◎第7条に戦時国政変乱殺人罪を定める
昨日の続きである。深谷善三郎編『(昭和十八年二回改正公布)戦時刑事民事特別法裁判所構成法戦時特例解説』(中央社、一九四三)から、「戦時刑事特別法解説」の第一編「総説」の「三、戦時刑事特別法理由(司法大臣岩村通世氏説明)」の後半部分を紹介してみたい。
昨日、紹介した部分のあと、改行して次のように続く。
以下実体規定並に手続規定に関し法の内容に付て其の概要を説明する、実体規定は本法第一章に「罪」と題して一括せられて居り、其の規定した犯罪は何れも戦時下治安を確保し、国防目的を達成する上に於て絶対に其の予防並に鎮圧上必要なりと思料したものであつて、第一条乃至第三条は放火の罪、第四条は猥褻及姦淫の罪、第五条は窃盗及強盜の罪、第六条は恐喝の罪、第七条は国政変乱の目的を以てする殺人の罪、第八条は防空の実施に従事する公務員の職務執行妨害の罪、第九条は騒擾罪〈ソウジョウザイ〉、第十条は公共防空及気象観測妨害の罪、第十一条は公共通信妨害の罪、第十二条は瓦斯〈ガス〉又は電気の公共の利用妨害の罪、第十三条は国防上重要なる生産事業遂行妨害の罪、第十五条は生活必需品の買占〈カイシメ〉売惜〈ウリオシミ〉の罪、第十六条は往来妨害の罪、第十七条は住居侵入の罪、第十八条は飲料水に関する罪に関する規定である。
而して放火の罪乃至恐喝の罪即ち第一条乃至第六条に規定せられたる犯罪に対しては、「戦時に際し灯火管制中又は敵襲の危険其の他人心に動揺を生ぜしむべき状態ある場合」に於て犯されたる時に限り刑罰を加重することにしたのである。蓋し此の種犯罪は斯かる特殊な状態に於て犯されたるものにあらざる限り刑法の定むる刑罰を以て其予防及鎮圧に十分なりと思料したるが故である、第七条の国政変乱の目的を以てする殺人の罪は刑法所定の殺人罪の特別規定であつて、戦時下殊に斯かる犯罪を防遏〈ボウアツ〉するの必要あるに鑑み〈カンガミ〉、本条を以て之に対し重き刑を規定し、且事を未然に防止するの刑法的措置を講ずることにしたのである、第十条乃至十五条の規定は本法に依り初めて設けられたものであつて、何れも治安の確保及び国防経済完遂の見地よりして欠くべからざる規定と思ふのである、殊に第十五条に規定した業務上不正なる利得を得る目的を以てする生活必需品の買占及び売惜行為の如きは、物資の偏在を招来し、其の配給の円滑を阻害すること甚しき行為であつて、国民生活の安定を期する立場よりしても之が防遏〈ボウアツ〉を期さなければならぬと考へる次第である、是等の規定を通じて、刑罰は刑法の定むる所に比し著しく加重せられて居るが、斯くした理由は、戦時に於ける此の種犯行の鎮圧、予防の為め此の程度の刑罰を以て望む〔ママ〕も亦已むを得ざる所であると思料したるに因るのである。
手続規定は、本法第二章〔刑事手続〕及び裁判所構成法戦時特例の両者に其の事項の性質に従つて分属せしめられて居る。
手続規定に関する特例の要点は、結局次の二つの事項に帰著〈キチャク〉する。
其ノ一は裁判所構成法戦時特例第四条に規定したる特殊の限られたる罪に関する控訴審の省略であり。
其ノ二は本法第二十八条及第二十九条に規定した上告手続に関する特例である、而して「控訴審の省略」に付いては裁判所構成法戦時特例の説明を参照せられたい、本法「第二十八条及び第二十九条に規定した上告手続に関する特例」は、上告審に於ける書面審理の手続を規定し戦時下に於ける上告審の機能を発揮せしめむとする諏旨に出づるもので、其の他裁判所の証拠調〈シラベ〉の範囲及び判決書の方式等に関する特例は何れも戦時下に於ける刑事手続の的確且迅速の為蓋し已むを得ざる所であつて、裁判所構成法戦時特例と相俟つて戦時刑事法の機能の発揮に遺憾なきことを期した所以〈ユエン〉である。
戦時刑事特別法は、その第七条第一項で、「戦時ニ際シ国政ヲ変乱スルコトヲ目的トシテ人ヲ殺シタル者ハ死刑又ハ無期ノ懲役若ハ禁錮ニ処ス」、同条第二項で、「前項の未遂罪は之を罰ス」と定めている。
第一項の罪名を、仮に「戦時国政変乱殺人罪」と呼んでおく(当時、こういう呼称が使われていたかどうかは不明)。
ちなみに、同書第二編「逐条解説」によれば、一九三〇年(昭和五)から「最近」まで、「国政変乱を目的する殺人事件」によって起訴された者は、佐郷屋留雄〈サゴヤ・トメオ〉(一九三〇年一一月一四日、浜口雄幸〈ハマグチ・オサチ〉首相暗殺未遂事件を起こす)を初めとして、総計一九〇人に及んでいるという。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます