小説家の笠井潔氏からお褒めいただいたことを光栄に思っている)、何よりも版下を読んだ印刷所の人から「この後どうなるんでしょう?」と言われたのには正直うれしかった。
「70年代記」と「表現と行為」は表裏の関係にあり、両者ともに私の青年期の総括である。
自己宣伝めいた話はこれで終了して(この辺の事情については、また機会を改めて書くこともあろうかと思う)、本題の木畑壽信のことに戻る。
 1号には木畑の「世界との対話」が掲載された。A5版の小冊子で、9ポで2段組の13ページだから中くらいの分量の作品である。「自己 自己の表現 性 愛 …」以下「自己表出」にいたるまでの全部で25項目について短い文章で綴ったものである。
 冒頭の「自己」という項目に次のような文章がある。

「1.自己の思考に対する提言
① 思考の観念性を排除すること、つまり〈架空〉の問題を定立しないこと。従って、思考の架空性の拒絶は、現実の社会的諸関係のなかの自己が必然的に引き受けざるを得ない諸関係(自己の立場)を明確にすることによって可能である。
② 僕の思考作用は倫理的である。だから、行為にかんする決定の基準が倫理的である。」
 この「世界との対話」は自身の20代前半に書き記した3冊のノートから作成したものであると、木畑は書いている。一読しては、この①と②の関係が良くわからないが、良く読むと「必然的な社会的諸関係」を引き受けることが「倫理的」であり、逆に言えば、思考は倫理的であり、それは必然的に社会的諸関係を引き受けている、ということになる。
 木畑の言うことの一面はわかる、しかし、思考している自分自身とは何なのだ、という問いがすっぽりと抜け落ちている。ここから「社会的諸関係」の表象が即座に「倫理」としてたち現れるという《転倒》が生じるのではないのか、という疑念が生じる。この点を指摘したのが小阪修平であった。  (つづく)

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官公吏にして職をけがす者、跡を絶たず

2017-09-21 02:58:13 | コラムと名言

◎官公吏にして職をけがす者、跡を絶たず

 深谷善三郎編『(昭和十八年二回改正公布)戦時刑事民事特別法裁判所構成法戦時特例解説』(中央社、一九四三)から、「戦時刑事特別法解説」の第一編「総説」を紹介している。本日は、その四回目。
 本書第二編「逐条解説」には、「昭和十八年二次改正」について説明している部分が二箇所ある。「二一頁ノ二、以下」と、「三二頁ノ二、以下」で、いずれも、「新訂増修」にあたって、付け加えられた記述であろう。本日は、そのうち、「三二頁ノ二、以下」の記述を紹介してみたい。

