礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

「やせ我慢」と「関係の絶対性」

2016-01-31 06:06:11 | コラムと名言

◎「やせ我慢」と「関係の絶対性」

 新年にはいって、印象的な出来事が三つほど続いた。
 ひとつは、SMAPの解散への動きが、いつの間にか、その撤回および謝罪へ変わっていった出来事である。
 二番目は、人気テレビ番組『開運!なんでも鑑定団』における石坂浩二氏「冷遇」問題である。この問題がネット上で噂に上ったかと思うと、その数日後には、同氏が同番組を降りる予定であることが報じられた。
 そして三番目に、甘利明前経済再生担当相が、「金銭授受疑惑」の責任をとって辞任した出来事である。産経新聞配信のインターネット記事によると、甘利明氏は、今月二九日午前、内閣府職員の前であいさつし、「責任の取り方に対し、私なりのやせ我慢の美学を通させていただいた」と述べたという。
 甘利明氏の言葉を聞いて、今年の世相を特徴づけるキーワードは、「やせ我慢」ではないかと感じた。少なくとも、上に挙げた三つの出来事には、「やせ我慢」という共通項がある。
 SMAPの四氏(五人のメンバーのうちの四氏)は、事務所から独立する夢を断たれたばかりか、テレビで「公開謝罪」までしなければならなかった。この四氏の心中は、一言でいえば、「やせ我慢」であったろう。
 また、石坂浩二氏は、番組収録中には、司会としての役割りを果たし、それなりに発言もしているというが(伝聞)、放映された番組においては、一切の発言がカットされるという処遇を受けてきたという(伝聞)。これらが事実だとすれば、石坂浩二氏のこの間の心中も、やはり「やせ我慢」であったと思う。
 甘利明氏は、みずから、「やせ我慢の美学」ということを言っている。
 ところで、SMAPの旧独立派四氏、石坂浩二氏、そして甘利明氏は、それぞれ何のために、あるいは何を意識して、「やせ我慢」をしなければならなかったのか。このことについても、この三者には、何らかの共通項が抽出できそうだ。彼らは、いずれも自立した職業人であるが、実はいずれも、部外者には、理解できないような際どい人間関係の中で仕事をしており、そうした際どい人間関係が、最終的には、その人々の態度や言動を決定しているらしい。これが、今回、これらの出来事から、私たちが受け取った感想である。あえて言えば、彼らは、その業界の人でなければわからない、あるいは、その当事者でなければわからない、「ある種の関係性」に縛られおり、それゆえに「やせ我慢」を強いられることにもなったのである。
 では、そうした「関係性」とは、具体的に何なのか。SMAP旧独立派四氏や石坂浩二氏の場合については、ある程度の憶測が成り立つ。しかし、これにしても、本当のところは、その業界の人でなければ、あるいは、その当事者でなければわからないと見るべきである。
 甘利明氏については、一部週刊誌が「はめられた」という見方を示している。では、誰が甘利氏を「はめた」のか。甘利氏が大臣を辞めざるを得なかったは、その「はめた」勢力との関係性によるものだったのか。おそらく、そうではない。自民党内において、「はめられてしまった」甘利氏に対し批判的な空気が形成され、甘利氏は、自民党内の、そうした空気に抗しきれずに辞めたのだと思う(推定)。その「はめた」勢力が何であるかについては、自民党関係者も甘利氏本人も、うすうす気づいているのだろうが、その実体が明らかにされるのは、しばらく先のことであろう。
 かつて、思想家の吉本隆明(一九二四~二〇一二)は、「関係の絶対性」という言葉を使ったことがある。この言葉には、人間の態度・言動・思想を左右するのは、「人間関係」(関係性)であるという考え方が含まれている。これは、実に便利にして有効な言葉であって、今回、改めてそのことを実感した。
 なお、一言、補足する。今回、SMAPの旧独立派四氏、石坂浩二氏、甘利明氏は、それぞれが「やせ我慢」の態度を示したわけだが、これについて私は、共感したり是認したりしたのかというと、必ずしもそうではなかった。それは、「関係の絶対性」に対し、あえて抗うような「やせ我慢」というものがありうるだろうし、そのような「やせ我慢」こそが、本当の「やせ我慢」ではないか、という考え方を以前から持っているからである。

◎礫川ブログへのアクセス・歴代ベスト30(2016・1・30現在)

1位 15年10月30日  ディミトロフ、ゲッベルスを訊問する(1933)
2位 14年7月18日 古事記真福寺本の上巻は四十四丁        
3位 15年10月31日 ゲッベルス宣伝相ゲッベルスとディートリヒ新聞長官
4位 15年2月25日 映画『虎の尾を踏む男達』(1945)と東京裁判 
5位 15年8月5日 ワイマール憲法を崩壊させた第48条
6位 15年2月26日 『虎の尾を踏む男達』は、敗戦直後に着想された
7位 13年4月29日 かつてない悪条件の戦争をなぜ始めたか     
8位 13年2月26日 新書判でない岩波新書『日本精神と平和国家』 
9位 15年8月6日 「親独派」木戸幸一のナチス・ドイツ論
10位 16年1月15日 『岩波文庫分類総目録』(1938)を読む

11位 15年8月15日 捨つべき命を拾はれたといふ感じでした
12位 16年1月16日 投身から42日、藤村操の死体あがる
13位 15年3月1日  呉清源と下中彌三郎
14位 14年1月20日 エンソ・オドミ・シロムク・チンカラ     
15位 15年11月1日 日本の新聞統制はナチ政府に指導された(鈴木東民)
16位 13年8月15日 野口英世伝とそれに関わるキーワード     
17位 15年8月9日 映画『ヒトラー』(2004)を観て印象に残ったこと
18位 15年12月5日 井上馨を押し倒し、顔に墨を塗った婦人
19位 13年8月1日  麻生財務相のいう「ナチス憲法」とは何か   
20位 15年2月20日 原田実氏の『江戸しぐさの正体』を読んで

