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一人の髪の毛の長い、背の高い細身の女性が机に座り、ノートパソコンを叩いています。
彼女の名はレイカ(31)・・・とある雑誌の取材記者です。
「えー、それでは、タケルさん、夜の日本学「対決、山本七平編」・・・お願いします。今日はどんな内容について語ってくれるんですか?」
と、レイカはノートパソコンを叩きながら、赤縁のメガネを手で直し、こちらを見つめます。
「うん。そうだな・・・」
と、タケルはテキストとしている「谷沢永一著 山本七平の知恵」という本をパラパラとめくります。
この本自体は、1996年12月に出版されています。
ただし、正しい「知恵」は時代を越えると僕は考えているので、その時代性の評価も一緒に話していくことになりそうです。
「んじゃ、この内容について話すか・・・「外国とは仲良く・・・アメリカは別」だそうだ。ま、相変わらず笑かしてくれそうだ」
と、タケルは笑顔になりながら、話し始めます。
今日の「夜の日本学」はじまり、はじまりー・・・・。
「まずは、山本七平氏の主張するところを抜書きしてみようか。それが無いとちょっと説明が出来ないからね」
と、タケルは笑うと彼の用意した紙の資料をレイカに渡す。
「えーと、これね。僕が相当意訳してるけど・・・」
と、タケルが説明すると、レイカはタケルの資料をゆっくり読み始める。
「なぜ、こうなるのであろうか?現在アラブ研究の最も進んだ国は、そのアラブに敵対しているイスラエルである事は言うを待たない。それは当然であって」
「敵を最も研究しなければ、自らの生存に関わるからである。従ってイスラエルの大学の大学教授の公開講義には、世界各国のジャーナリストを始めとした」
「アラブに興味ある人々が集うのだが・・・日本人だけが来ないのだそうである」
「当時、中国偏重・・・つまり、中国はいかに良い国になったかと言う、ある意味捏造に近い報道を左翼系・・・朝日新聞系や毎日新聞系の報道各社が行い」
「キャンペーンを張る中、識者から「あまりの偏向報道だ」と指摘された、その左翼系の新聞社の重役は」
「「これから中国と仲良くしようと言う矢先に・・・空気を読めよ、まったく・・・」と言ったそうである」
「つまり、日本人のアラブに対する心情も全く同じで「親アラブを標榜しながら、アラブの敵国であるイスラエルの大学に行き、講義を受けるなんて」」
「「これからアラブの国々と仲良くしようと言う矢先に・・・空気読めよ、まったく・・・」と言う所なのである」
「これが日本文化であって、敵の事なんか知るより、知らない事の方が大事なのである。敵の事なんて一切興味ありませんと言う態度を取ることの方が大事だし」
「それが日本的ムラ的な、つきあいだと言う事をよく知る日本人の重要なパフォーマンスになるのである」
「つまり、日本人は見せたいパフォーマンスを相手に見せ、見せたくないパフォーマンス・・・例えば、敵の事を知ると言うパフォーマンスはしたくても」
「絶対に相手に見せないのである。さらに言えば、それは新聞の論説にも出ていて、イスラエル指導者の過去のテロの履歴は書けても、アラブ側の指導者のそれは」
「見過ごすなどしている・・・要は日本人は仲良くする相手におもねり、敵の正体は冷徹にバラしていい・・・そう考えているようである」
「もっともこれはすべて日本文化なので、他国には理解出来ないと思われるが・・・」
「随分長く意訳しちゃったけど、まあ、こういう内容だよ。結局、新聞も、ムラの奥さん達が取る態度と変わらないと言う事を示しているね」
と、タケルは説明する。
「ほんと、日本文化ですよね・・・確かに敵の事なんて一切興味ありません・・・と言う態度になっちゃいますもの」
「でも、それって、日本の礼儀として、否定における、最高の態度こそ、相手に対する徹底無視だと言う事を証明していますね」
と、レイカ。
「ゆるちょさんがいつも言ってる・・・「俺偉い病」患者や「逃げ込み者」に対する対策は「関係性を切るのがベター」と言うこと、そのものですものね」
と、レイカ。
「ああ、そういう事になるね・・・であるなら、上の山本七平の文章は理解出来たと言う事になるね。また、確かに日本文化そのものだよね・・・」
「それなら、今回は、さらに理解を深くするために、解説の谷沢永一氏の解説も載せてしまおう」
と、タケル。
「これは日本人の他人との付き合い方の基礎となる文化なのであるが、外国との付き合い方に日本文化を持ち込んでも、果たして効果があるのか疑問なのだが」
「どうも日本人はこれらしい・・・日本人において仲良くする・・・と言う事は「相手の気を悪くしないこと」なのである」