  第八十三回帝国議会(昭和十八年臨時議会)其他に於
  ける本法改正綜合説明
  ()戦時刑事特別法中改正理由書(司法省編)
 決戦態勢に即応し、綱紀の振粛を図る為め涜職罪に関する規定を整備すると共に、裁判所構成法戦時特例の改正と相俟ち刑事事件の一層敏活なる処理を図る為め、略式手続の範囲を拡張し、其他刑事手続に特例を設くる為め戦時刑事特別法中改正を要するものあり、之本を提出する所以なり
  ()戦時刑事特別法中改正法律要綱(司法省編)
、官公吏其の他公務員の涜職罪に関し刑罰を加重し且つ規定を整備すること。
、略式手続の範囲を拡張すること。
、或種の訴訟手続の簡易化を図ること。
  ()戦時刑事特別法中改正理由(司法大臣岩村通世氏説明)
 本法改正理由につき更に敷衍〈フエン〉して説明する。
 司法部に於ては、既に実施せられたる裁判所構成法戦時特例並に之と密接なる関係ある戦時特別法及び刑事特別法の運用に依りて、戦時下に於ける裁判、検察の運行を的確迅速にし、以て其の本來の機能の発揚に努力して来たのであるが、大東亜戦争は今や苛烈なる決戦連続の段階に入り政府は断乎国内態勢の強化方策を樹立して、国家の総力を挙げ、益々聖戦の目的に集中することとなつたのである。司法の部門に於ても之に即応し、銃後治安の確保を図ると共に、司法の一層敏活なる処理を為し愈々其の効果を発揮する為め、之等三法律に必要なる改正を為さむとする次第である。
 戦時刑事特別法は、大東亜戦争開始後の情勢に対処する為め、刑事に関する実体及び手続に関する規定を整備し、裁判所構成法戦時特例と相俟ち、犯罪の予防鎮圧及び刑事事件の敏速なる処置に相当なる効果を挙げ来つた〈キタッタ〉のである。然るに戦局の苛烈化するに伴ひ、銃後治安の確保は益々喫緊の要務となり、司法の職責亦愈々重きを加へ来つたのである、此秋〈コノトキ〉に当り率先垂範すべき官公吏等にして其の職を涜す〈ケガス〉者其の跡を絶たざるは遺憾至極のことであつて、延いては〈ヒイテハ〉国政の円滑且公正なる運用を妨げるの虞〈オソレ〉があり、此際綱紀の振粛を図る為め涜職罪に関する刑罰を加重整備するの必要を痛感するのである。他方刑事手続に於ても決戦段階に相応しき一層簡素強力なるものとし、的確敏速なる裁判検察の運用に依りて銃後の治安維持に万全を期する必要があると考へるのである。即ち改正の要点は四点であつて、其の一、は涜職罪に関する刑罰を加重し規定を整備する。其の二は、略式手続の範囲の拡張、其の三は、刑事手続の簡易化、其の四は、裁判構成法戦時特例の改正に伴ひ必要なる調整を為さむとするのである。
以下の説明は便宜上改正十八個条各註解の頭首に輯録叙述する、編者附言)【以下、次回】
                     
 戦時刑事特別法の「昭和十八年第二次改正」の眼目のひとつは、上にあるように、「官公吏等」の「涜職罪に関する刑罰を加重」することであった。具体的には、第一八条(飲料水に関する罪)と第一九条(戦時における刑事手続の特例)との間に、「第一八条ノ二」から「第一八条ノ七」まで、計六つの条文を付加したのである。

 

 

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魚の腸に石を入れ小麦粉に石粉を混入する

2017-09-20 03:20:04 | コラムと名言

◎魚の腸に石を入れ小麦粉に石粉を混入する

 深谷善三郎編『(昭和十八年二回改正公布)戦時刑事民事特別法裁判所構成法戦時特例解説』(中央社、一九四三)から、「戦時刑事特別法解説」の第一編「総説」を紹介している。本日は、その三回目。本日は、第一編「総説」の、「四」、「五」、「六」、「七」を紹介してみたい。
 
  四、戦時下に於ける一般犯罪情勢(司法省編)
    概 観
 十二月八日宣戦布告ありたる後の一般犯罪の発生情況を概観するに、今次大東亜戦争の重大性を国民が認識せると、緒戦に於ける、陸海軍の赫々たる大戦果に因る国民の安心感とに因り、国内治安は平静を持して居り未だ憂ふべき事態の発生を見ざるは洵に〈マコトニ〉喜ぶべきことなり、然れども戦時下と雖も一般犯罪は依然、各所に発生し、戦争の長期化と戦局の推移如何に因りては、犯罪情勢の悪化も予想せられ須臾〈シュユ〉も油断するを許さざるものあり。