21位 16年1月27日 国民学校の発足(1941)とその目的
22位 13年2月27日 覚醒して苦しむ理性       
23位 15年11月2日 好ましからぬ執筆者、好ましからぬ出版社
24位 15年8月3日 ストゥカルト(Stuckart)、ナチスの「憲法原理」を語る
25位 15年8月13日 金子頼久氏評『維新正観』(蜷川新著、批評社)
26位 16年1月24日 敵機に遭遇した列車は長緩汽笛を発して徐行
27位 15年2月27日 エノケンは、義経・弁慶に追いつけたのか 
28位 16年1月14日 中野逍遙『逍遙遺稿』と川上眉山『観音岩』
29位 15年7月2日 井上日召、検事正室に出頭す(1932・3・11)
30位 16年1月3日 恋はなやまし、春雨降る夜(美空ひばり)

次 点 15年8月12日 明治憲法は立憲主義を謳っていた

*このブログの人気記事 2016・1・31(6位に珍しいものが入っています)

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

国民学校の国語教育は音声面の修錬を重視した

2016-01-30 03:15:03 | コラムと名言

◎国民学校の国語教育は音声面の修錬を重視した

 ここ数日、清水甚吾『国民学校学級経営法』(東洋図書株式合資会社、一九四一)という本に依拠しながら、戦中の「国民学校」の教育について紹介してきた。本日は、その四回目(最後)である。
 本日、紹介するのは、第十一章「初等科第一学年の学級経営」の第三節「国民科の教育」の後半である。

