礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

山路閑古、本名萩原時夫、柳名一水庵桃花

2017-09-12 02:54:10 | コラムと名言

◎山路閑古、本名萩原時夫、柳名一水庵桃花

 山路閑古〈ヤマジ・カンコ〉という人物については詳しくないが、ウィキペディア「山路閑古」の項を見ると、一通りのことはわかる。

山路 閑古(やまじ かんこ、1900年10月13日 - 1977年4月10日)は、化学者、古川隆柳研究家。
静岡県鷹匠町(現・静岡市葵区)出身。本名は萩原時夫。1925年、東京帝国大学理学部化学科卒。川柳を阪井久良伎〈クラキ〉に、俳句を高浜虚子に、連句を根津芦丈に学び、古川柳を紹介した。1962年大磯鴫立庵〈シギタツアン〉19代庵主。東京高等商船学校教授、共立女子大学教授(化学)、1971年定年。

 また、『戦災記』(あけぼの社、一九四六)の巻末には、次のような「著者略歴」がある。

著者略歴。本名萩原時夫。筆名山路閑古。俳名淡淡亭閑古。柳名一水庵桃花。出生静岡市。伊豆韮山〈ニラヤマ〉中学。三高。東大理学部卒。川柳久良伎の門に入り、後徘句を高浜虚子に問ふ。東京高等商船学校、日本医科大学に職を奉ず。著書は、随筆小説集、「木葉髪記〈コノハガミノキ〉」(冨山房)、史話評論集「史篇四顆〈シヘンシカ〉」(大岡山書店)其他数種あり。雑誌は「山梔〈クチナシ〉」「真美」を発行し、「冬野〈フユノ〉」(九州)「藍」(東京)「雪しろ」(越中)等の定連寄稿家なり。日本古川柳学会会員。「川柳評萬句合〈センリュウヒョウマンクアワセ〉」を刊行中なり。本年四十七歳。二女一男あり。本書を読まるゝ人の為、自ら略歴を綴り記す。愛誦の古歌に「あたらよのつきとはなとをおなしくはこころしれらむひとにみせはや」

 最後にある「古歌」は、源信明〈ミナモト・ノ・サネアキラ〉の和歌である。漢字を用い、濁点を施して表記すれば、「あたら夜の月と花とを同じくは心知れらむ人に見せばや」。
 なお、インターネット情報によれば(「山路閑古秘籍 解説」など)、閑古の死後、『茨の垣〈バラノカキ〉』、『貝寄せ』といった艶笑本の傑作の作者が、山路閑古であることが判明し(公表され)、人々を驚かせたという。

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