  五、経済事犯の一般情勢(司法次官大森洪太氏説明)
 経済統制の実施以来全国の検事局に於て受理した違反者の数は、昨年〔一九四一〕十月末現在に於て「総計二十七万三千五百人」に上るのであり、昭和十五年度〔一九四〇年度〕に入り統制が全面化せられた頃から急激に増加して居る、最近に於ては受理の員数も大体一箇月一万人前後を見て居るやうな状況である、此の中で、約八割が価格等統制令違反であつて、残りの二割程度の者が生産配給等の物資統制令違反となつて居る。
 更に検事局に於て受理した事件は、大体に於て其の半数の者が起訴せられ他の半数の者が起訴猶予其の他の不起訴処分になつて居る。起訴せられた者の中で実に九割三四分〔九三~九四%〕程度の者が略式手続に依る処理が為されて居り、検事から直接に公判を請求するやうな事件は僅かに五分〔五%〕前後で更に予審を請求した事件は全体の起訴件数の約五厘〔〇・五%〕程度である。
 昭和十六年〔一九四一〕十月末現在に於て統制法令違反として体刑に処せられた者が全体で、三千七百三十八人、此の中で約七割三分程度の者が六月未満の懲役刑に処せられ、七月以上一年以下の刑に処せられた者が二割、更に一年以上の刑に処せられた者は僅かに六分と云ふ程度である。
 次に経済犯罪は最近に於ても悪質化の傾向を辿つて居るが、是は統制が進展すると共に夫れに照応して経済犯罪の方も悪質化しつゝあるのだと言へるかと思ふ。特に繊維、金属、紙類、一般食料品の方面に於ては悪質化の程度が甚だしいやうに考へるのである、又食料品に於ては極端に規格を低下するやふなこともあり、最近に此の規格低下の悪質犯が相当広範囲に発生して居る。
 又今日迄再犯にして起訴せられた者が二千二百三十八人、三犯者にして起訴せられた者が八十七人を数へて居る。
 是等の経済犯罪が、殆ど総ての物資に付て行はれて居るのであるが、最近特に、飲食料品、日用繊維製品等に関すものが多くなり、又地代家賃統制の違反も相当多いやうである。
 経済犯罪の実情に応ずる「司法検察の方針」としては、国防経済の完遂に目標を置いて、法令の精神、物資需給の状況、国民の統制の馴致〈ジュンチ〉、理解の程度を初め、犯罪の主観客観、諸般の事情を考察して、寛厳其の宣しきを得ることに努めつつあるのであるが、悪質犯に付ては之を厳に処断して他戒の目的をも達成せむとして居る状況である。

  六、官公吏の涜職と経済事犯
 国防経済の完遂を期して、統制経済が全面的に強化される際、統制事務の執行に当る行政の官吏公吏の涜職罪〈トクショクザイ〉が多く、違反者側と連携し其の事務も正しく行はないとの風説を聞くのであるが、私利私慾の為にする斯かる不正行為は洵に〈マコトニ〉憎むべく、国防国家体制の為に甚だ遺憾であつて断じて許すことはできないのである。然るに之が取締規定を本法に置かなかつた所以は、官公吏の涜職罪は既に刑法の一部改正に於て厳罰され、監察考査の制度も実施され、又犯行者は極めて厳正に之を検挙糾弾する方針であり、本法制定に際しても慎重に考慮はしたのであるが、元来本法は戦時に直接関連する最少限度の刑法的措置であり、又贈賄罪は二審制なるに対し公務員収賄罪をも二審制とすることの如何をも考慮して、涜職罪の規定は特に之を置かなかつたのである。
 指摘された要点は、『経済統制を利用して不正行為を為す者が実に夥しい、闇は白昼横行する、規格の低下殊に食糧品などは甚だしく之を引下げる、極く卑近な例ではあるが、魚類なども一般家庭には週一回か二回しか配給されず品種も極く限られてゐるが、料理屋なぞでは常に多量の珍味が揃つてゐる、そこに不正のあることは新聞等では明かに書いてゐる。魚の腸〈ハラワタ〉に襤褸〈ボロ〉や石を入れる、味噌を水で割る、小麦粉の中にも三割程度の石粉を混入する、「食糧品の問題」は国民の生活上極めて重要なる影響を持つものであり、今は陸海軍の大戦果に対して国民も苦難を忍んで居るが之が長期に亘れば国民の不安は増大するであらうと思ふ、殊に官公吏の涜職行為の頻発と共に民心に或種の悪影響を及ぼすことは甚大であらう、某省の如きは多数の高等官が現に取調べを受けて居ると聴く、下級警察官吏税務官吏の中には実に多くの涜職行為者を出してをるとのことである、軍部委員からは軍の検察能力を挙げて特に国民の信頼を裏切らないやうにしたいとの率直な声明を得て実に満足する、内務省の責務でもあらうが、司法省としての多くの経済事犯や官公吏の涜職行為等に対する取締上の状況を聞きたい』との趣旨の様である。
 今之を司法検察に関する部分のみについて見れば、確かに検察力が充分に行届いてゐない、洵に申訳がなく遺憾に思つてゐる、示された事例なぞ私共付近でも屡々見聞するのであるが、併し一向挙げられたと云ふことを聞かない、検事当局としては出来る限り努力はしてゐるが、何しろ事犯が多く統計の数字は検事局で受理したものだけであつて実際は非常に多数に上るのであらう、全国的に捜査の手をのばさねばならぬ大規模のものもあり、実に之れが応接に遑〈イトマ〉なき状況である、漸次犯行も証拠湮滅の手段も巧妙になつてくる、今後一層部内を督励して国民の災〈ワザワイ〉を取去り、殊に官紀の紊乱〈ビンラン〉を厳重に取締ることに充分の力を尽したいと期して居る(以上は岩村〔通世〕司法大臣、大森〔洪太〕司法次官、池田刑事局長〔池田克・司法省刑事局長〕、田中陸軍少将等の応答を綜合摘記したものである)。