「とにかく、日本人は誰かと会う時にまず、考える事は「言ってはいけない事は何か」なのである。少しふくよかな女の子とデートする時」
「もちろん、その子もその事を気にしていたら・・・「君最近太った?」などと絶対に口が裂けても言ってはいけないし、そう思わせる事すら、タブーである」
「「そっか、○○くんって、やっぱり、わたしの事、太ってるって思ってたんだ」などと言わせようものなら、最悪である」
「まず、そうならないようなストーリー作りが大切なのだから、若いうちのデートと言うのは、気苦労が大変だと言う事である」
「まあ、同性同士だとしても、相手がお偉いさんなら「酔っ払ってもこれだけは言うまい」と言う事はひとつや二つではないから、これまた気苦労と言う事になり」
「しかも、相手が人間性の小さいオトコだったりすると、最悪な結果を招いたりして、日本人の社会はなかなか生きていくのも大変な場所と言う事になる」
「さて、そういう中で、新聞の論評を見ていて面白いのは、日本は世界のいろいろな国を「日本の味方、日本の敵」と言う見方で色分けしているのだが」
「(もちろん、その新聞社のイデオロギー的にではある)唯一、アメリカについてだけは、悪い事もいい事もネタにする」
「イスラエル、アラブへの気の使いようとはまた別にすべてのネタを情報ソースとして利用し報道している。これは何故か?」
「要は日本はアメリカにだけは甘えたいのである。どうも日本はそういう国を一国だけ持っていたい・・・そんな国のようである。その理由は謎だ」
「それは何故なんですか?ゆるちょさん」
と、レイカが質問している。
「まあ、答えは簡単だ。・・・というか、僕は今、「日本の場とは?場の空気とは?」と言う事を考えていて、まとまってきた「日本の場の理論」と言うのが」
「言葉に出来つつあるから、それを言葉にしてみようと思う・・・」
と、タケルは説明する。
「「日本の場の理論」・・・それって面白そうですね。ゆるちょさん独自の思考の結果だと言う事もあるし・・・」
と、レイカ。
「日本における「場の構造」・・・それは日本各所に現れるが、具体的に言えば、それは「さんま御殿」に端的に現れていると言えるだろう」
と、タケル。
「「さんま御殿」と言えば、明石家さんまさんがまず「場」の中心にいて、仕切り役・・・周囲にいる「ひな壇芸人」に話を振り」
「おもしろい話をさせ、落とした所で強烈なツッコミを入れ、笑いに変える・・・それを高所から見守り笑い声をあげるお客さん達」
「・・・そういう「場の構造」をしていますよね?」
と、レイカ。
「そう・・・これこそ、日本における「場の構造」の端的な例だ。日本人は「明石家さんまさん」に代表される「場のムードメーカーにして仕切り」役か」
「そのムードメーカーを愛するからこそ、そこで輝ける「ひな壇芸人」役か、それを高所から見守り笑い声をあげる「お客さん」役か」
「・・・あともう一つ、元々の話を振る日テレアナウンサーによる「議事進行」役か」
「最後にもうひとつ・・・その場の構造も含めて「明石家さんまさん」を高く買い、起用し続ける「日テレ」=「明石家さんま師匠」の「後見人」役に」
「・・・役割が分かれるんだ・・・日本人は必ずそのどれかの役割を果たしている事になる」
と、タケル。
「日本の「場の構造」は「場のムードメーカーにして仕切り」役、「ひな壇芸人」役、「お客さん」役、「議事進行」役、「後見人」役によって構成されていると」
「言う事ですね。・・・となった場合、谷沢永一氏の文章におけるアメリカの役割は?」
と、レイカ。
「これは面白くてね・・・日本が「ひな壇芸人」の役割だとした場合は、アメリカは「明石家さんまさん」役になるんだ」
「だけど、日本が「明石家さんまさん」役になると、アメリカはその後見人役である「日テレ」役になるんだ・・・」
と、タケル。
「まあ、後見人と言うのは、あくまで個人だから「日テレ」と言う組織ではない。まあ、有り体に日テレのお偉いさんの誰かが「明石家さんまさん」の後見人になっている」
「・・・そう見るべきだろうね」
と、タケル。
「つまり、日本社会においては・・・皆に愛される「明石家さんまさん」と言う社会の主人公が現れて、その仕切り役の元、「ひな壇芸人」が自由に才能を輝かせ」
「仕事をすると、ムードメーカーにして司会役の「明石家さんまさん」のツッコミで持って、仕事を最もいいカタチで仕上げる事が出来る・・・と言う構造ですよね」
「つまり、ひな壇芸人達は、明石家さんまさんの作る場・・・ここに参加させて貰って仕事をさせて貰うからこそ、自分の実力以上の仕事が出来ると言う事で」
「・・・日本の仕事とは、すべて上位の人の引き立てによる、才能のある下位の人間とその才能を見つけ出した上位の人間との合作である」
「・・・これが常と言う事になりますか?」