 4 国語教育 国語は読み方・綴り方・書き方、話し方の四分節があるが、此の四分節の完全な教授機能は、児童用書の「ヨミカタ」と「コトバノオケイコ」(練習書)並に教師用書の三者が一体不可分として取扱はれることである。「ヨミカタ」は従来の読本に相当し、国語教授の中核で主体的な位置を占め、此の「ヨミカタ」の教材を活用して書き方、話し方乃至〈ナイシ〉綴り方の一部へと渡りをつけて行くのが「コトバノオケイコ」の練習書である。
(1) 児童用書の「ヨミカタ」
 国語の出発としては言語訓錬が重要である。従来の国語教育は直ちに文字を教へるといふことに進んだ。併し、国語には、口で語られる音声面と、文字で表はされる文字面との両面があって、国民学校の国語教育に於ては音声面の修錬が従来より重んぜられ、読み方に於ても綴り方に於ても、其の他の教科目に於ても重要視せられることになつた。特に国語の中に話し方といふものが設けられた。此のやうな精神に於て、「ヨミカタ」の最初には文字を提出せず桜花の下で体操して居る絵や先生が先頭に立つて円陣に児童を一列で行進させて居る絵等が描げられて児童と教師とがお話をして、児童の発する言葉を自然に訓練することになつて居る。このやうに「ヨミカタ」の最初は国語の音声面から出発して、発音、話方訓練をする。発音の指導には、教師の模範が大切であるが、模範のみでは児童自身がどんなに口を開いて居るかわからないから、鏡に向つて教師の示した模範の通りに口を開く訓練をすることが頗る有効である。私の学校では、幸に体育館に畳一畳位の面積を有する鏡が四面一ところに設備してあるから、そこへ一年生の児童を引率して行つて発音訓練することが出来る。
 発音・話方訓練を最初にやつても、之は継続的に訓練して行かねばならぬ。児童用書「ヨミカタ」の一では最初に以上のことを提出して、其の後は大体従来の国語読本のやうに一部二部三部に分けて組織し、たゞ二部から三部への移行を円滑にしてある。一年の児童は叫びの如き言語によつて、「アカイアカイアサヒアサヒ」「ハトコイコイ」「ヒノマルノハクバンザイバンザイ」「ハシレハシルシロカテアカカテ」といふやうに感動的の言葉で反復的命令型を使ふことが非常に多い。かかる低学年児童の言語の発生系統と、此の期の児童生活が鳥獣草木を自分と同じやうに考へる主観と客観とが未分化時代といふことから材料をとつて、言語の訓練を組織的にするやうになつて居る。
 次に他教科と教材内容に於て密接な関連を保たせ縦と横との有機的な取扱をしなければならぬやうになつて居る。例へば、「ヨミカタ」で「ヒノマルノハタバンザイ」を教へると、修身では「テンチヤウセツ」、芸能科の音楽では「ヒノマル」の唱歌、図画では「ヒノマルノハタ」といふ風になつてゐるから、自然綜合的の取扱が出来て非常に面白い。教師が、児童に興味をもたせ教授の効果を十分にあげるやうに工夫と注意とが肝要である。
 以上の第一部を終つて第二部に入ると、上から児童に与へる言語「オハヤウ、コザイマス」とか「センセイサヤウナラ」とかいふやうな躾の言葉を提出して、この言葉を通して躾をして行く。又電話遊びの如き児童の遊戯を利用して大人の言葉を児童に自然に使はせ、最後は「アメガヤミマシタ」のやうに敬体口語に到達する。
 第三部になると、おもむろに、一般的な叙述形式によつて児童が興味をもつ「舌切雀」とか「桃太郎」とかの昔からの童話を提出して、それを取扱ふ。尚、童話に於ては、亀と鳶〈トビ〉とが海の話をするやうな新作の童語が取り入れてある。このやうにして「ヨミカタ一」の取扱をすることによつて「ヨミカタ二、三、四」への発展の素地が培はれることになる。
「ヨミカタ」二も小学国語読本の材料が大分取り入れられるが、特に皇国民の錬成といふことを国語を通して行つて行くことに細心の注意が払はれて居る。形式上に於ても、従来の分別〈ブンベツ〉書き方を改めて新しい形式とし、「てにをは」等の助詞は、其の上に来る言葉につけることになつて居る。又平仮名は読本の順序に従つて教授して行くと共に、前に片仮名の覚え方を述べたやうに、平仮名のカルタ取や平仮名五十音図を提出して其の縦読み、横読み、逆さま読み等を指導し、表現にも平仮名を適宜使用させるがよい。
(2) 児童用書の「コトバノオケイコ」
 今度新しく生れた児童用書の「コトバノオケイコ」は、児童の生活語の発音訓練であるとか、標準語の訓練であるとか、文字語彙の習得であるとか、或ば話し方や書き方の修練とかをさせる為に、其の仕事を導き、行はせるのに編纂されたものである。その内容は大体次のやうに五つの部面が含まれて居る。
 イ 話し方へ発展する部面 児童の生活を省みる緒〈イトグチ〉が与へられ、そこから、子どもらしい話材なり、話題なりが湧き出て、それによつて、児童と教師との問答が行はれ、自然に話し方が正しいものに導かれて行くやうにする。
 ロ 言葉遣ひに注意を与へる部面 言ひ間違ひ易い言葉について、それを正し、又書き誤り易い言葉について注意を促し、或は敬語を子どもなりに覚えさせたり、語彙を豊かにさせたりして、知らず知らずの中〈ウチ〉に、言葉遣が磨かれて行くやうにする。
 ハ 語法に関する部面 一年の子供にのみこめるやうな、極めて平易なものを示し、而かも国語を学ぶ上には是非知つてゐなければならぬものを少しづつ提出し、文法的な知識を与へるのでなく、幾度も反復練習することによつて目然に身につくやうに作業をさせる。
 ニ 綴り方へつながる部面 「ヨミカタ」の教材に即して、物の見方や考へ方を取り扱ひ、時には「ヨミカタ」の長文を要約させて記述させたり、叙述の形を対話の形に改めさせたり、単純化された短文を児童生活内に取り入れて拡げさせてみたり、文字によると表現といふ仕事の基礎を錬成する。.
 ホ 書き方を修練する部面 細字の手本を示し、それによつて児童は文字の画〈カク〉とか、筆順とかを覚え、視写や聴写等専ら細字の練習をさせて、書写能力を養ふ。
(3) 正しく読む力の養成
 以上主として読み方についてのことであるが、読み方に於ては正しく読む力を養ふことが大切である。一年あたりでは、文字文章を読まなくて想だけを〔ママ〕記憶によつて読んで行く空読みといふのがある。それで、指で文字を指しながら読み、文字を通じて思考感動と一体にして行くやうにする。又一年の児童には、文字を指して読めてないのがあつて一字一字の拾ひ読みをするものがある。是等の児童には、一字一字拾ひ読みから、一つの言葉を一掴みにして読むやうに指導し、それから文章全体が読めるやうにし、文章が思考感動と、不可分で一体となるところへ導いて行く。そして、読みは反復練習によつて、正しく読む力の養成に力を注がねばならぬ。読み方に於て、読むといふことが出来なくては、読み方は破産である。
 尚、今日色々の児童読み物がある。これについては、皇国民の錬成といふ立場からと児童の興味といふ方面から選択して指導する必要がある。従来は、単に児童読物として漫然と父母も教師も提供し、或は放任の形であつたが、国民学校が実施されてからは皇国民の錬成といふことから読書環境を構成してやることが学級経営の一任務である。
 このやうに、学校及び家庭の読書環境を国民学校の目的によつて構成して、児童に多く読ませ本を読むことの趣味を養成することが極めて大切である。本を読むことを好むか嫌ふかといふことは、先天的の素質にもよるが、教師や父母の躾により注意によつての習慣が非常に関係するものである。小さい時に親しみ本を読むことに趣味をもつた者は、大きくなつて本を読め勉強せよといはれないでも本を読み勉強する。そして、上学年に進むにつれて読書力のあるものと然らざる者とはすべての教科目の学習に大きな関係をもつものである。かつて選抜しない児童を一年から六十余名持ち上つたことがある。三年四年頃迄、非常に優良児が多いと思つてゐたところ、五年になり読本はむづかしくなり、国史地理が特設されてからは、読書力のあるものと然らざるものとに開きが生じて来た。そして一年生の時から本を好んで読書して来た一児童は、国史の勉強に於て大森金五郎氏著の「大日本全史」といふ分厚い書物を難なく読破して国史の時間に活躍したものであつた。
 尚、読み方に於ては、読解力と発表力とを陶冶することになつて居る。読解力は発音に出発する読みの面からいつた読む力のみでなく、意味がわかり言語の書写を通しての綜合的の読解力をさす。国民科国語の目的の中にある理会力と相通ずるものである。発表力は読解力によつて得たものを発表させ、且其の他の色々な場合に成るベく発表させてみるやうにする。発表力を養ふには言語練習の方面から音声言語の発表力と文字文章による発表力とある。以上のやうに読み方に関連して発表力を陶冶するのみとせず、すべての場合に発表を尊重して発表力を養成する。綜合授業に於ては其の中枢が生活体験と表現とにあることを述べて置いたが、自然観察に於ても発表力の養成に資しながら自然観察の目的を達するやうにするがよい。要するに、あらゆる機会に発表力を陶冶する。
(4) 綴り方
一年は特に生活表現の綴り方を尊重して綴り方だけでなく童謡も作らせるがよい。ただ従来は自由発表に任せた為に自然主義的な傾向に落ちた傾向がある。それで、児童の生活に即して物の見方、考へ方を指導して、児童の生活そのものを適正に指導することが大切である。以上の点に注意して盛〈サカン〉に綴らせたり、童謡を作らせたりすると、片仮名平仮名の運用が出来ると共に思想が伸び、児童が国語に興味をもつやうになる。そして絵を入れさせるがよい。
(5) 書き方
 国民学校に於ける「書き方」は在来のものと趣を異にし、低学年に於ける文字訓練の基礎をなすと共に「読み方」の書取と相俟つて、緊密に連絡して行かねばならぬが、実際問題としては、初等科一・二年では「書き方」を課し、明確端正に文字を書く基礎を、特に低学年に於て指導するのであつて、読方に付随して随時にこれを行つて行く。即ち「ヨミカタ」及び「コトバノオケイコ」の書写を盛にさせるがよい。併し先入主となるものであるから、明確にそして綺麗に書く躾をして行き、筆順を正確に指導する。児童の帳簿は常に之を見てやることを怠つてはならぬ。
(6) 話し方
 話し方といつて、時間を特設して長い物語をさせるといふものではない。読み方の教材其の他遠足・運動会・学芸会等の諸行事に即して、児童に極めて短い話を自由に発表させる。読本の挿画の話や文章の劇化をする。児童は童話を非常に好むものであるから、教育的に吟味して童話を話してきかせたり、児童にもさせたりすることはよいと思ふが、何等指導しないやうなだらしのない話方になつてはいけない。もつときびきびした言葉の躾を中心とした話方を指導して、児童の自由な発表を次第に醇化することに努める。
 話し方と共に聴き方の訓錬をする。私は児童が教壇に出て話す時には、一般の児童に拍手させて居る。其の拍手の目的は第一はしつかりしつかりと応援の気持をあらわし、第二はよく聴きますといふ意味に於て両手を膝の上にキチンと置かせる。学校全体が大学芸会等をする時には、よく聴かない児童がある。かかる場合には「話上手より聴き上手」といふことをしつかりと話しきかせて、聴き方の訓練をして行く。