  七、昭和十八年二次改正に関する説明
「二一頁ノ二、以下」、「三二頁ノ二、以下」に掲ぐ。

 ここまでが、第一編である。
「六」の最後に、「田中陸軍少将」とある。たぶん、田中隆吉陸軍少将(当時、陸軍兵務局長)のことであろう。

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第7条に戦時国政変乱殺人罪を定める

2017-09-19 04:27:26 | コラムと名言

◎第7条に戦時国政変乱殺人罪を定める

 昨日の続きである。深谷善三郎編『(昭和十八年二回改正公布)戦時刑事民事特別法裁判所構成法戦時特例解説』(中央社、一九四三)から、「戦時刑事特別法解説」の第一編「総説」の「三、戦時刑事特別法理由(司法大臣岩村通世氏説明)」の後半部分を紹介してみたい。
 昨日、紹介した部分のあと、改行して次のように続く。

 以下実体規定並に手続規定に関し法の内容に付て其の概要を説明する、実体規定は本法第一章に「罪」と題して一括せられて居り、其の規定した犯罪は何れも戦時下治安を確保し、国防目的を達成する上に於て絶対に其の予防並に鎮圧上必要なりと思料したものであつて、第一条乃至第三条は放火の罪、第四条は猥褻及姦淫の罪、第五条は窃盗及強盜の罪、第六条は恐喝の罪、第七条は国政変乱の目的を以てする殺人の罪、第八条は防空の実施に従事する公務員の職務執行妨害の罪、第九条は騒擾罪〈ソウジョウザイ〉、第十条は公共防空及気象観測妨害の罪、第十一条は公共通信妨害の罪、第十二条は瓦斯〈ガス〉又は電気の公共の利用妨害の罪、第十三条は国防上重要なる生産事業遂行妨害の罪、第十五条は生活必需品の買占〈カイシメ〉売惜〈ウリオシミ〉の罪、第十六条は往来妨害の罪、第十七条は住居侵入の罪、第十八条は飲料水に関する罪に関する規定である。
 而して放火の罪乃至恐喝の罪即ち第一条乃至第六条に規定せられたる犯罪に対しては、「戦時に際し灯火管制中又は敵襲の危険其の他人心に動揺を生ぜしむべき状態ある場合」に於て犯されたる時に限り刑罰を加重することにしたのである。蓋し此の種犯罪は斯かる特殊な状態に於て犯されたるものにあらざる限り刑法の定むる刑罰を以て其予防及鎮圧に十分なりと思料したるが故である、第七条の国政変乱の目的を以てする殺人の罪は刑法所定の殺人罪の特別規定であつて、戦時下殊に斯かる犯罪を防遏〈ボウアツ〉するの必要あるに鑑み〈カンガミ〉、本条を以て之に対し重き刑を規定し、且事を未然に防止するの刑法的措置を講ずることにしたのである、第十条乃至十五条の規定は本法に依り初めて設けられたものであつて、何れも治安の確保及び国防経済完遂の見地よりして欠くべからざる規定と思ふのである、殊に第十五条に規定した業務上不正なる利得を得る目的を以てする生活必需品の買占及び売惜行為の如きは、物資の偏在を招来し、其の配給の円滑を阻害すること甚しき行為であつて、国民生活の安定を期する立場よりしても之が防遏〈ボウアツ〉を期さなければならぬと考へる次第である、是等の規定を通じて、刑罰は刑法の定むる所に比し著しく加重せられて居るが、斯くした理由は、戦時に於ける此の種犯行の鎮圧、予防の為め此の程度の刑罰を以て望む〔ママ〕も亦已むを得ざる所であると思料したるに因るのである。
 手続規定は、本法第二章〔刑事手続〕及び裁判所構成法戦時特例の両者に其の事項の性質に従つて分属せしめられて居る。
 手続規定に関する特例の要点は、結局次の二つの事項に帰著〈キチャク〉する。
 其ノ一は裁判所構成法戦時特例第四条に規定したる特殊の限られたる罪に関する控訴審の省略であり。
 其ノ二は本法第二十八条及第二十九条に規定した上告手続に関する特例である、而して「控訴審の省略」に付いては裁判所構成法戦時特例の説明を参照せられたい、本法「第二十八条及び第二十九条に規定した上告手続に関する特例」は、上告審に於ける書面審理の手続を規定し戦時下に於ける上告審の機能を発揮せしめむとする諏旨に出づるもので、其の他裁判所の証拠調〈シラベ〉の範囲及び判決書の方式等に関する特例は何れも戦時下に於ける刑事手続の的確且迅速の為蓋し已むを得ざる所であつて、裁判所構成法戦時特例と相俟つて戦時刑事法の機能の発揮に遺憾なきことを期した所以〈ユエン〉である。