と、レイカ。
「そういう事になる・・・だから、日本における仕事では、その人間の才能を評価し、見つけ出した、言わば将来の後見人とも言うべき存在が大事になるんだ」
「つまり、若手芸人は、皆、まず、明石家さんま師匠に見いだされる事を目標にするんだ。そして、さんま御殿に出れればそこで、師匠との合作として」
「仕事をすることが出来る・・・師匠にキレのいいパスを出された時に、見事ファンタジスタ的にゴールを決められれば、皆気持ちいいし」
「視聴率も上がるし「自分、師匠、後見人、世間」すべてが笑顔になる・・・これが日本の仕事としては、もっとも大事な事になるんだな」
と、タケル。
「なるほど・・・と言う事は逆もまた真なりで・・・明石家さんま師匠もひな壇芸人のチカラを使って仕事をしていると言う事になるから」
「芸能界においては、先輩が若手の食事代を全額払うルールになっているんですね。納得が行きました」
と、レイカ。
「・・・と言う事は、日本人は社会にその後見人役を持った時、初めて、素直に言いたい事が言えて、その場を自分の輝ける場にする事が出来ると・・・」
「そういう事ですね?」
と、レイカ。
「そういう事になる。だから、谷沢永一氏の指摘したアメリカの存在は、まさに日本人が後見人的な立場をアメリカに見ていると言っていいんだよ」
「自分の才能や能力を信じて見出してくれたからこそ、ひな壇芸人と場の司会役芸人との関係性があるように」
「その司会役芸人を抜擢している日テレのお偉いさんも司会役芸人の後見人となる構図だからね・・・それを日本におけるアメリカと日本人は」
「みなしていると言う事さ・・・」
と、タケル。
「だから、日本人はまず、自分の才能を見抜き評価してくれる、場のムードメーカー的な司会役として評価される事が大事と言う事になる」
「それがなければ出世出来ない・・・日本における出世の本質とは、そういうところにあるんだよ。成績がよければたーだ出世出来る日本以外の国の文化とは」
「全く違うんだ・・・なにより、先輩が見て「こいつは使える!」と言わせる事が出来なければ!ダメさ」
と、タケル。
「そうですか・・・日本における出世の本質ってそこにあったんですか!」
と、レイカ。
「だからこそ、「人事のメインストリーム」と言うモノが現れる。よく流れに乗る・・・なんて言われるけどね。さっきの例で言えば」
「明石家さんまさんの才能を若い頃見つけたディレクターが彼の後見人にその才能を見出され、日テレの人事のメインストリームに乗った」
「それが明石家さんまさんを重用することにつながる・・・だって、「さんま御殿」って97年からやってるから、20年近くやってるわけだからね・・・」
「もちろん「さんま御殿」でさんま師匠が見出した若い才能はそれこそ、何千人以上だろう。出世した人間もいれば、消えた人間もいるだろう」
「いずれにしろ、日本の出世の構造は、才能を見出す能力のある上位の人間の引きに依るモノ・・・なんだよ・・・」
と、タケル。
「だから、流れが出来るのね・・・よーくわかりました・・・と言うか、出世とは、こうしてやるものって言うのが具体的に示されて」
「なんか、さらにやる気が出てきたみたいです」
と、レイカ。
「ま、それが今日の結論なんじゃない?いつも誰かが自分を見ている」
「だからこそ、毎秒、才能は出し尽くせ・・・それが自身の出生につながっている・・・そういうことだよ」
と、タケル。
「ほんと、そうですね。おっしゃる通りです・・・」
と、レイカも言葉にした。
「・・・今日はすごくいい記事になったと思うし、勉強になりましたけど・・・この結論に全然たどり着いていないのか、山本七平氏と谷沢永一氏ですね」
「山本七平氏も谷沢永一氏も、日本を否定しようとしているかのようですよね。まあ、バカだから、いろいろわかっていないっていうか、バカはしょうがないなって感じです」
と、レイカ。
「しかし、まあ・・・どうして「知識者」って、こんなにアホなんだろうねー。軽く言い負かせちゃうじゃーん。っていうか、何もわかっていないよ、こいつら」
と、タケルは言う。
「ま、こんな感じで、今後もやっていこう。言ったろ、全勝で勝つって」
と、タケルは笑う。
「まあ、とにかく、頭の悪い、ださいオヤジは見たものの事しかしゃべれないけど、「知恵者」は現象の元になった「原因」をしっかりと説明出来るのさ」
と、タケルは笑った。
「さ、飲みにでも行こうや、レイカちゃん」
と、机の上を片付けだすタケルでした。
(おしまい)
という感じになりました。
山本七平氏も谷沢永一氏も、何もわかっていませんね。
これが日本学の祖?最強の評論家?
笑っちゃいますねー。
やはり、「知識者」は頭が悪くて、だっさいよねー。
それが結論です。
ではでは。