 本書『国民学校学級経営法』を一読して、最も興味を抱いたのは、実は、本日、紹介した部分であった。それは、戦中の「国民科」における「国語」教育の理念、その授業の実際、『ヨミカタ』、『コトバノオケイコ』といった教科書の内容に触れていたからである。
 昨年一二月一三日のコラム「井上赳が語る、戦中における教科書編修事情」で見たように、「読本の神様」井上赳は、文部省図書監修官として、この「変革」に関わっていた。そのときのことについて、井上は、のちに、次のように回想した。

 ……この国民学校令を機として、国語にば「話方」が分科としておかれることになったのに乗じ、私は皮肉にも在来の読本の外〈ホカ〉に「ことばのおけいこ」というものを編纂し、国語教科書を二本建〈ニホンダテ〉にする計画をさえ立てた。これがために用紙を乱費するものだという上層部の叱責的な非難もあったが、私は強引に押し進めた。戦後の言語教育といえばわが事のように論じたがる現在の人も、戦前すでにこうした考え方か実行に移されたこと――もちろんあわただしい時機に際してのきわめてお粗末な出来ばえでばあったが――について先輩のなめた苦労だけは汲んでほしいと思う。そして記憶しておいてもらいたいことは、あの神がかりの極端な国粋圭義の権化〈ゴンゲ〉と見られがちな国民学校の方針を具体化すべき教科書の編修方針が、その実、根本的に児童中心の自由教育をまもりぬくべき仕組みにできていたことである。

 この井上の言葉には、ウソも誇張もない。そのことを私は、清水甚吾の『国民学校学級経営法』を読んで知った。いずれにしても、この本は、戦中の初等教育の実情を知りうる、きわめて貴重な史料であると言えるだろう。

*このブログの人気記事 2016・1・30(10位に珍しいものが入っています)

コメント (1)
この記事をはてなブックマークに追加

シツケとは主客未分化の道徳的錬成である

2016-01-29 03:05:20 | コラムと名言

◎シツケとは主客未分化の道徳的錬成である

 本日は、国民学校における「教科」について、考えてみたい。本日も、のちほど、清水甚吾『国民学校学級経営法』(東洋図書株式合資会社、一九四一)を引用するが、その前に本日は、荒木茂久二〈アラキ・モクジ〉・熊埜御堂定〈クモノミドウ・サダム〉共著『国民学校令正義』(目黒書店、一九一六)という本によって、国民学校における「教科」の概略を見ておこう。
『国民学校令正義』の第二章「課程及編成」の第二節「教科及科目」の最初のほうに、次のようにある。

第二節 教科及科目
 国民学校に於ては、国民学校教育の本旨、皇運を扶翼し奉る基礎的錬成の立場より、従来の小学校に於ける教材を徹底的に再編制し、新に教科及科目を設けたのである。これが、国民学校の教育内容上の改正の、具体的根幹をなすものである。然らば国民学校に於ては如何なる教材の編制を行つたかと云へば、国民学校令第四条には次の如く規定してゐる。
《国民学校ノ教科ハ初等科及高等科ヲ通ジ国民科、理数科、体錬科及芸科トシ高等科ニ在リテハ実業科ヲ加フ
国民科ハ之ヲ分チテ修身、国語、国史及地理ノ科目トス
理数科ハ之ヲ分チテ算数及理科ノ科目トス
体錬科ハ之ヲ分チテ体操及武道ノ科目トス但シ女児ニ付テハ武道ヲ欠クコトヲ得
芸能科ハ之ヲ分チテ音楽、習字、図画及工作ノ科目トシ初等科ノ女児ニ付テハ裁縫ノ科目ヲ、高等科ノ女児に付テは家事及裁縫ノ科目ヲ加フ
実業科ハ之ヲ分チテ農業、工業、商業又ハ水産ノ科目トス
前五項ニ掲グル科目ノ外〈ほか〉高等科ニ於テハ外国語其ノ他必要ナル科目ヲ設クルコトヲ得》
 国民学校の教科とは、国民学校教育の実質的内容である教育材料即ち教材の有機的体系を謂ふのである。之は小学校令で用ひられてゐる「教科」とは多少其の趣を異にしてゐる。即ち小学校令に於ては教科とは、国民学校令の所謂課程の意味に用ひられたのを普通とするが、小学校令第三十九条に、「小学校ノ教科ヲ教授スル者ヲ本科正教員トシ」と規定するが如き場合は国民学校の「課程」よりは狭義に用ひられてゐるが如くである。
 国民学校に於て、初等科に在りては四教科、高等科に在りては五教科を設けたる所以を説明すれば、国民学校の教育の目的とする所は偏に〈ヒトエニ〉皇運を扶翼し奉る忠良なる日本臣民の錬成と謂ふ一点に在り之のみが凡てであるが、実際教育に当つては、教材は国家がある程度整理して与へなければならぬのである。国民学校の教科とは、国民学校教育の目的をよりよく達成する為に、教材を一定の体系に整理配列したものである。従来小学校の教科目も中等学校の学科目も学問の分類から生れ出たものと考へられて来た弊があつたのであるが、国民学校の教科は学問の分科より生じたものでは決して無く、国民学校教育の必要上、皇国臣民に必要なる資質の各分野の陶冶として生まれたものである。

 国民学校の発足にともなって、教科・科目の再編制がおこなわれた。なかでも注目されるのが、「国民科」の登場である。これによって、「修身科」や「国語科」という教科が姿を消した。これは、近代日本教育史の上で、きわめて重大な出来事だったと言えるだろう。
 では、この「国民科」というのは、どういう教科だったのか。これを確認するために、今度は、清水甚吾『国民学校学級経営法』を参照する。本日、紹介するのは、第十一章「初等科第一学年の学級経営」の第三節「国民科の教育」である。