 戦時刑事特別法は、その第七条第一項で、「戦時ニ際シ国政ヲ変乱スルコトヲ目的トシテ人ヲ殺シタル者ハ死刑又ハ無期ノ懲役若ハ禁錮ニ処ス」、同条第二項で、「前項の未遂罪は之を罰ス」と定めている。
 第一項の罪名を、仮に「戦時国政変乱殺人罪」と呼んでおく(当時、こういう呼称が使われていたかどうかは不明)。
 ちなみに、同書第二編「逐条解説」によれば、一九三〇年(昭和五)から「最近」まで、「国政変乱を目的する殺人事件」によって起訴された者は、佐郷屋留雄〈サゴヤ・トメオ〉(一九三〇年一一月一四日、浜口雄幸〈ハマグチ・オサチ〉首相暗殺未遂事件を起こす)を初めとして、総計一九〇人に及んでいるという。

 
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戦時刑事特別法(1942)が出された理由

2017-09-18 03:23:00 | コラムと名言

◎戦時刑事特別法(1942)が出された理由

 書棚を整理していたところ、深谷善三郎編『(昭和十八年二回改正公布)戦時刑事民事特別法裁判所構成法戦時特例解説』(中央社、一九四三年一一月一四日)という、長いタイトルの本が出てきた。この本は、一九四二年(昭和一七)三月二二日に上梓された初版の「新訂増修」版だという。すなわち、一九四二年(昭和一七)三月に、戦時刑事特別法、戦時民事特別法、および裁判所構成法戦時特例が施行されたが、一九四三年(昭和一八)一一月に、これらの改正公布があった(戦時刑事特別法については、二回目の改正公布)。それに伴う「新版」というわけである。

 読んでみると、戦争という事態が、いかなる犯罪を惹起せしむるのか、それらの犯罪に対し国家が、いかなる対策を取らんとするのか、などのことがわかって参考になる。「平時」であれば、こんな本を手にとる必要もないし、紹介する必要もない。しかし、昨今の情勢を考えると、こういった本も読んでおくのも、決して無駄にはなるまい。
 本日は、同書のうち、「戦時刑事特別法解説」の第一編「総説」の「一」と「二」、そして「三」の前半部分を紹介してみたい。

 戦 時 刑 事 特 別 法 解 説

   第一編 総 説

  一、戦時刑事特別法理由書(司法省編)
 戦時に際し灯火管制中又は人心に動揺を生ぜしむべき状態ある場合其の他戦時下に於ける特に公共の安寧を阻害する等の犯罪の予防及び鎮圧の為め応急措置として刑罰を加重整備し以て治安の確保に資すると共に此等の犯罪に関する事件の迅速なる処理を期する為め裁判所構成法戦時特例と相俟ちて〈アイマチテ〉刑事手続に応急臨時の設くるの必要あり是れ本法案を提出する所以なり。

  二、戦時刑事特別法要綱(政府解説、帝国議会調査部編)
 第一 戦時に際し灯火管制又は敵襲の危険其の他人心に動揺を生ぜしむべき状態ある場合に於て犯したる放火・恐喝等の諸犯罪に対する刑罰を加重すること。
 第二 戦時に際し犯したる騒擾〈ソウジョウ〉、往来妨害、飲料水に関する罪、住居侵入、公共通信妨害、生活必要物資の売惜〈ウリオシミ〉買占〈カイシメ〉、重要産業の運営阻害等の諸犯罪に対する刑罰を加重整備すること。
 第三 其の他判決書の証拠説明の省略を始めとし、刑事手続の簡易迅速を期すべき二、三の付随的規定を設くること。

  三、戦時刑事特別法理由(司法大臣岩村通世〈ミチヨ〉氏説明)
 戦時刑事特別法の制定理由を補充説明する。
 国家の総力を挙げて大東亜戦争の完遂〈カンスイ〉に邁進して居る際国内の治安を確保して、国民に安じて〈ヤスンジテ〉職域奉公の誠を尽さしめると同時に、国防上有害なる影響を与ふる犯罪を芟除〈サンジョ〉する為、有効適切なる方策を樹立することは最も緊要なることと考へられるのである、灯火管制中又は人心に不安動揺を生ぜしむるが如き事態の生じた場合、其の他戦時下一般に於いて、特に社会生活の安全を害し又は国防上有害なる犯罪が頻発するやうなことがあるとすれば、治安上誠に由々しき問題であるのみならず、総力戦の遂行に影響する所も亦尠からざるものあるのである、而して現行の刑法は、主として平時を対象としたる法規であるのみならず、其の制定は内外の情勢が今日と格段の差ある三十有余年前に係り、総力戦下に於ける刑罰法規としては、其の定むる刑罰の程度に於て、将又〈ハタマタ〉其の規定する犯罪の種類に於て、到底不十分なるを免れないのであつて、此の際速かに刑法の定むる犯罪の中、戦時下特に之が予防鎮圧を必要とするものに付いて、其の刑罰を加重すると共に、他面、総力戦の遂行に有害なる影響を及すベき犯罪に関する規定を整備することは、最も緊要にして欠くべからざる措置なりと確信する次第である、併しながら刑罰に関する実体規定と之が実現を任務とする刑事手続とは、恰も〈アタカモ〉車の両輪の如きものであつて、両者相俟つにあらざれば犯罪の予防並に〈ナラビニ〉鎮圧の目的達成を期する上に於て十二分の効果を発揮し得ざるものなることは敢て説明する迄もないのである、如何に刑罰を加重整備しても、犯罪事件の処理が的確且迅速に行はれないとするならば、刑罰は到底其の威力を発揮するに由なく、犯罪の予防鎮圧の目的達成は得て望むべからざる所と考へるのである、従つて刑罰に関する実体法規に於て戦時に相応はしき〈フサワシキ〉応急の措置を講ずる以上、刑事手続法に於ても亦之に照応する応急の措置を講ずることに依りて審判の的確且迅速を図ることは蓋し〈ケダシ〉必要欠くべからざる要務とする所である、即ち本法は、裁判所構成法戦時特例と相俟つて、刑事に関する実体法並に手続法に付き戦時下緊急已む〈ヤム〉べからざる措置を定め、以て総力戦下に適応する刑政の実を挙げむとするものである。【以下、次回】

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