おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

午後の遺言状

2019-05-30 09:53:49 | 映画
「午後の遺言状」 1995年 日本


監督 新藤兼人
出演 杉村春子 乙羽信子 朝霧鏡子 観世榮夫
   瀬尾智美 松重豊  上田耕一 永島敏行
   倍賞美津子 麿赤兒 津川雅彦

ストーリー
夏の蓼科高原に、女優・森本蓉子(杉村春子)が避暑にやって来た。
彼女を迎えるのは30年もの間、その別荘を管理している農婦の豊子(乙羽信子)だ。
言葉は乱暴だがきちんと仕事をこなす豊子から庭師の六兵衛が死んだことを知らされた蓉子は、六兵衛が棺桶に乗せたのと同じ石を川原から拾って棚に飾る。
豊子には22歳の娘・あけみ(瀬尾智美)がいて、蓉子はあけみを自分の子供のように可愛がっている。
翌日、別荘に古い友人の牛国夫妻がやって来たが、夫人の登美江(朝霧鏡子)は痴呆症にかかっていた。
過去と現実が混濁している登美江を元に戻したい一心で、夫の藤八郎(観世栄夫)は蓉子に会わせたのだが、一瞬チェーホフの『かもめ』の一節を蓉子と空で言えたかと思うと、元の状態にすぐに戻ってしまう。
と、そこへピストルを持った脱獄囚が別荘に押し入って来た。
恐怖におののく蓉子たちだが、男がひるんだ隙に警戒中の警官が難を救った。
そして、蓉子たちはこの逮捕劇に協力したとのことで、警察から感謝状と金一封を受け取る。
ご機嫌の蓉子たちは、その足で近くのホテルで祝杯を上げた。
翌日、牛国夫妻は故郷へ行くと言って別荘を後にする。
やっと落ち着ける蓉子だったが、近く嫁入りするあけみは実は豊子と蓉子の夫・三郎(津川雅彦)との子供だったという豊子の爆弾発言に、またもや心中を掻き乱されることになる。
動揺した蓉子は不倫だと言って豊子をなじるが、あけみには真実を隠したままにしておくことになった。
そして、結婚式を前にこの地方の風習である足入れの儀式が執り行われた。
生と性をうたうその儀式に次第に酔いしれていく蓉子は、早く帰郷して舞台に立ちたいと思うようになった。
ところが、そこへ一人の女性ルポライター・矢沢(倍賞美津子)が、牛国夫妻の訃報を持って現れた。


寸評
監督は新藤兼人で、主要な出演者が杉村春子、音羽信子、観世榮夫、朝霧鏡子と極めて高齢者である。
高齢者による高齢者のための映画でボケや死を直視し、時に老いることの楽しさを綴っていく。
音羽さんはすでに癌を患っていて先が長くないことが分かっていた。
長年、事実上の夫婦関係を続けてきた新藤監督にしては、いつ音羽さんの体調が悪化して撮影中止にどころか、制作中止に追い込まれるかもしれない状況下での撮影だったと聞く。
そのことを知ってこの作品を見ると、なおさら感慨深いものがある。

描いている内容が重いテーマであるのに少しも暗くない。
強盗事件や、女優森本蓉子と管理人豊子との間で、蓉子の亡き夫をめぐるやり取りなど滑稽なエピソードが盛り込まれているせいだろう。
登場しないが、冒頭で大工で庭師の六兵衛の死が語られる。
彼は2500万円の現金を残し自殺をしたのだが、「もうこれまで」との書置きと、棺桶の最後のくぎ打ちに使う石を残していた。
潔い死に方だが、子供と孫たちはその金で散財をしたらしい。
死は当人にとっては大きな出来事なのだろうが、残されたものにとっては一過性の出来事であることを伺わせる。

杉村春子が演じる森本蓉子は杉村春子そのものである。
演劇一筋に生きていて今は先生と呼ばれる立場で若手の男優を目にかけている。
夫の存命中も演劇が第一で、夫のことを十分に理解していたとは言えず、夫はそのことで別荘管理人の豊子と関係を持ってしまっている。
しかも二人の間には純粋な愛があったと豊子は思っていて、娘の結婚を機にそのことを蓉子に明かす。
蓉子にとっては青天の霹靂だが、今となってはそれも受け入れる。
杉村春子、音羽信子はそれぞれの役を飄々と演じていて流石だと思わせる。
彼女たちに負けず劣らずなのが登美江役の朝霧鏡子さんだ。
痴呆症なのでセリフは極端に少ないが、ボケていながらも何かを秘めているような愁いを見事に出していた。
観世榮夫と能の稽古をする姿に感動させられた。
牛国夫妻は正直な人たちである。
領収書を几帳面に残している真面目な人たちでもあった。
彼等もまた六兵衛同様の見事な死を迎える。
僕は自ら死を選ぶことはしないと思うが、しかし最後はかくありたいと思わせた。

音羽さんの病状もそうなのだが、やれるだけの仕事をすることこそが自分たちの生き方であるというのがこの映画のテーマであった。
森本はそうした気持ちをもって東京に帰っていったし、豊子もそうしろと森本を送り出している。
棺桶を打ち付ける石など必要ないと投げ捨てる気迫を見せつけてくれた。
この気迫だけは是非とも頂戴したいものである。


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