 三 国民科の教育
 1 国民科の要旨と其の出発 国民科の要旨とするところは、「我ガ国ノ道徳、言語、歴史、国土、国勢等ニ付テ習得セシメ、特ニ國體ノ精華ヲ明ニシテ国民精神ヲ涵養シ皇国ノ使命ヲ自覚セシムル」にある〔国民学校令施行規則〕。即ち国民科は一言にしていへば国民精神ノ涵養が目的である。この目的を達成する為に、修身・国語・国史・地理の四科目に分化されて行く訳であるが、低学年に於ては、修身が国民科の父となり国語が国民科の母となり、上の学年に進むにつれ、国史、地理を漸次分化発展させて行くといふ気持で取扱ふ。
 殊に、低学年は、主観と客観、空想と現実とが未だ分化しない時であるから修身教授は躾から出発する。躾といふものは、主客未分化の道徳的錬成である。自覚の伴はない躾から出発して、自覚を伴つた国民的錬成といふ方向へ、修身教授を向けて行くやうにする。躾については、学級経営の方針と其の具体化のところに〔第十一章第二節〕、一年生として、団体生活から見たものと毎日の生活から見た極めて卑近で必須なものをあげておいたが、更にここにもつと広い見地からあげてみよう。
(1) 児童の遊戯
(2) 各種の学校行事
(3) 友達との交際
(4) 教師への礼儀、お礼の仕方、教師への服従
(5)  学用品其の他所持品の取扱方と其の始末
(6) 姿勢及び服装等の容儀
(7)  学級作業等の学校生活
(8) 家庭に於ける朝晩の挨拶
(9) 親兄弟に対する礼法、挨拶の仕方、返事の仕方等の躾
(10) 道の歩き方
(11) 電車・汽車の昇降・車中の心得
(12) 神社仏閣御陵の参拝の仕方
(13) 祝祭日に国旗を立てること
(14) 御尊影竝に皇室に対する礼法・最敬礼の仕方
等々とあつて、児童に親しみの多い、而かも実行の容易なことがらから指導することによつて、教授の実〈ジツ〉をあげることに留意すべきである。
 次に国語に於ては簡単なる言語訓練から出発して、此の言語訓錬に力を用ひる。言語訓練といふと、正しい言葉の躾といふことであるから、発音や言葉遣〈ヅカイ〉等について正しい国語が使用出来るやうに初歩訓練するのであるから、修身と不可分の関係で行く必要がある。従つて、教師や父母の実践躬行によつて模範を示し、又家族や友達等の周囲の環境によるよい言葉の見習等も注意して教育して行かねばならぬ。
 2 国民科教科書の活用 以上の精神から・国民科の教科書の「ヨイコドモ」と「ヨミカタ」とは、国民精神感情を養つて行くといふ点では一体たる関係に於て編纂され、教材内容は互に相連絡し、又相補ふやうになつて居る。「ヨイコドモ」の方は国民生活の正しき筋道を明かにする表側となり、「ヨミカタ」の方は国民的感情情緒を豊かにして心の奥行を作つて行く裏側をなすといふ関係になつて居るが、時には、又形式上「ヨミカタ」が表に行つて、「ヨイコドモ」が裏を行くといつた趣もある。
 教材の表現も、「ヨイコドモ」と「ヨミカタ」とは非常に接近して、「ヨイコドモ」の各課の標題がすべて、従前の国語読本のやうな表現法が用ひられて、「ヨミカ夕」と一体不可分のものとして、国民科の目的を遂行するやうになつて居る。併し、之を取扱ふ時には、各〈オノオノ〉の特質が発揮されねばならぬ。「ヨイコドモ」は国民的自覚を興起しつつ之を日常の実践行為にまで躾けて行く立場を取り、「ヨミカタ」は言語・文章を訓練してコトバの実践に導き、コトバの国民的思考感動を通じて国民精神を養つて行くをいふ立場を取る。此の二つの立場から教材の体系も亦自ら〈オノズカラ〉相違する訳である。
 3 修身教育 日本の国民が守つて行かなければならない道の実践指導をなし、児童が色々と起してくる意欲を道徳的に啓発して行く。此の場合に、児童の徳性に於ける情意方面を錬成するといふことを重要視して、低学年児童の生活の即する事柄を取り上げ、児童生活の実際又は生活の行事と堅く結びつけて、情操の深化を図つて行かねばならぬ。それを、直接自分に関係のない他人の事の話のやうにして、いくら説話を上手にして修身教授をしても、それは駄目である。動もすると、児童は局外にゐて、他人の話のやうに思つて、面白がり注意を集中してきいて居ることがある。文吉さんがかうした。小太郎さんがかうした。と直接自分の問題とせずに第三者としてながめた弊がある。
 児童を直接的対象とし、直接的に指導する為に低学年の「ヨイコドモ」といふ教科書に於ては、児童の道徳意識が此の年齢で発達して行く程度を充分に考慮して、教材を児童の遊戯や、学校、一般国民生活に於ける行事、家庭に於ける躾といふ如きものを密接な関連を保たせ、児童の心線にピツタリと即せしめて、著しく情意的錬成といふところに力を注いである。又児童用書の体裁〈テイサイ〉に於ても、二頁に亘つて綺麗な挿絵を採用して全部見開きの絵とし、文章を入れるにしても其の両頁に亘つた一つの事項の絵に関係して児童の生活記録といふべきものを入れてあつて、この児童用書を其の侭に情意的錬成の一助としてある。此の点教師は勿論、家庭の人にもよくこのことを理解させて、児童用書其のものによつて国民学校国民科修身の目的を達せしめるやう心掛くべきである。
 併し、「ヨイコドモ」はどこまでも児童のものであるから、教師用書を熟読玩味し、これによつて教授しなければならぬ。児童用書のみによつて、ここではかういふ徳目に触れるものだと即断するごとは禁物である。必ず児童用書と教師用書と二つのものを堅く結んで、それに加ふるに教師の教育力を以て教授することによつて目的を達するやうにすることが肝腎である。家庭に於ける両親にも此の点を了解して貰はねばならぬ。
 次に実際の教授に於ては、実践行為の主体を「ワタクシ」として、お友達に勇さんや文子さんが居ると考へ、或時には児童各自の実践行為から出発し、或時にば掛図から出発して、道徳的生活の意欲の発動を促し、具体的に説話を進め、道徳的情操を涵養しながら、深刻なる実践指導をする。此の際、礼法躾といふものと密接の関係をもたせることに努める。児童の生活、児童の実践行為に即するといつても、児童の自然的成長によるのでなく、皇国の道に則つて国民の基礎的錬成をなすのであるといふことを考へ、忠良な日本国民として行くことを忘れてはならぬ。そして、低学年は一度に徹底を図るよりも、度々時を異にして反復練習をすることが要諦である。特に躾については実行の反復練習によつて習慣化して行くことが必要である。【以下、次回】

*このブログの人気記事 2016・1・29(8・9位に珍しいものが入っています)

コメント (1)
この記事をはてなブックマークに追加

国民学校は児童の自発的な学習態度を育てる

2016-01-28 05:34:24 | コラムと名言

◎国民学校は児童の自発的な学習態度を育てる

 昨日の続きである。清水甚吾『国民学校学級経営法』(東洋図書株式合資会社、一九四一)という本に依拠しながら、戦中の「国民学校」の教育について紹介している。
 本日は、第四章「国民学校の教育方針と施設経営」から、第一節「皇国の道の修錬」の全文、および第二節「心身一体の教育」の全文を紹介してみたい。

第四章 国民学校の教育方針と施設経営
 一 皇国の道の修練
 国民学校の教育方針として十項目示してある。其の中の第一項より第三項までを挙げてみると、
 一 教育ニ関スル勅語ノ旨趣ラ奉体シテ教育ノ全般ニ旦リ皇国ノ道ヲ修練セシメ特ニ國體ニ対スル信念ヲ深カラシムベシ
 二 国民生活ニ必須ナル普通ノ知識技能ヲ体得セシメ情操ヲ醇化シ健全ナル身体ノ育成に力ム〈つとむ〉ベシ
 三 我ガ国文化ノ特質ヲ明ナラシムルト共ニ東亜及世界ノ大勢ニ付テ知ラシメ皇国ノ地位ト使命トノ自覚ニ導キ大国民タルノ資質ヲ啓培スルニ力ムベシ
とある。此の三つの項目は、前に述べた国民学校の目的を敷衍〈フエン〉したもので、国民学校に於ける教育の精神と内容とを明かにし教育の全般に亘つて皇国の道の修練を旨とするのであるから、実践形態としては、修道といふことによらねばならぬ。修錬となると知行合一によつて常に道を求めて精進する態度が必要である。従つて、致師は「躬行して人を導くは教の本なり」といふことに則り、先づ師道を確立し、実践躬行〈キュウコウ〉により児童に範を示し、又児童と共に実行して行くといふやうにして行かねばならぬ。
 児童は、謙虚随順の徳を以て、教師長上を尊敬し、友達を信頼し、常に誠実に道を求め実際にこれを行つて、天壌無窮の皇運を扶翼し奉るべき忠良なよい日本人になるやうに努めて行かねばならぬ。今度の国民学校の教育が所謂「行」〈ギョウ〉の教育であるといつて、たゞむやみに児童をして窮屈な思ひをさせ、児童に無理がかかり、児童を萎縮させるやうになつてはならぬ。児童は明朗快活なものであるから、すがすがしい気持で活動する態度が望ましい。
 一体「行」といふことになると、道徳酌宗教的の意味があるから、黙想とか朝起〈アサオキ〉神社参拝とか坐禅とか歩行訓練とか夏季心身鍛錬とか寒稽古〈カンゲイコ〉とか特別に行ふこともあるが、これまで毎日やつて居ることを行的〈ギョウテキ〉に而かも師弟同行〈シテイドウギョウ〉で行くことが肝要である。黙想の如きは道徳的宗教的の深い意味をもたせないでも、一年生から心の落ち着きを作る為に行はせて効果がある。坐禅といふやうなことは学校長の信念から実践させ、これによつて行的教育の実績を挙げて居る学校があつて、これは誠に結構なことである。併しどこそこの学校に坐弾をやつ居る〔ママ〕から、すぐにそれを真似してやるといふ真似の行はいけない。それでは、毎日やつて居ることを師弟同行といふのでばどんなにやるかといふと掃除にしても、掃除によつて学校を綺麗にし、骨惜しみをせず精神をこめて一生懸命にやり、それによつて私利私慾を考へないで公の為に尽すといふ精神を養つて行くやうに師弟同行でやつて行く。掃除をなし、掃除をさせて貰ふことによつて修養するといふことに進めば道徳的のみならず宗教的意味ももつてくる。運動場の草取や学校園の作業にしても、教師も児童も作業服を着て、これまた私利私慾を離れ師弟同行で一生懸命に働く。体操にしても同様で、教師児童共に体操服(作業服と一致する場合もあらう)で、単なる技術だけでなく精神をこめての身体修錬をする。かかる場合に、教師は同じ服装しなくても、児童は教師の命に従つて行動するのが、児童としての随順の徳といふ人もあるが、教師が同じ服装をし、教師が躬〔身〕を以て実行して居る其の無言の教育が如何に大きな影響を及ぼすかは明瞭なことである。無意識的感化による教育の数果の大なることを思へば、教師の躬行実践が必要であることがわかるであらう。
 次に各教科の授業に於ても、単に知識技能の伝達方法たらしめないで、知識及び技能の修得を通じて皇国の道を修めしめ国民的性格を育成する教育方法たらしめることが肝要である。各教科各科目の授業も、その実践形態が行的であつて、実行を通して体得させねばならぬ。修身の如きは勤勉にしても掃除や作業や学業を実際に勤勉させるといふ実行と共に其の精神なり更に其の向上について教育せねばならぬ。理数科の如きは直観観察実験実測を通しての教育が尊重されなければならぬ。又芸能科の習字の如きにしても、姿勢を正しくし、精神をこめて修練させるやう教育して体得させて行かねばならぬ。
 要するに、教師が知識及び技能を注入伝達によつて、観念として行くやうな教育方法は清算されねばならぬ。併し知識技能を軽視し忽〈ユルガセ〉にするといふのではない。教師も児童も誠実を以て、皇国の道に向つて心身一如〈イチニョ〉、全心身を働かせて勤労的に労作的に教育育して行けばよい。
 二 心身一体の教育
 国民学校の教育方針の第四項に
「心身ヲ一体トシテ教育シ教授訓練養護ノ分離ヲ避クベシ」
とあつて、文部省の説明には教育上特に注意すべき事項として次の五項が挙げてある。
(一) 学習は同時に「行」であり或は「行」としての学習であらねばならぬ。
(二) 知識の徹底を期し知識の軽視と偏重に陥つてはならぬ。
(三) 作業を重んじ実践を通して知徳を啓培せねばならぬ。
(四) 学校の全生活を通じて躾〈シツケ〉を重んじ自覚的に善良な習慣を体得せしめねばならぬ。
(五) 児童の負担を軽減し過労を避け心身の健全な発達を期せねばならぬ。
 以上のやうに、国民学校の教育方法に於ては、教授・訓練・養護の分離を避け心身を一体として教育し、国民的人格の統一的発展を期するやうに扱つて居る。然るに、従来は、教授と訓錬と養護ととを別々のものとして分離し、教授の時には教授だけのことを考へて、知識技能を授けることをした。そして、訓練とか養護の方面は閑却した。教授中に訓練や養護の方面でも何かいふことは教授が下手のやうに誤解した。皇国の道の教育になると、知の方面を把握して教育することもあり、徳の方面を把握して教育することもあり、体の方面を把握して教育することもある。之が孤立的になり統一を欠いては生命がない。生命のないものは行的にはならない。生きた姿により関連的に見ることによつて、教授即訓練即養護とする訳である。例へば体操といふと、手を振り是を動かすと考へた。それを体錬として表にからだ、裏に精神として皇国臣民の錬成をして行くが如きである。
 殊に修道となると躾といふものが非常に大切になつて来て、此の躾といふものは教科教育の時にも極めて必要である。又、姿勢といふものは養護上極めて大切であるが、修道に於て特に必要で、姿勢は至誠に通じ、形と心とがまごころで出来て居らねばならぬ。一年生の時には最も躾に注意しなければならぬが、躾の根本として姿勢について指導することが大切である。腰掛けた時の姿勢は、足と両手を揃へ、腹の皮に皺〈シワ〉がよらないやうに伸し、眼は先生に注ぐとかうして直立の時の姿勢は先づ腰を伸す、腰が伸びて居るかどうかを自覚させる方法としては、余り度々やらせることはどうかと思ふが、自分の臀部〈デンブ〉を両手で掴んでみると、膝が合つて腰が伸びて居る時には臀部が固くなつて掴めない。膝や越が伸びてゐない時には臀部が掴める。それから手指は中指に力を入れてすつと下へ伸す。次に眼をきめて頭が動かないやうにする。此のやうに姿勢が出来ると低学年児童も注意が集中する。
 皇国民の錬成といふことから、訓練だけを特別にして行くといふやうなことは誤りである。合同訓練とか合同体操とかをなし、或は勤労作業とか、それ等の特別のことをして、これだけによつて皇国民の錬成をして行かうと考へて居る人があつたら、国民学校の全精神とは違ふものである。以上のやうなことも大切なことであるが、是等が教科教育と一体となつて行かねばならぬ。
合同訓練・合同体操で、あれだけ生き生きと活動させながら、教室に於ける教授を見ると、全く児童は受動的に死んだやうになつて、教師の一斉画一〈イッセイカクイツ〉教授による注入伝達をして居るやうなのはよろしくない。勿論、児童の外形的活動をいふのではない。児童が自発的に道を求め、内的活動と共に、質問・作業・実験・発表等をなし、全心身を働かせて行く学習態度を養成して行かねばならぬ。
国民学校に於ては、教〈オシエ〉を立て師道を確立すると共に、児童の真摯なる自発的の学習態度を養成することが大切で、弁証法的に両者を一体とした教育方法を樹立せねばならぬ。

 かなり長い引用になったが、ここはかなり重要なところだと思う。「行の教育」などという怪しげな言葉が出てくることでもわかるように、この当時の教育というのは、児童の心身に、国家の道徳的、宗教的イデオロギーを注入する役割を果たしていた。
 おそらく当時、学校関係者あるいは教師たちは、そのことを当然とした上で、「皇国民の錬成」などと称し、「合同訓練」や「合同体操」の実践に、力を入れていたと思われる。
 ところが、この本の著者である清水甚吾は、そうした「外形的活動」への傾斜が生じるであろうことを見通した上で、「外形的活動」そのものを否定することはしないが、それは「教科教育と一体」とることで、初めて意味があるのだと指摘した。そのように指摘することで、あえて「教科教育」の重要性を強調したのである。
 清水甚吾という人物については、まだ、詳しいことを知らないが、この時代、こういうことを自信をもって指摘しているところを見ると、なかなかの学者だったと言えるだろう。【この話、さらに続く】

*このブログの人気記事 2016・1・28(9・10位に珍しいものが入っています)

コメント (1)
この記事をはてなブックマークに追加

国民学校の発足(1941)とその目的

2016-01-27 05:48:07 | コラムと名言

◎国民学校の発足(1941)とその目的

 昨年末、神田神保町の某古書店の百円均一のコーナーから、清水甚吾『国民学校学級経営法』(東洋図書株式合資会社、一九四一)という本を拾い出した。
 国民学校令(昭和一六年三月一日勅令第一四八号)に従って、全国の尋常小学校が「国民学校」というように名称を変えたのは、一九四一年(昭和一六)四月一日のことであった。
 この本は、一九四一年(昭和一六)の六月に初版が出ている。多くの購読者があった模様で、翌年二月には、早くも「卅版」に達している。すなわち、私が入手したのが、この第三〇版である。
 この本は、戦中の国民学校において、実際に、どんな教育、錬成、学級経営、授業がおこなわれていたのか(おこなわれようとしていたのか)を知る意味では、きわめて有益な史料であると思う。
 本日は、第三章「国民学校の目的と基礎的錬成」から、第一節「国民学校の目的」の全文、および第二節「基礎的錬成の意義」の全文を紹介してみたい。

第三章 国民学校の目的と基礎的錬成
 一 国民学校の目的
 国民学校令第一条に
「国民学校ハ皇国ノ道ニ則リテ〈のっとりて〉初等普通教育ヲ施シ国民ノ基礎的錬成ヲ為スヲ以テ目的トス」とある。これを従来の小学校令第一条と比較してみると、根本的の相異があつて、国民学校の根本目的が極めて明確になると思ふ。
 従来の小学校令第一条では
「小学校ハ児童身体ノ発達ニ留意シテ道徳教育及ビ国民教育ノ基礎並ニ〈ならびに〉其ノ生活ニ必須ナル普通ノ知識技能ヲ授クルヲ以テ要旨トス」
とあつて、日本的色彩がない。即ち普遍的一般的であつて、どこの国にも共通するやうな要旨になつてゐる。然るに国民学校の目的は、先づ「皇国ノ道ニ則リテ」教育するのであるから、最高原則が示されて居る。そして「皇国ノ道」といふのは、教育に関する勅語に仰ぜ給へる「斯ノ道」〈このみち〉を指すものである。「斯ノ道」は教育に関する勅語に仰せ給ふ第一段の国体の精華と第二段の臣民の守るべき道全体をいふのであつて、国体の精華に基づき天壌無窮〈テンジョウムキュウ〉の皇運を扶翼し奉る道である。
 以上によつて「皇道ノ道」が明らかになつたが、この「皇国ノ道ニ則リテ」国民全般に共通な而かも平易な教育をなし、児童の精神及び身体を全一的に錬磨育成するのである。「皇国ノ道ニ則リテ」の「テ」は普通教育にも、基礎的錬成にもかかるものである。
 国民学校の目的を言葉をかへてわかり易く言つてみると、我が國體に基づいて教育をなし、天壌無窮の皇運を扶翼し奉る忠良の皇国臣民の基礎的錬成をするのである。
 第二 基礎的錬成の意義
 文部省の国民学校教則案説明要領を見るに、第一章第一緒論、二国民学校の特質の所に次のやうに述べてある。
《今回の国民学校案は教育審議会の決議の精神に則りつつ、教育の理論と実際とを考慮しで立案せられたもので、茲〈ココ〉に多年の要望であつた八箇年の義務教育制度は確立せられ初等教育史上一大転期を画するに至つた。併しこれよりも一層重要なるは内容全般に亘る根本的刷新である。即ち我が國體に淵源せる教学の精神を徹底し、教育の全般に亘りて皇国の道を修練せしむることによつて教育の方向と帰趨〈キスウ〉を明〈アキラカ〉にし、従来動〈ヤヤ〉もすれば分離に傾かんとする「教科ヲ統合シテ教育ノ徹底ヲ図リ」、「国民精神ノ昂揚、智能ノ啓培、体位ノ向上ヲ図リ、産業竝〈ならびに〉国防ノ根基ヲ培養シ」、「以テ内ニ国力ヲ充実シ外ニ八紘一宇〈はっこういちう〉ノ肇国〈ちょうこく〉精神ヲ顕現スベキ次代ノ大国民ヲ育成」しようとするのが今回の改正に於ける大眼目であり、之れが方法としては知育の徹底を期すると共に実践を重んじ知識と実行、精神と身体とを一〈イツ〉として国民を錬成し、学ぶ所凡て〈すべて〉人格の力たらしむるにこれ努めしめ、学校を挙げて全一的なる国民的人格を陶冶し、「国民錬成ノ道場」たらしめようと期したので、これによつて、始めて我国〈わがくに〉固有の、即ち世界にまだ類例を見ない教育の方針と内容とが確立せられたのである。学校の名称を国民学校と改めた如きも「名実共ニ国民教育ノ面目ヲ一新センコトヲ期シタ」ために外ならない。》
 又同第二国民学校教育の本旨の説明中に
《三、「錬成」は教育の方法を示すもので錬磨育成の意である。児童の全能力を錬磨し、体力、思想、感情、意志等、要するに児童の精紳及び身体を全一的的に育成することを指す。
 こゝに「基礎的」とは錬成の程度を示したものである。之れを比喩的に言へば、小さい木が大樹の基礎であるといふ意味の基礎的である。小さい木は小さい木としで完成しながら大樹がそれから発展する基礎である如く、国民学校の教育は夫〈ソレ〉自身完成教育でありながら同時に将来の基礎であり生涯持続せらるべき自己修養の根幹である。
「普通教育」も「錬成」も「皇国ノ道ニ則リテ」為さるゝ事に注意しなければならぬ。従つてかゝる原則の下に、「普通教育」も「錬成」も一に〈イツニ〉我が國體の本義に則り皇運を扶翼し奉るを其の精神とする。故に従来の教育学の唱へる自我の実現、人格の完成といふが如き単なる個人の発展完成のみを目的とするものとは、凡そ〈オヨソ〉本質を異にする。即ち国家を離れた単なる個人的心意、性能の開発ではなく皇国の道を体現するところの皇国民の育成でなければならぬ。》
とある。
 併し、錬成といふと、カチカチの教育をして鍛錬一点張りのやうに解する人があるが、かゝる誤解があつてはならぬ為に、第三国民学校の教育方針の九に次の条項と説明がある。
《九、児童心身ノ発達ニ留意シ男女ノ特性、個性、環境等ヲ考慮シテ適切ナル教育ヲ施スコト
 一切の教育が一般的方面と共に心理的発達及び社会的環境等特殊的方面に留意すべく夫れ〈ソレ〉が心身の発達に準じ及び男女の特性、個性、自然的、社会的環境に適応すべきは別に説くまでもないことである。今回の改正に於ては特に「錬成」を重視するが之れが為めに若し〈モシ〉軽率にも以上の特殊性に対する深甚な顧慮を欠き凡てを一様に鍛錬し、外部的な強圧に陥るやうなことがあつたら所謂〈イワユル〉角を矯めて〈ツノヲタメテ〉牛を殺すの愚を演ずることになるので注意すべきである。そして心身の発達、男女の特性、個性、環境等については心理学や社会学の教ふる所に従ひ之れを個々の場合に適用し得るやう予め研究しておかねばならぬ。》

 最後のところで、著者の清水甚吾は、国民学校の教育が、「カチカチの教育」、「鍛錬一点張りの」教育というふうに誤解している人がいるが、これは違うと説いている。この点は、本書を読む際に、あるいは、国民学校における教育について研究する際に、特に気をつけたいところである。【この話、続く】

*このブログの人気記事 2016・1・27(3位に珍しいものが入っています)

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加